2007年04月23日

Nakamura's lob left keeper standing!!!

 信じられないフリーキック!あの角度は触ることも不可能!!

posted by okumastore |00:19 | SOCCER |
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2007年04月22日

成熟した川崎の表現力

 昨日午前中は魔裟斗が外のトラックを走っている中、フットサルで汗を流す。久しぶりに魔裟斗を近くで見たが、他のアスリートと比較しても後背筋の発達がやはり違う。
 四月上旬のK-1WORLD MAX後の記者会見では「筋持久力中心のトレーニングにも時間をかけてきて、身体全体の使い方に変化が見られた」と語っていたが、まさにこの日も800mダッシュを延々と繰り返していた。

 その後は観戦する予定ではなかった浦和対川崎のゲームに足を運ぶ。

やっぱり長谷部
 浦和は前半、今シーズンの中では最も素晴らしい展開を幾度となく魅せてくれた。長谷部の復調がこのチームの大きなカギとなると前回書いたが、彼のコンディションはほぼ全快に近い形でチームに溶け込んでいる。
 これまでポンテが両サイドに顔を出すと、それに触発されるかのように全体のダイナミズムが円滑に流れていく場面が目立ったが、多くのチームがスカウティングの中でポンテの動きを封じてきた。
 小野は刹那的なアクションは上手いが、90分を通してまだまだチームに貢献できるレベルには達していない。それは前節の柏戦を後半を見ても明らかだ。中盤の深い位置からゲームをコントロールできる選手を浦和は欲していた。
 
 それがここにきて長谷部がトップフォームへの移行。労を惜しまず鈴木と守備ブロックの前をカバーし、そして切り替えのスピードも速い。もちろん、右サイドを崩された失点シーンでの曖昧なポジショニングミスは頂けないし、柏戦では決定的な場面でボールを奪われるシーンも目立った。それでも、4バックとの関連性を上手く自分のものに消化できれば、青いユニフォームの奪還もそう遠くはないだろう。

 ポンテも長谷部が背後でサポートに回るポジショニングを取っているからこそチャレンジ&カバーに絶対的な自信を持っていた。

 ロブソン・ポンテ、その男
 実は最近、彼のレバークーゼン時代のプレーに興味を持ち、ドイツの友人から映像を取り寄せたが(かなり短かったけど・・)当時から周りを使用した三人目のプレーからゴールへのイメージをかなり強く持っている選手だという印象を受けた(このゲームはゼ・ホベルトのポジショニングのよさに目を奪われたが)。
 一発のカウンターでもフランサやベルバトフとの関係、特に高いワイドの位置で3人の距離感が素晴らしい。ボールホルダーがタテへ突破する際にも、他の2人はボールホルダーが動く前に自分のスペースを確保している。

 ポンテはブラジル人でありながらも、ボールを保持するだけに留まらず、このような質実剛健プレーも可能だ。彼がここまで日本のチームにフィットする意味が理解できるような気がした。
 
川崎フロンターレが生み出す安定感 
 話を戻そう。前半は中盤の押し上げから川崎ゴールへ迫った浦和も、永井やワシントンという前線のターゲットになる選手が自分の仕事を「拒み続け」、後半は全くアクションサッカーを展開することができない。特に永井の場合はボックスの中で勝負するというより一旦外へ出て、チャンスメイクへの欲求が強い。そしてボールを奪われると前線からプレスをかけようともしない場面が目立つ。
 ワシントンは完全に川崎の寺田に抑えられ、中盤との絡みが時間が経つごとに無くなっていく。

 前節、清水相手に初勝利を手にした川崎だったが、この強さ、安定感はホンモノだろう。3バックと両サイドハーフの成熟度はJ屈指であり、そこに川島の存在感が加わった。
 そして森が出場できない状況でも、実はポリバレントな?黒津がその穴をしっかり埋める。ジュニーニョやマギヌンのプレースタイルに一見派手な展開を見せているかと思いきや、守備をベースに中村から全てが始まるシンプルなスタイルがここまでの安定を生んでいる。

 チーム全体のベクトルが絶対に揺るがないからこそ出来るサッカーがここにはある。本当になかなか真似できるものではないし、一朝一夕では生まれない「信念の中の信念」が今の川崎を支えている。チーム全体が未だどこへ向かおうか模索し続けている浦和との差は歴然としていた。

