2011年09月14日
前回、2020年大会招致にあたって開催時期見直しの申し出をしたドーハのことを書きました。ドーハは、暑さ対策のため、通常の7月中旬から8月末の開催ではなく、9月20日から10月20日の間に開催するということで、IOC理事会から了承を得て招致に名乗りをあげました。
IOCからカタールのオリンピック委員会に対しては以下の条件が伝えられています。
1.選手の健康を守るために適切な時間帯(早朝あるいは夕方)でおこなうべき競技については、IOCがその一覧を提示する
2.競技スケジュールは、運営組織や放送、観客に悪影響を与えないようにすること
3.技術スタッフやサポートスタッフ、一般市民の健康を守るために対策をとること
こうした条件は、ドーハに限らず、他の都市にとっても考慮すべき点に思われます。
posted by olympic-study |07:12 |
2020年招致 |
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2011年09月03日
2011年9月1日は、2020年夏季オリンピック大会の招致を正式にIOCに申し入れする締め切り日でした。昨日のIOC発表によると、東京(日本)、マドリード(スペイン)、ローマ(イタリア)、イスタンブール(トルコ)、ドーハ(カタール)、バクー(アゼルバイジャン)の6都市が最終的に招致申請をおこないました。
バクーの出現は少々メディアを驚かしたようですが、過去には、締め切り最終日にそれまで全く名乗りを表明してなかった都市の申請書がIOC会長のデスクに置かれていたこともあったらしいので、それに比べればバクーはまだ良いでしょう。
東京やマドリードと同じく2016年招致の最終選考に残っていた米国が立候補しないことについて、IOCのロゲ会長が残念というコメントを先だって出しましたが、その後なんとラスベガスが8月26日になって、IOCと米国オリンピック委員会に2020年大会を招致したいと手紙を送付。締め切り間際での表明、米国オリンピック委員会の招致しないという決定をくつがえせるのか注目されていました。
万一、ラスベガスでオリンピック開催となれば、北京とは別の意味でゴージャスな開会式になるかもしれませんが、結局、申請はできなかったようです。
南アフリカが2020年大会を招致するかどうかも、2016年大会がブラジルに決定したのが地理的な新規性あるいは五大陸開催にこだわるものであるとするならば相当気になるところで、実際ここ数ヶ月、注目されていましたが、最終的には2020年大会招致は見送りになりました。そこに登場したのがドーハです。
2022年にサッカーワールドカップを開催するドーハでは、スポーツインフラが進められており、暑さ対策のエアコン付き高機能スタジアムも検討されています。
サッカーはインドアでも開催可能ですが、オリンピックとなると屋外競技も多数あるため、開催時期が懸案事項でした。
夏のオリンピックは通常、7月中旬から8月末の間に開催することと決められています。2000年のシドニー大会は南半球開催で季節が北半球と逆のため、9月15日から2週間というイレギュラーなスケジュールになりましたが、北半球でも7月中旬から8月末に屋外でスポーツをできるかといったら厳しい地域があるのでは。
ドーハはもちろん、アジアの多くの国で、選手や観客にとって暑さが厳しい時期ではないでしょうか。
ドーハはIOCに9~10月開催が可能かを打診し、検討いただけると返事をもらって招致をすることにしました。
7月中旬から8月末の期間が合っているのは北半球の一部だけではないかと以前から思っていた私は、2009年のIOCのヴァーチャルコングレスに開催時期見直しの提案もお送りしました。
