2008年10月20日

08-09シーズンに向けての考察2 ~ 「回転不足」判定の実態

プレシーズン企画の第2弾は「ジャンプ回転不足」の実態について検証しようというもの。
新採点方式になってからジャンプの回転不足については判定・減点基準が明確にされたわけだが、その後ルール変更の話は聞かない中、そのルールの運用がどうも的確に行なわれていないように思う。特にこの1-2年はルールで規定されている基準以上に厳しく運用されているのではないかと私の目には映っている。
先日のエッジ判定については07-08シーズンの実態集計という形で検証したが、今回は06-07、07-08の2シーズンを比較し、検証してみようと思う。

まずは、ジャンプの回転数がどのように判定されているか。
1. ターンやステップの進行方向を仮想基準ラインとして、
  踏切りから着氷までの間に必要回転数を回っているか。
2. 必要回転数を回っていると認定されれば、基礎点がフルマーク得られる。
  (ジャンプのGOEの加減は回転数以外にも多数あるが、ここでは省略)
3. 基礎点をフルマーク得られる「必要回転数」とは、回転不足が「1/4以下」。
4. 回転不足が「1/4超」となった場合は「ダウングレード」され、
  1回転少ないジャンプの基礎点が与えられる。
  例えば、3Lzがダウングレードされると、基礎点が6.0ではなく、2Lzの1.9になる。
  但し、プロトコルでは「3Lz<」と表記され、通常の「2Lz」と識別される。

回転数(N)を数式で表記し整理すると、(トリプルジャンプで例示)
N<2.75 : ダブルジャンプの基礎点に降格、且つGOEも減点(即ち二重減点)。
        プロトコルに「<」マークが付く。
2.75≦N<3.00 : トリプルの基礎点はもらえるが、GOEで減点。「<」マークは付かない。
N=3.00 : トリプルの基礎点がもらえる。(GOEの加減は回転数以外の要素で付く)
N>3.00 : オーバーターン(回転過多)でGOE減点。(トリプルの基礎点はもらえる)

また、回転不足の判断には着氷時だけではなく、離氷時も対象となる。つまり、踏切りで「プレローテーション」という踏切り前の「事前回転動作」もカウントされるということになっている。但し、現実的にはジャンプにおいてプレローテーションを完全にゼロに抑えることは不可能ということもあり、実際にプレローテーションのために回転不足判定されたというケースは稀。実際、ISUのルールでもプレローテーションの数値的基準は明示していない。2008世界フィギュアで、キーラ・コルピのFSの2連続と3連続のコンビネーションジャンプがダウングレード判定されたが、もしかしたらこのときのセカンドとサードジャンプがプレローテーション判定されたかもしれない。もっともプロトコル上では識別できないが・・・。(あくまでも私見)

かように、ジャンプの回転数に対してはエッジ判定以上に細かく、厳格に定められている。上記の通り回転数はぴったりでなければならない。不足はもちろん回り過ぎもいけない。分度器とかの計測器を使って測定するわけでもないのだから、こんなに厳格に定めても実際の運用は難しいだろうに・・・・と以前から疑問には思っていた。
05-06シーズンまでは、(例えば)3Lzのダウングレードがあっても「3Lz<」ではなく「2Lz」としか記載されなかった。ましてや「1/4以下の回転不足でのGOE減点」は識別が難しかった。「<」の表記方法が採用された06-07シーズンからプロトコルでも確認しやすくなったのだが、この表記方法が施行されるようになってから回転不足判定の異様なまでの厳格さが気になりだした。はっきりと気づいたのは2007世界ジュニアだった。
例えば同大会では、水津瑠美選手や武田奈也選手のトリプルジャンプでダウングレード判定(<)になったものがあった。両選手の録画映像をスロー再生で確認しても、どう見ても回転不足が「1/4超」になっているようには見えなかった。また、最近のもので言えば、2008四大陸で浅田真央、ジョアニー・ロシェット、安藤美姫の3選手にダウングレード判定があったが、このときも首を傾げざるをえなかった。確かにロシェット、安藤の2選手にはやや回転不足が見られたが、それでもそれは1/8程度にしか見えなかったし、浅田真選手に至っては、回転不足自体があったのか疑わしいほどきれいに回っているとしか見えなかった。当の本人もダウングレードを知らされて「びっくりした」と言っていたらしいが、まったくその通りで見ていたこちらだってびっくりした。
どうやら実際には「1/4」の基準は使用されず、例え回転不足が1/4以下に収まっていても「少しでも回転不足があったら、すべてダウングレード」に統一されているのではないか、という疑問が強くなったのだ。


回転不足の判定は以前より厳しくなっているのか?
それをプロトコルから判別するのは容易ではないが、回転不足の判定が増えているのかどうかは検証することは可能だ。今回は「<」表記が採用された06-07シーズンと07-08シーズンで比較してみる。

検証の条件(検証の対象)
1. 競技会は世界選手権の07年大会と08年大会で実施されたジャンプで比較。
  (膨大な数のジャンプを集計することになるので今回は世界選手権のみ)
2. カテゴリーは男女の各シングルを対象とする。
3. 対象とするジャンプは、トリプル以上のソロ及びコンビネーションジャンプ。
  (シークエンスも含む)
4. プロトコルで「<」表記があったジャンプを集計。

検証の結果
男子
◆4T:
 2007実施回数15回 / 回転不足1回
 2008実施回数17回 / 回転不足3回
◆3A:
 2007実施回数56回 / 回転不足4回
 2008実施回数56回 / 回転不足1回
◆3Lz:
 2007実施回数61回 / 回転不足3回
 2008実施回数67回 / 回転不足0回
◆3F:
 2007実施回数59回 / 回転不足0回
 2008実施回数53回 / 回転不足0回
◆3Lo:
 2007実施回数23回 / 回転不足1回
 2008実施回数30回 / 回転不足2回
◆3S:
 2007実施回数30回 / 回転不足0回
 2008実施回数30回 / 回転不足1回
◆3T:
 2007実施回数56回 / 回転不足2回
 2008実施回数41回 / 回転不足1回
◆合計:
 2007実施回数300回 / 回転不足11回
 2008実施回数294回 / 回転不足8回
◆回転不足の平均出現率:
 2007 / 3.7%
 2008 / 2.7%

《参考》コンビネーションジャンプでの回転不足
1stジャンプ:
  2007実施回数101回 / 回転不足1回
  2008実施回数103回 / 回転不足0回
2ndジャンプ:
  2007実施回数40回 / 回転不足1回
  2008実施回数35回 / 回転不足1回
3rdジャンプ:
  2007実施回数1回 / 回転不足0回
  2008実施回数1回 / 回転不足0回

