2009年04月17日
マラドーナが11人のチームなら勝てる
同じ人間がふたりといない現実の世では、そんなことはありえない空想であり、単なる仮構にすぎません。とはいえ、こうした話はときおり出てきたりもします。そしてマラドーナだけでは駄目なんだと、一般的にはそういわれますよね。しかし、ほんとにそうなのか? 空想のお話です。
マラドーナは、ゴールキーパーとしては問題かもしれませんね。でも、運動神経がずば抜けたマラドーナなら、ゴールキーピングも背が低いなりに好プレーを見せてくれそうです。ポジショニングには天賦の才があるし、たとえばワールドカップのソ連戦で確認できるように、腕の使い方も素早く巧妙です。空中戦はどうか? 「神の手」と称されたりするイングランド戦のゴール時には、晩年のシルトンよりもはるかに高くジャンプしていました。どうにもならないシーンはあるでしょうが、わりといけそうにも思えます。 ディフェンス面でもマラドーナは優れていました。相手との奪い合いでのからだの使い方は、やはり天才と呼ぶにふさわしい。駆け引きの点でも特上。普通、本当にうまい人というのは、攻守両面でうまいですからね… でも、こんなことはたいして重要ではなさそうです。仮に、同じ選手を11人そろえられるのだとしたら、考えが一致するはずだというのが一番のポイントです。テレパシーなどは存在しないことになっていますが、この架空のチームでは、常時すべての選手の思考が同じ。 そんなチームがあれば、その11人がマラドーナに遠く及ばないテクニックの選手であっても、この世で最強のチームになれるのではありませんか。ほかにはテレパシー・チームが存在しないとしたら。 今季、イタリアでジェノアが非常にチーム力を発揮できているのも、個々の選手の素晴らしさや3バックの効果によるというよりも、攻守両面でコンビネーションが優れていることが大きいなと感じます。 たとえば岡田監督も、「代表のコンセプトを理解している選手」といった意味合いのことを仰る。これは、当然テレパシー・サッカーの水準よりはるかに低い段階でのことですが、瞬時に同じ考え方をできるチームにしていこうという意識の表現ですね。実際には同じことを考える人間はいませんが、同じ前提から考え始めるようにすると、他人の思考の筋道がわかりやすくなるのは事実です。結論は別になったりしますけどね。 逆に、同様の思考パターンを持つ人間の集団では、みんなが同じように特定のポイントを考えないという現象も起こり得るので、どうもいいことずくめではないのかもしれません。しかし、サッカーの試合で実際に生ずる困難というのは、個人の技術的なミスを別とすると、チームメート同士に発生する大小の食い違いによることがほとんどです。あいつがこうしてればとか、彼がそうするのがわかっていれば自分はこうしたのにな、とか。 バルセロナのインプロビゼーション。日本も真似できる http://www.plus-blog.sportsnavi.com/ports/article/217 昨年、上記の末尾で触れたように、「コンビネーションとはチームメートの考えを推し量る能力」だといえるでしょう。コンセプトを一致させようというのも、パターン練習を繰り返したりするのも、攻守に考えを一にして、コンビネーションを磨こうとするものですね。最近は守備面でのコンビネーションばかりが取沙汰されがちな気もしますが、攻撃に際してもコンビネーションはよりいっそうの力を発揮します。 11人の玉田選手からなる日本代表チームができれば、ワールドカップで優勝できる?
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マラドーナが11人のチームなら勝てる
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同じ人間であっても
違う位置で見ていれば、違う考えを持つと思うので、
マラドーナがたくさんいてもコンビネーション悪そう・・・
posted by ひー | 2009-04-17 13:21
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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マラドーナが2人以上いたら各々が自分以外の存在は認めないでしょう。自分と並ぶ人間は排斥し、自分のチームを作っていったのがマラドーナ。
posted by mar | 2009-04-17 13:47
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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同じ選手が11人…
プレーの多様性も意外性もなくなってしまうでしょう。
無意味な考察だと思います。
posted by abc | 2009-04-17 16:28
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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ファンバステン11人対マラドーナ11人ならファンバステン11人が圧勝でしょう。なんかの雑誌でドナドー二がファンバステンが練習で人が居なくてDFやった時、全然歯が立たなかったと言ってました。
posted by プ二 | 2009-04-17 17:54
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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● ひー さんへ
ありがとうございます。確かに、分裂症気質の人もいるといいます。でもそれは、今回は例外と仮定します。24人のディエゴ・マラドーナというのもおもしろそうですけどね。
マラドーナは、チームメートとの連係プレーも優れていました。味方の考えを推し量る能力に長けていたのでしょう。そんなマラドーナが11人そろえば、反対側のコーナーに位置した2名でも同じ考えになりそうです。
そしてマラドーナでなくとも、ほぼ考えを一致させられますよ、きっと。同じ人間が同じ試合に臨むと空想したわけですから。
● mar さんへ
ありがとうございます。マラドーナという名前にまつわる風評から連想するのだろう思い込みが、少々強すぎるのでしょうかね。それならば、マラドーナが、「自分のチームを」、同人格の自分11人でつくりあげたと想像してみてください。そういう仮構を提示したつもりでした。
● abc さんへ
どうもありがとうございました。なにか意外性あるご考察を暗示してみたいのでしょうか。残念ながらそれを理解できませんでした。
「プレーの多様性」や「意外性」、それは誰に対してのものなんですか?
自分のチームメート用??
