2008年08月14日

【告知】当ブログ閉鎖のご案内

 スポナビブログという良い環境の中で、一年近くブログを所有させて頂きましたが、今回、更新頻度の少なさと、他サイトの自ブログでの充実を図り、当ブログの閉鎖をさせて頂くことに致しました。
 現在、他ブログへの移行を実施しておりますが、9月までに移行を完了し、10月を目処に、当ブログを閉鎖させて頂く所存です。

 スポナビ運営者の方々には、良いブログ環境の提供と運営をして頂いたことに深く感謝致します。そして、美熟な内容にも関わらず、当ブログをご愛顧して頂いた方々にも深く感謝したいと思います。
 今後は、以下の他サイトで自ブログで記事の更新を行って参りますので、興味のある方は、訪問して頂けると嬉しい限りです。

 ブログ名: About My ・・・
 URL: http://pensiero.asablo.jp/blog/

 一年間という短い期間でしたが、ここで皆様と出会えたこと、そして有益なコミュニケーションを取れたことを感謝しております。
  
 本当にありがとうごまいました。

 2008年盛夏
 foresta (管理人)

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2008年07月16日

崖っぷちでも戦う気持ちは残した

 新潟ビッグスワンに乗り込んでの新潟とのゲームは、両チーム相譲らない見応えのあるゲームとなった。
 その激闘の果てに得たものは、放送の実況者が言っていたような、ジェフの今季アウェーでの初勝利でも、対する新潟はビッグスワンでジェフに勝つことのジンクスを打ち破れなかったことでも、結果がどちらにも転ばずに、落ち着く所に落ち着き、両者痛み分けの勝ち点1を積み重ねただけのことでもなく、今日のジェフが、気迫もプレースピードでも相手を圧倒していたとまでは言えないにしろ、終始相手を上回る勝利への執念を見せた、「戦う気持ち」だったと思う。
 しかしながら、どうしてもあの判定は、両者が繰り広げたこのゲームに恥じるものであったようにしか思えない。無論、「誤審呼ばわり」することはナンセンスなことだと思っていてもだ。
 
 「個人で勝てない」、「技術で劣る」、「戦術が機能しない」、「プレーが緩慢」、「プレスが甘い」、「動き出しが遅い」、「集中力が持たない」、「一瞬のスピードを捉えられない」、そして、「運がない」。
 上述した「プレー要素」が、ゲームの中で一度に会することが無くても、勝てない要因になっているのは言うまでもなく、さすがにここまで、来るとミラー監督の神通力に頼る他はないが、その神通力も翳りを見せ初めている今、ペシミスティックにならざるを得ない心境であるのが、今日のゲーム前までの私の気持ちだった。けれども、まだリーグは折り返し地点に差しかかる手前であり、絶望するほどのポイント差が無いことからも、ミラー監督の「処世術」に賭けている自分自身がいることも確かだ。

 今日のゲームは、前半から相手を運動量で完全上回っていた。相手への素早いチェックとプレスで守備が機能し、また、攻撃時において前半は、相手のチェックが緩慢なこともあって優位にゲームを進めていた。
 そのようなイケるムードの状況の中、巻が先制し、勝利への機運が高まったが、そのムードに水をさす問題のシーンが前半終了間際に発生した。そのシーンとは、ペナルティーエリア内で、マルシオ リシャルデスと競い合った池田が明らかにユニフォームを引っ張られているにも関わらず、PKの判定とされたプレーだ。そのシーンをリプレーして見ると、後方からゴールへ向かうスルーパスを、ボールへ向かって二人が競い合いながら追っている状況で、池田の転び方がボールへの進行方向では無く横に突っかかるように倒れ、一方のマルシオ リシャルデスは、池田のユニフォームを引っ張ったあげくに、池田の方向へ手を伸ばし広げながら倒れたのだ。ちなみに、倒れる前の池田は相手に手を当てるように軽く抑えていただけだった。この二人の倒れ方を見ただけでも、どちらがファールを犯したかは、一目瞭然である。日本の審判が全体的に、動体視力はともかくとして、判断力以前に動作や所作といった点を見極める能力が低いことを垣間見たシーンである。私自身は、あのプレーがPKの判定になるとは、審判のレベルの低さに憤慨すると同時にチームが「とうとう審判にも見放されたか」と、ペシミスティックになるのを超えて、自暴自棄に陥りそうだった。
 それにも拘わらず、私が自暴自棄に陥りそうでも、選手達は違った。今日のゲームでは、選手達の気迫と運動量が最後まで落ちることが無かった。
 後半、マルシオ リシャルデスの個人技でリードを許したものの、青木のヘッドで同点し、勝利へ向かって最後まで諦めはしなかった。
 終わってみれば、内容では上回っていただけに、どうしても勝ちたかったゲームであったし、冒頭にも書いたように「誤審呼ばわり」することはナンセンスなのであるが、それだけに、審判批判をすることに矛先を向けるしかできないようなゲーム内容だった。
 
 Jリーグの中断明けのゲームでは、ハングリーさを欠いたようなプレーが多かったが、今日のゲームではスタメンを大幅に変更したことが、ハングリーさを取り戻す上で、功を奏した要因かもしれない。実際、J初出場の益山と加入した根本は攻守に渡って良い動きを披露していた。これを見ても、ミラー監督の「処世術」はおおいに可能性を残しているかもしれない。

 試合後、罵声を浴びせていたかはわからないが、巻がとても険しい表情で、ピッチを後にしていた。今日の引き分けの結果には、他の選手も、気を引き締めていることだろう。
 崖っぷちに立たされた人間は、自分の力以上のものを引き出せるが、その為に、背負うダメージは必要以上に大きい。したがって、残留を目指すにあたって、これからが体力的にも精神的にも今まで以上に追い込まれるだろう。それでも、今日のゲームの選手達のパフォーマンスからは希望を見出し、まだまだやれると感じた。
 白旗をあげるのはまだ早い。今日のゲームは、「戦う姿勢」を貫いた巻き返しへの一歩と位置づけ、次節からの選手の奮起に期待したいと思う。

posted by foresta |21:37 | JEF UNITED ICHIHARA CHIBA | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年06月22日