これから夏場にかけてのジェットコースター
 今回のゲームは日本人冥利に尽きるというか、Jリーグを見てよかったなと心から思える時間だった。ここまで前のめりになる両チームでも、シーズン終盤ともなると様々な外的要因がプラスされ、冒せるリスクも冒せなくなる。今、この時期だからこそ両チームが昇華する一つ一つのプレーに意味があった。

 そしてここにG大阪が絡んでくると、またさらに面白くなりそうな今年のJリーグ。

 この三強に割って入るのが鹿島や名古屋。これから先、コンスタントにこの2チームが勝ち名乗りを上げてきたら、まさに「歴史に残る」シーズンに近づくことになるだろう。

posted by 奥間店長 |22:32 | Jリーグ |
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2007年04月11日

浦和レッズはまだまだ強くなる

 浦和はまだ迷走を続けている。それでも勝ってしまう力強さと、要所を知る選手が併せ持つ繊細さ。やっぱり浦和は強い。本日は浦和対上海申花を観戦。本当は西が丘!で札幌対福岡を見る予定だったが、時間があわなかった・・。
 
 ネネが負傷したことにより、4バックを採用する浦和のディフェンスライン。阿部が左に入り、山田も右サイドバックに起用。アウェーでのシドニーFC後半からこのシステムに変更したというが、今日のゲームでも極端なマーキングミスは見られず、90分を通じてバランスが崩れることはなかった。
 
 決定機が数回続いた前半立ち上がりだったが、なかなかゴールネットを揺さぶることができない。相手の上海申花はボールの奪いどころを明確にし(特にポンテが両サイドのスペースに顔を出す瞬間)DFラインを深くする時間帯と、カウンターを有効的に使い分ける。
 浦和が3バック時と異なることは中盤のスペースに人数をかけれず、攻撃の厚みが生まれない状態が続いた。小野がミドルを打つ場面は見られたものの、単発な攻撃に過ぎず、継続したフリーランニングや両サイドからの「意図のあるクロス」は見れない。

 今日のゲームの一つのポイントは長谷部のパフォーマンスがどこまで出来上がっているのかという部分。
 思ったよりキレはあったもののポンテや小野が攻撃に力を注ぐ時間が長く、守備へのバランスを考慮する場面が目立った。
 それでも右サイドを駆け上がり、ワシントンへ決定的なクロスを入れた場面はトップパフォーマンスに近い時期の長谷部の姿だったように思える。クロスを上げる前、パスを受けトップギアに入る瞬間に見せた右への体重移動は素晴らしい切れ味だった。
 元来、オープンスキル(相手と対面した際の技術)は決定的なものを持っているので、そこに至るまでのボディシェイプを懸念したが、ある程度は仕上がっている模様。これでリーグ戦も計算できる選手が増えてきた。
 
 その後、カウンターからファウルをもらい、FKを得た浦和が阿部のヘッドで得点。結局後半は得点を感じさせないプレーに終始したが、堂々の勝ち点3。 強いチームが勝つのではなく、勝ったチームが強いんだと言わんばかりの戦い方だった。もちろんこの言葉は相手がいいサッカーを展開してそれでも浦和が勝ったというのではなく、浦和が局面では圧倒していたにも関わらず自分たちにはまだモヤモヤが残っているという自戒を込めている。

 上海申花は2月の合併の影響もあり、連携という点ではACLレベルではなかった。そんな相手にも余裕をもてない今のチーム状態が全てを表しているが、個人的には4バックは前々から採用して欲しかったシステムだ。山田あたりは低い位置で起用されるのは嫌そうだが、ディフェンスの安定感と、もう少しのダイナミズムが戻ってくるとさらに浦和は良くなると断言したい。

 次のアウェーゲーム(上海申花)が予選リーグ最大の山場となるが、そろそろトップフォームの浦和が見えてくるだろう。川崎も順調に勝ち点を上積みしたようなので、両雄のACLでの戦い方はもう少し楽しめそうである。全南のサンドロ・ヒロシのプレーを早く生で見たいね。

posted by 奥間店長 |22:25 | Jリーグ |
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2007年04月08日

