2008年04月18日
『12人の指名打者-野球小説傑作選』(文芸文集)の短編の1つ、
ウィルバー・L・シュラム著「馬が野球をやらない理由」を読了。
タイトル通りの(痛快)フィクション作品。
野球(スポーツ)は人間の作り出した文化だから
人間以外は行うのが難しいのかっと爆笑しながら感じた。
話はある1人のスポーツライターが回想録を語るという形で進められていく。
始まりは、キャンプの取材先で目玉が飛び出るほどの光景を目にしたところから。
(もちろん、察しがついていると思いますが。)
新人?のジョーンズというプレイヤーが今年からキャンプに参加した。
とにかくプレーがすごい、おまけに風貌、出で立ちまでも人並みはずれている。
だが、その選手の情報を編集長が信じてくれない。
おまけに、彼の体の心配をしてくれ、病人扱いされる始末。
そうこうするうちに、オープン戦・シーズンが始まった。
が、ジョーンズの活躍は止まらないので記事を載せなくてはならない。
そして、情報を少し脚色し、なんとか誌面に載せられるようにする。
しかし、当のジョーンズもこちらはこちらで悩みが多く、
本当は野球よりもスプリンターになりたかった。
もっとも、野球という選択肢なんかあると思っていなかった。
その後、活躍してもその思いは変わることなく、
気持ちが晴れず悲しい心境が続いていた。
そしてついに…。
っと、簡単に大筋を。
これは、スポーツライターの彼がひた隠しに隠してきた秘密なので、
続きはぜひ書店か、なければAmazonで(笑)。
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01:42
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2008年04月16日
イチローが、4月13日のエンゼルス戦で、
ベースボール文化の1つである「報復死球」の標的となった。
(たった2日前の出来事なのに、なんとも古い話題のように感じがする。
が、裏を返せば、それだけ多くのスポーツ情報が流されているということだろうが…)
それは、マリナーズが8点のリードを許し、
すでに勝敗が決していた7回裏の4打席目で起こった。
エンゼルスのスパイアーの投げた2球目が、イチローの右脇腹目がけて真っ直ぐ伸びていった。
瞬時に、イチローは体をくの字に引いてこれをかわした。間一髪、難を逃れたといった様相だ。
明らかなビーンボールにスタジアム全体がどよめきを上げるなか、
続く3球目、力一杯の速球が、今度はイチローの背後ほんの数センチを通り抜けた。
続け様に起きた変事に主審が危険球と判断し、両チームに警告する形でなんとか事態は収拾した。
このような出来事は、ベースボールの世界において日常茶飯事だ。
珍しかったといえば、ビーンボールが目標に当たらなかったことだけといえよう。
当のイチローは、すでにこの行為に慣れているといった感じで、
「狙ってるんでしょ。昨日のハンターのことじゃないの」
と事の原因を分析するほどの冷静ぶり。
さらに、
「当てられないんだ、って感じ。狙ってるのに当てられないのはかわいいよね。すごくかわいい」
と笑顔で語っていたという。
皮肉たっぷりなイチローを見るまでもなく、周知とおり、このような慣例は日本の野球にない。
じゃあ、実際、何が違うのかといえば、
ベースボールと野球とはほぼ同じルールのスポーツ(運動競技)と考えられるから、
その共通箇所以外での肉付けされている部分というほかない。
それは、言葉を換えれば、「アメリカ流」、または「日本式」といわれている部分であり、
いわば、それぞれの国の社会環境といえる。
もっとも、アメリカの社会は報復行為が容認されている社会ということになる。
これも考えるまでもなく、
正にその通りで、その極めてわかりやすい例がイラク戦争といえよう。
イラク戦争について
「大量破壊兵器を見つけるために戦争したのに、
見つけられない(存在しないから当然)のはかわいいよね」
と彼がこう語った、と置き換えるのはあまりにも虚構なたとえだが、
この部分においては日本の方がスポーツ的に成熟をしているといえよう。
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2008年04月15日
サッカーのフランス1部リーグで活躍する松井大輔が
来季よりサンテティエンヌへの移籍が決まった。
で、サンテティエンヌってどこ?
