2008年05月01日
◆ 2バック≒4バック
2プラス2は、いついかなる時でも4である — 「思考機械」(ジャック・フットレル) — イングランド衰退を危惧したFAの処方案は「元に戻せば国際試合の結果が好転していくだろう」としていました。「元」とは三人オフサイド規定でのゲーム、あるいはそれにマッチしたスタイル。で、それはどんなものか? それと対峙する、1925年のオフサイド改定によって出現した新型、サード・バック・ゲームのことを、マイスルはこんな表現で描写しました。 「相手のウィングをマークしてタックルを仕掛けるのは、もはやウィングハーフではなかった。サイドに移動したフルバックの任務だった。そしてストッパーに加えてウィングハーフ、インサイドフォワードの一方、または両方が中央をカバーし…」 これをひっくり返せばそれまでの2バック、2−3−5フォーメーション、旧式のやり方になるでしょうね。フルバック二名は中央の守備者で、ウィングハーフが相手のウィングにあたる… 通常だと2バックはふたりのゾーン・ディフェンスだとされます。しかし結局は四名ゾーン守備になるとも受け取れるものですね。
この2バックは…、まあ2バックとは言わないみたいですけど。もともとのオーソドックスだという感じで、旧式とか称するのが実際に一般的だった感じに読めます。そこらへん、2という感覚が本来希薄だったことを暗示しているかもしれないですね。 ウィングハーフは、相手ボールになれば両翼の守りに入るのだということ。これは強弁すれば4バック。というよりも、2バックを発達させたチームすべてが、原理は4バックの一種になっていたと考えてもいいのでは? さらにセンターハーフも戻ってくる、そうなれば五人防御態勢、そこにインサイド・フォワードも加わわったりすれば、これはかなり守れたでしょうね。必ずしも攻撃偏重とは限らない。 このかたちは背番号の変遷で触れたウルグアイ型。それが2バック発展の典型、普遍的ともいえるものだったかと感じますが… ● 進化型旧式想像図(百年前? もっと前?)もう少し左右のウィングハーフが前めに位置する方が観念に合うかもしれないですね。そこらは相手とか臨戦態度によっても違ったでしょうし、ほかにも変化は多かっただろうと想像します。 それがオフサイド改定によって(?)フルバック、ウィングハーフ横並び的な守備になる、かな。 ● どうしてWM? これは謎ですね。いえ、世間一般的にはなんにも不思議ではありませんよ。勝手に謎をこしらえてしまった不埒者たちがいたらしいというだけです。史家のみなさまには申しわけないことに思えますけど、別に気になさってないからいいでしょう。 日本フットボール学会というものがあるそうですよ。しかしかつて巷では、地位も資金も手段もない不見識な貧乏人たちが、日本がくっつかない単なるサッカー好古楽会っていうのを組織していたって噂もありましたよ? もう消滅しちゃったかもしれませんけどね。その楽会の昨日分会では、なんでも2から3への増加より、4から3への減少を問題にしていたといいますね…? 2バックのゾーン守備は、すでに原理が4バックに発展していたのだとしたら、なぜ一般論としてサード・バック・ゲームにしなければいけないか。そこが、どうにも現状にとらわれすぎてしまっているためなのか、理解しづらいらしいんですね。 まあ単に頭がわるいだけのことでしょうが、困りものです。単純に割り切らないと説明のための説明がうまくできませんからね。そうした困ったことになってしまうのは、学会ではないからといって説明を軽視する風潮がよくなかったんだと思いますけどね。 しかし流行とかもろもろ夾雑物がないものと仮定して考えてみると、4バックからWMにする意義はたしかに薄い感じもします。2から3で説明しきれるとしたら、それは英国的な状況のときだけなのかなっていう気にもなりそうですね。 ● フォーメーション図 昔の話っていうのはプレーぶりをあまり具体的に明らかにしてくれないなという印象を受けますね。 でも人員配置図はときどき見せてくれたりします。発達史なんかでこういう図が並べてあるのを見ていくときは、ディフェンダーの人数が順番に増えていくのが楽しみだったりします。