2011年11月28日
私をパリーグ党に育ててくれた西本監督(私にとっては生涯監督)のお通夜に、今はなき勇者阪急と猛牛近鉄の歴戦の勇士が揃いました。
さすがにみんなも60近くなり歳は隠せませんが、揃った面々を見ると昭和の熱きパリーグの時代を思い出しました。
私が近鉄ファンになった昭和50年代、非常に目立った白髪の監督が西本監督でした。
落合監督のような寡黙な監督でなく、ファンサービスの精神がいつもいっぱいで、インタビューには、ちょっと高めの大きな声で応えてくれました。
近鉄がちか鉄とさげすまれていた頃はよく知らないのですが、とにかくバカ強い阪急に猛然と戦いを挑んだのが西本近鉄。
その姿が本当に猪突猛進で、どんどん私を近鉄ファンへと押し上げていきました。
とにかく近鉄が有名になったのは日本シリーズに出だしてから。
白いユニフォームに真っ赤な袖、それにインパクト大の赤白青の三色帽。それを考案したのも西本監督だと聞きます。
セリーグファンの方には縁のない監督ですが、私がプロ野球の楽しさ、面白さを知ったのは、西本監督のおかげです・・・。
テレビにも新聞にも出なくなったけど、今も六甲山のふもとから野球を見ているのであろうと思っていた矢先に、とつぜんの訃報。
「エキサイティングリーグ・パ」の礎を築いてくれた西本監督の冥福を祈ります。
posted by otoyan |23:36 |
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2009年10月03日
野村楽天、岩隈田中の二枚看板から永井の成長、鉄平草野のチャンスに強い打撃、主砲山崎、ベテラン憲史の活躍、福盛の復帰、それに伴い野村監督の選手起用にみんなが応えてチーム力が向上し、ついに貯金、Aクラス確保が確定しました。
終盤はとにかく集中打。リンデンってこんなにチャンス強かったっけ?って感じでもう手の付け様がありませんでした。
特にオリックスは今年全く歯が立たず、岩隈田中を打っても勝てない試合が続き、去年初のCS進出で勢いづいたチームを見事叩きのめしてくれました。
個人的には近鉄戦士も多く、ようやくチーム解散後に勝つ喜びを手に入れる事ができて嬉しい気がします。オリックスは去年ようやくCS開催権を得て出場しましたが日ハムのシリーズ慣れした強さにやられてしまいました。
野村監督率いるチームは短期決戦に弱い気がしません。このまま二位通過し仙台でCSシリーズを開催しパリーグを勝ち上がって欲しいですね。
来年は岡田オリックスがそう簡単に勝たせないと思いますよ(^ー^)
posted by otoyan |22:09 |
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2009年02月07日
今プロ野球が大きく盛り上がってる中で、20年前の近鉄の勇姿がテレビ朝日系で放送してくれました。
ビデオもあるし、本も出てるし、NHKでも名勝負で取り上げてくれるし、Youtubeでも見れるけど、こうやって再び全国放送で当時の映像と現在のインタビューを見せてもらえて、改めて野球のすごさ、面白さに胸震えました。
#近鉄ファンでない方、セリーグの方にはつまらないかもしれません、ごめんなさい
現日本ハムの梨田監督の現役最終打席、まさにドラマを演出したタイムリー。打って走って守って、まさに常に全力プレーの現オリックスの大石監督。元ロッテ監督有藤氏の本音「野球やってるのはお前達だけちゃうぞ」。選手、監督、審判、観客、報道陣みんなが一つになってすばらしいドラマが産まれました。
翌年、オリックスが登場、近鉄はブライアントの四連発で再びドラマを起こし、ドラフトでは野茂を獲得。まさにドラマチックな時代でした。
今ではオリックスと近鉄が一つになり、オリックスバファローズとして新たな時代を作ろうとしています。
パリーグは再びプレーオフ制度を導入し、クライマックスシリーズとして定着させ、当時の不人気な時代を一変させています。
キャンプも第二クールに入ってますますヒートアップしてるし、今年のプロ野球も大注目です。
posted by otoyan |20:52 |
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2008年12月30日
オリックスが来年、丑年をバファローズの年にすると言ってくれました。
当たり前と言えば当たり前ですが、近鉄と合併以降、バファローズを名乗りながらも猛牛色は排除し、ユニフォームにbuffaloesの文字はなくなりました。
近鉄時代から「猛牛」「いてまえ」を愛していたファンからするととても残念でしたが、近鉄時代からの選手たちは北川選手を筆頭にまだ頑張ってくれています。選手が大阪で頑張っている以上応援するのがファンだと割り切り、オリックスを引き続き応援しています。