同じチームの選手同士がそれぞれ味方に向けて意外性を振りまき、個々の多様な思考だか感性だかに拘泥したプレーを展開し合ったとしたら、それはそれは凄惨なコンビネーション、むごたらしいチームワークになるでしょう。実際にそうしようとするサッカー・チームはありません。
まさに無意味ですね。
● プ二 さんへ
ありがとうございます。時代がかなり重なる二選手の比較は、その個性が違っていてもやりやすいかもしれませんね。同時期にプレーしていたドナドーニ監督なら両名を比較しやすいはずですが、一方の評価を持ち出しただけでは不足かなと、そんな気がします。
わたしは実物のマラドーナを親善試合でしか見たことがなく、ファン・バステンにいたってはテレビのみです。そんな程度でふり返ってみた偏見ですが、どちらも特筆ものの選手ながら、マラドーナの方がプレーヤーとしてかなり優っていたなという気がします。
posted by コリバノフ | 2009-04-18 00:00
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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>コンビネーションとはチームメートの考えを推し量る能力
それも、試合では、瞬時に、反射的に、ですよね。このテーマに限って、サッカーをやっている/やっていた人の方が、理解し易いと思います。技術とかスピードとかスタミナとかパワーとは全く違うタイプのスキル。それは、サッカーを司る中枢部にあるような・・・。
これを鍛える為にも、練習で何度もお互いがやれる事、やりたい事を確かめあう訳ですが、正直、面倒くさいな、と思った事も何度かありました・笑。でも、試合中にチームメイトのやりたい事を読んで、それを利用して・笑、自分のやりたい事が出来た時は(その逆も、もちろんありますが),
一番「チーム」というものを強く感じていたような。超能力ではありませんが、チームメイトと、お互い息を合わせながら、何手か先まで読んでいないと、コンビネーションがずれかかった時に修正出来なくなります。・・・でも、そういう事が互いに意識できている時は、きまって、チームメートも、自分も、凄く調子が良い時でした。以心伝心、一心同体。難しくて、なかなかうまく行きませんでしたが。
私だったら、ファルカンx11ですね・笑。もっと手堅く、ベッケンバウアーx11でも良いです・笑。
それから、シュビムワーゲン。私が小学生の時に、初めて色まで塗ったプラモデルが、シュビムワーゲンでした!
posted by sinfonia | 2009-04-18 06:39
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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sinfonia さんへ
ありがとうございます。なるほど、実態を想像できないと、意義がまるでわからなかったりという場合も多そうですね。イマジネーションを当てにしすぎました…
最近、「連動」という語が復古してきた感もありましたけど、その受容についても原始的な誤解が存在するかもしれません。
無数にあり得る動きの組み合わせを何種類も何種類も練習して記憶した結果、試合の一局面でその中の適切な一つ、たとえば「パターン88号」とかを引っぱりだせるのではという想像などが、昔も一部にありました。セット・プレーの連鎖からなるアメリカン・フットボールなどに影響されただろう考え方ですね。
そうであったら、もはや面倒くさいなでは済まなくなってしまい…
もしかしたら今は「システム」思考でしょうかね。3-3-3システムにあっては、「ここにあてはめられた選手の動きはこれこれのパターン」だといったように。
ともかく、進歩史観は少なくともコンビネーションの面では妥当を欠くようです。微量の進歩はあったのかな? いや。
「x11チーム」がほかになければ、自分の分身11名でもけっこう上までいけそうな気もしてきます。
シュビムワーゲンは安いわりにかっこいい、お買い得品だった印象ですね。色を塗ってこそですが、正直、手間でもあります。それに費用もばかにならないし。無塗装に終わった戦車も多かった…
二十年くらい前、突如思い立ってタミヤのシュビムワーゲンを買いにいきました。そして迷彩ではなく、調合したブルーと、シルバーの2トーン、クリア塗装をしてみました。水陸両用のレジャー・ビークルです。結果、まるで重量感ゼロの玩具然とした見映えになってしまい、センスが狂っていたなとがっかり。タイヤの加工なども必要でしょうね。
よさそうな配色を考えて再びとも思いましたが、その後、全然やる気が復活しません。
posted by コリバノフ | 2009-04-18 09:31
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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久しぶりに来たら面白そうな話題が。サッカーって点を取るスポーツだよね。戦術的な面を除いてもマラドーナ×11と点の取り合いをしたら勝てるチームはそう無いと思うけどな。一人に2人付けられないしオープンにやったらハンドボールやバスケみたいになって点が取れない方が負けるような気がする。ポトレーロの名手はボールを取るのも上手いと兄貴も言ってたし。まあ、割り切ってゲームを殺し完全にゴール前を固めてカウンターなら勝てるかな?どうかな?