女子
◆3A:
 2007実施回数2回 / 回転不足1回
 2008実施回数1回 / 回転不足1回
◆3Lz:
 2007実施回数56回 / 回転不足6回
 2008実施回数52回 / 回転不足5回
◆3F:
 2007実施回数44回 / 回転不足4回
 2008実施回数42回 / 回転不足5回
◆3Lo:
 2007実施回数28回 / 回転不足7回
 2008実施回数27回 / 回転不足6回
◆3S:
 2007実施回数34回 / 回転不足7回
 2008実施回数36回 / 回転不足11回
◆3T:
 2007実施回数44回 / 回転不足6回
 2008実施回数45回 / 回転不足5回
◆合計:
 2007実施回数208回 / 回転不足31回
 2008実施回数203回 / 回転不足33回
◆回転不足の平均出現率:
 2007 / 14.9%
 2008 / 16.3%

《参考》コンビネーションジャンプでの回転不足
1stジャンプ:
  2007実施回数82回 / 回転不足3回
  2008実施回数84回 / 回転不足10回
2ndジャンプ:
  2007実施回数21回 / 回転不足10回
  2008実施回数14回 / 回転不足2回


結果の分析
男女全体: 07年に比べて08年は回転不足判定が明らかに増えた、とは言えない。
男女比較: 女子の方が明らかに回転不足出現率は高い。(07年、08年とも)
女子の傾向: 3Sとコンビネーションの1stジャンプでやや回転不足出現率が増えた。
      (3S:20.6%→30.6%、1stジャンプ:3.7%→11.9%)

まあ、ここまで検証、分析しておいて自ら言うのも何だが、今回の考察では特に取り立てて言うほどの発見はなかった。確かに、女子に回転不足が多いことが確認されたというのは検証のひとつの成果ではあるが、それとて女子に対しては判定が厳しくなっていると見るよりも、女子のジャンプの技術レベルが男子よりも平均的に劣ると見るほうが自然だろう。敢えて「発見」というほどではない。
今回の考察のテーマは、回転不足のルールが適正に運用されていないのではないかという疑問が立脚点になっていた。であれば、技術審判が採点したプロトコルを資料にして検証することに限界があることは仕方がない。技術審判の判定を是として検証することになるからだ。本来であれば、サンプル映像を提示して「疑惑の判定」を指摘していくのが理想的なわけだが、このブログでは技術的、法的(映像の二次使用)に難しいこともある。
一方で、「1/4回転」が回転不足の判定基準として未だに存在しているのは事実。であれば、回転不足が1/4以下だったのか、1/4超だったのかを実際に自分の目で見た上で判断するしかない。プロトコルに示された判定結果に納得するか、疑問に思うかは自分次第だということだ。例え、各選手やコーチ、協会関係者が判定結果に疑問を持ったとしても、それを抗議するなり、是正しようという意思を示さない限りは、審判の判定結果は不可侵の領域に存在し続けるだろう。また、ジャーナリズムは統括組織に対して監視の役割を持つべきだが、ISUとスポーツジャーナリズムがどういう関係にあるか、幸か不幸か、その実態を私は知らない。

回転不足のルール、及びその運用方法についての私の意見は至ってシンプルだ。
「1/4回転」という基準は合理性があると思っている(その理由は以前にも書いたので省略)。だから「1/4回転」という基準は残してもいいと思う。しかし、それが適切に運用されない、実際には運用が難しいと言うのであれば、この基準そのものを撤廃してしまえばいいと思う。回転不足があったのか、なかったのか。あったのであればGOEで減点。これくらいのシンプルさでいいと思う。ダウングレードによる「二重減点」は蛇足だ。判定結果の識別上、「<」の表記は残しておいてもいいだろう。
計測器を使わずに「見た目」で判定している限りは、多かれ少なかれ判定のバラツキを容認することを前提とした採点方法なのだ。人が見た目で判定する採点競技の宿命であり、採点基準を細部に亘って「数量化」することにはもともと限界がある。新採点方式が生まれた背景は理解できるが、旧採点方式の反動でISUはあまりにも採点を機械的に処理しようとしている傾向があるように思えて仕方がない。そのことがフィギュアスケートの技術レベルの向上にはつながっても、本質的な魅力を向上させることに寄与しているとは到底思えない。選手やコーチと審判との間に信頼関係が築けているのであれば、採点基準はもっとシンプルにできるはずだ。複数の審判による合議制で公平性と信頼性を確保することも今のジャッジングシステムの狙いのひとつ。であれば、猶のことシンプルにできるはずだと思うのである。


08-09シーズンのルール改定
前回のエッジ判定と同様、ジャンプの採点についても今季から「マイナーチェンジ」が施行されるので、そのことについて少し触れておこう。
3A以上のジャンプの基礎点が上がったことと、同時にそのGOE減点が大きくなったことが主たる変更点であることは既報の通り。この改定についてどのように報道されたかをレビューするつもりはないので、ここでは私見を記しておくに留める。

周知のように、ジャンプの採点に関するルール改定の要点は、3A以上のジャンプで基礎点が上げられ、逆にGOE減点も大きくなったことだ。
1. 基礎点のアップ
  3A: 7.5 → 8.2 (アップ率9.3%)
  4T: 9.0 → 9.8 (同8.9%)
  4S: 9.5 → 10.3 (同8.4%)
  4Lo: 10.0 → 10.8 (同8.0%)
  4F: 10.5 → 11.3 (同7.6%)
  4Lz: 11.0 → 11.8 (同7.3%)
  4A: 13.0 → 13.3 (同2.3%)
2. GOE減点の増加(GOE -1/-2/-3)
  3A: -1.4/-2.8/-4.2
  4T~4A: -1.6/-3.2/-4.8

基礎点を上げる一方でGOE減点も大きくする。これは、一見3A以上のジャンプは「ハイリスク・ハイリターン」の考えをさらに推し進めたというように見えなくもない。しかし、この改定の中味については私は2点疑問を抱いている。

疑問1: 基礎点のアップ率が難度と反比例している
上記のアップ率に注目してほしい。難度が上がるほどアップ率が下がっている。
これは、3Aが基礎点を0.7点上げたのに対して、4Tでは0.8点しか上げておらず、しかも4T~4Lzの基礎点を機械的に0.5点刻みにしているためだ。そのため、難度の上昇と基礎点の上昇が比例しないという矛盾が起きている。
3Aと4Aを比較するとその矛盾が顕著に分かる。3Aは0.7点基礎点が上げられたのに対して、4Aは0.3点しか上げられていない。そのためアップ率は3Aの9.3%に対し、4Aでは2.3%に留まっている。(もっとも4Aというジャンプは現実的には採点機会がないだろうが・・・)
この事実はどう解釈すべきだろうか。3Aは優遇され、クワッドは冷遇されたということなのか。ISUは3Aは奨励するけれども「クワッド競争」にはブレーキをかけたいということなのだろうか。世界選手権レベルでは男子の3Aは今やスタンダードになっているし、クワッドも4Tであれば3人に1人くらいの割合で跳んでいる(流石に男子といえども4Sは1~2名くらいしか跳んでいないが)。現在、女子で3Aをプログラムに入れてくるのは実質的に中野友加里と浅田真央の2選手しか見当たらず、その価値は男子の4T以上に評価されてもいいとは思う。であれば、安藤美姫選手が跳ばない限りはお目にかかる機会がないに等しい女子のクワッドは、どう評価したらいいのか。(女子の4Tや4Sは男子の4Lo以上の評価が与えられるべきなのか?)
もし、ISUがクワッド競争にブレーキをかけたいという思惑があるのであれば、基礎点を上げることなど最初からしなければ済む話だ。今回の基礎点アップの狙いが本当はどこにあるのか、私には今ひとつ見えてこない。