選手にとってのスポーツパフォーマンス、観客にとってのツーリズムベストシーズンという観点からも、地域によって開催時期を柔軟にしてはどうかという主旨です。
2本投稿して、そのうちの1本がこの内容だったのですが、報告書掲載に選ばれたのはもう1本のほうだけでした。その後、各競技の国際大会のスケジュール上、夏のオリンピックが7月中旬から8月末開催になっていることを知り、少々無謀な提案であったとわかりましたが。他にもちょっと突飛な提案を書いていましたし。
というわけで、東京の招致活動もいよいよ本格始動ですね。
posted by olympic-study |15:15 |
2020年東京招致 |
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2011年07月08日
一昨日(6日)、2018年冬季オリンピックの開催地が韓国の平昌(ピョンチャン)に決定しました。
3回目の挑戦でようやく招致を実現した平昌、今回はアヌシー(フランス)やミュンヘン(ドイツ)を抑えての圧勝でした。
平昌の招致プランのアドバンテージは3つ、国内支援の高さ、コンパクトな運営、若者のスポーツ参加促進です。政府の支援はもとより、国民の支持率が非常に高かったことと、会場間の移動時間が短いことが評価されました。また、近年、IOCが力を入れている若者のスポーツ参加促進にフォーカスしていることもポイントになったようです。
ライフスタイルの変化などで若者のスポーツ離れが各国で加速しているなか、子供の運動不足や肥満が社会問題にもなっていることから、オリンピック運動を通じて若者のスポーツ参加が推進されるようになりました。
数年前から、IOCはFacebookやTwitterといったSNS(ソーシャルネットワークサービス)を積極的に使うようになりましたが、これも、若者が使っているメディアを活用してスポーツの魅力を直接伝え、スポーツに興味・関心を持ってもらうためです。
来年のロンドン大会でも、オリンピック開催を通して若者のスポーツ参加を推進していくことが重要視されています。ロンドン大会は、スポーツ参加に関して公にテストされる、おそらく最初の大会だと思います。
近代オリンピックはスポーツを通じた青少年の育成という教育的な目的をもってスタートしたので、スポーツ参加促進という最近の傾向は、ある意味、原点に戻ったとも言えるでしょう。
どうしたら一般の人のスポーツ参加を増やせるのか。
現在、私はこのテーマで研究をしているところです(仕事をしながらの研究なので、テーマに反してスポーツする時間がなかなかとれないジレンマにいますが)。
投稿内容に便乗して、お知らせです。
このたび、マラソン小説を出版しました。
タイトルは「空が微笑むまで」(文芸社発行)です。
スポーツに縁のなかった普通の女性が運動を始め、マラソンに挑戦するというストーリーです。良かったら読んでみてください。
posted by olympic-study |20:32 |
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2011年06月23日
先日、エアバス社の飛行機のコンセプトが発表になりましたが、その中で興味を引いたのは飛行機の中で運動できるようになるかもしれないということ。
天井が透明になって外の様子が見られるようになったり、会議室でミーティングできるというのも驚きですが、なんと機内でゴルフやジョギング、柔道、野球、テニスができるようになるかもしれないそうです。
ゴルフやジョギング、野球、テニスは、バーチャルで実際に移動するわけではないでしょうが、柔道はもしやリアルにやるのでしょうか。飛行機の中で柔道、する乗客がどれだけいるのかニーズも不明ですが、それよりまず思ったのはなぜ柔道?
