2007年06月28日

スポーツ報知の値打ち

千葉での代表合宿も終了し、いよいよアジアカップが迫ってきた。EUROのような重さはない。しかし不思議と、始まれば誰しもが一喜一憂することに変わりはない。

ジーコ時代からの進化
今のオシムへの提言として、千葉時代に見せた徹底的なマンツーマンディフェンスが世界レベルになると通用しないという問題が上げられている。当時の千葉は特にカウンターを受けた場合や流動的な攻撃を展開するチームに後手に回る場面が目立ったことは周知の事実である。

 日本代表もその部分への懐疑的な指摘が多かったが、先日のキリンカップ、特にコロンビア戦では4バック、プラス鈴木の五枚でゾーンで守れるということを我々に見せてくれたことは、結構衝撃的だった。千葉でできなかったことをこの短期間で浸透させ、それを1年早まったアジアカップ前ギリギリ間に合わせる手腕はさすがとしか言いようがない。

オシムのトレーニングを見たか
今、様々な場所でオシム論が勃発しているが、トレーニングの質や深さは見ているだけで息苦しくなるほど、濃密かつ繊細な時間だ。それはジーコの比ではない。
 トレーニングを現場で見ると、数的有利、不利の状況の中で常に何かしらの負荷(多色ビブス、タッチ数制限、GKがグラウンドの中央からスペースにフィード・・などなど)をかけ選手のフィットネス、フィジカルを限界まで追い込む。
 前回の合宿では9対9を最後の最後で行い、終了した瞬間、ほぼ全員がなんらかの「悲痛」なリアクションを見せた。もちろん顔は充実感に溢れている。

 清水の藤本はある瞬間プレーに関与しないスペースでジョグをしながら静観していたが、次の瞬間オシムの怒号が飛び、継続するフリーランニングを求められた。わかっていても出来ない状況は代表クラスでもある。だが、オシムはその選択肢を許さない。
 乳酸値が上がればそれに比例するかのように思考力も曖昧になる。これは多分、机上では説明がついても、実際そのような状況に立たされたときに理解できる感覚の一つかもしれない。
 
 そこでいかにプレーし、考えるスピードを平均値に安定させることができるのか。代表の選手でさえも一握り。その一握りがゲームを壊したり、創造したりする。それをトレーニングで消化させる術をオシムは保持しているし、前任者は持っていないがゆえにあまりにも悲惨な結果になった。この部分が最終的に先述したような、相手が2トップであっても3トップであっても慌てず、余裕を持って対応できる感覚に繋がっているのだ。

そしてアジアカップである。予選リーグから厳しいゲームの連続ではあるが、ここにきてチーム以外の場所が、なにやら騒がしい。

不可解なスポーツ報知の報道
昨日のスポーツ報知には本当にガッカリさせられた。すでに読んだ方も多いと思うが、最終的な23人の名前を入手し、さも自分たちの手柄のように報道した。
 最近の報知のサッカーに対する姿勢や報道の「勢い」は他を凌駕する位置にいる。興味をそそる内容や、他社には無い、いわゆる「抜いた」記事も多い。介在者の情熱を感じることが難しくなった時代で、エネルギーが最後まで伝わるスポーツ新聞だと思っていた。
 
 しかし、昨日の空気を読めない報道には憤りというよりあきれた感情が先にきてしまった。なぜ今、この時期にあのような発表を行い、チームの士気を下げるような報道をするのだろうか、理解に苦しむことは否めない。
 報知のだけのスクープであり、他社は出さなかった。この場合、全てではないにしろ、他社はその情報をつかんでいたと思う(ウラは取ったが)。
 だが、今のタイミングでの発表は発行部数に直結はしても日本サッカーの発展には巨大な弊害になるだけだ。リストから除外されていたG大阪の播戸、橋本や磐田の大田、そして絶好調の前田などは厳しいリーグ戦の合間に、少しでも代表に近づこうと全力で代表のトレーニングを消化している。選手の中には自分が既に外されているという意識を持っているのかもしれないが、一縷の望みに縋りつくことがフットボーラーとしての生き様である。