疑問2: リスクとリターンのバランスが悪いGOE
GOEは減点だけが増え、加点は変更なし、というのは偏向的な配点だと言わざるを得ない。ハイリスク・ハイリターンという考え方であれば、GOEの加点も減点と同じ配分にすべきではないだろうか。改定結果は、GOEの加点は3T~3Lzと同じままで、減点だけが大きくなってしまった。これでは実質的にハイリスクだけである。もっとも基礎点を上げたことでハイリターンをしているのだという意見もあるかもしれないが、その意見では他のジャンプも含めた全体のGOEバランスを説明できない。
詳しくはISUが公表している “Scale of Values” (配点表)をご覧いただくとして、それによると1Tから3LzまでのジャンプのGOEは減点が加点を上回ることはない。1T~2AのGOEではすべて加点の方が大きく、3T~3Lzでも加点と減点は同配分になっている。今回の改定前では3A~4Aでも同様だった。ところが今回の改定では、3A~4Aのジャンプに限ってGOEは減点の方が大きくなったのだ。ハイリスク・ハイリターンの考えであれば、加点も同比率にすべきではないだろうか。減点だけが大きくなったのであれば、やはりリスクの方がより大きくなったと思わざるをえない。


そもそもジャンプの基礎点の配点は妥当なのだろうか。選手自身が実感する難度と基礎点はどこまで一致しているのだろうか。例えば、3T~3Lz、4T~4Lzの場合では、各ジャンプの基礎点は0.5点刻みになっている(アクセルを除く)。つまり、各ジャンプの難度の関係は直線的に変化する、一次関数で計算されている。人間の感覚は、技術の難度は、そんな単純なものではないだろう。2Lz以下のジャンプはいいとしても、2A以上になってくるとその難度はカーブを描いて上昇していくと考えるのが自然ではないだろうか。換言すれば、二次関数の曲線のように難度が増すと考えるのが自然だろう。

また、男女とも同じ基礎点、GOEだというのも実態に即していないのではないか。同じ3Lzでも男女ではその難度に差が出るのは、先日のエッジ判定のレポートでも示唆している。ましてや3A以上のジャンプになれば、女子の場合はもっと高い評価(=基礎点)を与えてもいいのではないだろうか。事実、「男女で差をつける配点」というのはPCSで既に行なわれている(SPでは男子の要素倍数が1.0倍、女子が0.8倍。FSでは男子が2.0倍、女子が1.6倍)。ジャンプの基礎点にも男女差をつけても不思議ではないと思うがどうだろうか。例えば、3Fと3Lzでは女子の基礎点は男子の1.1倍、3A以上では男子の1.2倍というように・・・・。
その他にもコンビネーションジャンプの計算方法も実態に則しているとは言いがたい。2Tのソロジャンプと3T+2Tのセカンドジャンプは単純に同じ基礎点1.3が与えられるが、ソロで跳ぶのとコンビネーションのセカンドで跳ぶのとでは同じ難度とは思えない。また、3T+2Tと4T+2Tのセカンドジャンプ(2T)は同じ基礎点で計算されるが、これとて同じ難度とは思えない。
このセカンドジャンプの件やクワッドの低評価については、4Tのパイオニアであるカート・ブラウニングが常々疑問を発しているが、興味のある方はネットで探していただければ彼のコメントを見つけることもできよう。選手自身が基礎点の在り方に疑問を呈しているコメントは貴重で、とても興味深いものだ。

技術要素の基礎点は選手や試合の実態に則して作成されることが望ましい。新採点方式がスタートしたときには当然そのような調査・研究を経て作成されたのだと思っていた。ところが、選手やインストラクターの声に接すると、必ずしもそうではないように思えて仕方がない。
ISUジャッジングシステムは生まれてまだ日が浅い。これからも改定を繰り返しながら確立していくことを期待したい。願わくは、その改定が選手の実感と乖離することなく、リニアにあらんことを。


EPILOGUE
前回のエッジ判定の考察に対しては、実は予想以上に多くの方からコメントをいただいた。それもごく短期間で集中的に。恐らく当ブログ始まって以来のコメントの数であり、しかもそれが一気に寄せられたので一人ひとりにレスを返す機会を逸してしまった。
そこで、内容の如何に関わらずコメントをお寄せいただいたすべての方々に御礼を申し上げるとともに、このプレシーズン企画の最後に、そのご指摘、質問、批判にこの場でまとめて返答させていただくこととする。
コメント数そのものは数多く寄せられたのだが、その傾向は凡そ3つに大別できるものであった。その3通りのコメントに沿って以下の通り私の見解を記そう。

まず一番目は、私の考察を通して、私のフィギュアスケートに対する接し方、楽しみ方に疑問を持った、という指摘である。
指摘の大要は、「仔細なことばかりを採り上げて何とつまらない見方をしているのだろうか」というものである。この指摘は実は最初から予測された反響であり、実際にこのような反響が多かったことに私は寧ろ安堵感すら覚えたことを告白しなければならない。
その通りである。フィギュアスケートの本質的な魅力とは、技術の仔細な点にあるのではない。フィギュアスケートがなぜ他の競技に比べて「美しさ」というものが求められるのか。なぜ「スポーツか、芸術か」という論争が未だに続いているのか。フィギュアスケートがスケート技術を単純に競う競技なのであれば、このような論争は最初から存在しなかっただろう。高いスケート技術の上に、さらに存在する芸術的感銘に触れなければ、演じる側にも見る側にもそれを感じ取れるだけの感性がなければ、フィギュアスケートはこれほど人を惹きつけはしないだろう。
但し、今回の企画はその仔細な点に焦点を当てた企画だった。しかも、エッジエラーが多いとか少ないとか、回転不足が増えたとか減ったとかを先入観や主観に頼ることなく、事実の検証で行なった企画である。審判の採点結果に対して、少しでも科学的な(統計的な)アプローチで検証しようというものであった。それゆえ、「細か過ぎる」ように見えたこともあったろう。しかし、このような検証がフィギュアスケートの魅力をスポイルするものだとは思っていない。一般の報道や他のブログでは、技術的なテーマに対して抽象的で主観的に採り上げているものが少なくない。それらに対して一石を投じたい思いもあった。ただ、技術的なテーマを詳細に掘り下げていくブログが概して不評であったことは記憶に留めておこうとは思う。
繰り返すが、フィギュアスケートの魅力は見ている一人ひとりの感性に沿って存在するのである。よりスポーツの方向へシフトした現在のフィギュアスケートを技術競争の観点で楽しむもよし。昔ながらの芸術的側面を中心に楽しみたいというのもよし。それがスポーツと芸術の中間に存在するフィギュアスケートの独自の世界だ。

