2010年01月06日

浦和レッズは魅力を失うのか

「Jリーグのお荷物」

これが、浦和レッドダイヤモンズが1番最初に貰った称号だ。

それもそのはず。J屈指のFW福田などを擁しながら、J創世期はほとんど毎年下位に低迷した。優勝争いなんて夢のまた夢だった。
そして1度はJ2にまで降格してしまう。

しかし、彼らはただの雑草ではなかった。1年でJ1の舞台に戻ると、その後は快進撃を見せる。
1つの転機は、すぐに訪れる。それは2003年。この年にナビスコ杯で初のタイトルを獲得した。この年以降数年間、毎年何らかのタイトル争いに加わる「強豪クラブ」へと浦和レッズは成長していく。

「タイトル獲得こそが浦和レッズの使命」

浦和レッズが本格的に「タイトルを狙いに」いくようになったのは犬飼氏(現日本サッカー協会会長)が社長に就任し、ギド・ブッフバルトが監督に就いた後の2004年からである。犬飼氏は練習場、クラブハウス、下部組織などのクラブの「ハード面」の充実を図る。その上で、闘莉王やアレックス、ワシントンなどの選手達の大型補強、すなわちクラブの「ソフト面」を拡張させていった。

もともとサポーターが多かったクラブは収入面で他クラブを寄せ付けない強さをもつ。
目指すは「堅守速攻」と「個の力」を前面に押し出した「勝つための」サッカー。サポーターは強い浦和レッズを求め、クラブ自身もそれを目指して進んでいく。
2009年度こそ原口元気、山田直輝を始めとした「ユース昇格組」の活躍、起用が大きく話題にされ「最優秀育成クラブ」として賞も貰ったが、浦和レッズはもともと「若手育成」には定評のあるクラブでもある。
確かに浦和レッズユース出身の選手が活躍した実績は少ない。しかし高卒選手や大卒選手を、実戦で使いながらの育成は非常に上手いものがあった。前者の代表格が田中達也、啓太であり長谷部だ。後者の代表格が堀之内、平川そして坪井だ。浦和レッズでプロとしてのキャリアをスタートさせた彼らの多くは日本代表にも選出されている。
浦和レッズは「ベテラン」「若手」「外国人」「移籍組」「生え抜き組」が程良く組み合わさったクラブでもあった。

たとえ「外人頼みの糞サッカー」と揶揄されても、「金満クラブ」とお門違いの批判を受けても、クラブ、選手、サポーターは「タイトル獲得」という1つの同じ方向を見て成長した。
それが2006年のリーグ優勝や、ギドがレッズの監督を、犬飼氏が社長をそれぞれ勇退し、オジェック監督、藤口社長に交代した2007年のアジア制覇、CWC3位という大きな結果に結びつく。彼らの向かう先の道は、何も問題がないように見えた。日本における「ビッグクラブ」として稀有な存在へなろうとしているはずだった。2007シーズンが終わった後には、エジミウソン、高原、梅崎をはじめとした更なる大型補強を行い、その戦力は一層強大なものへとなっていった。

しかし、またしても浦和レッズに転機が訪れる。それは順風満帆な未来が待っているはずの2008年に来た。いや、その兆候は2007年から始まっていたと言ってもよい。

「浦和レッズの形がない」

2008年、J開幕から2連敗を喫したオジェック監督を早くも更迭する。
解任理由は主に2つ。試合内容が昨年末から改善される傾向になく、CWCを挟んだものの、Jでは昨季リーグからずいぶん連敗していた点。もう1つの点が監督と選手たちの確執だ。
2007年当時から、オジェックとレッズの選手の1部における対立が始まっていた。起用されない選手、毎回途中交代される選手、起用法に納得いかない選手たち。彼らはオジェック監督に反発し、造反したといわれている。選手が監督の指示した戦術、布陣に従わないこともあった。

そんなチーム状況での開幕2戦での監督解任。後任監督には、ギド・ブッフバルト時代からレッズのヘッドコーチを務めるゲルト・エンゲルスが着く。彼は「攻撃的な見ていて楽しいサッカー」を標榜する。空中戦や対人に強く、敵味方ゴール前でその能力を1番発揮する闘莉王をボランチで起用するなど、様々な「奇襲」と言われた起用法、戦術で勝ち点を積み上げていった。
しかし、それが通用するのもリーグの前半戦のみ。相手に研究されたレッズは次第に勝ち点を取りこぼしていく。
選手の中からはまたしても様々な不満の声が聞かれた。起用されない選手はもちろん、自分のやりたいポジションで試合を戦えない選手にも不満はたまる。
勝てない時期が続いても、たとえ勝てたとしてもみな同じ不満を述べる。
それは「浦和レッズには攻めの形がない」という不満だ。当時左サイドで主力だった相馬崇人は試合後の取材で何回も同じことを主張した。
「攻めるときにチーム内で決まり事がないから何をしていいのか分からない。フォローも来ない。」
様々な評論家、選手、解説者がレッズのサッカーを酷評した。
曰く・・・
「個の力」に頼るだけでチームとして攻める意識がない。
そもそも走らない。
ディフェンスはただ引いて守るだけ。
ポンテがいないとゲームを作れない。

そんな最悪のゲーム内容の中で2008シーズンが終了。最終順位は7位。ここ数年間でもっとも低い順位だった。さらに天皇杯、ナビスコ杯、ACLでも早々と敗退し、5季ぶりの無冠であった。エンゲルス監督も残り1年の契約が残った状態での解任も決定した。

