2008年02月25日

我那覇和樹を見つめて

 我那覇問題の金銭的協力支援が未だ300万円程度しか集まっていない。スポーツ仲裁裁判に対して仲裁を求める際には、1000万円以上の費用が必要となることは周知の事実だが、果たして現実にそこまで届くのかという不安が最近頭をよぎっている。
 
タイムカプセルのように
一か月ほど前、読売新聞の一面には「自民党はスポーツへの国の支援を強化するため、スポーツ振興法を抜本的に改正する方針を固めた」と大々的に報じられていた。現在のスポーツ振興法は1961年の東京五輪開催を前に制定されている。47年前の中身は現代社会と乖離され、スポーツへの価値意識は古びた骨董品のようなものだ。
 この国のスポーツ偏差値の向上を妨げ続けた不条理な時代が終わろうとしている。そう、思った矢先、自民党が提案したマニフェストはいかにもプロパガンダの臭いがするものだった。
 2016年の東京五輪開催を見こみ、トップアスリートのみにスポットライトが当たる環境設定に傾き、極めて少数のスポーツ関連予算は国民がスポーツを通してQOLを育む可能性すらない。
 何を目指しての改正なのか。スポーツ振興は「国の責務」だといういかにも美辞麗句だけが並ぶ結果となりそうだ。

Bridging the Gap 
そして、最大の憤りの矛先は反ドーピング精神も盛り込むという表向きの明記にある。我那覇問題が解決の糸口さえ見つからない中で、与野党、そしてアンチ・ドーピング活動を積極的に支持していると高らかに宣言している文科省(JOC、日本体育協会、JADAと連絡協議会を開催している)も、今のところ有効なリアクションは感じられない。
 今回の問題に変化を付けてくれるであろう元愛媛の友近参議院議員は「Jリーグ側の対応は、検察官が裁判官も務めているようなものだ」と言うものの、次の一手は乏しい。
 
 我那覇問題はあくまで一人のアスリートの事情ではなく、この国のスポーツの未来さえも左右する問題である。
 本当に見るべき、介入すべき問題が現在も進行中にある。だが、発展性が感じられないのはスポーツに対する軽視、そして自らの位置の確立のために、スポーツを使用する庇護者の意図が透けて見えるのは私だけではないはずだ。

川崎の我那覇として
数日後のJリーグ開幕を控え、我那覇の状態はトップフォームに戻りつつある。今シーズンの川崎は浦和より面白く、新しくも成熟する土台は整っているだけに懸ける想いは人一倍だ。
 確かにフッキやテセはいる。それでも笑顔でいられるのは、ドーピング問題に対して、愚直に、自分なりの解釈を信じているからだろう。
 今回の仲裁によって、FIFAやWADA(世界アンチドーピング機構)から我那覇に独自の追加処分(出場停止1~2年)が下される可能性も否定できないという。
 そこに光は見えない。だが、我那覇は戦っている。この事実は果たしてどこまで届くのだろうか。

posted by 奥間店長 |22:21 | OKINAWA |
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2008年02月18日

メッシの身長はどちらかというと高い

 先週は富士大学とFC琉球の練習試合をJヴィレッジにて取材。過去にJヴィレッジでは実際にプレーしたり、指導者研修会に参加したことはあるが今回も新しい施設が建設されていたりと、進化を止めないJFAのコンセプトが垣間見える場所だ。広大なスペースと、サッカーに集中せざるをえない環境は、西が丘にあるJISS(国立スポーツ科学センター)からも感じ取れる厳粛な雰囲気が漂う。

トルシエの選択とは
FC琉球だが、この日は45分の2セットで練習試合を終了。第2クール参加メンバー表を片手に観戦も、やはりほとんどの選手の名前と顔が一致しなかった。
 開幕まで一か月を切ったが、まだまだ選手は「トルシエを見ている」だろうし、未だトライアウト組も帯同していることから、選手間の温度の質も異なる。
 来週から始まる指宿での合宿で、同レベルもしくは格上のクラブとの練習試合からトルシエイズムを継承するに値する選手が選出されるだろう。12月から始まった行き先の見えない改革も、ついに土台が出来上がり、明確な判断基準が用意できる。ここにきてやっと将来への展望が話せるわけだ。