二番目は一番目の指摘と連動するものであった。「ルッツとフリップをエッジ別に細かく見るのではなく、ひとつのジャンプとして見れば十分ではないか」という意見である。
これと類似した意見がファンのみではなく、インストラクターのような競技従事者サイドにもあることは承知している。なるほど一理ある考え方だとは思う。例えば、トウ・ループは「バックアウトサイド+トウ」で踏み切るが、これを「バックインサイド+トウ」で踏み切るトウ・ウォーレイというジャンプがある。トリプルでは見かけた記憶はないが、ダブルではたまに見かけることがある。これまたエッジが「インかアウトか」の違いであるが、実際にはひとまとめにトウ・ループとして採点されている。エッジ判定の対象にはなっていない。これに倣って、ルッツとフリップも同種類のジャンプとして扱い、より難度の高いアウトエッジで跳んだ場合はGOEで加点するだけでいいのではないか、という意見である。確かにこれくらい簡素化するのもいいとは思う。
しかし、そのためには現在設定されているルッツとフリップの基礎点の違いをどう整理するか、という点にまで言及しなければならない。さらには、ルッツとフリップを同種のものにすることは認定ジャンプの種類を減らすことにもなるわけで、この点もどう改定するのか。また、ウェルバランスとしてのジャンプ回数はどう変更すればいいのか・・・・、そこまで言及しなければ、この指摘も「参考意見」に留まるだろう。但し、全体的な方向として、技術評価はよりシンプルに、より大雑把にというコンセプトでルール改定が行なわれるのであれば、この参考意見は生きてくるかもしれない。現在のISUの動向を見ていると、そのようなルール改定が行なわれるのは期待しにくいとは思うが・・・・。

三番目は、「特定の選手の演技を例に挙げて指摘するのはいかがなものか」という指摘である。また、「他にもエッジが怪しい選手はいるのに○○選手だけを採り上げるのはどうか」という類いの指摘も少なからずあった。
これは「検証」という企画上、不可避の問題である。選手を特定しなければ、どの点を指しているのか明確にできないし、事例として選択する選手はどうしてもトップスケーターにならざるをえない。検証には映像(ビデオのリプレイ)が必要であり、その映像が入手しやすく、読者の方々と情報をシェアしやすいのはトップスケーターに限られるからだ。当該選手が事例として最適だったか、というのは意見が分かれても仕方ないが、事例を示すのは特定選手でなければ具体性に欠けてしまうのだ。もちろん、自分の御贔屓の選手が「悪例」として採り上げられることは、ファンとしてはいい気分はしないということは理解できる。しかし、そもそも完璧な選手など誰一人としていない。今回、事例として採り上げた選手はいずれもトップスケーターばかりだ。今回は悪例だったかもしれないが、これまでには好例として何度も登場している選手たちでもある。今回は企画のテーマ上、好ましくない登場の仕方ではあったかもしれないが、それ以上に魅力を持った選手ばかりである。それらの選手の魅力はファンの方々が一番良く感じているだろうから、私のブログがそれに追いつかないこともしばしばあろう。読者の視点と私の視点が思うように一致しないときは満足感が低いこともあろう。それはご容赦願いたい。

私はどちらかというと天邪鬼だ。一般の報道や他のブログの論調とは敢えて異なる視点を探し出そうと意図的に書いていることもある。
例えば、今季のエッジ判定についてのルール改定は「緩和」だと私見を述べたが、一般的には「厳格化」と解釈されていることは百も承知だ。これとて「違う解釈はできないか」という仮説の下に提示した独自視点だ。それが的を得ているかどうかはシーズンが開ければ判明するだろう。ただ、一般的に語られている選手の特徴や魅力とは異なるものを見つけ出そうとするあまり、「こじつけ」的な論調になる可能性はゼロではないかもしれない。そういう点があったとすれば自戒を込めて記憶しておこう。

また、現在のルール、採点方式に対して、私がどういうスタンスを持っているのか、単純に問い合わせてきた方々もいらした。私の結論を言えば、総論賛成、各論反対、というところか。新採点方式のコンセプト、趣旨には総じて賛同している。フィギュアスケートがスポーツ競技として発展していこうとすれば、公平且つ客観的、科学的な採点方法は必要だろう。但し、もともと機械に頼らず、人の目で見て採点せざるをえない競技としては、現行のルールはあまりにも細か過ぎて、しかも無機質だと思う。かなり無理がある。もう少し旧採点方式時代の美点を復活させて、バランスを取れないものかと思う。特に最近はその細かさ、無機質さに拍車がかかっているように見える。そろそろブレーキをかける頃ではないか。選手やコーチ、インストラクターの皆さんはどう感じているのだろうか。
また、私のことを某プロライターの方と混同されていた方がいたようなのでここで明確に否定しておく。私は確かにオールドファンだが、流石にその某ライターほどの年配ではないし(汗)、そもそも署名記事を書かれるプロライターの方がわざわざ匿名でブログを書くことなど商売上考えられない。私もその方の記事はよく見かけるが、文体や論調が似ているとも思えず、プロライターと混同されたことを光栄に思っていいのか迷惑に思っていいのか、何とも不思議な気分ではある。

もちろんネガティブな反響ばかりではなく、ポジティブなシンパシーを持ったコメントも少なからず寄せられた。率直に御礼申し上げる。
あともうひとつ、御礼を申し上げなければならないコメントがあった。エッジ判定では「標準速度によるビデオ再生」を行なっているという指摘である。私は「ビデオのスロー再生は行なっていない」と記すに留めたため「標準速度の再生」については欠落してしまった。いずれにしても、回転不足の判定に比べて緩やかであることには違いないが、このご指摘に感謝するとともに、当該箇所を訂正しておいたのでご確認いただければ幸いである。


RE:EPILOGUE ~08-09GPシリーズの見所
今週末(10/23-26)、08-09シーズンのシニアGPがいよいよ開幕する。
まず、男子シングルはとても寂しいシーズンインになってしまった。新旧の世界チャンピオンがリンクから去ってしまったのだ。ジェフリー・バトルとステファン・ランビエールの引退で、男子のエントリーは急遽変更が加えられることになった。これで男子の勢力図は、前世界チャンピオンのブライアン・ジュベール、四大陸の覇者にしてISUベストスコアホルダーの高橋大輔選手、GP表彰台常連のジョニー・ウィア、エヴァン・ライサチェックの両米国勢を中心に、欧州チャンピオンのトマス・ヴェルネル、先の世界選手権の日本男子の救世主・小塚崇彦、新星パトリック・チャンが絡んで群雄割拠するといったところか。ジュニア・チャンピオンの看板を引っさげて今季からシニア参戦するアダム・リッポンは、日本では世界ジュニアの放送しか機会がなかっただろうから初めて見る方も多いことだろう。技術と表現のバランスが取れたシュアな演技をする選手だ。要注目だ。
一方、女子シングルは、初戦の米国大会がいきなり凄まじいことになっている。
2年連続世界選手権3位&GPファイナル覇者の金妍兒を筆頭に、安藤美姫、キミー・マイズナーの前世界チャンピオン、3月のイエテボリで最も賞賛を浴びた中野友加里選手、シニア初登場となるジュニア・チャンピオンのレイチェル・フラットとミライ・ナガス・・・・。いやはや、これではまるで「プレ世界選手権」ではないか。シリーズ中、最激戦であることには疑いない。
世界選手権1位、2位の浅田真央、カロリーナ・コストナーの両選手はシードされているので比較的組合せに恵まれたのは当然としても、同3位の金妍兒は2戦とも安藤選手とぶつかるのは想定外だったのではないか。シーズンオフはお互いに故障のからの回復が焦点だっただけに特に初戦は興味深い。中野選手にしても然り。第2戦となるNHK杯は浅田真選手との直接対決。ファイナル進出を目指すには、安藤、中野両選手とも簡単な組合せではないだろう。そのNHK杯は今回は東京開催だ。日本選手が男女とも大挙して出場するので毎年人気が高いが、復帰後初めてISU公式戦に登場する鈴木明子選手は世界の目にはどう映るだろうか。目が離せない要素がまたひとつ増えてうれしい限りだ。
その他にも注目選手や見所は多々あるのは当然だが、その点についてはスポーツナビで青嶋ひろのさんが適切な記事を書かれているので、そちらをご覧いただくのがベターかと思う。

