2008年07月29日
北京五輪を前にして
北京五輪が始まる。明日はついに最後の総仕上げとなるアルゼンチン戦が待っている。 神戸でのオーストラリア戦は華やかな得点シーンとは裏腹に、守備陣の連携不足が背筋を凍らせた。青山(直)を外し、今シーズン安定したディフェンスを見せる吉田召集の賛否。 日々取り上げられるFWの可能性より、勝ち点を計算する材料はむしろ守備陣にある。細貝の負傷も含め、結局、最後の最後まで懸念は広がりを見せる年代である。 五輪の操縦 その北京五輪だが今回もマスメディアの壮絶なタイム・コントロールは、もはや純粋とは言えない多くの競技を蹂躙する。 アメリカのNBCは早々に莫大な放映権料を支払い、五輪競技の中でも圧倒的な人気を誇る体操と競泳をゴールデンタイムに行うよう要求した。 もちろん、日本のJC(ジャパン・コンソーシアム)も黙ってはいない。IOC側に女子マラソンの放送日程を15日(金)から17日(日)に変更を伝え、サッカー男子決勝もグループリーグや決勝トーナメント準決勝までの夕方開催から一転、決勝は残暑が色濃く残る12時のキックオフになっている。 気がつけば、ほとんどの反発は存在せず、キラーコンテンツと呼ばれる多くの競技が放送局側の都合のいいように変わっている。 選手は、敗戦の言い訳を口が裂けてもメディアとは言わないが、要因となった欠片にそろそろ気が付く時期なのかもしれない。その瞬間から、彼らはもう一人の「相手」を意識するようになる。 2年前だが、状況は変わらず ドイツW杯でも高騰する放映権料に見返りを求めるために、メディア側は日本代表の戦いに横槍を突き付けた。 日本の時差の関係上、グループリーグで指定された真昼の2連戦は確実に選手の身体に影響を及ぼし、最終的には昼間に二試合を戦った日本を含む3チームはどこもグループリーグを突破していない。 当時、現地で感じる強烈な暑さが、三戦目のブラジル戦を迎えると、どことなく落ち着いて観戦できたことを覚えている。 あの日から数日後。人を伝って聞いたのは日本代表が用意したIDカードは何も23枚ではなく、50枚あったということ。残りの27枚は当然スタッフに分けられるが、その中には練習場の広告ボードをチェックする広告代理店のスタッフも多数存在していた。 逆に、開催国のプレッシャーを乗り越え準決勝までたどり着いたドイツは、50枚のカードでも選手のメンタルをケアするキリスト教のカトリックとプロテスタントの聖職者までIDを配っている。もちろん、そのほかにも全体を統括するカウンセラーもいる。 この差は、やはり大きいと言わざるを得ない。 もう一つの視点 IOCは当たり前のように政治的な圧力を否定しているが、今回に始まったことではないだけに、不都合な現実は北京でも繰り返されようとしている。 だが、こうも考えられる。 1948年、イギリスのBBCがIOCに払った五輪の放映権料は21万円。幾多の時を重ねて、バケツにまで広告を付けた84年のロサンゼルス五輪で新しいスポーツビジネスは産声を上げ、北京では2600億円にも達するという。 メディアの大幅な拡張は弊害だけではなく、新しい価値観を私たちに与えてくれている。 そもそも、このような議論さえも、リアリティの末端を感じるのはテレビという媒体が主になる。 衛星技術の発達によって全世界の人々が五輪を共有できるようになったメキシコ大会。 走り高跳びのアメリカ代表、ディック・フォズベリーの背面跳びは、当時、ベーリーロールというスキルのみに侵食されていた陸上界、いや、全世界に衛星放送を通じて人間の想像力を超越して見せた。 この大会ではその後、あの有名な男子200メートルでのブラック・アフリカンの二選手(トミー・スミスとジョンカルロス)の抗議が生々しく伝えられている。特にトミー・スミスはインタビューの中で、新しく誕生したメディアの存在を確実に意識し、高らかに語っていた。 相反するアンビバレントな空気が漂う五輪という舞台。 かつてニーチェは 「主人公は陽気である。これこそ悲劇の作者たちが見逃してきたことである」 と語った。 最終的に選手が満足できればそれでいい。 多少、両方の心情を理解できる私にとって、五輪の期間は矛盾する生活の真ん中にいることになる。
posted by okuma店長 |00:31 |
SOCCER |
2008年07月16日
選手交代で狂うバランスと未来