管理人さんの意図としても、試合中どれだけ自分の狙いを相手に悟られずに仲間に伝えるのが大変か分かる人は分かるよね。デコイの動きをしたのに誰も活かさないとか、自分が使う積りでスペースを作ったのに潰す奴が居るとか使わせる積りでも使わない奴がいるとか。言葉に出して「走れ」って言ってパスしても「誰が」「どこに」「どういう動きで」ってのが仲間が分からないとコンビネーションにならないしね。しかもこれが連続しないとチャンスにならない。まあ、同じ人間で困るとしたらシュートの局面でかぶる可能性があることかな。「俺が打つ」と。
sinfoniaさんとタカさんはこの前のコメントでは失礼しました。お二人とも悪気があったと思ってはいないです。僕は真面目なサッカーファンに誤解されると僕が嫌だなと思っただけで。良く分からない人なら無視してます。
さて、休みに寝てばかりいる奴起こして遊びに行くかな。
posted by 指定席 | 2009-04-18 11:16
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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決まり事をチームみんなで順守する事、では無いですよね。チームメートの考えを推し量る能力、というのは、むしろ、試合中に閃きを共有する為に必要な能力ではないか、と。フォーメーションの確認の為に練習中に話し合う事はあっても、閃きの共有というのは、話しあえば出来るようになるものでもなかったような。日頃から、チームメイトの動きを見ながら、何が出来て、何をしたがっていて、どこまで自分を理解してくれているのかを意識すること=チームメイトを確認する事しか、試合で閃きを共有する為の準備方法は無かったような気がします。「自分の練習だけに没頭するな。仲間の練習をいつも見ていろ」と、良く言っていました、本業が教会の神父だったコーチが。今はどうしているのか・・・。
コンビネーションというカタカナは、厄介です。組み合わせ、とか、2人で一緒に何かをする、とか、合わせ技、とか余計な事を想起させる言葉でもありますよね。まだ、合わせ技、ぐらいなら、許せそうです、この場合は。
シュビムワーゲンは、配色を選ぶ車だと思います・笑。定番ですが、ほこりっぽさを意識した、カーキ色がベースの迷彩色系が、やはり、一番喜ばれるかな、と・笑。タイヤをあえてツヤツヤに塗装しないのもポイントだと思います。凄く懐かしいです・笑。
posted by sinfonia | 2009-04-18 17:18
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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指定席 さんへ
ありがとうございます。おもしろくて幸いでした。こんな空想はつまらないと感じる方が多いようです。わからない人は例外として、意味がすぐにわかる人でも、逆に当然のことだからおもしろくないと思ったりするそうなので。確かに…
ところでポトレーロとは何でしょうか?
テレビに出てくる一流の試合にも、プレーの完全な調和は少ないですね。やはり他人同士が連動するのはたいへん難しいし、今だに決定的な指導手法もないということでしょうか。特別に息が合う選手同士の組み合わせなどを別にすれば、繰り返ししかないのかなと思えます。
しかし、他人の意図を読みとる能力が低い選手だと、結局は試合でほんとうの協調を達成しづらいもので、練習にもある程度の限界はあります。
ブログなどでの意見交換内容も、相手の意図を推し量る能力に大きく左右されますね。
そして、気楽に思いつきを公開できる様式がでてきたのは喜ばしいことですが、弊害も…
sinfonia さんへ
ありがとうございます。やはりシュビムワーゲンは砂漠向けのダーク・イエローでしょうね。あくまでもオフロード用ですし。とはいえ、近い時期のビートルや356などに通ずるところもある雰囲気の外観は、自家用車としてもおもしろそうでした。乗り心地は悪そうですが。
カラーリングを別として、自分の唯一の工夫は、フロントに乗せる予備タイヤを排し、くぼみをパテで埋めて自然な造型に直すだけだったので、足まわりがどうにもトラクターでした。アルミ・ホイール風にして、ラジアルタイヤ化すれば、かなり見れるスタイルになったかもなとか思います。
コンビネーションは、事前の決めごとだけではだめですね。流れの中での判断を一致させ狙いを共通にする、まさに閃きの共有といったものによる状況判断込みの連動ですから、選手同士で事前作戦会議を開いておいても、たいして役に立たないともいえます。「仲間の練習をいつも見ていろ」というのは重要ですね。
こうしたことが、近年いわれる、短い「サイクル」とやらには向かないために、ほかのことなどの影響とあわせ、コンビネーション面での退化が始まりつつあるのかもしれません。どう変化していくのか。
posted by コリバノフ | 2009-04-19 00:07
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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前に兄貴から聞いた言葉そのまま使っちゃっただけで僕も良く知らないんだけど、「ポトレーロ」ってアルゼンチンのストリートサッカーの事らしいよ。バトルロイヤルみたいな感じで、とにかく最後までボールを持ってた者勝ちだと。奪い合いだからキープ力とボール奪取力それに判断力が養われるんじゃないかな。
使う言葉は選ばないとね。相手に伝わるように。
posted by 指定席 | 2009-04-19 01:05
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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指定席 さんへ
あろがとうございます、土着的な草サッカーの一種なんですね。ゴールなしが普通ということですか。それは、一回だけの得点で勝負が決まる、英国の原始フットボール的な感じもしますね。手を使わないにしても。
posted by コリバノフ | 2009-04-19 08:02
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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還元的に見がちなんッスかね。
「決まりごと」って言ったとき、パターンなのか、コードなのか。
このコードっていうのが縛っているようでコードを入れ替えてやったり、視点を変えればかなり幅をもってる。
ホント「連動」って言葉をもう少し厳密に定義づけると面白いと思うんだけど。俺なんかにわかりやすく解説してくれればなぁ~って、ジャーナリストの中の人が(笑)
進歩派としては、ダイナミズムを含んだ還元論ってのはアリじゃないかと。ただしあくまでも状況に規定されるっていうことを前提に。で、再構築はアナログ的手法になったとしても、とっかかりにはなるんじゃない?