既報の通り、先週末(3連休)、東京・千駄ヶ谷の神宮外苑スケート場で東京選手権が開催された。その大会を直接観戦してきたので、その様子をかいつまんでレポートすることで08-09GPシリーズの見所を締めくくろう。
もちろん注目していたのは、GPシリーズにエントリーしている村主、中野、武田奈也の3選手。結果や概要は一部スポーツニュースで流れたり、新聞にも載っていたので割愛するが、3選手それぞれに注目点が異なった。
まず、中野選手。調整途中という感じでジャンプが決まらないという報道が多かったが、意欲的ではあった。FSでは3Aを着氷し(判定は回転不足)、スピンは相変わらずスピード十分で姿勢変化も多彩だ。ただ、SPではルッツがうまくいかなかったり、FSでもすべてのジャンプがクリーンに決まらず精彩を欠いたことも事実。GPは初戦に登場するだけに3選手の中では一番時間がない。残り2週間でどこまで調整をしてくるのか、少々懸念される。
次に武田選手。調子は良さそう。会場入りするところで偶然お会いできたので、図々しくも記念撮影とサインまでしてもらった(汗)。リップサービスかもしれないが、ご本人からも調子は上々とのお話もいただけた。で、迎えたSPで早速実証してくれた。コンビネーションでいきなり3T+3Tを跳んでみせた。これには会場の観客(わずか200名くらい?)も大きくどよめいた。プロトコルを見ると残念ながら回転不足の判定になっていたが、とにかく跳べたことは大きいだろう。FSでは残念ながら3T+3Tは見せてくれなかったし、ミスも少なくなかったが、第2戦カナダ大会からの出場に向けて調整はいいようだ。
同じカナダ大会からの出場となる村主選手が、東京選手権での一番の驚きだった。優勝したからではない。その演技内容の変貌に驚いたのだ。ファンから「村主ワールド」と称されるように、もともと村主選手は繊細かつ個性的な表現で戦ってきた選手だ。その演技が大きくなった。ダイナミックさが加味されたのだ。特に上体の使い方が変わり、ステップがダイナミックに、大きく見えるようになった。これもモロゾフ・コーチに変えた効果なのだろう。モロゾフ・コーチの力量もさることながら、自分にはまだ新しい引出しがあることを再発見し、村主選手のモチベーションは大きく上がっているのではないか。ジャンプでも3連続コンビネーションを跳んで見せた。SPが64点台をマークしたのは、流石に国内審判であることを割り引いて見るべきだとしても、今季に復活をスタートさせるシグナルはグリーンが点灯している。(キャプテン・スカーレット的に言えば “SIG” )
なお、同大会ではGP出場の3選手以外にも興味深い選手、演技があった。GP出場の3選手が表彰台を占めたのは当然として、4位に入った望月梨早選手の演技は印象深いものがあった。特に望月選手のスパイラルは大変美しく、サーシャ・コーエンや太田由希奈選手のそれを彷彿とさせるものがあった。そういえばその太田選手も当初は同大会にエントリーしていたのだが、結局は欠場してしまった。実は個人的には一番楽しみにしていただけにオーダーシートに名前がないことを発見したときはひどく落胆してしまった。会場でも特に欠場理由についてはアナウンスされなかっただけに、またも足首の故障が再発したのではないかとネガティブな想像ばかりが脳裏を駆け巡る。誰か近況をご存知の方がいるのであれば是非知らせてほしい。


いよいよ数日後に、08-09GPシリーズが開幕する。このブログでいろいろ書いたこともすべては選手の圧倒的な演技の前にはまったく無力である。そして、このブログに書かれていることをまったくの無力にしてしまうことを寧ろ選手たちに願っている。このクソ生意気なブログを圧倒的に打ちのめしてほしい。その常人を超えた肉体で、その常識を超えた感性で・・・・。

Just move it!

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2008年10月01日

08-09シーズンに向けての考察1 ~ エッジ判定の実態

07-08シーズンからフリップとルッツに限ってエッジ判定が厳しくなったことは記憶に新しい。当ブログでもこの点については、きちんとまとめた形で考察しよう、と予告していた。そこで今回はシニアクラスの08-09シーズンが直前に迫ったプレシーズン企画として、このエッジ問題を総括し、08-09シーズンの展望の一助としよう。
まずは、フリップとルッツというのはどういうジャンプでどう違うのか、簡単におさらい。(右足が利き足で反時計回りにジャンプする場合で説明)

フリップとルッツの共通点
バックスケーティング(後ろ向きの助走)で、左足のエッジと右足のトウで踏切り、右足のアウトエッジで後ろ向きに着氷する。両者ともエッジだけではなくトウも使う「両足踏切り」のため高さが得やすい。
ちなみに、サルコウやループは片足エッジだけで踏切るので高さはあまり出ない。(回転数を上げるには、高さではなく回転速度を必要とする)

フリップとルッツの相違点
左足エッジの、インサイド(右側のエッジ=身体の内側)を使うのがフリップ。アウトサイド(左側のエッジ=身体の外側)を使うのがルッツ。
ちなみに、フリップ(Flip)は「はじく、はじき飛ばす」という意味の一般動詞。対してルッツ(Lutz)は、考案者の Alois Lutz というスケーターの名前が語源。
また、基礎点はルッツの方が高い。左足インエッジから反時計回りに回転するフリップは自然に回転しやすいのに対して、ルッツは不自然で回転しにくいからだ。左足アウトエッジから反時計回りに回転しようとするのは「逆方向」に無理やり回ることになるのでルッツはフリップよりも遥かに難しいとされているわけだ。もっともその割にはトリプルの場合で言うと基礎点は0.5しか違わないが(3F=5.5、3Lz=6.0)。そして、比較的跳躍力の劣る女子選手ではルッツを正確に跳べないため、ルッツと申告しておきながら実際はフリップで代用(=フルッツ)してしまう選手が多いと言われている。ちなみに、本来インエッジで跳ぶフリップをアウトエッジで跳んでしまう ジャンプを「リップ」と呼ぶ。(いずれも造語)

