2007年09月25日

真実のFリーグ・レビュー

「人との関わりの中で、何も説得することはできない。何かを伝えることもできない。だけど、わずかに熱だけは伝えることができる。わずかに熱だけは感受することができる。この熱を相手にどう伝えるか。あるいは、その伝えるべき熱を自分はどのように持つか。そして相手の熱をどのように感受するか。人間にとって、コミュニケーションにとって最も大事なのはその一点なのです」

 沢木耕太郎氏ははっきりとした口調でそういったのを今でも覚えている。Fリーグ開幕。未成熟な集合体は「熱」の伝え方をまだ知らない。しかし、伝える側に立っていることに変わりは無く、「熱」を受け止めるこちら側の姿勢も重要なファクターになる。
 曖昧なプレーと浮き足立った判断の基準は見る側にとってストレスが溜まる原因になったかもしれない。最高峰と名の付いた選手たちが魅せるミスのパレード。開幕戦というエクスキューズはあっても、正直受け入れがたいミスは多かった。

浦安のゲーム・コントロール
本日観戦した4チームの中で明らかにゲームの流れを上手く掴んでいるチームは浦安だけだった。時間帯によってピヴォの稲田を中心に、前線のキープから着実にゴールに近づいていく。相手の大分は平均年齢21歳。40分間トータルでゲームを作る、見るという作業においてはやはり浦安に一日の長がある。
 大分がペースダウンした時間に一気に岩本や中島を投入することでゲームを決めてしまうあたりは経験値の差が如実に出た結果だろう。特に二点目は大分のマンツーを完全に置き去りにし、浦安「らしい」パスワークからの得点だった。

 だが、その他には果たして最高3500円を支払ってまで見る価値のあるゲームだったかといえば、簡単に首を縦に振ることは難しい。
 
見る側を疲れさせるミス
特に、全体的に細かいプレーにミスが目立ち、ゲーム自体を難解にしているように感じられた。極端に言えば、観客はトップレベルのフットサルを見る機会に恵まれなかった人が殆どだ。ゴールへ直結する際に、シンプルだが簡単にゴールに迫ることが難しいのがフットサルの魅力の一つでもある。クリアランスで凱旋のサインプレーを試みるが失敗し、それがゴールに直結したり、GKが4秒ルールを取られ、間接フリーキックを決められたりと「不必要な」ミスがゲームのクオリティを落としている。
 
 見る側にはシンプルなゴールだが、実は様々な戦術が複雑に絡み合って得点に至る瞬間は、昔の関東リーグでも確かに見ることができた。今、Fリーグに求めているのはそこの部分をいかに頻度を増して我々に魅せてくれるのか、という部分に尽きる。
 スピードや精密な足元のスキル、そして戦術理解力と、全てを保持しているがゆえの質の高さを、我々は感じ取る必要があるのだ。

GKから前途遼遠の未来を覗く
湘南対花巻のゲームが始まる前に、湘南のGK阿久津と花巻の遠藤がウォーミング・アップの最後に長いレンジのパントキックを交換し、お互いの存在を尊重する姿勢が見られた。
 今日の4ゲームに出場したGKは間違いなく日本最高峰と言えるスキルと、情熱を持った4人である。今回、彼等のプレースタイルはほぼ3つに大別することができるが、各々が持てる力を全て出し尽くした素晴らしいパフォーマンスに素直に感銘を受けた。個人的にはこの4人にお金を払ったと言っていい。
 まさに唯一無二のレベルで、これが日本の頂点に位置するGKだという矜持を魅せてくれた。
 
 ゲーム内容に関してはこれから先に期待する部分は否めないが、さすがとため息を誘うプレーも確かに見られた。様々な障害を乗り越えながらも、進化する過程を共に味わい「熱」を共有する時間ほど面白いものはない。そう思えるFリーグ開幕戦だった。

posted by 奥間店長 |00:46 | フットサル |
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2007年09月24日