JFL後期第3節、FC琉球対ファジアーノ岡山戦。ゲーム終了後の記者会見でジャン・ポール・ラビエ監督は常々似たような言葉を並べ、現実を濁し、未来への可能性を示唆する。 ただ、この日ばかりはジャッジに関する問題もオブラートに包みながらも怒りは滲み出ていた。もちろん、それは一瞬であり、すぐに当たり障りのないゲーム分析を試みる。 相当に悔しかったのだろう。インタビューに指名された山下は最後まで拒否し、その後に出てきた秦は苦虫を噛み潰すような思いで、自己批判を繰り返した。 ポジションの妙 この日は後半25分までは琉球のゲームだった。システムの特徴はデュドが山下の後方にポジションを取り、中盤まで顔を出せる位置にいたこと。 岡山は前半から中盤でボールをキープすることができず、焦って前掛かりになると中盤とディフェンスラインの間にギャップが生まれる。そこに1.5列目を担当するデュドが割って入る場面が見られ、攻撃の構築はすべてこのスペースから始まっていた。 お互いの距離感が理解できつつあるのだろう。後半の途中までは余裕のあるボール回しや、秦が積極的にゴール前へ仕掛ける場面も見られた。 そしてサイドバックは徹底して攻撃への参加を自粛する。澤口にしても本来は攻撃へ絡む能力があるだけに、少し物足りない感じもするが、どんなことがあってもディフェンスから入るイメージは伝わってきた。 崩れたバランス感覚 山下の得点もあり、主導権は確実に琉球が支配していた。しかし最終的には秦が交代した直後に中盤のバランスが崩れ、岡山が一気に押し込む時間帯を作り出す。 秦の交代の前には斎藤が投入され、完全な4-4-1-1にシステムを変更したが、そこまでは全体のバランスは保たれていた。つまり、斎藤が投入されたものの、残り時間を守備的に戦うという共通理解は浸透していた。 問題はその後である。 ゲームの二日前に當間に話を聞くと「怪我は完治ではないが、練習にも合流しているし、特に問題はない」と語っていたが、コンディションが整っていないのは明らかで、ゲームの流れに乗れない時間が続いていた。 秦もそれまで悪くなかっただけに、ゲーム後にラビエ監督になぜ秦を変えたのかと聞いてみたところ「秦はまだフィジカルに問題があり、あの時間帯からディフェンスを強化したかった」と強く語ったが、選手交代の失敗が如実に表れてしまった形となった。 そして、残り数分で2得点を岡山に奪われ逆転負けで試合終了。前節の北九州戦ではうまく機能したディフェンスラインも、単調な岡山のパワープレーに対応できず。 センターバック二人の経験不足は顕著で、特にゲームから離れていた森戸や大塚はボールフィーリングが雑。落下地点やパスの伸びるスピード、セカンドボールの対処に不安が残る結果となった。 山積みされる課題 「来期のために」というのは、ここ数試合のトルシエなり、ラビエ監督の決まり文句である。だが、ここまでのゲームを見ると、なかなかチームの「軸」らしきものは見当たらない。 システムをゲームごとに変更することは当たり前。それよりも、中心となるべき選手の存在が皆無なのは苦しい。現在も選手の見極めが続く空気が琉球にはある。 そして今季最大の「裏」テーマである90分間走れるか、という問題はここにきてさらに琉球を苦しめている。この日も後半には鎌田や國仲はほとんどボールに絡んでいなかった。 60分を過ぎたあたりから必ずチームの中で2~3人は消える選手へと変貌を遂げる。沖縄の気温、湿度、フードコントロール。 ここまでくると、コンディショニングに疑問符が付くことも時間の問題かもしれない。 あの試合の再現 以前とは違うチームに変わりつつあるのは、誰の目から見ても明らかだ。しかし、最終的に同じような負け方を繰り返しているようでは、チームが前進しているとは言い難い。敗因は明確なだけに、なおさらもどかしい。 それにしても87分の喜山の得点。シュートがゴールポストの奥の枠に当った瞬間、主審は得点を認めなかった。 議論の結果、得点となったが、まるで2002年の作陽高校対水島工業戦、青山(現広島)の幻のゴールを見ているようだった。そういえばこのゲームも岡山県絡み。何かある・・・・とは思えないか。
posted by okuma店長 |14:20 |
FC琉球 |
2008年07月05日
日本列島を出よ スペインリーグへの疾走
少し遅くなったが、浦安の高橋がスペイン1部リーグ、カハ・セゴビアに移籍することが発表された。 スペインリーグは文字通り世界最強、最高峰のリーグである。昨シーズンの7月には木暮賢一郎が同じく1部のカルニセール・トレホンに移籍したが、デビューする前に2部のブハランセにレンタル移籍したため、高橋が一部でデビューすることになれば日本人初の快挙となる。 シンデレラ・ボーイと呼ばれて 高橋とは大学の蹴球部で一緒の時期を過ごし、彼がプレデターに籍を移しても民間の大会などでボールを蹴った「思い入れの強い選手」だと言える。 サッカーをプレーしていた時代も、今の彼同様クレバーな行動が多く、感情的に訴える前に論理的に自らのプレーを辿っていく。言うなればゴールまでの道のりを明確に描く能力に長けた選手、という印象が強い。 