水本の移籍劇が呼び起こした複雑な感情

 水本の京都移籍が正式に決定したようだ。
 今回の水本の移籍劇については、傍観者としての立場を貫き通すつもりでいたが、それはままならず、彼に対して無意識に抑圧されていた感情が、より一層増幅した「失望感」を伴って噴出してしまった。
 彼はジェフを離れようとした際、クラブとサポーターに対して何と言って出ていったか、クラブ関係者のみならず、Jリーグに関心があるほとんどの方がご存知だろう。そう彼は、「(ACLを戦えるチームで)レベルアップを図りたい」とのコメントを残し、ジェフを去っていった。確かに、その時の彼自身がサッカーに賭ける思いは相当なものであっただろう。それは、恩師オシムのサッカー観に影響され、彼のより一層の向上心によって醸成されたものかもしれないし、さらに、同僚の水野のセルティック移籍にも刺激を受けたこともあっただろう。
 私は、昨季のジェフで一番好きな選手が水本だった。大きな相手にも怯まず、体をぶつけていく闘志溢れる彼のプレーに心を惹かれ、これからのジェフを背負って行く選手だと信じて疑わなかっただけに、彼の移籍は私にとっては非常にショックなことで、クラブにとってもサポーターにとっても、大きな痛手であった。それでも、彼のひたむきなプレーを思い、彼の幸せを考えれば、サッカーに専念できないクラブ事情を踏まえれば、他クラブへの移籍も仕方がないものと容認せざるを得なかったことが、当時の精一杯の彼を送る気持ちだったことを覚えている。
 しかしながら、あれから半年も経たないうちに移籍願望を持ったことに、「あの時の気持ちに、例え“クラブへの不信感”を募らせなかったにしても、やはり根底にはその気持ちがあったのだと、そしてあの時の彼自身への挑戦のメッセージが口実であったのだ」と個人的に解釈し、今更ながら裏切られた気持ちになった。いや、それよりも彼のサッカーへの情熱がその程度であったことに大きな「失望感」を覚えた。
 移籍の理由が、オリンピックの調整の場として、出場機会を得たい一心でのことらしいが、より良い環境でさらに経験を積むことは、利己主義がまかりとおる現代社会では、結構なことだろうし、モラルやロジックという観点においても社会経済活動の中で普遍化され、容認されている事柄でもあるので、何をしようと個人の自由だろう。しかし、今回の彼の行動は、“社会性のモラル”の観点からは常軌を逸脱した行為と取られてもおかしくない。そのことは、例え、選択の自由が個人に与えられていようとも、社会は集団生活からなり、“相互扶助と信頼感”で成り立っていることは自明の理であろう。彼は、自身をサポートしてくれている、クラブ、選手、コーチ、トレーナー、そしてサポーターに対して、どれだけ愛情を注いでくれていたか考える必要がある。
 実は私も、より良い環境を求めて、不遜な態度や裏切りにも似た行動を犯した経験があるので、彼の不遜な行動は個人的には情状酌量の余地がある。しかし、その事は今になっても取り返しが付かず、実際にその障壁を避けたが為に、数年を棒に振ってしまった苦い思い出は、これからも続く人生の中で十字架を背負わされるが如く、一生付き纏う物になってしまった。だからこそ、彼にはガンバ大阪で挑戦を続けて欲しかったのだが、今となってはその思いも叶わない。
 今更何を言っても後の祭りなのだが、今回の移籍劇で波紋を呼んだ要因が、「モラルを逸脱した行動」のみならず、それを呼び起こした「出場機会を得たい」が為の“ハングリー精神の欠如”である。新たな挑戦を口にしてジェフを去り、少しぐらいの不遇な扱いを受けたからと言って、3ヶ月間で戦意喪失とはあまりにもふがいない。戦って心身ともにズタズタになってからの移籍志願ならともかく、彼には“フォルス・ネガティブ”の意識しかない。言いかえるならば、彼は、“正装した落ち武者”であり、彼はガンバ大阪で本気で戦っていない。例え、オリンピックに良いコンディションで戦いたいが為の移籍志願とは言え、オリンピックまで2ヶ月を切っているこの時期に新チームで試合に多く出場し、コンディションを仕上げるなど短絡的な発想でしかない。来週にはJリーグの中断期間も明けるし、新チームでの環境の適応や戦術理解などのコミュニケーションをあまりにも軽視していないだろうか。それこそ、ガンバ大阪の時の二の舞になると思ってしまうのだが、彼はそういった慢心を捨て去るべきではないのか?
 確かに同世代の実力者が集うオリンピックは、自身のスキルアップには有効であろうが、たかだが同世代同士の戦いでしかない。私にとっては、一極開催で行われ、環境に適応し易いオリンピックよりも、ACLでの過酷な移動条件や環境下で、アジアのトップと戦った方が、自身のサッカー人として精神的にも技術的にも体力的にも成長を期待できると思うのだが、彼はACLとオリンピックを天秤に掛けることさえしなかったのだろうか?ACLで戦うことこそ恩師オシムの道標であると思うのだが、彼は“オシムの言葉”を違う意味として捉えているようにしか思えない。オシムのサッカー観に倣うならば、水野を見習ってサッカーに専念できる海外に武者修行でも行けばいいのではないか。それで、オリンピックを棒に振ったとしても、将来それより大きな大会の真の実力者が集まるワールドカップを目指せば良いではないか。
 移籍が決まってしまった以上、一個人があれこれ喚いても喚いても仕方がないのだが、彼にはこれだけは忘れないで持ち続けて欲しい。
 「人の価値観が人の数だけあるように、人の思いも人の数だけあることを・・・。悲しくもこれは、“公人としての振る舞い”として、プロスポーツ選手に持つ事を課せられた宿命であることを・・・。」

