2008年08月05日
貘が夢を見るとき~2008世界選手権レビュー(男子シングル篇2&総括篇)
ISU世界フィギュアスケート選手権大会2008 ISU World Figure Skating Championships 2008 高橋 大輔 Daisuke TAKAHASHI (JPN) SP:80.40(3位)、FS:139.71(6位)、総合:220.11(4位) 私は彼のイエテボリが終わった直後にすぐに思い出したのが、一昨年のサッカーW杯ドイツ大会での日本代表だった。 異種競技を比べること、ましてや個人競技と団体競技を比べることがナンセンスであることは百も承知。優勝候補に挙げられていた選手と決勝トーナメント1回戦の突破(ベスト8)を目標としていたチームでは競合環境がまったく異なり、比較すること自体が各々のコンペティターに対しても失礼だろう、という声は私自身の中にさえある。それでも私の眼には高橋選手と日本代表が重なって見えてしまったのだ。なぜか?・・・・私がこの2者に共通に感じたのはコンディショニングの問題だった。 私は一昨年、わざわざドイツくんだりまで我が代表の応援にかけつけ、試合はもちろんのこと彼らの公開練習までつぶさに見てきた。その練習から試合までの様子をリポートするのは本編の趣旨とは異なるので割愛するが、結論を言えば、あのときの日本代表のピークは大会2週間前に行なわれたドイツ代表との親善試合のときだったのではないかということだ。当時の日本代表の目標から見れば、ピークは本大会序盤のグループリーグ戦に合わせるべきで、予想外に早期に迎えたピークをそこから2週間維持するのは難しかったと思うのだ(戦術、選手個々の基礎体力、1-2戦の開催時間の問題云々についてはここでは言及しない)。 翻って、高橋選手はどうであったか。間違いなく彼も四週間前の四大陸でピークを迎えていたはずである。四大陸での彼の演技は彼自身のベストだったし、スコアもそれを十二分に表わしていた。四大陸での成功、その後の十分な調整期間、(ブライアン・ジュベールや安藤美姫選手のように)イエテボリ入りする前に体調を崩していた、故障を抱えていたという話も聞かない。準備万端でイエテボリに乗り込んだ勢いは浅田真央選手に勝るとも劣らないものだったろう。しかし、結果は既報の通り、失速・・・・。即ち、彼もまた、あのときの日本代表チームと同様に、ピーク後の調整・維持が難しかったのではないか。シーズンを通して選手には必ず調子の波が多少なりともあるもの。波を繰り返しながらも全体的には上向きにしていきながら大一番を迎えるというのが理想的だろうが、一度迎えたピークを4週間も維持するのは並大抵のことではなかっただろう。ピークは必ず下降するものだからだ。ピークにあるときの選手のコンディションとは実は心身両面とも微妙な状況にあるようだ。肉体は疲労が蓄積し、怪我(肉離れ等)だけではなく、(抵抗力の低下により)ウィルス性の風邪等の感染症のリスクも高まる。メンタル面では、モチベーションの維持をしなければならないし、慢心が生じることもあれば、逆にピークが下降することへの不安も顔を覗かせることもある。ピークを早く迎えてしまうことはそれだけ複雑な状況なのだ。 高橋選手が試合前の公式記者会見で「金メダルを一番欲しがっているのは自分自身だ」と自ら発言したことをビッグマウスだとは思わない。それだけの力があることは誰もが認めている。しかし、「前回は銀だったので、今回はその上を狙いたい」というような一般的なコメントではなく、「欲しがっているのは自分自身」とわざわざ「自分」を強調したコメントにどこか違和感を感じながら私はその会見を見ていた。彼は割りとハッキリとした物言いをする選手なのは知られているが、この会見での発言は自信の表れというよりも、むしろ自分が設定したはずの目標に逆に急き立てられているように感じた。余裕の発言というよりもどこか自分に言い聞かせているような独り言のようにさえ聞こえた。彼は試合後、「結局のところ緊張しすぎていたのだと思う」と語ったようだが、私にはピークの作り方、即ち(メンタル面も含めた)コンディショニングの問題だったように思えてならない。 