大学サッカーではその才能を燻らせていたが、結局普段から口にする「フットサル」という可能性についに辿り着くことになる。それが2004年のアルゼンチン戦であり、サッカーに完全に別れを告げる衝撃的な代表デビュー戦だった。 「シンデレラ・ボーイ」と言われた日から4年。世界の扉は開いたが、シビアな世界は彼を野放しにすることはできない。 昨シーズンの浦安でのプレーは、あまりいい印象は最後まで持つことはできなかった。これまでのプレースタイルに悩み、そのまま元来ある能力だけでFリーグ一年目を戦ったというのが私の感想でもある。すでに日本代表のシャツからは遠ざかり、レベルアップの兆しが見えないまま、シーズンを終えた。 フットサルもサッカーも、一般企業も変わらない 海外への挑戦に失敗も成功もない。もしかしたら異なる環境でプレーするだけでも「成功」なのかもしれない。 四面楚歌になりやすい異国の地は、その空気に触れるだけで自然と思考する角度は深さを増す。自分ではわからない。判断するのはいつも周りだ。 問題は、後に残る経験。友人、知人、そして日本人。新しく何かを伝えるだけの経験を保持しているか。 極端に言えば最終的にそこで、歩んだ道の賛否が問われることになるだろう。 彼らの未来 5月のウクライナ戦。イタリアやスペインを渡り歩いた小野大輔は驚くほどの成長を魅せつけた。信頼とはプレーの質に比例する、と語るように。 だが、現在もフットサル日本代表は、足りないピースが存在する。若い新しい血は今の日本に欠ける部分と言えるだろう。しかし実際には、若い血をそこまで欲していない現実もある。Fリーグが誕生し、一番恩恵を受ける価値のあるA代表という場所でも、今だ数年前とメンバーは変わっていない。 フットサル創世記の二巡目を走り続けてきたグループと、次の世代、つまり高橋や稲葉、神戸の原田などは確固たる存在感をW杯までに突きつける必要がある。 世代の底上げは、イコールその国のフットサル文化の象徴だ。木暮や小野世代に依存度が高い分、成熟と共に訪れる下り坂の恐怖。 今回の高橋の移籍は、停滞する世代間の変化、先代を追い抜けない憂鬱な時代に楔を打つと言ってもいい。 世界最高峰のフットサルリーグ。世界一過酷で情熱的なリーガ。背番号10、高橋健介。薫陶を受けるだけの材料は揃い過ぎている。
posted by okuma店長 |00:12 |
フットサル |
2008年06月24日
日本代表、中盤の流儀
厳しいと言われ続けた六月の戦いは過ぎ去った。改めて日本対バーレーンの一戦を。 カウンターは怖いという意識 気になったポイントは多いが、ひとつはカウンターへの対応。この三次予選を振り返っても、ここまで数的不利の状態を作り出されたシーンはめずらしい。 アウェイで敗戦したバーレーン戦や苦しんだオマーン戦でも、高い位置でボールを奪われた後の対応は悪くはなかった。 しかし、最終戦となったバーレーン戦では前半から立て続けにカウンターを受ける。相手は主力を温存し、ピッチの残り三分の一までボールを運ぶ技術や戦術理解が乏しかったからいいようなものを、得点の匂いが生まれるカウンターだったのは事実だ。 闘莉王と中沢の関係は悪くない。中村憲が左サイドバックに入るタイミングも良かった。 それよりも懸念材料に挙げられるのは両サイドバックの対応能力である。 二つの才能 内田と安田。彼らのストロング・ポイントは間違いなく攻撃にある。特に内田はここ数年、本当に見たことがないような「ボールの置き方」をする。安田にしても最後までクロスを上げきる能力があると断定できるので、他の選手はこの後の一手、つまり二次的なイメージを膨らませやすい。 二人とも国際舞台云々ではなく、どこまでも自分の感覚を大切にしている選手である。 しかし、ディフェンスに関してはどうだろうか。かつて都並(現横浜FC監督)は「第一人者の自負はあるし、若いやつをなってねえなと思う。でも相馬は認めていた。やっぱりサイドバックはディフェンスができてなんぼ。ジョルジーニョみたいなね」と語ったことがある。 サイドの時代、だと言われる。システムも起点は中盤の底からタッチライン際へ移行する。 だがあくまで本質はズレていない。一貫した守備はいつの時間も必要になってくる。相手との駆け引きはなにも攻撃だけに掲げるものではない。自陣へ帰還するタイミングや、危機管理能力、最終ラインへ加わる勇気があってこそのサイド「バック」である。 この日はベンチに入っていなかったが、トータルで考えると駒野に一日の長があることは言うまでもない。 無敵艦隊は無敵か? もうひとつは、中盤の構成力。EURO2008、スペイン代表の中盤は全てを可能にさせる魅力がある。彼らの技術に世界が跪く。そしてふと、思いつく。