2007年07月30日

日本代表を巡る報道の欠片

 4位という結果以上にショックだったのは、サウジ戦の翌朝見た「とくダネ」での日本代表議論。政治や経済では評論家やジャーナリストの意見を軸に論議を展開するが、このときは一般の意見だけを陳列した安っぽい「会話」だった。

 イチローが初めて当時のニュースステーションに出た際、ウルグアイラウンドでアメリカの自由化が日本に突きつけられ、大問題になっていた。
 そのとき久米宏氏はイチローに対して「現在はウルグアイラウンドで野球どころではないんですけど、今日はイチローさんに来ていただきました」と語った。イチローは明らかに不可解な顔を見せたが、番組はそのまま展開され、久米氏のスポーツに対しての軽蔑的な視点は今も私の頭の中に残っている。

 昨年のドイツW杯では久米氏を現場で見かけたが、サッカーに造詣が深いような切り口で語る彼の姿からは何も「熱」は伝わってこなかった。それは同じく現地にいた小倉氏にも通じる部分かもしれない。
 そしてそれは今も続いている。ジャーナリズムの中のスポーツは、果たして軽視されるべき産物なのか。身体的な活動以上に精神的な活動を重んじる、または潜在的に思っている人々は多い。そういう種類のコメンテーターが、テレビという巨大な媒体を通じてオシム批判をメッセージとして発する。
  
 サッカーはあなただけのものではなく、もちろん私だけのものでもない。しかし、その媒体の広さは多くの人々が共有することができる無限の可能性なのだ。現場レベルにだけ批判の矛先が向けられる今のベクトルには本当に憤りを感じる。 
 この大会で日本代表は次につながる戦い方をしたが、メディア側はまたも歴史を繰り返してしまった。

posted by 奥間店長 |00:42 | NIPPON代表 |
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2007年07月29日

アジアカップの総括と次の行方

 「芸術点でいえば日本は飛びぬけていた」とある新聞に掲載されていたが、それは韓国との一戦でも変わることは無く、現段階での限界が手に取るように理解できる大会となってしまった。

溢れる日本らしさ
グループリーグからオーストラリア戦でのゲームプランや環境への適応はほぼ完璧だった。初戦のカタール戦から始まった「整合性に富んだ美しいボールポゼッション」は他国を圧倒し、わずかなスペースでさえも高度なテクニックと意図が溢れるフリーランニングで、広大なスペースへと作り変える。
 高原、巻は自身のストロング・ポイントを90分フルに見せ付けた。
 両サイドバックは抜群の運動量で、初戦で殆ど絡みが無かった「黄金」と呼ぶに相応しい距離感を保つ中盤と徐々に攻撃に変化をつけ、そして阿部と中澤は常に相手FWの前でタスクをこなしラインが深くなることは皆無だった。

こぼれ落ちた強み
しかし、準決勝のサウジアラビア戦。これまで代表が体感したことのない衝撃がサウジの2トップから発せられた。伏線はオーストラリア戦からあった。

 一人退場者が出ることでオーストラリアの守備陣は8人を数え、逆にゴールをこじ開けることは難しくなる。個の力がアジアレベルから突出しているオーストラリアの選手がゴール前であそこまで張り付けば、得点を奪うことは11人を相手にするより難しくなる。
 得点に結び付けない時間を繰り返す日本はそれによりリズムを失い、理路整然と個々が結びついていた攻撃陣が一人だけ浮き上がって無理に攻撃を始めようとする。

 そしてこのあたりから拍車をかけるように乳酸値は高まり、筋肉組織は急速に酸性化していった。
 
 結果論ではあるかもしれないが、サウジ戦は3バックでいくべきだったと思う。阿部を一人余らせて中澤とスピードがある坪井で十分対応できたと思うのは私だけだろうか。
 あの二人を中澤はともかく、本来センターバックを本職としない阿部が抑えるのは至難の業だった(さらに手の負傷で身体のバランスを失った)。
 親善試合のコロンビア戦では相手FWが二枚、または三枚で臨んでも4バックで守れるイメージは十分にあったが、やはり身体疲労からくる内的要因は、まだ成熟した組織とは言い切れない部分が山ほどあったのだ。
 そのセンターバックとコンビを組んだボランチの二人(鈴木・中村憲)も中村と遠藤が攻撃に力を注ぐ時間が多く、広大なスペースを埋めるためのエネルギーはもう残っていなかった。
 