2008年で最も大きな転換地点となったのがACLの決勝トーナメント2回戦。ガンバ大阪との埼玉スタジアムでの2ndレグだった。浦和レッズはガンバ大阪の圧倒的な攻撃サッカーになすすべなく敗れてしまう。クラブの誰もが思った。このままのサッカーでは、確実に置いて行かれる・・・と。この試合をみて当時の藤口社長はエンゲルスの解任を決めたとも言われている。
フロントはエンゲルスの次の監督として「若手育成」ができ、「パスサッカー」を目指し、今後のクラブの「土台」を作ることのできる人物を求めた。
その結果、連れてきたのが、ドイツ・ブンデスリーガで長年フライブルクの監督を務めた実績のあるフォルカー・フィンケ監督である。

「近代的なコンビネーションサッカーの確立を目指す」

フィンケ監督は就任してすぐに、浦和レッズの改革に着手する。まず、毎年恒例のように行っていた大型補強をきっぱりやめた。現有戦力でまずは戦い、その後監督の望む補強をする、というスタンスである。そして新しい戦術として4バックを導入しショートパスを基盤としたサッカーを取り入れ、原口元気、山田直輝に代表される若手選手を組み入れていった。
前半戦はフィンケ監督、フロント、選手、サポーターがまさに望んでいた展開通り、いやそれ以上に物事がうまく進む。選手がフィンケ監督の思うようなサッカーを披露し、リーグ戦の順位も2位で折り返す。

2009年から新設されたTDの信藤氏は前半戦が終わった地点で「上手くいっている。1年目は土台づくり、2年目はタイトル争い、3年目は全てのタイトルを狙う。」という明確な目標を持っていたらしい。(ジャーナリストの大野勢太郎氏の取材より)
ところが、である。夏場に最下位の大分相手に敗れるとチームはそこからカップ戦を含めて8連敗を喫してしまう。天皇杯においてはアマチュアの社会人リーグ所属、松本山雅にまで完敗した。

それ以降は少し、リーグ戦で持ち直したものの、2009シーズンは最終順位が6位。またしても無冠で終える。

「チームの土台を作るのは監督ではない」

さて、浦和レッズの今までをさらっと振り返って見た。
浦和レッズの魅力とは何だろう。ある選手はこう語ったという。
「優勝を目指していたころのレッズが懐かしい。」

浦和レッズが今後目指すものは何であろうか。本来、2009シーズンの位置づけは現有戦力での「土台づくり」だった。
その観点から言えば、2009シーズンは悪くはなかった年だといえる。フィンケの求めるサッカーを結果が出ない時でも一貫して続けた。若手選手も試合に出て、経験をつんだ。

しかし、何かモヤモヤしたものが、釈然としないものが胸に残る。
浦和レッズ主催試合での観客動員数も減少した。今までの3,4年が異常だった事、今年は不況、新型インフルエンザの影響があったとはいえ、1試合平均で数千人が減ることについては、クラブはもっと危機感をもっていいのではないだろうか。

僕自身は、もう少しクラブ側、フィンケ監督側には明確な目標を語ってもらいたいと感じている。毎年優勝してほしいとは思わない。
今後長きにわたって浦和レッズがJを代表する、強く美しいサッカーをするクラブになるために準備をする、というのならそれで構わない。

しかし浦和レッズが、自前のユース選手をトップチームに引き上げて、適当に試合に出して、適当にパスサッカーをして、中位くらいの順位に収まって、で終わるようなチームになっていいわけはない。

1つ付け加えておく。「チームの土台は監督ではなく、フロントが作るものだ」ということだ。フィンケ監督がいつか去ったあと、同じようなサッカーがずっと出来るわけはない。
ジェフ千葉のオシム氏が良い例だ。彼は弱いチームに土台を作ることのできる素晴らしい能力を持った監督だ。しかし彼が日本代表の監督としてジェフを去ったあと、ジェフはどうなったか。オシム氏の作り上げたサッカーは消え去り、もはや見る影もない。
フロントが明確で正しい「目標」を持ち、実践できる「行動力」がなければ、クラブの土台は絶対にできない。
もう1度言う。「チームの土台は監督ではなく、フロントが作るもの」だ。

浦和レッズが魅力を失ったとは思わない。確かに優勝争いに2年連続で絡めなかったが、サッカーの魅力はそれだけではない。成長していくクラブやサッカー、選手たちを見ていくのも楽しい。

しかし、いまの中位で、ユース選手をアテにするだけのようなクラブのままなら、浦和レッズの魅力はどんどん失われていくだろう。地元の商店街、企業の人々に「浦和レッズに求めるもの」を聞くと簡単な答えが返ってくる。
「強くあってほしい」だ。

僕は来年以降もずっとスタジアムに行くだろう。「浦和レッズ」が好きだからだ。決して「強い浦和レッズ」が好きなわけではない。
仲間たちと、選手たちと、監督と、クラブスタッフと、喜怒哀楽をぶつけ合いたいからスタジアムに行く。

好きゆえに、「浦和レッズ」には強くあってほしい。そのための我慢なら何年でもできる。

だからこそクラブは、監督は、選手は、本気で「目指すもの」をサポーターに思い切りぶつけてほしい。


みなさんは現在の浦和レッズが「行こうとしている場所」に関してどう思いますか。
もっといえばこれからのJクラブはどの様なものを目指すべきだと感じていますか。
意見があればよろしくお願いします。

posted by redbob |22:05 | サッカー Jリーグ | コメント(44) | トラックバック(0)
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