2008年06月24日
厳しいと言われ続けた六月の戦いは過ぎ去った。改めて日本対バーレーンの一戦を。
カウンターは怖いという意識
気になったポイントは多いが、ひとつはカウンターへの対応。この三次予選を振り返っても、ここまで数的不利の状態を作り出されたシーンはめずらしい。
アウェイで敗戦したバーレーン戦や苦しんだオマーン戦でも、高い位置でボールを奪われた後の対応は悪くはなかった。
しかし、最終戦となったバーレーン戦では前半から立て続けにカウンターを受ける。相手は主力を温存し、ピッチの残り三分の一までボールを運ぶ技術や戦術理解が乏しかったからいいようなものを、得点の匂いが生まれるカウンターだったのは事実だ。
闘莉王と中沢の関係は悪くない。中村憲が左サイドバックに入るタイミングも良かった。
それよりも懸念材料に挙げられるのは両サイドバックの対応能力である。
二つの才能
内田と安田。彼らのストロング・ポイントは間違いなく攻撃にある。特に内田はここ数年、本当に見たことがないような「ボールの置き方」をする。安田にしても最後までクロスを上げきる能力があると断定できるので、他の選手はこの後の一手、つまり二次的なイメージを膨らませやすい。
二人とも国際舞台云々ではなく、どこまでも自分の感覚を大切にしている選手である。
しかし、ディフェンスに関してはどうだろうか。かつて都並(現横浜FC監督)は「第一人者の自負はあるし、若いやつをなってねえなと思う。でも相馬は認めていた。やっぱりサイドバックはディフェンスができてなんぼ。ジョルジーニョみたいなね」と語ったことがある。
サイドの時代、だと言われる。システムも起点は中盤の底からタッチライン際へ移行する。
だがあくまで本質はズレていない。一貫した守備はいつの時間も必要になってくる。相手との駆け引きはなにも攻撃だけに掲げるものではない。自陣へ帰還するタイミングや、危機管理能力、最終ラインへ加わる勇気があってこそのサイド「バック」である。 この日はベンチに入っていなかったが、トータルで考えると駒野に一日の長があることは言うまでもない。
無敵艦隊は無敵か?
もうひとつは、中盤の構成力。EURO2008、スペイン代表の中盤は全てを可能にさせる魅力がある。彼らの技術に世界が跪く。そしてふと、思いつく。中盤の選手はみな似たようなタイプの選手である、ということを。
アンカー役のセナは別としても、セスクやシャビ、イニエスタ、シルバは最終的な攻撃に絡むスキルもある。パスも出せる。守備もハードワークを怠らない。それもすべて高いレベルで安定する。
ゆえに停滞する時間帯を招くとき、変化をつけられないジレンマに襲われる。それを意図的に作り出したのがイタリアだった。アラゴネスは図ったようにカソルラを投入するが、いかんせん経験不足。チームに新しい風は吹かなかった。
希望を託す4人
バーレーン戦の日本代表もそうだった。中盤の4人は似たようなスタイルを好む選手が並ぶ。同じようなパスワーク。同じようなランニング。とても誇りを懸ける戦いとは思えない。
諸手を上げて松井、と言いたいが、この6月で彼はフィットしなかった。重要な戦力であることに疑いはないが、新しくアクセントを生む選手が出てこなければ最終予選は厳しくなる。
もちろん、現段階のFWにタメを期待できない以上、羽生のような「スペースをつくる」タイプも欲しくなる時期は来るのかもしれない。
この一か月が終わり、後に残ったもの。肥沃な大地とは決して言えない。だが、何かを生み出さなければ、次のステージで苦しむ姿を想像してしまう。
やはり、ヒントは週末にある。
posted by okuma店長 |18:07 |
NIPPON代表 |
2008年06月04日
顔を出す大久保
キリンカップの二試合から抽出された問題点を、洗練された形で表したのは大久保だった。
玉田の後ろに陣取り、シャドーストライカーとしての得点はもちろん、コンディションが悪いなりに動きの質も高かった。中央やサイドエリアで顔を出し、中盤のボールを引き出す動きを見せたと思えば、中村や松井の「仕事をする」スペースを作り出すランニングも続けざまに見せる。
オマーンのDF陣は3バック気味だったこともあり、中盤も含め誰が大久保を捕まえるのかという理解が最後まで統一されていなかった。
もちろんサイドの主導権も日本が握っていたこともあって、ほとんど5バックのような形になっていった。これによりオマーンの中盤は厚みを無くし、攻撃へ移行する機会も激減。最終的に日本のボール支配率は66.7%に達していた。全ては、大久保のスタートダッシュから始まったと言っていいだろう。