結局、焦点はコーチ個々の選手への働きかけ・・・指導でのチーム構成力なのかな?オートマティズムって言ったとき、実際、フィールドで表現するのは選手だけど、フィールド外から有能なコーチが視て、指摘していくことでよりいっそう「絵」が見えてくる。それが観客にもわかるようになるほど、完成度が高くなるんじゃないかと思う。
自分は、そんな紡いでいく(構築かな)過程を見るのが楽しいって思う感覚を大事にしてるけど。このマラドーナ11人無理ってのはあまり選手の意識ってのに注意を払っていないからで、すぐ「結果だせ」って完成品(レディーメイド)を好むせいなのかなと。っていうのは、今の東京を見て、そんな声が増えてきてるように思うんだけど・・・ある意味、代表と同じ。ただ相手にしてる層がサッカー見ない人へのアピールなら「完成品」じゃないと、ってなら、しょうがない。けど、面白いサッカーって考えたら当然リスキーになってくるもの。生みの苦しみだと思うんだけどなぁ・・・。ま、でも勝ってくれないとストレス溜まる一方で、ブーイングも確かにわかるんだけど(笑)
それから、この11人の話は、なんかスティービー・ワンダーをふと連想。「ホッター・ザン・ジュライ」とか今、聞いてもいいんだけど・・・。
それからシンクロとかも比べてみると面白いかも。双子だからシンクロニシティが際立って見えるかもしれないけど、双子じゃなくても十分、観客を魅了する演技ができるわけで、デュエットが双子だらけの大会になっていないのは共通認識を研ぎ澄ませばどんな他人だって可能性があるからでしょ。
要はもうちょっと「連動」ってことを多角的に見るってことなんじゃないかと。確かに管理人さんが言っているように単に「パターン」に還元するんじゃなく。ボールの周囲を選手たちどう反応するのかっていう「状況」と「規則性」を想像するような・・・。
posted by ブランク | 2009-04-20 00:06
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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ブランク さんへ
どうもありがとうございます。コードかモードか、ともかくそうした大枠の縛りを味方同士が意識した中での、いわばアドリブ的判断でしょうかね。
今のジャーナリスティックな見方というのが、3-4-12的な噛み合わせ論を「解説」だと思っている節があるので、テレビゲーム風ではないプレーの抽出自体が珍しいものになりつつあるのではないでしょうか。
ダイナミズムを含んだ還元論というのは、たとえばどういう例がありますか?
オートマティズムと称すると、きわめて低水準な印象を与えますが、瞬時に判断してうんぬんとかいえば、実態に近く、間違えづらいかもなと思います。それにも、判断する前に他人が動き出しているかどうかなど、ニュアンスの面ではちょっとした区別もあるでしょうかね。
ともかく、くだらない「キーワード・ジャーナリズム」が問題だということはあるかもしれません。それはまた、日本的な省略呼称の蔓延とも関係しているかも。はじめに言葉あり…
「観客にわかるようになるほど」の見え方、それは、観客次第の面もありそうです。
「選手たちのボールなしでの動きを観察することで、しばしば繰り返されるパターンの連鎖が見いだされた。しかし、大多数の観戦者は・・・」
大ヒットでしたね、「ホッター・ザン・ジュライ」は。ただ、それとサッカーの連係がどう通じていくのかがよくわかりませんでした。シンクロも、なんとなくわかるようで、実際はあまり見てないので…
あまりたくさんの状況判断をこなさなくても、それなりに「オートマティズム」的な連動がかなり高度にできる例は、いいときのジェノアやローマのプレーなどにもうかがえると思います。トリニータとかにも同系統のものが。無論、瞬時の判断は必ず含まれているので、やはり程度問題にすぎませんけど。
逆に、上出来ながら「ソロの連鎖」に見える、少々違うなというのが、優勝したスペインなどかな、と。そのあたりはニュアンスですね。単純ジャーナリズム的には、分類こそが解明であるわけですが、現実はあまり明瞭に区分されておらず、何を象徴と見るかどうかが大きいのかもしれませんね。
posted by コリバノフ | 2009-04-20 07:00
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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管理人さんの突っ込みをまた堪能(笑)
>コードかモードか
>アドリブ的判断
よくわかってらっしゃル(笑)ついついジャズに引っ張ちゃうんッスよね(笑)モードだと旋法、コードだとドミナンスの変換、パターンはフレーズ。
ってのが頭にあって比べると、「似てるよなぁ、サッカー」って。って、いつも思うッスけどね(笑)周囲の音をよく聞いて、リズムと音を外さないようにしながら自らを表現する。ま、ジャズに限らず音楽全般にいえることなんですけど。あ、そっか、サッカーだけでもないか(笑)そういえば、岡田監督もジャズ好きみたい(笑)
>ダイナミズムを含んだ還元論
う~ん、これはですね・・・。よくわかんないデス(笑)え~と、なにが言いたかったんでしょう?プレー分析によりパターン化してそれに基づいて実施するよりも、そのデータをもとに法則化していき、共通認識を持つって感じッスか。更にそれをベースに状況、状況によって最適化を求めていく。ああ、頭デッカチだな。嫌だな~こんな言い方(笑)
ま、うっちゃって(笑)
