2008年04月17日

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

「これはフォワードにロングパスを出すのが難しくなる厳しいルールであった。そのため英国ではショートパスを使ったゲームが発達することとなった」
 —「フットボールの歴史」(FIFA百周年記念、どなた?)—

 これが1925年のオフサイドふたり化につながるのはどうも奇妙だとして、勝手に空想で是正…

「…そのため英国プロ・リーグではショート・パスを使ったゲームが衰退し、ロング・ボールを蹴ることが主流になった。そのためドリブルや精緻にパスをつなぐ能力が低下していった。
 そのためオフサイド・トラップの嵐が吹き荒れたときは、もう対処するだけの芸が選手にはなく、得点欠乏症候群を調伏しづらかった」

 しつこい「そのため」のうち最初のものは何を承けてのことなのかって、勝手に問いをつくってしまってアレですけど。
 では英国プロフェッショナルの方々用にマイスルの文から使えそうなのを探して…

「大陸や南米のスタイルの方がより良質で魅力的に映るとしても、それはそれなのだ。英国のゲームは少々不正確で速く激しく、タックルが凄まじくて守備がより強固だろうか?」

 使えるものがありません。これは少し先の方から拾った年代不明の文で、第二次大戦前後のころを指しているのかなと感じました。
 さらに下って1953年の、ある国際試合当日頒布プログラム用にマイスルが書いたという文章では。

「イングランドのサッカーに何かが欠けているとしたら、それは精緻なパスと完全なポジショニングだ。強調しすぎる面があるとしたら、それは極端なスピードだ」

 どちらも変更後のことですからだめですよね。そして先回りだからオフサイドですけどね…

● 絶対的な速度

 前記引用は二十世紀半ばのことで、最初の時期と混同しちゃいけないですが、似た状態があったのだろうと強引に援用してしまいます、独断偏見です。
 二十世紀前半でも、絶対的な速さを重視する空気が強くなったのだ、と。それがなぜかは問題ですが…
 相手ゴール直行型、直線型が非常に奨励され、タイミングをずらすことなどよりも、とにかく数秒間でシュートしろと喧伝されたとする。いや、十何秒かは猶予があったかもしれませんが。この表現はとても二十一世紀的な感じもありますが仕方ない。

 これを問題の時期、オフサイド・トラップに苦悶する前の時代に置くとなると、すでに百年近く昔ですね。ま、説明のための説明です。
 でも乱暴にイングランドの技巧劣化の主因としておきますよ。

 無論すべての選手、あらゆるチームがこうではないでしょうが、大勢としては高速・直行タイプになり、しかし少数派として時間を止められるかのような選手がいることはいて、そんな彼らは大スターだったのでは。なにかやっぱりきわめてモダンな様相です。
 ふたりオフサイド時代のスタイルを先取りしていた英国は、ほんとうの実質的な先駆者だった…

 別のもっと妥当な仮説とか論理、あるいは当時のプレーぶりの明解な詳細記録の情報などはないでしょうか?
 さらに、なぜ過度にスピード化するのか、など。

● 参考

 で、どうせオフサイドならもっとオフサイドを。ということでさらに先の文章を。
 末尾添付の文はアーセナル成功の後、1930年代以降を描いているはずです。

 しかしそこに「戦争後」という言葉があります。引用一行目。その戦争を第一次大戦(1914-1918)だとして、マイスルの文章が少し後戻りしたんだなと考える。で、直後の文章は1920年代のムードかなぁと思ってみます。
 続くマイスルの皮肉は1930年代半ばと見る。これは間違いないでしょう。中ほどの「戦争」は第二次大戦(1939-1945)と考える。
 こんな雰囲気を過去に向けて薄めていく。
 残りは疑いなく大戦以降ですけどおまけに。おもしろいので。

 このように勝手な空想から出発して、記されていない第一次大戦より前、1910年代前半あたりを高速粗雑化の芽生えの時期と仮定してしまう。最初の大戦が終ったころからは観衆もそれを好むようになり、20年代に向けてそれに適合する選手を重用するのが一般化した、とか。
 もちろん単なる空論です。大幅に割り引いてオフサイド・トラップをお願いします。

————以下引用————

 … 前略 …
 〜すでに戦争後には観衆が叫び始めていた。
「やめちまえ、そんなこと!」
 選手がボールをコントロール下に置き、何か繊細なことでもやってみようかとするときにだ。これほど甚だしい「スピード原則」。それがボールをコントロールすることや状況判断を下位に押しやった。選手たちは観衆からのアドバイスを容れて素早くボールを放し、しかし三度のうち二回は相手かタッチラインへ渡してしまった。

「だけど見ろよ、ゲームはスピード・アップしたぞ!」
 そう言って監督やファンは嬉しげに語りあえた。
 スピードは少しも費用がかからない!