というわけで、簡単に言うと、フリップとルッツの跳び方の違いは踏切りエッジがインかアウトだけだ。(厳密に言うと、アプローチの仕方も異なるが、本章では割愛)
ここまでは理屈と定説の話。では、実態はどうなのか?
今回は07-08シーズンの実績を集計し、巷言われている定説を事実に基づいて検証しようという酔狂な試みである。

検証の条件(検証の対象)
1. 競技会はシニア、カテゴリーは男女の各シングルを対象とする。
 (ジュニア選手でもシニア競技会での試技であれば対象とする)
2. ISUスコアが認定される、ISUチャンピオンシップとGPシリーズを対象に集計。
 (世界選手権、欧州選手権、四大陸、GPシリーズ6戦+ファイナル1戦)
3. 対象となるフリップ&ルッツは、トリプル以上とする。
 (男女とも条件を揃えるため、男子で実施の少ないダブル以下を除外)
4. 技術審判がエラー判定したジャンプのみを「リップ&フルッツ」
  としてカウント。(私見の排除)
5. 対象競技会に2回以上出場し、フリップとルッツの両方を2回以上
  実施した選手で集計。(偶発性の排除)

検証の結果
男子
◆フリップ&ルッツ実施選手:42名
◆フリップ実施回数:延べ236回
 「リップ」判定回数:延べ56回(エラー率23.7%)
◆ルッツ実施回数:延べ347回
 「フルッツ」判定回数:延べ4回(エラー率1.4%)

女子
◆フリップ&ルッツ実施選手:33名
◆フリップ実施回数:延べ218回
 「リップ」判定回数:延べ38回(エラー率17.4%)
◆ルッツ実施回数:延べ256回
 「フルッツ」判定回数:延べ52回(エラー率20.3%)

ちょっと意外な結果ではないだろうか。
男子ではルッツを正確に跳べる選手が多いのは予測できたとして、ルッツよりも易しいはずのフリップがリップになってしまう選手が多かったのは予想外だった。延べ回数で言えば、4回に1回はリップになってしまっているという結果だ。
女子ではフルッツが多かったのは予想通りか。しかし、男子ほどではないもののリップも意外に多かった。大雑把に言えば、女子ではフリップとルッツが両者とも5回に1回は不正確に跳んでいた計算になる。

巷の定説には実はもうひとつある。フリップが得意な選手はルッツが苦手、ルッツが得意な選手はフリップが苦手という定説だ。
難度の理屈で言えば、ルッツが跳べるのであれば、より易しいフリップは問題なく跳べるはずだと考えがちだが、実態はそうではない。選手には癖や相性というものがあり、理論通りにはいかないということだろう。ルッツの習得過程でアウトエッジで踏み切ることに慣れてしまって、フリップまでもがアウトエッジになってしまったということもあるようだ。
一方で、フリップがリップになってしまう選手がエッジを矯正することは比較的可能だと言われている。フリップの後にルッツを習得した選手であればフリップは「元に戻す」作業だからだ。
これに対して、ルッツがフルッツになっている選手のエッジ矯正は相当に困難だと言われている。なぜなら、その選手は実はルッツをまだマスターできていないからだ。フリップは習得したが、ルッツが未習得の状態で「フリップでルッツ風に跳んでいる」に過ぎないから、ということらしい。アプローチだけはルッツ風に行ない、ジャンプ自体はフリップで跳ぶ、換言すれば「代用」しているだけということになる。ルッツの習得を途中で止めて「代用ジャンプ」で誤魔化すことを続けてきたため、正確なルッツの「習得前」に変な癖がついてしまっているというわけだ。

なぜ女子選手にフルッツが多いのか?
それは同一ジャンプの実施回数を制限した通称「ザヤック・ルール」と、より基礎点の高いジャンプを跳ぶことが有利になる新採点方式の影響ではないか、と小生は思っている。ルッツをまだマスターしていないのに、回数制限をクリアしながら高い基礎点が欲しくて「代用ジャンプ」を使い続けてしまった代償なのではないか。技術審判が今まで看過してきたこともこれに拍車をかけただろう。より高い基礎点のジャンプを少しでも多く入れる・・・そんな点数稼ぎにこだわったプログラム作りがしっぺ返しを喰らったと言っては言い過ぎだろうか。

次に、選手個々の判定状況を検証する。

男子
◆1回もエラー判定されなかった選手:19名(男子全体の45.2%)
*実施回数によるTOP5:
 1位 マイケル・チャン/延べ23回(Flip11回、Lutz12回)
 2位 高橋大輔/延べ22回(F12回、Lz10回)
 3位 クリストファー・ベルントソン/延べ19回(F11回、Lz8回)
 4位 ステファン・ランビエール/延べ17回(F7回、Lz10回)
 5位 エヴァン・ライサチェク/延べ12回(F4回、Lz8回)

◆フリップが半数以上「リップ」判定された選手:10名(23.8%)
 *フリップがすべて「リップ」判定された選手:2名
  マニュエル・コール(フリップ実施回数3回)
  アレクサンダー・カザコフ(同2回)
◆ルッツが半数以上「フルッツ」判定された選手:1名(2.4%)
 *ルッツがすべて「フルッツ」判定された選手:0名

女子
◆1回もエラー判定されなかった選手:15名(女子全体の45.5%)
*実施回数によるTOP5:
 1位 カロリーナ・コストナー/延べ25回(Flip15回、Lutz10回)
 2位 金妍兒/延べ20回(F8回、Lz12回)
 2位 ジョアニー・ロシェット/延べ20回(F8回、Lz12回)
 4位 安藤美姫/延べ17回(F7回、Lz10回)
 5位 レズリー・ホーカー/延べ12回(F6回、Lz6回)
 5位 金羅英/延べ12回(F6回、Lz6回)

◆フリップが半数以上「リップ」判定された選手:5名(15.2%)
 *フリップがすべて「リップ」判定された選手:1名
  サラ・マイアー(フリップ実施回数8回)
◆ルッツが半数以上「フルッツ」判定された選手:6名(18.2%)
 *ルッツがすべて「フルッツ」判定された選手:4名
  アシュレー・ワーグナー(ルッツ実施回数12回)
  浅田真央(同9回)
  キャロライン・ザン(同9回)
  浅田舞(同4回)