中盤の選手はみな似たようなタイプの選手である、ということを。 アンカー役のセナは別としても、セスクやシャビ、イニエスタ、シルバは最終的な攻撃に絡むスキルもある。パスも出せる。守備もハードワークを怠らない。それもすべて高いレベルで安定する。 ゆえに停滞する時間帯を招くとき、変化をつけられないジレンマに襲われる。それを意図的に作り出したのがイタリアだった。アラゴネスは図ったようにカソルラを投入するが、いかんせん経験不足。チームに新しい風は吹かなかった。 希望を託す4人 バーレーン戦の日本代表もそうだった。中盤の4人は似たようなスタイルを好む選手が並ぶ。同じようなパスワーク。同じようなランニング。とても誇りを懸ける戦いとは思えない。 諸手を上げて松井、と言いたいが、この6月で彼はフィットしなかった。重要な戦力であることに疑いはないが、新しくアクセントを生む選手が出てこなければ最終予選は厳しくなる。 もちろん、現段階のFWにタメを期待できない以上、羽生のような「スペースをつくる」タイプも欲しくなる時期は来るのかもしれない。 この一か月が終わり、後に残ったもの。肥沃な大地とは決して言えない。だが、何かを生み出さなければ、次のステージで苦しむ姿を想像してしまう。 やはり、ヒントは週末にある。
posted by okuma店長 |18:07 |
NIPPON代表 |
2008年06月20日
フットボールの中にある、動かしがたい矛盾
shingo02の新しいアルバム「歪曲」を聞きながら、色々あってしっかり見れなかったEUROをチェック。このアルバム、友人がギターで参加しているが、shing02は異なる次元に足を踏み入れたようだ。クラシックになる要素が満載。 残念なのはやはりフランス対イタリア。個人的には「サッカーを見る」ということに特化した場合、局面でのファウルに対しては寛大な方だと思う。内的要因に左右されるメンタル・コントロールの延長線上にファウルはある。 あの場面を今想う このゲームもそうだった。しかし思うのである。前半24分のエリック・アビダルがトニを倒したシーン。確実なファウルだった。だが、このゲームの重要性、影響力、波及効果を考えてみる。 一発でレッドカードに値する後方からのアプローチだが、イタリア共和国を除き、果たして全人類が望んだジャッジなのだろうか。行為そのものはファウルでいい。PKに対しての判断は頭を垂れて従う。 それでも、追い詰められた二強の舞台をそう簡単に解体させていいものだろうか。せめて警告を促して、ヒリヒリするような緊張感をもう少し世界に届けて欲しかったというのが、やっぱり私の意見である。 ナスリとアビダル 引導を渡す感触はあった。「事件」の10分前、リベリーが負傷のためピッチを去った。出てきたのはサミル・ナスリ。輝かしい未来を約束された若者だと断言できる。 しかし、限られた人間に与えられる才能も、ある瞬間のブレイクスルーを経験しなければ次の段階へ進めない。投入直後のフランスは混乱の極みだった。 「たまたま」巡ってきた経験の機会だったが、イタリアを相手にナスリがどのような変化を魅せるのだろう。結果以外のところで、焦点は出来上がるはずだった。 EURO2000では守備をベースに圧倒的な成熟を魅せたフランスはその断片すらない。あの栄光に眩しかった夜を忘れられない匂いは今もDFラインに残る。そのすべてを払拭させる「何か」がフランスには欲しかった。今シーズン、バルセロナで深い印象を与えられなかったアビダルがサイドバックではなく、センターバックでどこまでできるか。フランスの新しい血を感じるはずだった。 当り前の選択 それもこれも、一つのファウルで消えてしまった。あのファウルを取らなければ逆にジャッジの基準や「線」が曖昧になりゲーム自体が破壊される恐れがある、とも言える。 だが、サッカーに多少の想いを馳せるなら、残りの66分を「プレー・オン」の延長にしてほしかった。最高のプレーがジャッジの軸を元に戻してくれると信じたかった。この対決が必然に周期してきた機会とは思えないだけに、本当にそう思えてきた。 ミスジャッジではない。当り前の退場劇だった。しかし、完璧な判断ではなかったと思う。
posted by okuma店長 |23:59 |
SOCCER |
2008年06月17日
JFL第16節 FC琉球対流通経済大学
