2008年04月29日

FC東京対大分戦の後に残った意外なもの

 本日はFC東京対大分のゲームを取材。攻撃対守備という簡単な図式を立てようとしても、FC東京は決していい攻撃サッカーをしているわけではない。同じように、大分もいい守備の状態が続かないという現実もある。ただ、「もがく」という行為は意外にも様々な所で良いものを作り出していく。

大分のジレンマ
大分はウェズレイが今回のゲームに間に合わず、高松も離脱中。前節から松橋を頂点として、根本、金崎の2シャドーで攻撃の形を組み立てるが、攻撃に厚みが持てない時間が続く。
 このチームは良くも悪くも金崎のパフォーマンス次第であり、依存度は高くないものの、攻撃のスタートはほんの数年前、滝川第二の白いシャツを着ていた若者がタクトを振るう。
 シャムスカはゲーム後に「金崎はFWで、トップの位置からボールを引いてくるからトップ下のように見える」と話したが、ゲームの中では松橋とある程度の距離をとってコントロールする意図は見られた。
 チームは攻撃陣にタレントが不足し、期待された家長も長期離脱。その中で大分の全責任を背負って戦っているといっても過言ではない金崎。
 それでも悲壮感は見当たらず、むしろこの状況をプラスに考えようとする力がピッチの上で弾けている。
 香川、大竹、木暮、河野や吉田のように新しい才能は出てくるだろうが、追い込まれて開花する違った能力も存在する。人はそれを経験と呼ぶが、当の本人は気づくまでに時間がかかる。それはそれで、金崎にはいいことなのだろう。

理想と現実の狭間で
ウェズレイや高松の不在は中盤の構成にも影響し、鈴木が左からなんとかリズムを変えようと中に切り込んだり、強弱を付けた攻撃を魅せるも、継続性がなく、この日は最後まで決定的なシーンは見られなかった。
 大分の場合、確かに上記したFW陣や家長などがかみ合えば多少の結果は残せるだろうが、中盤も3バックもまだまだ成熟には程遠い。チームが掲げる8位以内は、極めて現実的であり、シャムスカらしい、チームの成長段階を考えた判断だといえる。

FC東京が倒れない理由
今日のFC東京は「昨シーズンとは確実にここが違う」という場面が見られた一戦だったと思う。
 標榜するムーヴィングフットボールが影を潜める時間は必ずある。前半14分に赤嶺の豪快なハーフボレーで先制したものの、大分のタイトなマーキングに苦しめられ、ポゼッションの効率も上がらない。
 
 しかし、守備が破綻する要素は最後まで見えなかった。復帰した茂庭と、FC東京でさらに存在感を増している佐原、そして日本代表候補の両翼の守備はチームに確固たる自信をもたらしている。一見、攻撃にウェイトを置いているように見える城副監督だが「攻撃の具現化を目指すには守備から」という最低限の約束事はほぼ完成しつつある。
 昨シーズンも原前監督の下、攻撃的なサッカーを志向したが、最終的に失点は58まで膨れ上がっている。単純に2位だった浦和と比較(28)してもほぼ二倍だ。
 今シーズンは序盤こそ3失点が続くゲームなどはあったが、その3失点した横浜FM戦(0-3)を最後に入り安定期が続いている。

 選手は攻撃のイメージと現実の乖離が激しくても、守備が安定すればそれなりに戦える自信は持てる。「耐える」という言葉がネガティブに聞こえなくなるのだ。この差は、本当に大きい。

サッカーを追いかける人々
最後に、ゲームが終わってミックスゾーンで話を聞いていると、大学の先輩である大分の藤田さんや、中学時代に戦ってきたFC東京の赤嶺などがシャワーを終えて出てくる。ちょっとした立ち話などをするが、お互い立場は違えど、こういう形で顔を合わせるというのは、やはり格別。
 代表候補合宿で当時初選出された後輩の小宮山もそうだったし、レアルマドリッドのフロントで活躍する、アメリカで苦楽を共にした友人とサンチャゴ・ベルナベウで再会した時もそうだった。
 頻繁に連絡を取るわけでもない。たまに気にするぐらいだろう。しかし歩いてきた道の途中で出会った人、それもサッカーに対して今でも真摯に向き合っている人と出会うことがある。
 再確認ではあるが、こんな時間は結構いいものである。

posted by 奥間店長 |23:31 | Jリーグ |
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2008年04月26日

香川が違う~J2は退屈だというけれど~

 雨のニッパツは実にJ2らしい、ロングボールとフィジカルコンタクトの需要が多いゲームだった。
 しかし、その中でも先日若干19歳で日本代表候補に選出されたC大阪の香川だけは別次元のプレーを繰り返す。このゲーム、香川を見るというより、国見高校出身の白谷の成長ぶりを確かめたいと思ってはいたが、自然と目に入ってくるのは香川の輝きだった。