清水エスパルスへの焦燥感

 個人的なことではあるが、六連勝を積み上げた現在の清水は私が思い描くサッカーと重複する部分が多々ある。
 トータルバランスに富んだGKの西部。絶対的な守備意識を共通理解として持ちながらも能動的に守る4枚のライン。そしてワンボランチでも相手の中盤に十分対応できる術と、老獪さをあわせ持つ伊東。その前を形成するダイアモンドの中盤。ベンチにも局面を打開できるFWが揃う最前線の「厚み」。

 清水が佳境に入ったJリーグをさらに面白くする。ここ数日は、口癖のように彼らのパフォーマンスを絶賛し、牽引する長谷川監督の哲学に酔いしれたものだ。

シミズの時間
確かにFC東京は毎年お決まりの、終盤にかけてギアを一段階も二段階もシフトするサッカーを魅せている。だが、清水のサッカーは揺るぎがないものだ。磐石の土台はそう簡単に崩れない。前半立ち上がりまでは間違いなくそう感じていた。

 前半15分までの清水は自信に溢れた展開を多く創っていた。あの時間帯に得点を上げることがあればまた違ったゲーム展開になっていただろう。しかし今日のFC東京、石川のパフォーマンスは全盛期を思い起こすものであり、原監督は一点目を「例えオウンゴールだったとしても、石川の勢いで奪ったゴール」と表現した。
 ここまで驚異的と思えた西部や青山・高木の壁はいとも簡単に崩壊し、清水のショックは無意識下の中で二点目を与えることに繋がる。
 この日、最後の得点はその一分後に赤嶺が体制を崩しながらもハーフボレーで突き刺した。呆然とする清水とは対照的に、味の素スタジアムに足を運んだアマラオの気概が乗り移ったような「気持ちのいい」FC東京の波状攻撃。

期待から落胆に変わる瞬間
清水は後半の頭から藤本に代えて枝村を、市川の場所には戸田を入れる。
 
 だがその特効薬の効果はFC東京の前になす術もなく崩壊した。
 
 枝村はフェルナンジーニョや藤本のような構成力のあるMFではなく、守備能力を求めることがプライオリティとしてある。戸田には、彼の人生でも一つのポイントになったであろう8月26日の新潟戦(現在の清水を形成した貴重なゲームだった)で魅せた果敢な縦への推進力を期待していた。

 しかし、FC東京は後半21分に鈴木規郎を投入し、逆に鈴木が前でタスクをこなすことで戸田の高いポジションを消すことに成功。その後も平山のキープ力、ルーカスの献身的な守備の前に、清水は狙っていた展開ができない時間帯が続く。枝村にしても決定的なミドルシュートを放つだけに終わり、前を向けない兵藤の代わりにアクセントになる瞬間は殆どなかった。

本当の進化を見つけるために
G大阪が足踏みするなかでまさかの敗戦を喫した清水。順位も鹿島に抜かれ4位となってしまった。内容だけ見れば、優勝争いをするに相応しくないプレーに終始し、バックアッパーの充実度も本当に厳しい局面を迎えたとき、何かしらの変化を与えるには至らない真実があった。
 ゲームが終わる頃には、ある部分では清水の成長の度合いを感じるが、正直、優勝という二文字には現実味がなくなっていた。
 
 残り8試合。上位陣との直接対決(浦和、G大阪、鹿島)が手のひらにある中で、いかにこれまでの流れを切らさず、自らのサッカーを貫いていけるのか。
 
 魅力的なサッカーの灯は消えてはいないことを証明するために。次節が本当の清水を見つけるゲームになるだろう。
 

posted by 奥間店長 |01:33 | Jリーグ |
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2007年09月23日

Fリーグ、ある一つの到達点

関東フットサルリーグってみんな知ってるよね?

