2010年01月29日
1980年代はじめ、ACミランは昇降格チームの様相でした。が、しかし、そこから抜け出したミランは、一気に世界王者にまで急上昇します。そのときに現場で指揮を執ったのがアリゴ・サッキ監督で、その次のカペッロ監督になると、リーグ戦無敗優勝を含むイタリア3連覇も達成。当時の大いなる成果については、バルセロナの状況と並べてかんたんな表にしてみました。
:ACミランに挑んだバルセロナ 4-3-3、3-5-2
おそらくはこの時期のミランのことを、西部謙司著「サッカー戦術クロニクル トータルフットボールとは何か?」では、次のように表現していました。
『74年のオランダが“時計じかけのオレンジ”と呼ばれたのに似ていて、ミランもメカニカルな印象の強いチームである』
クロクル初版54ページ
『人の個性ではなく、チームとしての組織を前面に押し出したスタイルであり、ある意味で選手個々の「顔」が見えにくい』
クロクル初版55ページ
どうして西部謙司氏はこんな風に感じたのか? どうやら、「ポジション」が選手の個性と密接に関連しているというよりも、単に割り振られた位置であるように見えたこと、それが、主要な理由の一つであるようです。
ミランからこうした印象を受けるかどうかは、かなり個人差があるだろうと想像します。当時のミラン選手たちのプレーぶりを、今よりも個性的に感じる方がいてもおかしくはない。人それぞれです。
そのACミランは、選手それぞれが原則的な持ち場・役目に束縛されている風味があり、オールラウンダー志向ではなくスペシャリスト志向の傾向という点で、二十一世紀初頭の今風だったと思います。そうした流れ作業的分担サッカーという意味では、『メカニカル』と思えなくもありません。単純分担気味のオートマチズム志向、それをかなり表面化させたスタイルだといえそうです。
しかし、そのミランと似ていると西部謙司氏が断じた、1974年のオランダ代表チームはどうだったか。
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2010年01月29日
君が代は小学校で習いました。たしか、日本の国歌として教わったかと思いますが、細かい点はすでに不明瞭です。とはいえ、歌詞の意味を説明してくれた先生が、最初の「君」については触れなかったのを覚えています。そのあたりは先生次第なのか、それとも往時の指導指針によるんでしょうか。今は、政治家の先生が広言したような感じで、「あなた」のことだよなどと教えたりしますかね…
君が代は教えてもらったものの、他国の国歌については、まったく学校で教授されなかったような気がします。どこで覚えるかといえば、テレビ。まずボクシングの試合から、米国やメキシコの国歌が耳に残ることになりました。その次は、たぶんオランダと西ドイツで、1974年ワールドカップ決勝の中継時に記憶。西ドイツの方は、名高いハイドンの名曲の旋律なので、どこかで聞いたメロディだと感じました。それと前後して、中国やソ連の歌の冒頭部分が頭に入ってきたと思います。オリンピックをあまり熱心に聞かなかったので、東ドイツやキューバなどは全然知りませんでした。英仏は、もう少しあとですね。
なんでこんなことを思い出したかというと、数十年ぶりにワールドカップ決勝の国歌吹奏動画を見たせいです。
:オランダ 3名リーダー … わかりません
当時のサッカー放送では、国際試合を国歌吹奏から流したりすることは少なかったはずで、オランダと西ドイツの決勝は、例外的にキックオフよりもかなり前からオンエアされたんだなぁと、今ごろになって思いを新たにしました。現在は、国歌のシーンから映す場合の方が多いようですね。
そのころ、サッカー場で歌が盛大に聞こえることは、ほとんどなかったように思います。そんな調子だから、サッカーの歌として真っ先に浮かぶのはダイヤモンド・サッカーのテーマでした。これは歌がなくて、器楽でしたけど。
サッカー場で歌詞ありのものというと、高校サッカー選手権ソングでしょうか。
:YouTube - 大地に顔をくっつけて 赤ずきん
これはかなり短命だったように思います。早々に下記の歌に取って代わられたと思います。
:YouTube - ふり向くな君は美しい ザ・バーズ