新鮮さと引っ掛かり
さて、富士大学との練習試合で気になった選手は、主に中盤に多数見られた。前半のシステムは3-4-1-2。中盤の底でモケと組んだ澤口(元流経大)はダイナミックな上下運動と、危機管理能力が思っていた以上に高かった。これまでのFC琉球にはいないタイプだといえる。また、モケにしても蓄積された経験から滲み出る身体(特に手)の使い方はこのチームにあっては非常に新鮮だった。

 そのなかでも一番驚いたのが中村(元神戸)。身体は小さい(153cm)が、フィジカルコンタクトや前へ進む積極性は印象に残り、そのサイズゆえの葛藤やサッカーへの向き合い方を考えてみる。
 
彼らの生きる道
静学時代の中村、野洲の中井、駒沢大学の深井など、Jリーグに上がる以前は我々に強烈なインパクトを与えるが、やはりプロフェショナルの厚い壁は彼らの中に詰まる感覚を受け入れようとはしない。
 いくら卓越したオープン・スキルや小柄なりの距離感を持っていようと、フィジカルコンタクト後のバランスが崩れ、質の高い二次的なプレーに移れないのだ。スペースが限られる現代サッカーにはなおさら問われる問題である。
 深井などは、身体の使い方でコンタクトをうまく自分の推進力に使用したり、ボールの置き方などを工夫する意図は見られたが、それでも衝撃的な大学時代のパフォーマンスは忘却の彼方に押しやられている。

 しかし、独特のリズムやタイミングに自分の夢を馳せる選手はいつだって小柄だった。彼らなりのサッカーへの解答は常人のイメージを完全に超越するものであり、同時にこの競技が持つ多様性を示してきた。 この時代。現存する画一的な選手よりも、一瞬に全てを内包するノスタルジックな選手を見てみたい。
 そう、彼らは限られた選手とも言えるのだから。

 中村は昨年の今頃、右足の中足骨を骨折し全治三か月の重傷だった。今シーズンはいい準備をして開幕にあわせて欲しい。
 指宿で話を聞ければいいなと思いながら、富士大学との練習試合を見ていた。

posted by 奥間店長 |22:07 | FC琉球 |
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2008年02月13日

30分に収まらない福田健二と心からの嫉妬

 数日前の情熱大陸。福田健二。この種のドキュメンタリーは毎回確かに楽しませてくれるが、今回ばかりは見る姿勢が違った。寝ながら見ることは最後まで出来なかった。それは、被写体があまりにも美しいから。抑えきれない人生の枯渇感が、直球で伝わってくるから。あふれ出る情熱とは対照的に、渇き切る時間も存在する。そこに魅力はある。
 
 去年発売されたRUNは、年間200冊前後ほど読む本の中でも間違いなく上位に位置づけられる印象深さだった。Numberの「遺書」に始まり、RUN、そして情熱大陸。映像で表現する物体の魅力。これまた違った受け止め方があった。
 
 サッカーにだけに収まらない人生の汎用性が描かれ、夢と暮らすわけでもない日々を福田からは感じることができる。
 あのPKのシーン。尋常ではない彼の雰囲気に、実は他にも理由があるというが、いつか耳に入ってくる機会はあるのだろうか。純粋に一読者として、背景を読み取りたい。特に、これからも物語の軸になるであろう家庭環境のこと以上に、スペインでサッカーをやり「続ける」行為に興味がある。
 
 そういえば先日取材したあるJリーガーにRUNをプレゼントした数日後、わざわざ自主トレ先の沖縄から電話をもらい、やはり自己と重ね、がんばりますと力強く言葉を結んだ。私も、サッカー選手っていいなと、気がついたら言っていた。確実にこれまで以上の本気度と、嫉妬が混ざっていた。
 

posted by 奥間店長 |01:17 | SOCCER |
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2008年02月07日