キングと19歳
ゲームが始まる前のアップの時間、そしてキックオフ直前。カズは静かに対面する香川に一言、二言声をかける。
 サッカーは、というか人生は続けることが偉いのではなく、自身の市場価値を高め、結果に昇華すれば年齢は関係ない。ただ、カズはその範疇を超えている。続けることの崇高さを、我々に訴えかけている。香川にそれは伝わっただろうか。対照的な二人の選手がいて、それでも同じ空間を共有しているのはやはり特別だ。

羽田をベテランという時代
ゲームは開始4分にも満たない段階で、横浜FCの深いタックルが香川に襲いかかることで幕を開ける。
 横浜FCはアンデルソンの1トップ。C大阪も小松と白谷が並んではいるが、小松をターゲットにする意図は明らかだ。両チーム、ボールホルダーとレシーバーの共通理解は似たようなものがあった。
 
 フィジカルの要素は多かったものの、C大阪の羽田と柳沢は目立たないながら抜群のディフェンスを魅せる。
 羽田は中盤の底でアンカー役として徹底的に相手の中盤が二列目から出てくるのを抑え、トップにボールが入れば一気にセンターバックと挟む。両サイドのカバーも秀逸で、レヴィー監督が言うような「中盤でコンパクトの形ができた」と言える。
 また、柳沢も相手のサイドバックを自由に上がらせない、微妙な駆け引きを終始繰り返し、ベテランらしい、ボールが無い場所での攻防は見事だった。

 横浜FCも上位に位置するチームとして、ある程度完成されたサッカーを展開するが、それよりもC大阪のほうがチームとして伸びしろを感じさせられた。

遥かなる希望
その中でも香川は、自分の距離感を理解してボールをタッチする時間が常に「安定」している。
 時間帯やスコアなどの外的要因によって、メンタルが左右され自分の間合いで勝負できないことが多いのが「普通の」19歳(FC東京の大竹や東京Vの河野はまだこの部類に入るだろう)。
 しかし香川はどんな局面でも落ち着いて自分の持ち味を発揮できる。それは岡田監督が言及する「精神的にかなりタフなことがわかった」という部分かもしれないし、彼が育った環境によるものなのかもしれない。
 特に同点に追いついた際のクロスは、白谷からボールを受けた瞬間に勝負は決まっていたかのようだった。

J2とは言えない素材の中で
C大阪は見えてきた土台に、尾亦や古橋の復帰がある。ベンチに座るGKの相澤と他の4人は、ゲームに影響力を与えられる可能性をもった選手だ。
 特に、カレカは未だその片鱗を見せてはいないが、草津でのプレーを見る限り、ポテンシャルは相当持っている。もちろん柿谷やデカモリシの存在を忘れてはいけない。

 レヴィー監督の手腕にかなり期待しているし、この戦力を前にしてJ2レベルでよく見かけるようなサッカーに終始してはいけないだろう。一昔前の川崎や柏が表現したようなJ1で戦っていけるチーム作りを望みたい。
 

posted by okuma店長 |23:18 | Jリーグ |
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2008年04月25日

平松康平は沖縄を越境と考えるのか

 先週の岡山戦では今シーズンのベストともいうべきゲームを披露したFC琉球。前線のミヌングが予想以上のハイ・パフォーマンスを魅せれば、山下も絶妙の距離感で持ち味を発揮する。形は少なからず見えたゲームと言っていい。
 
 ミヌングはどちらかというと、ボールが収まるというよりスペースに飛び出して勝負できるタイプ。ストライドが日本人と異なる分、相手DFも迂闊に足を出せない状況を作れることは彼のストロングポイントである。
 もちろん、フィニッシャーとしての能力も持ち合わせている。JFLレベルのDFでは一巡目だと対応に苦しむだろう。はっきりいって、ここまでやれるFWだとは思ってもいなかった。

 山下に関しても、今シーズンはポスト一辺倒で終わる気はさらさらないが、やはり自身の持ち味を出しつつ、ゴール前で勝負するというイメージが大分整理できているように思う。ボールを中盤から引き出せる動きはさすがの一言。かなり質の高いフリーランニングを繰り返している。
 慢性的な怪我を持つため、シーズンを通してのフィジカルコントロールは難しいだろうが、出場できる際には決定的な仕事を期待してもいい。

 しかし今でもラビエ監督の頭を悩ませるのは、ミヌングと山下だけが、前線で得点の匂いをまき散らせているということだ。 
 シーズンを安定した戦いで走り抜けるなら、どうしてもサブ組の底上げが必要不可欠だ。第二グループの白尾や比嘉、斎藤はスピードに特徴があるが、ボックス内での最後の仕上げにムラがありすぎる。
 「スーパー」と呼ばれるサブも見当たらず、怪我が付きまとう山下がピッチを離れた場合、効果的なカードが皆無なのが現状だ。チームに影響力のあるFWの成長が今一度求められている。
 
 どのカテゴリーに関しても、シーズンはまるでマラソンのようである。チーム内に先頭集団がいて、その後に何グループかの集団に分けられる。最初にテープを切るイメージを持つ選手、ある程度の立ち位置で居場所を見つける選手、諦めを感じさせる選手。
 それも第7節を終えれば、かなり色濃くなる。FC琉球の場合、開幕からほとんど先頭集団に変化はない。
 だが、中島や納谷のような早い段階で食らいついてきた例もある。集団の新陳代謝も、結果に直結してしまうようだ。

