2009年03月23日

恵庭南高校-バランス-(前)

reportage-77737.jpg


 選手がひとり、倒立の状態でフロアの上を歩いている。両腕だけで体を支え、その腕を一歩、また一歩と交互に前に踏み出し、新体操で使用する一辺13メートルのフロアの上を、端から端まで歩く。新体操では一般的な補強メニューだ。
 まださほど新体操の経験が長くないのか、彼の足取り(この場合は手だが)は、如何せんおぼつかない。一歩、踏み出すごとに両足がふらつくから、どうしても途中でバランスを崩して床に足をつくことが多い。逆立ちの状態で静止することさえ、簡単ではないのに、その状態で歩行、さらにそれが弾力性のあるフロア上となれば、よりバランスをとることは難しくなる。

 そう、バランスをとるということは非常に難しいのだ―――何事においても。
 食事のバランス、人間関係のバランス、心と体のバランス。休息と練習のバランス、叱り飛ばすことと褒めることのバランス。一度、「ベストバランス」だと思うものを見つけたとしても、日々、状況は変化する。だからその「ベスト」もまた、状況に合わせて刻々と姿を変えるのだ。丁度、倒立の最中に宙でふらついてしまう、彼の両足のように。
 
 しばらくして彼は、恐らく自身が決めたであろうゴール、フロアの端まであと一歩、いや、その半分、というところまできていた。が、そこで再び足をついてしまう。体を起こして立ち上がってからもう一度両足を振り上げると、届かなかった分の半歩をきっちり進んでから、ようやく地に足をついて、息をついた。結局、誰が見ているというわけではないその補強で、彼は少しの距離もごまかしたりしなかった。彼の所属する北海道恵庭南高校は、そんな気持ちのいい練習と、絶妙なバランスとを保っているようなチームだった。






「奇妙な、心地よさ」
 reportage-77742.jpg


 道内で唯一、体育科をもつ恵庭南高校には体育館がふたつあり、そのうちひとつが新体操部の練習場となっている。そこはボクシング部の練習場も兼ねているから、フロアの脇にリングが隣接しているが、それでも館内は十分に広い。
 壁一面に大きな窓があり、そこから眩しいほどに光が差し込むのは、積雪による反射光が存分に注がれるため。時おりそれに影がさすのは、屋根から大量の雪が滑り落ちてくるためだった。近づくのが恐ろしくなるほど巨大なストーブが3台、フロアに向かって轟音を立てる。それでも、吐く息は白い。
reportage-77741.jpg




reportage-77738.jpg


 恵庭の練習は、監督が指示を出し、それに選手がしたがう、という分かりやすい構図ではない。練習は、対話を以って行われる。
指揮を執るのは、恵庭南を指導してちょうど10年目を迎える、工藤直人監督。ただ、彼のそれは「指揮を執る」とうのとは、少し違う。




reportage-77749.jpg


reportage-77752.jpg


 インターハイに向けての構成づくりの最中、監督が「この動き、変か?」とたずねると、「変ですね、なんか、しっくりこないです」とハッキリと答えたのは2年の高橋伸児。
 演技を前半、後半に分けて通しこむときも、「後半やって、前半やろう」との監督の言葉に、選手たちは「前半先の方がいいです」と言う。ずっと前半の練習をやっていたから、「いや、後半で気分変えてから」と監督が言っても、「いや、(気持ちの)切り替えができないんで…」と、笑みを浮かべながら交渉する。
reportage-77744.jpg


reportage-77743.jpg


 その様子は驚くほどにフラットなのだ。思えば練習の間、監督から檄らしい檄は聞かれなかったが、だからといって甘い練習をしている、というわけでもない。ただ、ここでは選手と監督の意志が同等に近い形で扱われ、監督はその調整役のような立場にいる。そして何というか、そこに流れる空気がどこか、寛容なのだ。それが奇妙に、心地いい。

 こうした恵庭南の練習風景にどこか気が抜ける思いがしたのは、東京で一度、彼らの練習を見ていたからだった。1月10日、国士舘大学で行われた「選手指導者講習会」。全国の新体操部が集まり、練習をともにする、体操協会主催の行事だ。講習会が終わり、他校の選手が帰途につき始める頃。そんな中で団体演技の練習を続けていたのが、恵庭南高校だった。
reportage-77745.jpg


 公立校であるから、おそらく北海道から東京まで陸路でここまで遠征し、みっちり2日間の日程を終えた、その後に、時間一杯まで練習を続けていたのである。しかもそうした中でも、フロアにはピリッとしたほどよい緊張感が走り、その脇では、補欠の選手がひとり、倒立歩行の補強を行う。少しの距離もごまかさずに歩く、生真面目なその姿に、いい練習をしている学校だな、と思った。

 中でも目を引いたのは、演技の完成度の高さだった。新チームは通常、12月に3年生が引退した後に動き出すから、講習会に来ているのは出来て1月ほどのチームのはずだった。が、それにしてはあまりにも演技の水準が高い。

reportage-77746.jpg


 ただ、この新チーム始動の時期に関しては、後ほどその思い違いに気づくことになるのだが、それを差し引いたとしても、その時の彼らには感じるものがあった。その場で思わず、練習を見に行く約束を取り付けてしまうほどに。
reportage-77739.jpg