最終的な議論の到達
このアジアカップで感じた限界点は「論理的な効率性の追求にも、明らかな限界がある」ということだ。それが顕著に現れたのが、現在世論で論点に挙げられているアタッキングサードでの個の爆発である。
 
 実はサウジ戦の前に私は西が丘で東京V対C大阪を観戦していた。この日はC大阪がゲームを支配する時間が長かったが、実効あるオートマティズム、つまり要所で個の爆発と組織の連動性が繋がったのは東京Vの方だった。
 結果は4-0で東京Vが圧勝。C大阪に押し込まれる時間帯は長くとも、主体的にアイディアを出し合い、それを恐れず実行に移していった東京Vがゲームを制した。
 特に4点目の永井とディエゴのコンビネーションから永井が一気にゴール前へ飛び込み、個の力で切り裂いた姿勢は平日の西が丘の幻想的な雰囲気にうまくリンクして、本当に素晴らしかった。

 私はこのシーンに日本代表が進むべき青写真が集約されていると感じていた。日本代表に「個の打開力が足りない」「変化をつける選手がいない」のは誰が見てもそう言うだろう。
 しかしそれは、その前の有機的なポゼッションやビルドアップがあってはじめて「個」に繋がるもの。最終的な「個」は日本人を見渡せば高原だけでは無いはずだ。大黒や家長、松井は揺るがない個人能力を持っている。また、あと3年で誰が突然変異として現れるのか、それはオシムでさえもわからない。
 問題は、個人能力と組織力の繋がりの質に次のステップへ進むファクターがある。
 
次を求めて
個人に対する批判は今更だというべきだろう。それよりもそこに至るまでの組織力がハッキリと形になって現れたのは大きい。W杯予選までの選手モデルはこれから先、殆ど変わることはない。ベースが発足一年目にして生まれ、そして次への課題が明確になることなど、ここ数年では考えられなかったことだ。
 
 組織的に行動する事実から日本は避けられない位置にいる。その質の高め方を主体的に行動に移せるのか。今後はそこに論点が集まってくるのではないだろうか。

posted by 奥間店長 |21:45 | NIPPON代表 |
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2007年07月18日

再生のキーワードとしての選手獲得

 FC琉球は川崎から期限付きで移籍した大久保に続き、鳥栖から蒲原が加入。チーム関係者がJ2のゲームをスカウティングしているという情報は入っていたが、まさか蒲原とは!
 
 確かに今シーズン、鳥栖が蒲原に期待する部分は大きかった。去年の日本人得点王である新居が千葉に移籍し、シーズン当初は攻撃陣で計算できる選手は皆無だった。攻撃の軸として期待されたブラジル人のアンデルソンはケガのため出遅れ(その後清水へ移籍)、自ずとFWの定位置は蒲原と藤田、レオナルドに絞られた。
 しかし日を追うごとに藤田がトップフォーム以上の得点力を魅せ、長身を生かしたヘディングと、泥臭いプレーでチームを牽引し、気がつけば得点ランク3位。
 必然的に残り一枚のFWのイスを争うことになるわけだが、如何せん蒲原の調子が上がらず、得点という何事にも変えがたい「結果」を残すことはできなかった。
 現在は昨シーズン、鳥栖で確固たるポジションを確立した山城やレオナルドが藤田のパートナーとなっている。そして今日、蒲原のFC琉球移籍と同じタイミングでC大阪より金信泳が加入した。

 FWはその環境要因によってパフォーマンスの起伏が激しいポジションだが、サテライトでもなかなか結果を残せていない状況を鑑みると、現在は完全に負のスパイラルにはまっている。

 だが、蒲原のストロングポイントはやはりそのスピードと積極性にあると今でも思っている。彼の能力がJ2以下になっているとは到底思えないし、なんて事はない、一つのきっかけで再生へのブレイクスルーの可能性を持った選手だと断言できる。
 
 FWだけではなく左サイドにも適応でき、そしてJFLを大学時代に経験しているということも大きなポイントだろう。一概には言えないが、FC琉球の選手と比べてみてもポテンシャルは頭一つ抜けた存在になる。
 これからは蒲原を攻撃の軸として関や黒田といった、あまりバイタルエリア付近から動かない選手との組み立てを考えていく必要がある。中盤はやはり三原の存在は大きい。相手DF陣ウラへの広大なスペースにボールが入れば一気に勝負は決まる。
 個人的に思うのは吉澤監督のゲームコンセプトでは小野や佐藤拓は全く機能していない。台所事情からも使わざるを得ない状況なのだろうが、コンディションが安定しない三原を90分使うためには彼の負担をカバーでき、かつ安定したポゼッションが可能な選手の選択を望みたい。