SPは奇妙な印象だけが残っている。ジャンプはコンビネーションがうまくいったと思うが、得意の3Aで珍しくお手つき。プロトコルを見るとGOEで2点以上減点されているので両手を着いたのだろう(片手だけなら-1かな?)。四大陸で10点以上も荒稼ぎしたTESのGOEは今回はわずかに3点強。『白鳥の湖~ヒップホップ・バージョン』は上体の激しい動きと本来スケートにはない複雑な動きを要求するハードなPGだ。四大陸ではそのハードなPGを完全に自分のものにしていたように思えたが、今回は冒頭の3Aを失敗して焦りが出たのか、(変な表現だが)全体に身体は動いているのだが気持ちがシンクロしていないように見えた。身体もさることながら心が疲れているような、そんな奇妙な感じだけが残った。それでも、全選手中ただ一人39点台に乗せたPCSでTESの減点をリカバーし、SPで僅差の3位につけたことはむしろ怪我の功名で、FSでは自ら課した重荷から解放されてのびやかな演技ができるのではないかと秘かに期待していた。 そのFSではSPよりも落ち着きを見せていたと最初は思われた。確かに冒頭の2つ目の四回転は失敗してしまったが、後半の5連発ジャンプに入る前のつなぎの滑りでは思い入れたっぷりの表現も十分入り、落ち着きを取り戻したかに見えたのだ。しかし、5連発ジャンプの最初の3A+2T+2Loが失敗したことで、彼の脳裏にトリノの悪夢が甦った。彼はGPファイナルのFSでコンビネーションを2回しか入れられなかったために僅差(0.16!)でランビエールに逆転されたことが脳裏をかすめたのだという。そこで咄嗟に頭に浮かんだのが「もう1回コンビネーションを入れなければならない」ということだった。その結果が5連発ジャンプの最後の3Lzに2Tを加えることだった。これが先述のパトリック・チャンと同じ結末を呼ぶことになった。即ち、4回目のコンビネーション=無効、キックアウトである。これで予定していた6.60の基礎点が丸ごと無くなってしまったのだ。 その後のステップ、スピンが良かっただけに何とも惜しまれる。今までGOEで稼いできたのが彼の特長でもあったのだが、今回の彼のFSでは基礎点が65.20と低迷しただけではなく、ジャンプミスが響きGOEでの減点が多く、TESは64.15と基礎点よりも下がってしまった。これではいくらPCSで稼いでも表彰台は苦しい。 最終滑走グループの選手が滑るリンクの上には、選手たちが刻んだ激闘の痕さながらに無数のブレードの軌跡が描かれている。高橋選手の滑った後の軌跡は、まるで07-08シーズンの旅が目的地に辿りつく前に飛翔を終えた Dark Swan から抜け落ちた羽根のように見えてならなかった。 ステファン・ランビエール Stephane LAMBIEL (SUI) SP:79.12(5位)、FS:138.76(7位)、総合:217.88(5位) ランビエールは結局、シーズンを通してジャンプが安定しなかった。その安定しないジャンプでも昨年のGPファイナルで239.10というPBSを出せたのはジャンプ以外の要素と5コンポーネンツの評価が高いからだが、イエテボリではジャンプの失敗が多すぎた。ザグレブの欧州選手権ではSPの出遅れをFSでリカバーし表彰台に上れたが、イエテボリでその再現はならなかった。 彼の真骨頂はFSにあると思っているが、それは彼の楽曲の理解と表現力が存分に発揮されるのはFSのロング・プログラムにおいてこそだからだ。彼の饒舌な表現力が発揮されるためには、短時間で必要な技術要素を詰め込まなければならないようなSPは少々窮屈なのだ。もう少し要素が少なくてもかまわないのであれば短い時間でも豊かな表現が可能なのだろうが、今のルールでは要求される要素が多すぎる。彼もまた技術偏向時代にアジャストすることに苦心している選手の一人なのではないだろうか。 残念ながら彼のSPはあまり印象に残っていない。ジャンプにミスがあったことは記憶しているが、全体的に精彩を欠いているというか、何かパッションを感じなかった。スピンの名手と謳われるだけあって、スピンですべてレベル4を取っていたのは流石だが、私にはそのスピンでさえあまり印象がない。