その美しさに気を取られて、1926年ころまでは二名だけのゾーンディフェンスをやっていたんだと、つい納得というのか、ま、無視してきましたよ。ふたりから三人、そしてもっと後に四人。きれいです。 だがもしやと、今さらですが… オフサイド三人であっても、フォワード五人が標準だったということですからね、ふたりで守るなんて通常のかたちならあり得ません。 ウィングハーフが相手のウィングをマークするっていわれてみると、そりゃあたしかにそのはずだと思いますね。1920年代の海外サッカー強国がそうしてなかったとは考えづらいですよ? そういえば昔の日本では、サッカーの本にだってちゃんと書いてありましたね。単にそれを読まずに通り過ぎてしまっただけのこと… だけど日本では、ウィングハーフがあまり外側まで開ききらなかったような。インサイドフォワードが前線張りつき型というか、前後の距離が割合に伸び気味のスタイルだったかもしれませんね。 単にニュアンスでしょうか、二名守備から必然的に三人守備に移行するっていう解説には引っかかるものがあります。3バックも4バックも並行していろいろだよって説明なら、ああ何も昨今と変わることはないのかと、健やかに納得だったかもしれませんね、たぶん。 このあたり、実際のプレーはどんなものだったのか、英国以外の強国の試合内容を具体的に記した資料をご存知の方はいらっしゃいませんか? 特に中欧諸国と南米三か国が重要そうですね。国際大会ならばウルグアイが初出場初優勝する、旧オフサイド時の1924年オリンピック。それから新オフサイド下でアルゼンチンが登場する次の五輪、さらに1930年初回ワールドカップとかでしょうかね。 ● 生い立ちと転落 — センターハーフ 十九世紀、2トップ+2ウィング×2の六名攻撃陣が普通だった時期があったといいます。ドリブルをしていくだけでなく、パスを交えて工夫するようになっていた時代でしょうか。 このときでも、残りの四人では守りきれないと思っちゃまずいでしょうね。当然フォワード六名から幾人かが下がるわけですから、これはこれなりに勝負になったことと思います。 六名フォワードのふたりのセンターフォワードから一名、常時後方へ下げることにしてセンターハーフの誕生だと伝わります。 これで即座に中盤の誕生とはいえまいと思いますが、センターフォワードの血統を引く攻撃的な中心選手がともかくも発生したわけで、その進化型がマイスルたちにとっての本物のセンターハーフということですね。 ところが才能にあふれたセンターフォワードの兄弟だったものが、ふるさとイギリスにあってはさらに沈んでいき、その結果がストッパー・センターハーフです。あろうことかフルバックよりも後方にいることが普通になるまで沈没しきり、それが象徴するやり方がサード・バック・ゲームとして流行しました。 もはや誇り高い生まれを思い出してくれる人もいません。幸せな、相手センターフォワードを四六時中マークして働き、それなのにこんなことまで言われてしまうように… 〜、本質的にはそうではない。一番易しいポジションが「ストッパー」だと思う。ストッパーは主に壊す能力で評定される。相手をマークし、タックルし、ヘッドして、キックして、ボールを遠ざける。それは比較すれば簡単だと言えよう。至当なプレーをすること、つまり建設的にサッカーをするのと較べれば単純なことだ。 さらに言えば、たいていのセンターフォワードが中央でパスを受ける。これが意味するのは、通常は振り向かなければゴールへ向かえないということだ。こうしたハンディキャップを負った相手をくい止めるのよりももっと簡単なこと、そういうものは何かほかにあるのだろうか。 — 「サッカー・レボリューション」(ウィリー・マイスル)—
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この記事に対するコメント一覧
◆ 2バック≒4バック
これが、兄貴の言ってた変わったブログですね。
以下のアドレスに3バックは2バックの進化形だから、日本もオリンピック直前でWMシステム習得できたってなってますよ。
多分知ってるんでしょうけど、読み損ねたんじゃないですか?