 思い出されるのは2001年の沖縄県招待サッカー。当時全盛を極めた国見高校(徳重や片山、徳永はナショナルトレセンで欠場だった)に対し、那覇西高校が1点を上げそのまま金星をあげるかという空気が県総には流れていた。
 しかし後半も残り5分というところで蒲原が登場。一気に那覇西DFラインをブチ抜いて一人で2得点を掻っ攫っていった。
 ゲーム終了後、当時の東福岡高校志和監督に「何じゃお前は」と坊主頭を触られた蒲原も今は茶髪。あの衝撃は今でも忘れることはできないし、大学時代国士舘大と対戦した際もあれ以上のインパクトはなかった。
 
 これほど的確な補強が可能ならば別にGMなんて役職はいらなかったのでは、と思ってしまうが、いずれにせよギリギリのタイミングで戦力は整った。 
 大久保と蒲原は適者生存という言葉だけでは片付けられない。FC琉球というチーム全体がこの二人に合わせるべきであり、それが崩壊したチームを立て直す一番の近道になる。

posted by okumastore |22:57 | FC琉球 |
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2007年07月17日

FC琉球は死んだのか

 まず、ゲーム内容の具体的批評は現場を経験してないということもあり、言及することはできない。
 しかし0-8というスコアを前にしては、さすがに怒りに近い、冷たい感覚が全身を覆った。倦怠感という言葉で全てを括るほど、そこまで人間はできていない。素通りできない現実に対して、ではなく起こるべくして起こった不条理な事実についてだ。

 これまで、このクラブに対して多くの逡巡たる気持ちを抑えずに書いてきた。全ては沖縄のため。軸が右往左往しなかったのもこのブログに行き着き、議論を交わせる機会を授かったからだ。
 沖縄のサッカーに対する想いはどんな形であれ、全てのベクトルはFC琉球に向けられていた。沖縄のクラブチームとして日本中のサッカー関係者が存在を共通理解として持つようになり、話がはずんだ夜も一夜限りではなかった。

 その幸福なコンセンサスにも未成熟な領域が数多く見受けられ、私は常に現状に満足してはいけないと自分に言い聞かせては批評を書き連ねてきた。沖縄に住む選択や帰る時間は無い。しかし焦慮に駆られながらも書き続けるには理由があった。現状に甘んじては絶対にいけない。そう思ってきた。
 
 この結果は当たり前のように起こった真実だ。サイレントマジョリティーがいまさら社長のブログに刹那的な感情の爆発を陳列することは解決策になるはずがない。
 8失点はあくまで結果である。8点取られたことが悪いのではなくて、崩壊する可能性のあったチームを指摘できなかったことが問題だ。
 その予兆は前節のHonda FC戦からあったし、ホームで観戦するサポーターは以前から感じていたはずだ。生活の営みにFC琉球があると高らかに叫ぶなら当たり前の事だろう。それがなぜか出てこなかった。話を聞いても、ブログを見ても「このままでは大変なことになる」という意見を多くの人々と享受せずに感情の封鎖を貫き、そして気付けば次のゲームを迎えていた。
 
 それが、ここにきて感情の吐露を繰り返す。この行為は正常なことなのか。

 そしてゲームレポートを掲載する立場の人間。つまり沖縄タイムス記者の姿勢も衝撃的なものだった。沖縄の少年の夢を打ち砕かれるようなゲーム内容だったにも関わらず、そのレポートは淡々と飄々と綴られていた。
 ゲーム内容を殴り書き、選手や監督の言葉を拾うことは別に誰でもできる。限られた人間にしか書けないというのはマスコミが作り出した幻想だ。限られた人間が書くレポートは、あのような血の気の引いた、サッカーへの愛を感じることが出来ない文体に仕上がるはずがない。
 スポンサー云々をエクスキューズに摩り替えることは自己の生き様を否定することだ。少なくとも、最低限ペンを持つ人間がやってはいけないことを、松田という記者はやってしまった。

 今回の大敗は現場だけの目線で語ることは絶対に許されない。責任の所在はFC琉球に関わる沖縄県民に重くのしかかっている。ゲームで一番表現力のある立場にいる人間は間違いなく選手だ。しかし、それだけで人の心を突き動かすゲームは生まれることはない。
 
