2006年10月28日
『北海道が笑った』
北海道に移転して、3年目。本州でうずいていた喜びが北の大地で弾けた。今シーズン、突然の新庄の引退宣言にチームやファンは揺れた。しかし、結果的にはこの稀代のスーパースターが身を引く決意をしたことでチームは一つにまとまった。それは日本一決定後にどの選手よりも最初に新庄が胴上げされたことに表れている。ヒルマン監督の手腕も抜群だった。これまでのアメリカスタイルからバントやサインプレーを中心に試合運びをする日本型のスモールベースボールへとチームスタイルを変えた。シリーズでも送りバントや要所での盗塁が効果的であった。
それでも、今年の成功は他チームからすれば「勢い」で勝ち取ったものと見られるかもしれない。新庄が引退し、小笠原もFA移籍が噂される。森本やダルビッシュら若手が今年は監督の起用に十分に応えた。当然、来シーズンは彼らには主力としての自覚と一年を通して結果を残すことが求められる。常勝チームへと変貌を遂げるべく、北海道日本ハムの第2章が始まる。
『フィギュアシーズン開幕』
トリノ五輪の荒川静香の「金の舞い」から8ヶ月が経とうとしている。その荒川も五輪後に、プロスケーターへの転向を発表し、現在の日本フィギュア界は次代のエース争いが熾烈だ。
その大本命となるのが、年齢制限によりトリノ五輪への出場を絶たれたが、大会直前までメダル候補との呼び声が高かった、浅田真央だ。高校生となった浅田はこれまでのあどけない少女の演技から華麗な大人の演技へと進化を遂げようとしている。昨年はジュニアながらシニアの大会で表彰台に幾度も立つなど、世界的に見てもレベルはトップクラス。間もなく開幕する「スケート・アメリカ」では新演技で幸先の良いスタートを切りたいところだ。
安藤美姫も復調気配だ。先日の「日米対抗フィギュア」では彼女の代名詞ともなっている4回転ジャンプを封印したが、完璧な演技でオリンピックの雪辱を晴らした。その他にも実力者の村主、真央の姉で日米対抗にも出場した浅田舞、恩田美栄、中野友加里など実力者がエース争いに鎬を削るはず。まずはスケート・アメリカ。浅田姉妹、安藤の演技には注目だ。
「部内暴力」
忘れたころにやってくる。高校野球部内での監督による部員に対する暴力が鹿児島県・神村学園高校の野球部で発覚した。同校は昨年のセンバツ大会で準優勝に輝いた実力校だ。
今回の問題を同校に限らず、全国の高校部活動の監督や関係者は深刻に受け止めるべきだ。なぜなら、部員への監督の暴力が発覚した直後は監督も学校側もその事実を認めず、高野連への報告をしていなかったとゆうのだ。生徒よりも立場が上の監督や学校が生徒への暴力を隠蔽する。そう受け止められてもおかしくない。部活動もあくまで学校活動の延長線上にある。そのような野球独特の古い体質に囚われた指導方法は許されない。ここにきて、監督は暴力行為を認めたが、同じケースの問題が他校にも存在する可能性は高い。この事件を機に、高野連、学校が一体となって部内の非人道的行為の実態をチェックしてもらいたい。暴力を恐れてはスポーツにおいて重要な積極的なプレーはできない。学生スポーツの環境改善に全力で取り組んでもらいたい。
posted by reikun |02:10 |
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2006年10月26日
誰一人欠けてはいけない。チームにはあいつが必要なんだ。
「あと一人打ち取れば勝利投手になっていたのに。監督の采配が分からない」。彼は一人で野球をしたことにより多くのものを失ってしまった。
「あと一人打ち取ればチームが勝利に一歩近づく、バックには頼れる仲間がいる」。彼は失ったものを取り返し、また新たなものも手に入れた。
男は改めて野球というスポーツの深み、魅力を感じたに違いない。
posted by reikun |03:17 |
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2006年10月23日
彼は野球を楽しんでいます。
彼は心から野球を愛しています。