 さらに言えば、既に外されているとわかっているのに召集され続けるクラブ関係者の心境さえも考慮しなければいけない。Jリーグはまだあと一試合あり、この結果如何で中断時のプランは変わることは十分に考えられる。
 当たり前のように、実際の23人は全く違う形で発表されるかもしれないが、それでもあのタイミングでの金銭的見返りを求めたゆえの報道は、これまで目覚しい活躍をしてきたスポーツ報知の体制に泥を塗ったと言われても何の違和感も感じない。

まだ背中さえ見えない
本日のオシムのコメントの中に「誰かを外さなければならないことについては、複雑な気持ちがある。今回の合宿でも、この暑い中、真剣に練習したし、懸命に走ってくれた。生活態度も良かった。(最終メンバーから)外されることで、不満のある選手もいることだろう。私としてはさまざまな要素を考えながら、フェアに選びたい。アジアカップだけではなく、それ以降のことについても考慮する」と結ばれていた。

 報道の姿勢を放棄する瞬間はあるのに(例えば現在の大相撲八百長問題)、代表チームだけではなくメディアや国民が一つになるべき時期に、当たり前のように水をさす。空気を読めない我が国のメディアはまだまだ欧米との差は存在する。
こればっかりは一朝一夕で解決する問題ではない。現実は現実だ。ただ、匙を投げることに何の意味もなく、メディアリテラシーを武器に自身の意見として反論する時間は、改めて必要不可欠だと感じている。 

posted by okumastore |00:09 | NIPPON代表 |
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2007年06月26日

札幌のサッカーでJ2を語る

最近、湘南ベルマーレと関わる機会が増えてしまい、J2を見る機会が以前より極端に増えている。昨日もベルマーレカップと題したビーチサッカーに参加。あの左足が結構好きだった城定が育成コーチになり、昨日は審判をしていた。

 そういえばそろそろカナダでワールドユースが始まるが、1997年にマレーシアで行われたワールドユースを思い出して欲しい。城定が振り切られ、ガーナにVゴールを決められた瞬間はカズのドーハでのスライディングと今でもカブる。
 あのワンプレーを耐えていればまた違った未来が待っていたと思う。ベスト4を逃した日本ユース代表だったが、あの城定のフィジカルコンタクトは今でも我々が喧々囂々と議論する題材になっている。

海と、音楽とフットボールクラブが揃うこの街。これ以上の娯楽を誰か教えてはくれないだろうか。

札幌がJ2を牛耳る時期
さて、そのJ2に目を移すと、注目すべきはやはり札幌のサッカー。昨日も東京Vが最も恐れていたセットプレーから1点を奪い、危なげなく勝利。ここ二試合勝ち星に恵まれなかったものの、首位固めのペース配分に乱れる様子はない。
 
 札幌のサッカーを観る人の意見は殆ど「刺激に欠ける」という言葉を並べる。対戦相手がケアすべき事実は、札幌が魅せる電光石火のカウンターから失点をしない事。それ以外は特に無く、札幌の特徴を消すことが可能ならば自分たちの表現力で勝てるという考えが共通理解としてある。
 しかし、それでも札幌は負けない。二位の山形がふっきれたような一時期のサッカーを見失う中で、失点数は昨シーズンの横浜FCのような数字になっている。

ゾーンディフェンスとJ2
いや、横浜FCよりも質の高い守備意識が今のパフォーマンスを形成していると言っていいのかもしれない。特に目に付くのは4バックのゾーンディフェンスの成熟度。
 J2は殆どのチームがゾーンで守るが、J1との決定的な相違はトップリーグに多く存在する「スーパー」と呼ばれる選手がJ2には一部を除きいないからだ。マンツーで対峙しなくても、ある程度受け渡しの技術で十分守ることは可能になっている。
 