あくまでコンセプトの一例とはいえ、日本のスポーツである柔道がなぜ英語メディアに例として出てくるのか。
しかし、よくよく考えるとエアバス社はフランスの会社。フランスでは柔道がメジャーなスポーツ。調べてみると、柔道人口は日本の4倍とも言われているようです。
ちなみに、このエアバス社のコンセプトが実現するのは、2050年の予定とか。
さて、日本の柔道をここまで世界に広めるきっかけを作ったのは誰かご存知でしょうか。
「柔道」と言われる競技を始めたのは、嘉納治五郎という方でした。明治時代に道場を開いて柔道を教え、弟子は国内にとどまらず海外からもやってきました。そして、海外の国にも柔道が伝わっていきます。
柔道家として、また教育者としてスポーツの普及・啓蒙活動を続けた嘉納氏は、近代オリンピックの創始者クーベルタン男爵からの要請を受ける形(駐日フランス大使の推薦により)でアジア初の国際オリンピック委員になりました。そして、日本のオリンピック参加を導き、日本でもオリンピック開催を、と東京オリンピックの招致を行います。
当時は国際情勢の悪化から国際的にも国内でも日本でのオリンピック開催に反対の声があがる状況でしたが、嘉納氏の尽力で招致は成功。しかし、喜びもつかの間、戦争により1940年東京オリンピックは幻となりました。
東京オリンピックが実現したのは、それから24年後の1964年。このとき、柔道が初めてオリンピック正式種目として取り入れられました。
嘉納氏はクーベルタン男爵のオリンピック理念に共感し、クーベルタン男爵は嘉納氏から聞いた柔道の心得に感動したそうです。
日本のオリンピック史の中で柔道は大きな役割を果たしてきたんですね。
さて、本日、6月23日は近代オリンピックが誕生した日。バースデーに寄せて、柔道とオリンピックの関係を書いてみました。
オリンピックデーにちなんで、YouTube、Facebook、Twitterではイベントが行われています。参加してみてはどうでしょう。詳細は以下をクリックして見てください。
YouTube
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posted by olympic-study |00:44 |
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2011年06月06日
皆さま、お久しぶりです。お元気でしょうか。
しばらくブログを更新できませんでしたが、遅ればせながら、このたびの震災で被災された方々が少しでも早く安心して暮らせるよう、祈っています。
地球全体に影響を与えるほど甚大な被害をもたらした東日本大震災は、国際社会とのつながりも浮き彫りにしました。
国連の事務総長は3月11日の夜に早くも日本に向けた支援のメッセージを日本語を交えて発表、その様子が世界のメディアに流れました。国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長からは、早々にお見舞いのファックスが日本オリンピック委員会(JOC)に届いたそうです。また、IOC副会長が震災後すぐに日本を訪問し、オリンピック・ムーブメントとして日本を支援していく方策をJOCと話し合ったようです。
IOCはオリンピック大会のオーナーである国際スポーツ組織ですが、アジア・オリンピック評議会やJOCとともに、スポーツを通して日本の人々に希望を持ってもらえるような震災復興支援を打ち出しており、今後、オリンピック選手を日本に派遣して被災された方々や子供たちを励ますイベントなどが企画されています。
オリンピックと言えば、いわゆる「アスリートの祭典」と称されるオリンピック大会と結びつけられますが、オリンピック・ムーブメントの活動領域は幅広く、スポーツを通した発展途上国の支援、草の根レベルのスポーツ参加の推進、また、スポーツだけでなく文化活動も含まれています。
そんな近代オリンピックは、1894年6月23日にパリで生まれました。クーベルタン男爵の働きかけで、古代オリンピックの復活として国際スポーツ競技会を開催することと、そのための組織としてのIOC創設が、この日に決定したのです。
1948年には、近代オリンピック誕生を祝うオリンピックデーが導入されました。世界各地で、6月23日に合わせてイベントが開催されています。
日本では、毎年6月にオリンピックコンサートが開催されてきました。オリンピック選手たちの映像とともに音楽を聴くイベントで、昨年までは無料でしたが、今年は震災復興支援チャリティイベントとして開催されるそうです。
日程は6月12日(来週日曜日、もう間近です)、場所は東京・渋谷のNHKホールです。詳細な情報は以下のページにアクセスしてご覧ください。
東日本大震災復興支援:オリンピックチャリティーコンサートを開催
近代オリンピックの誕生をオリンピック選手たちとともに祝うというイベントを通して、震災復興支援に参加してはいかがでしょうか。
posted by olympic-study |07:37 |
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2011年01月10日
一昨日言及した「前畑ガンバレ」の実況放送と記録映画の映像を見つけたので紹介します。(リンクを貼っていないため、ブラウザのアドレスにコピペしてください)
・実況中継のレコード盤
http://www.youtube.com/watch?v=njQzSf5mDBo&feature=related
・記録映画「オリンピア」
http://www.youtube.com/watch?v=7GgWI1i5kj8
1936年のベルリンオリンピックは、ヒットラーの時代で政治色の強い大会でした。当時は国によっては人種差別もあった時代でしたが、ベルリン大会では政治や差別を超えた交流と感動があり、今でも語りつがれる大会の一つとなっています。
ベルリン大会に興味のある方は、沢木耕太郎さんの著作「オリンピア」もオススメです。
私はこの本を数年前に読んで、レニ・リーフェンシュタールの記録映画「オリンピア」の映像が見たくなり、DVDがあったらいいのにと思っていたところ、一時帰国したときにたまたま入った駅前の小さな本屋さんで「民族の祭典」「美の祭典」の2巻とも入手できて感激したことがあります。(日本ではどこにでもあるくらいポピュラーだったのでしょうか?)