 これまでどうにかなるというスタンスでFC琉球に携わり、それでもどうにもならない現実を素直に認めない人々。
 変わらなければいけなかった。こういうときのために、サポーター同士の横の絆やつながりを深くするために大々的なSNSの導入や、フロントとのカンファレンスの重要性をこのブログで説いた。それでも何も変わらず、具体的に何も動かなかった。私自身も、文章を書くという立場にいるだけで、もう少しサポーターや関係者と関わっていくべきだったと猛省している。

 土日も様々なゲームを見なければいけない今の私には、到底全国を回る時間や意志、金銭的余裕もない。そんな私が言うのもなんだが、願わくば早期にサポーターカンファレンスを開催してくれることを。それも、クラブ側が重い腰を上げるのではなく、県在住のサポーターが強いイニシアチブを持って想いを突きつけて欲しい。本当に、そう思う。

posted by 奥間店長 |23:40 | FC琉球 |
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2007年07月15日

FC琉球、川崎の大久保を期限付きで獲得&今節はTDK SC戦

 今節のFC琉球はTDK SCと対戦。TDK SCは下位争いから抜け出せるいいタイミングになる。もうJFL参戦というエクスキューズは通用せず、勝たなければいけない恐怖感は下位チーム特有のものだ。
 基本的にタレントだけを見れば充実度はFC琉球より上だろう。当時、筑波大にいた高林は決定的なパスが出せる一級品の選手だったし、それがたとえ色褪せたとしても怖い選手に間違いはない。富永や松田に関しては特に説明が要らないかもしれない。

 FC琉球は、前期第7節でTDK SCと対戦した際、終了間際に秦の得点でギリギリ追いついた形となり、今回はしっかり勝ち点を上乗せして欲しいところ。
 都田での敗戦は結構衝撃的なものだったが、90分間をトータルに使わなくても(変な話だが)、要所で得点を重ねることができればある程度コントロール可能なゲーム状況になる。
 勝ち星を上げれない原因を追究すると精神的な部分に矛先が向きやすいが、断じてそこに理由があるのではなく「走れない」というサッカーの大半を占める部分の欠落が今の現状を物語る。どうしても私にはBMI指数、プロとしての等速性筋力と筋持久力の低さが目に付いてしまう。
 
 言うまでも無く厳しい日々が続くが、そこで力を発揮できるのが監督の手腕でもある。 
 長期スパンのチーム作りを掲げるのであれば「勝つべき瞬間」で勝ち点を奪うこともまた必要になってくる。上位陣との争いの中で勝てない瞬間は受け入れることができても、現実的な勝利は当たり前のように欲している。名将の条件とは様々な難問を遣り繰りし、そこに導ける監督のことを言うのだ。この世界、やはり当たり前のことを当たり前にやることが、多分どの分野よりも難しい。

 明日の一戦が、似たような境遇を持つ両者にとって、後期の道筋を分けるひとつの分岐点になるだろう。

 そのFC琉球に新加入選手の発表があった。だれかと思えば川崎の大久保。ハーフラインからゴールを決める日本一のスローインと、腕で縄跳びをする脅威の身体能力を持つセンターバックである。
 仙台育英入学時はDFだったが、その高さと、懐の深さを逆に買われてFWへ転向し、仙台カップではイタリアユース代表のDF陣を相手に競り勝つ力強さを魅せた。

 そして川崎ではDFに「逆輸入」。強さとしなやかさを併せ持つタイプのDFは日本にはあまり見かけないタイプである。
 元来、両膝に慢性的な痛みがあり川崎に入ってからは肩も手術し、トップでの出場機会に恵まれなかったが、若い選手はやはりゲームを欲する。異常なほど、ライブの体感を欲する。
 FC琉球のためにプレーすることは勿論だが、かつての闘莉王がそうだったように、下のリーグで戦うことでサッカーに対する欲求の塊を再び見つけてほしい。

posted by 奥間店長 |01:23 | FC琉球 |
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2007年07月12日

サッカー人生をより良く過ごすために -U-20代表の戦い-

 明日からU-20W杯もついに決勝トーナメントがスタートする。初戦であれだけ完璧に近いサッカー(吉田監督がイメージする展開)に持ち込めた日本代表。
 コスタリカ戦、ナイジェリア戦で多少苦しんだものの、最初に得られた自信は、外野が発言するような「崩れ方」を完全に無視する疾走感に溢れている。
 
