2007年11月19日

オシムの功績とその後継は

イビチャ・オシムが日本サッカーに残してきたものはとても大きい。
それは疑いのない事実だと思う。

「オシム倒れる」の報はすぐさま日本中を、いや世界を駆け巡った。何よりも、今は彼の回復を祈るだけである。

私は日本サッカーが紆余曲折を続けてきた経過をつぶさに見てきたが、オフト以降その方向性に一貫性を感じたことが無かった。

何故ならば、常に「南米型」「欧州型」のどちらの方向性に志向するのかということだけが語られ、議論されて右往左往するだけだったからだ。
だが、オシムは「日本のサッカーを日本化する」と明言した。
それ以上のスローガンは必要なかった。

今、巷ではオシムの後継者を巡って揺れている。
だが、冷静に考えてみると今の日本代表スタッフには反町、大熊、小倉、加藤(GKコーチ)と4人の日本人コーチが居る。
オフト以降の外国人監督の下ではかつて無いほどの日本人スタッフの多さだ。実はこの言葉も通じない日本人スタッフについては、識者たちの間から疑問の声が上がっていた。
しかし、オシムは過去の歴代監督に比較すると何倍もの時間をスタッフ会議に費やしている。しかも、その内容は詳細に渡っていたようだ。

つまり、事実上オシムは後継者を育てていたことになる。
深謀遠慮なオシムである。もしかしたら、不測の事態すら想定していたのではないか。そう思えて仕方がない。

「考えて走る」ということは実はサッカーの現場ではずっと言われていたことである。
だが、日本サッカーがプロ化され、海外の映像や情報が入ってくるにつれ、日本のメディアや巷のファンは戦術や個々のスキルにばかり目が行っていた。

「考えて走る」ことは実は難しい。正しく言えば「90分続けて考えて走る」ことである。
私は日本サッカーが世界の舞台で活躍できなかったことの理由は「走れなかった」ことにあると思う。
一定のレベルのスキルがあるのは当たり前なのだ。
例えば、オランダのダビッツ、イタリアのガッツーソ、フランスのマケレレと「走る選手」は実は枚挙に苦労しない。
つまり、それだけ「必要不可欠」な構成要素なのだ。
オシムがいう「水を運ぶ選手」は負けないチームにとっては、「ファンタジスタ」よりプライオリティが高いはずなのだ。

その当たり前のことを気がつかせてくれたことだけでもオシムの功績は大きい。

彼を批判する「評論家」などは、試合中の采配に冴えがないとか、PKを見ないような小心者というが、今の日本にとって優先すべきは何かということを考えれば、10年後、20年後を見据えた時にはヒディングよりもオシムなのだと私は考える。

例えば、候補に掲げられているような岡田氏のような監督よりは、私はオシムの薫陶を受けている反町氏に日本代表を任せる方が長い目で見たときには日本のためになるのではないかと思う。

ましてや、論理的な思考が出来ない松木安太郎などという選択肢はありえないとしか言いようが無い。
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posted by reddevil |16:30 | 日本代表 | コメント(5) | トラックバック(0)
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