2010年08月02日
「私たちはボールオリエンテッドなプレースタイルという子供を産もうとして、今はその妊娠期間に入ったわけです。この状況ではクラブにかかわるすべての人間が同じ方向を向いて『子供』を産む努力をしなければなりません」
フォルカー・フィンケ監督 月刊浦和レッズマガジン 2010年4月号
フォルカー・フィンケがレッズの監督に就任し、山田直輝や原口元気、高橋峻希がユースから昇格したとき、「ああ、つながったんだ」と僕はそう思った。
posted by ouchicom |15:58 |
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2010年07月20日
「決勝前、監督が選手に言うべき言葉なんて、そんなにないよ。選手たちは、もう十分わかっているからね」
オランダとの決勝前 デルボスケ監督の言葉 2010年7月10日
ワールドカップが終わって、しばらく時間がたった。時間がたって、僕の中で一番印象に残っているのはデルボスケだ。
スペインが優勝して幕を閉じ、日にちがたてば立つほど、あの大仏おじんさんが、僕の中で大きな存在になっている。
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2010年06月21日
「(チャンピオンズリーグ)は、ワールドカップよりも重要だ。なぜなら、ベストプレーヤーたちを買えない代表チームよりも、チャンピオンズリーグに出場するチームの方がずっとレベルが高いからだ」
ジョゼ・モウリーニョのワールドカップに対するコメント 2010年5月19日
さて、ワールドカップも1次リーグの半分以上を消化した。やがて終わってしまう日が来るのが、今から悲しい。僕は、尊敬する職業=サッカー監督なので、今回もサッカー監督に注目しつつゲームを見ている。
一つの傾向として、「強豪国 x 定番監督」の組み合わせが苦戦している印象だ。
posted by ouchicom |11:07 |
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2010年02月18日
私にとってそもそも「攻撃的か、それとも守備的か」というくくり方は存在しない。あるのは「リアリストか、そうではないか」という分け方だけに限られる。
ファビオカッペロ 欧州サッカー批評2009
東アジア選手権は、まったくふがいないひどい結果だった。本来なら、怒りをぶちまけて、サッカー協会の皆さんがぐうの音も出ない文句を言いたいと思うところだ。
しかし、なぜか僕の怒りはあまり本質的なところにはないようだ。
posted by オオウチコム |12:00 |
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2009年09月02日
「なぜなら、サッカーとはそういうものだからです。いろいろな事情があろうとなかろうと、最後にはいいサッカーをした者が勝つ」
スカイパーフェクTV!「for football インタビュー」(2003年3月 片野道郎氏がウェブ上に掲載)
グアルディオラのように、しょっぱなから最高ともいえる栄光を手にした監督は、2年目が、かなり大変じゃないだろうか?
栄光の翌年も、モーチベーションを失わず、チームをさらに先に進めるのは、とても難しいことだ、と聞いたことがある。
posted by オオウチコム |12:00 |
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2009年01月30日
木曜日か金曜日に、オニールはようやく現れる。そしてチームを鼓舞する彼の話が実にいいんだ。彼の話を聞いて、ロッカールームから出ると10フィートは大きくなっている
FIFA.com のインタビューよりアラン・スタッブスの言葉 2006年11月16日
マーティンオニールは、つかみどころがない監督だ。いろいろ、彼について調べるのだが、調べても調べても、彼の核心に迫る感じがちっともしない。
近寄りがたいわけでも、教授のように鋭く見えるわけでも、老獪な匂いもしない。発言も、他人を煙に巻いたり、哲学的な発言をするわけでもない。わかりにくいが、トリックも謎もない。
posted by オオウチコム |12:01 |
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2008年12月25日
「セビージャはスター選手がいないが、それでも勝てたのは、謙虚さとハードワークをとても高いレベルで実践したからだ。スターチームは、遥かに努力をしないが、それでも一瞬で勝利をものにできる」
セビージャ監督時代のインタビュー 2007年1月24日 WorldSoccer.com より
電車で携帯ニュースをチェックしていると、「レアルの監督にラモス氏就任」という見出しがあった。僕の頭に浮かんだのは、「セルヒオ」と「瑠偉」の二人のラモスだった。
「うーん、それはねえな」と自分に向かって突っ込んだ。
そのラモスが、実はファンデ・ラモスだと知って、驚いたと同時に、居心地の悪い感じになった。クラブの上層部は、いったいどんな思惑でラモスを監督に選んだのだろうか?
posted by オオウチコム |12:04 |
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2008年11月21日
赤ん坊のように少しづつ進もう、と言ったのさ。今日もその一歩だ。われわれは正しい方向に向かっているよ。
サンダーランド ロイキーン監督 28年ぶりにホームでニューカッスルに勝利してのコメント 2008年10月26日
「ロイキーンはきっと素晴らしい監督になる」と自分のコラムで、そう僕は書いた。
根拠や確信があったわけではなくて、なんとなくそう書いた。
そう書かないと、見えないところで、ロイキーンに蹴飛ばされそうな気がしたのかもしれない。
posted by オオウチコム |12:00 |
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2008年07月08日
「その後も同じようなことが何度も起きたが、そのたびに私の一言が子供たちにナイフを置かせ、なんの事故もなく問題を解決した」
フース・ヒディンク自伝 韓国を変えた男 文芸春秋
ユーロ2008、ロシアがオランダを破った直後、僕は友人と他愛のない会話をしていた。
オランダファンの友人は、ロシアを率いたヒディンクが「空気を読めないやつだ」と不満気だった。
「ヒディンクさえいなければ、準決勝はオランダ対スペインになるはずだったのに」
確かに、このユーロで、そのカードは最高の対戦になったはずだ。
posted by オオウチコム |09:12 |
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2008年06月11日
私が何者であるかということを忘れないために、試合を見に行きました。サッカーが原因で病院に行かなくてはいけなくなりましたが、そこから戻るのもサッカーの力でした
オシム復帰後の会見 2008年6月4日
自分が大学生になったとき、高校野球を見て、自らの年齢を実感した記憶がある。
「こいつらオレより年下かよ」
油断をしている間に、現役のスポーツ選手たちはどんどん自分より年下になっていった。
posted by オオウチコム |09:02 |
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