で、単に指示を与えて教えるんじゃなくて状況提示によって理解をはかる認知学習的な・・・。「閃き」って言っても状況無視した強引なやり方だとプレーを破壊するだけで、あくまでも周囲の動きに沿った中で逸脱するわけですよね。そういった例も更にデータとして取り出していくことで法則化する・・・。ん、やっぱ、もうちょっと整理しないとダメですね(笑)でも、クリティークに必要な要素だと思うんですけど・・・。
>オートマティズム
使いフルされた言葉でしたか(笑)ん~と、上に合わせて言うと単にデータに沿ったパターンプラクティスじゃなくて、状況状況で個々の選手がどのような選択肢があるのか、その中で最適なものは何か判断することが前提で・・・練習や試合で周囲の動きに合わせて表現していくことなんだと思うんッスけど。そういう意味です。
>日本的な省略呼称の蔓延
ここにツッコミいれるなって言われそうだけど・・・仕方ないんじゃないかと。過不足なく表現しようとすると長くなる。それをスペースや時間を省くために短縮する。で、時にジャーゴン化してしまうってのは普遍的でないかと。
更に日本語は外来語全てカタカナになる傾向。特に日本語は開音節なので閉音節の元言語よりも長くなる。んで、外来語が増えた現在、恣意的にどんどん省略語が増えてる。明治期のように熟語化していけばホントいいんだろうけど、時間なくて情報過多な今は無理なんでしょ。世間のコンセンサスを得るのにも時間がかかる。時たまこれじゃいけないって国の研究所で「熟語」出してるけど、規制化してないんで「E電」のようになってる(笑)で、何言ってんだかさっぱりわかんないって状況に(笑)って、俺もそうですね(笑)反省しなくては。
>ホッター・ザン・ジュライ
これに限らず他のアルバムもそうなんッスけど、多重録音のはしりで、スティビー1人で演奏してる。ブラス・ギター・バックボーカルなんかは除いて。で、リズムセクションが秀逸で、本気で目を潰そうと思ったドラマーもいるとか。シンセで作ったり、スタジオミュージシャンがカバーしたもの聞くと、下手なのはスーパーでかかってるような音に思えます。
>逆に、上出来ながら「ソロの連鎖」に見える、少々違うなというのが、優勝したスペインなどかな、と。
あの時もそう思いましたが、こうなれば最上だと思うんッスけどね。日本じゃまだまだなんでしょうが。
posted by ブランク | 2009-04-21 20:59
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
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ブランク さんへ
どうもありがとうございます。岡田監督は、これまで指導してきたチームの見映えよりも、ご本人の方がずっとおもしろそうな人だろうと想像します。
表現は難しいですね。どういう層に向けるつもりかによっても変えなければならないし。
ここは一つ、まとまった論考をご提示いただいて、具体的にしてもらった方がよさそうに思います。
程度問題を無視して特定の方式を主張してしまうと間違いだし、言葉だけ。でも不明瞭にすぎても不明瞭ですからね。具体的な事象を浮かべられるようにすれば話になりますが、それがなかなか見当たらない…
好き嫌いから少し距離を置くと、ある程度まで実態はわかってくるものではありますが、考える時点での先見からは、ほんとうに自由になりきれはしませんね。
> 使いフルされた言葉でしたか(笑)
流行してるらしい風説は、極端な自動化と受け取られがちのようなので、そうであれば低いですね、と。
省略は好みが大きいですね。好きな人にはそれでいいでしょう。しかしカタカナは、別途問題がありそうで困惑します。どうせ多すぎる情報は、結局はたいして重要でないものが多いのだし、意味につながる字面の熟語が日本語にはとても大事なので、新味ばかりを狙ったりするカタカナはその場かぎりで捨てたいところ。
コンセンサスは新世代の雑誌ライターとかでなく、NHK風の方々にお願いしておくのが吉ですが。
多重録音、そうでしたね。忘れてました。本気で目を潰す、わかるようで、わかりたくない気もします…
posted by コリバノフ | 2009-04-22 09:29
マラドーナが11人のチームなら勝てる
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セリアAとか全然みていないんで、管理人さんの記事読んでるだけなんッスが、プレー分析読んでジェノア見てみたくなりました(笑)こういう分析の集積から法則性を引き出すっていうのをプロと呼ばれる書き手にきちんとやってもらいたい、ホントに。
サッカー批評で林雅人さんの代表戦の分析(ちょっと悲観的)があったんですけど、それに劣らず勉強になりました。
西部さんの試合評なんか好きなんだけど、その本読んでないッスが、書評を読んでたら「ACミラン?モウリーニョ?あれ?」って思ってたんで、恐らく管理人さんのツッコミが入るんだろうなと思っていたら・・・(笑)色々と突っ込まないと売れないとか。ま、後で確かめてみよう(笑)
そういえば、ハンガリー人が書いた理論書とかあるんッスかね?って、具体例ってそういうことですか?それならまったく役立てそうにないんですけど、英訳なんかあったら読みたいッスねぇ。「渦巻」がどのようにかかれてるのかとか?
以前、監督は職人だって管理人さん言ってたのをふと。イメージ的に職人っていうのは言葉に簡単に表せないような身体知の継承を通して一流になるんだと思うんッスけど・・・で、百パーは無理としてもその知識をある程度言語化したり、法則化したりはできてるんじゃないかと。だから近似的にロボット生産とか可能なのでは。
問題はあくまで近似は近似であって、法則から逸脱したような例の扱い。例えば「閃き」の部分をどう扱うか。そこんところは「個性」って言葉で終わっちゃうような。で、わかんなくなったんッスけど(笑)暗黙知の提唱から現在ってどこまでわかったんだろう?
