2008年06月11日
● 0トップ狂詩曲第3番 マジック・マジャール
これはジミー・ホーガン。 左が第二次大戦後、白髪で子供たちに模範実技を見せるシーン。 右は戦前、五十代のころの写真です。![]()
彼は歴史的なイングランド対ハンガリーをウェンブリーで観戦しました。 自国のFAではなく、ハンガリー協会のゲストとしてロイヤル・ボックスにいたという伝説があります。しかし実際は、アストン・ヴィラで教えている選手などと一緒に、普通の客席へ来ていただけのようです。
《1953年11月25日 Wembley 主審 Leo Horn》 【イングランド】 George Robb Stan Mortensen Stanley Matthews John Sewell Ernest Taylor Jimmy Dickinson Billy Wright Bill Eckersley Harry Johnston Alf Ramsey Gil Merrick 【ハンガリー】 Zoltán Czibor Nándor Hidegkuti Lázsló Budai Ferenc Puskás Sándor Kocsis József Zakariás József Bozsik Mihály Lantos Gyula Lóránt Jenő Buzánszky Gyula Grosics(→Sándor Gellér) イングランド代表は前月FIFA選抜に大苦戦しました。そしてこのたび迎えるハンガリーは、FIFA選抜と同系統のダニューブ・フットボールを演じるだろうことを、チーム関係者は充分に認識していたものと思います。 高水準だった当時のオリンピック、ヘルシンキ大会において、ハンガリーはすでにユーゴスラビアを破って金メダルを獲得しています。親善試合などでもハンガリーのクラスは高く評価されていました。完敗した経験のあるスウェーデンは、ブダペストに乗り込んで徹底的に守りきり、引き分けたそうです。 スウェーデン代表監督は、名高い英国人コーチ、ジョージ・レイナーでした。イングランドのウォルター・ウィンターボトム監督は、そのハンガリー対スウェーデンを観戦し、レイナー監督と長時間の会談を持ったといわれます。ハンガリーへの対処法に関してです。 とにかくヒデクチ対策をとるようにレイナー監督は勧めたとのこと。そしてかつてのサッカーをすればイングランドに勝機はあるだろうと述べたとか。このかつてのイングランドというのが、旧式のことなのか先鋭的サード・バック・ゲームなのか、明確にはわかりません。 レイナー監督は長期間にわたって海外、もちろん主にスウェーデンのコーチをしていた人です。 ハンガリー戦の大敗は、相手センターフォワードがさまよっているがためにストッパーが引き抜かれ、守備が崩れたことが最大の敗因だとの論調が、今でもさかんに喧伝されている気がします。そうした局面はあったでしょうし、その意味では正しいのでしょう。 また、ハンガリーの4−2−4という「新戦術」に敗れた、とか。意外にもそうした範疇の戦術はボールすら転がせなかったり… しかもハンガリーのやり方をイングランド側は承知していて、ひと月前にはかっこうのリハーサルとなった対FIFA選抜がありました。そこで流動性の高いプレーを充分に体験していたのでした。 イングランドはFIFA選抜戦のストッパー・センターハーフ、アフトンの起用をやめてハンガリー戦に臨みます。ハリー・ジョンストンがストッパーになります。これが後ろの五名の中ではただひとりだけの変更です。 この入れ替え自体は、特にハンガリー対策でもなさそうです。本来はジョンストンがレギュラー的なストッパーだったはずなので。アフトンはFIFA選抜戦が唯一のキャップでした。 この試合を評価するのは、もう少し先を見通してからにしましょう。
posted by ports |20:40 |
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