「そりゃ本当だ」
 私はそう言って、なじみある監督たちに喋ったものだ。
「… 中略 … チームはフィールドで駆け回っている。そのときみんなの脳みそは抜き取られ、冷蔵庫に収められているんだ。
 試合後に彼らが戻ってくる。君は連中の疲れたからだのてっぺん、空っぽの場所に脳みそを返してやるわけだ」
 幾人かは話を理解して微笑んだ。ほかの何人かは意味を解さず、しかし同様に笑みを浮かべた。

 そして戦争だ。若い世代はほとんど試合を失った。それは犠牲者や負傷者に限らず、普通の暮らしを中断させられた者すべてが失ったのだ。五年ないし七年をイナゴが食い尽くした。ほんの一部を例外に、われわれは「あるべき様にプレーする」選手たちを喪失してしまった。
 若者は古き伝統の中で成長することができず、最上のサッカーをまったく見ることができなかった。彼らが知っている種類のサッカーしか範にとれない。機械化、ロボット・スタイル、「安全第一」、スピードウェイ印のフットボール。

 身につける技巧は一流から遥かに落ちることがほとんどで、そればかりか試合も画一的になった。指示どおりに演じられるものだ。
 これに対して独自性、個性、冒険的精神は推奨されなかった。こういった才能というものが機械に求められることはけっしてない。頑丈で速く確実、これが優先的長所とみなされる。最高の選手とは、チームという車輪機構にあって、摩擦がわずかで、多くの場合は考えない。歯車の歯である者が最高なのだ。
 だが真に高級なサッカー選手を計測する — 前提たる完璧な技巧は別とする — 簡単な尺度がもしあるとしたら、それはボールなしのプレー
 … 後略 …

	— 「サッカー・レボリューション」(ウィリー・マイスル)—

posted by ports |00:39 | コメント(10) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

こっちにコメントします。
いい方が悪かったみたいッスけど、こちら都内在住で、全く役にたてそうもないッス(苦笑)Webでアーカイブ持つような環境になればいいッスけど、当分ならないでしょうね。

やっぱり改正前は「ロングボール戦術が主流でショートパス戦術が亜流」ってみたほうがこの後、面白くなるんですね。そうすると縦に早くてスピーディで精度が悪いっていう光景があったのが1920年代前半であれば確かに論拠になる。
ちょっと検索してみたんッスけど、Timesの記事の引用で改正前より「質が悪くなった」とか「ハーフバックとフォワードが20ヤード離れてるのも珍しくない」とか改正後にロングボール増えたようなニュアンスが漂ってるんですけど・・・。まあ、表面的な解釈かもしれないんでやっぱり1925年前後の記事は見たいですね。

単純概念ですか・・・なんかこれも役立たずですね。ハンドにはトライアングルの動きは確かにありますが、それよりもセットプレーとアタッキングサードでの状況が酷似してんなあと感覚的に思っただけで理論的な裏づけなんて少しもないです。
6メートルの半円のラインの内側にオフェンスが入れないのが、オフサイドラインの状況と似てて、全くスペースがないからポジションチェンジはスペースを作るというよりもマークをずらすことで打開しようと見えたこと。けれど単純なワンツーじゃなくて3人目の動きが重要なこと・・・2人が引きつけて3人目をフリーにする。何よりも普通のスピードを求めてなかったこと。「こりゃ、ハンドぐらい早い球回し求めてんじゃねぇ」って思っちゃいました(苦笑)

申し訳ない、単純で。
ハンドは中盤省略なんで、渦を巻くような動きがよく見えるのはスリーメンの速攻ぐらいですかね。コートが狭いからマークのずらしをスペースメイキングに見てもいいのかもしんないけどサッカーだと選手の意識としてはどうですかね。なんで、オシムさんの意図とはちょっと外れてるかも(笑)

posted by ブランク | 2008-04-18 00:02

返.◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

ブランク さんへ

いろいろ調べていただいてありがとうございます。
もっとお願いします(笑)

