2008年05月15日
◆ 0トップ変奏曲を
上の写真は伝説的なバルセロナの大スター、クバラが、対イングランド戦で早々にPKを決める場面です。 0トップは昨年のトップ・モードだという話を拝見しました。これ以外にも二、三。この耳慣れない言葉を教えてもらった最初には、話の内容からヨハン・クライフを連想したものです。 昔の人はクライフを見て、ディ・ステファノ風に感じられるといい、そしてまた伝説的なハンガリーの流動スタイルのセンターフォワード、ヒデクチと共通してもいるとの話もありました。 最新のトップ・モードには昔と違うさまざまな特徴が備わっているでしょうが、ある種のポジション・チェンジ類型としては、すべてに通底するものがありそうです。 元祖は驚異のチームのマティアス・シンデラーかという憶測もあり、しかしもっと古い可能性もかなり高いと思えます。はっきりしたことは不明ですが、十九世紀の英国ではすでにその系統のプレーをしていたのではないか、と。イングランドでも世紀末から二十世紀初めに、ニューカッスルなどがそうしたスタイルだったかと想像します。 ポジション・チェンジを多用する攻撃は、サッカーのやり方が固定ポジション概念化したときに、天啓のように出没しては消えていくものだったかもしれません。 五十何年か前にもロンドンで大きく話題になったようです。
● 1953年10月21日 4−4(Wembley 主審 Mervyn Griffiths) 地元無敗のイングランド代表が、寄せ集め選抜チームに対して終了近くまでリードされ、疑惑の、などともいわれるPKで追いついた試合です。 イングランド FIFA選抜 Mortensen 6 Kubala 5 (pen), 63 Mullen 44, 48 Boniperti 14, 20 Ramsey 89 (pen) 【イングランド】 Jimmy Mullen Nat Lofthouse Stanley Matthews Albert Quixall Stan Mortensen Jimmy Dickinson Billy Wright Bill Eckersley Derek Ufton Alf Ramsey Gil Merrick 【FIFA選抜】 Branko Zebec ユ Gunnar Nordahl 瑞典 Giampiero Boniperti 伊 Bernard Vukas ユ Ladislav Kubala チェコ,洪,西 Ernst Ocwirk 墺 Zlatko Cajkovski ユ Gerhard Hanappi 墺 Jupp Posipal 西独 Joaquín Navarro 西 Walter Zeman 墺(→ Vladimir Beara ユ) FIFA選抜のゴールキーパーは交替しています! いわゆるAマッチでも、たぶん双方が承認していれば交替OKになってたんですよね。これはかなり以前から行われていたと思えます。なにかタイトルがかかった試合でもそうだったんではないでしょうか。そのあたりの実態に詳しい方はいらっしゃいませんか? ● 崩壊前奏曲なのか、イングランド対FIFA選抜 ————以下、引用———— イングランドの批評では、FIFA選抜のセンターフォワード、グンナー・ノルダールには輝きがなかった。ノルダールは絶頂を過ぎていたのか? 批評家たちは布石を理解できなかったのだろうか。知らなかったのか、ノルダールが再びイタリアで得点王になったことを。一見してわかる、専門家なら誰もが言うべきこと、それは「ラインの背後」でプレーするノルダールの役回り … 中略 … 他方ブカスとクバラはインサイド・ポジションできらめいていた。 … 中略 … ノルダールの任務は居残り、空白地帯への入れ替わり、要するにイングランドのストッパーを引き抜くことだった。あの時点では、イングランドのストッパーはこうした戦術に不慣れであり、今ほどには老獪でなかった。この「えさ」によって消え去ったストッパーは陸に揚げられた魚のようで、より正確には瓶口から抜かれた栓になってしまった。 … 中略 … 効果は二重だった。ノルダールは攻撃の背後にあって、ほとんど邪魔なしに動けた。誰かが彼を阻止しようとすればほかが … 中略 … ノルダールにくっついて上がることにすれば中央の守備には破れ目ができる。事実、素早くブカスとクバラとが、そしてときにはウィングのボニペルティやゼベチまでが、中央の空白へと入り込んできた。 … 中略 … 妙技を見せる充分なスペースがあり、ときにスペースが不足した際にも、仕事をする時間が少しはあったのだ。アインシュタイン以前に、攻撃にせよ守備にせよ、時を得るのはスペースの獲得と同義であると選手たちは承知していた。 … 中略 … しばしばイングランドはまごついているように見えたし、チェスの駒であるかのような相手の素早い入れ替わりに方角がわからなくなった。 … 中略 … どっしりしたストッパーのポジパルがセンターバックに置かれ、右に弱点のスペイン人フルバック、左に据えられたのは偉大な選手であるハナッピだった。ハナッピはハーフバック、フォワードでプレーしたことが多かったのだが、選手生活の初期段階ではフルバックだった。FIFA選抜が英国式サード・バック・ゲームをすると決めた際、マシューズを抑える目的で、シュトッツやハッペルよりもハナッピが適しているとされたのだ。 この動向がすでに想像力に富み、そして不敵であった。私はこの戦術にはまったく同意しなかったが(FIFA側に立って見たとき)。 — 「サッカー・レボリューション」(ウィリー・マイスル)— ————以上、引用終わり———— ● かなりおもしろいものだった? これはFA創立九十周年の祝賀の一環、とはいえ花試合ではあってもかなり真剣なものだったようです。すでにワールドカップは存在していますが、欧州選手権が行われていない時代で、公式国際試合を大切にする慣行だったと見る方が妥当な感じです。 とりあえずFAはそう認識していたようで、たしかにこの時期のイングランドのベスト・メンバーをあてたと思えます。 かたやFIFAチームはヨーロッパ大陸選抜になっていますが、肝心なハンガリー勢がひとりも入っていない。それに、ディ・ステファノがすでにレアルで活躍し始めた時期かなとも思いますが、選ばれていません。 でもそれなりに大変豪華なメンバーだったようです。寄せ集めにしては気合いも入っていたらしいですが、守備の人と思えるのがポジパルとナバーロくらいなのかなという気がします。そうであれば非常に大胆な並べ方です。 ● 好勝負… 現役時代が長かった、イングランドの名手マシューズは有名ですね。これ以前に公式国際試合扱いとなった選抜チームとの対戦、1938年、ビットリオ・ポッツォ監督が指揮を執ったヨーロッパ選抜との試合にも出ています。 マーク役になったオールラウンダーのハナッピも名高い人だったようです。かなりの技巧派だったらしい。 このころのスコットランド代表選手で、60年代チェルシーの監督、そして70年代にはマンチェスター・ユナイテッドの監督だったトミー・ドハティドカティ(5月24日訂正)は、「欧州大陸諸国の名パッサーとしては、ディ・ステファノ、クバラ、オーストリアのスター、ハナッピーらがすぐに浮かんでくる」と書いていました。チャンス・メーカーか組み立て役と認識されていたらしい。 テクニシャン同士の騙し合いが展開されたのかもしれませんね。 ● 伝来説話 1867年、三人オフサイドが確立されてフォワード・パスがOKになり、今のサッカーが固まりました。パスを交わしあうゲームとしての発展は、まだSFA創立以前のスコットランドの方が早かったようです。北の地を中心に、すでに十九世紀中には、ポジショニング・ゲーム的なやり方が一部に広がったともいいます。 どの程度の水準なのかは知りませんが、近めのパスのやりとりとあわせて、位置取りの交換も行われていたみたいです。「芝の上で綾なされる」ショート・パス・ゲーム… その流儀は主にイングランド北部、中部などに伝えられ、世紀の変わり目にサンダーランドやニューカッスルの優雅なチームを優勝へ導いた? そして遠くドナウ流域、さらにラプラタ河口にも届き、デンマークへは、グラスゴーのクイーンズ・パークFCというアマチュア強豪クラブが遠征して伝わったとも… 冒頭の写真の著作権は、ベルヌ条約加盟国著作物のはずだなということで、日本国内法の昭和31年以前のものはフリーというのにあたるだろうと見ました。
posted by ports |22:07 |
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この記事に対するコメント一覧
1879年以前
「アインシュタイン以前に、攻撃にせよ守備にせよ、時を得るのはスペースの獲得と同義であると選手たちは承知していた。」
アインシュタインの生年以前に
「オープンスペース」の概念は あった。
って 事は、、、。
posted by 杉本 | 2008-05-15 23:11
190X年 以前?
