2008年05月12日
● オシム後のユーゴ
ちょっとファッションを変えてみましたよ 才能を惜しむのもわかるけどの話からジェフとかオシムさんとかアーセナルが出てきましたね。んじゃ、あのユーゴってなるわけですよ、1974年の オシムさんは四十年前、1968年欧州選手権の選手だったそうです 準決勝が始まってすぐ蹴り出されちゃったとか それからフランスのクラブに。共産圏でも自主独立でプロもあって、たしか28歳からは外国クラブと契約できたんですよね 68年に決勝までいったユーゴはメキシコ・ワールドカップに出れなくて、1972年の欧州選手権に残ったのがジャイッチさん、アチモビッチさんくらい? それは準々決勝でソ連に負け。その二年後のワールドカップでブレークしかけ… サッカーマガジンバックナンバー無料閲覧がありますね ここで見れるユーゴスラビアに見る攻撃的サッカーですよ^^ といいつつ、ぶっちゃけユーゴのことばっかじゃありません ってか全体の半分ないですよ!これじゃ 日本語の題にいつわり? でも重要です^^^^^^ 「ミルヤニッチは実際、ことしがユーゴスラビアの年になることもありうると信じており、また、それを実現するためには、彼らが攻めなければならないことを知っている。『ことしは、ダニューブ・フットボールの年だろう』と、彼は私に語っていた。 彼がいっているのはもちろん、ウィーン、ブダペスト、ベルグラードと経て、」
これですね、ドナウの旅人したくなるはじめってのは 「一九三〇年代、ウィーンはオーストリアの“ブンダーチーム”を出し、一九五〇年代、ブダペストは偉大なハンガリー・チームを出した。今、ミルヤニッチは、一九七〇年代は再び、ダニューブ・フットボールが頂点に立つといっているのである。 私は彼の言葉が当たることを望んでいる。 なぜなら、私はジャーナリストとして、ワールドカップ・ゲームを無料で見ることができた。しかし、もし、私がここ西ドイツで、スタジアムに入るために金を払わなければならないとしたら、私が金を払ってまで見ようと思うチームはただ、ポーランドであり……どこよりも、まずユーゴスラビアだけだからだ」 こういう方は信用できますね、びんぼーの人にコストパフォーマンスをガイドしてくれてます ほんとは禁句ですよ、あんま見る価値ないとかっていったらギョーカイこわいってなりますからね それに中身に価値なくても真剣勝負からナニゴトかをくみとるのがツウってもんだっていいます で、期待をふくらませておいて結局はポシャっちゃうのがやっぱユーゴスラビアらしいとこです ムラッケのお国柄ですって、そんなこと書いたらお国の人たちに叱られます・・ でもお国、分解しちゃったそうですけどね。。 ってか今の方々にはこれでセージョーだってことです もしかしてネーションてのも、お隣さんとかとはちがって言葉? ま、こんときはチトーさんがいます このワールドカップにも激励に来たんじゃ? けっこうお好きだったかもしれないですね この年だとユーゴじゃなくて、オランダや西ドイツは今でも話題でますよ、伝説ですからね、この二年前ころってのはね でも「どこよりも、まずユーゴスラビアだけ」だったりもしていいわけですよ、いいときの中身ならね ● インコとリスと? アンカーという言葉があります。 私なんぞにはよくわからないのです。ボランチとか底とかだってありますぞ、いろいろと。ピボットや、インコとリスともいらっしゃるそうです。どの人が守る方で誰がパス係なのか、素人にはサッパリですな。 その上、アルゼンチンとかペルーとかのエスパーニャ地域の人だと、変にツウぶらないで言うときは丸ごと中盤の人全部がボランテだったりするのですぞ(パクリ) ちょっと転調してみました、変ですねきょうも ぶっちゃけこのときのユーゴ、いません、ピボーテとかもろもろ だからかんたん、みんながミッドフィールダーです(はあと) セルボクロアトとかだとなんだったでしょうね? よーするに程度低いわけですよ、このころは未開で未分化で でもさかさまに、分業の時代は終わったあれは程度が低い、トータルだオールラウンドだ、って勘違いしてましたね、なんか 別に「前から鬼プレス」とかってなくたって、ぐるぐるしてうまくいけばトータルです? 四十年昔の1968年欧州選手権で、けがしたオシムさんに代わって将軍になったのが、正反対にちっちゃいアチモビッチさんだったみたいですよ、たぶん そんときはイタリアと決勝再試合までもつれたらしいです 1974年にはアチモビッチさんがさっきの雑誌だと評価高いですね でもけっこう失敗もしてたと思いますけどね オブラクさんも技巧は花丸二重丸以上です。でもって速いし動くし、中盤からウィングまですんごいことタイヘンです 西ドイツ戦でけがしちゃいましたね・・ シュリアクさんはもとが左ウィングかセンターフォワードですよ こんな三人が中盤構成するってテレビゲームだと許されないんじゃ? たぶん「ばーか、シロウト」とかって? 結局いないですよ、守備的とかスクリーンとか。みんなが交代です ってか交代でやってたっけ?