彼はファンに夢を与えます。
彼の笑顔に心癒されます。
彼の白い歯に驚きます。
彼はエンターテイナーです。
彼は真剣勝負を真剣に楽しんでいます。
彼は今年で辞めちゃうそうです。
彼は最後に何かを残してくれます。
彼は北の大地でさらに弾けます。
「SHINJOY!!プロ野球♪」
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2006年10月21日
『ディープ薬物問題』
あのディープインパクトに世間から疑いの目が向けられている。フランスで禁止されている薬物を投与したとして、処分を受けることが濃厚になった。幸い、日本での禁止薬物には該当せず、今後の出走には影響は無いが、見るものに夢と勇気を与えた凱旋門賞での3着という記録が剥奪される可能性が高い。レースの2ヶ月前に現地入りし、万全の態勢、調整で臨んだはずの海外遠征でなぜこのようなことが起こってしまったのか。当然、開催国での薬物検査の存在も関係者は承知していたはずだ。情報の交錯、思い違い、現地スタッフとのコミュニケーション問題、様々なことが考えられるが、ターフであれだけの存在感を放つ名馬があわや引退レースを終えられないままにターフを去ることも考えられた。競争馬の管理も大事ではあるが、異国の地での情報管理の重要さも痛感する事件となった。
『さあ、頂点へ』
明日から、プロ野球・2006年日本シリーズが開幕する。中日ドラゴンズと北海道日本ハムが頂点を目指し雌雄を決する。
両チーム共にリーグ一のチーム防御率を誇り、攻撃の面でも1、2番が出塁し、中軸が返すという非常に特徴が似たチーム。リリーフ陣も抜群の安定感を誇っており、僅差での勝負となりそうだ。中日は投手陣の大崩れは想像できないだけにいかに序盤で得点できるか。荒木、井端が出塁し、首位打者・福留、二冠王・ウッズに回せるかがポイント。対する日本ハムは第一戦、二戦での先発が有力なダルビッシュと八木の若手二枚看板が初の大舞台を前に本来の力を発揮できるか。新庄、森本といった、パフォーマンスだけでなくプレイでもチームのムードを変えられる男が2人もいるだけに初戦を取れば一気にということも考えられる。
また、昨年の阪神・金本のように、シリーズには決まってシーズンの活躍が嘘のように不振に陥る選手が出てくる。その意味でも初戦でどちらの投手陣がどのように相手チームの主軸を封じ込めるか。そこにも注目したい。
『愛媛の星、メジャーへ』
東京ヤクルトスワローズの中軸打者、岩村明憲が今オフ、ポスティングシステムで米・メジャーリーグに挑戦することが確実になった。同じく、メジャー挑戦が有力な西武・松坂や阪神・井川らの先陣を切っての表明となった。
愛媛県・宇和島東高校出身の岩村はリーグトップクラスの打撃技術と類稀な身体能力で一躍、ヤクルトの主砲へと成長を遂げた。走・攻・守の三拍子を高いレベルで併せ持ち、2004年から今季までは3年連続で3割30本塁打を記録している。昨年もメジャー挑戦を希望したが、球団に慰留を求められヤクルト残留を決意。夢は一年封印した。そして今季、周囲を納得させる十分な成績を残し、晴れて夢の舞台へと進むことになりそうだ。
それでも、岩村といえどもメジャーリーガーと肩を並べれば迫力不足は否めないかもしれない。しかし、岩村の三塁での守備能力、走塁は現時点でも十分にアメリカでも通用する。同じタイプの日本の打者としては、ホワイトソックスの井口がチームの主力へと成長している。井口の2番のように岩村もまずはレギュラーを掴み、力を発揮できる打順を見つける。それが成功への第一歩になるだろう。日本が誇る和製大砲の挑戦を心から応援したい。
posted by reikun |00:54 |
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2006年10月19日
8月8日 横浜スタジアム