懸念されたアタッキングサードでの無駄なボール保持も中村を中心に、ボール離れを早くし、仕掛けるタイミングに合わせてコミュニケーションは円滑に進んでいる。3得点とも、質の高いフィニッシュだった。
ボランチの消化不良
気になるのは、ボランチと両サイドバック。遠藤と長谷部はこの日の結果以外のことを求められれば、フラストレーションが溜まる一戦だったと思う。
岡田監督は「今回は点をどうしても取らなくてはいけない試合だったので、ビルドアップのところでディフェンスからボールを受けてつなげる選手がほしいと。両方を考えたとき、ディフェンスのリスクを冒してでも、今回はこの組み合わせで行こうと考えた」と言及している。
このゲームでは中盤より前の段階でしっかりボールをつなぐという意図が確かに確認できた。遠藤も、決定的な仕事に絡むわけではないが堅実なプレーを選択している。
しかし遠藤よりも前で勝負したかった長谷部は、前方に大久保がポジションを取っているために「タテのポジションチェンジ」をスムーズに行えないという問題があった。
このゲームに関しては、三列目から攻撃に変化をつけなくとも得点を奪えたが、いつものように停滞する時間帯がありありと見える場面はどうなるのか。
これから先、オマーン戦のような布陣にする機会がないとしても、ボランチの選択は非常にデリケートな問題だと思う。
攻撃に直接絡めないサイドバック
そして加地がいなければこうも攻撃に参加できないのか、と感じてしまうのが今の日本代表のサイドバックだ。
現在の駒野はディフェンス面に関しては献身的に消化するが、クロスの精度が良いとは到底思えないし、攻撃に顔を出すタイミングも遅い。
三点目を奪った中村も「欲を言えば、コマ(駒野)が右から走ってきてくれれば、パスを出すふりしてシュートというのもできたけど。それくらい連動していくともっといいけど、速攻みたいな感じだったからコマも上がれなかったと思う」とコメントしている。
オマーンのように誰がアプローチに出ていくかという共通理解がまとまっていないDF陣だからこそ、中村の個人技で得点に結び付いたが、相手によっては左サイドバックが中に思い切り絞ったり、中盤の選手がもう一人中村の背後からチェックにくる可能性だって十分にある。
もしかするとアウェーのオマーンでは厳しいプレスが当たり前かもしれない。攻撃の選択肢を増やすという意味でも、両サイドバックのタイミングのいい絡みは必要なのだが・・・。
長友はテレビで見るより、現場で見たほうがはるかに彼のストロングポイントを理解できる。運動量はケタ違い。1得点目の遠藤のCKを導いたのも長友だった。駆け引きも非凡なものを持ち合わせている。
しかし、国際経験の少なさから、いつもとは異なるプレッシャーの中で細かい足下のスキルや、利き足とは逆の左足のクロスで流れを分断してしまう局面が目立つ。
余裕のある予選を戦い続けるために
アウェーでは気温の影響から長い距離を走るというより、ボールを動かし、ロングボールを蹴る時間帯も増えてくる。当然、巻や矢野のようなFWに合わせるクロスも質の高さが求められるはずだ。
次の一戦で勝ち点を奪うことができれば、2位以内は確実となる。その後タイやバーレーン戦は「消化試合」として位置付けられ、最終予選へのオプションを増やせる機会が増えるだろう。チームの連携は悪くはない。計算できる選択肢を増やすため、確実に勝利をつかみ、一つでも成熟に近づけるサッカーを期待したい。
posted by okuma店長 |00:27 |
NIPPON代表 |
2008年05月28日
両者の中にあるもの
「後半、松井が入って裏を取れるようになったけれども、結局崩せずに点は取れなかった。どうしても点を取りたかったんですが、取れずに残念です」
パラグアイ戦終了後、岡田監督のコメントは、このゲームで変えのきかない存在感を示した中村俊輔の言葉とは極端に異なっていた。
後半、停滞するチームメイトを尻目に、中村は予想以上の運動量でファーストディフェンスに入り、ボール保持者へのサポートも徹底して繰り返す。このあたりが技術よりも決定的に成長している部分だ。だが、松井や山瀬は流れの分断を好み、1トップにする意図が当然感じられない展開になっていった。
「前半はできていたけど、後半は出ていく選手がいなかったり、ボールが回っていても選手が止まっていた。(中略)いきなりドリブル突破を始めて、そこで終わっちゃったら意味がない」