 個人的な経験からも短いスパンの大会は、単なるノリでは片付けられない、「リスクマネジメントを超越した勢い」は自分たちが感じる以上の力となって挑戦する気概を見つけ出してくれる。普段なら掴もうと思っても掴めないような感覚の部分まで、勢いで片付いてしまう。それが短期間で自信を得るということだ。

主審の恩恵を受ける
さて、この「調子ノリ世代」の特徴の一つに、決定的なファウルをする選手が少ないことが挙げられる。この場合、世界で戦える基準を満たした選手たち、つまりスコットランド戦、コスタリカ戦でのスターターに焦点が当たるが、彼等は二戦を通じて警告や退場に直結するファウルを犯していない。
 三戦目に関してはサブ組主体の布陣で、どうしても判断の遅さが目につき三選手が警告を受けた(森重、平繁、藤田)。
 
 現在の吉田ジャパンの選手たちが16歳前後の頃、オーストリアで行われた4カ国(オーストリア、ドイツ、日本、スイス)対抗のヨーロッパ遠征があった。
 その際に現在SRである西村氏が代表チームと帯同し、審判がゲームへ向けてのコンディション調整や、今では珍しくなった全く異なる国のレフリーとチームを組み、ぶつかり合いコミュニケーションを取る様を、選手やコーチ陣は目の前で、肌で感じたという。

 現在でもこのようなケースを耳にすることは難しいが、年齢が若い段階で大会期間を審判と一緒に寝泊りするという時間が、今のU-20の選手たちにある種の対応能力を根付かせたのではないか。
 トップレベルの大会になると審判と、選手が同じ宿舎を使用することはまず無いが、金銭的見返りを求めない両者がお互いの立ち位置を理解することによって得られる感覚は非常に多い。
 若い選手にとって審判がどういう存在であるのか。そして一緒にゲームを創っていくという受け止め方を若くして身につければ、これほど「有意義な時間」と断言できることもなかなかないだろう。

サッカー人生を戦い抜く為に
もちろん、そのような外的要因もあるが、選手個々のボールの力奪い方の技術も見落としてはいけない。
 
 カードを貰わないためのディフェンスは一朝一夕で生まれるものではなく、極論すれば「センス」という言葉だけで片付けられることもある。
 その中でも福元や内田、青山といった選手は無理な体勢でのファウルを避け、相手との距離を自分の間合いに合わせながら対応する能力に長けている。
 この年代では、特に理想の対応の仕方と現実のギャップが生まれる時期でもある。そこで自分自身を失ってまでもファウルまがいのプレーを繰り返す選手は、Jリーグでも長続きしないのは周知の事実。フェアプレーかつ激しいプレーを求めてこそ、理想とする選手象に近づけるのは間違いない。
 
 「谷間の世代」と言われたアテネ五輪代表。しかし彼等の中にも今野や茂庭といった、カードをあまり貰わず、スムーズな体幹の使い方でボールを奪う能力がある選手は常に代表に近い存在にいる。
 
 U-20代表はこれからさらに厳しい戦いが続くだろうが、誰の為のレフェリングなのかということを考えながら次のステップへ進んで欲しい。
 そうすれば必然的に、そこで得られるものも多くなるはずである。

posted by okuma店長 |00:10 | NIPPON代表 |
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2007年07月09日

ベストに近い日本代表のコンディション

 2000年のアジアカップ初戦。古豪サウジアラビアを相手に日本は4-1の圧勝。その年のアジア年間最優秀選手となるナワフ・アル・テミヤトに殆ど仕事をさせないまま、柳沢や名波、途中出場の小野などがスコアを重ねた。
 その圧倒的な力は他を寄せ付けず、「オートマティズム」という言葉の意味を理解できた期間は日韓W杯も含め、その後も無かったように思う。
 準決勝で戦った中国や大会期間中の監督解任で息を吹き返したサウジアラビアも、最終的に日本との差は怖いほどあった。2004年大会よりもあの時代の代表がオシムの指標に近いと、今でも感じている。

 そして通常より一年早くスタートした今回のアジアカップ。組織としての成熟度は当たり前のように低品質かもしれないが、同一線上には他国も存在し、そしてその先にはコンフェデ杯がある。間違いなく勝たなければいけない戦いである。