大久保の愚行、粉雪の埼玉にて

高原と大久保の違い
高原は悪いなりに自分にできる最高のプレーを繰り返していた。アタッキングサードで見られる屈強なタイの守備ブロックに対し、主体的にスペースを創り出そうとする高原のフリーランニング。
 中盤の底まで落ちてきてボールを受け、その背後に三人目の動きとして山瀬や遠藤、中村を走らせる。
 その意図が痛々しいほど理解できるのに、もう一人の大久保はほとんど動かない。ボールを引き出す動きでさえも、自分の数メートルだけの範囲で終わってしまう。
 
 相手ゴール前でのスキルフルなパスや飛び出すタイミングはやはり群を抜いている。アイディアもある。トップ下も出来る起用さは使う側に立ってみればこの上ない武器になる。  
 しかし、チームとしてやろうとしているサッカーの具現化、進化を妨げているのは大久保だった。この事実を解決しない限り、11人の共通理解を超えたダイナミックなサッカーをすることは出来ないと断言できる。
 
ダイアモンドのヒビ
遠藤の素晴らしいFKまではよかった。だが数分後には文字通り凍りつくような瞬間を目にしている。スタジアムは最近では感じ取れない雰囲気に包まれ、これがW杯予選のシビアな部分だと理解するまで多少の時間が必要だった。
 失点のシーンは中盤のチェックの遅れと、中澤の躊躇が悪い方向に出てしまった結果だ。タイのレベルであの数秒の猶予からワンステップでゴールへ直結するシュートを誰が予想しよう。スカウティングなど、頭ではイメージできても得点の直後だっただけに、行動に移すことは難しかった。
 
やるべきことは何か
その後は、先述したように大久保が前線にいることで、特にトップ下の山瀬がまったく生きない時間帯が続く。ゲームを「終わらせる」能力はあるが、得点までのストーリーは描けない。このレベルでは通用した。だがこの先にあるフットボールネーションとの戦いの中でそれは通用するだろうか。
 
 数日前、CSでラス・パルマス所属の福田健二のインタビューがあったが、メキシコにいたときにはゴール前から動くなと言われ続けたという。昨シーズンの磐田もそうだ。前田遼一は前監督のアジウソンからゴール前で動きすぎると指摘された。
 だが、福田はその後スペインへ渡り、それでは通用しないと断言され、磐田は時代を逆行するかのようなサッカーを繰り返した。
 チームとしてのコンセプトや監督の哲学がそうであればいい。しかし、現在の日本代表の方向性は大久保が示すようなプレースタイルではないはずだ。

心の引っ掛かりはそこにも
幸い、遠藤が前半から続いたCKをほとんどニアに蹴りタイDFの意識を傾け、後半に後ろへ散らすという作戦は見事に得点に結びつく。トレーニングの中で反芻してきたセットプレーで得点を増やすことに成功したが、タイの高さの無いディフェンスと巻をフリーにさせる集中力の欠落を見る限り、コンスタントに今夜の内容が起こるとは限らない。
 このチームは果たして、岡田監督の哲学と心中する気はあるのだろうか。まだ選手が吹っ切れてない気がする。
 
 今日のゲームを見る限り、日本は間違いなく最終予選に進むだろう。初戦に勝ち点3を手にしたこと、そして相手の力量を測れたことは大きい。
 何より、ここにきて胸を撫で下ろすことができるのは、次のバーレーン戦(3/26)の間に東アジア選手権があることだ。それも重慶で。岡田監督の次の一手は何か。それ次第で、見方は変わるのかもしれない。

posted by 奥間店長 |02:15 | NIPPON代表 |
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2008年02月06日

