2011年12月24日

photo BLUE TOKYO

本日、東京都板橋区で行われた新体操の発表会にBLUE TOKYOが出演しました。


メンバーは大舌恭平、柴田翔平、椎野健人、福士祐介、増田快雄、松田陽樹。ジャパンを彷彿とさせるメンバー。


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この発表会、青森山田の荒川監督や井原高校の長田監督も選手時代に出演していたとか。そのつながりで、今回も出演となったそうです。

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リングを使った新しいナンバーも。

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楽屋での写真にも笑顔で。

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年内はこれが最後の活動との事。来年の活躍にも期待したいです。


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2011年12月12日

限られたもの(後)

 全日本ジュニアでのあの演技は、もともとは本多先生が数年前にいた聖和学園高校で作った構成だった。当時の聖和のチームは、2人をのぞいて全員が高校で新体操を始めた選手だった。だが、彼らは選抜大会準優勝を果たした。創部わずか2年、ほとんどが新体操歴2年というチームが快挙を成し遂げた。それが、あの演技だった。

 だが当時は環境的にも決して恵まれていたわけではなかった。人数も少ない部活だったから、フロアマットは当然なかったし、体育館を使える時間すら限られていた。仕方がないから、体育館の外にある駐車場で練習をした。館内での練習より、外での練習時間の方がずっと長いほどだった。
 だがその環境の中で、いや、その環境だからこそ、あの演技は生まれた。
 本多先生は「動きでみせて、タンブリングはおまけくらいのつもりで作ろうと思った」と話す。というのは、外での練習となれば当然組みの練習も、タンブリングの練習もできないからだ。だから組みやタンブリングと同等の見せ場を、動きでつくらなければならなかった。

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 だが、言葉で言うほどそれは簡単なことではない。動きでみせるためには相当の同一性が必要だったし、そもそも構成そのものにもかなり考えるべき点があった。というのも、やはり高校から新体操を始めた選手たちには、望めるものも限られていたからだ。
 だから、それを加味した構成が必要になる。団体メンバーの能力を考慮して、それでいて周囲を魅了し、組みやタンブリングに代わる見せ場となるものを作らなければならなかった。だからあの演技は、それらを綿密に考慮し、膨大な時間をかけて考えつくした結果うまれたものだった。

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 具体的に例をあげると、例えば中盤のタンブリング。十分なタンブリング練習ができない彼らにとって、タンブリングはそれだけで「賭け」だ。上手くいくときもあれば、そうでないときもある。だから、そのどちらに転んでも良いように、布石を打つ。不安要素のひねりの着地で、選手は着地直後に後転をし、そこからその後転の勢いを活かして、ポーズの体勢をとる。例えタンブリングの着地で失敗し、前につんのめったとしても、それは後転のための予備動作に見えるというわけだ。

 さらに、最大の見せ場である交差でも工夫がある。通常、タンブリングで選手が交錯しあう「交差」の後には、「おっかけ」という動きが入っている。1人の選手がタンブリングで着地した直後、それを追いかけるようにして来たもう1人の選手が、同じくタンブリングでその上を跳び越える、という動きだ。多くのチームが交差+おっかけを1セットのように構成している。
 だが、この演技にはそれが入っていない。体力が切れてくる終盤、タンブリングは少しでも少ない方がリスクが減るからだ。しかしそうなると、途端に交差は物足りなくなる。
 だから代わりに、交差の前に二人組みのちょっとした組みを入れた。といってもそれは、到底見せ場になるようなものではない。1人の選手が、もう1人の選手の膝を土台にして飛び上がる。演技の中ではなんと言うことのない動きなのだ。まず、これを交差が始まる直前に入れた。

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 それから、交差が終わってからもうひとつ。その直後に、左右から助走してきた選手が、中央で同時に側宙のような動きをするようにした。それしたって見せ場になるどころか、動きとしては易しいものだ。しかし、文字にするとあまりにも平凡なそれらは、計算された間合いで行われることで、演技の見ごたえを格段に上げた。

 交差からの流れは息つく暇を与えず、それでいて目で追うのが苦でない。フロアのそれぞれの場所で展開される全ての動きが、心地良い流れで視界に入ってくる。それらは曲と合わさることで、確かな世界観を作り出していた。
 本来おっかけをする間を埋めるように入れられた動きは、それ以上の効果を持っていた。

 だから、あの演技の魅力は全て、マイナスポイントから始まっていると言っても良い。選手と環境、その長所と短所を全て勘案した、恐ろしく考え込まれた演技だ。


 本多先生はあの演技で、周囲にこう伝えたかった。
「どんな環境でも、日本一は目指せる」
 男子新体操普及における最大の妨げのひとつは、設備だ。1千万円以上もするあの競技用フロアを持つ学校や施設は少なく、あったとしても敷く場所や時間を持っている所はさらに少ない。
 だが、あの演技はフロアどころか、体育館の外で生まれた。限られた環境、たとえ駐車場のコンクリートの上からでも、日本一は目指せるのだ。そのことを彼らはあの演技を以って、さらに準優勝という実績を以って示した。それは究極の「普及活動」に違いない。

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 そして今年、キューブ新体操の団体は初めて本多先生とともに新構成作りにのぞむ。現在のところメンバーは、三つ子の佐藤三兄弟と、そしてもう一組の三つ子、高橋亮斗(あきと)、優真、拓夢の三兄弟で構成される予定。恐らく史上初となる、三つ子二組による団体となる。

 今回全日本ジュニアに出場を果たした佐藤三兄弟は、確実に意識が変わっている。大きな大会への出場は、たった数日で驚くほど選手を成長させる。全国にいかに強い選手がいて、その中で自分はどの位置にいるのか。全国大会で争うということがどういうことなのか。それが否が応でも、明らかになる。