中村は気づいていた。コメントを見る限り、他の選手も何をしなければいけないのかという目的意識は持っていた。それでも、後半はやりたいことの輪郭さえ見えてこない。そして岡田監督はピッチ上とは異なる発言をしている。
コートジボアール戦とは組立ての質に差異はあるが、少なくとも前半の立ち上がり20分はパラグアイを完全に圧倒していた。中村を中心にボール離れも早く、イメージのシンクロは岡田日本発足後、一番と言っていい。闘莉王 の攻撃参加も緊張感を増幅させ、全体のコンビネーションの多様性も感じられた。
時間が解決し、ボタンの掛け違いが杞憂に終わることを信じたいが、いつまでもチーム内にダブルスタンダードが蔓延れば、戦術自体も衰退するだろう。
埋め合わせの時間
少しの綻びからチーム全体の矛先があらぬ場所に向いてしまうことは、多くの時間を消化できないナショナル・チームによくあることだ。
ドイツを目指した日本代表はボールをどこで奪うのかという意見が切り口となって、最後の大会では大きな溝をつくることになった。もちろん、選手間のコミュニケーション不足がそれを招いたとしても、大一番を前にしたトレーニングでは指揮官が明確な答えを持ち合わせてないことは明白だった。
中村と岡田監督のギャップ。そして中心人物となる選手のギャップ。松井はチームを覚醒させる意図を持っていない。しかし、チームを覚醒させる才能は保持している。
ターゲットとなるFWが選択できない今、なおさら前線も、中盤も関係なくポジションチェンジの質が求められる。一人がランニングや思考の停滞を招くと、確実に浮いていく場面は見られ、ドリブル以上にワンタッチコントロールの重要性が叫ばれるだろう。ボールをキープできるFWがいないからこそ、キープできるスペースを自分たちで作らなければならない。
あと数日後に迫るオマーン戦までに、全体の共通理解を今一度。
パラグアイという大先生
それにしても、パラグアイのディフェンスは素晴らしい。ドイツW杯ではその伝統的なディフェンスをこの目で見ようと、過密日程の中、わざわざチケットを入手し観戦した。そのW杯に出場したDFのニュエスやカニサなど、今回も能力の片鱗を魅せてくれた。
フィジカルではフットボールネーションと呼ばれる国々に劣るものの、組織で守ることを怠らず、しかし、リスクを冒しながらも一対一でボールを奪うタイミングはいつ見ても惚れぼれする。1.5軍だろうとなんだろうと、日本が学ぶべき教材は確かに目の前にあった。
posted by 奥間店長 |23:51 |
NIPPON代表 |
2008年05月26日
24日に行われたコートジボアール戦は岡田監督のやりたいサッカー、というよりもこれまで我々が見てきたような、あくまで日本人特融のサッカーであって、特に岡田イズムが反映された内容でもなかった。
最高の演出と、最高のボレー
前半の強烈なプレスが岡田的だと表現するメディアもあったが、後半を見てもわかるように継続性がないコンセプトを手放しに受け入れることはできない。W杯予選は相手が極端に引いてくる場合も多々ある。90分の中で、抑揚や緩急をつけて駆け引きを促すことは必然的に求められる。
逆に言えば、後半こそ岡田監督の手腕に期待したかったのだが、コートジボアールがギアをシフトチェンジした後ではアウェーの戦い方のような受け身の姿勢を崩すことは難しくなっていた。
日本の得点のシーンはスピードや判断のシンクロ、そして技術。すべてが高いレベルで共有された素晴らしいシーンとなった。
特に玉田のフリーランニングが始まるタイミングは、一気に大久保やボランチの二人をゴールへのイメージを膨らませることになる。
今野が松井からボールを貰った瞬間は、相手の左サイドバックのボロなどが同サイドをケアしていたこともあり、まだ長谷部へのパスコースは存在しなかった。
しかし、ここで玉田が相手を一旦ひきつけるランニングを魅せ、長谷部へのパスコースを「創って」あげている。
その後は、2トップのイメージがシンクロしたような大久保のスペースの後ろに玉田がフリーでクロスを合わせた。コートジボワールのコンディションが良ければ、追走している場面だろうが、今回はボールが来ることを信じて長い距離を走った玉田に軍配が上がった。
リーダー不在の日本代表
日本代表は移動もなく、コンディションはいいと判断できる材料は多くあったと思う。だが、得点後、特に後半に入ってからは日本の特徴の一つでもある献身的なプレーは影を潜め、数人で絡むポゼッションはもちろん、状況を変えるサイドチェンジさえ見ることは最後までなかった。