posted by olympic-study |21:40 |
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2011年01月08日
あけましておめでとうございます。
今年も箱根駅伝、盛り上がったようですね。海外在住のためライブ映像は見られなかったものの、インターネットラジオに耳を傾けて観戦?、遠く赤道を越えて応援してました。海外からの初観戦です。
映像のないスポーツ中継は今の時代考えられないことですが、ラジオの音声を聞きながら、もしかして「前畑ガンバレ」の時代(1936年のベルリンオリンピック)はこんな感じだったのかも、などとノスタルジックな気分になりました。
ベルリン大会は初めてテレビ中継が行われたオリンピックともいわれてますが、映像を映し出せた範囲はベルリンのごく狭い範囲、まだまだラジオの時代です。音声情報だけを頼りに場面を想像しながら観戦した当時の人たち、今とは違った感動と興奮があったかもしれません。
今はインターネットがあるので、たとえ映像が提供されてなくてもタイムや順位の変化、コースなどをチェックできます。ここSport Naviの箱根駅伝サイトももちろん見てました。インターネットのおかげで海外でも観戦できるようになりましたが、それでも音声だけだと物足りなく思えてしまうのは、やはりテレビ時代を生きてきたからでしょうか。
ラジオ時代のリスナーほど音声に集中できず、いっそのこと来年は見に行こうかと箱根界隈の宿検索をしてみたり、いやいや駅伝やマラソンほどテレビ観戦向きのスポーツはないと逡巡したり。実際、日本のマラソン中継の質の高さは国際的にも知られていますし。
昨年、三浦しをんさんの小説「風が強く吹いている」をたまたま読み、その数ヶ月後、日本映画を紹介するイベントで、映画化された「風が強く吹いている」が上映されていて見る機会があり、箱根駅伝を再び見たいと思っていたところ。インターネットラジオのおかげで数年ぶりに観戦できました。次はストリーミングでライブ、もしくはSky系の有料放送ライブだったりすると良いですね。いやいや、やはり箱根駅伝は日本で見るのが一番でしょうか。
どうぞ今年もよろしくお願いします。
posted by olympic-study |21:41 |
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2010年11月28日
広島が2020年夏季オリンピック招致を行うかどうか、検討が進められています。個人的には、今、広島が立候補すればタイミングが良い気がします。
先月、国連総会で、スポーツを教育や健康、平和、発展の推進役と位置付けるという決議が採択されました。2015年のミレニアムゴールまでに何らかの結果を出していくことになっています。話し合いの中では、2010年ワールドカップ南アフリカ大会に絡んで国際団体が行った人権運動やHIV撲滅のための運動が評価され、また、2010年のバンクーバー冬季オリンピックやシンガポールで開催された初のユースオリンピックが果たした教育・平和活動も評価されました。今後もスポーツを通して教育や健康、平和などを推進していくことを、IOCやFIFAに期待しています。
これに先立つ今年8月には、国連事務総長が広島と長崎を訪問し、平和式典にも参加、核廃絶と平和に向けて日本との連携を強化していくことになりました。軍縮・核廃絶といった視点での平和推進も、国連のミレニアムゴールと関わっています。
ヒロシマと平和を結びつけるネームバリューは、この訪問によって国際的に一層高まったのではないでしょうか。
2020年オリンピックの招致都市は2013年に決定します。IOCがどのような視点で開催都市を選んだのか、それが国連が目指す目標に見合っていれば、IOCがスポーツを通して世界に貢献したことの証の一つになるはず。
そんなところから、2020年招致をヒロシマが行うのはタイミング的に良い気がするのです。
