2007年12月13日
Special Review of NHK TROPHY #3
NHK杯の生観戦レポート第3弾(最終回)。今回は女子シングルの後半。 Saturday Report from SENDAI LADIES: Short Program & Free Skating - 2nd Half 今回の女子シングル、そして今季GPシリーズ最大の波乱はいかにして起きたか。結果そのものは既報の通りで、それ以上でもそれ以下でもない。今季最大の波乱は試合の直前に、いや既に大会前から伏線があったのだ。それに気づかなかった私自身の悔恨と反省を込めて、今回は特別に試合前の状況についても詳しく触れたい。少し長くなるがご容赦を。 安藤 美姫 世界チャンピオンの悩みは深い。あまりに多くのことが一度に彼女を悩ませている。今大会の結果やリベンジの機会を逃したことを言っているのではない。そこまでに行き着くプロセスや要因、そして新たに出現した技術的な問題に喘いでいる姿が、見る者の胸を打つからだ。 (一部で報道された)オフアイスのプライベートに関わる悩みには触れまい。フィギュアファンとしては見守るしか術がないし、このブログを立ち上げたときの方針として、このブログを特定の選手へのファンブログにしたくないという趣旨を固持したいからだ。ゆえに、敢えて彼女のオンアイスの部分にだけ焦点を当てて、彼女が現在抱えている困難について記そう。 公式練習中の安藤選手の状態は、今季に入って最も良い状態のように見えた。世界チャンピオンになった後のバーンアウト状態からトレーニングに入るのが遅れ、調整不足のままシーズンインしたことは前回も書いたが、(慢性状態の肩の故障は除いて)それでもフィジカルトレーニングは順調なように見え、事実、彼女の身体は大変良く絞れて、切れが戻りつつあるように見てとれた。JSFの伊東強化部長でさえ「(4Sをバシバシ跳んでいた)ジュニア時代に戻ってきている」と喜んでいたほどだ。番宣を兼ねたNHKニュースでも報道された映像を見た方も多いと思うが、公式練習中の彼女の4Sは最近では一番の出来で、メディアがこぞって「大技解禁あるか?」と騒いだのも肯けた。単に成功率が高かったというのではない。その質が大変良く、きれいに回りきったクリーンな4Sを連発していたからだ。彼女の練習中の4Sは世界フィギュアの公式練習中でも見られたが、正直言ってあのときの4Sでは実戦では回転不足を取られていた可能性がある。ところが、今回の4Sであれば、例え回転不足に一層厳しくなった今季でもクリーンな4Sとして認定されるだけではなく、GOEでも+1~2の加点さえ付いただろう。着氷後の安定感、姿勢、流れにも大変きれいなものがあったのだ。 なぜ、ここまで「練習中の4S」について言及するかというと、彼女の場合は、例え練習中でも4Sの出来は彼女のコンディションを表すバロメータになっているからだ。細やかで、優雅で、セクシーな、大人の女性の表現力を今季の目標にしているとは言っても、やはり彼女にとってはジャンプの出来が全体の演技に影響することは否定できない。しかし、4Sの出来の良さばかりが報道されていた背後に、実は大きな問題を抱えていたことは、滑走前の6分間練習を見るまでは気づかなかった。 安藤選手は大変真面目で、むしろクソ真面目と言ってもいいくらいに、課題に向き合って取り組む選手だ。メディアや知人から伝わる情報を総合すると、今季の彼女の取り組み目標は、フリップの修正、2A+3Tのマスター、エレガントかつダイナミックな上体の使い方を入れたSlStでのレベル4獲得、ビールマンスピンなしで難しい姿勢変化を組み込んだスピンでのレベル4獲得、柔軟性を強化し姿勢の美しさを増すこと、全体的に「曲で踊る」ような表現力、そして4SをPGに復活させること・・・・、とんでもないほど高度で、多くの目標を同時に掲げ、それを生真面目に取り組んでいるということだ。トップクラスの選手であれば、誰しも高度の課題に取り組んでいるのだとは思うが、これだけの内容を1シーズンで同時に取り組むというのには驚きを隠せない。