W杯予選という至福

さて、本日から始まるかくも過酷な、それでいて日本サッカーの行く末を共に感じ取れるW杯予選が始まる。異なる監督との顔合わせ、指宿での合宿、そして最近の二連戦と、岡田監督が会見でも述べていたが、すべての関係者の尽力でまずはここまでたどり着いた。

見えた最重要ポイント
準備期間を総括しても、多少の負傷者は出たがほぼ完璧なベースは出来た(W杯予選を戦う上での)といえるだろう。コンディショニングの差異は既に言い訳にならない位置にいる。
 戦術的な理解度、浸透度に関しても、岡田監督の指南はある程度選手たちに届いているはずだ。それは特にボスニア戦で見て取れた。予想以上に相手のプレッシャーが無い状態がいい方向に向いて、これからの道筋を明確に示した一戦だった。
 
 現在の段階で、キーワードとなりえるのが「ダイアモンドの中盤」だろう。特に鈴木への期待はこれまでとは比較にならないほど、だ。
 誰もが言うように、ダイアモンド型の中盤はボックス型に比べてディフェンスに入るタイミングやボールの奪い所が曖昧になる可能性が高い。ワンボランチ(鈴木)の前の三人が攻撃と守備の比重を誤るとすぐにチリ戦のような間延びや、お互いの距離が遠くなるような状態が生まれる。遠くなるイコール、連動してボールを奪えない、一人で奪ったとしても攻撃に移る時間がかかってしまう。岡田監督の言う細かいスペースでの組み立ては実現不可能だ。
 
中村と遠藤という共同体
ボスニア戦では、遠藤と中村がまずは相手の三人のオフェンシブMF(システムは4-2-3-1)をつかまえることからゲームはスタートした。
 そして、相手の出足が悪いこともあり、遠藤と中村はワイドを十分に意図した攻撃を見せ、お互いの距離感もチリ戦とは雲泥の差があった。
 特に中村は、山瀬がトップ下に入った後には状況を見て鈴木と近いポジション、つまりボックス型のようなシステムを作って相手の厚い中盤を見ていた。このような形での判断力の早さはさすがと言えるだろうし、キックの精度云々よりもこのような場面での変化が中村の成長度を物語る。
 
 注文をつけるなら、山瀬、遠藤、中村のポジションチェンジが少ないように感じる。指揮官の注文に答えるべく、チームが発足して自らのタスクをこなすことが精一杯だった以前より、M-T-Mを繰り返す中で、明日は意外と余裕が感じられると思う。
 オシム時代に見せた流動的なポジションチェンジを期待し、あの行為自体はなにもオシムイズムではなく現代サッカーには当然求められるべきプレーだ。まだ何か型にはまっているような感は否めない。
 
ナノ・フットボールの時代
そして、鈴木だが彼は本当にこのチームの舵取りになりつつある。ボスニア戦では不用意にバックパスをした瞬間、岡田監督から注意を受けていた。チーム全体が今何をすべきか。ゲームを読む能力はもちろん、アウトオブプレーになる最後の瞬間までも他の選手のケアをする必要がある。
 時には彼のウィークポイントでもある、ゴール前で「やりきる」力も要求されるはずだ。その全てが日本チームの核となってピッチに現れる。清水の伊東がどういったプレーを続けているかでチームの方向性が理解できるように、鈴木もまた「攻守の要以上の存在」、つまりどんな状態になっても全体を最後まで俯瞰できるワンボランチになることがこのチームのキーファクターだ。
 
START FOR・・・
最終予選を含め、長い時間をかけてまた新しい次元へと日本代表は進化する。そこに迷いは付き物であって、問題はW杯手前の終着地点で換算する世界との距離だ。
 時には勝ち点3を手に入れるために意味のないゲームに終始するだろう。しかし、そこにも何かしらの価値を発見するべきだし、全てが次につながることを信じたい。新しい、新鮮な戦いが始まる。これ以上の感情の抑揚があれば、誰か教えてくれ。

posted by 奥間店長 |01:27 | NIPPON代表 |
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