2008年10月24日
再び振り返る44年前の東京オリンピック。44年前の本日10月24日、閉幕しました。
大会期間中のエピソードとしてまず紹介したいのは、聖火ランナーの最終走者。広島に原爆が落とされた日に生まれた男性が最終走者を務めたそうです。二度と戦争を起こしてはならないという決意が感じられます。世界平和を訴えるメッセージがメディアを通して各国に届けられたのではないでしょうか。
メディアといえば、この1964年の東京大会がテレビオリンピックのはじまりと言われています。カラー映像、衛星放送、そして国際映像の3つのオリンピックメディア初物が提供されました。その前から日本でカラー放送は始まっていましたが、64年当時、カラーテレビはまだ普及しておらず、一般の人たちはほとんど白黒テレビで見ていました。いわゆる三種の神器が、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫だった時代の終焉です。オリンピック直後からの高度成長期には、カラーテレビ・クーラー・自動車がとってかわります。オリンピック開催中にカラーテレビを買い求めた人も結構いたかもしれませんね。
衛星放送の実現は大きな進歩でした。国境を越えてリアルタイムで放送が見られるようになったのですから、開催国以外の国の人たちの関心も高まったと思います。実際は、リアルタイムで日本の放送を見られたのは一部の国だけでしたが、ここからスポーツ放送も大きく変わります。
また、この東京大会から、新たに柔道とバレーボールが加わりました。開催国の強みもあって、メダル獲得数ランキングは、アメリカ、ソ連に次いで日本は3位。日本が獲得した金メダルの内訳は、体操とレスリングがそれぞれ5つ、柔道が3つ、ウェイトリフティング・女子バレー・ボクシングがそれぞれ1つという成績でした。この時代の日本の強みが見えてきます。当時の日本選手たちは、時代的に、また開催国として、プレッシャーがさぞ大きかったと思いますが、それに負けず華やかな結果を残しました。
日本中が沸いた44年前の感動を、52年ぶりに再び体験できるのか。
先頃、IOCの評価委員会が2016年大会の招致都市を訪問する日程が発表されました。IOC委員が東京を訪問するのは3月になるかと思いきや、発表によれば4月とのこと。桜がまだ残ってると良いですね。日本行き旅行のパンフレットで、日本のイメージはだいたい桜なので(相撲とか芸者とか侍とかアニメとかデジタルグッズのイメージもあるようですが)。
posted by olympic-study |23:42 |
2016東京招致 |
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2008年10月16日
44年前の1964年10月10日、東京オリンピックが開幕し、それを記念して体育の日ができました。
最初にオリンピックをリアルタイムで見た記憶は1972年の札幌冬季大会で、64年の東京大会は本や映像を通して知るだけですが、それでも体育の日を迎えるたび、この日に東京オリンピックが開催されたんだと思ったりします。会期は2週間なので、44年前の今も競技開催中ですね。
当時の様子に興味のある方は、JOCのサイトの東京1964のページをご覧になってみては。
招致までのいきさつや聖火リレーのコース、競技会場、アスリートたちのコメントなどあって楽しめます。また、東京オリンピックをきっかけに東京や日本がどう変わったのか、鉄道などのインフラ整備はもちろん、スポーツの草の根運動のはじまりもここにあったのだとわかります。オリンピック開催後、サッカーやバレーボール、バスケットボールなど実業団レベルの強化がはじまった一方で、水泳など地域レベルのスポーツの裾野も広がりました。振り返ってみれば、日本の生涯スポーツの原点はここからはじまったのかもしれません。
1964年東京オリンピックに関する個人的な思い出が一つだけあります。社会人になって数年目、東京オリンピックのポスターをデザインした亀倉雄策氏にイベントでお目にかかる機会がありました。ポスターを収集していた私にとって、東京オリンピックはお気に入りの作品だったので、ほんの少しでも話ができて大感激でした。
