2008年02月22日
コソボ独立と、オシムと、日本代表と。
2月17日(アメリカ東部時間)、セルビアの自治区だったコソボが念願の独立を宣言。ニューヨークにある国連では緊急の安全保障理事会が開かれ、アメリカ、イギリス、ドイツなどいわゆる西側諸国が安保理決議1244に基づき独立を支持する一方、ロシアは「国際社会はこのコソボの独立宣言を無視するべき」であり、独立を支持する「アメリカなど勝手な見解は、ほとんど論理的ではない」(露・チュルキン国連大使)と、双方の意見は真っ向から対立した。 その後、ロシアと一緒に独立に反対していたセルビアの首都ベオグラードでは、21日、独立に抗議する国会議事堂への平和行進の最中、参加者が暴徒化し、アメリカ大使館の窓ガラスを割るなどの破壊行為に出た。何人かは建物の中に侵入し、建物に掲げられていた星条旗を燃やし、セルビアの国旗を代わりに立てた。警察の車に投石する若い男性たち、火をつけられ、燃え上がる車。 セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、モンテネグロ人、マケドニア人、イスラム教徒、アルバニア人・・・。ユーゴスラビアという国の制度の下、緩くではあるがまとまってあった各民族は、ユーゴ崩壊後声高々に自分たちの主張を繰り返し、多くの場合で異なる民族に強い敵対心を抱きながら、それぞれ国家として独立した。 それらの国家をどう自分たちの陣営として迎え、またバルカン地域においてどう自陣営の優勢さを確立するか・・・。この数日間は国際社会の微妙なパワーゲームを見せつけられ、また今日はべオグラードでの破壊行為で群集心理の怖さを思い知らされた。 それらの様子をテレビでつぶさに見ていて、日本で闘病生活を送っているイビチャ・オシムと、重慶で必死にプレーするサッカー日本代表を想った。 ナショナリズムから来る排他的行為を何よりも嫌い、かつては各民族に配慮して選考されていた代表選手を、「必要ならば11人全員をコソボのアルバニア人で揃える」と明言した旧ユーゴ代表監督のコスモポリタンは、遠い日本でこのニュースをどう聞いたのだろうか。今日べオで起こった暴動を、どう感じたのだろうか。 人間の愚行が引き起こす数々の、口にするにもはばかれるような、いたたまれない現実の数々。オシムは、それらを心の奥底に閉じ込めて、よりサッカーへの愛を深くし、そのスポーツの追求により自らの身を投じたのだ、と勝手ながら思う。 そんな大柄のサラエボっ子が、「日本サッカーの日本化」の先に、何を一番選手や日本の人たちに伝えたかったのだろうか。 彼の著書を何度も読み返し、言動を振り返ると、それは「リスクを恐れず、自分たちの持てる可能性を信じ、一瞬一瞬をサッカーに、そして仕事に、あるいは自分の信じた道を生きなさい」ということではないだろうか。「日本でサッカー監督になるというのは本当に素晴らしい経験だ。なにしろ24時間サッカー漬けの生活が出来る」という旨の発言を、オシムは一冊の本の中でしている(イビチャ・オシムの真実 ゲラルト・エンツィガー、トム・ホーファー共著、 平 陽子 訳)。 多くの日本人は、今日砲弾に倒れて死ぬか、朝起きて「今日も一日生きて過ごせるか」という心配をせずに、自分の「これだ」という道を一生懸命追求することが出来る環境にある。だったら、やってみようよ。せっかくやれるチャンスがあるのに、やらない手は無いよ、そう言っている気がする。 オシムが病魔に襲われる前、代表の練習を温かい眼差しで見守っていたオシムの柔和な笑顔を思い出す。2005年、ジェフが初めてナビスコを制覇、試合後選手達が大柄なオシム監督を胴上げしようした時の、嬉しさと驚きと、申し訳なさが同居したオシムの表情を思い出す。日本人の可能性を人一倍信じ、それを指導を通じて感じた選手たちの「懸命に学ぼう」という真剣な眼差しと態度に、日本の将来を見たのだと思う。だから自分の身を賭してまで、代表監督に就任したのだと思う。 正直、2010年が本当に、本当に楽しみでしょうがなかった。オシムが僕たちと一緒に世界を驚かせ、かつ今後の日本代表が追求するべき道を作ってくれる、と。 僕が未だそんな無いものねだりを繰り返しているとき、ピッチに立つ選手たちは現実をしっかりと見つめ、重慶でまた逞しさを増していた。確かに中国戦は途中で没収試合やボイコットにする手も考えなければいけなかったほど、試合環境は酷かったように思える。ペットボトルは投げつけられ、バスは囲まれ、小さな日の丸は焼かれたと聞く。 ただ、選手が見せてくれた「静かに燃やした闘志」には本当に、感服した。試合後、中澤選手がチームメートを熱い気合の入ったハイタッチで称えたシーンは純粋に感動した。岡田監督の、批判するところは批判した上で、リスクマネージメントを考えた相手へのコメントに、監督の円熟された人間性といい意味でのしたたかさを覚えた。今はただ、安田選手をはじめ、怪我をした選手の大事を祈るばかりだ。 日本代表はこれから勝ち上がるにつれ、様々な難しい場面に遭遇すると思う。最後の一秒まで、諦めないで走って欲しい。常に上への渇望を忘れずに、懸命にプレーして欲しい。それが日本サッカー界のために全力を尽くし続けた一人の人間への、最低限の責なのだから。
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posted by nysports |06:12 |
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