2008年06月11日

◆ ザ・ポリバレント・センターハーフ

「当然だね。いつだって彼をセンターハーフでプレーさせるさ」

 片方の監督がはっきり言い切ると、もう一方はぞっとしたような面持ちで反論した。

「なんだと、冗談じゃない! そんなことさせるには高級すぎる選手だぞ、彼は」

   — 「サッカー・レボリューション」(ウィリー・マイスル)—

 この会話は第二次世界大戦前のこと、当時の最高給取りといわれたコーチふたりの行き違いだそうです。

 1925年にオフサイドが改定され、それがサード・バック・ゲームを誘発しました。以来イギリスではストッパー、センターバックのことをセンターハーフと言い、中盤の真ん中でプレーする選手はセントラル・ミッドフィールダーなどと称するようです。

 冒頭の会話、最初の言葉はストッパーを採用していないコーチでしょうね。次のコーチはサード・バック・ゲームをする人のはずで、マイスルが述べたのと似た感覚から、ストッパー・センターハーフは相対的に低級な選手に任せるものと考えているわけです。

 センターハーフがストッパーのことになる前は、あるいはその後もストッパーを用いない地域だと、センターハーフを最高のサッカー選手と見る傾向が強かったようです。
 日本の場合は比較的早期にストッパーが普及した模様ですが、それでも多少の躊躇があったことについて、竹腰重丸氏は次のように理由を挙げていました。

「〜、センターハーフには最も強力なものを配置する習慣があった関係から、センターハーフが広く動き回る方針を捨てきれなかったので、〜」

 イギリス人でありながらサード・バック・ゲームを好まないジェフリー・グリーンはセンターハーフをこう表現しました。

「通常はすべてを取り仕切る、チームで最高のオールラウンドなフットボーラー」

 これが、グリーンが十代のころまでの英国の感覚、旧式といわれる戦術のサッカーでの、センターハーフの位置づけのようです。
 元来、センターハーフ誕生を伝える神話では、双子のセンターフォワードの片方が中盤に下がり、それがセンターハーフになったのでした。

 今や想像するしかありませんが、二十一世紀初頭のイメージよりは遥かに攻撃的なものだったと思われます。ストライカー的な得点能力を備えたゲームメーカー、万能選手といったおもむきでしょう。オールラウンダー、真にポリバレントなプレーヤー・・・
 センターハーフとは、ヴァルター・ナウシュの基本的な理解によれば、ウィングにポジション・チェンジし、センターフォワードに変身する選手でした。二十一世紀風の固定位置取り概念での、中盤駐在強シューター、あるいはパス係やディフェンシブ・スクリーンなどとは大きく異なる感覚です。

● エルンスト・オクビルク

 イバン・シャープは、戦後初めて見たころのオクビルクがガソリン・スタンドで働くパート・タイム・プロだったと書いています。ウィーンの街では彼に給油してもらえるかもしれない。そのおとなしい浅黒い男こそは、世界でもっとも優れたサッカー選手のひとりなのだ、と。マイスルも同種のことを述べていました。

 戦後のオーストリア代表は、1950年前後に絶頂期を迎えたようです。戦前の驚異のチームほどに勝ちはしなかったものの、いわゆる旧式とされる攻撃的なスタイルで、多くの人から賞賛を得たとされます。
 戦前にイングランドの人々が地元無敗を一番脅かされたと感じたのが、フーゴ・マイスル監督のオーストリアと1932年に4−3で勝ったとき。そしてまた1951年、ヴァルター・ナウシュ監督のオーストリアと対戦し2−2で引き分けた試合で、戦前の脅威をふたたび覚えたといいます。

 中心選手であるオクビルクは、つねにチームの攻撃の動きをフォローしていたそうです。すぐ後ろに控え、攻めをオーガナイズしつつ飛び出す機会をうかがうプレー・スタイル。そしてパスの感覚にとても優れていたそうです。
 1951年の2−2の中の一点は、オクビルクが右ウィングに送ったパスが鍵だったそうです。その、おそらく浮き球のパスを表現したイバン・シャープの言葉が、ニブリックでした。

● フランツ・ベッケンバウアー

 一番似てそうなのは、中盤からいつの間にかシュート位置まで移動している若いころのベッケンバウアーかと想像します。
 1970年あたりまでの西ドイツ代表チームには、守備的な中盤の底の選手がいない印象でした。1974年のユーゴスラビアに少し似ているかもしれません。
 ベッケンバウアーには守備の選手というイメージがなく、逆に攻撃の決め手だと見えます。

 パスを出す選手として最高級なだけでなく、中盤をドリブルで上がり、パスを交わしながらペナルティ・エリアに迫り、さらに進んでシュートをする。ベッケンバウアーは稀に見るオールラウンダーに違いありませんが、こうしたものが旧式のセンターハーフに関していわれるチームで一番の選手という感覚だろうかと思います。

posted by ports |08:02 | コメント(4) | トラックバック(0)
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◆ ザ・ポリバレント・センターハーフ

以前からの疑問に納得できたような気がします。
ありがとうございました。
私、ベッケンバウアー大好きなんですよ。
リベロ・システムは旧式センターハーフを活用したということにもなるのですかね。勉強になります。
でもよくわかってなかったりもします(笑)
バイエルンと代表では役割は違いますよね。そこらへんの解説も機会があればお願いします。

posted by 3年B組 | 2008-06-11 10:57

返.◆ ザ・ポリバレント・センターハーフ

3年B組 さんへ

ベッケンバウアーは例外的にどんな試合でも高品質な選手でしたね。つねにいいプレーをするのが当然で、どれだけ深く攻め入るかどうかだけが問題だったような気がします。

とはいえビデオを買って見ることがないので、そんなに数多く目にしてはいません。
逆に、ニューヨークへ渡る以前のベッケンバウアーが、不調だった試合というのを見たことはありませんか?

posted by コリバノフ | 2008-06-11 17:12

◆ ザ・ポリバレント・センターハーフ

70年代の一回目のニューヨーク・コスモスの前の頃ですか。
欧州選手権のことかな。税金の滞納,脱税などで家を売却したりして財産も名誉も失ってた頃ですね。その影響かと思います。スティーブ・ロスに声をかけられ1977年に出稼ぎにニューヨークに行くわけですけど、後年のイメージと違って? バイエルン時代の性格や私生活は褒められたものではないと記憶しています。昔の選手やロック・ミュージシャンに多かったパターンですね。
プレーが好きということでして。

posted by 3年B組 | 2008-06-12 05:26

返.◆ ザ・ポリバレント・センターハーフ

3年B組 さんへ

どうもありがとうございます。
性格や私生活に問題あっても、見るといつでもプレーは素晴らしかった記憶しかありません。
ハンブルク時代からでしょうかね、ようやく低下していくのは。

妙にインサイド・キックばかり喧伝する人が多くなりましたが、やはりアウトでさりげなくパスを送る方が高級ですね。

posted by コリバノフ | 2008-06-12 06:20

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