一番心配だったのは、近鉄のロゴが三年で消えた後、buffaoesのチーム名も変わってしまうのではないかと言う事でした。
今年、大石新監督が頑張ってくれたおかげで、私の心の中でもbuffaloesは復活してくれました。生まれ変わったチームで来年buffaloesとして、また牛を全面に出して盛り上げてくれるのを聞いて頼もしく思っています。
ここでもう一つお願いしたのが、あの岡本太郎が描いた「猛牛マーク」。今でもライトスタンドで旗を振ってくれています。近鉄色が強いとは言え、猛牛の象徴としてまた袖なり、帽子のマークに復活させて欲しい。Bsがbraves、bluewave、buffaloesの三つの魂を表しているのは分かっています。帽子に猛牛マーク、左に勇者、右に青い稲妻を入れた方がより一層、三チームの色が出るのではないでしょうか。
近鉄ファンのわがままですが、ユニフォームでも帽子でもどこでもいいから、「猛牛マーク」の復活を切に願いたい。
posted by otoyan |22:30 |
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2008年04月21日
得点は3対4、9回裏ノーアウト二三塁。バッターは最終戦でシリーズ初ヒットが本塁打のガッツマン平野。いてまえ打線の先駆けとなった猛牛打線の核弾頭。内野ゴロでも藤瀬の足なら絶対得点になる。
大阪球場に詰めかけた近鉄ファンは逆転サヨナラ優勝を信じて疑わなかった事でしょう。私の隣の池ちゃんは息を殺して固唾をのんでいましたが(^_^;)
広島ベンチはここで平野を敬遠。球場からは大ブーイング、平野も江夏をにらみつけて一塁へ。ついにノーアウト満塁、バッターは佐々木恭介。内野ゴロゲッツーでも一点ってとこで強打は三塁線へ!
しかし判定はファール。思い出のDVDで見たけど確かにファールですね。サード三村が後日グラブに触れたと語ってましたが、弾道が変わってないから抗議のしようもない。
江夏の「打ってみい」って気迫の投球に内角カーブで三振。これでいっきに雰囲気は悪くなりました。今度は一転内野ゴロだとゲッツーで試合終了ですからね。
この試合1番に入っていた石渡。打ってくれ〜と必死で応援してたその時。忘れもしません。外野やからあれれ〜と見てる間に三塁の藤瀬が本塁手前でタッチアウト。なんとスクイズやったんです。球場全体から溜息がもれて応援の志気が落ちてる間に石渡も空振りの三振で、江夏が水沼と抱き合って喜ぶシーンが*<>*
隣でライトスタンドで唯一人、興奮して声を張り上げて喜ぶ池ちゃん。廻りはあまりにあっけない幕切れにほんとみんな茫然自失でしたね。
そんときは残念やったなあ。次は借りを返してや〜と思っていたらさらなる悲劇、いや歴史に残るシーン10.19が待っているのでした。そのまま近鉄は消滅するとはそれこそ想像もできませんでした。
終わり。
posted by otoyan |21:52 |
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2008年04月10日
近鉄バファローズは消滅して過去の物になってしまいましたが、私の中では今でも熱く息づいています。ちょっとずつ思い出して書いてみようかなと。
昭和54年、宿敵阪急を智辯学園出身の山口哲治の大活躍でプレーオフ三タテし初の日本シリーズ進出を果たしました。
日本シリーズは日生球場でできないため南海ホークスの大阪球場を借りて行うというちょっとかっちょ悪い感じでしたが、個人的な大盛り上がりでした(^・^)
相手は日の出の勢いの広島カープ。なんせ関西より西だけの日本シリーズだったため、関東はどっちらけ。TV的にも盛り上がってなかったですね。
私は生まれて初めて日本シリーズを見たのですが、なんせ当日高島屋で弁当を買ってから当日券で余裕で入れるほどの入場者。七戦までもつれて最低の入場者数じゃなかったかな(^_^;)
「かっ飛ばせ〜ヒラノ。広島倒せ〜オー!」とトランペットが高らかに鳴り響き近鉄ファンはどなり散らすように応援してました。トランペットは元々広島の応援から始まったものやから、負けじとトランペット部隊が演奏するため応援はお互いにすごかったですよ。
今は知らないけど、とにかくお互い酒飲みのおっさんばっかりやったしガラが非常に悪かった。外野とかモロ繋がってるからよく小競り合いも起きてましたね。
日本シリーズ第七戦の時なんか、近鉄の旗を持った少年がレフトスタンドまで走りまくったもんやから広島ファンに殴られ、またその仕返しに近鉄ファンが殴り込んでえらいことになってました(^_^;)
#ほんまですよ。
まだ試合の事一つも書いてないですね(笑)
それはまた次回!
posted by otoyan |22:03 |
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