「テスト」と定義付ければそれまでだが、ペース配分を気にすることができるピッチ上のリーダーがいない。このゲームを見ての感想はこれに尽きる。とにかく前半はボールが落ち着かなかった。
当時の名波や中田などは90分をトータルで考え出す能力があった。リーダーとしての背中と、ピッチを俯瞰し、流れを感じ取れる選手はやはりマイノリティーに部類される。能力自体も先天的な要素が多く含まれ、努力では追いつかないものだ。
現段階で、メンバーリストの中にこの能力を期待していいのは中村俊輔だけ、と断言できる。経験に蓄積された戦術理解力と、有無を言わせぬ圧倒的な個人スキル。
局面だけではなく90分を見渡すことのできる選手が、特に中盤にいると、チームの印象はかなり違う。それはキャプテンシーとはまた違った部類のものだ。
海外組には培ってきた足下のスキルだけではなく、そういった部分への期待が大きいのだが、今回に関しては終始感じることはできなかった。
世界を驚かせるために
このチームは事前合宿でも岡田監督が真っ先に着手したように、まずはディフェンスから入るチームになりつつある。
ショート・カウンターを武器に、相手の陣形が整わないうちにボールを素早く運ぶ、というイメージだ。
だが、それだけではW杯に行くことはできても、グッドルーザーとしてW杯を去ることはできない。世界に何の衝撃も残せないまま、場当たり的なサッカーで終わってしまう可能性は高いだろう。
玉田の得点のようなシーンが意図を持って継続的に起こるためには、ただガムシャラにボールを奪い、攻撃の起点を作るだけでは難しい。
攻守の流れを察知することで、「監督以上の監督」がピッチの上で流れを作る。次のパラグアイ戦は、すでに着目すべき場所は決まっているように思う。
posted by okuma店長 |00:44 |
NIPPON代表 |
2008年05月24日
本日から始まる6月の決戦について。キリンカップを含む6連戦で、この先の道筋は否が応にもはっきりすることになる。ここまでの戦歴と内容を交差しても、未だ岡田監督の明確な方向性は感じ取れない。欧州組が合流した今、果たして彼の脳裏に浮かぶサッカーは現実味を帯びているのか。まずは豊田でのコートジボワール戦の入り方に神経が牽引される。
おさらい岡田ジャパン
3月26日のバーレーン戦は、ドイツW杯が終わり、新しいサイクルを営む中で最悪の内容だったと言っていい。様々な外的要因があったことは確認できていても、ピッチの上で起こりうる現象に変化をつけられない指揮官の焦りを見た。終始徹底されるロングボールは日本が目指すコンセプトの逆を走っていた。
現在の日本代表が目指す一つのキーワードは「存在しないスペースを作り出すこと」に他ならない。あえてプレスが掛かりやすい敵陣に入り込み、ショートパスなどの変化をつけて相手をひきつける。ひきつけることで、本来ならそこにあるはずのないスペースを生み出し、次の大きな展開につなげる。
オシム時代は、大胆なサイドチェンジやポゼッションベースでスペースを作り出そうとしたが、それとはまったく逆の、個人的にはこれまであまり感じたことのないサッカーへの具現化に興味が湧いたものだ。
もちろん、狭い局面にあえて飛び込むリスクはボールを奪われる機会も増す。選手同士が近い距離感でボールを運んでいるので、奪われた後もプレスの連動は円滑に行えるというメリットもある。
見えない現実
しかし、これまでの日本代表の戦いを見ても、あまり先述したような場面に遭遇することはなかった。狭い局面を大事にすることはあっても、それが結果に直結していない。白星はむしろ相手の力量が劣るからであって、内容もオシム時代の遺産で戦っているようなものだった。
そしてあのバーレーン戦がある。開始直後から多様されたロングボール。確かに、ボールをつなぐ能力があるチームは、試合が始まると「あえて前線にボールを放り込む」という場面をよく見る。相手はチームの特徴を抑えるように、ゲームの頭からプレッシャーを意図的に強くかけていく。
それに対して相手に付き合うのではなく時間帯や相手の出所を見て、ボールをつなげていくのがオーソドックスなやり方だ。
だが、あの日の日本代表は最後までロングボール主体でゲームを進め、次の一手が打てずに終わった。遠藤の投入も劇的な変化をつけられなかった。
このあたりもパワープレーなどではなく、あくまで選手という駒を使ってゲームを動かす能力も、岡田監督の采配に疑問が膨らんでいった。
六月の、勝利の歌を
「これからは俺のやり方でやる」という意味深なコメントに振り回されながら、今日という日を迎えた。