 最後に、本論で述べたことは、決して彼への人格否定でもないし、攻撃でもない。私にとって、ジェフ在籍時の数々の魂がこもった奮闘ぶりは、今となっては心の奥底へ抑圧されたものに過ぎないが、彼の将来性を見込んだことがある以上、彼の動向には注目せざるを得ないし、どこかで日本の中心選手になることを望んでいる個人的なサポーターでもある。個人的なサポーターである理由には、ジェフ時代の魂の叫びを聞いたからかもしれない。
 今回の移籍劇は彼にとっては明らかに出世への遠回りかもしれない。しかし、無駄な人生と思える所にも必ず教訓が転がっているだろうし、真に不毛であることが存在しないように、無駄な人生などひとかけらも存在しないことを短い人生経験ながらもわかっているつもりだ。
 私は、彼がいつかサッカー人として日の目を見ることを願っている。本稿はそうした彼への、複雑な胸中を曝け出してもなお、儚くも送る応援メッセージでもある。

posted by foresta |19:01 | Pensiero | コメント(29) | トラックバック(0)
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2008年06月09日

Jリーグのあるべき姿をみた ~我那覇選手への支援活動から~

 そこには、クラブの垣根を越えて、一人の選手を、そして人間を愛する光景があった。そこに、Jリーグのあるべき姿を見たような思いがした。
 
 フクアリでの川崎とのマッチで、我那覇選手に送られる声援と拍手は、尽きることがないように思われた。
 それは他のスポーツと同様に、Jリーグにも、日本の平和な社会の構造が縮図となって具現化されていることの一つであると捉えることができるのではなかろうか。クラブの垣根を越えて助け合う姿は、あの忌々しい一件が事実誤認であったかのように感じた。
 
 確かにあの騒動とは、本質が違うものではあるし、一部の過激な輩によって引き起こされたものである。また、一人のサッカー選手の人生を救おうと敵味方に関係なく救いの手を伸ばそうとすることは、本来人間が持っている良心から来るものなのかもしれない。しかし、その手を携える光景は、Jリーグが創設されてから15年、リーグは主催団体のものでも、クラブのものでも、サポーターだけのものでもなく、そこに集い、従事する関係者全ての“共有財産”であるという意識が根を張っていることを認識させられた。
このことは、構造主義的な観点で照らし合わすとすれば、“相互扶助”という何事にも変え難い精神が宿っていることの証明なのだと思う。そのことを証明する領域は、「日本の精神文化と国民性」、「価値観を共有させ、普遍化させる社会の仕組み」、加えて欧米によって浸透した「人権の尊重」など、いとも簡単にあげることができるかもしれない。そしてそれは、体系化されたクラブを超越し、互いの利害関係を抑制するパラダイムのようなものなのかもしれない。(但し、それぞれの領域がどのくらいの影響を及ぼし、密接に絡んでいるかの連関は、到底計ることができない。また、ここでは、あくまで日本社会の全体の傾向を扱い、現代社会の歪みから表出する一部の不満分子の行動は除くことにする)

 一方で、機能主義的な観点では、クラブとして枠組みに限った「クラブの存在価値」を問うことに限定されると思う。それは、応援するチームの勝利を願い、応援するチームの選手の活躍に期待し、クラブの助けとなるべくグッズを進んで購入し、できるだけスタジアムに足を運ぶといった行動を引き起こす。そして、クラブの利害の為なら何をしても厭わない。
 例えば、川崎へ移籍した山岸選手の容赦ないブーイングは、以前のホームグラウンドを蹂躙させない為に、浴びせるサポーターの意思表示の現れだ。そして、それに対抗して川崎サポーターが山岸選手に助け舟を送る。クラブは家族であり、寄り合いのようなもので、そこに自分達の価値を見出すことができるようなものなのかもしれない。
 しかし、その機能的側面を持つ一人の人間、選手は例えクラブに縛られても、クラブを超越し、誰からも愛される権限を持っている。それは、一人の人間、選手はリーグ全体の“共有財産”であり、“相互扶助”という構造的主義的な観念を含んでいるからなのだと思う。

 フクアリまで道程の途中で、「ちんすこう募金」という名目で行われている、我那覇選手支援活動を目の当たりにして、我那覇選手の一件に心を痛めていた私は迷わずちんすこうを購入させて貰った。帰路では、列ができるぐらい、それぞれのクラブの垣根を越えてサポーター達が集った。
 我那覇選手には、失った月日を取り戻すことはできないが、ジェフとの試合でゴールを挙げたように以前のパフォーマンスを取り戻してほしいと思う。

 我那覇選手の温かい声援は、クラブの枠組みを超えて一つになったことは、Jリーグの基本理念が、社会への帰属意識によって支えられながら浸透していることを再認識させられた。そして、Jリーグが、「世界に誇れる安全で快適なスタジアムづくり」と銘打ったことが、構造的にも機能的にも未来永劫、不変であることを願わずにいられなくなった。
 昨今では、ほんの一部の暴徒化するサポーターによって、目を塞ぎたくなるような事が起こっているが、それによって善良なサポーター、そしてホームタウンの市民までもが疑いをかけられてしまうのであれば、サッカーを愛する者にとって、根絶しなければならないことである。そのためには、「自らの言動に責任を持つ」ことの社会作りがいかに重要であるか、私達自身が身を持って示し、そして子ども達にしっかりと継承をすることが、私達に課せられた使命であることを忘れてはならない。

posted by foresta |20:47 | Pensiero | コメント(5) | トラックバック(0)
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2008年06月09日