スローペースは悪くない
立ち上がりはブラジル代表がW杯や現在行われている南米選手権の初期段階で採用するようなスローペースでゲームは進行して行った。
 カタール戦での最重要課題は両サイドバックがいかに中村、山岸の守備の負担を減らし、自身(加地・今野)も高い位置でプレーできるかという部分にあった。
 だが前半はカタールも前線からプレスをせず、日本もそれに合わせるかのように単調な横パスで自分たちのペースを握ろうとする。
 もちろん、それでは主導権は寄ってこないが、これから先の戦いを見据えてグラウンドコンディションや各選手との「本番」でのコミュニケーションを確認するという意識もあったと思われる。
 
 しかし、やはり日本が通常のブラジルと異なっていたのはテンポアップからの二点目が取れなかったこと。

加地と今野。駒野が戻ったら・・・
先述した加地や今野のパフォーマンスはやはりアジアでもトップクラスの機動力と守備力を魅せてくれた。そして、ワイドを積極的に使ってオーバーラップの回数を増やすべきだろうが、初戦なので守備から入ることになんの違和感も無い。
 加地のディレイのタイミングを図る際の身体の向き、ヤセルがサイドに流れた場合、ワンタッチ目に飛び込む間合いの鋭さなどは「違い」を感じることができる。センターバックとの関係から生まれるスライドも抜群だった。
 今野にしてもアシストはもちろん、山岸がそれほど後ろを気にしてプレーせずに前を意識できたのも、90分間、高い位置でのチェイシングを怠らなかったからだろう。
  
 逆に気になったのは、やってくれるだろうと期待した中村と山岸。あれではオシムが目指すサッカーではなく、ジーコ時代によく見たような苦い残像がよみがえる。
 中村は普段より前目のポジションを取りたいが、チェックが厳しいために結局中盤まで降りてきてボールを貰う場面が目立った。これでは中村憲や遠藤が攻撃に絡むスペースを消している。決定的な仕事が世界基準で創造できる中村は、引いてもある程度は前線にボールを供給できるが、全体のリズムが悪くなったのはそのためだった。

 山岸に関してはさらに厳しい。高原のワントップだというのに終始左サイドに張り続け、効果的なコンビネーションも数えるほど。羽生が交代直後に見せた右サイドにポジションチェンジし、羽生が抜けたスペースに遠藤が入り、中村や高原が絡むという理想的な変化をゲーム中、山岸は見つけることができなかった。次は果たしてあるのだろうか。

オーストラリア対オマーンから見えたアジアカップ
チームとしての質はもちろん異なるが、ゲーム展開としてオーストラリア対オマーン戦と酷似していた。一つはカウンターを主体にプランニングし、そしてもう一つは組織として点を取りに行く。
 結果として引き分けに終わったこのゲームだったが、目に付いたのはどちらのチームにも強烈なアンカーが中盤の底を陣取っていたこと。
 
 質の高いチェイスとマーキングを安定して最後まで行えるアンカーがいるチームは崩れない。特にオーストラリアはグレッラの獅子奮迅の活躍に感嘆のため息が漏れた。
 そして日本には鈴木がいる。今日のパフォーマンスは代表戦では一番のデキだった。
 展開力は前のボランチ二人に任せるが、相手の前でボールを奪う技術と、タテパスを読む力は間違いなく対戦国の脅威になり続けるだろう。4バックがソーンディフェンスに変化する場合、サポートに入るスピードにも雑念は感じ取れない。
 鈴木の安定感が実は日本の命運を左右する。そう言ってもけして大げさには聞こえないほど彼のプレーが前線に安心感を与え、特に後半からは躊躇せずリスクを冒すプレーに派生するという段階にまで影響力はあった。

オシムが懸念したコンディション不足
三人目の動きに加え、ダイレクトプレーでの打開だけでギャップが生まれるカタールのディフェンスライン。そこを上手く突けなかった代償が、あの失点だった。
 しかしこの引き分けは悪くない。オシムが懸念し続けたコンディションの充実度は他国以上の(特にオーストラリア)仕上がりを感じた。ピンポイントでの素晴らしい調整能力はアジアカップ云々ではなく、この先も期待していいのではないか。我々はドイツでそこに泣いた部分もあるのだから厳しい目で管理するのは当然の事だ。
 次のゲームまである程度時間もあるので、多少の変化はみられるだろう。その変化に対応できるフレッシュさも今は持ち合わせている。

 2000年の大会に共通するのはコンディションの良さ。あれほど圧倒的な戦い方は出来ないかもしれないが、大会期間中で何かしらの変化を見せてくれそうな気はする。
 金曜のゲームが今から待ち遠しい。
 

posted by okumastore |23:29 | NIPPON代表 |
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2007年07月08日