ちょっと勝手なことをいわせてもらえば、どちらもさほど好きではありません。たぶん、歌っていた人は少ないんではありませんかね。でも、なんとなく馴染みましたけど…
日本のサッカー場で恒例となった音楽としては、読売のサンバ隊が印象深いですね。さほど興味はわきませんでしたが、なんだか邪魔にならない通奏BGMとして認識しました。そのせいか、のちのヴェルディ川崎の歌はいい感じに聞こえました。川崎という前から、読売ウイングス当時からでしょうか? ま、ともかく、これです。
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2010年01月22日
しかし、このオランダとの重要な決勝戦においては、彼は明らかに、ただ監督のヘルムート・シェーンの命令通りにプレーし、ディフェンスでカバーにあたるのを任務としていた。ベッケンバウアーが前に出ていったケースはごくまれだったし、西ドイツが2—1とリードしてからは、それは皆無だった。
ヨハン・クライフもまた非常な期待はずれだった。彼は、オランダのリードを生んだPKをかせいだことに満足し、ゲームの長い時間を休んでいることに満足なのが見えていた。
上記は、サッカーマガジン114号(1974年9月号)146ページから引用しました。
引き続き、歴史上20番めに偉大なゲームとされた試合、1974年ワールドカップ決勝戦の動画を並べます。まだ前回記事に載せた前半をご覧になっていなければ、そちらを先にどうぞ。後半の出だし2分弱くらいも、そちらの「5」の末尾です。
(前回記事)オランダ 3名リーダー … わかりません
後半はあまり繰り返し見なかったので、さらりと流します。
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2010年01月20日
テレビでワールドカップの再放送を流したり、初の生中継を試みたパイオニアは、1970年代の東京12チャンネルだったでしょう。それが、スペイン・ワールドカップからは、NHKがやるようになりました。金額の問題ですかね。
これは、たぶんいいことだったろうと感じます。どこぞの民放ハジテレビだかが、NHKからとったツール・ド・フランスを悲惨なこま切れにし、彼ら流のショウ・アップを施してくれた例などを考えれば。
NHKさんのおかげで、歴史に残る偉大なゲーム、1982年のイタリア対ブラジルも、コマーシャルなしで全部を見ることができました。この必見ゲームは、年末に全試合分の動画を並べてみました。
前回王者アルゼンチンと優勝候補筆頭だったブラジルを連破したイタリアは、次にポーランドにも快勝して、同じように序盤の不出来から回復しつつある西ドイツ、当時のヨーロッパ・チャンピオンと決勝でぶつかります。ついでにその決勝戦も、動画をずらっと貼っておきましょう。
これは、生放送時には居眠りしてしまったゲームです。意識が戻ったときにはすでに1点入ってました。
その後、再放送のときに全部を通してながめたので、今、動画で途中の小康状態時間帯を見ても、だいたい記憶しているシーンが多いですけど…
どちらも対人マーク色が強めで、それが逆にディフェンダーの攻撃参加を自由にさせたかのように思えるゲームでした。史上もっとも偉大なゲームに選定された1970年のイタリア対西ドイツから12年後ですが、基本線はそれと似ている感じもします。
元来がフルバックであるイタリアのカブリーニ、西ドイツのカルツを、それぞれ左右のミッドフィールダー的にとらえれば、これは4-4-2と3-4-3の対決といえるでしょう。見方を変えると、フルバック同士が渡り合う一戦でもあります。
では、前回記事で触れたシレアとカブリーニが登場する試合を丸ごと全部。
【動画はFC2版に】
→FC2版「眠い3-4-3ゲーム」
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2010年01月19日
パオロ・マルディーニがワールドカップに登場してくるのは、地元開催の1990年大会でした。その、若手のマルディーニとともに、もうベテランといっていいフランコ・バレージも、このイタリア大会がワールドカップ・デビューだったはずです。これ以前のワールドカップではユベントス勢が主力を占めていて、バレージには出場機会がなかったんですね。