 2年前。記録の中にある風景である。これまで、自分がプレーする時間やサッカーを取材する時間を割いては、関東フットサルリーグを見てきた。そこにはいつも日本代表へと駆け上がった先輩や、尊敬する友人、そして後輩が決して大きくはないピッチで自己表現を続けていた。
 プレーや応援の熱気で異常に熱くなった夏の体育館や、交通機関が麻痺するほどの大雪にも関わらず、駒沢の室内は揺れていた。その一つひとつが積み木のように重ねあい、もちろん先人が牽引した時代も存在する。

 ついにフットサルの全国リーグが開幕することになる。

 その前に見ておきたかった。昨日、久しぶりの関東リーグ。疎らなスタンド。昔、その席に腰を下ろした観客はもういない。彼等は席を立ち、Fという名が付いた場所へ視線を向ける必然たる現状。
 それでも関東リーグに所属する選手たちは、ボールを追い続けていた。報酬や賞賛とは対極に位置する無垢な喜びを求めているのだろうか。それとも功名心を身に纏う、ステップアップの時期なのか。
 いずれにしても、当時日本トップクラスを謳ったリーグはそこにはなかった。しかし、細かい新陳代謝を繰り返しながら成長を止めない選手たちを見つける。ある瞬間だけは、なりふり構わずフットサルを愛してやまない、変わることのない彼らを見てしまった。
 ピッチに立てばFリーグという単語は消え去り、スタンドから視線を落とすサッポなど見向きもしない。全ては己のために。崇高なアマチュアリズムは、未だ存在し続ける。

 開幕前夜、先人たちは何を思い、何を吐き出そうとしているのだろうか。かくも、本当にかくも長き黄金の航海。「黄金」とは言いすぎか。始まりは横のつながりを保つミニゲームでしかなかった。のめり込むほど、フットサルの限界を垣間見る瞬間に出会う。だが、先人は伝えることを止めようとはしなかった。その身体で、その言葉で。
 学習指導要領を通過せずここまで膨れ上がったフットサルの競技人口。今ではバスケットボールと差異は無い。だが、今だからこそ思い出して欲しい。その爆発の出発点は、彼らの想いだったことを。

 新しい旅路を前に思うこと。それはFリーグは何のために始まるのか、ということ。5月、大阪での歴史的な敗北。致命的なイランと、そして世界との差。現実的な溝を埋めるためにFリーグは始まる。その軸だけは揺れてはいけない。
 初年度を迎えるFリーグの中で11月のマカオ遠征を皮切りに、これまでにない急激なレベルアップが求められる。全ては来年のアジア選手権、W杯で一つ上の階段に足を踏み入れるために。協会の質の高いスケジュール調整は、Fリーグの成功と同等に望むべき未来でもある。

 という私、本日はJリーグへ。フットサルを見てきた方なら同意するかもしれませんが、今回の開幕二連戦はやはり二日目だろう。湘南や浦安、そしてある意味一番見たい花巻。

 日本人にホンモノのフットサルを。ついに我が国のフットサルヒエラルキーが完成する。

posted by 奥間店長 |12:20 | フットサル |
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2007年09月13日

五輪代表のGKに安住の地は存在しない

 前回ホームで行われた北京五輪最終予選(ベトナム戦)は開始前からバタバタしてしまい後半から記者席で見る予定が、結局ゲーム自体全く見ることが出来なかった。
 そのベトナム戦、次のサウジアラビア戦はもどかしさは残るものの、最低限のラインは常に超えている。ジレンマは水野だけにあるのではない。ひとつ間違えれば一気に崩れる可能性が見え隠れするが、まだその糸は切れようとしない。今日のカタール戦は特にその印象が強かった。そういうゲームだった。