何事にも順番と言うものがあり、ひとつひとつクリアしていくというのが定石だと思う。他の選手を引き合いに出して比較するのは多少気が引けるが、他のトップクラスの選手でもやはり課題にはプライオリティが付けられていて、ジャンプよりもステップを優先的に取り組んでいる、というようなことが普通に見られる。これが定石だと思う。安藤選手は真面目すぎるのか、志の高さが逆に災いしているのか、或いはモロゾフ・コーチの方針なのか、兎に角、多くの目標に一度に取り組んでいるように思えてならない。 その結果、予想もしなかったことが起きた。 フリップのエッジ矯正に真面目に取り組んでいるのは大変賞賛されるべきことで、実際に成果も挙げている。今季のGPシリーズではSP、FSで合計4回フリップを跳んでいるが、すべてインサイドエッジで跳べている(シーズン前の日米対抗でも既に矯正できていた)。長年、身体に染み付いていた癖をわずか半年かそこらで矯正できていることは驚愕の一言に尽きる。ところが得意のルッツが狂い始めてしまった。私は初戦の米大会で3Lz+3Loを3Lz+2Loに抑えたのは肩の故障の影響だと思っていたし、報道や他のブログでも例外なくそのように見ていた。実はルッツが不調のため、セカンドジャンプをダブルに抑えざるをえない状況だったということが真相だった。 会場で間近に見て合点がいった。ルッツの軸が本来のものよりも斜めになっているのだ。なぜそうなったのか?それはフリップの修正の副作用のようだ。彼女のフリップは今のところエッジ修正はできているが、まだ「完成」はしていない。現在のフリップはインエッジ側に身体全体を傾けて踏み切ることで対応している。これで踏切りエッジを修正しているわけだが、そのお陰で軸まで傾いてしまっているのだ。解説の佐藤有香さんや荒川静香さんが安藤選手のフリップを見て、「斜めになっていましたが、なんとか着氷をこらえましたね」と口を揃えていたことがそれを証明している。実際、踏切りエッジは認定されているが、空中姿勢と着氷の質がいまひとつのため、GOEの加点はもらえていない(もちろん、今はそれで十分だと思うが・・・)。 いよいよ、試合当日のレビューに移ろう。 SP自体は無難にこなした。SpSqは昨季以上に足が高く上がり、さらに美しさを増したが、アウトからインへエッジチェンジする際にバランスを崩したのだけが勿体なかった。このためインエッジでの姿勢が3秒間保持できず、レベル1になってしまった。いつもはレベル4+GOE1.0以上で合計4.4以上は取っていたが、結局GOEでも減点されて1.74に留まった。このミスだけでも2.66以上も失ってしまった計算になる。 いつもはTESが注目されることが多い安藤選手だが、今回のSPで特筆すべきはPCSだった。5コンポーネンツはすべて7点以上の高得点(7.30~7.50)をマーク、合計のPCS29.68は今季の全選手のSPで最高得点だった。SPについては「SpSqのミスで2位発進になったが首位のコストナーとは僅差(0.72)なのでFSで十分逆転できる」という報道ばかりで、PCSが今季最高得点だったということについて触れたメディアは皆無だった。いたずらに盛り上げることしか知らない民放やスポーツ紙はともかく、NHKくらいはきちんと採り上げるべきだろう。 そして迎えたFS。会場で6分間練習の彼女のジャンプを実際に見たとき、先述のルッツの異変に気づいたわけだ。そして、そこにアクシデントが重なった。3Lz+3Loの練習で(狂い始めた)ルッツが斜めになって回転不足を起こして転倒。その転倒の際にエッジで右太腿の内側を突いてしまった。注意深く見ていた人は、その傷から出血していたことに気づいただろう。先に「アクシデント」と書いたが、ルッツの不調がもたらしたのだから、この負傷は起こるべくして起きたものと言ったら酷だろうか。 本人は、痛み自体は大したことはなかったと試合後に言っていたが、これは彼女ならではの「我慢強さ」の成せる業だろう。経験した人であれば簡単に分かるが、エッジで出血するほど突いて痛くないはずがない。