みんな嫌がってただけかもね で、巧い人たちに押し出されちゃったやっぱり上手な通称モンスターのボギチェビッチさんが、中盤に上がったりして埋めたりも… ちがうかな、この人自身もイケイケイケ気分だけどチョットおっとりしてただけ、なんて? いい選手をうまい順に入れてって、魔法かけてホイってした感じ 進歩した人にはミルヤニッチ監督ってシロウト?なんでしょうね ぶっちゃけフォワードってチョッとじゃまだったんじゃ? 福岡とか来てたペトコビッチさんは右ウイングの速い人でしたけど、ちょっと調子落としたりしてたかな ジャイッチさんは技巧派だけどフェイント以外が今ひとつだったかな。けがだか兵役だかなんだか・・・ センターフォワードのバイェビッチさんなんかは、このメンバ入るとテクが下に見えちゃったりも ● ラミパス ルルル こういうチームがレベル低いことは保証できますよね だって超高度な守りとかテクマクコンパクトなんていいません オランダみたくぐちゃぐちゃチェンジもしないですけどね でもけっこう役割可変だからトータルです 右バックのブリアンさんは下手なウィングの気構えだったって人もいますし、左のハジアブディッチさんは技巧派で自在です なんかカタリンスキーさんだけ残って肩にぃ責・・ 肌寒いですねこのごろになって で、ずーっと戻ると、こういうのがハンガリーやオーストリア直系のダニューブの香りらしいです オシムさんは現実家だなーって、スシッチ、ストイコビッチ、ヨジッチなんかのユーゴ見て思ったけど、でもたぶん産湯はドナウです? 本籍はサラエボっていってもダニューブの血が流れてたり 「サッカー場ではときおり未来の旋律が聞こえる。序曲である。原初的なサッカー…」(ウィリー・マイスル) こういう感じがちゃんとしたトータル・フットボールだったですね、いくときは誰でもいっていいよ、守るときは誰でも守るって も、みーんなっ、その場その場その場って判断ですって、それ言っちゃ極端ですが、基本です で、そんなポジション・チェンジの遺伝子は古いドナウにだって少し違ったかたちであったんじゃ? 三人オフサイドの昔、旧式のイギリスってのも似たとこが?? ま、ポリバレントもビバレントも、よーするにサッカーうまい人って多価とか二価とか数えなくたってオールラウンダーですよ? だってなにしてもうまい人がイチバンですからねぇ 山も登れたし下りのコーナリングも超特急だしTTも勝てるって、そういう暴発事件前のグレッグ・レモンみたいな、あれ
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この記事に対するコメント一覧
● オシム後のユーゴ
もっと推敲しましょう。
posted by あなたは | 2008-05-12 20:10
● オシム後のユーゴ
はじめまして。
>オシムさんは四十年前、1968年欧州選手権の選手だったそうです
ふむふむ、と思ってuefaの公式サイトを調べたら
http://en.euro2008.uefa.com/history/season=1968/index.html
Team of the Tournament(大会ベスト11)にIvan Osimの名前があるじゃありませんか。
Probably best known internationally for his achievements as a coach rather than a player, Ivan Osim was nevertheless a top-class footballer as he proved with a man-of-the-match performance for Yugoslavia against world champions England in the semi-final of the 1968 UEFA European Championship. Unfortunately he put so much effort into that game that he missed the final and subsequent replay through injury. A hard-working midfielder and skilful dribbler, he played 16 internationals, scoring eight goals including four at the 1964 Olympics in Tokyo. A Bosnian, he spent most of his career at NK Željezničar before moving abroad to play in France. He has enjoyed considerable success as a coach, at both club and international level, and led Yugoslavia to the FIFA World Cup quarter-finals in 1990. He would also have been in charge of the team at EURO '92 but for Yugoslavia's exclusion.