激闘を制し、覇権奪回へ一歩前進

 ナビスコ杯予選突破をかけたグループリーグ最終戦は、チームを応援する当事者にとっては、肝を冷やす展開ではあったが、それをも超越した互いに譲らない、魂のこもった、エキサイティングなゲームになった。このことは、激闘を終えた後に、互いのチームのサポーターが選手達へ贈った、絶大なる拍手喝采がそのことを証明していた。
 
 川崎は、代表選出によって中盤と守備のレギュラークラスの選手が抜けていたが、絶対に負けられない悲壮な覚悟で挑んでくるのは目に見えていた。
 ゲームは出足から、激しい運動量を伴ったジェフがペースを握る。そこにはかつての悩める姿はなかったように見えた。ミラー監督の選手へのメンタルマネージメントが浸透し始めているからなのかもしれないが、以前には見られなかった連動性と躍動感が、はっきり視認できるレベルに達している。
 攻撃の布陣は、ツートップであるが、事実上はレイナウドがワントップで、新居が下がり目の位置でプレー。レイナウドは守備が免除されているが、攻撃に切り替わると、下がりながら楔に入ってボールを捌き、同時に新居と入れ替わり、さらにウイング的な役割の工藤と谷澤が二列目から走り込むような、ローマのゼロトップシステムに似たようなシステムで、ちょうどレイナウドがトッティと同じような役割をしているようにも思えた。
 そうしたさなか、躍動感溢れるジェフの攻撃が実り、工藤からのパスが右サイドに走り込んだ下村に通り、下村の折り返しがオウンゴールとなり、ジェフが先制した。しかし、この先制点が川崎の奮起を促し、ゲームは川崎ペースへと傾くことになる。
 川崎は圧倒的な中盤の構成力で、ジェフのラインをズルズルと押し下げる。特に、川崎の谷口と菊池、そして大橋からのパスの配給元を潰して、遅らすことが次第に出来なくなっていた。それまでのジェフは、ボールを奪われても、リトリートしてから、守備ブロックを作って対抗していたが、次第に川崎のパスワークに翻弄され出してから、綻びを曝け出すようになる。そしてついに、ボスナーと岡本の連係に問題があったように見えたプレーで我那覇に1点を献じてしまう。その後も、川崎の攻勢が続いたが、両チーム譲らず前半が終了した。
 後半が始まってからも、川崎の時間帯が続いたが、思わぬ救世主が現れる。
 ボスナーのスーパーキャノンシュートがネットに突き刺さり、再びジェフがリードする。エドは喜びを爆発させて飛び跳ね、そして、十字架を切って天に感謝する。
 しかしながら、勝利への執念を燃やす川崎は、フレッシュな黒津を投入し、猛攻に出る。そして再三右サイドを突破され、その黒津に点を与えてしまう。その後も、ますます気勢をあげてきた川崎に何度も決定的なシュートを放たれてしまうが、バーと岡本のスーパーセーブに救われた。 
 戸田の投入は、下村のポジションを上げた事を考えれば、相手のパスの出しどころを抑え、落ち着かせる使命を帯びていたのだろう。実際、戸田が投入されてから、それまでの猛攻は消え失せた。
 戸田の加入については、闘争心を剥き出しにするプレーが好きだっただけに、感慨深いことではあるが、ジェフでプレーすることなど、一度も考えたことがなかったから、違和感を覚えずにはいられない。しかし、ハードチェックに行く様を見て、自分の中で戸田の存在感がジワジワと敷衍して行く様子がまざまざと感じられた。
 勝負は時の運か!?それとも手繰り寄せたものなのか!?
それまで劣勢に立たされながらも、巡ってきたチャンスを幾度となくゴールを割れずにいたが、谷澤からのパスを工藤が折り返し、レイナウドが確実に決めて、激闘に終止符を打った。
 
 このゲームのMVPをあえて挙げるとしたら、岡本ではないだろうか。1点目は連係ミスだった感が否めないものの、ボスナーを中心とした守備陣とのコミュニケーションが図られ、落ち着き払ってプレーする姿からは、成長の証を感じた。そして、あの神がかり的なスーパーセーブはチームを危機から救ってくれた。
 
 このゲームももちろん、“勝利のでんぐり返し”に谷澤とサポーターのシュプレヒコールが響き渡った。青木良太までがインタービューで便乗していたことは、滑稽で頼もしくもあり、また、選手達が充実してサッカー生活を送っていること印象付けたシーンでもあった。
 だがチームが成長するには、きちんと反省し、分析することは必要不可欠なことは言うまでもない。このゲームの反省点としては、やはり決定力だろう。新居がGKと一対一で外したシーンなど、決めていれば、地力のある相手に対して、もっと楽にゲームを運べたかもしれない。
 とはいえ、一次リーグを首位で突破できたのだから、リーグ戦の成績と比較すれば、上出来だと言わざるを得ないので、今は素直に喜ぶべきだろうか。
 
 準々決勝の相手はリーグ戦共に好調な名古屋に決まった。リーグ戦が再開した直後のゲームだけに、相手は本気で挑んでくるだろう。突破できるかは、完全に中断となる3週間の間に、どれだけ疲労を取り除きながら、ミラー監督のタクティックスを浸透させることができるかが、ポイントになると思う。
 
 終了後のピッチでは、出場した選手のクールダウンと控えの選手は長めのジョッグを行っていた。これはミラー流なのかわからないが、そこからはサポーターと共に戦う姿勢を感じた。

 “俺たちジェフ!”
 これからも「勝利のシュプレヒコール」が、幾度と無く響き渡ることを信じて止まない。

posted by foresta |11:20 | JEF UNITED ICHIHARA CHIBA | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年05月25日