 今まで彼らはその争いを主に兄弟の中で繰り広げてきた。誰が一番先にその動きをできるようになるか、タンブリングができるようになるか、競うようにしてやっていたという。
 だが大会を経験してから、その相手は全国になった。日本中に上手い選手がいることを知り、そしてそれと戦う力があることを知った。彼らはひとつ、高い舞台に上った。


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 それがより顕著に現れているのが、次男の佐藤颯人(はやと)だ。彼は全日本ジュニアでは13位と、兄弟の中では下位にあった。それでも、或いはそのことが逆に、彼をより貪欲にさせた。

 取材の日のキューブ新体操には、先の全日本選手権の種目別リングで優勝を果たした、木村功が招かれていた。彼はこの日、颯人の個人を指導していたのだが、その時の印象こう話している。「颯人は手具操作が得意だし、何となく教えやすい、というところもある」。それからこうも話している。「彼が一番、貪欲だった」


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 今回の全日本ジュニアで団体は6位。メンバーは佐藤三兄弟と、高橋三兄弟のうち亮斗と拓夢が、団体で同大会初出場を果たした。だがその順位に関わらず、そして選手か控えかすら関係なく、それは選手に影響を与えた。
 亮斗は「次の全日本ジュニアで三つ子二組で団体ができれば、見栄えもして楽しいかな、と思います」と話し、「タンブリングや動きをもっと上達させたい」と拓夢。
 今回は東北ジュニアまでは団体メンバーとして出場していた優真は「動きやタンブリングで、佐藤三兄弟に負けないように」と話す。
 そして最後は全員が同じようにこう結ぶのだ。「次は全国優勝を目指します」。それは至極当然、といったような感じだった。全日本ジュニアの結果は、確実に次が狙える順位とも、優勝から離れた順位とも言えない。だが確かに言えるのは、この経験が間違いなく、選手の意識を変えたということだ。

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 大会を通じて意識を変えた選手たち。能力の上でも、成長期にあることは間違いない。そのメンバーが三つ子で、それも二組も揃っているという奇跡的な偶然。そしてさらに今年、そこに緻密に作りこまれた構成が組み合わさる。それも今度はいわゆる「お下がり」の構成ではない。このチームのためにつくられる構成だ。

 柴田監督は「このチームで演技を作るのは初めてなので、楽しみですね」と語った。その期待は恐らく、彼女だけのものではない。これだけの要素が詰まった団体、期待せずにいられるはずなど、ない。


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2011年12月09日

限られたもの(前)

 12月4日の宮城県白石市のキューブ新体操教室の練習は、少しばかり面食らうものだった。体育館に男女のフロアを1面ずつ。この日は男子はフロアマットを敷くことができたが、普段は絨毯をしいただけだという。そこで男子が幼稚園~中学生まで総勢約40名、女子が約50名、男女に分かれて練習している。

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 その男子の方が、思った以上に和やかで楽しげで、何というか少しばかり拍子抜けしてしまった。指導する柴田佐和子監督の「男子は本当に自由なんです」という言葉がぴったりくるような、そんな雰囲気だった。

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 並んでタンブリングの順番を待っている間には楽しげに笑って話したり、時には少しもめたりもする。練習内容は、基本的な動作から順番に全員が行う、一般的なもの。チームの年齢層が比較的低いこともあってか、選手の集中度合いも、個人個人で全く違う。恐らく理想を言えば、もっと全体的に同じように集中している方が良いのかもしれない。ただ、柴田監督は「あまり厳しく言って、楽しくなくなるのも良くないかなと思って」と話す。確かに、選手が新体操を好きでなくなってしまっては元も子もない。

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 だがこのことには恐らく、もうひとつ原因がある。それは「とにかく、人手が足りていないんです」という柴田監督の言葉が表している。というのは、もともと柴田監督は女子の指導が主だった。それを男子の監督のいない間だけ、両方を指導するという形をとっているのだ。ただ、その男子の監督のいない間というのが、あまりにも長い。

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 男子の指導をしている本多和宏先生は、もともとは白石市立東中学校で新体操部を指導していた。しかし異動により現在は新体操部のない、白石から離れた中学校に勤務している。
 そこで白石東中の選手たちにキューブ新体操教室に入ってもらい、本多先生は学校の仕事等の後、行ける時だけ片道約2時間かけて白石に向かうという練習態勢をとることとなった。

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 だから、週3回、18時~21時のキューブ新体操の練習時間の中で、本多先生が見られるのは1日あたりわずか30分~1時間程度。来られない日も多い。先生は以前、県内にある聖和学園高校でも指導していたから、当時の教え子が手伝いに来てくれることもあるが、それも月に数回のことだという。
 結果、柴田監督が100人近い選手たちの練習の多くをみる状況になった。人手は圧倒的に、足りていない。

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 だが、全日本ジュニアで見せたキューブ新体操の演技は、そんな厳しい実情など微塵も感じさせないクオリティだった。このチームにおける今年最大の話題は、何といっても三つ子の選手がいること、それも2組もいることだ。だがそこに注目しなくとも、選手たちの演技は確かに惹きつけるものがあった。


 個人で出場した三つ子の佐藤3兄弟、綾人、颯人(はやと)、嘉人(よしと)は確かに、それぞれの個性を発揮していた。
 颯人の手具操作は中学1年としては明らかに突出していて、今後の成長への期待感をかきたてるものだったし、 繊細な曲の嘉人のクラブは、情感たっぷりで強い訴求力があった。そして5位に食い込む健闘をみせた綾人は、確かな表現力で、異なるテイストの4種の演技を見事に演じ分けて見せた。


