2008年05月06日
● カロージ氏 知ろーか
『日本人のストライキ参加者』という言葉がありました。 で、益西都先生という方の業績に注目したわけですよ。即効性には花丸です。しかしどーも気が引けますな、これは。というか、外国的な思考についていけないもんで、恥ずかしながら意味がよくわからなかったりしちゃいます。 統治はルールで美術は方法でしょうが、塩基性条件がベーシックとはね。そうはいっても恥ずかしながら英語の方がもっとわからないので、この際… このイカレブログを読まれるような、度量の大きい紳士淑女の皆様であれば、益西都先生を愛でるゆとりがおありですね。で、先生の師匠筋にあたるらしい李上出来さんに敬意を表しつつ、ゴールデン週間ということでインスタントに手を抜くのですぞ。 でも益西都先生に困惑する、英語パワーの大きい紳士淑女の皆様には、こちらのオフサイドの歴史を。
ブランクさんにご紹介いただいたウェブ・ページで、ユリアン・カロージさんのことを知りました。ありがとうございます。 しかしこの方はジュリアン・キャラサイさん? どう読むのか存じませんが、イングランドの有名な方みたいですね。 なんとなくイタリア語風がかっこいい感じです。Jリーグのチーム名に影響されちゃったか。でも本来がジュリアーノ・カロージさんのようです。イタリアから引っ越した方でしょうか。ま、ジュリアン・カロージさんということでとりあえず。 単にサッカーをしてただけでなく審判として一流で、サッカーの規定解釈に関してFAの講師をなさってたようです。イギリスにいらっしゃる方なら、ごく普通に名前をご存知なほどでしょうか? カロージさんの経歴・評判等、ご承知の方はいらっしゃいませんか? そんな方がルール自体の解説や判定基準の解釈などを公開してくれてます。レフェリングの助言までしてくださるっていいますよ。すごいです。 で、オフサイド物語ですよ。益先生風には「向う側むかし話」にしたいところですね。 この方のオフサイドの歴史に関する記述の的確さ、網羅的ながらも簡潔な点など、公開されたものの中でも随一ではないでしょうかね。ま、意味を理解できてないところもありながら言ってることなんで、つばを眉につけてください^^; どなたかカロージ氏に英文メールをさし上げられないでしょうかね。求めれば、きっと氏は、「オフサイドの歴史」の日本語訳公開を許可してくれるものと思います。これは日本語でも読みたい方が多いんじゃないでしょうかね。 ● え、センセぇ? ではオフサイドの歴史を三分の一くらい進んで、三人オフサイドの二十世紀から。 【当初は、自陣・相手陣に関係なく、全面でオフサイド適用です】 ▼1903: 「彼がその位置でプレーを影響を受けさせるときだけ、それはプレーヤーが向う側の位置に単にいる法の不履行ではありません。」 (フットボール協会協議会12月の14番目). 【これはIBとかでなく、FAの評議会での話題です。プレーに影響するときだけオフサイドをとるべきだ、と】 【もうオフサイドが問題になってます。というよりは、すでに簡単なオフサイド・トラップが使われていた?】 ▼1904: FIFAは形成されます。 ▼1907: 向う側は現在、半分の半分の相手のグラウンドだけに制限されます。 【ここから相手陣のみが対象ですね。おそらくIBとしての通知】 ▼1910: 「プレーヤーが単に向う側の位置にいるとき、いくつかのRefereesがフリーキックを与えます。」 「これをしてはいけません。」 (フットボール協会協議会12月の10番目). 【これもFAの評議会での話題ですね。1903年にすでに話しあわれています。それが必ずしも実行されてはいないようです】 【このシーズンが、組織的オフサイド・トラップ流行の始まりかなと疑ってます。それで、シーズンなかばにして話題になったのかも】 ▼1920: 以下はOff-サイド法6に取り入れられます。 法6の下の向う側を考えて、プレーヤーが向う側の位置にいるので、プレーは、止まってプレーヤーであるべきではありません。 オフサイド位置にいるプレーヤーが相手か遊戯を妨げるときだけ、法の不履行は遂行されます。 (フットボールの協会の第8行進の協議会。) 【FAの評議会でしょう。第一次大戦終結後、1919-20に全国リーグ再開。関与していない選手をオフサイドにするな、と。しかし、その関与の基準が厳しいものだったようです】 【ほぼ間違いなくオフサイド・トラップ台風のさなかでしょう】 ▼1921: スローインは向う側から免除されるようになります。 ▼1922: 「プレーヤーへのアドバイス」の見出しで、読むために以下の(オリジナルのRefereesのChart)アドバイスをアップデートしました: 向う側に耐えるとき、あなたは相手とステーション自体に妨害しない権利を全くゴールキーパーかいかなる他の相手にも彼の動きを妨げるか、または彼のボールの照準を遮るほど近くします。 【オフサイド・ポジションにいる際は、相手を邪魔するなというだけではない。キーパーの近くに位置したり、ほかのフィールド・プレーヤーに近接して、彼らの動きを妨げたりボールへの視野をふさいではならない(その権利はない)】 【審判用の判定チャートをもとに、選手たちへの指針を配布していたんですね。オブストラクションにはならない邪魔や視野の妨害も、オフサイド判定では考慮する運用だったみたいですよ。判定は難しそうだから、疑わしきは笛を吹くという感じになったかもしれない】 ▼1924: 国際Boardは、以下のことと決めました。 向う側の位置にいるプレーヤーが相手かボールを向かい始めて、そうする際にプレーを影響を受けさせるなら、彼は「プレーを妨げます」のために罰せられるべきです。 【IBの正規の運用指示ですね。次の文はその解説】 ▼罰せられるために、今や、ボールかプレーするか、またはボールを使うのを試みる立場にいる相手との親密な物理的な関係にはプレーヤーがいなければなりませんでした。 【1924年になって初めて、視野妨害などがオフサイド基準からはずされたようです。相手に触れたりしなければオフサイド・ポジションにいてもOKということですね】 ▼1925-26: これは向う側法の歴史と開発で重要なフェーズでした。 「3相手」の規則は現在まで基本的に変わりがありませんでした。 スコットランドのFAによる提案に従って、1925年6月13日にパリで会って、国際Boardは、簡単なことが問題に対応して、攻撃者のために向う側を置くことができた保護者の数を3!)2まで減少させることであると決めました。 ● 指針指示 指針などから状況を察すると、オフサイド基準が相当に厳しかったみたいですね。 1924年初夏(?)に、IBは視野妨害等をオフサイドとみなさないようにさせ、その翌年にふたりオフサイドへ変更してしまう。 上記の流れとオフサイド変更 検証グラフだけを材料に、いや、グラフはこっちのイングランド百一年、それとニューカッスルのグラフの方がいいですね。これで…。時間がないので雑な仮説だけ。 1.二十世紀に突入するころには、すでにオフサイド・トラップが存在した、たぶん。 2.世紀の変わり目までのゴール減少にはオフサイド・トラップも多少は影響した。 3.しかしじゅうたんの上で三つのBを見せつけるようなチームがあり、ゴール数は漸増した。 4.同時に、三つのBに対しプロフェッショナルに抗うチームが、初期モダン・タイムズかと思える速さと強さで挑戦する。 5.1910-11シーズン、モダン派がかなり広範な勢力になったころ、戦術的にオーガナイズされたオフサイド・トラップが流行。すぐに対応できずにゴールが急減した。 6.しかしFAの内示などで単にオフサイド・ポジションにいるだけでは反則としないようになり、また、三つのBの盛り返しもあって、ゴール数は漸増した。そして第一次世界大戦。 7.戦後の再開時、三つのBはかなり衰えていて、そこへ新たなオフサイド・トラップ強化がある。さらに、視野妨害でもオフサイドにするという基準を厳密に履行しようとする。複合的な要因からゴール数は徐々に減り続けた。 8.1924年にオフサイド基準から視野妨害などを除外したことなどから、1924-25シーズンには少々ゴール数が増えた。 9.しかしゴール数大幅増にはならず、がまんしきれない経営者層が協会関係者に真剣な圧力をかけた。 10.1925年、大逆罪。 ちょっとグラフの形状にこだわりすぎてますね。ま、黄金ウィークやっつけ仕事ということで。 ブランクさん、ありがとうございました。あ、1907年にハーフコートになった点を盛り込んでないですね。めんどうだから影響があまりなかったってことで。