出血中はズキンズキンという痛みが止まらないからだ。ケガ続きの彼女としては、ここでまた自分からケガの話を出したら「言い訳」しているという心無い中傷が出ることを避けたかっただろうし、何と言ってもケガに負けたくないという気持ちがあのような発言をさせたのだろう。(それくらい昨季のGPファイナル以降、彼女は故障の連続だ) 傷みはあったとしても、真の問題はこのアクシデントではなかった。多くの高度な課題に取り組みながら、得意のルッツに不安を抱えた中、このアクシデントで集中力が乱れてしまったことが大きな問題だった。アクシデントはその引鉄に過ぎなかったのだ。多くの課題に真正面から取り組む中、懸命に押さえ込んでいたはずの不安が突如として顕在化し、モロゾフ・コーチの「3-3はやめて、3-2で行こう」という直前の指導は耳に入らなくなってしまったということだ。 結果についてはもはや書くこともないだろう。冒頭のコンビネーションを失敗した後は完全に自分を見失ってしまったかのようだった。あれだけ(高得点が取れるはずの)ジャンプをことごとく失敗してしまえば、いかな世界チャンピオンと言えどもどうしようもない。 滑走前の、この日一番の声援と拍手は、演技後の彼女の凍りついた表情と共に仙台市体育館の氷上で静寂と化したのだった。 安藤選手は「物語り」のあるスケーターだ。それは単に栄光の記録に彩られているのではなく、様々な紆余曲折の中で失意と歓喜を繰り返した結果、深い陰影となって彼女のチャーミングな容姿や演技、言動にまで滲み出てくる。それは本人が望んで得たものではないだろうが、それは誰とも比較されない彼女だけのスピリチュアルな魅力となっていることも確かだろう。 今回のNHK杯は陰の部分として、またひとつ彼女の物語りに加えられるのだろうが、それもまた世界チャンピオンだけが味わう宿命のひとつなのではないか。注目、期待されるレベルが他の選手とは格段に高いのは当然であって、そのことを誇りに思ってもらいたい。安藤選手は自分の弱さを隠さず、それを真正面から向き合える選手だ。そのことには相当の苦痛と困難が伴うのだろうが、彼女のファンや関係者は皆、彼女がそれを克服できることも知っている。 逆境を順境に変える才能。これは安藤選手に与えられた天賦の才だ。彼女の親友、絢香さんの『I believe』の歌にあるように、自分を信じて、次の全日本では新しい物語りを加えていってほしい。光りの部分を書き加える物語りとして・・・・。 カロリーナ・コストナー 先に結論から言ってしまえば、あれだけ安藤美姫選手が大失速してしまえば、最終滑走だったコストナーは気持ちに余裕が生まれただろう。SPで首位に立ち、FSで失速する「いつものコストナー」は、結果的には今回は最小限に抑えられた。 SPではジャンプが不安定だったが、果敢に3-3のコンビネーションも跳び、着実に点を稼いだという印象だった。TESはGOEの加点がなく、むしろ減点され初戦の中国大会を下回ったが、PCSは平均7点台の高得点をマーク。TSSで初戦を上回り、SPのSBとなった。金妍兒以外はこぞってSPのコンビネーションを3-2に抑えてくる選手が多い中、彼女は果敢に3-3を入れてきた。クリーンな着氷ではなかったが、攻めの気持ちが表れていて、コンディションは良さそうだった。 さあ、注目はFSで「いつものコストナー」が顔を覗かせるか、という興味で観戦に臨んだが、冒頭で述べたように安藤選手の大失速を見て、FSでは明らかに「安全策」に出た。3-3のコンビネーションをすべて3-2に変更し、今季彼女が取り組んでいる2A+3Tも2A+2Tに難度を落とした。戦前、彼女とコーチの描いていたストーリーは、直前滑走の安藤選手がFSで首位、総合でも首位に立ち、一発逆転を狙い勝負に出る、というものだったろう。それくらい公式練習での安藤選手の調子は良さそうに見えた。それが大きく方向転換され、無難に滑ればFSで首位を逃しても総合で勝てるのではないかということだ。これは当然の計算だ。しかし、急に難度を落とした演技に変更したため、逆に緊張感を欠いてしまったのではないか。