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(写真上から佐藤颯人,嘉人,綾人)

 そして注目すべきは、団体だった。全日本ジュニアでの団体演技は、中東の民族舞踏を思わせる曲と動きで異彩を放っていた。その独特のカラーと、もうひとつ。特筆すべきは、演技の中に見せ場と言えるような組みが入っていないということだ。

 演技の盛り上がりで見せる高いタワーや、全員で人を高く投げ上げる動きが入っていない。演技終盤で二人一組で人を飛ばす動きはあるが、それは到底見せ場にはなり得ないものだった。にも関わらず、演技には人を惹き付けるものがあった。その特異な雰囲気と流れるような動きは、目で追わずにはいられないものを持っていた。そこにはひとつの、確立された「世界観」があった。

 限られた練習時間と、限られた人材と、環境と。その中でこれだけのものができるとしたら、それは―――構成力によるものでしか、ありえない。


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2011年12月03日

「理想」の根幹(後)

全日本ジュニアで3位と健闘した華舞翔だが、今年は例年になくあわただしい年だった。 

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 原因のひとつに、東日本大震災の影響があった。震災のため練習場所が十分に確保できず、例年なら新構成で臨むはずだった、8月の全日本ジュニア東北予選にも旧構成で出場、それから慌てて新構成づくりに取り掛かった。しかし1ヶ月ほどかけて作った新構成も納得がいかず、9月下旬に再び1から作り直した。だから、普通なら東北予選からやり込んでいたはずの新構成を、今年はわずか3週間で急仕上げし、さらに大会直前まで手を加え続けた。 

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 加えてメンバー面でも波乱があった。レギュラー選手のひとりがチームを抜けるという話が浮上したのだ。その選手は一度は正式に辞める、というところまできたのだが、その後なんとかチームに復帰。それが6月半ばのことだったから、チーム全員が揃って練習し始めたのは7月頃からだった。 


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 だが、被災の影響の大きさや、チームを襲ったアクシデントを書きたかったのではない。肝心なのは、それを通して見えたきたものだ。 



 3月11日、14時46分、福島県は壮絶な揺れに見舞われていた。この日、華舞翔は夕方から練習を予定していたから、山田監督と大竹監督は体育館に向かった。携帯電話がつながらず連絡がつかない選手もいたから、念のため向かったのだ。しかし正直なところ「まさか来ないだろう」と考えていた。何しろ街は騒然としていたし、報道機関も絶え間なく凄惨な震災情報を流し続けている状況だった。 

 だが予想に反して、体育館には3人の選手が集まっていた。M9、最大震度7、交通機関も多くが麻痺している。その中、集まった選手がいたのだ。 

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 レギュラーからチームを抜ける選手が出る、となった時も、こんなことがあった。代わりに別の選手を入れようと決めて練習をしていたある日のことだ。監督らが体育館に着くと、団体レギュラーの5人が外で待っていて、こう言った。「今日は練習しないで、(抜けた選手に)戻ってくるように頼みに行きたいです」。 

 監督は5人を連れてその選手の家に向かった。すぐに説得に応じることはなかったが、10日後、結局その選手はチームに復帰した。 

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 何より象徴的なのは、日々の練習だ。華舞翔の練習は本来、週4回と決まっている。「本来」というのは、練習が休みの日でも選手たちが自然に集まってしまい、なんとなく練習することになってしまうからだ。 

 主将の加藤大地は話す。「練習は、タンブリングとかみんなで笑いながらできるし、先生に練習を見てもらえるのが楽しい。やってて上達してるのがわかるから」 

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 チームリーダーの小田切優太は「新体操自体が楽しいし、このチームだから面白いところもある」と話す。 


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 震災直後で練習がままならなかった時、体育館が使えない分、彼らは家で体を動かした。ようやく練習場所が確保できても時間が限られるとなると、家でアップを済ませて、少しでも長い時間練習が出来るように努めた。 

 彼らに「決まっている週4日以外に練習はあった方がいいか」とたずねると、間髪入れずに「ハイ」と歯切れ良い答えが返ってきた。 練習できないことは、彼らにとって「体がなまる」こと以上に、精神的な負担だった。 

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 華舞翔の練習は平日は18時~21時まで行われ、その後は速やかに体育館を出なければならない。片づけが終わると、選手たちはふたりの監督にせかされるように外に出るが、そこからが長い。選手同士が話し込んだり、監督に話しかけたりして、それが一向に終わらない。しまいには外の照明まで消されて、真っ暗になってようやく解散する。そんな様子に「いつもこんな感じなんです。なかなか帰らなくて」と、大竹監督は少し困ったように、でも嬉しそうに笑った。 

 それは、新体操が好きだとか、チームに愛着があるとか、そんな言葉では足りないし、適切でもない。
 チームや新体操の存在は、ここでは何と言うかもっと密接で、日常を充実させるために「欠かせない」要素のように思える。無くてもきっと生きていける。だが、あった方が、絶対に、ずっと良い。そんな感覚が、このチームの根っこはある。

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 技術と、それを裏打ちする理論の共有。互いを注意しあう高い意識。それらは恐らく、この根幹があって、派生的に生まれたものだ。

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 やはり、理想的なチームだと思った。


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2011年11月27日

「理想」の根幹(前)

 11月19日、全日本選手権の団体予選を見ながら、ここにいてしかるべき実力のある、ひとつのチームに思いを馳せていた。
 それは、理想的な大学チームを彷彿とさせる、小中学生のチームだった。

 11月4日、18時、福島県の押切川公園体育館。小学2年生から中学2年生までが在籍するジュニアチーム、華舞翔(はなぶしょう)新体操倶楽部はいつも通りに練習を開始した。