 そんなときに、元清水エスパルスの平松の加入が発表された。前々からトレーニングには参加しているが、はっきりいって過去の印象は今のところまったく見えない。ブランクによるフィットネスの低下は、平松の専売特許だった身体のキレに大きく影響している。
 
 ただ「才能」という部分に特化すると、平松の持つオープンスキルやキックの種類はFC琉球の中でも突出している。若くしてJリーグのカクテル光線を多く浴びた経験もある。
 彼はいるだけで違う、という選手に部類されるだろうが、近年のJFLではそういうノスタルジックな幻想が通用しなくなっているというのが現状だ。
 背番号10を自ら指名したという。今回の決断、平松にとっては沖縄も「越境」といえるだろう。人生を終わらせたくないのなら、やはりボールを蹴るしか方法はない。

posted by 奥間店長 |19:28 | FC琉球 |
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2008年04月19日

難病に人生を助けられた元日本代表選手とFC琉球

 色々と仕事があり現在は沖縄に来ている。水曜日には時間があったのでFC琉球のトレーニングマッチを観戦。相手は琉球大学だった。これから攻撃の軸になるであろう新加入のミヌングのプレーを見たかったし、フラット3の行方も気になった。

沖縄のサッカーが停滞する一つの理由
相手の琉球大学だが、以前に比べて人数をかけてボールを奪う意志や、時間をかけずにゴールに向かうというコンセプトは見えたが、やはりまだ大学でサッカーをやる意味が見えない。
 少なくとも、ゲーム中にサブの選手がボールを使って遊ぶ光景を目の当たりにすると、沖縄の競技レベルの限界を感じてしまう。
 サッカーとじっくり向き合い、会話する時間が大学生活だ。それは高校生がイメージすることは難しい、遙かに突出したサッカーの世界に足を踏み込める「可能性」だ。沖縄のサッカー界は、未だに放棄する「可能性」が多すぎる。

変化は確実に
話を戻したい。SAGAWASHIGA FC戦後、ラビエ監督に色々聞くと、やはりフラット3には限界を感じている様子。この話題は他の場所で書くとしても、個人的にはまだ納得できずにいる。

 トレーニングマッチでは明らかにDF陣への指摘が減り、選手がスペースへ抜けるタイミングや消極的なパスには容赦なく罵声が飛んでいた。
 だからといってフラットな関係が根こそぎなくなっているのではなく、距離感は保ちつつ、選手個人の判断でアプローチに行く場面が目立った。
 トルシエが率いた日本代表時代も真ん中の選手が余るようなスタンスは状況によってはもちろんあったので、すぐにフラット3が忘却の彼方に飛んで行くようなことはなさそうだ。

 そして元ブルキナファソ代表FWデュド・ミヌングだが、まだ中盤の選手の特徴を把握できていない。同時に、自分がどういったタイプの選手なのか、という意志も他の日本人選手に伝わっていない。これは時間が解決するとしても、まずは隣の相棒だけは口説き落とす必要があるだろう。

ある一人の日本代表選手の戦い
チームパフォーマンスは安定していない。しかし、きっかけはつかめそうな選手は何人かいる。そういう状況を考慮しても、週の間のトレーニングマッチはもう少し緊張感のあるものだと思っていた。
 だが、中だるみは最後まで抜けず、虎視眈々と先発を狙うサブ組の躍動感を見ることはできなかった。極端な話、横浜FCのトレーニングで常に100パーセントで全てを消化する41歳の「少年」と比較すると、あまりにも雲泥の差がありすぎた。

 最近、ある友人を介して元日本代表の望月重良の半生を綴った本を読んだ。耳にすることはあったが、あまりに衝撃的な内容に一日で全て読んでしまった。突発性大腿骨頭壊死症。名古屋や京都、そして日本代表で輝きを魅せていた望月を襲ったのは、10万人に1人という、怪我ではなく「難病」だった。
 プレイヤーとしての余命は二年。これまで共にプレーしたストイコビッチやカズ、名波を軸にフットボーラーとは何か、サッカーを続けるということはどういう意味を持つのかを、ついに、赤裸々に語っている。
 競技レベルや個人の才能を超越して、サッカーが本来持っている大切なものを望月は最後の最後で見つけることができた。フットボーラーとしての強烈な輝きは、何もピッチ上だけにあるものではない。

伝わる現実、変わらない明日
FC琉球がJFLの下位に位置づけられようと、人々に夢を届けるという使命は変わらない。その出発点は、個人の中にある純粋な好奇心の部分だ。現状に満足しているのだろうか。可能性を自己否定しているのだろうか。

 望月の本を読んで素直に感じているのは、未だに何の大きな障害もなく、50メートルのロングキックが蹴れることに感謝している、ということだ。数日前はなかった感覚を持って、日に日にズレていくボールの軌道を追っている。

posted by 奥間店長 |23:19 | FC琉球 |
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