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この記事に対するコメント一覧
カロージ氏 知ろーか
すごい。あっという間に英国篇は見えて来た。これは分かりやすい。
管理人さんには謝らないといけないんだけど、実は僕は兄貴の初回コメント時にも居て、その後兄貴が、管理人さんの名前をどこかで見たと言って調べてたんですよ。
そしたら、文化論の所で出て来て、兄貴はそれを確認して同一人物だろうと。で、サッカーに詳しい方なんで、コメントするにも出典を確認しながらじゃ、時間も無いし話の流れを切るのも申し訳ないので、参加しない方がと言ってたんですよ。
僕は、本当に同一人物か確認してみたくてコメントして、それが確認できたので好奇心が満たされたってとこなんです。
だから、ある意味カマを掛けたのはこっちで、すみませんでした。だから、あのブログに書いてあることしか、僕らは管理人さんについて知りません。安心してください。
今日は、兄貴とサッカー観戦なので失礼します。(兄貴はまだ寝てますが)
ただ、古典ミステリーなんて僕に分かる訳無いですよ。教養じゃ兄貴にも負けるのに管理人さん相手に勝負になんないですよ。また、機会があれば、感想程度でお邪魔します。
posted by 理解 | 2008-05-06 09:45
高校野球からテニスへ
背景が 変化している。
サッカーのブログで
「高校野球」は、伏線。
「テニス」も、、、。
「時間の娘さん」
2008年、英国から遠く放れたアジアの東端。
安楽椅子で、探偵は、深読みしてます。
1954年の書物の記述から
更に時間を遡り 1925年の殺人を調べる。
関係者の発言を集め吟味し疑い、、、。
全体像は?
ピースとピースが ひとつの絵にならず
ひと月が過ぎました。
「ピース、ピース」
Peaceならば パブロカザルスの鳥の歌。
グアルディオラは 次期監督?
「カロシ氏 シロか」
これは 回文。
posted by ひよこ組 | 2008-05-06 17:43
返.カロージ氏 知ろーか
理解 さんへ
ありがとうございます、リフレッシュ、お済みなようでなによりです。
お、教養とか役に立たないっていいますし、勝負には使えないでしょうね
… 笑而不答心自閑
桃花流水杳然去 …
posted by コリバノフ | 2008-05-06 21:56
返.カロージ氏 知ろーか
ひよこ組 さんへ
どうもありがとうございます。
異伝 if せよ、ジョセフィン・テイ。
女史は1950年代に亡くなってますね。
お、邪馬台国とは、なるほど深い意味があったわけか…
いや、どうもぐるぐるまわっていけません。
posted by コリバノフ | 2008-05-06 21:58
カロージ氏 知ろーか
ジョセフィン・テイ・邪馬台国の秘密?どっちかというと好みとしてはスリーピング・マーダーをイメージするんですが管理人さんには(笑)
役に立ったようで光栄です(笑)
あのページがこのようにつながるとは・・・。俺も少し興奮しました(笑)。自分は「カーペット」の時代がよくわからなかったんでもうちょっと単純な見方をしてましたが、グラフに沿って考えると確かに1910年代前半というのはモダン派とともに「カーペット」が発展していたように感じます。ホント素晴らしい推理ですね。これを叩き台にして検証していくことでより緻密な議論ができるかと思います。
でも、この推理を読ませてもらって今度は「カーペット」を殺した真犯人はトラップでもなく、ルール改正でもなく別にいたのではないかと更なる疑惑が出てきました。実は既に「カーペット」は死んでいたんじゃないかと。ホワイダニットかと思ったら、フーダニットだったのかも(笑)「カーペット」殺人事件の真犯人は?