この関東球場巡りの旅で最も楽しみにしていた、横浜スタジアムでのタイガース戦観戦。しかし、東京に滞在している間、ニュースにいつも以上に疎くなっていた私は、当日の朝台風が関東地方に接近していることを、朝からテンション高めの小倉さんが仕切る、「とくダネ」で知る。番組内での横浜の一日の天気も「終日雨」の予報。四日間滞在していた池袋も朝から雨模様で、いよいよ試合開催が危ぶまれる。それでも、行ってみないと分からない、あくまで予報は予報、と自分に言い聞かせ、JR東海道本線、根岸線を乗り継ぎ、横浜へ。横浜はやはり雲行きは怪しかったが、幸い雨は降っていない。それどころか、スタジアム周辺には中止なんていうケースを全く考えていないように速い歩調で続々と球場入りする黄色い集団。これを見ていると私の虎の血も騒ぎ出し、「降雨中止」なんて言う、数字の確率上では濃厚な状況のことは考えていられない。そう、全国津々浦々、どこにでもいるという伝説を持つ虎党の誇るべき同志たち。彼らは今日も野球を観に来ている。そして、スタジアムに入ってさらに驚愕の光景が。それは昨年の神宮球場で目の当たりにしたのと同様に、スタジアムの大半を埋め尽くす、タイガースファン。対照的に、ホームチームながら肩身が狭く、遠慮しがちにトランペットを鳴らす横浜ファン。それはまさに、虎を追いかける遊牧民。「横浜まで足を伸ばしてすいません」とせめてもの罪滅ぼしをと心の中で一礼。
さてここからは一、タイガースファンとして間近で見る金本選手や浜中選手に興奮し、初回から効果的に得点を重ねる打線に満足気。丁寧なピッチングで要所を押さえる、福原投手に陶酔し、関本選手の一発に一人で万歳するのであった。試合は4-1で快勝。得るものが多かったこの球場巡りを最後は最高の形で締めくくるのであった。
しかし、帰りのバスで気が付く。東京ドーム、インボイス、千葉マリン。この3球場に関しては「ボールパーク」という視線で野球を楽しみ、分析できた。しかし、横浜は・・・。これはまずい。赤星、シーツ、金本・・・と憧れの選手が並ぶスタジアムのスコアボードにしか注目していなかった視野の狭さ。これは追試決定。次は全く利害関係が発生しない、消化試合の横浜―広島戦あたりで横浜スタジアムへ。何度も足を運ばなければ、野球、そして球場の魅力は十分に理解できない。それを最後は痛感させられた今回の関東遠征であった。

posted by reikun |01:43 |
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2006年10月17日
8月6日 千葉マリンスタジアム
夏の夜空を300発の花火が彩った。千葉マリンスタジアムでは5回終了時に、「ビクトリー花火」と題して期間限定で花火が打ち上げられる。この時だけはファン、選手共々ボールを追いかけていた目線を上に向け、つかの間の休息。花火自体も本当に綺麗で、都会の花火大会に勝るとも劣らない、迫力満点の300発だった。
その名の通り、海に隣接する形で千葉マリンスタジアムはある。名物「マリン風」はこの日も健在。被っていた帽子が何度も飛びそうになる。そんな中、球場周辺に所狭しと並ぶ屋台で焼かれる焼き鳥の匂いがこの風に乗って私の嗅覚を刺激する。海辺と屋台が絶妙にマッチングしていた。しかし、消費税+球場税(?)ならぬ税が付いている少し高めの焼き鳥は我慢して、球場に入る。
この日は3塁側内野スタンドのその名も「ボビーシート」で観戦。これが非常に見やすい。全体も見渡しやすく、純円形球場の全体像が一目で掴める。前方のフィールドシートでは、グランドレベルでの視線で野球観戦が可能。防護ネットも存在せず、試合前には選手たちにサインを求めるファンが多かった。そんな中、印象に残ったのが、この日のビジターチームであるソフトバンクのズレータ選手と川崎選手。両選手はわざわざこのファンが群がる場に自ら進んで行き、多くのファンにサインをしていた。非常に心の温まるシーンであり、この選手たちにはプロ意識が強く感じられた。
試合が始まると、またこの球場内での一つの特徴に気が付く。それは私の席の周辺の両チームのファンが対戦チームの垣根を越えて、素晴らしい投球やプレーには拍手を送り、選手を称えていたことだ。ここには勝負論や競争意識は存在せず、この日のファンの多くには純粋に野球を楽しむという思いが潜在しているのだと思った。このような心をこれからも大切にしていきたいと思った。それでもやはり、地元ロッテファンの応援は存在感抜群で、サッカーの応援スタイルである、ジャンプ系の応援方式は地響きも聞こえるのではないかという程だった。