言語化の可能性、ある意味、読者にわかりやすくするためのモデル化なのかも。で、そこに批評の地平があるのではないかと。分節化によって意味を損なわない程度に。言語表現の難しいところでもあるし、本質があらわれるところでも・・・。また、フィールドでサッカーに触れなきゃいけない理由でもあるんでしょうね。
管理人さんのプレー主体で評する様式は理にかなっていると思うけれど、それが主流とはならないのは既存の書き手にとってその様式は面倒なのか、印象批評に堕してしまわざるを得ないのは物差がないのか、はたまたそんな論評を読むような読者がいないと思っているのか・・・。
それにしても、この重さどうにかなんないッスかね・・・。一時的なアクセス増なんでしょうか・・・何度も開けなきゃなんないんですけど(泣)
posted by ブランク | 2009-04-26 10:15
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
ブランク さんへ
> プレー分析読んでジェノア見てみたくなりました(笑)
どうもありがとうございます、なんとなくプレーぶりが想像できて、さらにご興味を喚起することにつながったなら大成功です。
「いいサッカーをしてる」みたいな表現ではどうにもなりませんからね。
サッカー批評は立ち読みに行ってみましたが、目次を見て、別の号なんだなと思い、帰りました。
> ま、後で確かめてみよう(笑)
かんたんに済ませられるようだったら書いておきましょう。
> 具体例って
いいえ、「そういった例も更にデータとして取り出していくことで法則化」する手法の例示ということです。
マイスターから弟子が相伝するといった部分が大きいでしょうね。でも、ある程度までの本質は、ほかのもの同様にサッカーでも取りだせます。
だから、期せずしてイタリアでも、ジェノアをトータル・フットボールだと評したりするんでしょう。本質は何かを解していて、その理解具合に似たところがあるから、「一種のカテゴライズ」が同じになります。
それを、日本の一部言論のように、気に入ったものを「トータルフットボール」と思ってればいいんだとか恥ずかしげもなく称していれば、個々人、すべて別々のものを同じ言葉で表現してもいいことにつながり得ますから、もうまったく収拾がつかなくなります。
アーセナルもバルセロナも同種の「パスサッカ」だったりします。パスをしないサッカーはないので、バーレーン代表もパスサッカしてるねと思ってもよさそうだし、ヴェルデ1969だってトータルフットボール。
> 言語表現の難しいところでもあるし、本質があらわれるところでも
言葉は重要でしょう。日本語が重要です。早期英語教育は、いらない。
身体知といっても、能役者はその知を習得するのに何年かかりますか。ま、達意ということは別として。
思考は言語であることがほとんどで、そうでない曖昧な気分はハンドリング不可能に近い。
総体を表現することが無理だからといって、不適切な抽出をしてそのまま表現してしまえば、そうした本人にとってからが、それが本質に思えてきたりもします。まして他人にはね。言葉を真実大切にしない売文家は、自身が考えている以上に馬鹿なのだという気がします。
> 既存の書き手にとってその様式は面倒なのか
既存では、ない。一世代前くらいなら、そんな者は一握りも居やしません。ブームに乗った水増しの結果でもあるし、素人サポ気質のまま書き手になれてしまった者もいるだろうし、読者のパイが広がって甘くなったことも影響大かもしれません。政府同様で、ユーザー次第でしょう。
> それにしても、この重さ
申しわけない、自分でも自分のブログは開かないですね。別のバックアップ的ブログで過去記事やコメントを検索しています。そっちも速いわけではありませんが、誰にも公開していないし、なんといっても検索など、以前のものを見る面で便利なので。早晩、ブランクさん的な皆様に向けて公開しようと思っていますが・・
posted by コリバノフ | 2009-04-26 18:32
マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
続けてどうもです。
>サッカー批評
先号でした、手間かけさせてすいません。ウズベク戦の評で、前半、遠藤、長谷部が余っているのに攻撃していかないとか、数的優位を押さえて論じてたけど・・・、ちょっと結論が悲観的で、状況判断が悪い選手たちを評して、こんなレベルが代表とは嘆いていたのが印象に。
>書いておきましょう。
できれば。
>「そういった例も更にデータとして取り出していくことで法則化」
あ、そこだったんですか・・・つまっていたところを(笑)
う~ん、弁証法的に、定石を見つけ出すようにメタな構造の取り出しは可能でしょうが、更に逸脱したプレーを生み出すようなところまでは視野には入らない。そこは選手次第で監督次第なんだと。で、「個性」で終わっちゃうんじゃないかと。
そうですね・・・言及した「ダイナミズム」はメタな法則性を取り出すぐらいまでですね。
例えばフィニッシュの精度といわれる部分とかは分析可能で言語化できるとは思うんだけど・・・単に打てないことをメンタリティの問題として批判するだけじゃなく、どうすれば打てるのかという示唆は与えられるのかと。でもそれを選択肢に入れた上で逸脱したプレーを生み出すよう、促しを与えるものはできないんじゃないかと。そこは選手の技量と監督やコーチの腕になるのかな、って思うんッスけど。
>本質は、ほかのもの同様にサッカーでも取りだせます。
このブログの主題ですね。
>まったく収拾がつかなく
>言葉を真実大切にしない売文家は、自身が考えている以上に馬鹿
>既存では、ない
>一世代前くらいなら、そんな者は一握りも
自分は、今、日本の書き手でプレー主体で論評しているような文章ってあまり見たことがないんですけど。現存する書き手といえばよかったのかな?この一世代前の人たちはもういなくなっちゃったんでしょうか?管理人さんが紹介された岡野さんは別として。