サブマリンは潮風と共に

 友人に誘われて急遽駆けつけることになった、今シーズン初の千葉マリンスタジアムでの野球観戦は、名物詩の潮風が吹く、蒸し暑さを感じる中でのプレーボールとなった。
 
 今シーズンのNPBは、仕事の都合でTV観戦することもままならず、情報源は専ら深夜のスポーツニュースとYahooニュースのみで、昨日の順位表を確認し、優勝候補に挙げられていたチームが最下位にいる様を見て、西武の好調と戦力の均衡化が図られているのだなと実感する。しかしながら、いざゲームが始まり、ロッテのスターティングオーダーを見て、今の順位が、選手の不調と怪我人にあることを再認識させられた。但し、最近のゲームでは割合得点が出来ていることを考えると、投打共に好不調の波が激しい為か、投打のバランスが噛み合わない為か、はたまた采配に問題があるのか、毎日ゲームを見ていない為、正確な分析は出来ない。
 そのような事を思いながら、まずは今日の先発投手の渡辺俊介が、サブマリンの真髄を見せつけてくれることを願い、それは自然と一球一球に目を凝らして見る程、立ち上がりは上々だった。
 攻撃は、立ち上がりから制球に問題のあったヤクルトの先発投手、館山を、根元がヒットで出塁して早川が送り、福浦のタイムリーで先制する理想の展開。そして、二回に神戸のホームラン、さらに4回には大松のホームランで手際よく加点。
 その後、渡辺俊介が5回にツーアウトから3連打され、同点に追いつかれる。
 渡辺俊介の投球術は素晴らしいが、やはりあのスピードだと、ニ巡目以降に達した、ミートの巧い打者に対しては、際どいコースでもカットされてしまう。その粘りにあい、球種を問わず、真ん中に入ったボールや、さらに高めに入ったボール球までヒットされてしまう。失点のシーンは、まさにそのような展開の連続だった。
 しかしながら、一方で尻上がりに調子を上げる館山に対し、渡辺俊介はサブマリンとしての自負を忘れてはいなかった。
 6回のヤクルト攻撃のシーン、敬遠でガイエルを歩かせ、一死1、2塁で福川に対して、初級を内角にシンカーを投じ、続けて二球目もシンカーを全く同じコースに投じて、絵に書いたようにゲッツーに仕留めたシーンがそれだ。この日一番のサブマリンの真髄が発揮されたことによって、川崎、荻野の好リリーフを呼び起こす、今日の勝敗を決した分岐点になったと思う。
 そして、その勝敗を決した9回は言うまでもない。オーティズがヒットで出塁し、カウントがツースリーになるまで、西岡を代走に送らなかったのは、延長を見据えたからであろうが、一度エンドランをかける条件が揃ってからの指揮官の行動は明確だった。大松のヒットでエンドランが実り、続いた今江のライトフライで西岡が果敢にタッチアップ。タイミングはアウトだったものの、送球が少しずれたことで送りタッチ気味になったことが、功を奏した結果となった。
 今江はヒーローインタビューで、さながら、オーティズ、大松、西岡あっての自分であることを謙虚に語る一方で、「西岡さんは休養十分なのでそれくらいの仕事はしてくれないと」と愛嬌よくも語っていた。私は、ヒーローインタビューは大松が相応しいと思ったが、それはご愛嬌ということにして、天賦の才能なのだろう。
先発投手の渡辺俊介に関しては、全体を通して巧くまとめ、最低限の仕事をやってのけたことは、賛辞を送るに値するだろう。
 
 興奮冷めやらぬサヨナラ劇だったが、それはゲーム終了後に大粒の雨と冷気によって、現実に連れ戻された。まだ最下位を逃れたに過ぎない痛く悲しい現実。今日のゲームも思い正せば、それほど緊迫感を感じたゲームではなかった。
 これからもマリサポの試練は続くが、今日の9回に歌い続けた応援歌は、間違いなく選手に届いたはずだ。私もあの応援には痺れた。
 ファンの領域を出ない私だが、これからのマリーンズの巻き返しとマリサポの奮起を見守っていきたいと思う。

posted by foresta |01:42 | CHIBA LOTTE MARINES | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年05月19日

“ヤザー”の真骨頂

 フクアリのゴール裏には、今季の開幕当初から、ある有名なミュージシャンのロゴをモチーフにした、“イカシタ”ダンマクが掲げてある。正確には今季から一つ増えたのだが、その増えたダンマクとは、ロックンロールの“ノッテル”ビートが漂う、言わずと知れたロックンローラー“世界のYAZAWA”をモチーフにしたものだ。そして今季のジェフには、“おちゃらけた”キャラクターの持ち主、本家本元とは違うタイプの“世界のYAZAWA”がいる。そう、その当人とは、我らがジェフの“ヤザー”だ!
 
 谷澤は今季の新体制で始動する前から、類まれなセンスとそのキャラクター性から、既にサポーターの心を掴んでいた。その契機となったのは、入団会見で、自分の特徴を聞かれて発せられた言葉が、大器の片鱗を窺わせる“ワールド”の珍回答。まさにワールド。サポーターは、大歓迎で自分の家に招きいれた。
 