幸いなことに欧州組のコンディションは良質で、遠藤やFW陣も過密日程の影響は感じられない。岡田監督の前には、とうとうエクスキューズが届かない材料が揃った。 ディフェンスの再構築と連携をこれまでにないほど確認しているのは、昔のようなショート・カウンタースタイルで打開する方向にシフトするのか。それとも、これまでの流れを汲んで展開を作り上げるのか。
中村の合流も含め、言い訳のきかない六月が幕を開けようとしている。
posted by 奥間店長 |14:22 |
NIPPON代表 |
2008年03月28日
日本対バーレーン。完璧とすら思えたドバイでの事前合宿から一転。指揮官の目論みはこうも外れていくものなのかと、ある意味同情すら感じられた一戦だった。
バーレーン、W杯への道
中東の国によくありがちな、その場限りの戦術や方向性をバーレーンは超越していた。これまでにない長期的な視座をもってチームをビルドアップしていく能力が確かに存在し、確実にチーム力、いや国力は増している。
このゲームの決勝点を上げ、「史上最高のストライカー」と言われるアラ・フバイルや10番を背負うサルミーン。そこにナイジェリアやモロッコ、チャド出身の選手が帰化することで、可能性は広がりを見せている。
監督のミラン・マチャラは「純血主義」を保持しようとする協会と対立するばかりか、主力選手とも確執があったと聞く。勝利への渇望が日本を上回る要因は多かった。
攻撃陣の誤算
岡田監督はゲーム終了後「正直に言うと、あまり自分の意図どおりではなかった」と語った。相手DF陣は長身で、単純な攻撃では破綻させることは難しくなる。バーレーンが3バックを敷き、思った以上にディフェンシブに前半を進めることも予想外だった。
日本が狙う、相手DF陣の裏を狙う動き。安田や駒野を使いながら、両サイドから揺さぶりを仕掛け、残り30メートルでスペースを見つける。
そのどれもが、ボールの出所を抑えられ(山瀬や中村のポジション)、ワンクッション置く時間がない。結果的にシュートさえ打てる状態に持ち込めなかった。
巻にしても、前を向くプレーは皆無で、サイドに流れてボールをもらうと何も怖さを感じないFWになる。
いつしかこの国ではゴール前でくさびを打ち、つぶれ役になる運動量があり、ヘディングがある程度強ければ一つの武器になると考えられてきた。だが昨日のようなゲームでは、自身の特徴を押さえつけられると何もできなくなる。
FWとは何か。ヴチニッチやトニを見ると、鬼気迫る前方への推進力はあってしかるべき当然の意思だと感じてしまう。 「日本らしいサッカー」といっても、相手のフィジカルコンタクトだけではなく強烈なプレッシャーを背負い、前を向く力だけが活路を見いだす場面や局面は必ずある。
日本のFWはJリーグの中で、その大役を外国人ストライカーに任せきりになっている場面が多くみられる。それらの多くはビッグクラブと呼ばれるチームに介在する問題だ。
現実に目を背けるだけでは、世界に追い付いても追い越すことはできない。
巻や田代など、未だインパクトを残せないFWこそ、異なる環境で勝負すべきではないのか。
セットプレーという武器の果て
そして岡田監督のもう一つの誤算はセットプレーの質の低下にある。突き詰めれば、遠藤の不調だ。昨シーズンのパフォーマンスからは考えられない時期は今も続いている。岡田監督は「戦術上の理由」と語ったが、それだけとは到底思えない。
中村憲のプレスキックはすべてを変える力がない。そのはるか後方に素晴らしい右足を誇っていた阿部の姿もいまや霞んで見える。セットプレーでチームの方向性をある程度は示してきた日本は、このゲームに限って言えば最大の武器を無くしたも同然だった。
納得はできないこの一戦で
大きな二つの誤算に、ボールの変化(あくまでGKにはデリケートな問題だ)や高原の負傷などがあった。岡田監督は次々と後手に回ることで打開策は用意したものの、チームに何の変化も与えることはできなかった。最後にあふれ出した感情が、結局はロッカールームの「何か」を蹴り上げたのだろう。
今回は確かに難しい一戦であり、コンディションによる言い訳もできなかった。バーレーン戦がこのチームの沸点だとすれば、今は世界という言葉を出すべきではない。
しかし、3次予選はあと4試合ある。それほど悲観することでもない。実際、岡田監督自身がこの一戦で得た経験は大きいと痛感していることだろう。10年前の予選とは各国の力量がはるかに異なる。
