2009年10月30日
ヨハン・クライフは、かなりセンスに欠けていたのだろうか。
原書は1997年にまとめられたらしいから、もう10年以上も前のことだ。当時は幼かったか。しかし、すでに50歳の誕生日を祝うころである。
これはインタビュー本だ。編集者が勝手にまとめ、本人は内容を知らないかも? ところが緒言を見ると、ある程度は目を通していたように思える。
「巷では種々様々なことが言われ、書かれているだろうが、私の言葉を正確に再現しているのはこの本だけだ。所々、わかりづらくて妙な言い回しがあろうが、それが私の話し方なので、あえてそのまま残しておいた」
さらには、「後ろを振り返らない私にとって、本書の出版は非常に楽しみだ」とまで述べたことになっている。クライフ氏が承知した内容…
ヨハン・クライフ
「美しく勝利せよ」
著 者: フリーツ・バーランド、ヘンク・ファンドープ
監訳者: 金子達仁
発 行: 株式会社二見書房
ISBN4-576-99199-X
1999年12月25日初版発行
英語版では「Ajax, Barcelona, Cruyff: The ABC of an Obstinate Maestro」のようだ。美しくに相当する語はなく、分からず屋の達仁、いや達人といった意味だろう。だからといって、美しくない本を出そうとしたりはするまい。
アルファベットで見たとすれば、斜体や太字は、日本語でそうした場合よりも上品かなとは想像する。それでも頻繁に出てくると目障りだし、第一、字体を変える効果も薄れてしまう。機能的でもなく、美しくもない。
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2009年10月28日
西部謙司著「サッカー戦術クロニクル トータルフットボールとは何か?」は、大仰に戦術などと振りかざしてはいても、地面の上で実行できそうなサッカーの戦術とは、あまり関係がないようです。周辺裏話や感想、観念的な概論等々に、うそも平気でまぶして。
クライフ監督期のバルセロナをとりあげた第四章「天才ヨハン・クライフの挑戦」は、空々しい導入部ののち、「ウイングプレーヤーの復活」に関する話になります。西部謙司氏自身が「戦術上、クライフ監督のアイデアで最も重要」だとしたことがらなのに、論理がつながっていきません。
それを下記で述べました。
・サッカー戦術クロニクル ご都合主義バルセロナ論
この部分で西部謙司氏は、あまり一般的ではないだろう概念を持ち出していましたね。
「ところが、そこは“センターフォワードの墓場”なのだ」
初版104〜105ページ
これはあまり耳にしない、目にしない言葉です。「センターフォワードの墓場」なんて、ご覧になったり耳にされた方はいらっしゃいますか。
イギリス英語だと、多少は使われているんでしょうかね。このいいまわしを用いた文例をひとつだけ記憶しています。イングランドのサッカー批評家の翻訳記事でした。
「〜、私にいわせれば、フィールドにおけるセンター・フォワードの墓場なのだ」
原文は存じませんが、「私にいわせれば」というただし書きを伴っています。著者独自の表現だという気がしますが、一般に流通しているんでしょうか。
使われていないとすれば、西部謙司氏はその特異な「頭のなか」で、上記文例とは無関係に思いついたりしたのか。
同じいいまわしではあっても中身は異なります。想像するに、西部謙司氏は上の文から意味ではなく文言だけを抜き取って、違う状況の表現に剽窃したのでは?
西部謙司氏は、「自陣からカウンターアタックを仕掛ける場合」と設定しました。そして。
「例えば、右サイドバックがボールを奪取したとして、タッチライン沿いに前線へ展開するには、FWが中央から右タッチライン方向へ動くことになる。ところが、そこは“センターフォワードの墓場”なのだ」
初版104〜105ページ
さらに。
「そこで期待できるのは、せいぜい味方の上がりを待つキープか、サポートした味方へ落とすパス、あるいはスローイン、そしてかなりの頻度でファウルを受けることになる。“墓場”と呼ばれる所以だ」
初版105ページ
このあと、エリック・バッティさんの記した「センター・フォワードの墓場」が、いったいどんな状況だったかを略述します。どのように西べ墓地と異なるのか。そしてしかし、文言はどのくらい似ているのか。
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2009年10月28日
昔、チャンピオンズ・カップで初優勝を果たしたころのバルセロナは、今では流行遅れのムードがある3バックでした。しかし、前に浮いているイメージのグァルディオラもディフェンダーだとするなら、クライフ・バルセロナは4バックのチームだともいえるし、そうした見方とは別に、試合中、4バック風にしたりという場合もあったと思います。
まあ一般的には、3バックだったという人が多いでしょう。
西部謙司著「サッカー戦術クロニクル トータルフットボールとは何か?」の第四章も、表面的には、3か4か、どちらでもよしとする立場のようです。
「さて、3-4-3が実は4-3-3だろうと、あるいは4-4-2だろうと、基本的には縦に菱形が3つ並ぶような位置どりだ。前線のウイングがサイドいっぱいにポジションをとることは前記したが、このフォーメーションの特徴はトライアングルの数が多いところにある(図9)」
初版108ページ
西部謙司氏の日本語では、前記が動詞なんだねぇ。あ、いやいや、図9の模写は、下記の冒頭に載せましたのでどうぞ。
・3-4-3ダイヤ型 ファン・ハール監督は「普通」かな
かつてファン・ハール監督は、「三角形の数は、どんなフォーメーションよりも3-4-3が多い」という意味のことを広言していたと聞きました。だからパスをまわしやすい、そんな風につながる理屈らしいですが、どんな文脈での話なのか知らず、真意はわかりません。
実際のところ、現場のコーチは実践的な職人気質の傾向になる例が多いようで、つまらない机上の論理に拘泥する人はあまりいないと思われます。しかし、異質な人だっているでしょう。
ファン・ハール監督は脇に退け、クライフ監督はどうか。
西部謙司氏の迷著クロクルだと、バルセロナを指揮していたクライフ監督が、こういう「三角監査」にこだわっていたとされています。
クライフ・バルセロナを扱った第四章が、延々と無駄な「西べウィング」を展開している件は前回触れました。
・サッカー戦術クロニクル ご都合主義バルセロナ論
そのあとは、空論風の度合いをさらに押し進め、「12個のトライアングル」説話になっています。先ほど引用した文字列の最後からあらためて。
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