家長のスキルはなんのために
前半に関しては、家長の運動量の少なさに愕然とした。家長がケアすべきスペースを逆サイドの水野が埋めたシーンは少なくとも3度あったはずだ。確かに前半33分のような相手DFが股を開くタイミングを見計らってボールを股に堂々と「転がし」決定的なチャンスを演出したり、終了間際の尋常ではないボールキープは与えられた人間にしかできない表現力ではある。
 だが、反町監督が会見で語った部分「もちろん足元は上手いが、最後の点につながる部分を修正していかないと、フル代表に選ばれたとしてもゲームで出るチャンスがないと思いのでは」という箇所は、私も同じ意見を持ち合わせていた。

 最後の点につながる部分とは、スキルやハートの部分ではなく決定的なフリーランニングで攻守のダイナミズムを創造できるか、に集約されている。特別な能力を持つ選手が通る道でもあるが、一度壁にぶつかってしまうとそれを乗り越えることに時間や労力を割き、気がつけば30代に入ってしまったという選手は多い。
 高いスキルやハートだけで安定して得点に結びついていない現状は、家長自身の伸びしろを絶妙に示唆している。今の小笠原を見ればある程度は理解できる。何が本当に必要で、何がいらないものなのかを。

変化は突然に
後半はほぼ完璧なプレーをしていた梶山が負傷交代で青山敏と交代。だがそれで全体のパワーバランスが崩れ、ディフェンスラインが修正する間に思ったほど時間がかかってしまう。特に左サイドバックの伊野波は常に数的有利な状況をカタールに作らせてしまい、後手に回るしかなかった。それは後に小林が10番のワリード・ジャシムをマンマークでついた時間帯も変化することはなく、凍りつくような場面を何度も作り出してしまう。

山本のPRIDE
だがそこに立ちはだかったのはGKの山本。元来、キャッチングやシュートストップには定評があるGKだが、ブレイクアウェーのタイミングが遅れがちなのがいつも気になっていた。腰が高い位置にあることも理由の一つだろうが、カタール戦でもボールへの遅れたスタートに怖さはあった。
 しかしそれ以上にシュートへの反応と、冷静な判断力は際立ち、右サイドバックの内田を始め山本がボールを保持すると一気にギアがトップに入る選手が多い。これはGKに信頼を寄せていることの一つのバロメーターでもあり、山本もフィードの選択肢が自然と増える。
 キックミスは一本あったものの、出来る限りのプレーはやりきった、そして確実に次につながるパフォーマンスだったと思う。
 
 GKというポジションはここ2大会は全てオーバーエイジ枠に侵食され、成長に歯止めがかかるという若手選手は多かった。プレーは安定していても、その存在そのものが安定していない五輪代表のGK。確かに経験者だけが持つ部分はメリットとして存在するが、その先のことを一番デリケートに考えなければいけないのがGKというポジションだ。
 他の枠は譲っても、GKだけは絶対にオーバーエイジの援助を受けることは許されない。山本や西川もそうだが、北京終了時まで自分がマウスを守りきるという強い矜持を持って残りのゲームに臨んで欲しい。
 
 五輪代表のGKは最終予選で戦う国以外の敵がこれから先、待っている。GKはゲームでこそ伸びる。ゲームでしか、己の可能性を未来に見出すことはできない。

posted by 奥間店長 |00:39 | NIPPON代表 |
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2007年09月10日

儚いとはどうしても言えなくて

 わずかの差だった。今日のFC琉球の内容と要所でのパフォーマンスは現在出来る限りの事をさらけ出した、追い詰められた人間が魅せる種類のものだった。だが、サッカーには判定もなければ、ある局面に対する決定的な賞賛もない。全ては90分。敗戦は、どこまでいっても敗戦である。

決断の向こうに
FC琉球はこれまでになく追い詰められている。先週は天皇杯沖縄県予選でかりゆしFCに延長の末、敗戦。その後フロントはこれから先のビジョンを明確に示したが、ネガティブな連鎖を止めるには行動そのものが遅すぎた。
 本来ならJFLのある時点で行うべき「意図した緊張感」を、沖縄ダービーという異質なゲーム後に実行に移す。戦うべき矛先は誰に向けられているのか。決勝の映像を繰り返し見ては、溜飲を下げる理由を探してしまう。

