2009年07月21日
あのドイツでの夏。
審判が長い笛を吹き、日本の敗戦を告げた時、ただただ、圧倒的な喪失感と焦燥感が僕に押し寄せてきた。「やばい、やばいぞ。」8分間で3失点。考えてもいなかった現実を、いや、本当は長い間考えたくなかった、故意に目を向けようとしなかった現実を、目の前に突きつけられただけだったのかも知れない。 2006年夏、ドイツ。あの時、僕はいったい何を期待していたのだろうか。何を夢見て、何を求めていたのだろうか。 ベスト16?ベスト8?それとも結果じゃなくて、世界を唸らせるような、サッカースタイル?何の根拠も持たず、ただ盲目的に、少なくとも僕は、日韓ワールドカップでベスト16入りした日本代表に「それ以上」を期待していた。 2006年のドイツ・ワールドカップからもう3年が経った。 その間、アジアで結果を出し「神」と崇められた男は、本番でその自らの監督としての未熟さを露呈し、日本選手のフィジカルの弱さが敗因と吐き捨て、次の仕事地であるトルコへ旅立った。次に代表を任せられた大柄のボスニア人は、「日本化」をキーワードに立て直しを図った。見せるサッカーは少しずつ魅力的になり、アウェーでの大会でオーストリアとスイス相手にようやくチームとして、本当の意味で「戦える」、形らしいものが見えたその矢先、元ユーゴスラビア代表監督は病に倒れ、日本を去った。 そしてフランス行きの、史上初めてワールドカップのチケットをもぎ取ってくれたあの人が監督の座に座り、今度は僕たちを南アフリカへ連れて行く。4大会連続、ワールドカップ出場。本当に立派だと思うし、小学生の頃おぼろげながら見た、夢のような世界の舞台に、当たり前のように立てるようになった日本サッカーの成長ぶりはうれしい。本当に、うれしい。 これも、Jリーグをはじめとした、日本でサッカーに日々携わっている一人一人が、地方のリーグの無名のチームで、どんなに劣悪な状況でもボールを蹴ることを生業とする選手一人一人が、スタジアムに毎週行っても行かなくても、日々サッカーを愛する一人一人が成し遂げたことだ。これは日本人として誇りに思いたい。 ただ、今僕は次の大会で、何を僕たちの代表に期待すればいいのか分からない。ベスト4だ。グループリーグ突破だ。いや、まずはアウエーのワールドカップ1勝だ。色々な期待に胸を躍らせたい僕がいる。日本が青で染まった2002年。どこまでも突き抜けていけるような、何でも出来るような、そんな高揚感に包まれたあの日々を来年の夏、また味わいたいと思う。 一方で、心の一部はまだ2006年の失意の夏にいる。半袖を着はじめる季節になると、あの夏を思い出して胸の奥底がチクチクするのだ。今でも宮本選手が力なく下をうつむく横顔を、グラウンドに倒れ、足を押さえて痛みに苦しむ高原選手の眉間のしわを、柳沢選手の打ったシュートの軌道を、忌々しいが今でも鮮やかに思い出してしまう。 何かを信じたい、けど傷つきたくない。そんなジレンマに襲われたとき、一枚の写真をよく見る。2002年、仙台でトルコに負けた後、号泣している戸田選手の写真だ。試合巧者のトルコにあっさりと負けてしまった、あの試合後に見せた戸田選手の涙は、見るたびに心を揺さぶられる。意地、誇り、一生懸命さ、そして悔しさ。彼のような気持ちを、次の大会では代表一人一人から見たいのだと強く願う。 それはドイツ大会では、少なくとも僕にはほとんど感じられなかったもので、日本がワールドカップに置き忘れ、取りに戻らなければいけないものだとも思う。プレーを通じてそれらを感じることが出来た時、代表の成績は関係なく、僕はこの3年間悩まされてきたものから開放される、そんな気がしている。
posted by nysports |07:03 |
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