 一方で、ゾーンディフェンスは成熟度がそのまま結果に結びつくという弊害も存在する。特にJ2は世界でもまれに見るタフで、長期的なリーグ戦。
 監督自らの哲学に固執しては戦えないリーグで、いかに臨機応変に選手を入れ替え、守備のカードを増やすことができるか。J2で成功するキーファクターは全てここに集約されるのではないだろうか。

横浜FCの凋落
だが、現在の横浜FCを見ているとチームの土台作りの段階で多少の失敗があったことは否めない。面白いようにイニシアチブを握れた昨シーズンのタクティクスはJ1勢に見事なまでに粉砕された。
 
 J2で「勝つ」ためには現実的な展開を受け入れなければならない。しかし、逆にその先にあるものは受け入れがたい現実である。

 そして札幌はどうあり続けるのだろうか。先日のゲームでは東京V相手にあまり見られなかった3ボランチで臨み、見事なまでにJ2では規格外の攻撃陣を封じ込めた。
 ラモス監督の采配も光り、交代枠を最大限に使用した手腕は確かに前線に新たな風をもたらしたのだが、結局バイタルエリア付近では最後の勝負に持ち込めなかった。

 流動的な「変化」で常に相手の上を行く札幌。全てのチームが狙うセンターバックとボランチのデッド・ポイントも、ケガや累積で選手が入れ替わる時期でさえも、極端な崩壊は見られない。
 三浦監督は「負けてもおかしくない試合もある」と言うが、計算し尽くされたパワーバランスは未だ決定的な負けを知らない。果たしてこのまま独壇場は続くのか。

そして、今のサッカーをJ1は受け入れてくれるのだろうか。

 確かなことは、札幌は横浜FCと少々似たベクトルを保持しているということだ。札幌の変化を期待すれば、やはり攻撃のバリエーションを求めることになる。昨シーズン、同じJ2で戦った柏は徹底した前からのプレスでその攻撃性を貫き、現在の居場所を見つけた。
 札幌のJ1を見据えた攻撃がこれから先のJ2の展開に大きく関与し、そしてリーグ戦をさらに面白くするファクターになってくるだろう。

posted by オクマ店長 |00:02 | Jリーグ |
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2007年06月17日

石川康GM解任を我々はどう捉えるのか

FC琉球のゲームを見てきたが、特に感想や批評を述べるつもりはない。私は開幕戦しか見ておらず、昨シーズンに比べて日頃のトレーニングプロセスやこれまでの勝利を身をもって感じてはいない。あまりにも相対的な尺度が少ない為に、今日目の前で起こった「惨敗」を受け入れることは逆に難しくなかった。

 まあ、そんな刹那的な感想より石川GMの話がしたい。我々が憶測でしか発言できない現実をクラブ側はどうみているのか。そしてメディアは何を考えてFC琉球に張り付いてるのか。双方が納得する甘い汁のためにプロパガンダを行い、沖縄県民を混乱に陥れる現在。我々は今一度FC琉球というクラブを見直すべき帰路に立っている。

 シーズン中にGMが解任?その重さを県民、そしてクラブ側が理解していない。

繰り返される愚行
以前、私はこのブログでV・ファーレン長崎の大渕前監督解任の記事をアップしたことあるが、長崎側は記者会見を開き、なぜシーズン前にチームの舵取りを解任したのか、その理由をハッキリと伝えた。クラブ、そしてサポーターは団結し、現在は3位ながら十分上を見据えた戦いを続けている。

 今回の件も解任の理由は似たようなものだろう。石川GMが沖縄にあるサッカークラブをまとめようとしたことが理由なのか、それとも本当に強化方針の相違なのか。そしてパーソナリティの部分で双方が歩み寄れなかったのか。
 吉澤監督を獲得した事実は評価できるが、その他何を目的にFC琉球のGMになったのか、理解に苦しむのは私だけではないはずだ。
 