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 体育館を走り回って体をあたため、選手を背負ってのダッシュや、膝を深く曲げて体育館を往復する下半身の強化メニュー、それが終わるとタンブリング練習。そこには決して珍しい内容や、特別高度な技術も見当たらない。環境もタンブリング用のマットはあるが、それ以外は硬い床の上で練習をする。どちらかといえば、恵まれているとは言えない。


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 ただ、注意深く見ていると分かることがある。そしてそこから、このチームが理想的たる理由も、見えてくる。


 
 練習の最中気がつくのは、選手らが互いによく注意するということだ。それはありふれたことのように思えるが、重要なのはそれを「誰もが等しく行う」という点にある。
 例えばタンブリング練習の最中。「脚、曲がってる」と注意するのは小学校低学年の選手だ。その小学生が、自分よりも頭ひとつ分以上大きな選手に向かって、堂々と言う。そこには学年の上下や、技術の巧拙は関係ない。


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 チームを指導する山田智史監督は話す。「上手でない子こそ、特にいろんなことを見つけて欲しい。それがチームのためになるし、注意することで自分もそこを意識するようになるので」。
 なるほど、それは道理だ。だが、実際のところはそう簡単ではない。多くの人は「他人に言うからには、自分でもできていなければならない」と考える。自分よりも上手い選手にはどうしても引け目を感じる。実際に高校や大学のチームであっても、控えがレギュラーに進言しづらい、という事態に陥ることは往々にしてある。


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 それがこのチームでできているのは、早い段階から「それが当たり前」だという空気を作りこむことができたからだ。
 「みんなが互いに言い合うのが普通です。言わない方が「ありえない」という感じで」と山田監督は話す。一度その空気が作れれば、あとは周りが自然と感化される。幼いときにそれを教え込まれたチームは、当然のごとく理想的な形を維持し続けた。
 だが、この形のためにはもうひとつ、クリアしなければならない点がある。



 例えば、練習の中でバック転が上手く回れない選手がいた。後ろに跳んでから、着地の時についた肘が深く曲がり、それに伴って膝も曲がった状態で着地してしまう。それに対して、見ていた選手は「始めに膝をもっと落として」と指摘する。

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 「跳んだときに腕を伸ばして」でもなく、「着地の膝を伸ばして」でもなく、「跳躍前の膝を落とせ」という。それは跳躍の時点で体が伸びきっていないから、肘が曲がり、膝が曲がってしまうということが分かっているからだ。単に自分がバック転ができる、というだけではうまく説明することは出来ない。もともと、タンブリングなどは感覚的にできてしまったりする。幼い選手であればなおさらだ。それを彼らは皆、きちんと理論として落とし込んでいる。だから相手に指摘できる。

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 小中学生の彼らにこの「理解」を与えるためにまずさせるのは「間違い探し」だ。監督自身が正しい形を見せ、出来ない場合との違いを考えさせる。だが、正解は決して教えない。たずねられても「どうしてだと思う?」とたずね返す。選手は自分で考えざるを得ない。
 このプロセスが少しずつ、選手に考える力をつけさせ、そしてそれはいつしか理論にたどり着く。それも実体験をともなった理論だから、皆が共有できる。

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 練習に関して、山田監督と伴に指導をする大竹志津子監督にたずねると「基本、放っておいてるので…」と冗談っぽく言った。が、それはあながち冗談でもない。練習中、チームはほとんど監督に指示を仰ぐことがない。その余地がないほど、互いに指摘しあうからだ。このチームは、そのレベルにある。

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 全日本ジュニアの会場練習で、華舞翔の選手はどこにいても、例えひとりで居ても、見つけることができた。腕の回し、胸の開きひとつで、その動きの質の高さが分かるからだ。選手が等しく、恐らく無意識に理論レベルで、美しい体操を身につけているからだ。

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 選手が新体操に対して深い理解を共有し、そして上下関係なくそれを指摘しあう。監督は必要最低限の指導で良い。それは多くのチームや、大学チームですら望む、理想的なチームの形だ。

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 だが、このチームのさらに根幹を成す部分こそ、実はもっと重要で、そしてもっと単純だ。だがそれは言葉にするとあまりにも陳腐になってしまう。だから、それを物語るエピソードを記しておきたい。


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2011年11月24日

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全日本選手権 総合準優勝 柴田翔平(青森大学)


演技のラストポーズから

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安堵の表情。




そして前回に引き続き告知です。
出てくれそうなチームをご存知の方は、ぜひ告知をお願いします!

■参加団体募集!!■
【狛江市スポーツ&ダンスフェスティバル】

狛江市教育委員会協力のもと狛江市総合体育館で開催される
ダンスや体操などなどスポーツ&文化活動のフェスティバルです。
各サークル、クラブ、学校など発表の場としてご利用ください。


【詳細】
狛江市ダンス&スポーツフェスティバル(狛江市教育委員会後援)

●日時
平成23年12月18日(日)12時~21時予定(セッティング、カッティング含む)
※細かい出演時間などは未定です。出演チームの希望に添える様に検討


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2011年11月23日

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更新の間隔を少しでも埋めるために、折を見て写真をアップしていこうかと思います。

今回は全日本選手権の写真から、意外に見る機会のない、演技直前の緊張と、演技後の表情を。

総合優勝、北村将嗣。


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緊張と、弛緩。






そして、最高峰の大会のあとはジュニア層の拡大、ということで下記のイベントで出演者を募集しています。

イベント参加は男女問わないとのことですので、チーム関係者の方はもちろん、心当たりのチームをご存知の方はぜひ告知してください。

幼少期に多くの経験を積むことが、選手としての成熟や今後の競技発展にもつながりますので!