THAT'S THE WAY HOPE GOES -Honda FC対FC琉球-

 0-1でHonda FCを追う後半40分だった。相手陣内でファウルをもらったFC琉球だが、誰一人としてボールをセットする意図さえみせない。ファウルポジションにはいつものように三原が待っているが、自分でリスタートするそぶりもみせず立っている。
 ボールは転がり続け、三原の3メートル手前でついに止まった。それでも、周りにいる杉山や石井はボールを取りに行くことを拒否しているかのような姿勢で静止している。

このワンプレーにすべてが集約されている。戦う意図を持たない集団。

 すべてのプレーが他人任せで、誰かがやってくれるだろうといつも、どの場面でも考えている。最終的な皺寄せは、失点という形になって我々の前に現れ、暗澹たる思いを繰り返す。

前半は後半の助走
前半のHonda FCは新田をターゲットに使い、セカンドボールを上手く拾いながら攻撃の厚みを増やしていった。それに対しFC琉球は最後の決定機を作らさず落ち着いて守備ブロックを形成する。守備からゲームに入り、ある時間帯で攻撃を仕掛けるというプランは確かに見えていた。
 しかし、すでに前半の折り返し時間を過ぎた時点で、明らかにFC琉球全体の運動量が落ちているのがわかる。特に小野のフィットネスの著しい低下は全体に悪影響を与え、彼がサボる際にプレスのタイミングやスペースマーキングの処理を他の選手が担当することで全体に負荷がかかっていた。
 前半に失点は無かったものの、マイボールでゲームを作れない時間が極端に多いFC琉球は攻撃の形が見えずに45分を終えた。

不可解な選手交代
小野の交代はもはや、やむなしと思えた後半開始だったがそのまま使い、なぜか8分すぎに三原と交代した。このあたりから吉澤監督の采配に疑問点が多くなる。
 18分には再三右サイドを突破されていた濱田に代わり古賀を投入。4バックから3バックに変更し、中盤を厚くする。イニシアチブを取れない展開から中盤に人数を増やしワントップの関をターゲットに二列目から追い越す意図があったのだろう。だが、Honda FC左サイドの関が抜群のキレと高いポジションを安定して取れることから、この日のFC琉球は非常に手を焼いていた。3バックはボランチの徹底したサポートがなければサイドのケアに遅れることは目に見えている。
 FC琉球の吉澤監督が直接渡したと言われる歴史ある背番号10を纏った関の躍動感を、さらに助長するような形でついに最初の失点シーンは生まれた。

いつもの展開は普遍に
この日もらった警告の中で、三枚はバイタルエリア付近の右サイドだった。余計なものもあれば必然的な局面もあった。しかし、あまりにも多すぎる。あれだけ高い位置でプレスキックを何本も蹴らせていればいつかは失点する。その象徴的なシーンが新田が頭で合わせた得点だった。

 そこからはHonda FCが怒涛の追い込みを魅せ、一気に三点を加えた。特に、ゲーム全体で関を中心に左サイドで勝負させ、反対の右でバランスを取りながらも最終的に鈴木や吉村が右サイドから得点するあたりは試合巧者だと言わざるを得ない。
 糸数の素晴らしい左足のミドルもそうだが、その前のCKで完全にFC琉球の集中力は切れていた。プロの矜持は微塵も感じられないほど、痛々しいほどに切れていた。

 「学習しきれない集団」メモの最後にはそう残っている。吉澤監督がFC琉球に就任する際「戦えないチームではない。しかし90分走れない現状をどうにかしたい」と語っていた。
 だが、JFLは折り返しを過ぎても、FC琉球は未だに走れないチームだということに変わりはない。相対的なフィジカルの差が出難いこの時期のナイトゲームでさえも、Honda FCとの差は如実に現れていた。
 沖縄という場所で既に気温が高い状況でトレーニングをこなしているにも関わらず、杉山はゲームから消え、小野はフリーランニングをサボり、ディフェンスラインはフィットネスと自分のイメージとの乖離から後手後手なる。そして対応が遅れることでファウルを与える。

身体でサッカーをする
正直、プロのフィジカル、フィットネスからは対極の位置にある。監督云々というより日頃のトレーニングで作られるべきベースが2年経っても出来上がっていない。
 先日のGM解任もそうだが、先見の明を持つべきフロントが早めに動けず、リアクションでしか対応できない現状が「プロのフィジカルコーチ召集」という場所にまで行きつけない。スキルやタクティクスではなく、その他の部分で議論しなければならない現実を直視するべきだ。
 幻想が闊歩する日々に区切りをつけ、義憤に駆られながらも、もう一度再確認する。厳しい作業ではあるが、疾走感に見合った行動ができない不満を力に変えなければ、いつまでたっても変わることはない。