どうも全体的にピリッとしない演技で散漫な印象になってしまった。最後のCSSpが不安定になり(結果はレベル1。彼女は本来レベル3は取れる)、2Aが1Aになって終了した時点では、これはマイアーの逆転優勝もあるぞと思ってしまったほどだ。結果は既報の通り、薄氷の優勝でからくもファイナル行きのチケットを手にしたという次第。 いつもの私であれば、このような安全策に出て「今の自分のベスト」を尽くさなかった演技には、つれない態度を取る。しかし、今回は良かったと思う。彼女の今大会の目標は、ファイナル行きを決めることだったからだ。ホームで迎えるファイナル、誰だってそんな機会は逃したくないし、安全策の誘惑から逃れるのは難しいことだろう。ファイナル行きを目標としていたのだろうから、彼女もまた、安全策ではなく「最善策」を取ったのだ。是非、ホームのトリノで迎えるファイナルでは、本来のベストを尽くしてほしいものだ。結果は神様だけがご存知なのだから。 余談だが、彼女はオンアイスもさることながら、オフアイスの容姿はさらにゴージャスだ。競技のときは髪をアップにしていることもあり、ACミランのカカを思わせる「お魚顔」だが、髪を下ろしてロングヘアーをなびかせたときのオフアイスの姿はまるでモデルのようだ。(トリノ五輪の入場式でイタリア選手団の旗手を務めたときのコストナーを思い出そう)
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posted by pbq1464 |11:00 |
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alexandraさんは東側だったんですね^^
コメント投稿者ID :
私(西側)とは反対側だったんですね。
>エッジ矯正に真剣なのは、世界女王として他選手のお手本になるべきという責任感もあったりするのかもでしょうか(憶測ですが)。
本人は「世界女王」というよりも「トップスケーター」だったら真面目に取り組むべきだ、とは思っているかもしれないですね。(これも憶測ですけど^^;)
>NHK杯でレベル4を獲得したというコストナー選手のステップに注目したいと思っております。
そうですね!うっかり忘れておりました。
コストナーのステップでレベル4を取ったというのは本当はニュースになるべきなんですよね。
新ルールが施行されて以来、ISU公式競技会では女子初となる快挙だったと思います。
「女子初」となると、ジャンプやスコアだけが報道対象になっているようですが、女子のステップでレベル4というのはすごいことだと思います。
安藤、浅田真、金妍兒もまだレベル3までしか出せてないんですよね。
大変重要なご指摘でした。ありがとうございます。
posted by pbq1464 | 2007-12-15 02:29
NHK杯
コメント投稿者ID :
私は東側スタンドで観戦しておりました。
武田奈也選手がFSの演技を始める際に向いていた方向です(笑)
珍しい向き方ですよね。
今回も興味深く読ませていただきました。
マイアー選手、クラシカルとは「まさに!」という表現です。
今季のSPもとても似合っていると感じています。
安藤選手、いろいろと報道されていますが、それほどたくさんの課題に取り組んでいるとは…
エッジ矯正に真剣なのは、世界女王として他選手のお手本になるべきという責任感もあったりするのかもでしょうか(憶測ですが)。
ともあれ、安藤選手の志が実を結んでくれることを願ってやみません。全日本では明るい表情が見たいですね。
今夜始まるファイナルでは、ジャンプもさることながら、ザン選手や中野選手得意のスピンや、NHK杯でレベル4を獲得したというコストナー選手のステップに注目したいと思っております。
今後も楽しみにしております。
posted by alexandra | 2007-12-14 19:29
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