■参加団体募集!!■
【狛江市スポーツ&ダンスフェスティバル】

狛江市教育委員会協力のもと狛江市総合体育館で開催される
ダンスや体操などなどスポーツ&文化活動のフェスティバルです。
各サークル、クラブ、学校など発表の場としてご利用ください。


【詳細】
狛江市ダンス&スポーツフェスティバル(狛江市教育委員会後援)

●日時
平成23年12月18日(日)12時~21時予定(セッティング、カッティング含む)
※細かい出演時間などは未定です。出演チームの希望に添える様に検討
●場所
狛江市民総合体育館/第一体育室
〒201-0003  東京都狛江市和泉本町3-25-1 
●ジャンル:ダンス、体操、新体操、民謡、太鼓、空手などなど
●年齢制限なし
●時間  最大6分程度
●費用
参加料一人 1,000円 
●申込締切
12月10日
●連絡先アドレス
info@deega.jp


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2011年11月17日

記憶

 過去の栄光は美化されると、チームの主力・蜂須賀竜太は話した。確かにそうだろう。だがあの時、2008年・全日本選手権での国士舘の団体優勝は、それを差し引いても輝かしいものだった。

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 当時、団体はインカレ・全日本選手権ともに青森大が覇権を握っていた。青森大は2008年時点でインカレ7連覇、全日本選手権も、同様に連覇がかかっていた。その連勝を実に6年ぶりに止め、見事団体優勝に返り咲いたのが、蜂須賀らが1年だった2008年の全日本選手権だった。その盛り上がりたるや、想像に難くない。さらに言えば、当時のレギュラーのうち蜂須賀と、現在の主将である西田直樹を含む4人が1年生だった。誰もが、その後の国士舘の黄金時代を予感していた。
 だが、事はそう簡単に運ばなかった。


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 蜂須賀・西田らが2年になった2009年。予想外のことが起こる。選手らの事情で、彼らと同学年の主力メンバーが2人抜けることになった。
 優勝チームは1年生4人と4年生とで構成されていた。そのため4年が抜けた時点でもっとも主力に近いのは、まだ2年になったばかりの彼ら2人だった。チームは下級生が主力という、少しばかりいびつな形になった。昨年控えだった上級生はどうしても、ふたりに気を遣うようになってしまった。一方で、2年にあがったばかりの西田らは、上級生に強く言うことが出来ない。実績と学年の差から、互いに気を遣いあう奇妙な関係が出来上がってしまった。そして微妙な関係はそのまま、実績に表れた。
 インカレは約0.3点差で2位。全日本選手権では0.5点近く差をつけられての2位だった。

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 3年に上がっても当然、蜂須賀と西田はレギュラーを不動のものとしていた。この年のチームは蜂須賀が「メンバーの能力は低くなかった」と話すように、メンバーも比較的揃った状況で臨むことができた。だが一方で、西田はこの年のことを「大変だった」と振り返っている。
 練習に関して、この年は上から指示が出るというよりは「どうする?」と相談されるようなケースが多く、チームの実情は2年時と大差なかったからだ。
 そして、チームの状態はより厳しい現実となって突きつけられた。
 インカレで0.35点差で2位。全日本選手権では、4位になった。勢いに乗る花園大と、社会人チームに完全に後れをとった形だった。


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 そして今年、彼らは4年になった。ようやく、本当に主導権を握るべき年がやって来た。―――その、矢先だった。
 2011年2月、西田がアキレス腱を負傷。東インカレへの出場は絶望的になった。彼が抜けたことで、演技は難度を下げることとなった。自分たちが中心になろうという、そのシーズン直前の負傷。西田はただただ、悔しかった。
 チームを離脱した西田は、フロアの外から演技を注意する役割を担った。しかし、ここで彼はチームに強く言うことができなかった。自分の中で、ケガをしたことへの負い目があったためだ。
 西田はチームにとってムードメーカーでもあったから、彼がチームを抜け、さらに空気を作ることが出来なくなったのだとしたら、その穴あまりに大きい。主力の片翼を失ったチームは、再びバランスを失いつつあった。


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 加えて演技面でも不安要素は多かった。今年の東インカレは例年より演技が固まるのが遅かったため、通し込みが十分とは言えない状態だったのだ。大会を前にしたチームには、焦りの色がにじんでいた。
 そして不安要素は、大会でその姿を露にした。演技の見せ場である組み技で接触。その後もミスが続き、結果は大敗だった。大会後、よそからは「今年のインカレは花大と青大の一騎打ちか」という話も聞こえていた。

 よく「人は底まで落ちたらあとは這い上がるしかない」といった言葉を耳にすることがある。だが、その言葉の意味を真実知る者が、どれほどいるだろうか。本当にそれを目にしたら、そんな言葉はとても軽々しく口にはできない。
 東インカレ後のチームは、声をかけることすらはばかられるような空気をまとっていた。

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 だが物事において、時間が解決してくれる側面は少なくない。西田のケガなどはまさにそれだった。東インカレ後の6月、国士舘では西田が練習に復帰した。4ヶ月ぶりに練習に開始した西田は「ついていくのに必死だった」が、チームに入ったことで「周囲に(注意を)言えるようになった」。
 チームのムードメーカーである彼が復帰したことは、戦力ということ以上にチームにとって大きな光となった。

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 インカレの構成は、東インカレを教訓として実施を上げることに努めた。「ミスらないことを前提」に演技づくりは進められた。主軸のひとりが戻ったこと、そしてこの実施重視の策が、インカレでは奏功することとなる。