全体にスピードやメリハリに欠けた演技だったのかもしれない。 FSではジャンプに精彩を欠いていたのはSPの出来から予測されるものだったかもしれないが、それでも果敢に4回転を2回入れてきた。2つ目の4Tはトウでランディングしてしまったために引っかかりステップアウトしてしまったが、回転自体は足りていたと思う。もっとも回転不足の判定は気の毒だったとはいえ、計8つのジャンプで5つものジャンプがGOEで減点されてしまっては4Tの回転不足など些細な話かもしれない。SPと違ってFSではスピンに鬼気迫るものさえ感じた。踊りきってやるというような気迫。彼のスピンはその姿勢の工夫、クリエイティビティ溢れるコンビネーションにいつも酔わせてくれる。特にこのFSのPG『ポエタ(フラメンコ)』では気迫が違うような気がする。彼はこの『ポエタ』に並々ならぬ思い入れがある。07-08シーズンを振り返ってのコメントで「フラメンコとお別れをしなければならないのが寂しい」という言葉が聞かれたが、そのフラメンコはイエテボリのリンクに深く刻むことができただろうか。 演技終了後の彼の横顔には、ただ単に4年連続の表彰台を逃したアスリートの悔恨だけではなく、フラメンコで北欧のリンクを熱く溶かすことができなかったバイラオールの情念の残り火が垣間見えた。燃え尽きることができずに燻ぶり続けているかのように・・・・。 ブライアン・ジュベール Brian JOUBERT (FRA) SP:77.75(6位)、FS:153.47(2位)、総合:231.22(2位) よく戻ってきたなあというのが第一印象。ウィルス性の感染症でGP仏大会を欠場した後、なかなか復調できず、先の欧州選手権でもヘロヘロの状態だったことを考えれば、よく間に合わせたなあという思いが強い。見る方としてもディフェンディング・チャンピオンがいるといないとでは緊張感は違うし、だいいちチャンピオンシップという大会の格式にも相応しいというものだろう。もちろん、万全の状態とまではいかなかったのだろうが、逆にそのことがディフェンディング・チャンピオンの闘争心を強くしたかもしれない。先述の高橋選手とは真逆の状況だったとも言えるわけだが、少々不安や課題を抱えているほうが緊張感や集中力を増すこともあるようで、ジュベールの場合はむしろコンディションが上向きの状態でイエテボリ入りしたとも見ることができようか。 SPは果敢に4回転のコンビネーションを入れてきた。J-sportsの中継で解説者が「高い!」と叫んでいたことを覚えているが、私も高さのある豪快なジャンプだったと記憶している。その後のジャンプで転倒したのはルッツだったようだが、同録で確認できない現状では詳細はコメントしようがない(汗)。TESの基礎点はランビエールと並ぶものだが、スピン、ステップがレベル2~3に留まったのは惜しい。ルッツの転倒と合わせてTESで3点くらいは損している。それよりも今回のSPでは不可解な点がひとつあった。それはディダクションでミュージック・バイオレーション(PGの楽曲違反=減点1)があったことだ。 ご承知の方も多いとは思うが、アイスダンス以外の競技会では「歌」は違反である。ここで言う「歌」とは「歌詞のついたメロディー」と理解されているが、ジュベールのPG曲では「歌詞」は入っていない。入っていたのは歌詞のない「ヴォカリーズ」である。このヴォカリーズやスキャット、ハミングといった「歌詞のない声による演奏」は歌とは区別され、違反ではないはずだ。例えば、最近で言えば村主章枝選手のPG(06-07のFS?)でも「声」が入っていたが減点されていないし、昔で言えば、カタリーナ・ヴィットの伝説的PG『花はどこへ行った』でも冒頭にハミングが入っていたがお咎め無しだったはずだ。ましてやジュベールのこのPG曲は先の欧州選手権でも問題なかったのである。なぜ今回に限って減点されたのか理解できない。ヴォカリーズの一部分が歌詞のように聞こえてしまったのだろうか。残念ながら今はそれが確認できない。私が記憶する限りはそうは聞こえなかったのだが・・・・。