 今節のジェフリザーブズ戦。ゲームへの入り方はほぼ完璧だった。2トップと秦が形成するトライアングルで前線から積極的なプレスを仕掛け、相手DFラインのビルドアップ能力を限定させる。
 特に秦はチェイシングのバランス(連動性)が崩れることを理解しても一人でチェックに行く。整合性に欠ける場面ではあるが、チーム全体を鼓舞するためには当たり前のように必要な行為だ。

 そしてジェフ・リザーブズ右サイドバックの木村とボランチが曖昧な関係に終始する立ち上がりに、鎌田が積極的なクロス、中への切り込みを繰り返し決定的な場面も多々あった。

現実に転がる失点の要因
だが失点の場面は予想外に早く訪れる。ジェフリザーブズに攻撃の形を作らせない時間帯が続いたが、ペナルティーエリアの中央に空いたスペースを突かれ、河野が豪快に蹴りこんでジェフリザーブズが先制した。

 この失点のプロセスはある意味必然だったかもしれない。ゲーム開始から消極的なプレーを続けていたジェフリザーブズだったが、失点のワンシーン前にはボランチの野澤がリスクを冒したタテへの爆発的なドリブルを見せる。
 前線との絡みでワンツーを受けエリア内に侵入を試みたが、FC琉球DF陣は中盤の底からの急激なスピードアップについていけず、ファウルで止めるしかなかった。
 FKは壁に当たってスローインになったが、その直後、クリアミスで中へボールが入り、フリーだった河野は右足を振り抜くだけだった。

 失点の予兆はそこだけではない。先週の天皇杯、後半15分にも集中が切れてしまい、完全なフリーの選手を作ってしまうシーンがあった。
自陣付近でのスローイン後、対応の遅れが目立ち後手に回る場面が見られたのだ。このときは大久保がギリギリでカバーに入ることができたが、今回はクリアミスもあり、一瞬の判断の遅れを挽回することは困難だった。

 後半もFC琉球は左サイドで主導権を握るが、2トップ(石井・當間)のイメージの共有、またはこの二人を使う意図が最後まで見えず、なかなかゴールまで迫れない。

 そして前回も言及したが、ボランチの二人(栗田・望月)が攻撃に参加することは皆無で、なかなか厚みをもった攻撃にならない。特に望月は約一年ぶりの先発ということもあり、非常に守備に神経を使っていたと思われる。前半は左サイドで鎌田がボールを保持すると、逆サイドの杉山が中に絞り攻撃に多様性を運んでいたものの、後半には完全に杉山は消えていた。

ボランチは舵取りをやればいいのではない
反対に、先述したジェフリザーブズのボランチである野澤や、後半12分に決定的なスルーパスを通した中原は中盤の深い位置からもタイミングが合えば積極的に前線との絡みを欲した。
 
 この両チームの差が、最終的に得点を奪えるかどうかに繋がった。一言で言うなれば、本当にそれに尽きる一戦だったと思う。
 後半20分には望月に代わり佐藤を投入し、三好を前に上げ4-3-3に変更したものの、最後までゴールを割ることが出来ずに終了のフエを聞くことになる。

 前線の基点が作れない中で、局面で評価できる部分は多かった。しかし、最後の細かい部分でリスクを背負ってボールを回せるのか、そしてゴール前で戦える選手がいるのか。現段階でそう言われると、首を縦に振ることに躊躇してしまうだろう。
 大久保の単調なロングスローを見て、改めてそう思う。
 最初からセカンドボールを拾う事を目的にするのではなく、質の高いクロスを叩き込むような強い意志はやはり皆無なのだ。