 8月5日、栃木県県南体育館、インカレ団体初日。
 精研高校時代にも団体で主力のひとりだった西田は、実はもともと緊張しやすいタイプだ。だが、この日の緊張は殊更だった。直近の大会である東インカレのことが、どうしても頭をよぎってしまうからだ。
 それはチーム全体が共有していたらしく、初日の国士舘がまとう空気はどこか硬かった。それは会場や周囲の雰囲気から生まれた緊張感ではなく、彼らの内側から発せられるような、緊張感だった。
 東インカレはある種、チームにとってトラウマに近い。それを克服するためには、新しい成功体験が必要だ。この決して良いとは言えない緊張感の中、国士舘はそれをやってのけた。

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 演技はやはり、ピアノがメインの楽曲。シンプルで流れるようなその旋律にのせるのは、同一性を押し出した演技。その動き、隊形のひとつひとつが、何を表現したいのかを確かに伝えていた。
 演技中、周りの選手の見えないポジションにいた蜂須賀は、周囲の反応でミスがないことを感じ取っていた。歓声が、彼らの動きひとつひとつを賞賛していた。


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 終わってみれば、演技はノーミスだった。
 蜂須賀は「とりあえず通った」と安堵した。西田はこのノーミスで自信をつけた。
 そしてその自信を裏打ちするかのように、点数はついてきた。予選の時点で、青森大とわずか0.075点差の2位。決勝では、或いは。
 この日、ホテルでのミーティングで西田は話した。
「守るものはないから」「明日はミスを恐れず、もっと楽しんでいこう」
 メンバーの誰もが、その言葉の意味を心から理解していたに違いない。全日本4位を経験したからこそわかる、「守るものはない」という言葉。東インカレのトラウマを克服したからわかる「ミスを恐れない」という本当の意味。

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 翌日、国士舘の団体練習では、メンバーが互いによく声を張り上げた。初日の硬さは抜け、代わりに気合が勝っていた。初日よりリラックスし、そして幾分かの自信を膨らませて臨んだ国士館は、決勝でもノーミスを出す。が、結果は2位。この順位はここ数年、何度も手にしてきたものだった。しかしこの時の2位ほど、彼らに意味があるものはなかったに違いない。彼らは確かに、自信を取り戻しつつあった。

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 10月初旬。全日本選手権までまだ1ヶ月半もあるこの時、国士舘は異例の早さで演技を完成させていた。とりあえず形にした、という状態ではない。調整なども終え、あとは通し込むだけ、というレベルでの完成だ。
 インカレで本来の実力と自信を回復チームは、ここに時間的余裕もたっぷりと加え、演技の質を確実に向上させた。


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 そして全日本選手権を5日後に控えた11月13日、国士舘大学体育館。学祭が行われていたこの日、新体操部は演技会に望んだ。団体もユニフォームを着て、1本通すのだ。
 本番直前の練習中、チームの雰囲気は特別に良くも悪くもなかった。ただ至って普通で、自然だった。演技会は何度も行ってきていた上、会場がいつも使っている体育館ということもあり、リラックスしていた。毎日の練習のような空気の中で、ストレッチし、動きを確認した。
 だが振り返ると、この自然な空気に辿りつくために、どれほどの時間をかけてきただろうか。互いが互いを指摘しあい、不安なく、確固たる主軸が据えられている。この当たり前のような練習に行き着くまでに。


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 間もなく出番を迎えた彼らは、打って変わって「普通」などではありえなかった。曲は例年通りシンプルで、繊細さを感じさせるピアノとヴァイオリンがメイン。その旋律に合わせられる体操は質が高く、大きく、美しい。演技の要所要所で繰り出されるタンブリングは、美しさと迫力とが同居していた。

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 動きひとつひとつの質が向上したのは、幾度もの通し込みの成果だ。個々の表現力は今までにないほどに熟成し、6人分のそれは強い訴求力をもって、会場の空気を変えた。静寂や静止すら、意味を持つような演技だった。
 山田監督は話す。「今までは体操をみせるのがメインの演技だった。でも今は、気持ちが表現できるかどうかが課題だね」。

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 彼らは確かにその表現の域に達している。それは純粋に実力があるだけでは辿りつけない境地だ。ケガで戦線を離脱することで、どんな状況でもチームを鼓舞する必要性を知った。いびつなチームの形は、チームがまとまることの大事さを教えた。時間がない中で大会を迎えたことで、通し込むことの価値を身をもって知った。
 4年となった彼らが真に実力のある選手だということは、すでに1年の時に証明されている。その彼らがこれほどの経験を積んだのだ。強くならないはずはない。

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 蜂須賀は1年の全日本選手権を振り返って、こう話す。
「あの時のことは自分の中で美化されてるから、純粋に今と比較は出来ないです。ただ、美化された上で、それを超えていかないと、とは思ってます」

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 記憶と言うのは、風化したり、誇張されたりする。大敗を喫した東インカレの記憶は、或いは実際のそれがもつ意味よりも強く心に刻まれていたかもしれない。だがそれを、彼らは乗り越えて見せた。それは恐らく、想像を絶するメンタルの強さだ。
 今度は、3年前の華々しい記憶を塗り変える番だ。あの頃よりさらに、美しい記憶で。


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2011年11月15日

異質なチームの共通認識

 闘う準備は、できている。
 11月9日。全日本選手権を目前に控えた花園大はそう思わせる勢いをもっていた。
 もはや完璧に花大のカラーのひとつとなった奇抜な構成、その動きは確実に質を高め、インカレの時と比べてもより「伝わる」ものになっていた。