 私は谷澤を最初に見たのは、2003ワールドユース選手権の時。当時は、テクニックはあると思ったが、平山の話題性や坂田の得点王に隠れ、それほど私の中でインパクトを残してはくれなかったが、今は違う。私は、谷澤のような、おちゃらけたキャクターは大好きだ。チームを鼓舞し、チームに活気を与え、ムードメーカーを役割を果たす存在は、サッカーのような団体スポーツにおいては、喜怒哀楽の様々な場面で頼りになる必要不可欠な存在である。そしてその存在は、自然とチームの指標、そして顔となる。
 私の経験から、この手のキャラクター性を持つ人物像は、多分にして「感受性が豊かで繊細な内面」の存在が窺い知ることができるが、中には「馬鹿と天才は紙一重」と呼ばれるような本質(天性の素質とても呼べるのだろうか)を備える者もいるであろう。しかしながら、圧倒的には、前者のようでありながら、あえて馬鹿をやる人物が多いように思う。谷澤はおそらく前者ではないのだろうか。その解答は、プレーを見て導き出すことができると思う。
 緩急をつけたドリブル突破とイマジネーション溢れるプレー、トリックの数々は、不調のチームの中でも、光り輝き、可能性を与えてくれていた。そして、不調なチームにあっても笑顔を絶やさなかった。このことは、チームに明るさをもたらす「インテリジェンスあふれるチームプレー」とも言えるだろう。天賦の才能の持ち主には務まらないことだ。
 清水戦の果敢なドリブルでサポーターに完全に受け入れられ、磐田戦で決めたスーパーボレーで虜にし、前節の京都戦で、歓喜のトラメガを揮ったことで、私の中で、自他共に許す“プリンケプス”となった。そして、その光景は先週の土曜日と全く同じ時間に再現された!
 「オレタチ」――>「ジェフ!」、「オレタチ」――>「ジェフ!」、「オレタチ」――>「ジェフ!」
 
 今季の公式ユニフォームが昨季の物とそれほどデザインが変わっていない為、購入することを躊躇っていた私は、早速谷澤の背番号入りユニフォームを購入しようとしたが、予約しなければならないことだ。仕方が無いので、谷澤のユニフォームキーホルダーを購入しようとしたが、今度は谷澤の物は売りきれて在庫がないとのことだった(この時は期待している米倉君を購入)。
 
 私は谷澤君が大好きだ!“世界のYAZAWA”これからもジェフを勝利に導いて、そして、トラメガで叫んで下さいね。
 これからも“ヨロシク!”

posted by foresta |01:48 | JEF UNITED ICHIHARA CHIBA | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年05月19日

可能性を残した勝利!-Believe in our potential!-

 風薫る五月。今日はその表現するに相応しい清々しい陽気に包まれた。青々と生い茂る芝は、海から潮風を寄せ付けることなく、爽快な気分にさせてくれる。以前から感じていたが、海が近いというのに、潮風を感じることがないのは、おそらく、ゲームが開催される夕方には、陸から海へ風向きが変わることが多いからかもしれないが、多分にフクアリの芝が緑を感じさせてくれているに違いない。
 
 今節は好調の大分が相手とあって、渦巻く怨念から解放されたかを見極める上で絶好のゲームであるのと、大分戦無敗の不敗神話記録を継続できるか、結果にエクリチュールが付帯するゲームではあったが、今後の過渡期となる「勝利の真価」が問われるゲームであった。もし、負けて中断期間に入るようでは、モチベーションの維持に苛まれ、選手もサポーターも時間が長く感じられるだろう。
 先発メンバーは前節と変わらない。しかし、ゲームがいざ始まってみると新居と斎藤のポジションに変化があった。フォーメーションが4-4-2であったとは言え、新居の
ポジショニングは、1.5列目の右サイド、そして、斎藤の位置は下村よりも下がり目の4-1-4-1、クゼ前監督が度々用いていたシステムだ。
 攻撃では、新居が、右サイドの1.5列目に張ることで、ターゲットがレイナウドとの2枚に分散され、ピッチをワイドに使ってバイタルエリアの数的不利とスペースを作るといった効果があるからだろう。特段にプレミアシップの伝統と流儀を備えてはいない。現在はサイド攻撃重視の時代だ。「サイド攻撃に始まりサイド攻撃で終わる」と言っても過言ではない。
 思いの他、タメを作るのが巧みな新居がくさびに入ったことで、連動性が増し、工藤とレイナウドとのトライアングルが冴えわたった。その反復プレーは何度もアタッキングサードを陥れ、その結果が、新居の折り返しに谷澤が決めたヘディングシュートに繋がった。確かに、追加点を取ることができなかったことは課題かもしれないが、レイナウドの枠を捉えたへディングシュートといい、斎藤の素晴らしいミドルシュートといい、それらをセーブした西川を褒めるべきだろう。
 守備では、クゼ前監督が常々口にしていた「オーガナイズ」が明確に可視化されていた。相手へのチェックが早く、ターゲットを挟み込んで攻撃を遅らせ、パスカットするといったシーンが多くみられ、また、ほとんどのルーズボールを拾えていた。後半に、運動量が落ち、ジェフの前半と逆転したかのように、金崎夢生が右サイドに流れて、そこから危ない場面を作り出されたが、青木良太が金崎夢生に必死に喰らいつき、ボスナーも持ち前の高さのハードワークで堪えた。青木良太とボスナーとのやり取りは、勝利に賭ける思と集中している様が、もの凄い迫力となって伝わって来た。
しかし、金崎夢生は見ていて素晴らしかった。線が細く決して厚みのある体格とは言えないが、スピードと瞬発力、そしてパワーを兼ね備えている。その肉体はおそらく、どっしりした体幹としなやかな筋肉で覆われているのだろう。他サポながら、今後期待できる選手だ。一つオマケを付け加えれば、前半にその金崎を完全に抑え込んだ斎藤はもっと素晴らしかったと思う。
 総括すると、攻撃面においては、今までの迷いが払拭され、タクティカルな面が徹底されつつある。後は、ミラー監督がこれを熟成させるか、システムを代えて挑むか次第だが、決定力不足は常に付き纏う課題だろう。守備面は、後半は押し込まれたものの、集中力を欠かさずに虎の子の一点を守りきったことは大きな前進であり、評価に値する。しかしながら、これは全体にも言えることだが、後半に運動量が落ちてしまうことは問題だ。この要因に、連休の連戦の疲れもあるのだろうが、それ以前から表出していた問題だ。あくまで推察だが、新チーム編成前のバタバタ劇で、選手が十分なフィジカルトレーニングをする時間的余裕が無く、本来フィジカルトレーニングが主体になるトルコキャンプが、オーガナイズすることに多くの時間を割かなければならざるを得なかったように要因があると思う。このことからも、昨オフのゴタゴタ劇の罪は相当重いように感じる。だからと言って、今フィジカルを上げることは難しいように思う。1ヶ月の準備期間があるとは言え、ナビスコ杯が組まれている。また、本来ならばこの中断期間に、夏場に向けて回復を優先させることに充てるとあって、梅雨の時期にフィジカルを上げることは本当に難しい。このような苦しい時に必要になってくるのは、まさしく“ワンフォアオール”の精神だろう。そのことを今日の試合で例に挙げると、「苦しい時間に少しでも相手陣内のサイドに蹴り出す」、「ボールを簡単に奪われないように早めにボールを味方に預ける」、「無理な攻撃をしない」、「潰れ役に徹する」といった献身的な谷澤のプレーから見出すことができるのではなかろうか。そういった“全員力”をもってすれば、秋までにはその精神力に加え、最後まで戦い抜く強靭なフィジカルが備わっているかもしれない。

