2007年07月12日

サッカー人生をより良く過ごすために -U-20代表の戦い-

 明日からU-20W杯もついに決勝トーナメントがスタートする。初戦であれだけ完璧に近いサッカー(吉田監督がイメージする展開)に持ち込めた日本代表。
 コスタリカ戦、ナイジェリア戦で多少苦しんだものの、最初に得られた自信は、外野が発言するような「崩れ方」を完全に無視する疾走感に溢れている。
 
 個人的な経験からも短いスパンの大会は、単なるノリでは片付けられない、「リスクマネジメントを超越した勢い」は自分たちが感じる以上の力となって挑戦する気概を見つけ出してくれる。普段なら掴もうと思っても掴めないような感覚の部分まで、勢いで片付いてしまう。それが短期間で自信を得るということだ。

主審の恩恵を受ける
さて、この「調子ノリ世代」の特徴の一つに、決定的なファウルをする選手が少ないことが挙げられる。この場合、世界で戦える基準を満たした選手たち、つまりスコットランド戦、コスタリカ戦でのスターターに焦点が当たるが、彼等は二戦を通じて警告や退場に直結するファウルを犯していない。
 三戦目に関してはサブ組主体の布陣で、どうしても判断の遅さが目につき三選手が警告を受けた(森重、平繁、藤田)。
 
 現在の吉田ジャパンの選手たちが16歳前後の頃、オーストリアで行われた4カ国(オーストリア、ドイツ、日本、スイス)対抗のヨーロッパ遠征があった。
 その際に現在SRである西村氏が代表チームと帯同し、審判がゲームへ向けてのコンディション調整や、今では珍しくなった全く異なる国のレフリーとチームを組み、ぶつかり合いコミュニケーションを取る様を、選手やコーチ陣は目の前で、肌で感じたという。

 現在でもこのようなケースを耳にすることは難しいが、年齢が若い段階で大会期間を審判と一緒に寝泊りするという時間が、今のU-20の選手たちにある種の対応能力を根付かせたのではないか。
 トップレベルの大会になると審判と、選手が同じ宿舎を使用することはまず無いが、金銭的見返りを求めない両者がお互いの立ち位置を理解することによって得られる感覚は非常に多い。
 若い選手にとって審判がどういう存在であるのか。そして一緒にゲームを創っていくという受け止め方を若くして身につければ、これほど「有意義な時間」と断言できることもなかなかないだろう。

サッカー人生を戦い抜く為に
もちろん、そのような外的要因もあるが、選手個々のボールの力奪い方の技術も見落としてはいけない。
 
 カードを貰わないためのディフェンスは一朝一夕で生まれるものではなく、極論すれば「センス」という言葉だけで片付けられることもある。
 その中でも福元や内田、青山といった選手は無理な体勢でのファウルを避け、相手との距離を自分の間合いに合わせながら対応する能力に長けている。
 この年代では、特に理想の対応の仕方と現実のギャップが生まれる時期でもある。そこで自分自身を失ってまでもファウルまがいのプレーを繰り返す選手は、Jリーグでも長続きしないのは周知の事実。フェアプレーかつ激しいプレーを求めてこそ、理想とする選手象に近づけるのは間違いない。
 
 「谷間の世代」と言われたアテネ五輪代表。しかし彼等の中にも今野や茂庭といった、カードをあまり貰わず、スムーズな体幹の使い方でボールを奪う能力がある選手は常に代表に近い存在にいる。
 
 U-20代表はこれからさらに厳しい戦いが続くだろうが、誰の為のレフェリングなのかということを考えながら次のステップへ進んで欲しい。
 そうすれば必然的に、そこで得られるものも多くなるはずである。

posted by okuma店長 |00:10 | NIPPON代表 |
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