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 変わった構成というのは、本来相手に伝わりづらい。柔らかい表現、力強い表現、といった、何を伝えようとしているかがはっきりしている動きはわかりやすい。見る側を意識して伝わるように作り上げるからだ。しかし奇抜な動きというのは、相手を想定した上で、その予想を裏切るから「奇抜」なのだ。当然、高いクオリティと同一性がないと、なにがやりたかったのか分からないまま終わってしまう。
 だが花大はその「伝える」レベルを確実に向上させていた。腕を組み、素早く回転させることでスピード感を。体をねじるように湾曲させることで、空間のゆがみを。そしてそれを組み合わせることで、奇妙で神秘的な緩急を。伝えようとしていることがわかった。


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 チームリーダーの桝平庸介は「今回はいけるんじゃないかと思います」と、彼特有の人好きのする笑顔で自信をのぞかせた。特にタンブリングについては「今までで1番まとまってるんじゃないかと思います」とまで話す。
 確かにタンブリング練習中、宙を舞う彼らは迫力があった。空気をはらんで高く舞い上がる姿には勢いがあった。全員が難しい技を軽くこなすから、高難度の技さえも当たり前に見えた。


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 1年のときからレギュラー入りを果たす、3年の田原(たばる)丈嗣は言う。「3年間で、1番凝った構成ですね」。
 構成は例年、野田監督の独特の感性で作られている。演技は始めは選手と監督とで考えるが、納得いかなければ監督が全て作り変えてしまうこともある。が、今年は選手の考えた要素が随所に盛り込まれているという。例えば、バック転の前の構成は田原が考えたものだし、平均すると少なくともひとり数秒は各選手のつくったパートが入っている。
 この「各選手の」というのが、このチームの特質でもある。
 「このチームはなんていうか、異質ですね」
 桝平はやはり笑いながら、そう話す。では、何が異質なのか。


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 例えば、曲にあわせての分習。当然ながら空気は引き締まり、大会前であることを嫌でも意識させる。周囲からのレギュラーを鼓舞するような掛け声も、大会が近づいた分だけ強さを増した。
 しかしその空気は、練習の最中だと言うのに、あまりにもあっけなく破られる。分習と分習のわずかな間、練習の途中で一瞬だけ気が緩んだとき、そんな本当にわずかな練習の隙間を縫うようにして、冗談が発せられたり、笑いが起こったりする。
 それが異質に思えるのは、空気がひきしまり、緩み、またひきしまるということが、あまりにも短い間に何度もくり返されるからだ。もろく崩れ去った緊張感は、あっという間に取り戻される。練習の間、空気は何度も弛緩し、同じ回数だけ緊張した。
 確かに、この感じは少なくともここ数年の花大には、いや他の大学にもなかった。異質、である。


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 チームのカラーというのは、すなわち4年生のカラーだ。今年のチームの4年は桝平ひとりだ。だとしたら、この異質さは、他ならぬ桝平によるものだ。
 田原は話す。「例年だったら、もっとピリピリしてますね。笑いとか起こらないです」。
 レギュラーで2年の遠藤竜馬は、桝平と同じ岡山精研高校だ。チームについて「学年の上下は関係なく、仲が良いから楽しい」という。「盛り上がるときは盛り上がって、しめると時にはしめられるチームですね」。


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 そのチームの空気の源について「4年生の人柄です」と話すのは3年の山口竜昇。「練習以外でも、まわりの選手を気にかけて世話をしてくれるので」。
 長所は、同時に短所でもある。今年からコーチとなった北村将嗣は、このチームについて「少し、上下関係がなさすぎるかもしれない」と危惧するように話した。山口も桝平のことを「優しすぎるくらい優しい」と評す。
 もしかしたら、高校時代を厳しいチームで育ってきた選手たちにとって、あるいはそれは少しだけ物足りなさを感じさせるものだったかもしれない。


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 ただ、こんなことがあった。実は意外なことだが、花大ではここ数年、団体メンバー皆が自ら集まって飲みに行くことがほとんどなかった。たまに行ったとしても、ついつい熱くなってしまいケンカ分かれのようになってしまっていた。それがこのチームになってから久々に全員で集まり、最後まで楽しく飲むことが出来た。
 少なくとも選手たちがチームを居心地の良い場所と感じているのは、共通しているはずだ。そしてそれが桝平の人柄によるものだということも。


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 桝平は話す。「今のチームは冗談っぽく言っても、個々がちゃんと理解してくれるチームなので」。だから、練習中あれほど簡単に空気は緩み、そして引き締まる。それは強く言わなくても、理解を共有することができるためだ。皆が締めるべきタイミングを心得ているためだ。
 そしてチームが共通認識している、もうひとつのことがある。
 「今年は、いける」


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 桝平の口からは何度も、今年は特に「戦力のそろったチーム」であるといった旨の言葉が聞かれた。4年間レギュラーに入り続けた彼が言うこの言葉には価値がある。
 同様に「今年は(良い)メンバーが揃ってるんで」と話すのは、桝平よりも少しだけ長い間チームを見つめてきた北村。そして何より、一番大きいのはこの人の発言だろう。
 「今回は、狙ってるんで」。
 短くそう言うのは野田監督だ。決して大口を叩くことをしない彼からは、勝算なくしてこの言葉は出ない。

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 「目標は、優勝です」。語る桝平は、やはり笑顔だ。気負いはない。代わりに手応えはある。それも誰もが、等しく。

 心は揃った。戦いの準備は、できている。


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posted by reportage |23:21 | 花園大学 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2011年11月14日

立場

 今年の社会人大会の北村将嗣は、明らかに迫力が違った。学生時代より格段に動きの勢いは増し、幅は大きく、それでいて少しの粗さもなく、正確だった。そして何より、正面に迫り来るような気迫を感じさせた。

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 北村は社会人大会を「獲りたい」と思っていた。これを制すれば、全日本ジュニアから始まり、インターハイ、西日本インカレ、全日本インカレ、全日本選手権、そして社会人大会と、全世代でのタイトルを獲得することになるからだ。だから、「獲りたい」。