 Jリーグの中断期間は、もちろんナビスコカップも応援しに行くつもりだが、Jリーグ再開後の味スタで、ミラー監督の下、どのような戦いを披露してくれるのか、今日の結果が勝利で終わっても、Jリーグ再開までの期間が、期待感で待ち遠しいものとなったことは非常に喜ばしいことで、そう思えるのは、今日の結果がそれだけ内容も伴っていたと言えるだろう。私はそれまでの間はEUROを観戦して、世界のサッカー熱を感じることにしたいと思うが、それよりも今は、早くJリーグ再開が待ち遠しくて仕方が無い心境でいる。
 「この期待感を確実にして欲しい」との願いを込めて、私も中断期間に入ることにしたい。

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2008年05月13日

アレックス・ミラー体制始動

 アレックス・ミラー体制が始動しました。
 プレミア流の方式を取りいれるようで、練習は通常非公開になるようですが、そうなると公開練習は週の極わずかで、練習をいつでも見学できるとはいかなくなってしまうようですね。
 地域と歩むクラブを目指す上で、選手達と触れ合う機会は少なくなってしまうかもしれませんが、選手達は、クラブ運営の一環として、慈善活動や普及活動に努めておりますので、それ程影響はないかもしれません。それに、今季は既に厳しい残留争いの渦中にあるので、そんな悠長なことは言っていられませんね。
 
 話しは変わりますが、ジェフ千葉がオーウェンに触手を伸ばしているとの報道がありましたが、たかだか代理人と接触した程度の記事で、ヤフーポータルのトピックスに乗ってしまうあたり、やはり日本での知名度は絶大で、インパクトがあったのでしょう。会社では、業務に関係しないインターネットの閲覧はタブーになっているのですが、思わす目を凝らして記事を読んでしまったほどです。しかし、私がスポーツ紙の中で信頼しているソースの日刊スポーツからあのような記事が出るとは、驚きを通り越して、滑稽に思えました。
⇒ http://www.nikkansports.com/soccer/news/p-sc-tp0-20080513-359241.html
(しかし、アレックス・ミラーってリヴァプール出身だったのですね。てっきりグラスゴーだと思っていました。)

 確かに夢がある記事ではありますし、私もフランスワールドカップで、元祖ワンダーボーイの称号を得てからは、時々テレビでオーウェンのプレーを見るようになりました。あの時は、ジェラール・ウリエ監督のカウンター戦術が主だっただけに、オーウェンの存在感が余計に際立って見え、私は、リヴァプールに興味はないものの、オーウェンが好きな選手の一人になりました。その後はレアル・マドリーでそこそこ活躍し、一年でイングランドに戻り、ニューカッスルに移籍してからは怪我もあってそれほど得点を挙げておりませんが、今季は11得点を挙げ復調の兆しを挙げています。確かに今の状態で行けば、Jで十分通用するのは間違いないと思いますが、成功するかと言えば微妙でしょうね。その点について緩く挙げて見ました。

 ①内弁慶な英国人であること
 ②コンビネーションの構築(パサー、また戦術によって特徴を引き出せるか?)
 ③日本の高温多湿な環境への適応
 ④文化・コミュニケーションの壁
 ⑤欧州より短いとされる日本の芝がどういった影響をするか?

 ②~④は、最もよく浮かぶテーマだと思いますが、⑤は自分で挙げておいて良くわかりません。①を一番に挙げたのは、巷でそのような風評が流れているからですが、実際、英国人は、フットボールにおいては内弁慶かもしれません。おそらく自国のリーグが世界の最高峰にある為、あえて海外に挑戦する理由がないのかもしれませんが、レアルのスティーブ・マクマナマンは飼い殺し状態、同じくベッカムはそこそこ活躍したが、成功したとは言い難いかもしれませんね。日本でも全盛期が過ぎていたとは言え、リネカーがあっと言う間に帰国しましたね。
 マックス・ウェーバーの著書、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』によると、プロテスタントの天職観念は、“calling”、つまり神の命令であり、この天職観念が資本主義をもたらしたのではないかと説いており(完全に理解しているわけではないがおおまかに言うと)、その先駆者となった英国人が貪欲に海を渡り、東インド会社を設立し、産業革命を経験して、小さな島国にも関わらず大英帝国の名を世界に轟かせるに至ったわけですが、そこまでを考えた場合、英国人の内弁慶ぶりに疑問符が付いてしまうわけですが、しかしながら、現状を則して見ると、今の英国の凋落ぶりは、今の日本とどこか似ているような気がするものの、既に英国はポジティブな衰退を経験しており、フットボールにも毎年資本を投下させており、魅力あるリーグを維持している。その要因には、EUという巨大な社会的、経済的要素が備わっていることは無視できない事実で、ここからも英国の内弁慶には納得がいくような気がしますね。
 結局これだけ分析したところで、オーウェン獲得は絶対にないでしょうね。オーウェンの獲得にはマンUが15億を用意しているとの報道もありましたし、現在、週給12万ポンド(約2400万円)のサラリーを支給しているようですが、到底払えません。大枚はたいて、J2落ちでもしたら、ただの紙くずと化してしまう恐れもあります。それを考えたら、オーウェン獲得は絶対ありえないでしょうね。やはりオーウェンにはリヴァプールに移籍して貰ってジェラードとの黄金コンビが一番合うような気がします。