 「なぜそうなったのか」議論できない現実を作り出したクラブ側の責任は重い。ポジティブな幻想だけを世に発信するクラブ固有の美的感覚がいいとは思えない。陰翳礼讃。影があるからこそ、光(クラブ)のありがたさを理解することができる。情報開示能力に欠け、美辞麗句だけを並べる今のクラブ側の対応は絶対に許されるべきことではない。

GMを理解する
GMはチームが生き続けるという意味でも、極めて重要なポジションだった。日本では現場の最高責任者という役職でしか捉えられないが、天下り等ではなく、本当に選手に対して影響力を持ったGMがいるクラブは「強い」以前に「魅力的」という言葉が当てはまる。
 私が尊敬するグリーンベイ・パッカーズのロン・ウルフ元GMは、当時の浦和より弱小で、地域の誇りと言えば失笑されるようなチームを強豪に「変化」させた。レジー・ホワイトを獲得し、人口10万人の小さな、本当に小さなフランチャイズでも世界は変えられると高々に宣言した人間がロン・ウルフだった。
 
 1人で確実にチームは変わる。それがGMという場所だ。多くの経験値をひっさげてFC琉球に加わった石川康氏。その手腕は誰にも理解されぬままひっそりと終焉を遂げた。誰にも愛されず、誰からも支持されず。そこにあったのは単純なネームバリューだったのか。今言える確かなことは、血が通ってないクラブとは今の現状をいうのだ。

 水面下で聞こえるのは、これから先、石川氏は沖縄に残るだろうし他のチームの一員として我々の前に現れるかもしれない。
 そのとき、我々は彼に対して「おつかれさまでした」という一言を贈れるだろうか。

 こういう瞬間に立ち会うとき、フットボールの世界は傲慢だと強く感じてしまう。もちろん、その現実があるからこそ、フットボールは悲壮だと言えるのだろうが。

posted by 奥間商店 |23:14 | FC琉球 |
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2007年06月13日

The Beautiful Game

 最近読んでいる本の中に「ビューティフル・ゲーム」がある。著者はイギリスのスポーツ科学者ケン・ブレイなのだが、なんと解説者に浅井武氏が参戦している。
 浅井氏の名著「ベッカムのボールはなぜ曲がるのか」に代表されるように、スポーツバイオメカニクスが専門外の我々を気付いたら虜にさせる魔力を持った先生だ。現場の人間には筑波大学蹴球部総監督といったら思い出す方も多いだろう。
 
 この「ビューティフル・ゲーム」から得られる感覚は、やはりサッカーは人間がやるスポーツだということを、どうしても考えさせられる。
 私は陸上競技や体操、競泳といった個人競技はボールゲームとは対極に位置していると思ってきたが、人間が身体を懸けて表現することに差異はないのではないかと感じるようになってきた。
 少し前に体操の塚原光男氏が「体操競技は不可能に挑戦しているのではなく、人間が出来ることの発見を繰り返すことに意味がある。身体をどのように動かせばどんなことができるのか。それを発見するのが体操です」と話していた。このコメントを聞いたときかなりの衝撃を受けたが、サッカーを科学し、突き詰めていくと人間の身体運動というより、人間がどう生活していくのかを理解できる部分が多い。

 やはりスポーツは人間が創造していくもの。その焦点がブレなければ、メディアリテラシーを保持しなくともスポーツは十分楽しめる。怠慢な戦術論が机上の空論と感じてきたら、ぜひ「ビューティフル・ゲーム」を手に取ることをおススメしたい。サッカーは私達が思っている以上に深層の中に未だ存在し続けている。

 さて、最近はJリーグやJ2、五輪代表からA代表までかなりの時間を現場で過ごすことが出来ている。やはりこういう時間は貴重ですね。明後日はプロ野球の現場で神戸だが、土曜には仙台に入り久しぶりのJFL。FC琉球がどこまでよくなっているのか楽しみですね。

posted by okumastore |00:17 | SOCCER |
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2007年06月01日