リーグ戦で卓越した力を見せていない中盤から上の選手も6月にはある程度計算できるようになるだろう。「次」はもう週末から、始まりを迎える。
posted by 奥間店長 |00:06 |
NIPPON代表 |
2008年02月07日
高原と大久保の違い
高原は悪いなりに自分にできる最高のプレーを繰り返していた。アタッキングサードで見られる屈強なタイの守備ブロックに対し、主体的にスペースを創り出そうとする高原のフリーランニング。
中盤の底まで落ちてきてボールを受け、その背後に三人目の動きとして山瀬や遠藤、中村を走らせる。
その意図が痛々しいほど理解できるのに、もう一人の大久保はほとんど動かない。ボールを引き出す動きでさえも、自分の数メートルだけの範囲で終わってしまう。
相手ゴール前でのスキルフルなパスや飛び出すタイミングはやはり群を抜いている。アイディアもある。トップ下も出来る起用さは使う側に立ってみればこの上ない武器になる。
しかし、チームとしてやろうとしているサッカーの具現化、進化を妨げているのは大久保だった。この事実を解決しない限り、11人の共通理解を超えたダイナミックなサッカーをすることは出来ないと断言できる。
ダイアモンドのヒビ
遠藤の素晴らしいFKまではよかった。だが数分後には文字通り凍りつくような瞬間を目にしている。スタジアムは最近では感じ取れない雰囲気に包まれ、これがW杯予選のシビアな部分だと理解するまで多少の時間が必要だった。
失点のシーンは中盤のチェックの遅れと、中澤の躊躇が悪い方向に出てしまった結果だ。タイのレベルであの数秒の猶予からワンステップでゴールへ直結するシュートを誰が予想しよう。スカウティングなど、頭ではイメージできても得点の直後だっただけに、行動に移すことは難しかった。
やるべきことは何か
その後は、先述したように大久保が前線にいることで、特にトップ下の山瀬がまったく生きない時間帯が続く。ゲームを「終わらせる」能力はあるが、得点までのストーリーは描けない。このレベルでは通用した。だがこの先にあるフットボールネーションとの戦いの中でそれは通用するだろうか。
数日前、CSでラス・パルマス所属の福田健二のインタビューがあったが、メキシコにいたときにはゴール前から動くなと言われ続けたという。昨シーズンの磐田もそうだ。前田遼一は前監督のアジウソンからゴール前で動きすぎると指摘された。
だが、福田はその後スペインへ渡り、それでは通用しないと断言され、磐田は時代を逆行するかのようなサッカーを繰り返した。
チームとしてのコンセプトや監督の哲学がそうであればいい。しかし、現在の日本代表の方向性は大久保が示すようなプレースタイルではないはずだ。
心の引っ掛かりはそこにも
幸い、遠藤が前半から続いたCKをほとんどニアに蹴りタイDFの意識を傾け、後半に後ろへ散らすという作戦は見事に得点に結びつく。トレーニングの中で反芻してきたセットプレーで得点を増やすことに成功したが、タイの高さの無いディフェンスと巻をフリーにさせる集中力の欠落を見る限り、コンスタントに今夜の内容が起こるとは限らない。
このチームは果たして、岡田監督の哲学と心中する気はあるのだろうか。まだ選手が吹っ切れてない気がする。
今日のゲームを見る限り、日本は間違いなく最終予選に進むだろう。初戦に勝ち点3を手にしたこと、そして相手の力量を測れたことは大きい。
何より、ここにきて胸を撫で下ろすことができるのは、次のバーレーン戦(3/26)の間に東アジア選手権があることだ。それも重慶で。岡田監督の次の一手は何か。それ次第で、見方は変わるのかもしれない。
posted by 奥間店長 |02:15 |
NIPPON代表 |
2008年02月06日
さて、本日から始まるかくも過酷な、それでいて日本サッカーの行く末を共に感じ取れるW杯予選が始まる。異なる監督との顔合わせ、指宿での合宿、そして最近の二連戦と、岡田監督が会見でも述べていたが、すべての関係者の尽力でまずはここまでたどり着いた。
見えた最重要ポイント
準備期間を総括しても、多少の負傷者は出たがほぼ完璧なベースは出来た(W杯予選を戦う上での)といえるだろう。コンディショニングの差異は既に言い訳にならない位置にいる。
戦術的な理解度、浸透度に関しても、岡田監督の指南はある程度選手たちに届いているはずだ。それは特にボスニア戦で見て取れた。予想以上に相手のプレッシャーが無い状態がいい方向に向いて、これからの道筋を明確に示した一戦だった。
現在の段階で、キーワードとなりえるのが「ダイアモンドの中盤」だろう。特に鈴木への期待はこれまでとは比較にならないほど、だ。