収拾がつかないようになったのは、どういうことなんッスかね? 管理人さんの記事を読んでて、確かに断絶・忘却を感じるんだけど、今の書き手が過去の文献を読んでいない・・やっぱり、読んでないんですかね?自分の勉強不足棚に上げて言うのもなんなんだけど。
もし良ければ、管理人さんが見て良質な文章と言えるものがあれば教えてください(笑)ホントは自分で探すべきなんだろうけど・・・。
>公開
非公開設定ですか?楽しみにしています。
でも、GWとは言え、ちょっとひどい状況ですよね。管理人さんも更新しづらいんだとは思うんで逆に謝られると責めたようで、失礼だったかと思うんッスけど・・・有料ではないとはいえ・・・これは。Doblogみたいになんなきゃいいですけど。
posted by ブランク | 2009-04-27 00:10
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
ブランク さんへ
ありがとうございます。数的優位という概念が何にもとづくものか、それに対して今は何が強調されすぎか、そんなところもおもしろいかもしれませんね。
> で、「個性」で終わっちゃうんじゃないかと
だいたい、終わることになるだろうと思います。そこはデータだけでは表せず、言葉や、今でいうなら断片的な動画などを必要とする部分かな、と。
フィニッシュの精度とかの疑問に対しては、もしも深層心理風の「日本人メンタリティ」などに一番「大きい原因」があるとしても、そんなことが事実として解明できる技術は将来を待つしかなく、現状では憶測や文化人の遊びにすぎないといった様相です。ま、実証的な未来のフロイトが出現したとしても、ちょっと無理なことじゃないかなと感じますけど。
ともかく日ごろの準備、そしてその中身は精神療法よりも、グラウンドでの練習という地味なもので克服されるでしょう。
> 良質な文章と言えるもの
サッカーに関する古い書籍を図書館でざっと見てみると、その内容の是非もさることながら、具体的なイメージを言葉で表そうとする努力を感じとれる場合が多いと思います。「カテゴライズ消費」という稚拙な側面は相対的に少ない。
これは感覚的なものですが、その背後にある時代精神の変容などは、学問研究の課題にもなり得るだろうと思います。感覚といえば、フィーリングというカタカナ言葉は、洋楽を日本語バージョンにした1970年代の歌謡曲とともに流行しました。その後何十年かをかけて、実際に、原始的なフィーリング前面化・強調しすぎ時代になっていくような…
posted by コリバノフ | 2009-04-27 07:58
マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
>数的優位という概念
やっぱり、ツッコまれたか(笑)今、手元にないんで空覚えですが、 局所的ではなく、全体的に見ていましたね。単に位置取りが悪いというよりも穴を見つけて攻撃しようとする意志を感じられないということを問題視していたようにも。少なくとも単なるシステム論ではなかったかと。
>無理なことじゃないかなと感じますけど。
>グラウンドでの練習という地味なもので克服される
精神を変えるなんて無理でしょうね。ただ、そこに問題があると認識して練習や試合を考える必要はあるんじゃないかなぁ。シュートを恐れるような気質があれば、それを和らげるような方法なり手段っていうのがあるとは思うんですけど。いかにフリーの選手を作って、フィニッシュにつなげるかという当たり前のことをいかに突き詰めるかということだと思います。そこに法則性を見出して、共通認識を作り出せばって思ったんですけど。理想論かな?
>具体的なイメージを言葉で表そうとする努力を感じとれる場合が多い
>カテゴライズ消費」という稚拙な側面は相対的に少ない
なるほど、そうかも。ラベリングして判った気になるっていうのは現代にありがちな認識のしかたですからね。
>洋楽を日本語バージョンにした1970年代の歌謡曲とともに流行しました
なんか歌をうたっちゃいましたよ(笑)
「あなたと私が美しければ、それでいい~♪」
印象批評でわかったような気になっちゃってもOKみたいな。そんな空気が蔓延していることへのアンチテーゼみたいなものか・・・。
posted by ブランク | 2009-04-29 01:11
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
ブランク さんへ
> 局所的ではなく、全体的に見て
ありがとうございます、それだと、テレビゲーム風の静的噛み合わせ図式にすぎなくなりそうな雰囲気を感じますけど。つまりゾーン図式に対人マーク的組み合わせをかぶせてみて、誰が空くだろ、ほら、みたいな・・
> 問題があると認識して練習や試合を考える必要はある
その通りだろうなと思います。単に「消化する」感じの練習ではよくないですね。その問題の認識の仕方が、たとえば「日本人は農耕民族、協調しすぎ」みたいなものでなく、個別・具体的なベクトルでなら生きるでしょう。
なんにせよ、考える上で枠組みは必要。だから分類も便利に生かせるものですが、やはり程度や志向が問題で、消費するべくカテゴライズするんでは、本末転倒のように感じちゃいますね。
昨秋のチェルシーとどこかのリーグ戦で、たまたまテレビ・コメントを聞いたとき、「まだチェルシーはカウンタかポゼッションかはっきりしてない」といった言葉がありました。それは傾向を表現したいんだろうと想像しましたが、選択する日本語が幼稚なデジタル・フィルターを経てしまってますね。真意とは別に、「肝はカテゴライズ消費だ」といっているようで…
昔の東大サッカー部出の解説者だと、たとえば単純に、まず速攻、できなければ組み立て、そういう基本線を意識していたので、どうしてもプレー選択・判断、混在程度の是非の話などになりやすい。そういうのは、未発達だとかドイツ流だとかではなく、ただ単にサッカー風の思考なんですね。あるいは科学的だったりも。
それを、カテゴライズ不徹底と見る「末人」や、「じゃ、どっちか1つって言ったら、どっちぃ?」とか尋ねる「無の者」もいるでしょうけどね。また、そうしたものを、「唯一無二志向」の熱狂精神は助長しそうです。