1926年からは別のゲームになったという英国人もいました。
だから仰るとおりで、変更後にはそのくらいまで極端な蹴り込みになったはずです。

逆にそれ以前は、実際に巧妙なプレーも交えてたと想像します。それが拙劣化していただろうと思います。
事実は、大陸や南米と比較するとロング・ボール型だというにすぎないでしょう。
もっと以前と較べると距離が広く雑になっていただけか、と。
百周年記念の本を肴にしようと思い、細かい書き方は避けたので、却って効果が悪くなってしまいました。失敗です。

マークをずらすためにポジション・チェンジって、同じですよ。
サッカーは手を使えないから動きながらだとなにがしかの空間が多めに必要なだけ。だからスペースです。どちらも同じといったら誤解を招きますが、あまりゾーン、スペース、マークとかを区別しすぎない方がいいときもあると感じます。

また詳しくお願いします。往時の英字情報もお願いします。
ありがとうございました。

posted by コリバノフ | 2008-04-18 00:22

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

そうッスね、言われてみればオシムさん、区別してなさそうですね。選手への意識づけで言葉を変えてるかもしれないけど。

キャッシュしかないので、貼っておきます。もしかしたら既読かも・・・。反映されないので分割します。

It was hoped that the alteration of the off side law would make for improvement, but unhappily expectations have not been realised. As a matter of fact the change has brought about an even greater looseness in the constructive art of the game. It is said, and probably truly, that the new off side law does not demand any change of methods, that all the fresh formations which were tried last season were unnecessary.

posted by ブランク | 2008-04-18 20:23

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

なんかスパム扱いになっているようで、すぐ反映されませんね。一応、和文を入れて様子見。
(続き)
But today every team is far more apprehensive in the matter of defence than used to be the case when an opponent was only legitimately placed if there were three men in front of him when the ball was last kicked. The result has been a tendency to concentrate on defence by half backs and this has meant a weakening in attack.

posted by ブランク | 2008-04-18 20:30

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

成功!! 和文をある程度入れないと反映しない仕様になってますね。
(更に続き)

At the present time it is not unusual to see a gap of twenty or more yards between half backs and forwards and, in such conditions, there must inevitably be a lack of combination between the two sections of the team. The Times 25 October 1926

posted by ブランク | 2008-04-18 20:31

返.◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

ブランク さんへ

> 和文をある程度入れないと反映しない仕様になってますね

ありがとうございます、そうなんですか。いろいろと安全第一に守備を考えてくれてるんですね。どうもお手数をおかけして申しわけないです。でも、またお探しいただきたいです(はあと)

これが1926年の10月25日に論じられているって、さすがに伝統のイギリス言論ですね。もう、はなっから否定とは!
やっぱり数年後にマイスルが見渡す前っからこういう人がいますね。
記名記事じゃありませんか?

さらに三人時代にさかのぼった戦評など、収集お願いしたいです。
お願いします。
あとは勝手ながら50年代のデイリー・エクスプレス、月曜火曜のサッカー評にもご留意いただきたいと存じます。ちょっと探しましたが見つかりません。
いろいろお願いして申しわけない、でもお願い申しあげます。
ありがとうございました。

posted by コリバノフ | 2008-04-18 21:15

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

ふり返って、この「戦争」の記述を見るに・・・・。

2番目の「戦争」は特定されたものなんでしょうか?どちらかというと古い伝統を「カーペット」としてとらまえるとちょっと矛盾を感じます。「最上のサッカー」とはナンだったんでしょう?
ユダヤ人にとっての「戦争」を考えれば、確かに第2次世界大戦がより大きい存在なのかも。でも、クリスマスの試合ーNo man's Landを考えると、第1次というものもドイツの記者であり、英国に移住したマイスルには感慨深いものがあったのでは?
もしくは「戦争」を「1」と「2」合わせて考えているかも。
「5年ないし7年」とは「1」の中断期間と「2」の中断期間を指しているとしたら・・・。