1回もエラー判定されなかった=パーフェクトに跳び分けていた選手は、男女とも5割弱。これもやや意外。女子はともかく男子はもっと多いイメージがあったが、男女に大差はなかった。パーフェクト・ジャンパーには男女ともトップスケーターが名を連ねているのは納得するところ。
問題は、すべてエラー判定された=跳び分けがまったくできていなかった選手、である。男子の2名はいずれもトップクラスとは言いがたいのでまだいいとして、女子の5名がいずれもトップスケーターであったことは驚き以外の何物でもない。アシュレー・ワーグナーとキャロライン・ザンはジュニアから上がってきたばかりということで目をつぶるとしても、浅田真央選手は「ジャンプの名手」としても知られてきた世界チャンピオンのはずであり、サラ・マイアーにしても欧州を代表する実力派スケーターだ。これはどうしたことか。1シーズンでは間に合わないほど矯正が困難だったということか、それとも1-2点程度の減点であれば他でリカバーできると高をくくったか・・・・、よもや矯正は不可能とあきらめたわけではあるまい。
いずれにせよ、両選手とも他の範となるべき選手であるだけに今季は是非ともエッジ矯正に本格的に着手し、その成果を篤と拝見したいと願うばかりだ。


エッジ判定方法の構造的欠陥
公式記録によるエッジ・エラーの実態検証は以上の通りだが、小生は当ブログにおいて、しばしばその判定に疑問を投げかけてきた。プロトコルを鵜呑みにせず、あくまでも自分自身の目視を大切にする小生の判断と、プロトコルに記載された公式記録が一致しないことが少なからずあったからだ。言うまでもなく、小生はISUの技術審判ではない。「専門家が下した判定になんでイチャモンをつけるのか?」と訝しがる向きもあろうが、たとえ専門家と言えども人間のやることに完璧はないものだ。必ずそこには限界があるし、さらには非合理的であることを承知で強行するという「権威の乱用」さえ存在する場合がある。新採点方式になってからは一見、採点の透明性・客観性が向上しているようには思われるが、一方で「強引な判定」も存在するように見受けられる。特に、このエッジ判定については判定方法に「構造的欠陥」があることを承知で強引に行なっていると思わざるをえない部分がある。
そこで、このパートではエッジ判定方法の欠陥を検証し、知見を高める一助にするための考察を試みる。

エッジ判定は技術審判の裁量だが、彼らの判定方法のポイントを以下に簡潔に整理する。
1. まずは「目視」で判定。
2. 審判専用カメラで撮影されたビデオ映像でも確認するが、その再生速度は標準。
  (回転不足判定のようなスロー再生は行なわない)
3. 審判専用カメラは1台、設置位置は審判席の横。
  (即ち、審判の目視と専用カメラの撮影方向はほぼ同じ角度)
4. 踏切る瞬間だけではなく、アプローチでのエッジの傾きも参考に判断する。
  (「間違ったエッジを使っている時間」の長さも考慮に入れる)

上記1-2に象徴されるように、エッジ判定は曖昧さを相当に孕んで判定されていると思っていいだろう。回転不足に対する異様なまでの厳格さとは雲泥の差だ。ISUはエッジ判定を回転不足ほどには問題視していない、と考えていいだろう。(減点方法もそれに比例している)
上記4点で最も注目していただきたいのは、3番目の審判専用カメラの台数と設置位置である。
フィギュアスケートリンクの国際規格は、長辺60m×短辺60mの長方形(四隅は角丸)で、面積は1800平方メートルとなっている。技術審判3名(TC、TS、ATS)とジャッジ10-12名(競技会により変動)は、長辺側のリンクサイドに陣取るのが基本。他の技術要素同様、エッジ判定は技術審判が判定するのだが、問題は彼らの「席位置」にある。当然ながら座席は固定されていて、選手の演技中に自由に動くことができない。当然、審判席からでは「見えにくい角度」が必ず生じる。しかも「目視」をサポートするはずの専用カメラもほぼ同じ角度からしか撮影していない(目視の死角を補完していない)。
エッジの傾き角度(イン/アウト)は、ブレードの正面または真後ろからがもっとも見分けやすい。即ち、選手が技術審判に対して縦方向に向かってジャンプするときが最もエッジ角度が見やすい。逆に、技術審判の前を横切る方向で選手がジャンプすると最も見えにくい。エッジ自体の角度が見えにくい場合は、(アプローチ時の)膝や足首の曲がり具合などを参考にせざるをえないという。つまり、選手がリンクの長辺方向に滑ってフリップやルッツを跳ぶと、技術審判からはエッジが見えにくいのだ。しかも厄介なことに、他のジャンプに比べ長い助走を必要とするフリップ&ルッツは長辺方向(審判の前を横切る方向)に実施されることが多い。
こんなことは素人の小生が指摘するまでもなく、ISUの技術委員会では百も承知のはずだ。専用カメラをリンク長辺側だけではなく、短辺側にも設置し、ダブルアングルで確認するのであればこの構造的欠陥を少しでも改善できようが、それも行なっていないようであれば「無理を承知で強引に判定している」と言わざるをえない。
一方で、こちらはTV中継のマルチアングル映像やスロー再生など、現場の技術審判よりも遥かに厳密にエッジを確認できる。このことが判定に疑義を生じさせる温床となっているのではないか。
小生がコリオグラファーだったら、フリップやルッツのエッジに自信がない選手のためには、フリップやルッツは必ず長辺方向に行なうように構成したプログラムを作る。技術審判の目を盗める公算が大きいからだ。


金妍兒の「リップ疑惑」
エッジ判定のテーマでもうひとつ避けて通れないのが、金妍兒の「リップ疑惑」の件だ。当ブログでもしばしばその「疑惑」について触れてきたことをご記憶かと思う。本章では、その疑惑について結論を出したいと思う。
但し、本章を進める前に予め書き添えておきたいことがある。それは、本章の目的は金妍兒の弾劾にあるのではなく、ISUの判定方法及び技術委員会の運営に問題があることを指摘することにある。当ブログでは特定の選手だけを賞賛することは極力避けたいのであまり触れたくないことだが、小生は金妍兒を非常に高く評価している。さらに告白すると好意的にすら思っている。順番は申し上げにくいが、5本の指に入るくらいお気に入りの選手である。よって、この問題は金妍兒に非があるのではなく、寧ろ金妍兒はISUの曖昧さの被害者であるとさえ思っている。金妍兒ファンの方がいらしたら、どうか冷静に本章を読んでいただきたい。
先述のように、プロトコルに基づく検証では金妍兒は一度もエラー判定を受けていない。パーフェクトに跳び分けができている選手ということになる。しかし、小生が見る限り、(ビデオの助けを借りなくても)どうしても彼女のフリップはアウトエッジに見えて仕方がない。
彼女のフリップはリンクの長辺方向に行なわれる。先述のように踏切りエッジは審判席からは見えにくいだろう。それでも、踏切り前の左膝の開き具合、左足首の曲がり具合は「目視」でも確認できるはずで、インエッジで踏み切っているとは到底見えない。百歩譲って「フラットエッジ」(インにもアウトにも傾いていない垂直に立ったエッジ)がいいところだ。そうは言ってもISUが認定していることも事実なわけで、ISUの基準では金妍兒のフリップは「セーフ」ということになる。
ひとつ盲点があるとすれば、彼女はフリップを必ずコンビネーションで跳んで(3F+3T)、ソロでは跳ばないということだ。彼女のコンビネーションは本当に素晴らしい。助走スピード、高さ、距離、回転軸、着氷姿勢・・・どれを取っても申し分ない。GOEで+2の加点が付くことも珍しくない。コンビネーションジャンプとしての全体の出来栄えがフリップのエッジを忘れさせてしまうほどだ。実際、たとえフリップのエッジで減点されても、コンビネーション全体の出来栄えがエッジの減点を上回り、トータルではGOEが加点になっていると考えることもできる。3Fをソロで跳んだらどうなるか?「e」マークは付くのか?GOEは減点されるのか?実際に彼女がソロで跳んで見せてくれない限り、それは憶測の域を出ないだろう。コーチのブライアン・オーサーさんは金妍兒の3F+3Tを見て、その全体の出来栄えがあまりにもいいので、細かくエッジ指導をする必要はないと思ったのではないか。エッジを気にしてコンビネーションが崩れてしまうよりは、このままの状態で跳んだ方が得られるものは大きいと考えたのではないか。つまり、弱点の矯正ではなく特長を生かす、ということ。勿論これは小生の大胆な想像ではあるけれども、もし本当にそうだとしたらオーサー・コーチの大英断だったと思う。
まあ、このような仮説を立ててみたところでプロトコルの事実はシンプルに「認定」を示しているだけだ。
しかしそれでも釈然としないのは、金妍兒のフリップにISUがお墨付きを与えているという「オフ・アイス」の問題だ。

