2007年12月22日

チェンバレンがクレメンス支持

2日前シリングが例によって眠くなるほどの長文で、クレメンスのステロイド問題について彼のブログで語りました。
その内容についてはかなり報道されていますので割愛致します。
一つだけ書いておきたいのはシリングが書いたのは”仮定”の話で、”クレメンスは有罪”とは書いていません。

今日はこの記事…

http://www.thejournalnews.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20071221/SPORTS01/712210382/1108/SPORTS01

癌センターでのボランティアの後、PED問題について質問されたチェンバレンは、

”疑いなく、今後長く疑問が続く問題であろう”
と応え、クレメンスについては、
”彼は長い間成功してきた、そしてそこには一つの理由がある”
”それは彼の仕事に関しての倫理観だ”
”彼は今後も彼のしたいことをして行くだろう”
”彼は誰に対しても証明しなければならない物はない”

とシリングが言った”無実を証明すべき”という考えに正反対の見解を述べました。

ご存知の通り、クレメンスは既に弁護士や彼の代理人を通じ、PEDを一切使用していないと、ミッチェルリポートを否定する発言をしています。
正直それをすべてのファンが信じているわけではなく、依然として疑問は残ったまま。
ファンによっては”裏切られた”という発言をする人たちもいて、彼らからはシリングと同じような意見が聞かれます。

ただチェンバレンの発言も一理あります。

ここでも何度か書きましたが、ミッチェルリポートには物証のないものが多く、クレメンスのケースもその一つ。
数ページを割いて、詳細をリポートされてましたが、いずれも”マクナミーによれば”という注釈つきのものです。
それに対して何を証明しなければならないんだ?ということも、クレメンス・ビリーバーのあり方の一つだとは思います。






posted by rahmian |02:36 | ブロンクスボンバーズ | コメント(4) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
チェンバレンがクレメンス支持

悪魔の証明ってやつですね。
「使用してないこと」を証明するのは不可能なので、
クレメンスが使用したって主張してる側が「使用したこと」を証明しないといけないっていう…

posted by 亜 | 2007-12-22 02:57

Re:チェンバレンがクレメンス支持

本当にファンタジーの世界かも知れないし、相手もファンタジーの世界の話しをしてるかもしれない

posted by まさに | 2007-12-22 04:55

チェンバレンがクレメンス支持

このミッチェルレポートに関して、いろんな意見をチェックしてみたら、
比較的肯定的な意見が大勢を占めているようですね。
まあ、事実このレポートに実名を掲載された数人が使用を認め、謝罪していることからも、
そういう一面があることは認めざるをえないと思います。

でも私は否定派なんですね。
こうして、使用を認め謝罪する選手が賞賛されることでレポートの信憑性はどんどん高まり、
その一方でクレメンスのような選手は疑惑が拭えずにこれからずっと*が付きまとう。
クレメンスが否定し続ける限り、その*を取り外す方法はおそらくはもうないでしょう。
管理人が仰るように証明のしようがありませんもんね。

私は特別クレメンスのファンでもなければボンズのファンって訳でもないのですが、
この二人がグラウンド上で見せたパフォーマンスの凄さは単純に尊敬しています。
特にボンズの打撃技術は、本当に素晴らしいと思います。
でもそういうことも含めて、一部では全否定されてしまっているこの現状が本当にその個人の責任だけなのか、
そしてクレメンスもそういう風に思われていってしまうのか…
そこがどうしても納得いかないのです。。

まあ、少数派の意見なんでしょうけどね(自覚もあるしw)

posted by kegnya | 2007-12-22 08:49

チェンバレンがクレメンス支持

>亜さん

どうやら、裁判になる雰囲気も高まって来てるようです。
実際に法廷までは行かない感じもしますけどね。

>まさにさん

ある程度、自信のあるリストだとは思います。

>kegnyaさん

なんと言いましょうか…このようなことがある度に、ドラッグの使用者側(確定しているしていない関わらず)を肯定する、或いは肯定しないまでも肩を持つ発言がしづらい空気ができてしまうように思われます。
勿論、使用してしまったがゆえに起きてしまった悲惨な状況は無視できませんし、あってはいけないことだとは理解していますが。

皆が一斉に”道徳”を説きだすと、見えていることも見えなくなってしまいます。

そんな中でkegnyaさんのように別な視点で捉えるということは非常に貴重な考え方だと思いますよ。


posted by らー管理人 | 2007-12-23 04:31

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