誰もが言うように、ダイアモンド型の中盤はボックス型に比べてディフェンスに入るタイミングやボールの奪い所が曖昧になる可能性が高い。ワンボランチ(鈴木)の前の三人が攻撃と守備の比重を誤るとすぐにチリ戦のような間延びや、お互いの距離が遠くなるような状態が生まれる。遠くなるイコール、連動してボールを奪えない、一人で奪ったとしても攻撃に移る時間がかかってしまう。岡田監督の言う細かいスペースでの組み立ては実現不可能だ。
中村と遠藤という共同体
ボスニア戦では、遠藤と中村がまずは相手の三人のオフェンシブMF(システムは4-2-3-1)をつかまえることからゲームはスタートした。
そして、相手の出足が悪いこともあり、遠藤と中村はワイドを十分に意図した攻撃を見せ、お互いの距離感もチリ戦とは雲泥の差があった。
特に中村は、山瀬がトップ下に入った後には状況を見て鈴木と近いポジション、つまりボックス型のようなシステムを作って相手の厚い中盤を見ていた。このような形での判断力の早さはさすがと言えるだろうし、キックの精度云々よりもこのような場面での変化が中村の成長度を物語る。
注文をつけるなら、山瀬、遠藤、中村のポジションチェンジが少ないように感じる。指揮官の注文に答えるべく、チームが発足して自らのタスクをこなすことが精一杯だった以前より、M-T-Mを繰り返す中で、明日は意外と余裕が感じられると思う。
オシム時代に見せた流動的なポジションチェンジを期待し、あの行為自体はなにもオシムイズムではなく現代サッカーには当然求められるべきプレーだ。まだ何か型にはまっているような感は否めない。
ナノ・フットボールの時代
そして、鈴木だが彼は本当にこのチームの舵取りになりつつある。ボスニア戦では不用意にバックパスをした瞬間、岡田監督から注意を受けていた。チーム全体が今何をすべきか。ゲームを読む能力はもちろん、アウトオブプレーになる最後の瞬間までも他の選手のケアをする必要がある。
時には彼のウィークポイントでもある、ゴール前で「やりきる」力も要求されるはずだ。その全てが日本チームの核となってピッチに現れる。清水の伊東がどういったプレーを続けているかでチームの方向性が理解できるように、鈴木もまた「攻守の要以上の存在」、つまりどんな状態になっても全体を最後まで俯瞰できるワンボランチになることがこのチームのキーファクターだ。
START FOR・・・
最終予選を含め、長い時間をかけてまた新しい次元へと日本代表は進化する。そこに迷いは付き物であって、問題はW杯手前の終着地点で換算する世界との距離だ。
時には勝ち点3を手に入れるために意味のないゲームに終始するだろう。しかし、そこにも何かしらの価値を発見するべきだし、全てが次につながることを信じたい。新しい、新鮮な戦いが始まる。これ以上の感情の抑揚があれば、誰か教えてくれ。
posted by 奥間店長 |01:27 |
NIPPON代表 |
2008年01月29日
明日にはボスニア・ヘルツェゴビナ戦を迎える岡田、日本代表。様々な見地から新しい組織を鑑みる。形さえなかったエネルギーを具現化する労力は計り知れないが、それでも作業自体は新鮮で、溢れ出る発想に未来への確かな道筋は通っている。
チリ代表という「当たり」
初戦、と言う前に、チリのサッカーをもう一度批評する必要があるだろう。全体を通して感じたことは、90分が終わるとまさにアルゼンチンの匂いだけが残っていた、ということだ。
マルセロ・ビエルサが用意する両ワイドを使う3-3-1-3のシステムは相手によって臨機応変に変化され、日本戦も最初は4枚のDFでゲームに入るとまで言われていた。だが、日本が高原の1トップではなく巻という、ゴールを背にして中盤との絡みを求める選手が先発だと知ると、すぐさま3バックに変更し、二人の特徴にDFの数的優位を用いてシャットアウト。柔軟かつ迅速な対応を見せた。
実際、ゲームの中でも中盤を厚くすることで、日本を間延びさせ、構成力がウリの遠藤、中村はタスクをこなす時間帯はとうとうやってこなかった。
あの日のアルゼンチン
このゲームを見ていると、年代も違えば、監督も異なるが、ドイツW杯のアルゼンチン対セルビアモンテネグロ戦を思い出した。
セルビアモンテネグロが2トップだったのに対し、左サイドバックのソリンを前に出し、3枚(アジャラ、ブルディッソ、エインセ)で守る。その前にはいつものようにマスケラーノがいるが、通常通りと言わんばかりに流れの中でCBとの美しいゾーンディフェンスを魅せる。