管理人さんも既に気づいているのでは?
なので次のネタばらしになったらすみません(笑)・・・恐らく犯人は「戦争」じゃないでしょうか?「大戦」を絡めての論考はないですが参考までに。
http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/FWWfootball.htm
http://www.cwgc.org/glorydays/halloffame_ww1.html
「1914年、5,000人以上の男子プロサッカー選手がいた。そのうち、2,000人が軍隊に入った。記録は不確かだが、多くの選手が殺され、重症を負ったと私はみている。」
長く中断したのもあっただろうし、選手が戦死や負傷でいないことで組織的な連動性が必要であった「カーペット」は致命的なダメージを受けたんではないでしょうか。戦争が終わり、中断明けには、さして連動性を必要としないロングボール戦術が好まれ、対処法にこれも簡単な「トラップ」が使われた。もちろん「カーペット」は生き残ってはいたものの青息吐息だったのでは。改正直前はゾンビ、若しくは脳死状態だったのではないでしょうか。なんかこういうプロットありましたねぇ。ネタバレになるので言いませんが。
記者やマイスルが望んでいた「旧式」とは本来は「カーペット」時代のものなんじゃないかと。戦後「カーペット」を求めてサッカー人は実は暗中模索したがトラップの頻度が増え、得点の少なさに耐えかねて禁断の「オフサイド改正」という改悪によって望みもしないロングボール多用状態になってしまった?
大雑把な仮説ですがあり得るように思いませんか?。じゃ、なんでマイスルは「大戦」に言及しなかったのか・・・そこんところが合わないんッスが忘れたか、知らないか、記憶をすり替えてしまったか、若しくは認めたくなかったのか・・・わかりません。
posted by ブランク | 2008-05-06 23:53
返.カロージ氏 知ろーか
ブランク さんへ
時の娘を手本に邪馬台国の秘密ができたそうで。
> これを叩き台にして検証していくことでより緻密な議論ができるかと
ぜひ異論を展開してください
戦争、大きく影響したでしょうね。
非常に残念なことですが、一番の大物かと思えるアマのビビアン・ウッドワードは、戦争のとき三十代後半でしたから、そのころのけがでまだしもっていう気もします
Ruhleben POW camp ってやつですねえ、いろいろありそうなのは。
映画になった?
スティーブ・ブルーマーとかはすでに指導者だったようですが、抑留者リーグに出場したとか。
ただWW1と2では、影響度合いが大きく異なるだろうという気もします。たぶんマイスルとかにとっても。
> 既に気づいて
解答の一つはいわゆるアンチ・ミステリといいますか、洞爺丸…
>「旧式」とは本来は「カーペット」時代
そのとおりでしょうね。
論述を期待します、ありがとうございます。
posted by コリバノフ | 2008-05-07 00:25
カロージ氏 知ろーか
なるほど虚構ではないですからね。
あくまでも事実ですから。
チーム全体で入隊したという記述もありますし、その時はサッカーどころじゃなく、サッカーが壊れてしまってもそんなのは二の次だったんでしょうね。
国民皆兵という状態となれば当然、運動能力の高い人間ほど役に立つ。真っ先に狙われるのはスポーツ選手ですからね。戦争はイヤですね。
posted by ブランク | 2008-05-07 01:01
返.カロージ氏 知ろーか
ブランク さんへ
ありがとうございます。
> 真っ先に狙われるのはスポーツ選手
イギリスだと第二次大戦のRAFチームがありますね。
詳しく知りませんがあれはプロ選手保護の考えがあったのでは。
posted by コリバノフ | 2008-05-07 21:01