沖縄は燃えているか

 FC琉球が5試合を経過して1分4敗と、完全に負のスパイラルに巻き込まれている。開幕から勝ち星に恵まれない鹿島のサポは選手のバスを包囲し、説明責任を求めたがFC琉球のサポは今のところGMや社長を引きずり出して状況を把握しようともしない。結構大人な集団である。全体的に感じるその冷ややかな態度は、沖縄にいない私にも伝わってくる。
 
 というのはFC琉球のサポの年齢層は高いとは言わないが、低いとも思えない。つまり若者の観点から見たヒステリックなサッカー観や、あるときは感情的になりすぎる怖いもの知らずの青春の汗を感じることは難しい。
 
 最近、よく思うのだがある意味暴挙的で、探究心があり、向上心に溢れ、自らが触れる事柄に対する欲求を抑えることが困難な世代は、自分で言うのもなんだが10歳代や20歳代の若者だ。言うなれば、人生で一番血が通っている生活を送れるのもこの時期かもしれない。そう、最近思うようになってきた。

 昔は国立の芝しか見えていなかった。様々な思いや雑念が交差し、一歩を踏み出すことを躊躇するようになったのはいつからだろうか。これから先もその「恐怖」と戦い続けなければ生きていけない苦しみは続く。

 沖縄の若者はFC琉球を知らない。本質的に何も知らない。感受性だけを頼りに生きる時代に、今のFC琉球は振り向いてさえもらえない。本来なら一番刺激的なアクションを受け入れてくれるはずの世代から支持されていないということはどういうことか。若者の心を揺さぶるゲームを表現できないで、プロのフットボールクラブと本当に呼べるのだろうか。

 私達は無知である。いつまでもその白いキャンパスにクラブを通してサッカーが絵描かれるのを待ってはいられない。個人的に今シーズン中には何らかの意志を形として見せたいと思っている。

そしてここにも挑むより途はない現実と戦う人々がいる。

FC琉球ハンドボールチームが先日ついにスタートした。
 二ヶ月前に沖縄で田場裕也氏とお会いする機会に恵まれたが、泡盛を挟んで感じたのは、そのプロフェッショナルな思想の強さである。これまで一流と呼ばれるアスリートの話を伺う機会は数あれど、あそこまでプロの気概を感じ取れる瞬間はなかったように思う。
 自身の歩んだ道もそうだが、ハンドボールという競技が持つ特異性がそうさせたのだろう。世界的なコンペティションでさえも政治的な圧力に苦しめられ、そこにはエロスもタナトスも存在しない。無形の闇だけが広がる世界である。
 FC琉球ハンドボールチームは暗闇の中の巨大な敵に真っ向から挑むことになる。
 田場氏が先日の会見で「100年と言わず、琉球王朝時代を凌ぐ500年以上続くようなクラブにしたい」と語っていた。来週の那覇西クラブ戦、見れない現実は理解しても、心の欲求は抑えられない。
 

posted by 奥間店長 |23:55 | FC琉球 |
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2007年04月04日

社会機能とFC琉球

 日曜日に行われたYKKAP戦だが、ゲームを見ていないので批評はできない。しかし、信憑性のある方向へと進んでいくと最終的に新聞へと突き当たるのだが、ゲームのレポートはともかく、結果として浮き上がってきた問題に対して上手く対応できていない。そしてそれは新聞だけではなく、テレビも同じようなことが言えるのではないだろうか。
 
「新鮮」な記事が欲しい
ゲーム内容を知りたい側の人間としては、プロセスはもちろんだが、やはり「生きた」声が欲しい。選手や監督のコメントは「個人の能力不足」や「個人的な気持ちの問題」という種類のニュアンスが多くを占めている。確かにこの指摘は間違いではなく、実際にそうなっているのだから仕方がない。

 だが、果たしていつまでこの流れは続き、いつまで「個人」で解決する姿勢でいるのだろうかと疑問が残る。
 メンタル部分の問題がここまで続くようであれば、なぜ厳しく、具体的なプレー内容をもって指摘しないのか。完璧なヒューマンエラーでさえも、サッカーはよほどの事がない限り、外的要因が必ずある。偶発的なミスの中にも冷静な前後のプレー分析は当たり前のように必要不可欠だ。