今回のチリ代表ではソリンのような立ち位置で攻守に絡む右サイドのイトゥーラが存在感を出し、システムが変わっても質の高いプレーに終始していた。ビエルサのアルゼンチンスタイルを継承するだけの素材は確かに見て取れたのだ。
最新の戦術を好み、引き出しが「異常」に多いと言われるビエルサのフレキシブな対応力と、その要求に答えられる若手のコンディションの良さ、玉際の強さ、そして戦術理解力の高さは目を見張るものがある。
新しい日本代表の船出は予想以上に恵まれたマッチメイクだった。相対的に見ても、年々対戦相手の質は上がっており、我々も一昔前のような「興行」を受け入れないスタンスがこのような結果につながっているのだろう。
川口だからこそ
そして日本代表だが、やはりフィジカル面での仕上がりにバラつきがある。それによって、通常は指摘できる部分がある程度のエクスキューズとなって制限されている。
しかし、その中でも川口はやはり、というかベテランらしくゲーム感さえ既に出来上がっている印象を受けた。
後半12分に日本DFラインの裏に出たボールは、まさに飛び出すのか、ステイするのかというギリギリのタイミングだった。
シーズンの初めだと、思考回路は停滞を続け、研ぎ澄まされた感覚で判断することは難しい。それはあくまでシーズンに入り、同じような場面に何度も遭遇することで、対応力は身についていくものだ。
だが、あの日の川口は特に迷うそぶりは見せず、ゴール前でポジションを整え、落ち着いたシュートストップを魅せた。キックを多用していたのも、DFラインをしっかり上げ、初戦ゆえのリスクマネジメントを徹底していたのだろう。
播戸などと行った沖縄合宿の成果と、蓄積された経験が今年の川口をさらに高みへと誘う。職人とは、プロとはまさにこういう人種のことを言う。
次はもうすぐここまで来ている
ボスニア・ヘルツェゴビナ戦に期待する、というかこの数日で改善すべきことは、コンセプトを浸透させることはいいが、一辺倒になりゲームが停滞する時間を増やして欲しくないということ。
オシム時代にも見られたが、ポゼッションで圧倒するあまり、一定のリズムやテンポで無作為に時間を消費している場面が最近は特に目立つ。チリ戦も後半28分頃からそのような時間帯があった。
交代のカードはもちろん、常に次の一手を狙う「勇気」も二戦目だからこそ、あえて必要な手段だと感じる。
次のゲームでは、これまで蓄積されてきたオシム色をいい意味で壊すようなプレーを期待したい。
posted by 奥間店長 |02:03 |
NIPPON代表 |
2007年11月24日
ゲーム後の記者会見で興味深い場面があった。ジャーナリストの湯浅健二氏が日本選手の「個」について反町監督に意見を投げかけたのだ。
サウジアラビアや李を例にして日本の課題の外堀を埋めていったが、反町監督の答えは「いかに運動量を多くして数的優位を作っていくか」ということだった。
前回、このブログでサイドでの数的優位の実用性について述べたが、反町監督はワイドの局面だけではなく、アタッキング・サードの真ん中でも数的優位を作り出すことで、日本の独自性を出していくということにも言及していた。
そう考えると、FWの運動量は当たり前のように求められるし、本当に長い距離を走って、乳酸が溜まる足元で質の高い決定機を演出する選手も必要になってくる。
サウジアラビア戦では後半33分、前線の三人(岡崎、李、柏木)の素晴らしいコンビネーションからゴールに迫るシーンがある。
その攻撃の最初の起点になった岡崎は他の二人よりも長い距離を走っていた。そしてフィニッシュの瞬間、全力で走りこんできた岡崎の重心は崩れ、シュートは枠の上を通過した。言葉は悪いが、デルピエロなら決めていた。そう、あのドイツW杯準決勝だ。
シュートミスが余裕がある中で明らかなヒューマン・エラーなのか、もしくはその前にフリーランニングを繰り返した上でのミスなのか。ゴールへたどり着けなかった「負の根源」は一つではない。そこの種類分けをするのか、しないかでサッカーの深さは少々違ってくる。あの瞬間の岡崎は、クロアチア戦の柳沢は確かにそうなるべくしてそうなった。だが、結果だけを凝視してはいけない刹那的な部分も見つけ出すことは十分可能だ。
課題は、抽出しようと思えばいくらでもある。明日のJリーグからでも。もちろん、上記したことが些細な反省点なら、平山はその場面にさえ追いついてもいない。
明日は、今日なのかもしれない。未来は俺等の手の中。
posted by 奥間店長 |03:04 |
NIPPON代表 |