まあ、前後の文脈を読んでいないので管理人さんのおっしゃる見方自然なのかもしれないッスけど・・・ちょっとひねって考えました(笑)

posted by ブランク | 2008-05-08 20:58

返.◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

ありがとうございます。

前です。


 すでに述べたように、まずハーバート・チャプマンは選手を集めた。
 … 中略 …
 アーセナルの戦術を全国のクラブが模倣した後、そこには未来への発展へ向かう余地はなく、沈滞が始まった。スピードは万能視された。速さは良いということと同義、いや、それ以上のものになった。
 群衆が良きフットボールを見るために金を払うことはない。それが平均的経営者の意見だった。何に払うのかと言えば凶暴なボールの奪い合い、タフなタックル(悪意を含んだタックル、とは新聞によればだが)、スピードと強さ、端的に言えばアクションだ。
 それは結局のところ、毎分のように意外なことが生じるのと較べれば遥かに重要度は低いのだが。

 われわれはいまだに多くの傑出した才能を有していた。選手製造工場のラインには、彼らを継ぐといえそうな者が極端に少なくはあったのだが。そして何ごとも官僚のように組織化された。すでに戦争後には観衆が叫び始めていた。
「やめちまえ、そんなこと!」


後です。


 だが真に高級なサッカー選手を計測する — 前提たる完璧な技巧は別とする — 簡単な尺度があるとしたら、それはボールなしのプレーである。
 彼はどうやって試合で「活きる」のか、味方もしくは相手がボールを支配下に置いたときのフォローはどうか。本能的、直感的位置取りはどうなのか。これを見れば、誰が偉大か誰が抜きん出ているか、平均的か凡庸か望み薄であるか、すぐにもわかることだろう。

 生まれながらの才能も存在する。しかし多くの者は熱中、没頭、そして適切な訓練によって習得する。悪しき手法や教育にかかればだめになってしまう。
 とにもかくにもプロ選手は生き延びたいのだ。可能ならば安穏で気楽に。彼が自身の考えに沿ってプレーすると言い張り、一方で監督、またもっと上位の経営層は別のアイデアを有する。その場合は選手の方が降参する。公正な機会を、彼ばかりでなくパートナーにも与えない枠組みを受け容れるのだ。
 もしこれが、全国のほとんどの練習場でなされているように数年続くのなら、個性や独創性のある選手は非常に高騰するに違いない。欲しがられるとすればだが。

 昔日の知的選手たちは自分で考えた。かつて直面したことのないものに衝突したとしても策略に対応できた。モダン英国選手が毎日毎週のルーティーンにないものと遭遇した際、どうにもできない感覚に襲われてしまう。彼は海外のスターによる精緻なショート・パス、頭脳的なポジショニング、長いドリブルに当惑させられるのだ。それは一世代前、われわれ自身のベスト・チームなどが存分に発揮した方法である。
 ロボットは自らの機構に仕組まれていない何かに対すると動けなくなるに違いない。慣習的な反応も「合理的」反応すらもないのだ。

 ウィングハーフがウィンガーをマークし、フルバックがインサイドフォワードたちに応対する。そんな驚くような新奇さに順応するには、イギリスのいくつかのチーム、選手は、六十分かそれ以上も費やすだろうか。
 攻撃的センターハーフと戦うことはイギリス選手を混乱に追いやる。9番のジャージを着た相手がふたりいるかのような状況は深刻な問題だ。
 笑い事ではない!


 ここから1953年、イングランド対FIFA選抜の歴史的試合へ続いていきます。

posted by コリバノフ | 2008-05-08 21:52

◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

わざわざ、どうもありがとうございます。

んー、やっぱりよくわからないですね(笑)
1番目が第2次っていう気も。マイスルが実際にいつイングランドの試合を見始めたのか?1934年に移住した後であれば、第2次っていうのもアリかと。
ちょっと自分では読み解けないですね・・・。

1954年から見て、一世代前であれば1900年代だろうし、そこを「カーペット」の時代と考えるのかなっていうのはなんとなくつかめたんですが・・・。

戦争の記述って他にないんですよね?なんか厳密に分けて考えてないような気もします。

posted by ブランク | 2008-05-09 23:32

返.◆ ではなぜ英国プロは蹴り合いになったか

ブランク さんへ

ありがとうございます。

> 1番目が第2次っていう気も

実際、「すでに」って単語はなかったですからね。
でもそこからは話がつながっていて、それから Then came the war. ですから。
ふたつの戦争は別でしょう。
第二次大戦前は1938-39が最後、再開シーズンは1946-47で、七年以上食い荒らされたとしてよさそうです。

posted by コリバノフ | 2008-05-10 00:05

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