2019年にラグビーワールドカップが日本で開催されますが、ヒロシマは会場ではないので、その点、会場となっている都市と比べるとオリンピック準備に集中できると思います。
オリンピックは、アスリートの祭典・スポーツの祭典と称されることが多いですが、オリンピック休戦に見られるようにオリンピックは平和の祭典でもあります。
ヒロシマだからこそ伝えられる平和のメッセージを世界に発信するのに、オリンピックという舞台を利用しても良いのでは。
幸い、ヒロシマはアジア大会開催の実績もあります。
また、日本を好きな外国人の中には地方が好きな人も多く、中でもヒロシマは結構評価が高いと感じています。空港から新幹線に乗るのも、考えようによってはアドバンテージになるかもしれません。日本の新幹線に乗りたい人、多いので。海外から日本に入って新幹線に乗ると、飛行機とは比べ物にならない快適さに感動します。これは個人的な体験ですが。
国内の立候補都市は年内くらいに決定するのでしょうか。
東京は東京で2016年招致のレガシーとしてリソースを豊富に持っていますし、羽田空港の国際化で都心の混雑を避けてオリンピック会場に行くことも可能になってくると思うので、動向が気になるところです。
posted by olympic-study |17:53 |
2020年招致 |
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2010年10月11日
10月3日からインドのデリーでコモンウェルスゲームズ(英連邦競技大会:Commonwealth Games)が開催されています。コモンウェルスゲームズは英連邦の国々が4年ごとに集まって行うオリンピックのような国際スポーツイベントです。今回は53の国と地域が参加しており、インドがこのようなメガイベントを無事に開催できるのか、開催前から注目が集まっていました。
報道によると、開催前に観光客が襲撃される事件が起きたり、歩道橋崩壊などによる会場準備の遅れ、直前になってボランティア約1万人がいなくなってしまったり、関係者がデング熱にかかったり、開催中に体調不良を訴える選手が増えたりということがあったようです。開催地の安全性を危惧して会場入りをギリギリにした選手団がいくつもあったことなどは、2008年の北京オリンピックを思い出させます。
インドは2020年オリンピックを招致する可能性がある国なので、IOC関係者への取材もありました。ゲストで当地を訪れていたIOCロゲ会長は、判断を下すのは早すぎるとしてインドの可能性を受け入れるコメント。それでも選手の安全性確保については、ロゲ会長も最優先すべきと述べています。一方、IOC委員の中には、インドがオリンピックを招致できるようになるにはまだ相当の年数がかかるとコメントをする人も。
2008年の北京オリンピック、2010年の南アフリカでのサッカーワールドカップ、そしてインドでのコモンウェルスゲームズと、最近、新興国あるいは途上国と言われた国々でメガスポーツイベントが開催されています。同じく、ブラジルでは2014年のワールドカップと2016年のオリンピック開催が決まっています。
オリンピックやワールドカップといった大規模なスポーツイベントを招致することで、交通機関や街のインフラ整備が進み、経済的にも国が成長する事例は過去にありました。今回のインドでも、コモンウェルスゲームズに向けて空港や鉄道などインフラ整備や街のクリーン化が進められ、そうしたインフラ整備を除いても開催費用はこれまでのコモンウェルスゲームズで最高額と言われるほどの投資をしました。オリンピックを招致するなら、スポーツ会場などハード的な面はほぼ準備ができたともいえます。