現在、招致活動をすすめている2016年東京オリンピック・パラリンピックのロゴマークもすごくいいですね。東京の地下鉄で初めて見た瞬間、足が止まりました。人の流れも気にせず、立ち止まって見つめてしまいました。オリンピックのコンセプトと日本らしさを見事に表していると思います。
どなたがデザインされたのだろうとTokyo2016のサイトを見たら納得。デザイナーの榮久庵氏が代表を務める会社とは、企業のCI(コーポレート・アイデンティティ)戦略が盛んだった時代にお仕事を一緒にさせていただいたことがありますが(若造だったのでマーケット分析のアシスタント程度でしたが)、当時も本当にいいものを作られる会社だと思ってました。心の琴線に触れるデザインは言葉や数字を超えるパワーがありますが、スポーツの感動も似たものがあります。
先週読んだ英文記事に、招致活動のスポンサーに名乗りを上げたJALとANAが、この「Musubi」ロゴをつけて日本国内の空を飛ぶと書かれていました(Sport Business International: Tokyo 2016’s bid takes to the air)。記事にはちゃんとロゴの説明もあり。日本語の説明は、招致サイトのページを見てみてください。
44年前の東京オリンピックで、日本は経済的にもスポーツ文化的にも大きく変わりました。ソウル大会・北京大会も同様の効果があったと思います。2016年の開催が実現したら今度は日本はどう変わるでしょうか。オリンピック開催を機に、良い方向に変化を起こすチャンスがあると期待しています。
posted by olympic-study |07:47 |
2016東京招致 |
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2008年10月06日
ここのところ仕事が重なって更新が滞りました。少し前になりますが、先日、数年ぶりにハーフマラソンに参加してきました。
「東京マラソン」(遠藤雅彦著 ベースボールマガジン社発行)を7月に読んで、マラソン大会運営の進化ぶりに感心していたのですが、実際に大会に参加してみるといろいろと驚きがありました。
以前参加したときにも、申込も支払いもオンラインで済ませ、大会の数日後にはオンラインでタイムや順位を確認でき、プロのカメラマンが撮影した写真はオンラインで見て気に入ったら注文するというのはできました。また、ゴール直後にタイムを携帯電話で知らせてくれるサービスもありました。
しかし、今回はさらにインターネットが活躍。オンラインでのタイム・順位確認のほか、チャリティ用個人ブログの自動開設、プロが撮影した自分のゴールシーンの動画をブログに貼り付けられる(ブログの種類による)、写真をオンラインでシェアできる、名前とゴールタイムの入った自分の完走証はPDFファイルでダウンロードできるという、インターネットならではのサービスが進化。
世の中は進化するのに自分のタイムは後退しているのが情けないところですが、走るのは徐々に身体をならしていくとして、相変わらず走りながらスポーツやスポーツイベントについて考えてました。
走り始めたのはかれこれ15年くらい前です。走ってなければ大会で日本各地や海外まで遠征することもなかっただろうし、スポーツを学びに海外留学しようとも思わなかったことでしょう。また、ケーススタディとしてあるローカル大会を選んでなければ、オリンピックを学ぼうとは思わなかったかもしれません。走りながら考え続けてここまできたというのは、ある意味前進か。走ってないブランクの時期が何度かあったので、「ほふく前進」みたいなものですが。
先日参加した大会のスタート地点には、予想タイムのグループ分け表示にウサギのマークがついていました。「Where is a turtle? I am not a rabbit!」と思わず友人に言ってしまいました。何事もカメです。
さて、次回の東京マラソン、時期的に、2016年東京オリンピック招致に向けて重要な役割を果たせるかもしれないと見ています。個人的な推測ですが。それにしても、フルマラソン3万人の定員枠に対して応募者22万人超、倍率7倍以上なんてすごすぎます。英語サイトにもこの人数を書いたら、国際的にも相当驚かれるのでは。
posted by olympic-study |10:39 |
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