07-08シーズンが始まる前にISUの技術委員会は各国協会の役員を招き、その場でフリップ&ルッツの「模範映像」が上映されたという。その映像が金妍兒のものだったと報道されている。この報道の通りだとしたら2つの点で問題がある。
まず1つ目は、ルッツはともかく金妍兒のフリップは模範演技としては不相応ではないかということだ。理由は上述の通り。彼女のフリップは「可」かもしれないが「優」とは言えないだろう。模範というのであれば、カロリーナ・コストナーやジョアニー・ロシェットの方が遥かに相応しいのではないか。ルッツはともかくフリップに限定すれば村主章枝選手のだってかなりいい。
2つ目は、現役選手の映像を模範映像として採用するのはアンフェアだということだ。公平を期さなければならないISU自身が特定選手のエッジ判定について審判に予断を与えることになるからだ。模範映像は引退した選手のものにするべきで、現役選手の映像しか入手できなかったというのであれば、選手を特定できないようにその映像を加工・編集してから上映すべきだった。上半身にモザイクをかけるとか、下半身だけをアップにするとか、いくらでもできたはずだ。
実は、ISUがこのようなアンフェアなことをするのは今に始まったことではない。かつて、渡部絵美さんが現役選手だったころ(約30年前)、彼女の2Aを模範演技として技術委員会で取り扱っていたことがある。流石に当時は現在ほど細かい採点基準はなかったので、実際にジャッジに与えた影響は微々たるものだったのかもしれないが、現役選手の演技を模範として扱うことが採点競技の審判にどれだけ影響を与えるかということについて、ISUは昔から無頓着だということだ。

金妍兒のフリップは、07-08シーズンのISU基準では合格ラインに達していて、減点対象にはならない。但し、合格点(可)はもらえるかもしれないが、「優」、「良」がもらえるかというと厳しいかもしれない。これが結論だ。
金妍兒は誠実で自分に正直なだけではなく、どこか内省的な志向がある選手だ。それが彼女の魅力でもある。金妍兒はとても聡明な女性だ。彼女は自分の長所も短所もすべて自覚できている。であればこそ、ISUのお墨付きに浮かれることなく寧ろ冷淡なくらいに受け止めているのは、他ならぬ彼女自身ではないだろうか。


08-09シーズンのルール改正
エッジ判定の厳格化が昨季から行なわれ、今後はさらにその厳しさが増すものだと予測していた。ところが、過日発表されたルール改正は拍子抜けするものだった。既にISUのアナウンスをご覧になった方も少なくないだろうから以下に簡潔に記す。

1. エッジ判定は2段階で判定する。
2. 重度の間違ったエッジで踏み切った場合、技術審判は「間違ったエッジ」であったことをジャッジに通知、且つGOEを必ずマイナスにするようにジャッジに指示(強制)。プロトコルには “e” マークを記載(edgeの意)。
3. 上記2よりも軽度の「間違ったエッジ」の場合は、GOEの減点はジャッジの任意(減点してもしなくてもよい)。プロトコルには “ ! ” を記載して(Attentionの意)、上記2と区別。

エラーの度合いにより減点の幅を持たせたことは理に適っている。但し、上記3は実質的に「目をつぶる」余地を追認したことになる。この改正で今季はエッジで減点される選手が減少すると予測される。昨季のエラー判定された選手の中で「より軽度」の選手は「減刑」されることになるわけで、「軽度」と判定されるとGOEはマイナスにならない可能性が出てきたからだ。
一方で、昨季は「クロ」とは断定されず「灰色」に留まり、結果的には減点を免れていた選手の中で、今季は「軽度」と判定される可能性も出てきたとは言える。但し、ISUが昨季に「灰色」と睨んでいた選手がどの程度いたのかはまったく情報がないので予測がつかない。
とにかく、ISUがエッジ判定の減点を厳格化しようという方向でルール改正をしたとは思えない。厳格化するのであれば、エラーの度合いに限らずGOEは必ずマイナスにする。重度のエラーは-3、軽度は-1。これくらいにしないと厳格化したとは言えない。マイナスにしなくてもよい、という余地を作ったことは、エッジ判定を緩和したことになる。
なぜ緩和したのか?
手前味噌のようで気が引けるが、当ブログの検証でも指摘したように、ISUもエッジ判定の困難さと選手の実態に気づいたということではないだろうか。審判席からは見えにくい死角があること、女子選手はともかく男子選手にも多くのエラーが見られたこと。エッジ判定を厳格化していくことは混乱を招くだけで非現実的だと判断したのかもしれない。その結果が今季のルール改正(緩和)の背景にあったのではないか。まあ、それもよしとしようか・・・・。
但し、このようなルール緩和は昨季まじめにエッジ矯正に取り組んでいた選手にとっては梯子をはずされたのも同然だろう。得意のルッツの調子を崩してまでもフリップのエッジ矯正に真面目に取り組んでいた選手やコーチはどのような思いでこのルール改正の説明を聞いただろうか。一方で、エッジ矯正を先送りにして延命を図ってきた選手やコーチはこっそりと安堵しているかもしれない。正直者が馬鹿を見たのだとしたら、猫の目のように変わるISUのルール改正は何とも罪作りなことをしたものだと思うのである。


08-09シーズンのプレシーズン企画の第1弾として、今回は「エッジ判定の検証とルール改正」についてまとめた。次回、第2弾は「ジャンプの回転不足の検証とルールの欠陥」についてお届けする予定だ。ジャンプの回転不足の判定については、現行ルールがほとんど死文化しているとしか思われないからだ。その点について検証と指摘を試みる。
それはいつになるか? GPシリーズ開幕までには間に合わせないと「プレシーズン企画」にはならないのだが・・・・(汗)

posted by pbq1464 |22:49 | コメント(0) | トラックバック(1)
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