Jリーグからの贈り物

5月17日、「Jリーグが厚生労働省と連携して介護予防事業をスタート」という見出しが新聞の片隅にひっそりと載っていた。

 内容はというと、介護予防普及事業の一環で、クラブがスタジアムや練習場を活用した地域に密着したスポーツ教室等を実施し、シニア世代の健康増進や体力向上に寄与することを目指すものだという。
 実施にあたり、厚生労働省よりJリーグに対し、「平成19年度老人保健健康増進等事業」として今年度計4700万円の補助金交付が決定。今年度は、Jリーグ31クラブ中、29クラブが介護予防事業を実施する予定である。
 
Jリーグの存在意義
Jリーグは、というかJのクラブチームはこのようなグラスルーツレベルでの振興に余念がなく、サッカーの延長線上にあるスポーツという属性を上手く使いこなすことで人々の生活の営みに浸透させてきた。つまりJリーグは日本ではじめてスポーツを目的として設立されたプロリーグといえる。
 いわずもがなこれがプロ野球との決定的な差であり、人間の普遍的な生活を左右させる能力を持って、Jリーグがプロ野球を凌駕するという現象さえ見えている。

 近年、プロ野球の中でも経営方法が注目されている千葉ロッテや日本ハムだが、実際にはJリーグの方が一歩も二歩も先にサポーターの顧客満足度やSCR(企業の顧客満足度)、CRM(企業が顧客情報を効果的に使用する方法)などを実際に現場レベルで具現化している。

 今年のはじめにある学会で千葉ロッテの広報の方が「ジェフ千葉のサービス方法を取り入れています」と話していたが、それはJリーグではごく当たり前のサービスだった(具体的には申し上げにくいが)。それさえも気付かない環境下にあった、プロ野球。ここにきてこれまでのツケが溢れ出てきたという現実を初めて体感した瞬間だったように思う。

「理念」を共有できない時間
しかし、先述した新しい形のアプローチを継続してJリーグ側が行っているにも関わらず、その恩恵を受ける人々にしか「意義」を理解してもらえない現実もある。
 もう少し、メディアが受け入れてくれたら・・・例えば千葉の「サッカーおとどけ隊」は質の高いコンセンサスを今でも県民に与え続けている。
 サッカーを通じて週末に得られる快感は、そこだけに留めておくのは惜しいが、それを知るすべが無いということはもっと惜しい。Jリーグの振興努力はもっと理解されるべきだし、評価されるべき対象でもあるのではないだろうか。

 実は最近Jリーグ選手協会が編集した「サッカーの贈り物~素顔のJリーガー~」という本を読んだ。前から気になっていた本だったが、期待を裏切らない実にストレートな本だった。
 最近なかなかゲームに出場できないが、なぜ柏の岡山はどこのチームに所属してもあれほどまでサポーターに愛されるのか、そしてなぜ宮本はサイン色紙の片隅に"Seize the day"と書くのか。彼らが活動しているほんの少しの事を知ることで、サッカーをもっと生活に落とし込める。そんな気がするのだ。

新しい見方、考え方
もちろん、Jリーグもさらなる高みへと上昇するためにはこれまでとは違うアプローチ方法も必要になってくるだろう。
 そう考えると、世界一成功しているNFLのマーケティング方法を無視するわけにはどうしてもいかない。キャパやケタが違うにしろ、あの圧倒的な、いい意味での社会主義リーグから得るものは非常に多い。

 Jリーグはドイツをモデルに作られ、ブンデスリーガの合理性を日本独自の視点で抽出してきた。それにより、我が国では今でも「世界の中心は欧州」という人も少なくない。だが、ここにきて欧州一辺倒のマーケティングやマネジメントはある程度やりつくした感は否めない。新しい切り口も発展の為には必要不可欠だ。
 
 いまこそ、NFLがどのような活動を展開し、そしてその活動をJリーグに反映することは可能なのかという部分を考えていくべきである。その論点から、Jリーグを考えてみたい。最近はそう思うようになってきた。

posted by 奥間店長 |01:26 | Jリーグ |
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