兄貴と同じく、今後は黙って、暇があったら読ませてもらいます。
http://www.2002world.com/history/japan/jh_028.html
posted by 理解 | 2008-05-01 21:36
返.◆ 2バック≒4バック
理解 さんへ
どうもありがとうございました。
中倉一志さん、存じませんでした。
いや、中倉さんに限らず、ほとんどどなたも知らないんですけどね。
ほかにもなにかあれば、ご教示いただけると嬉しいです。
でも二部のノッツ・カウンティは除けておいて、とりあえずニューカッスルを肴にしておこうと思いますよ。
ご紹介いただきました1936年7月29日付東京報知新聞と、その次ページの竹腰重丸さんの寄稿の対比が興味深いですね。重ねて、どうもありがとうございます。
兄上様にも御礼申しあげます。
ベルリン五輪は日本、ノルウェー、ペルーがセンセーションだったようですね。日本の新聞だけでなく広報誌でも、やはり原則としてプレーぶりは紹介されてませんが、この練習試合の印象は参考にすべきかもしれないですね。
報知
「この練習3試合を終わって、… 中略 … バッカーセンを除き、いずれもベルリンの一流チームだが、ともに勝てる試合を失った感がある。… 中略 … 当地一流のプレーヤーも高く評価している。フォーメーションもプレーも似たようなもので、ボールのキープは一段優れている。ゴール前の寄せは日本がはるかに鋭い」
竹腰氏
「我が代表が他国より優秀な点を持つとすれば、前にも触れたように鋭い動きを持つこと、並びに90分間に出し得る活動量の多いことくらいであって、技術の巧みさも馬力の強さも水準を抜くものではなく、したがって戦法としても優れているということは出来ない」
またよろしくおねがいします。
posted by コリバノフ | 2008-05-01 22:51
◆ 2バック≒4バック
管理人さんはやっぱり面白いですね(笑)博覧強記がなせる業・・・俺にはマネができません(笑)
ウルグアイの背番号とポジションの関係は、そういう説明ができるのかって感心しましたが、逆にアルゼンチンとブラジルはどうしてなの?って思っちゃいました。
ちょっと考えたんですがアルゼンチンとブラジルはサイド攻撃が多かったんじゃないッスかね。守備側はウインガーにウイングハーフをあてて守る。そしたらウィークサイドができてマークがずれる。ウィングハーフがインナーを見るために中央に絞るから、フルバックがサイドに余るんじゃないかと。マンマークで守ってるとしたらですが。一方でウルグアイはそこを絞らずにゾーンぽく守って、当初のポジション通りにあてたってことかなあと。
日本フットボール学会ってあるんですね。知らなかった。日本にはもっとたくさんそういう集まりってありそうですね。
マニアックな人が多そう。
センタハーフが元のセンターフォワード・・・MMになると更にまたそのセンターフォワードが下がる。どんどん下がっていきますね(笑)更に、現状、トップ下をおかなくなってきてる。ま、初めのストライカーの配分が多かったってことなんでしょうがそう見ると確かに面白い。勝つためにどんどん後退する、ちょっと見、パラドキシカルかな(笑)
posted by ブランク | 2008-05-02 15:35
返.◆ 2バック≒4バック
ブランク さんへ
こちらにもどうもありがとうございます。
> 博覧強記
近年の情報化にはついていってませんよ。圧倒的に知らないことのが多いです。上の中倉さんも全然知らなかったし、先端的英知にまったく通じてない、だから平気で昔のことを考えてるわけで…
> 逆にアルゼンチンとブラジルはどうして
申しわけないことに南米関係はまるっきり調べてないので、ほとんどすべて旧来の乏しい常識からの憶測です。
ブラジルでのWM流行も昨年になって親切な方から教えてもらったばかり。スイスとかで指導をしていたハンガリーのイジドール・キュルシュナーが、WMを理屈とコーチングでリオデジャネイロに持ち込んだ、とのことです。
ブエノスアイレスは、対岸のモンテビデオと異なりブラジルと似た状況があったのかもしれないですよ。
3・2・4の南米背番号風WMがなかったか、ご調査をおまかせします。おもしろそうです、非常に。
アルゼンチン、ブラジルは、日系の人を含め詳しい方がたくさんいるはずなので、掘り起こすのはさほど困難ではないでしょう。
> センターフォワードが下がる。どんどん下がって
ハンガリーで喧伝された、今風にいうとゼロ・トップですか、あれもマイスルなどの描写から推すと、同系統のものがすでに組み込まれていたみたいです。パラドキシカルというよりスパイラルか、それよりも転生輪廻とか単に復古、なんていう…
ではまたオフサイド・トラップ問題再考や中欧南米事情など、検索して説明妙案をお願いします。
posted by コリバノフ | 2008-05-02 18:09

もう少し左右のウィングハーフが前めに位置する方が観念に合うかもしれないですね。そこらは相手とか臨戦態度によっても違ったでしょうし、ほかにも変化は多かっただろうと想像します。
それがオフサイド改定によって(?)フルバック、ウィングハーフ横並び的な守備になる、かな。
● どうしてWM?
これは謎ですね。いえ、世間一般的にはなんにも不思議ではありませんよ。勝手に謎をこしらえてしまった不埒者たちがいたらしいというだけです。史家のみなさまには申しわけないことに思えますけど、別に気になさってないからいいでしょう。
日本フットボール学会というものがあるそうですよ。しかしかつて巷では、地位も資金も手段もない不見識な貧乏人たちが、日本がくっつかない単なるサッカー好古楽会っていうのを組織していたって噂もありましたよ?
もう消滅しちゃったかもしれませんけどね。その楽会の昨日分会では、なんでも2から3への増加より、4から3への減少を問題にしていたといいますね…?