「素人」たちが挙げる、コンスタントな実績 

 だから、北海道で見た彼らの練習風景に、拍子抜けするような気分だった。あまりにも平坦な監督との関係、監督自身が「楽しくやるのが好きなので」という言葉どおり、練習の合間には度々笑い声が漏れる。そしてその工藤監督に選抜の目標を聞けば、「6位入賞が目標」だという。年々、実績は安定してきているように見えるし、特に昨年などは間違いなく争覇圏内にあった。そんなチームにしては、あまりに牧歌的だ。その原因はおそらく、彼らが「素人の集まり」なことにある。

 昨年、高校入学後に行われる部活紹介で、新体操部の選手がバック転する姿を見て、山内睦葵(むつき)と袴田一輝は入部を決めた。ふたりとも体育科ではなく普通科の所属で、「タンブリングができたら良いな、と思って」入部を決めたくらいであるから、もちろん、新体操の経験はない。

 「テレビで新体操を見て、自分もやってみたいと思った」と話す、同じく1年の山田那智(なち)は、小学校から続けていた野球を辞めて、新体操部の門を叩いた。

 こういったいわゆる初心者は、ここでは少なくはない。だから、というわけではないかもしれないが、練習の中にもどこかのどかな、素人の部分を許容するような空気が流れる。

 恵庭南のような、高校で新体操を始める選手が多いチームは決して珍しくはないが、特筆すべきはその「素人」たちが、全国大会でコンスタントに上位入賞し続けているという点である。

 新体操経験がない選手の多いチームでは、年によって成績の上下が激しくなる。経験者が多く入った年や、たまたま運動神経の良い選手が集まった年などは成績も格段に上がるが、そうでない年であればガタ落ちする。

 しかし恵庭南はここ5年を振り返ると、04年をのぞいた全ての年で、全国大会で5位以内の成績を収めている。練習を見る限り特殊な運動や、もちろん別段厳しい指導をしているようには思えない。では、何が素人を全国レベルにまで仕立て上げるのか。
reportage-77747.jpg




reportage-77748.jpg


 まず今年のチームに関して言えば、ひとえに新チームが例年より早く構成されたことが理由のひとつにある。実は講習会では思い違いをしていたのだが、この新チームは12月以降にできたチームではなかった。10月の国体が終了した時点で、当時の3年生は引退していたのだ。彼らは全日本選手権の出場権を手にしていたから、本来ならば12月のそれに出場して引退、というのが通例であったが、この年は3年生の進路などの問題から、たまたま新チームがこの大会に出場することとなった。国内最高峰の大会に、できて数ヶ月のチームが出場を果たした。

 この大会で、1年にして全国トップクラスのチームと肩を並べることになった霜山 生(しょう)は、「緊張しすぎて、頭が真っ白になった」と振り返りながらも、「選抜に生かせるものが手に入った」と、その経験を話した。2年の富岡佳之は、全日本で見た一流選手の「(タンブリングの)ひねり方を参考にして」、技の数を増やしたし、渋谷郁哉は「みんな練習に対する雰囲気が変わった」と、チームのモチベーションの変化を感じていた。翌年3月の選抜に向けた、日本一レベルの高い前哨戦は、確かにチームの財産になっていた。

だがしかし、それは今年に限ったことだ。例年の好成績には、別の理由がある。


posted by reportage |14:33 | 恵庭南高校 | コメント(1) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/reportage/tb_ping/55
この記事に対するコメント一覧
(事務局では、サービス全体の雰囲気醸成の為、全コメントをフィルター/目視チェックし、削除等しております。見逃し等も有りますので、ご不快な思いをされた場合は、事務局宛 support@plus-blog.sportsnavi.com にご意見頂けると幸いです。)
恵庭南高校-バランス-(前)

コメント投稿者ID :

総体は神埼清明応援団の席付近で観戦しました。
ふと振り返ると工藤監督がぁw
工藤監督は気さくに神埼清明ご父兄の方々と受け答え会話されてました。
リアルで拝見し、内容通りの方でした(笑

posted by f_hiro291 | 2009-08-10 18:01

コメントする

「他サービスID/メールアドレス」で投稿する場合は、そのID/メールアドレスは表示されず、当サービス専用の固定のコメント投稿者ID「英数+連番」に変換され表示します。

※コメント投稿手順
(1)上記リストから希望のIDを選択する。
  例: Yahoo! JAPAN IDでコメント投稿
(2)Yahoo! JAPAN上の本人確認画面でIDとパスワードを入力する。
(3)スポーツナビ+blog側のコメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」

※コメント投稿手順
(1)上記リストからログイン/メールアドレスのどちらかを選択する。
  例: ログインしてコメント投稿
(2)plus-blogのアカウントとパスワード/メールアドレスを入力する。
(3)コメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」