それとも楽曲違反を判定する大会レフェリーを務めたビアンチェッティ氏は、欧州選手権のレフェリー、アボンダティ女史と反りが合わないのだろうか。演技そのものに対する判定・評価が分かれるのは採点競技ならではの宿命だが、演技前に決着しているはずの楽曲についてまで判定が分かれるのは、判定と言うよりも大会運営に問題があると言ってもよく、仏連盟はISUに抗議したのだろうか。どちらにしても選手にとってはいい迷惑だ。 FSは流石ディフェンディングチャンピオンという滑り。冒頭の4回転をクリーンに決めたときから、来たぞ、来たぞ、という早くも興奮が押し寄せてくる。現在、ほとんど彼の専売特許と言ってもいい4Sを封印したのはまだ体力的には完璧ではないのかなと思われたが、その後の演技をほぼノーミスでクリアしていく滑りには凄みさえ感じたものだ。フリップが2回ともリップになったのは見ていてすぐに分かったが、それもご愛嬌。ジュベール本人は残るジャンプはひとつのみとなったところで逆転優勝を確信したのか、アップライトスピンの後にはガッツポーズまで飛び出し、エンディングに向かう。最後のコンビネーションジャンプが2A+1Tになったのを見て少し首を捻ったが、それでも鬼気迫る演技に観客の声援も後押しし、演技終了後の歓喜のポーズに私も無心に拍手で応えた。 ところが、キス&クライで怪しい空気が漂い始めたことに私は気づいた。8点台が連発したPCSは良しとして(今回のベストPCS)、TESが先ほどの興奮とは比例せず、あまり伸びないことにすぐに気がついた。(今回はレビューを見送ったが)第2、第3グループで滑り終えているセルゲイ・ヴォロノフ、ケヴィン・ヴァンデルペレンのTESに及ばないのだ(この2選手はFSでは3位、4位と大活躍)。トータルスコアの231.22は確かにSBSで、それまで暫定1位だったウィアに10点近くも差をつけてトップに立ちはしたが、そのスコアを見てジュベールは我に返ったのではないか。氷上での歓喜の表情がすっかり冷めてしまったのは興奮が収まっただけではなかっただろう。 勝負は下駄を履くまで分からない。 “It's not over till the fat lady sings”(これは恐らく試験には出ません^^;) これをフランス語で何と言うかは知らないが、このときジュベールの脳裏をよぎった言葉があるとしたら、正にこの格言ではなかったか。 一見、ノーミスで滑り終えた彼に唯一ミスがあったとしたら、それは彼が最終滑走者ではないことを忘れていたことだったに違いない。 ジェフリー・バトル Jeffrey BUTTLE (CAN) SP:82.10(1位)、FS:163.07(1位)、総合:245.17(1位) SP1位、FS1位、総合1位。FSと総合はPBS(SPだってセカンドベスト)。2位に10点以上の大差をつけただけではなく、内容も2日間ともノーミスでの優勝。こういう勝ち方を「完勝」と言う。以上!(笑) ・・・・と、簡単には片付けられないのが、今大会の男子シングルだった。その最大の立役者が、男子シングルのFS最終滑走者にして今大会の大トリを務めたジェフリー・バトルだった。FSの最終滑走者が自身のPBSをマークする天晴れな演技を披露し、その演技で自らチャンピオンを勝ち取り、しかもその最終滑走者は大会全体のファイナリスト・・・・。これだけの組合せが揃う、正に絵に描いたようなドラマチックな展開に遭遇することは奇跡に等しい。であればこそ、前回の東京大会に続き、まさかイエテボリでもその奇跡に巡り会おうとは夢にも思わなかった。東京でその巡り会わせの中心にいたのは安藤美姫選手だったが、このイエテボリではバトルだった。そういう意味において、前回が「安藤美姫の大会」として記憶されるように、今回は「ジェフリー・バトルの大会」として記憶されるのではないだろうか。 SPではとにかくジャンプが良かったと思う。スピン、ステップの安定感はもともといいので、ジャンプさえ決まればけっこういけると思っていたので、放送当日も演技終了後はすぐにトップに立つことはすぐに分かった。