しかし、この試合開始10分でオシムは脚を削られて、残りの時間はほとんど動けなかったと書いてあるのに、マンオブザマッチの活躍だったとはこれいかに。
posted by マグナカルタ | 2008-05-12 20:27
デイナの表紙
74年8月号
これ 持ってます。
会社に置いてあるので
明日 全文 読みます。
「テレビ 栄えて 知能 後 低下 寂れて」
もう ぶっちゃけ 回文は 終わり? ってか。
posted by ひよこ組 | 2008-05-12 22:00
返.● オシム後のユーゴ
あなたは さんへ
コメントありがとございまーす
> もっと推敲しましょう
お師範に申しわけが立ちませんよね^^;
んじゃまた遂行してみましょうかね、またお手解きどーぞー^^
posted by こなたは | 2008-05-12 23:18
返.● オシム後のユーゴ
マグナカルタ さんへ
はじめまして、どうもありがとうございます。
> Ivan Osimの名前がある
ちゃんとした名前で登録なんですね。
> マンオブザマッチの活躍だったとはこれいかに
普通はあり得ない感じです。
ひどく汚い試合の立ち上がりに、よほど見事なドリブルでもしたんでしょうか。
それよりありそうなのは、ほとんど動かないままの経由プレーだけで、かなりの実効をもたらして印象づけたとか。
そのあたりの裏話的なもの、日本の気の利いた記者さんならすでに聞き出していて、どこかに書いてるかもしれませんね。
それから A hard-working midfielder and skilful dribbler, ですが、縦横無尽に動きまわるプレーぶりだったのでしょうか。なんとなく勤勉タイプではないだろうというイメージを持っていました。すいません。
恐縮ですがおたずねいたします。
Hunter certainly got stuck into Ivica Osim, Yugoslavia's general, in the first five, leaving him virtually immobile for the rest of the match.
この got stuck into は、ぶち込む・削るなどといった系統で、悪意の激しいプレーを表現したものでしょうか?
今でもその意味でイギリスだと使われるのでしょうか?
ご見解、よろしくお願い申しあげます。
posted by コリバノフ | 2008-05-12 23:23
ファケッティの背中
ひよこ組 さんへ
どうもありがとうございます。
これまでに輪をかけて不出来な山基山しか…
ほんで めちゃブルー入っちゃってます
Go!ユーゴ、、、 ><
再・再度・オフ・サイド・差異
・・・^^;
いい加減なのを少し挟んで再新鮮してみますか。
またよろしくお願いします。
posted by コリバノフ | 2008-05-12 23:26
女王之所都
「推敲」十日 陸行一月
posted by ひよこ組 | 2008-05-12 23:42
対馬灘
山だ! 異国
posted by コリバノフ | 2008-05-12 23:55
シュトラウスの円舞曲を踊るが如く
「グルババイツァは オシムが選手としての
キャリアをスタートさせたFCゼレズニチャルの
スタジアムがあった場所で、
シュトラウスは 作曲家のヨハン・シュトラウス。」
「欧州選手権決勝大会に出場する。
準決勝の相手は イングランド。
「だが私は 左足首を故障していた。
それでも 代わりがいないので
準決勝は 無理をしてプレーをしたよ。
故障箇所に ブロック注射をすると
ひどく腫れ上がった。」
ユーゴは 決勝進出を決めるが
オシム自身は 決勝のピッチに 立てなかった。
サッカー批評 22 海を越えてきたフットボーラー
加部究氏のインタビューより
posted by ひよこ組 杉本 | 2008-05-13 21:56
エリック・バッティ氏
「ユーゴスラビアに見る攻撃的サッカー」
全文 読みました。
ユーゴ、ポーランドを評価してますが
オランダとクライフは 評価低いです。
「彼は 墜落したエンターテイナー。」
「オランダは 29 ブルガリアは たったの9」
オランダは 余計なファウルが 多すぎるとの事。
ブラジル戦は ファウル多いですが
ブルガリア戦 多い印象ありません。
ビデオ 見直して 確認します。
posted by 杉本 | 2008-05-13 22:07
ばらの騎士の懐古趣味+先端的隠し味
どうもありがとうございます。
ヨハンでなくリヒャルト・シュトラウスなんだぞと評価する通なマスコミも、ウィーンあたりにならありそうです。
A hard-working midfielder の意味がいろいろにとれますが、ただのワルツだけでもなかったかも。
そこらは聞き出してても売り物文ではカットするんでしょうね。
そうですか、対イングランドでは普通にプレーしたんですね。
試合内容もインタビューできたんでしょう。
でも一般読者は今だけここだけの興味だと見られるから、記事には載らずに単なる味付けエピソードにしちゃいますね。もったいない。
「〜、経験がもたらす円熟味を加えれば、彼は十分にアルフレッド・ディ・ステファノ以来の最高のセンター・フォワードになることができるだろう」
クライフを賞賛しているのは1960年代から1972年あたりまでらしいですね。ディ・ステファノのことは歴史上最高の選手だと、亡くなるまでそうとらえていた模様です。
ワールドカップはとりわけ決勝が、予想どおりだが残念だったと見たようです。
「しかし、私は、彼のめくるめくような良さを見てきただけに、この決勝で彼がついにゲームに没入しなかったことに正当な理由がないように思う」
日本に映像が紹介された時期を思い出すと、たしかに毎年得点王争いをする選手には見えませんでしたからね。それがもともとのクライフだとされてます。終いには間尺にあわせて解説するためか、ワールドカップでのクライフを「左ウィング」としてしまうツウな先生もいらっしゃるみたいです。
ブルガリア戦くらいが仕上がりかけでしょうか。スライディングはけっこう無造作にやっていたような。チェックお願いします。
posted by ひよこ組 杉本 さんへ | 2008-05-14 06:11