告知ですが、季刊カラカラのvol.27からオキナワンフットボールクロニクルと題して連載を持つことになりました。ここでは書かない、FC琉球を中心とした沖縄のサッカー界に踏み込んでいきたいと思っていますので、ぜひご一読ください。 苦虫を噛む、思い JFL第16節、FC琉球対流通経済大学のゲームは、到底納得できる内容ではなくとも、勝ち点3を取りきる形でFC琉球が3-1で勝利を収める。 「納得」できない。前期終了はもう目の前に来ているのに。ピッチ上はトルシエから離れた場所にある。少なくとも彼の哲学とは一定の距離がある。無機質な内容はなぜ現れるのか。結局、サッカーを操ることができるのは、選手なのである。 両者の立ち位置 FC琉球のシステムは3-4-2-1。トルシエジャパンを思わせる守備的なシステムだ。両アウトサイドに斎藤、鎌田という攻撃的な選手を並べるが、相手攻撃陣の人数やサイドアタックの質が高ければたちまち5バックになるニュアンスを秘めている。 流経は4-4-2。中盤はトップ下に福田を置くダイアモンドを形成。右サイドにはペルー出身(青森山田高)のベロカル・フランクや、トップには盛岡商業が選手権を制した際、FWとして存在感を示した成田もいる。 ベストメンバーとはほど遠い流経も、個人を見ればある程度楽しめるし、FC琉球も苦戦するかもしれない。 そう思いゲームに臨んだ矢先、流経の先制点が決まる。 繰り返される愚行 流経のDFラインからのロングボールを中盤と3バックの間、いわゆるグレーゾーンにボールが入り、アプローチのタイミングを失った瞬間、石戸のシュートがネットを揺らす。 シーズン前の指宿合宿で見た光景となんら変わらない。その後も、ボランチから一本のパスでFC琉球のDFラインが大いにあわてるシーンが何回も見られた。 特にこのゲームでは山下の1トップであり、前線に人数が限定されるため相手にロングボールを蹴らせない「意図を持ったプレス」をかけにくい状態は確かにあった。 トルシエは「本当は4枚でやりたいけど、できる選手がいない」と語るが、ここまで進歩が遅れる状態をだれが予想しただろうか。ラビエそしてトルシエは今日も苦悩する夜を迎えている。 3得点と、交代劇 だが、この日の流経は中盤の選手の距離が短く、ピッチを大きく使うダイナミックなサイドからの起点が作れないでいた。 逆にFC琉球は両アウトサイドが積極的に攻撃の起点を作ることに成功。13分には山下がポイントになり、澤口、そして鎌田と一連のパスワークで最後は鎌田の素晴らしい切り返しからの得点が生まれる。 その後もライスのパントキックを山下が、左からのフリーキックを鎌田が直接沈め前半で勝負はある程度決まった展開に移行した。 後半はもちろん、中盤の左だった宇賀神を左トップに上げて流経は3トップのような形をとるが、ボランチの澤口がマンツーマンでマークすることで対応。 前半とは異なり、サイドを使用する流経に対し、押し込まれたFC琉球の両アウトサイドにほとんど見せ場はなかった。鎌田や斎藤は攻撃に参加する回数は極端に減少した。 しかし、ベンチは逆に開き直りを見せ、守備ブロックの前に守備ライン(鎌田、中島、國仲)を作り出す選択を取る。サイドはある程度澤口と3バックに任せ、中央を固めることで決定的なシーンを作らせない。結局、そのままゲームは終了。 「勝ち点3だけ。この勝利に騙されてはいけないのはわかっているし、足りないところは多い。分析が必要」とラビエはこのゲームを総括した。 明日のために このゲーム、ロスタイムは4分あったがその間にも大野を投入し、山下は交代の際にタッチラインに向かうのではなくあえて主審と握手する行為に出た。 喉から手が出るほど欲しい勝ち点3。あの場面には「3-1は完勝ではない」むしろ溜飲を下げる一勝だということが詰まっている気がした。
posted by 奥間店長 |14:39 |
FC琉球 |
2008年06月10日
高校サッカーの向こう側に
この時期、多くの都道府県がそうであるように、6月7日には沖縄でも埼玉総体の県代表が決まった。群雄割拠の戦乱を制したのは知念高校。昨年も決勝の舞台に進んでいたが、総体は初の優勝である。 積み重なる時間 今年度の我が母校は新人戦でベスト4に入り、NIKKEI杯招待サッカーでは遠野や滝川第二といった名門と対戦。総体はシードされ、今年はイケるのではないかと思った矢先、宜野湾高校に0-1で敗戦。結局、宜野湾は決勝まで勝ち名乗りを上げたが、仕事中に結果を聞いて多少のショックは確実にあったと思われる。 当時私が見ていた一年生は今大会の中心選手。というか、あのチームはほとんどが三年生だったので、一年生はベンチにさえいなかった。 時は必然に流れ、新人戦ではU-18JFA選抜に選出された上里率いる宮古高校に敗れるまで、負けていない。驚くべき進化。 ゴールデンエイジは目に見えて成長する段階だが、この年代もまた、ある意味精神的な変化に富んだ時期といえる。 そして人間的な厚みが増すと、なぜかサッカーは上手くなる。異なる切り口をサッカーに対して持つことで「面白み」は違う次元に高跳びするのである。 