沖縄にパスを出すということ
そして、県民は、コアなサポーターは、そしてメディアはあまりにもこの事実に対して中庸すぎる。繰り返される週末の落胆にはもう慣れてしまったのだろうか。今求められているのが「結果」ではなく「成果」だとしても、言うべきことは多いはずだ。

「サッカーという競技は綿密な論理に基づいてやるものならば、表面だけ撫でても面白くない。ゴールという結論に向かうプロセスを、ちゃんとパスで、つまり論理で語らなければいけない」とは後藤健生氏の言葉である。

 私達は、まだまだパスが少なすぎる。パスはあったとしてもそれが単純な横パスに終始するのであれば、厳しい局面は打開できない。
 勇気あるクサビのタテパスを私も含め蹴り続けるほか、明日は無い。

posted by okuma店長 |02:48 | FC琉球 |
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2007年07月02日

JFLに人生を賭ける人は、やっぱりいる

JFL後期第一戦はFC岐阜が何もさせてもらえずまさかの黒星スタート。首位の佐川急便SCが首位を快走し、勝ち点差6はかなり重くのしかかっている。
 
 FC岐阜は三年以内とはいっても、ある意味ロッソ熊本よりも最短距離でJ2へ上がるプランが見えていただけに松永氏の監督抜擢は晴天の霹靂だった。

 今、甲府がある瞬間にみせる意図したスペクタクルなサッカーは決して大木監督だけの力ではなく、その出発地点には必ず松永監督の存在がある。その他JFAに所属していた際にも、神戸にいても、最終的な目的から逆算してマネジメントするその手腕は日本屈指だと私は今でも思っている。
 もちろんその抜擢の影には今西和男GMがいることを忘れてはならない。広島、いやマツダ時代を含めても地域の利点を最大限に引き出し、湧き出るような才能を生み出す力は、最短距離でJへ行く道筋の他にしっかりした地盤を整理するという任務も絶対に怠るそぶりは見せない。
 今までのように松永監督が示す道程を否定するような上層部からの圧迫は、今西GMの選択肢には入っていない。
 一見すればアンビバレントな現象ではあるがそれを具現化してこそ、J2で通用し、そして最終的には日本最高峰のリーグで長年「戦い続ける」力をつけることができるのだろう。
 
 FC琉球も栃木SCに勝利。松永監督同様、今節からの采配となった栃木SCの柱谷監督は自分の色を出すにはまだまだ時間が欲しい。
 だが、これまで戦術論を展開する上で、柱谷監督の哲学や価値観は非常に勉強になり、相対的に私個人の考えと比較することで足りない部分を補う作業も行ったりした。
 高橋前監督はワイドを使用し、展開の速いダイナミックなサッカーを好んでいたが、果たして柱谷監督は栃木SCを何色に染めるのだろうか。

 FC琉球に関して言えば現場観戦した人たちに聞くと「まだ発展途上ではあるが、戦う姿勢を見た」という意見も多かった。来週はちょうど時間が取れたので少し前の仙台戦と比較しながら都田でゲームを見てこようと思う。

 で、今の気持ちを代弁してくれるのが、THA BLUE HERB。やっぱり今日も聞いてます。365日、聞いてない日は多分ないだろう。

「弧憤」 THA BLUE HERB「STILLING, STILL DREAMING」
「ひょっとして、何か成し遂げたつもりでいるんじゃねえだろうな。
今の状況が、そんな簡単にかわんねえことはちゃんと分かってる。
全員じゃねえ。くそなライターは不釣り合いなペンでただ内輪ってだけでくそな曲しかねえくそなチャートを毎月毎月を作るんだろうし、生まれた国や、住んでる街や、コネが勝敗を分けることは何度もあるだろう。
だがな覚えとけオレ達は、北の片隅で仲間を集めて、愚痴を並べて、そんな身の上を酒で流すような真似はしない。北の本物は言い訳や負け惜しみを堪えてやるべきことをやるんだよ」

「北」を「南」に直すのが私の毎日の作業かもしれない。
苗場での伝説の表現力もどうぞ
この言葉を聞いて何も感じなくなったら、私は人生の舞台を降りるべきだと、いつも思っている。

posted by okumastore |00:53 | FC琉球 |
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