でも、運営やスポーツ文化的な面では今回の大会は時期尚早だった気も。中国は北京大会の招致をきっかけに(他の要因も含めて)経済的には急成長しましたが、まだ国際社会の一員になりきれていない部分があるように思います。インドが今回のコモンウェルスゲームズを通して経済的に社会的にあるいはスポーツ文化的にどれだけ成長するのか。2020年招致が決まる2013年までに何らかの成果を見せられるかどうか。
新興国でのメガイベント開催の検証とともに、インドの動向も今後注目されていくことでしょう。
posted by olympic-study |05:06 |
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2010年09月25日
先週水曜日、シドニーオリンピックパークでシドニーオリンピック10周年を祝うイベントが開催されました。
イアン・ソープ氏、グラント・ハケット氏、キャシー・フリーマンさんといったシドニー大会のスター選手や、開会式の主役だったニッキー・ウェブスターさんなどが招かれ、当時ボランティアだった人たちはユニフォームを着て祝ったようです。
ボランティアの方たちは、シドニーオリンピックが終わったあとも有志の人たちでグループを作り、4か月に1回ランチを共にしているとか。そして、ワールドカップサッカーの招致を楽しみにし、そこで再びボランティアとして働きたいと思っているそうです。
10年たってもボランティアの絆が続き、オリンピックでのボランティア体験が他のスポーツイベントへの支援にもつながっているわけです。これも一つのレガシーといえるかもしれません。
先週金曜日、シドニーオリンピック関係者によるフォーラムがあり、参加させていただきました。シドニーオリンピックのレガシーがテーマで、シドニー大会の強みと弱みの分析やオリンピックパークの活用などについて、話を伺いました。
シドニーオリンピック会場はオリンピックのために新規に建設され、広大な面積を持ち、大会後どう活用していくのかが議論の的になっていたのは私も知っていました。
オリンピックの後は、スポーツのみならずさまざまな用途に使われ、そのフォーラムでいただいた資料によれば、来場者は年々増えて2009年の年間来場者は910万人だったそうです。開発は現在も進められており、今後は住居も建設され、生活者に合わせたサービス施設もできるようです。
シドニーオリンピックパークには、私も数え切れないほど行きました。各競技場の観光ツアーからスポーツ観戦、パークでのマラソン大会参加、スポーツイベントのボランティア、スポーツ以外のイベント(フェスティバルや展覧会)、パーク内のその他のアクティビティ(ウォーキングコース、ウォータースライダー、セグウェーなど)、さまざま楽しませていただきました。
さて、シドニー大会といえば、高橋尚子さんの金メダルが印象的です。当時のマラソンコースを示すブルーのラインもところどころ薄くなりながらも残っています。ランニング関係の知人にこのブルーのラインを見せると感動してもらえます。水泳関係の知人にはもちろんオリンピックパークの水泳競技場。数々の有名選手が泳いだ場所、あの赤道ギニアのムサンバニ選手が有名になった場所ですが、レジャー施設が併用されているので家族連れでいつも賑わっています。
10年前の今頃、シドニーオリンピックの混雑を避けて日本に旅行に来ていた豪州人を、ウィンタースポーツミュージアムに連れて行ってジャンプのバーチャル体験などしてもらったりしました。
ウィンタースポーツには縁のない人たちだったので結構喜んでもらいましたが、当時のステレオタイプ的な見方は今や通用せず、その後、オーストラリアでは日本へのスキー旅行がブームになり、日本のスキー場エリアの不動産に投資するようになり、オーストラリアが冬季大会で金メダルをとる時代になり、10年の流れを感じたりもします。
10年前、皆さんはどんなふうに過ごしていましたか?
posted by olympic-study |08:54 |
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