posted by コリバノフ | 2009-04-29 09:15
マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
>テレビゲーム風の静的噛み合わせ図式にすぎなくなりそう
管理人さんが嫌っている見方なのかもしれないけれど、配置図を基にして選手の動きを把握するのは観客や選手にとっても認識しやすいっていう点は少なくとも考慮すべきかと。
ただ、試合内容そっちのけであのチームは「4-3-2-1」でこのチームは「3-2-2-2」だから前者のほうが有利だとか、「4-2-3-1」はこのチームとこのチームで・・・といったカテゴライズだけで戦術論を語ろうとするような批評は論外だけど。
実際、ポジション・チェンジと言うのは、元に所定の位置という認識があるから「変わる」んだと思うんッスけど・・・逆にそれがはっきりしていなければポジション・チェンジって概念もない。極論を言えばトータル・フットボールを突き詰めていけば、ポジションという概念がなくなるように思うんッスけどそこまではいかないですよね。守離破っていう過程があるから面白いんじゃないかと。
安全志向のゾーン守備がトータル・フットボールを殺すと言う説は読ませてもらって論理的に感じたけれど、なぜ「ゾーン守備」を採用してきたのかというのも考える必要があるんじゃないかな。単にファッションの流行りすたりに帰するだけじゃなく。
結局、オシムにしたって代表では「ゾーン気味」にしていたわけで、メリットがあったからやったんだと思う。選手にとってわかりやすいというのもあっただろうし、安全管理しやすく攻撃に転じやすいというのもあったかもしれない。またポリバレントと言ったって、確かにDFにしても足技が上手い選手を好んでいたにしろ、体格がよく背が高い選手を望んでいたこともまた事実だと思う。選手に器用さを求めると同時にスペシャリストであることも望んでいたんじゃないだろうか。
単純にフォーメーション合わせして、何の変化も考慮しないまま一試合を評するなら、机上の空論と言われてもしょうがないけど、フォーメーションがどのように変化し、ポジション・チェンジが行われるのかを考える上で、選手間の共通認識の基礎となるフォーメーションを想定して見るのも重要では。
林さんの評には細部に対する荒さはあるんだろうけれど、全体を見る上では認識しやすいと思う。選手がマークしているのは誰か、それが攻撃面でどんな齟齬を生んでいるのか、それをチームとしてどう修正していくのかって見かたも面白いとおもうけど。局所的な見方だけだと、選手の状況判断ばかりが強調されて、逆に状況判断だけで戦局を変えられるようにも思えてしまう。その点でプレー主体で論じる管理人さんの評価とは対極にあるのかもしれないけれど(とは言え、同じ匂いが感じられたけど)、俺にとっては同様に十分勉強になったと思う。
けれど、確かにシステムにとらわれることで細部に拘らないような批評が多くなっているなかで、単なる印象批評に堕してしまっているのも確かに多い。システム8割で選手2割みたいな。だからこそ、管理人さんのようなプレー主体にした試合評が新鮮に感じるんだろうと思うし、立ち戻る必要はあるとは思う。要はバランスなんじゃないかと。
>消費するべくカテゴライズ
「右翼か左翼か」、立場をはっきりしろっていうもんですかね。確かにラベリングしたほうが楽っていう空気があるのかもしれないッスね。オシム最高、岡田はダメだからヤメチマエとか、プレミア最高、イタリア・ドイツは二流だから優勝無理とか。
グラデーションを好まないっていうことなのかも。
>たとえば単純に、まず速攻、できなければ組み立て
確かに。バスケやハンドなんかで速攻主体とかセット主体なんて言葉はありえないのに、なぜサッカーだと出てくるのかは、確かに不思議。
>「じゃ、どっちか1つって言ったら、どっちぃ?」
嫌ですね(笑)二者択一で進む世の中は(笑)
posted by ブランク | 2009-04-30 23:13
返.マラドーナが11人のチームなら勝てる
コメント投稿者ID :
ブランク さんへ
> 配置図を基にして選手の動きを把握するのは観客や選手にとっても認識しやすい
> 所定の位置という認識があるから「変わる」んだと思う
ありがとうございます、まさにその程度でしょう。
> なぜ「ゾーン守備」を採用してきたのか
単純にはスペース志向でしょうね。しかし「暗夜に危険なし、ただ人に留意するのみ」でもあるので、ゾーン守備でもマークうんぬんといわれます。どちらも同じ結果になることは多い。それを、オフサイド戦術的な状況とか、純化シーンに限って取りだしてみて、そこだけ優れたゾーン観念みたいに喜ぶのは、○○。
> またポリバレントと言ったって
「そのため渦巻きはいまだ揺籃期にあり、しかしそれでも未来の選手がオール・ラウンダーであるという点を、たいていのコーチは気づいている。すなわち過去のスターが広い範囲でそうであったように」
「ほかの十人はオール・ラウンダーであらねばならない。このことは、自身のポジション以外でプレーすることを奨励する意味合いではない」
「偉大なスペシャリストは、普通は偉大なオール・ラウンダーになるということを、多年、われわれは実地に気づかされてきた。真実素晴らしい選手というのは、たいていは複数のポジションで同等に優れていて、どんなポジションにあっても悪いプレーとは無縁だろう。将来、そうした選手は労働者的な役回りでのタックルも可能であるべきだ。なぜならそれが、新戦術におけるきわめて基本的なやり方であろうからだ」
> (とは言え、同じ匂いが感じられたけど)
見てないのでわかりませんね。
ちょっと手近で探してみましたけど、こういうのはいかがですか?
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/kodahima/article/320
どちらかがサッカーとは無縁かもしれません。
posted by コリバノフ | 2009-05-01 10:51
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