もちろん、この後に先の四大陸で歴代最高スコアをマークした高橋選手やディフェンディングチャンピオンのジュベールが控えていたことは承知していたが、例え彼らに抜かれようともその差は僅差だろうと予測できるほどの出来栄えだった。(後から録画でチェックすれば印象は異なったかもしれないが、放送当日に見た直後ではそのように思われた) そして迎えたFSは最終滑走。しかもイエテボリのカレンダーは東京のときと違って、男子FSを大会最終日に組んでいたので、バトルは正に大トリの大役を担っての登場となった。 SP1位、しかし5点差以内に6人がひしめく接戦。FSでは直前のジュベールが復活を告げるSBSで暫定1位。直前選手の結果はリンク上で分かってしまうので、ターゲットスコアは否応無しに頭の中を駆け回る。ジュベールを逆転するには四大陸でマークしたPBS(150.17)に匹敵するスコアが必要だと・・・・。 舞台は十分すぎるほど整っていた。 こんな状況下では選手はひたすら自分の演技に集中し、結果を求めるのではなく、今の自分にできるベストを尽くすこと、クリーンに滑って後は採点を待つのみ。そして、男子シングルの最終滑走者にして、イエテボリのファイナリスト、大トリを務めたジェフリー・バトルは正にそのような演技を披露した。 もうこの後のFSの演技の詳細について細かく振り返るのは今となっては野暮というものだろう。もともとスピン、ステップでGOEを稼げるのが彼の強み。それに加えて今回はジャンプでの加点も素晴らしかった。トータルのGOE+9.36は今回の「ベストGOE」。3Aを2回組み込みジャンプの基礎点を上げてきたのはもちろん、4つのスピンはすべてレベル4でGOEもすべてプラス。2つのステップはレベル3に留まったが、それでも後半のSlStは素晴らしかった。オリエンタルムード満点の『アララト』に乗って刻むステップはリズム感抜群で、チェンジエッジの度にスピードが増していくようなステップに、ジャッジの多くがGOE+2をつけたのは納得の出来栄え。これだけの加点があればスコア上は実質的にレベル4と変わりない。PCSこそわずかにジュベールに譲ったが、TESが出た時点で自分のハイスコアにようやく気づいたのだろう。それまでベストを尽くして満足感に浸っていた表情がTESを見て感激の表情に一変していく映像は、遠く離れた極東のテレビ画面を通じてでさえも感動的だった。東京大会では感涙にむせんでいた安藤選手とは違い、最後まで爽やかな表情に終始したのはバトルらしいとも言えようが、それもまた北欧の清らかさに似つかわしく、「ジェフリー・バトルの大会」として記憶されるに相応しい大団円と相成った。 最後に男子シングルを総括するにあたって、なぜバトルがジュベールを逆転できたのかについて整理しておきたい。 ジュベールの演技は(リップを除くと)一見ノーミスで完璧だったように見える。しかし、彼には優勝候補の高橋選手のスコアが伸びていないことを見て、安全策に出てしまったのではないか。自分ができる最善策ではなく、逃げ切るための安全策。実はSP6位で追う立場であったはずなのに・・・・。彼は本来、4Tを2回(コンビネーション1回含む)、さらには4Sも跳べる。流石に4Sはシーズン中に成功していないのでこれは回避しても仕方ないとして、なぜ4Tを2回入れてこなかったのか。最初の4Tなど素晴らしい出来だっただけに惜しまれる。4Tを2回跳ばなかったことで、3回許されているコンビネーションも2回止まりだった。4Tを2回入れないのであれば、せめて3Aを2回入れるべきだった。結局8回のジャンプで2回跳んだのは3Fだけで(しかもリップ判定で減点)、あと1回許される同種類トリプルを跳ばなかった。これが勿体ない。例えば、冒頭の3Sを4T+2Tに、3Aを3A+2Tにして、最後の2A+1Tを単独の3Aにすれば、基礎点だけでも11.06も上積みになった勘定だ。もちろん、ジュベール本人の体力との相談になるわけで、実際には4Tを2回、3Aを2回跳ぶまでには体力が回復していなかったのかもしれない。であれば尚のこと逆転優勝を確信したかのような演技中のガッツポーズは「取らぬ狸」だったと思われても仕方なく、最後までベストを尽くす演技に集中してほしかった。