高体連やクラブユースなど関係なく、全てのカテゴリーにある輪廻の中で、また一つの時代が終わり、もしくは未来に目を閉じてまでも選手権出場を選択する今。 背を向けたくとも向けらない現実は、日を増すごとに大きくなり、自身の座標軸もこれまでとは違った形でサッカーを受け入れていく。 次の世代へ 東京に選手権のイスは二脚もいらない。ここ数年はずっとそう思ってきた。高校サッカーの歴史に燦然と輝く帝京高校の足跡よりも、それ以外のチームが激戦区、東京を戦い抜いてきた価値を全国で証明できない時代が続いていた。 ベスト8に駒を進めたのは1990年度の暁星高校が最後。国立も1988年度の暁星まで歴史を振り返る必要がある。西が丘を目指した東京代表は、どこかバーンアウト気味に選手権を去って行った。 だがこの悩みが杞憂に変わるのは、昨年の大会まで待つ必要があった。都立の星、三鷹高校の登場である。都立勢としては史上初のベスト8だった。 不確実な時間を越えて 三鷹高校は準決勝で藤枝東に敗れるまで、グラウンドの面積や部員数、そして進学校という環境がありながら、ハンデとして位置づけられる数々の要素を軽々と飛び越えているように見えた。 しかし、山下監督に聞くと、ベスト8までの道のりは極めて綿密に整理されたプロセスが存在した。普段のトレーニングはもちろん、体重移動際、踏み込む指先までも徹底的に鍛える。勝つ理由は、どこの場所に行っても必ず見つけ出せる。 そういった華々しい時間も、レギュラーのほとんどは浪人を余儀なくされた。リアルな高校生像が浮き上がる。 だが、彼らの歩いた道のりは、山下正人という強烈な個性の下、気がつけば次のステップへ移行するだけの確実な助走を取っていた。 「最近、(選手権出場チームのロッカーにカメラが入った)ああいうDVDがあるけど、私は最後の試合が終わっても感動する言葉なんて掛けたくない。それなら日頃の練習で言ってるよ。まあ、これから先もサッカー続けろよ、とは伝えますけどね」 成長の起伏と、幅が大きい中でサッカーが隣にあるということは、時間の流れを迅速に、そしてときに緩やかに促す効果がある。彼らの時代の変遷は、あまりに濃厚に進んでいく。 そう思ったのは、高校時代のチームメイトに子供が生まれたから。どう考えても信じられない。時代は変わり、俺たちも変わる。
posted by okumastore |01:15 |
SOCCER |
2008年06月04日
快勝の裏に潜む・・・ 日本対オマーン
顔を出す大久保 キリンカップの二試合から抽出された問題点を、洗練された形で表したのは大久保だった。 玉田の後ろに陣取り、シャドーストライカーとしての得点はもちろん、コンディションが悪いなりに動きの質も高かった。中央やサイドエリアで顔を出し、中盤のボールを引き出す動きを見せたと思えば、中村や松井の「仕事をする」スペースを作り出すランニングも続けざまに見せる。 オマーンのDF陣は3バック気味だったこともあり、中盤も含め誰が大久保を捕まえるのかという理解が最後まで統一されていなかった。 もちろんサイドの主導権も日本が握っていたこともあって、ほとんど5バックのような形になっていった。これによりオマーンの中盤は厚みを無くし、攻撃へ移行する機会も激減。最終的に日本のボール支配率は66.7%に達していた。全ては、大久保のスタートダッシュから始まったと言っていいだろう。 懸念されたアタッキングサードでの無駄なボール保持も中村を中心に、ボール離れを早くし、仕掛けるタイミングに合わせてコミュニケーションは円滑に進んでいる。3得点とも、質の高いフィニッシュだった。 ボランチの消化不良 気になるのは、ボランチと両サイドバック。遠藤と長谷部はこの日の結果以外のことを求められれば、フラストレーションが溜まる一戦だったと思う。 岡田監督は「今回は点をどうしても取らなくてはいけない試合だったので、ビルドアップのところでディフェンスからボールを受けてつなげる選手がほしいと。両方を考えたとき、ディフェンスのリスクを冒してでも、今回はこの組み合わせで行こうと考えた」と言及している。 このゲームでは中盤より前の段階でしっかりボールをつなぐという意図が確かに確認できた。遠藤も、決定的な仕事に絡むわけではないが堅実なプレーを選択している。 しかし遠藤よりも前で勝負したかった長谷部は、前方に大久保がポジションを取っているために「タテのポジションチェンジ」をスムーズに行えないという問題があった。 このゲームに関しては、三列目から攻撃に変化をつけなくとも得点を奪えたが、いつものように停滞する時間帯がありありと見える場面はどうなるのか。 これから先、オマーン戦のような布陣にする機会がないとしても、ボランチの選択は非常にデリケートな問題だと思う。 攻撃に直接絡めないサイドバック そして加地がいなければこうも攻撃に参加できないのか、と感じてしまうのが今の日本代表のサイドバックだ。 