もしマルディーニがバレージと同世代だったなら、やはり同様で、代表戦登場は遅れたかもしれないと思えます。F・バレージの役をシレアが占めていたように、マルディーニの前任者に相当するカブリーニも、なにか不可侵といった雰囲気のあるイタリア代表主力選手でした。
・YouTube - Antonio Cabrini - Top 10 Goals with Juventus
この動画は得点シーンばかりを集めたものですが、カブリーニは、やはり攻撃面だとマルディーニ以上でしょう。昨年末に一試合丸ごとの動画を載せたブラジル戦でも、先制ゴールのアシストはカブリーニでした。それはセンタリングです。でもカブリーニのオーバーラップは、中央に侵入してシュートを狙うかたちもよくありました。まだそのころは、「サイドバックはタッチ沿いに上下動」といった単純路線ばかりでもなかったんですね。
下は、イタリア代表でのカブリーニの短いダイジェストです。
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2010年01月18日
立ち上がり早々にあったアスレティック・ビルバオの逸機を見て、またビルバオは勝てないんだろうなと、何となく思ってしまいました。が、しかし。
下の動画は、キックオフから3分ちょっと、まったく途切れずに続いています。ビルバオ先制までの間、レアルではカシージャスがフリーキックを蹴ったくらいで、何もするひまなく失点してしまいました。そしてその後はスコアが動かず。
どういったものか、これはちょっと武骨なゲームでしたが、それでもおもしろいなと感じました。
・YouTube - Athletic De Bilbao vs Real Madrid 1-0 La Liga BBVA 2010 [HQ] 16/01/10 SKY SPORTS
この動画、1点とったあとはすぐにロスタイム、そして試合終了ですね。そのように運べば楽ですが、実際はレアルが逆転しそうにも見えました。
そこらは、次の動画の1分20秒すぎくらいから。
・YouTube - Athletic Bilbao Vs Real Madrid (1-0) ALL Goals & Highlights - LIGA BBVA 17.1.2010
ビルバオにも追加得点機があったし、攻め込めるときは多少の人手を割いていました。とはいえ、やはり守り切って逃げ切りという印象です。ゴールキーパーのイライソスがマン・オブ・ザ・マッチという気もするし、ほかの選手も、大勢が下がって守備に働きました。運にも助けられたような。
ちょうど「どう戦う日本,トルシエ マッチフラッグ・プロジェクト」で触れた、トルシエ氏ご提起の事項、相手の攻勢にあっても守り抜くというのを目の当たりにした感があります。
どちらかといえばビルバオの守りは後方集結タイプ、待ち受けムード強めのゾーン形式だと見えます。そして、バルセロナと引き分けた試合に較べ、もう少し下がり加減だったように思いました。だとすれば、カカやロナウドの裏に抜けるスピードを警戒したんでしょうね。どんな相手とでも同じやり方を貫こうとしないのは知的です。
そしてビルバオの守備陣の美点は、待ち受け体勢を保とうとするばかりでなく、反対に相手へ近接していく積極性を持ちあわせていることでしょうね。退き気味になりつつも、個々の相手を抑えていくアグレッシブさを持っている。ま、けっこう空中戦に強いという潜在力があってのディフェンスかもしれませんが…
● アウェーのレアルにも勝機はあったけれど
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2010年01月16日
一個人の精神性というのは、ちょとやそっとではわからないものです。自分自身でも把握し難かったりもしますね。が、しかし、あまり厳密なことをいわなければ、表面的に行動として出た部分から、ある程度は推測できそうでもあります。
今回のタイトルは、下記にお寄せいただいたコメントから拝借しました。ペップ さんという方からのものです。
・金子達仁? 「美しく」ない クライフ本の元凶は
では、クライフ監督のディフェンス「メンタリティ」はどうだったのか。その幾分かは試合の録画からもうかがえるはずですね。
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