白熱の投手戦も延長戦に突入し、延長でロッテがサヨナラ勝ちを収めた。ロッテファンの叫び、いや魂の叫びはこの日、鳴り止むことが無かった。私はこのマリンスタジアムで感じた、「野球・熱」、「野球・愛」、「ロッテ・愛」を手土産に千葉を後にした。

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2006年10月16日
引き際は様々である。シーズン終盤を迎え、現役を引退する選手たちの最後の打席、最後の投球をいくつかの球場で目にする。厳しい競争社会である、プロの世界で全力を出し切って野球人生に終止符を打てる者はごくわずかである。しかし、ベテランとして、若い選手たちに伝えられること、教えられることがある。彼らは最後まで野球をあきらめずに、白球を追いかけ、くらいついて来たのだ。阪神の片岡は引退試合に先発出場。2安打を放ち、有終の美を飾った。日本ハムの主力打者として阪神へ移籍してきたが、なかなか本来の力を発揮できなかった。最後の挨拶で流した涙は自分を支えてくれたファンや選手への感謝と5年間の悔しさが入り混じっていたように思う。犠打の世界記録を樹立した川相は最後まで笑顔だった。そこからは24年間の充実した野球生活が窺えた。ヤクルトの山部は全盛期にバッテリーを組んだ古田が最後に捕手を務め、三振で締めた。左のエースとして君臨した時の生気に満ちた表情が蘇ったようだった。
涙の引退、笑顔の引退。表情は人それぞれだが、引退試合に臨む選手たちの顔からは彼らが愛した野球への熱い思いが伝わってくる。
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2006年10月15日
8月5日 インボイス西武ドーム
2005年より命名権売却で、「インボイス西武ドーム」となった西武ドーム。ドームといっても、既存の西武球場に屋根を建設しただけ、わかりやすく言えば屋根を被せただけの異例の建設方法で誕生したこの西武ドーム。これによって、ドーム球場では唯一の場外ホームランが出るドーム球場なのである。(実際に本拠チームの主砲、A・カブレラが場外ホームランを放っている)。
もう一つの特徴は、外野席が座席ではなく「人工芝」の全面芝生席であることだ。よってファンは思い思いの場所にレジャーシートを敷き観戦する、ピクニック感覚の野球観戦ができるのである。また球場周辺にも緑が多く、試合中も序盤は私たちファンの声援をセミの鳴き声が後押ししてくれる。アウトドア感覚満点の球場と言える。実際に、この芝生席で観戦したが、芝生席は非常に自由な空気で包まれており、試合が中盤に差し掛かると、お酒が入った男性ファンは肩肘をつき、居眠りを始めたりもする。自由な姿勢を取ることができ、くつろげたが腰痛持ちの人には少しつらい気もする。売り子さんも斜面を右往左往することになり、かなりの運動量を擁しそうだ。
さらに、先に述べたように取り付けドームであるために、球場内に空調施設は存在せず、真夏は、眠気と暑さとの戦いになることも多い。それでも緑を意識したグラウンドや座席は気持ちの上での涼しさを与えてくれる。この日の先発も西武が2年目の涌井、日本ハムがルーキー・八木という実にフレッシュな対決で、純粋に野球観戦を楽しむことが出来た。
そして、東京ドームに続きここでもファンサービスは充実しており、選手の記念カードや宝くじ式の抽選カードがファンに配られていた。
緑が溢れるボールパーク・インボイス。汗を拭い、セミの鳴き声を聞きながらの野球観戦もそれなりに風情がある。

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2006年10月15日
8月4日 東京ドーム