 スポンサー云々をいまさら気にするならペンを置けと私は激しく断言するし、そのくらいの想いでサッカーを語るのであれば、介在者の立場を去るべきだ。言論の自由がないことは百も承知している。しかし、単純にゲームレポートを書けばいいという問題でもない。ゲームレポートは時間と共に鮮度を失い、記憶の片隅へと追いやられる。しかし、そこに選手等のコメントをブレンドすることで、生々しい当時の時間や風景がイメージできる。

石川康の謎
なぜ石川康GMのコメントが具体的に取れないのか。彼が現場の骨格を創り出したのであれば、今起こりうる現象に対してディスクローズする責任があるはずだ。
 
 実は、Jリーグではチームの方向性をフロント主導として実践しているクラブは少ない。外から見るとフロントの存在感があるクラブも、実は監督の哲学にチームが左右されているという実態が数多くある。ゆえに、監督人事でこれまでのチームコンセプトが急に激変するという実体をよく見てきた。
 アメリカでは基本的にこのような体制はあり得ないが、日本のプロ野球では日本ハムの高田繁GMが就任してからというもの、自立経営を始めたばかりのチームが長期的な育成計画を打ち出し、人事や編成は監督に左右されることなく、フロント主導を貫いて日本一を勝ち取った。

 FC琉球の場合も、監督のコメントはクローズアップされるが、吉澤監督を指名したのは誰でもない、石川GMである。その最高責任者が何も話さないというのは異常だ。これでは、クラブのステークホルダー(スポンサーやサポ、そして地域など)が納得するはずがない。その声を媒体、具体的に言えば、広く社会一般に利害・影響を持つ公共性を持ち、県民の声を汲み上げる介在者としての使命を持つ人間の役割は、未だ、果たされていない。
 
テレビの意味とその可能性
そして新聞だけではなくテレビも言及すべき点が数多くある。なぜ誰も指摘しないのか、不思議なのだがRBCのRoad to J~FC琉球~の内容は一時期に比べると良くなったものの、まだ見たいと思わせるようなプログラムではないだろう。リポーターの問題というより、プロデューサーの問題ではないのか。

 現在バルサは世界のトップクラブの一つだが、三年前はチーム状態はもちろん、クラブ経営も年間で110億円の赤字を記録していた。
 そこでフロントは「ビッグチャレンジ」という抜本的な改革を進行し、その中でも特に力を入れたのが有料放送の「バルサTV」だった。バルサの敏腕フロントとして名を馳せるマルク・イングラ氏は、従来の番組をサポのニーズに合わせた構成に変更し、わずか三ヶ月で9000人足らずだった加入者が約5万人まで増加した。現在のソソシオの数は140万人ともいわれている。
 結果的にバルサは「世界で二番目に好きなクラブ」と各国の人々が言うまでに急成長した。
 
 さらに、バレーボール、V・プレミアリーグの堺ブレイザーズは昨年11月からケーブルテレビで自前の番組制作を展開し、上々の収益を得ている。
 バレーボールのシーズンは短く単発的なイベントを行っても、選手の顔と名前は一致しない。年間3億円以上かかると言われている活動費を、いくら堺がクラブ化したといえども、限界は見え隠れする。
 そこでチームのプロモーションもかねて自前のテレビ制作と、そこから派生するテレビCMが現在のチームの財源を大きくアップさせた。
 つまり、会場にある協賛企業の広告看板はリーグの管轄のもと数が制限されており、これを飛躍的に増やすことは不可能だ。しかし、テレビで設けられた三分間のCM枠を協賛以外の企業に参入してもらえれば、そこで新たな資金が生まれる。
 テレビとは確実にクラブを成長させる一つのツールであり、その存在を軽視するのはあまりにも惜しい。
 
静かな日々の階段を
サッカーが起こすであろうムーヴメントはクラブがそこにあるだけでは、生まれることはない。クラブがあり、サポーターが存在し、各媒体があり、カフェがあり、音楽があり、様々な要素が絡み合って「文化」が誕生する。「文化」という言葉を生半可に使いたくはないが、それが人間とサッカーが共存するということだ。
 FC琉球に関わる要素は多いほうがいい。もちろん、中身は質が高いほうが人々は喜び、さらなる「文化」を生むことになる。

posted by 奥間店長 |00:15 | FC琉球 |
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