現在の駒野はディフェンス面に関しては献身的に消化するが、クロスの精度が良いとは到底思えないし、攻撃に顔を出すタイミングも遅い。 三点目を奪った中村も「欲を言えば、コマ(駒野)が右から走ってきてくれれば、パスを出すふりしてシュートというのもできたけど。それくらい連動していくともっといいけど、速攻みたいな感じだったからコマも上がれなかったと思う」とコメントしている。 オマーンのように誰がアプローチに出ていくかという共通理解がまとまっていないDF陣だからこそ、中村の個人技で得点に結び付いたが、相手によっては左サイドバックが中に思い切り絞ったり、中盤の選手がもう一人中村の背後からチェックにくる可能性だって十分にある。 もしかするとアウェーのオマーンでは厳しいプレスが当たり前かもしれない。攻撃の選択肢を増やすという意味でも、両サイドバックのタイミングのいい絡みは必要なのだが・・・。 長友はテレビで見るより、現場で見たほうがはるかに彼のストロングポイントを理解できる。運動量はケタ違い。1得点目の遠藤のCKを導いたのも長友だった。駆け引きも非凡なものを持ち合わせている。 しかし、国際経験の少なさから、いつもとは異なるプレッシャーの中で細かい足下のスキルや、利き足とは逆の左足のクロスで流れを分断してしまう局面が目立つ。 余裕のある予選を戦い続けるために アウェーでは気温の影響から長い距離を走るというより、ボールを動かし、ロングボールを蹴る時間帯も増えてくる。当然、巻や矢野のようなFWに合わせるクロスも質の高さが求められるはずだ。 次の一戦で勝ち点を奪うことができれば、2位以内は確実となる。その後タイやバーレーン戦は「消化試合」として位置付けられ、最終予選へのオプションを増やせる機会が増えるだろう。チームの連携は悪くはない。計算できる選択肢を増やすため、確実に勝利をつかみ、一つでも成熟に近づけるサッカーを期待したい。
posted by okuma店長 |00:27 |
NIPPON代表 |
2008年05月28日
感情をすり合わせる必要性 日本対パラグアイ
両者の中にあるもの 「後半、松井が入って裏を取れるようになったけれども、結局崩せずに点は取れなかった。どうしても点を取りたかったんですが、取れずに残念です」 パラグアイ戦終了後、岡田監督のコメントは、このゲームで変えのきかない存在感を示した中村俊輔の言葉とは極端に異なっていた。 後半、停滞するチームメイトを尻目に、中村は予想以上の運動量でファーストディフェンスに入り、ボール保持者へのサポートも徹底して繰り返す。このあたりが技術よりも決定的に成長している部分だ。だが、松井や山瀬は流れの分断を好み、1トップにする意図が当然感じられない展開になっていった。 「前半はできていたけど、後半は出ていく選手がいなかったり、ボールが回っていても選手が止まっていた。(中略)いきなりドリブル突破を始めて、そこで終わっちゃったら意味がない」 中村は気づいていた。コメントを見る限り、他の選手も何をしなければいけないのかという目的意識は持っていた。それでも、後半はやりたいことの輪郭さえ見えてこない。そして岡田監督はピッチ上とは異なる発言をしている。 コートジボアール戦とは組立ての質に差異はあるが、少なくとも前半の立ち上がり20分はパラグアイを完全に圧倒していた。中村を中心にボール離れも早く、イメージのシンクロは岡田日本発足後、一番と言っていい。闘莉王 の攻撃参加も緊張感を増幅させ、全体のコンビネーションの多様性も感じられた。 時間が解決し、ボタンの掛け違いが杞憂に終わることを信じたいが、いつまでもチーム内にダブルスタンダードが蔓延れば、戦術自体も衰退するだろう。 埋め合わせの時間 少しの綻びからチーム全体の矛先があらぬ場所に向いてしまうことは、多くの時間を消化できないナショナル・チームによくあることだ。 ドイツを目指した日本代表はボールをどこで奪うのかという意見が切り口となって、最後の大会では大きな溝をつくることになった。もちろん、選手間のコミュニケーション不足がそれを招いたとしても、大一番を前にしたトレーニングでは指揮官が明確な答えを持ち合わせてないことは明白だった。 中村と岡田監督のギャップ。そして中心人物となる選手のギャップ。松井はチームを覚醒させる意図を持っていない。しかし、チームを覚醒させる才能は保持している。 ターゲットとなるFWが選択できない今、なおさら前線も、中盤も関係なくポジションチェンジの質が求められる。一人がランニングや思考の停滞を招くと、確実に浮いていく場面は見られ、ドリブル以上にワンタッチコントロールの重要性が叫ばれるだろう。