と思う人は少なくないと思う。実は僕もその一人だ。
ASサンテティエンヌは、同じフランスリーグ1部のチームで、現在5位。
1960年代にリーグ4連覇するなど、伝統のある古豪といったクラブチーム。
また、1979~82年まで「将軍」と呼ばれたミシェル・プラティニが所属していた。
ざっと調べただけでクラブの情報がこれだけ集まる。
さらに、15世紀に武器工場が建設されて急速に工業化が進み、
1827年にはフランス最初の鉄道が開通した町だという。
別にここまで調べる必要はないのだが、
もし松井大輔がこの町のクラブチームに移籍していなければ、
調べること自体を行っていないだろう。
もっとも、これから多くのメディアが、
世界に挑戦している日本人選手の移籍先のことを取材し、取り上げるだろう。
そして、もちろんチーム名である都市名も連呼する。
そう考えると、サッカー・野球を問わず、
これまで数多く日本人選手が海外で活躍してきて、
それと同じ数だけのその町が日本で紹介されているということになる。
しかも、スポーツの報道を聞かない日のない今日では、その効果は大きい。
これは、どんな政府の外交官や親善大使よりも、
よほどスポーツ選手の方がその役割の多くを果たしているといえる。
スポーツの社会に対する役割は、絶大であるというほかない。
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00:10
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2008年04月13日
今日の世界選手権50キロ競歩で、
山崎有喜(長谷川体育施設)が優勝を果たした。
これで、自身の持つ日本記録を1分43秒更新し、
北京五輪参加標準記録も突破したことにより、代表入りを確実にしたようだ。
山崎有喜といえば、昨年の世界陸上大阪大会で、審判員の誘導ミスにより途中棄権となった。
あの信じられない光景に、誰もが目を疑ったと思う。
そんな彼が、もう一度世界の舞台で挑戦できる事を嬉しく感じと同時に、
結果を出した彼の努力に心から拍手を送りたい。
が、最近の聖火リレーを見ていたら、
再び山崎有喜が受けたような不条理な出来事が起きるのではないかと心配になる。
いわゆる、スポーツ以外(政治?)のものによるスポーツへの侵害だ。
これを機会に誰のためのスポーツであるか、何のためにスポーツを行うのか
考えていかないといけないと思う。
もちろん、選手のためのスポーツであり、
世界中の多くの人が人間の共通言語といえる体を使ったスポーツを
楽しむためであることはいうまでもない。
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23:57
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2008年04月13日
『12人の指名打者-野球小説傑作選』(文芸文集)の短編の1つ、
ウィリアム・プライス・フォックス著、「待ちわびた一球」を読了。
この物語は、野球をこよなく愛する人の話。
新聞の野球に関する記事の全て目を通したり、
チーム・選手の成績データをノートに書き写すなど、
根っからの野球好きのおじさんが、
ある出来事をさかいに41歳から野球をおこないだした。
小さな町のちっぽけなチームでプレーをはじめた彼は、
プレーが下手なこともあり、誰よりも長い時間練習を行った。
また、いつもどんな時もユニホームを着て、スパイクを履いたり、
野球を人生とした。
この話を読み終わった後、
このようにスポーツ(野球)を正しく受け止め、プレーをしたら、
人の心を動かすことがわかった。
つくづくスポーツという文化・思想のすばらしさを感じた。
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00:52
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2008年04月10日
あらためて、スポーツの結果(外面)に
人間らしさが直結している事を再確認した。
最近でいえば、
球団史上初の単独首位に立った楽天が、わずか1週間で最下位へ。
2000本安打王手の阪神金本が、11打席ブレーキ。
と、これらは普段と違う状況か引き起こした結果であると、訳なく推測できる。
(過去の例を上げれば、枚挙にいとがまないが…)
私たちの日常生活は、多くの人に囲まれており、
そこで上手に暮らしていかなければ、生きていくのが難しい。
もっとも、気持ちを内面に隠して、態度を外に表さないことが多いといえる。
スポーツでは、チームや選手の状態・状況がそのままプレーに表れ、
そのまま見てとれる。
それは、私たちが日常で味わうことのできないものだ。
故に、多くの人がそのようなスポーツに魅力の惹かれているのだと思う。
そして、まさに私もその一人だ。
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13:18
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2008年04月08日
チベット問題などで中国政府に対する抗議の意味で、
北京のオリンピック聖火リレーを妨害する行為が続発している。
パリでは、28人の身柄を拘束し、4回も聖火が消火される事態が起こり、
ロンドンでは、36人もの身柄を拘束したといわれている。
あらためて、
オリンピックとは「政治」であることを認識させられた。
(本当は、遊びであるスポーツの世界大会なのだが…。残念といえる。)
ナチスがプロパガンダに使った1936年のベルリンオリンピック、
イスラエル選手人質事件があった1972年のミュンヘンオリンピック、