杉本 さんへ
> アインシュタインの生年以前に
チャプマンが生まれた翌年、つまりふたりは同じ世代ですね。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/ports/article/38
1872年のスコットランドは、水準は知らず、イングランドと較べてパスをつないだってされてますね。
でも生年以前にというよりは、なんとか相対論やブラウン運動の理屈のころだとしてはどうでしょうか。
チャプマンによる「三十年前は芸と技巧を発揮する免許皆伝を携えて」たあたり、ニューカッスル時代にはと見てはどうでしょうか。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/ports/article/73
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/ports/article/55
「アインシュタイン以前に」が単なる言い回しにすぎないということも?
どうもありがとうございました。
posted by コリバノフ | 2008-05-15 23:37
早退せー 似非 居た 嘘
「アインシュタイン以前に 攻撃にせよ守備にせよ、時を得るのはスペースの獲得と同義であると選手たちは承知していた。」
アインシュタインの相対性理論は 1916年。
上の「以前 」は 1910年前後、
即ち ニューカッスル時代。
文中に 「時間と空間は 同義」とあり。
1879年以前は ありえません。
posted by ひよこ組から杉本さんへ | 2008-05-16 22:03
イ!胃 凝る、M氏事情
ひよこ組から杉本さん さんへ
> アインシュタインの相対性理論は 1916年
> 即ち ニューカッスル時代
どうもありがとうございます。
無意味にアインシュタインを持ち出したのではありませんね。そのあたりのイングランド・リーグは多様だったみたいですが、少しのんびりムードだったでしょうか。
やはり得点勝ち点問題が大きかったのでしょうかね。
posted by コリバノフ | 2008-05-16 22:26
サッカーの相対性理論
1、空間とは 時空連続体である。
時間は 均一ではなく
観測者の状況により 違う。
GPSでは 高速で動く衛星と地上とでは
時間が 違うので 修正が 必要。
→ クライフをスタンドで観ている観客と
ピッチでプレーするクライフとでは
時間が 違う。
これは ゴールの時に 顕著に現れる。
74WC オランダーブラジル 2点目
左タッチ クロルからのセンタリングを
ジャンプボレーするクライフ。
「高速スピードの頂点でボレーを合わせた」
奇跡と 観客は 見る。
クライフは 時空間に沿って 身体が
無意識に動いてゆく感覚。
ボレーの瞬間は デジャヴの如く。
時間は 「ゆっくり」 流れたはずである。
クロルが蹴った時に ゴールは
既に イメージ出来ている。
2、光も重力で曲がる。
太陽のそばを通ってくる光は 曲がる。
太陽は 大きな質量なので 重力も大きい。
→ FKで 壁の近くを通るボールは 曲がる。
→ 壁が 無ければ ボールは 曲がらない。
posted by 杉本 | 2008-05-17 00:24
日本化 ブラインド運動
杉本 さんへ
> 時間は 均一ではなく 観測者の状況により 違う
観測者がいるとというか、観測者、変化するものがなければ時間もないんでしょうね。
短距離走では勝てない鈍足でも、相手の動きとは逆に動ければ、相手にとっての速さは二倍(?)近く。でも定点の観客から見れば別段速くもない。
どうもありがとうございました
posted by コリバノフ | 2008-05-17 00:48