ボールをキープできるFWがいないからこそ、キープできるスペースを自分たちで作らなければならない。 あと数日後に迫るオマーン戦までに、全体の共通理解を今一度。 パラグアイという大先生 それにしても、パラグアイのディフェンスは素晴らしい。ドイツW杯ではその伝統的なディフェンスをこの目で見ようと、過密日程の中、わざわざチケットを入手し観戦した。そのW杯に出場したDFのニュエスやカニサなど、今回も能力の片鱗を魅せてくれた。 フィジカルではフットボールネーションと呼ばれる国々に劣るものの、組織で守ることを怠らず、しかし、リスクを冒しながらも一対一でボールを奪うタイミングはいつ見ても惚れぼれする。1.5軍だろうとなんだろうと、日本が学ぶべき教材は確かに目の前にあった。
posted by 奥間店長 |23:51 |
NIPPON代表 |
2008年05月26日
スタイルは見える。だが変化は見えない日本代表の姿
24日に行われたコートジボアール戦は岡田監督のやりたいサッカー、というよりもこれまで我々が見てきたような、あくまで日本人特融のサッカーであって、特に岡田イズムが反映された内容でもなかった。 最高の演出と、最高のボレー 前半の強烈なプレスが岡田的だと表現するメディアもあったが、後半を見てもわかるように継続性がないコンセプトを手放しに受け入れることはできない。W杯予選は相手が極端に引いてくる場合も多々ある。90分の中で、抑揚や緩急をつけて駆け引きを促すことは必然的に求められる。 逆に言えば、後半こそ岡田監督の手腕に期待したかったのだが、コートジボアールがギアをシフトチェンジした後ではアウェーの戦い方のような受け身の姿勢を崩すことは難しくなっていた。 日本の得点のシーンはスピードや判断のシンクロ、そして技術。すべてが高いレベルで共有された素晴らしいシーンとなった。 特に玉田のフリーランニングが始まるタイミングは、一気に大久保やボランチの二人をゴールへのイメージを膨らませることになる。 今野が松井からボールを貰った瞬間は、相手の左サイドバックのボロなどが同サイドをケアしていたこともあり、まだ長谷部へのパスコースは存在しなかった。 しかし、ここで玉田が相手を一旦ひきつけるランニングを魅せ、長谷部へのパスコースを「創って」あげている。 その後は、2トップのイメージがシンクロしたような大久保のスペースの後ろに玉田がフリーでクロスを合わせた。コートジボワールのコンディションが良ければ、追走している場面だろうが、今回はボールが来ることを信じて長い距離を走った玉田に軍配が上がった。 リーダー不在の日本代表 日本代表は移動もなく、コンディションはいいと判断できる材料は多くあったと思う。だが、得点後、特に後半に入ってからは日本の特徴の一つでもある献身的なプレーは影を潜め、数人で絡むポゼッションはもちろん、状況を変えるサイドチェンジさえ見ることは最後までなかった。 「テスト」と定義付ければそれまでだが、ペース配分を気にすることができるピッチ上のリーダーがいない。このゲームを見ての感想はこれに尽きる。とにかく前半はボールが落ち着かなかった。 当時の名波や中田などは90分をトータルで考え出す能力があった。リーダーとしての背中と、ピッチを俯瞰し、流れを感じ取れる選手はやはりマイノリティーに部類される。能力自体も先天的な要素が多く含まれ、努力では追いつかないものだ。 現段階で、メンバーリストの中にこの能力を期待していいのは中村俊輔だけ、と断言できる。経験に蓄積された戦術理解力と、有無を言わせぬ圧倒的な個人スキル。 局面だけではなく90分を見渡すことのできる選手が、特に中盤にいると、チームの印象はかなり違う。それはキャプテンシーとはまた違った部類のものだ。 海外組には培ってきた足下のスキルだけではなく、そういった部分への期待が大きいのだが、今回に関しては終始感じることはできなかった。 世界を驚かせるために このチームは事前合宿でも岡田監督が真っ先に着手したように、まずはディフェンスから入るチームになりつつある。 ショート・カウンターを武器に、相手の陣形が整わないうちにボールを素早く運ぶ、というイメージだ。 だが、それだけではW杯に行くことはできても、グッドルーザーとしてW杯を去ることはできない。世界に何の衝撃も残せないまま、場当たり的なサッカーで終わってしまう可能性は高いだろう。 玉田の得点のようなシーンが意図を持って継続的に起こるためには、ただガムシャラにボールを奪い、攻撃の起点を作るだけでは難しい。 攻守の流れを察知することで、「監督以上の監督」がピッチの上で流れを作る。次のパラグアイ戦は、すでに着目すべき場所は決まっているように思う。
posted by okuma店長 |00:44 |
NIPPON代表 |