アパルトヘイトを背景にアフリカ各国がボイコットした1976年モントリオールオリンピック、
西側諸国がボイコットした1980年モスクワオリンピック、
そのお返しに東側諸国がボイコットした1984年ロサンゼルスオリンピック、
と大きな話題となったものだけでもこんなに挙げることができる。
今月26日に長野で聖火リレーが行われる。
日本のスポーツに対するスタンスが問われようとしている。
じっくり政局を見守ろうと思う。いやいや、政局と言ってはだめだね。なりゆきなりゆき……
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23:33
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2008年04月08日
テニスの伊達公子が現役復帰を表明した。
すでに日本テニス協会(JTA)へのプロ登録を済ませており、
4月29日から行われるカンガルーカップ国際女子オープンテニス(岐阜市)の
ダブルスへ出場するようだ。
そして、目先の目標として、11月の全日本選手権のシングルス出場をあげた。
復帰の理由として、
「先日のドリームマッチで、体が衰えているという感じがしなかった。」
アスリートらしい実にシンプルな答えに思えた。
が、その後の会見での、次のような言葉を聞いて苦笑してしまった。
「11年間、解説をしてきて杉山選手ががんばっていると思うが、
その後に続く選手が出てこない。私が復帰することで、
若い選手の刺激になって(私を)追い抜いてくれる選手が出てくればと思う。」
それは、世界トップレベルのテニスプレーヤーであった彼女だから許されるのかも知れないが、
なんとも傲慢で、横柄な言い様に聞こえてならなかった。
また、「甘い世界でない」とも付け加えたが、
これも「世界への挑戦」に言及した話の時だけ。
言葉が悪いが、つまり、11年のブランクがある37歳である元選手に、
日本テニス界(ここでは主として競技力)は見下されているといえよう。
もっとも、最近テニス界で注目を集めている錦織圭にいたっては、
日本でなく、中学のときに留学したアメリカのアカデミーで、
力を開花させ、現在にいたっている。
もちろん、今後メディアは、彼女に押し寄せるだろう。
そして、彼女の一挙手一投足や試合の結果に、一喜一憂するに違いない。
メディアも一企業であるからそれでもよいかも知れないが、
今回出された彼女からの「メッセージ」をとらえ、日本テニス界の現状を把握し、
日本テニスのあるべき姿や豊かなスポーツ環境を伝え、示すことも大事な仕事といえる。
どちらかといえば、そちらほうが重要であるにちがいない。
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12:14
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2008年04月06日
『12人の指名打者-野球小説傑作選』(文芸文集)の短編の1つ、
「ザ・ルーキー」を読了。
微に入り細に穿(うが)った情景描写が圧巻。
1打席だけに27ページもの紙幅を用しているが、無駄がない。
人生初めてのチャンスを得た、35歳のルーキー(メジャーデビュー)。
しかも、今後の野球人生を占う、絶好のサヨナラの打席が巡ってきた。
これまでの辛労や今後の将来から湧きあがってくる揺れる心境であったり、
それによる、バットに握り、汗をかき方などの身体の変化など、
スポーツならではの面白味、高揚感が楽しめる物語です。
これを読めば、今後、
数秒から数分で終わる1打席を、今よりも細かく見るに違いない。
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14:12
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2008年04月06日
今年から、野球(主にプロ野球)の結果を、
「出塁率」を中心に見ていくことにしようと思う。
というのも、
最近創刊された雑誌『Baseball Times』(創刊号)の
「野球アナキストの視点」というコラムを読んだからだ。
今回のテーマは
「チーム打率と得点力の本当の関係」。
これまで俺は、打者の能力は「打率」だと思っていた。
よって、チームの得点力は当然のように、チーム打率だと考えていた。
が、この原稿が、それまでの考え方、そして視点を変えた。
内容は、プロ野手の過去3年間の
平均得点、打率、打率順位、出塁率、長打力、OSP(出塁率+長打力)の
データを取り上げ、それがどう得点、成績に結びついているかを分析・考察し、
どの項目が順位にもっとも相関を結論づけているというもの。
(これが、日頃から野球のデータを扱っている企業の方の視点なんでしょうか。)
詳しくは、本誌をご購読いただければと思う。
打つという行為には、人に快感や爽快さ、感動を与える。
だから、そのいいとこどりといえる打率は輝いて見える。
が、ゲームには勝てないかもしれない。
出塁率は、打率ももちろん、それ以外(四死球)の出塁も含まれる。
出塁の能力は「勝率」をより高める数値だ。
これは、野球巧者の営みの果てと考えることができる。
ルールなしでは存在しないスポーツにおいて、
最高の価値があるタイトルといえなくない。
実際、開幕して間もないが、
出塁率上位の選手の所属しているチームが、
チーム順位も上位に位置していることがわかる。
一言で言えば「選球眼」と言い表せるかもしれない出塁率、
同時に試合を読む「戦術眼」も備えているといえよう。
ひょっとして「野球通」というのは、このような見方をできる人のことなのかも。
posted by raku |
01:20
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