その油断が最後の2A+1Tに出てしまったように思えてならない。ファットレディはまだ歌い終わっていなかったのに。 それに対してバトルはすべてのエレメンツをきちんと入れてきたわけである。コンビネーションは3回跳んで、2回跳んだ同種類ジャンプは高基礎点の3Aと3Lz。きちんと基礎点を積み上げるためのPGをこなしたのだ。バトルも4Tを跳べるのだが、07-08シーズンは一度も跳んでいない。つまり4Tは跳べるコンディションではなかったと見ていい。安全策のため回避したのではない。試合後の公式記者会見でジュベールは「自分も他の選手も4Tに挑んだのにバトルは跳ばなかった」と不満を公けにしたが、ここはジュベールに冷静になってほしかった。先述のようにバトルは安全策のため4Tを回避したのではなく、最善策として3A×2回を選択したのである。寧ろ、4T×2回或いは3A×2回を回避し、コンビネーションも2回に抑えてしまったジュベールの方が安全策に出てしまったと見られても仕方ない。なぜなら、彼こそSP6位から追いかけ逆転を狙う立場にあり、チャレンジが必要な状況だったはずだから・・・・。 貘が夢を見るとき・・・・ すべての種目で新チャンピオンが誕生し、イエテボリは閉幕した。ディフェンディングチャンピオンが去ったアイスダンスとペアでは、メダリストの顔ぶれが大きく入れ替わった。女子シングルではディフェンディングチャンピオンがドラマの途中で自ら退いてしまったが、上位陣の顔ぶれに大きな変化はなかった。新チャンピオンの浅田真央選手は実力を出し切ったとは言えないだろうが、彼女の先に開けている道筋を思い描けば、イエテボリでの戴冠はほんの序章に過ぎないのかもしれない。泥臭い勝ち方だったからこそ見えた成長の軌跡を覗けたような気がする。そして、男子シングルこそ今回のハイライトだった。バトルのクリーンな演技は、4回転時代再来かと謳われた大会前の下馬評を覆し、また再び4回転論争に一石を投じることになるのだろうか。 そして・・・・、日本男子シングル初のチャンピオンを期待されながら表彰台にさえ届かなかった高橋選手の演技をやはり忘れることができない。モロゾフ・コーチと袂を連ねて創り上げた革命的なプログラム『白鳥の湖~ヒップホップ・バージョン』。大会後にその袂を分かつことになった2人にはこのプログラムはどう記憶されるのだろうか。2人が別々の階段を上がるためのステップのひとつに過ぎないのか。それとも2人で語り合った世界チャンピオンへの夢を弔うレクイエムに終わるのだろうか。いずれにしても新しいシーズンはもうそこまで来ている。 私が世界選手権で秘かに楽しみにしていたもののひとつにエキシビション(EX)がある。世界選手権のEXはまた格別で、大会のフィナーレだけではなくシーズンエンドの後夜祭でもある。また、世界中から集った選手たちがホスト国のオーディエンスに捧げる感謝祭でもある。であればこそ、スウェーデンの地に相応しいプログラムが楽しみとなる。そこで私が秘かに期待していたのはキーラ・コルピだった。彼女のEX用のPGは「ABBAメドレー」なのだ。このPGを是非イエテボリのEXで見たかったのだが、今となってはそれもまた夢。 夢の続きは次回、フィギュア王国の西海岸、カリフォルニアの青い空の下で見ることにしよう。 貘は人の夢を食って生きる。悪夢を見た後に、その夢を貘に捧げるとその悪夢は二度と見ずに済むという言い伝えがある。そんな伝説の時代から何千年経ったのだろうか。フィギュアスケートの選手もファンもいつも次代の夢を見ながら、時代の変化の狭間に生じる悪夢とも向かい合ってきたに違いない。 選手はどれだけ獏に悪夢を食べてもらえば夢を正夢に変えられるのだろうか。 ファンはどれだけ貘の代わりに悪夢を食べてあげれば選手の夢を叶えてあげられるのだろうか。 ファンはどれだけ祈れば選手の貘になれるのだろうか。 そして、貘は夢を見るのだろうか・・・・。
posted by pbq1464 |05:24 |
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