地下鉄・丸の内線「後楽園」駅を降りてすぐ、東京ドームの周辺一帯は「東京ドームシティー」と名付けられている。周辺にはジェットコースターなどのアトラクション施設やショッピングモールも併設されており、家族連れの姿が多く見られる。ドームシティーは休日とあって賑わいを見せる。
ドームに入ると、鮮やかな人工芝が広がり、甲子園の天然芝に慣れた目を一変させてくれる。球場入り口では、今ではジャイアンツファンお決まりの、チャンス時に「オレンジタイフーン」としてタオルを振り回す、「オレンジタオル」が配られるが、ここは全身に染み渡っている虎党の血が目に眩しいほどの蛍光色のタオルを受け取ることを許さなかった。ドーム内ではファン参加型のイベントもいくつか行われていた。野球人気の低下が叫ばれる中、各球団もファンサービスに様々な工夫を凝らしていることが窺えた。この日行われていたのは、子どもたちが巨人・篠塚コーチのノックを受けるという企画。小さなプレヤーたちが必死にボールを追い、投げる姿には多くの拍手が送られていた。そして、ドームということもあって音の響きは抜群であり、ライブ感を全身で味わうことができた。
試合が始まると、両先発の好投が光り一進一退の攻防が続き、ドーム内にも程よい緊張感が漂う。その後、横浜が1点をリードし迎えた9回。マウンドに上がったのはご存知、160キロ男・クルーン。肉眼で見る、159キロの速球はまさに圧巻で、巨人の3人の打者を3者三振に切って試合を締めた。
またドーム内・入り口ゲート近くには「野球博物館」が併設されており、日本野球草創期からの歴史や記録、そして、現役選手が使用したバットやグラブも展示されており、子ども達が食い入るようにそれらを見つめていた。ちなみに期間限定で現在、博物館内では「WBC写真展」が開催されており、世界の頂点に立った王ジャパンの栄光の軌跡を写真で追うことができる。野球の歴史と未来が詰まった博物館。かつての名プレーヤーの顕彰も行われおり、ここでは子どもたちの夢を膨らませるだけでなく、大人たちのかつての感動も呼び起こす。

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2006年10月13日
稲葉のセンターへ抜けたと思われた打球をソフトバンクの二塁手・仲沢が好捕し、フォースプレーとなるセカンドへ送球。しかし、判定はセーフ。それを見て一気に本塁を狙う走者・森本。態勢の崩れたショート川崎の送球は間に合わなかった。北海道日本ハムが25年振りのパ・リーグ制覇を決めた瞬間だった。それまで力投を続けた斉藤和己は日本ハム選手の歓喜の輪が作られる中、そのままマウンドで崩れ落ちた。ダイヤモンドの中で作られたこの勝者と敗者のコントラストは真剣勝負の残酷さと魅力を伝えるには十分すぎる光景であった。
昨日の20歳・ダルビッシュの好投に続き、今日の先発八木も完璧なピッチングを見せた。大舞台でも物怖じせず、躍動感溢れるフォームで九回完封。野手もファインプレーを連発し、新人左腕を守り立てた。対するのはパ・リーグ四冠の斉藤和己。今日も鬼気迫るピッチングで相手打線を完全に封じ込めてみせた。プレーオフ第一ステージでの西武戦、そして今日と、斉藤からはボールに込めた自らの熱い思いがひしひしと伝わってきた。これぞエースという存在感はマウンド上でよりいっそう際立った。しかし、西武戦同様またも1点を奪われ斉藤は敗れた。これほどまでに勝負の世界は残酷なのか。崩れ落ちたエースは仲間に肩を借り、うつむいたままマウンドを降りた。それでも、斉藤の今日の投球は決して「敗者の投球」では無かった。限りなく「勝者」に近い素晴らしいピッチングだった。誰もがそう思っているに違いない。「今日の試合に勝利し、地元福岡に戻る。そして王監督に優勝を報告する」。斉藤のこの気持ちは十分に観る者に伝わった。
今日の勝者は25年振りのリーグ優勝と共に、北海道に初の栄冠をもたらした日本ハムの選手や監督だ。それは間違いない。しかし、そのヒーローたちの影で無念の降板となった斉藤和己という男の存在も忘れてはいけない。
posted by reikun |01:38 |
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