 今ジェフに必要なのは貪欲のストライカーだと思いますが、万が一外国人ストライカー獲得を考えているのであれば、スキラッチのような独善的なイタリア人が良いですね。今年ジェノアでブレイクしたボリエッロなんかは良いですね。(しかし、ミランは後悔しているかもしれませんね。)こういうイタリア人にガンガンゴールを決めて貰って、若手に「遠慮は悪徳」なんだと日本の文化の根底にある精神を変えるような手解きができるストライカーに来て貰いたいですね。夢物語で終わりそうですけどね。

 今日は“世界のYAZAWA”のように緩い(失礼!?)切り口で書いてみましたが、あまりにも緩すぎて趣旨とかけ離れてしまいました。皆さんもわかっていて、ブログに載せるような話題でもなかったのですが、なんとなくオーウェンについて書いてしまいました。チームは、それどころじゃないんですけどね。
 今週末の試合に向けて、だんだんと上げて行かなければなりませんね。英国人のアレックス・ミラー監督に期待しましょう!

posted by foresta |23:29 | JEF UNITED ICHIHARA CHIBA | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年05月11日

賽は投げられた

 試合終了のホイッスルが吹かれた瞬間、ジェフサポーターの誰もが、歓喜の雄叫びとともに安堵の溜め息をついたのではなかろうか。
 今の追い込まれた状況は、感情の多寡を考慮する余地はない。ひとつひとつの象徴が織りなす体系は、一つの小さなコスモロジーを形成し、ただ一つ、勝利に執着すればするほど、統一された一つの大きなイデアを創造する。だが、時にそれは大きな失望を生むこともある。それゆえ、その反動も大きい。
 
 「やっと勝ったぞ!」

 “負のスパイラル”を払拭させるには、今回のクラブが敢行した荒療治は、必要不可欠だったのだろう。もちろん、1勝したからと言って、この荒療治が功を奏したかは、シーズンが終了してからの結果論でしかなく、今考えることはナンセンスでしかない。これほどの短い期間で変えることができるとすれば、メンタリティの転換が大きく左右したと考えるほかはないだろう。加えて、アレックス・ミラー監督の初見参が、選手のモチベーションを上げたかもしれない。
 こういうことは往々にしてあるものだが、季節が一つ逆戻りになったと同時に、季節外れの蕾が花をつけたことは、種を蒔き、水を撒いたクゼ前監督にとっては皮肉な結果となったかもしれないが、決して不毛な土壌ではなかったことを証明したように思う。
 
 ゲーム内容からは、まさに“原点回帰”という表現が似合う。クゼ前監督解任から、日が浅い為、戦術もフォーメーションも大きなてこ入れはされていないが、澤入ヘッドコーチの下、勝つ為に何をすべきかを全員で追及したことが、シンプルに「目の前のボールを追う」、「チェイシングをする」、「フォローに行く」、「走り負けない」といったプレーとなって表れ、ポゼッションを高め、試合を有利に運ばせる展開となった。しかし、敢えて個人にこだわるとすれば、この中でただ一つ、新しい試みとして採用された「ボランチ斎藤」が、このゲームではチームに安定感をもたらしていたことだ。これによって、中盤でのボール奪取率が高くなり、前線を押し上げることに注視しなから、攻撃に転じた時の人数を割くことができるようになって厚みが増したことは、今までのゲームではなかなか見られなかったことだ。
 斎藤自身は、アンカー役に徹していたが、試合後に「ボールを取ったら2トップを見るようにとこの2日間、常に言われていた。自分はドリブルが得意な選手でもない。早めに近くの選手にボールを預けることを心がけてプレーした。」との真摯なコメントのとおり、ひたむきなプレーが勝利を呼び込んだ。個人的には、工藤と谷澤が頻繁にポジションチェンジを繰り返し、相手の守備を混乱させたことも評価したいが、それ以上に真摯に取り組んだ斎藤のプレーにMVPを上げたいと思う。

 やはり勝利は良いものだ。京都の出来の悪さからも素直に喜んではいられないのも一理あるだろう。それでも、選手の笑顔、勝利のでんぐり返し、勝利の凱歌。極めつけは「オレタチー」->「ジェフ!」の谷澤のコール。サポーターの笑顔が絶えない。帰路に着く車内でも心が弾み、それに伴って会話も弾む。
 たかが1勝、されど1勝。この1勝は必要に以上に大きい。“負のスパイラル”という呪縛から解き放たれたことで、新たなるスタートラインに立てたことは、新生ジェフにとって、ことのほか重みがあるだろう。
 ラファエル・ベニテスの参謀役だったアレックス・ミラーの受け入れもサポーターは大歓迎だ。「Welcome to Chiba. Alex Miller」のダンマクで迎え入れる。これは決してビッグネームに踊らされているわけではない。クゼ監督を信じてはいたものの、先が見えない現実を、私を含めサポーターの誰もが心の奥底に抱え込んでいたのは確かだ。上層部も断腸の思いで、変革が必要との判断を下したのだろう。
 
 “賽は投げられた”
 J1残留へ生き残りを賭けて、アレックス・ミラー監督の真価が問われることだろう。采を採る指揮官の下、サポーターも一体となってジェフの危機を救うべく真価を発揮しなければならない。

posted by foresta |17:41 | JEF UNITED ICHIHARA CHIBA | コメント(2) | トラックバック(0)
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