与えられた時間を
同じ日にFC刈谷がFC岐阜に勝ったことでその背中はさらに遠いものとなった。
 FC琉球は一ヶ月ある。この一ヶ月が与えられた最後の変革の時。膨大なプレッシャーの中で、あと数試合に収まらない、サッカー人生でも極めて稀な時間が待っている。
 降格は絶対に許されない。まだ沖縄にサッカーは根付いてもいない。選手の未来は、我々の未来でもある。それだけは、本当に忘れないで欲しい。
 

posted by 奥間店長 |11:20 | FC琉球 |
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2007年09月02日

世界陸上の日々

 恍惚の時間、世界陸上が終わろうとしている。リアリスティックな数字や筋繊維の収縮、そして生命の死を隣人とする陸上競技。絶対的な数字から伝わる純情な身体活動は、やがて極度の鋭敏を超えた境地を感じることになる。
 他分野の挑戦の記録は、見る側がその内幕を感じ取ることは難しい。だが、陸上競技だけは「煽りや努力の結晶を知る」という行為そのものが陳腐に思えるほど、結果だけを受け入れることが可能な競技だ。

そう思ってきた。世界陸上大阪大会を迎えるまでは。

日本選手団の「外」の戦い
今回の日本選手団は最後まで使命感で一杯だった。身体を動かすことに不満を持つ子どもの実態が右肩上がりに成長する中で、彼等は己の生き様と陸上への威光を保とうと必死だった。陸上選手がビジネスを語り、影響力の強い媒体へと世界陸上開幕直前まで出て行く。
 
だがそこには今回に懸ける強い想いは感じられたが、何か物悲しさも残った。

 日韓W杯が開催された際、日本代表選手のベースキャンプで使用した磐田の葛城北の丸は確かに非日常の日本列島と代表選手を乖離した。異常なほど熱が上がる国民を尻目に、あの場所では淡々と時間が流れていた。タクティクスやスキルの進化だけでは追いつけることはない世界との距離を見事に縮めた原因は、確実に北の丸にあったのだ。

到達点は他の場所に
サッカー日本代表と、今回の世界陸上の選手団。前者は理想のパフォーマンスに近づけるために最高の環境を用意できる組織を持っていたが、後者は最後まで満たされない環境要因をぶら下げながら戦い抜くことしかできなかった。
 JOCの田富昭選手強化本部長は世界陸上での日本勢の不振について「選手はあまりスター意識に走らないで初心に立ち返って体力をつけてほしい」と語る。
 彼等にサッカーや野球選手が持つスター性はない。だが彼等はスター性の欠落以上に陸上競技が放つ恍惚とした塊を我々に伝えようとした。最後まで主力選手の周りは騒がしかっただろう。ピーキングに失敗しても言い訳できない状況に立たされていた。
 意識と肉体の分離を感じながらも、彼等は自己完結するのではなく陸上競技の存在を訴え続けた。
 
 それは選手間の問題ではなく、陸連を含めた組織の未成熟さが招いた結果でもある。五輪では考えられない負の連鎖は、選手だけの責任ではない。選手に依存しなければ世界陸上そのものを伝えきれない組織。怠慢な姿勢が選手のコンマ何秒に影響した。
 
 結果だけを見ればその選手が理解できる。陸上競技とはそういうスポーツだと思ってきたが、考えを改める時期にきている。それが大阪、世界陸上の印象だ。

友人の山崎を見て
と、それだけの感想しか持てない日々だと思っていた。しかし、昨日の50キロ競歩で世界と互角に戦った山崎の姿は、今も脳裏に焼き付いて離れない。彼は裏表の無い真実の男だ。大学時代に出会って、サッカーの授業では私のスルーパスに歩いて反応しようとした。普段も自分だけの時間が流れている「いかにも」トップアスリートだけが秘める世界観を持っている。
 あの非常な結末には呆然とさせられ、「レースに参加さえしていない」という事実にも憤りを感じてしまう。
 結果だけを見ても、やっぱり陸上競技はわからない。この時点で大会は最終日を迎えてはいないが、このスポーツに関する価値意識は完全に逆転した。
 

posted by okumastore |00:41 | Sports |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加