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 そして同時に、北村は社会人大会を「負けられない」とも考えていた。これは先に述べたものとは正反対の、どちらかと言えばネガティブな、危機感にも似た感覚だ。恐らく彼の気迫の源は、このネガティブな感情によるところが大きかった。多くの人間はポジティブなものより差し迫った理由の方が、より強い力を発揮するからだ。
 そしてこの強い感情は、彼のちょっとした立場の変化から生まれた。

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 2010年の全日本選手権で優勝を果たし、花園大を卒業した北村は、正式に同大学のコーチとなった。
 花園大では午前中~夕方の授業のある時間帯は、その時間に授業のない選手が入れ代わり立ち代りにやってきては練習する。授業後の夕方~夜にかけては個人と団体の全メンバーが集まり、時間を割り振って練習する。よって日にはよるが、体育館には朝から晩まで多かれ少なかれ人がいる。コーチである北村はその間、ほぼずっと体育館で練習を指導していた。


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 社会人大会に出ることを決めた北村は、そんな自分の環境と他の社会人との差を感じるようになっていた。
<普通の人が仕事をしている時間、自分はずっとフロアに居られる>
 それは明らかなアドバンテージだ。そして同時に、彼をせき立てる要因にもなった。
<この環境で、負けるわけにはいかない>
 他人より恵まれた、この環境で。


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 北村はコーチに就任した頃から「自分が何のためにここにいるのか」を考えるようになった。
 彼は、花大のコーチだ。なぜコーチになれたかと言えば、恐らく彼の人を指導する素質や、人柄などもあっただろう。だが大きなものとして、彼が手にしてきたタイトル、とりわけ全日本選手権優勝の実績があった。全日本覇者の北村がコーチでつくということが、少なからず花大に選手を呼び込む特典になるからだ。
 社会人大会に出る以上は、優勝という成績を残さなければならない。それが、花大のコーチとしてここにいる自分に課せられた役割だと感じていた。
 だから、「負けられない」。

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 そうやって、北村は自らに負荷を課すようにして社会人大会に臨んだ。
 10月の社会人大会、その練習会場は彼が足を踏み入れただけで緊張感が増した。わずか数秒動いてみせるだけで、体のすみずみにまで力がみなぎっていることがわかった。

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 本番の演技では、そのどれもが恐ろしいほどに完成されていた。前へ前へと迫りくるような、迫力があった。
 だが、それを説明するのに「勝利への執念」という言葉は適切ではないように思われた。何というか、攻めに行くとか獲りに行くとか、そういった気迫とは微妙に違っていた。強いて言うなら、彼は今まで以上に真剣だった。しかし今ならそれも納得できる。それは決してポジティブな動機だけに裏打ちされたものではなかったのだ。自分の「優勝したい」という意志以外の役割を背負っていたから、彼は今まで以上に真剣だったのだ。

 それは優勝を決めた後の彼の心情が、最もよく物語っていた。
<優勝できて、良かった>
 北村は安堵していた。それは優勝を「目指して」いた者の持つ感覚ではない。優勝を「課した」者の抱くそれだ。

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 社会人大会で優勝を果たした北村が、次に迎えるのは当然全日本選手権だ。彼がこの大会を制すれば、2004年・杉本清志ぶりの社会人の全日本選手権覇者の誕生となる。だが、ここでも北村の立場が、その心情に微妙な変化を与えている。彼は大会に臨むに当たって、こう話している。
「今回は自分だけに集中するんじゃなく、ずっと一緒に練習してきた花大の選手たちが輝けるよう、(彼らの調子を)もっていってあげたい」
 彼は今回、選手であると同時にコーチとして大会に臨む。さらに言うと、花大のOBという立場もある。これまで一緒に練習してきた選手たち、とりわけ4年生には特別な思いがあった。
 「4年生は大学4年間の集大成で、新体操だけに集中できる最後の大会なので」

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 昨年それを終えたばかりの北村にとって、その感覚は鮮明すぎるほどに残っている。だから「4年生は特に応援してあげたい」のだと言う。自分の演技については「周りに失礼のないようにやりたいです。自分自身に甘えないように」と話すにとどまった。


 コーチと選手の両立は、相当の労力を要する。かつて花大の監督をしながら、自ら全日本選手権に社会人選手として出場した野田監督も、そのときは思わず「キツイですね」とこぼした。
 ただ一番の問題は、北村自身、自分がこの大会にどういう気持ちで臨んだら良いのか消化しきれていないということだ。
「実際、その時にならないと、どう動けるかわからないですね」

 社会人大会で北村は確かにそのパフォーマンスを向上させてきた。あとは立場が変わり、一段高い場所から新体操に関わるようになった彼がどういった気持ちで大会に臨むかが、焦点になりそうだ。

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 だが、確かなことがひとつある。人間は差し迫った状況になることで大きく成長する場合があるということだ。―――社会人大会での、彼のように。
 今回の全日本選手権は、出場自体が北村にとっては大きな課題だ。だがそれはきっと何らかの形で、また彼を成長させてくれるはずだ。

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表面(社会人、大学生) PZHYTTKA
 
裏面(高校生、ジュニア、団体) RXTGEJ8N 

ちなみに表面と、花大・社会人選手の特徴をお手伝いさせてもらい、他は全て椎名さんががんばってくれました!

よければぜひプリントアウトして、会場で併せて見てみてください。
(ちなみに複数枚プリントするときは、1枚ネットプリントで出して、あとは普通にコピーすると安くすみます!)


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posted by reportage |23:09 | 社会人 | コメント(0) | トラックバック(0)
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