2バックのゾーン守備は、すでに原理が4バックに発展していたのだとしたら、なぜ一般論としてサード・バック・ゲームにしなければいけないか。そこが、どうにも現状にとらわれすぎてしまっているためなのか、理解しづらいらしいんですね。
まあ単に頭がわるいだけのことでしょうが、困りものです。単純に割り切らないと説明のための説明がうまくできませんからね。そうした困ったことになってしまうのは、学会ではないからといって説明を軽視する風潮がよくなかったんだと思いますけどね。
しかし流行とかもろもろ夾雑物がないものと仮定して考えてみると、4バックからWMにする意義はたしかに薄い感じもします。2から3で説明しきれるとしたら、それは英国的な状況のときだけなのかなっていう気にもなりそうですね。
● フォーメーション図
昔の話っていうのはプレーぶりをあまり具体的に明らかにしてくれないなという印象を受けますね。
でも人員配置図はときどき見せてくれたりします。発達史なんかでこういう図が並べてあるのを見ていくときは、ディフェンダーの人数が順番に増えていくのが楽しみだったりします。その美しさに気を取られて、1926年ころまでは二名だけのゾーンディフェンスをやっていたんだと、つい納得というのか、ま、無視してきましたよ。ふたりから三人、そしてもっと後に四人。きれいです。
だがもしやと、今さらですが…
オフサイド三人であっても、フォワード五人が標準だったということですからね、ふたりで守るなんて通常のかたちならあり得ません。
ウィングハーフが相手のウィングをマークするっていわれてみると、そりゃあたしかにそのはずだと思いますね。1920年代の海外サッカー強国がそうしてなかったとは考えづらいですよ?
そういえば昔の日本では、サッカーの本にだってちゃんと書いてありましたね。単にそれを読まずに通り過ぎてしまっただけのこと…
だけど日本では、ウィングハーフがあまり外側まで開ききらなかったような。インサイドフォワードが前線張りつき型というか、前後の距離が割合に伸び気味のスタイルだったかもしれませんね。
単にニュアンスでしょうか、二名守備から必然的に三人守備に移行するっていう解説には引っかかるものがあります。3バックも4バックも並行していろいろだよって説明なら、ああ何も昨今と変わることはないのかと、健やかに納得だったかもしれませんね、たぶん。
このあたり、実際のプレーはどんなものだったのか、英国以外の強国の試合内容を具体的に記した資料をご存知の方はいらっしゃいませんか?
特に中欧諸国と南米三か国が重要そうですね。国際大会ならばウルグアイが初出場初優勝する、旧オフサイド時の1924年オリンピック。それから新オフサイド下でアルゼンチンが登場する次の五輪、さらに1930年初回ワールドカップとかでしょうかね。
● 生い立ちと転落 — センターハーフ
十九世紀、2トップ+2ウィング×2の六名攻撃陣が普通だった時期があったといいます。ドリブルをしていくだけでなく、パスを交えて工夫するようになっていた時代でしょうか。
このときでも、残りの四人では守りきれないと思っちゃまずいでしょうね。当然フォワード六名から幾人かが下がるわけですから、これはこれなりに勝負になったことと思います。
六名フォワードのふたりのセンターフォワードから一名、常時後方へ下げることにしてセンターハーフの誕生だと伝わります。
これで即座に中盤の誕生とはいえまいと思いますが、センターフォワードの血統を引く攻撃的な中心選手がともかくも発生したわけで、その進化型がマイスルたちにとっての本物のセンターハーフということですね。
ところが才能にあふれたセンターフォワードの兄弟だったものが、ふるさとイギリスにあってはさらに沈んでいき、その結果がストッパー・センターハーフです。あろうことかフルバックよりも後方にいることが普通になるまで沈没しきり、それが象徴するやり方がサード・バック・ゲームとして流行しました。
もはや誇り高い生まれを思い出してくれる人もいません。幸せな、相手センターフォワードを四六時中マークして働き、それなのにこんなことまで言われてしまうように…
〜、本質的にはそうではない。一番易しいポジションが「ストッパー」だと思う。ストッパーは主に壊す能力で評定される。相手をマークし、タックルし、ヘッドして、キックして、ボールを遠ざける。それは比較すれば簡単だと言えよう。至当なプレーをすること、つまり建設的にサッカーをするのと較べれば単純なことだ。
さらに言えば、たいていのセンターフォワードが中央でパスを受ける。これが意味するのは、通常は振り向かなければゴールへ向かえないということだ。こうしたハンディキャップを負った相手をくい止めるのよりももっと簡単なこと、そういうものは何かほかにあるのだろうか。
— 「サッカー・レボリューション」(ウィリー・マイスル)—

