2010年06月24日
ワールドカップ南アフリカ大会13日目
短信⑤
アメリカ 1-0 アルジェリア
気持ちは前に前に行っているものの、選手の走る足はついにもつれていた。時計は91分を指し、スコアは0-0。試合は終始アメリカが支配するものの、意地のアルジェリアは最後の最後でゴールを割らせない。イングランドがスロベニアに勝ったため、決勝トーナメントに出場するには、アメリカは勝つしかない。正直「ここまでかな・・」と諦めかけた時の、ドノヴァンの決勝弾。勝負は決した。
2戦目の対スロベニア戦でも見せた、アメリカのこの恐ろしいほどの勝負強さ、言い換えれば最後の最後まで決して諦めない、折れずに戦い続ける気持ちはどこから来るのだろう。どう持ち続けているのだろう。とても興味深い。
心理学も巻き込んだ、スポーツ科学でトップを走るアメリカ、という側面もあるのだろうが、もう一つ、誤解を恐れずに言えば、常に流入を続ける、若くて才能のある「移民」と、そこで生まれる「競争」。その二つの要素が生きていく上で常に付きまとうアメリカの社会性も、それを説明する一因であると思う。
アメリカ人は常に競争にさらされている。一般社会においても、スポーツ界においても。自分と同じかそれ以上の才能の持ち主は、世界中から人間が集まるアメリカにはそれこそごまんといて、努力を怠るものは後から来る者に急激に突き上げられ、追い越されていく。
落ちていった人間はそれまで。何かを得るには努力を他人よりして、常に勝ち取らなくてはいけない、人から奪わなければいけない、そんなアメリカ社会。シュート1本、ヒット1本で、自分に対する評価は劇的に乱高下する。そこでしぶとく生き残り、競争に勝ち残ってきたアメリカの選手たちが体現するフットボールはとても粘り強く、何か起こしてくれるのではないかとワクワクする。
ドノヴァンは試合後のインタビューで言った。「We are alive-まだ生き残っているよ」。 サポータに向けて、そして走り続けてきたチームメートと自分自身に向けて。
決勝トーナメント初戦で、アメリカはガーナと相対する。アメリカが起こすジャイアント・キリング、再び。
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2010年06月23日
大会11日目の第3試合スペイン対ホンジュラス戦が終わり、これで全参加国が2試合ずつを消化。明日からはそれぞれが決勝トーナメントへ生き残りを懸けた、敗退が決まった国は自分たちの存在価値と誇りを賭して、グループリーグの最終試合を迎える。
南アフリカ大会のこれまでを振り返ってみると、内容はともあれ早く勝ち点3を取ること、特に初戦で勝利を収めることの重要さをとても強く感じた。フランスやイタリア、イングランドなどの「欧州強豪国」が何とか引き分けに引き分けを重ね、勝ち点1を積み上げることで決勝トーナメントへの道を辛うじて残す中、どんな形でも1つ勝った国は残りの対戦国との勝敗・勝ち点を計算しながら、比較的グループリーグでの日々を優位に進めている。
グループリーグ敗退濃厚、3戦全敗も有りうると言われていた日本代表が、カメルーンを破り勝ち点3をあげた初戦。0-3、0-5も有るんじゃないかと言われたが、強靭的な粘りと可能性を見せて、0-1で凌いだ、第二戦のオランダ戦。ここで僕は「日本代表とはこうあるべきであり・・」、とか「カメルーン戦で見せた、あんな守備的でつまらないフットボールでは、日本の将来は・・」というつもりは全く無い。
親善試合4戦連続で勝ち星が無く、かつ最終調整試合のジンバブエ戦ですらゴール無しの0-0だったチーム。日本代表は大会前に、現在のフランス代表のように空中分解しても全くおかしくなかった。そんな中、むしろ例え遅くとも自分たちの現状の力を注意深く見極め、現実的で戦略的な、なりふり構わず勝ちに行くフットボールに舵を切った岡田武史監督の決断は正解だったと信じているし、大陸の強豪がそろったグループEで生き残りを日々続ける日本代表の選手一人ひとりの力、チーム・マネジメント力は目を見張るものがある。
2試合を消化した時点で、イギリスの一部メディアは、日本代表の内容を「超退屈なフットボール」と評しており、また日本のサッカージャーナリストの何人かが、オランダ戦はともかく、初戦のカメルーン戦の内容をつまらないと批判している記事を読んだ。
その批判は、正しいのだろう。日本対カメルーン戦は、どう観ても美しい試合ではなかった。
僕はバルサのフットボールにずっと魅せられて続けてきた一人だ。勝負強さが欠けようとも、フットボールとは美しくある、もしくは楽しく、美しくあろうと努力を続けるべきだと思っていた。フィールドに立つもの全員が楽しくプレーし、フィールドに描かれるフットボールは美しく、相手をねじ伏せながら勝つ。これがサッカーに携わる者の理想の90分だと。例え負けたときも、僕たちのフットボールのほうが魅力的だった、そう自分に言い聞かせてきた節がある。
今は、美しさと勝ち点を天秤にかけ、勝ち点の方に重きを置くべき時もある、と強く思う。
勝負事である。勝たなければ何も始まらないのだ。勝ち、という結果で、チームがギュッとまとまる時もある。負けて「いや、俺たちのフットボールのほうが面白かっただろう」とうそぶいても、言葉は厳しいのは承知で言うが、ただの負け惜しみでしかない。
残るのは結果だ。FIFAのホームページに、全世界で発行される新聞に、勝利は残り続ける。世界を敵に回してでも、勝ち上がらないと分からないことがある。勝ち方を覚えてから、不細工でも結果を出してから、より魅力的な内容を追い求め始めても決して遅くはないように思う。
南アフリカ大会で日本代表は、日本代表を応援している僕たちは、世界での勝ち方を、試合運びの難しさと妙を体験し、自分たちのものにし始めた最中だ。それを吸収・消化した上で議論・検討し、より良い日本のフットボールを、より魅力的な日本代表をみんなで作り上げていけばいいじゃないか。
願わくば今大会日本代表が、美しくなくてもいいから少しでも勝ち続けることを。勝ち残ることで体験できる1秒1秒が日本フットボール界に還元され、それが将来フットボール選手を目指す子供たちのためにならんことを。
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2010年06月13日
大会2日目 短信③
イングランド 1-1 アメリカ
いい意味で予想を裏切られた試合。決勝トーナメント進出が有力視されている2チームだけに、今後のグループリーグの日程を考えても、バランスを重視し、あまり積極的に攻めない0-0もあると思っていたのだが、両チームとも攻守にわたり積極的に行き、今もてる力を出し切った。ここまでのベストゲームと見る。
素直にアメリカの健闘を称えるべき試合。オフサイドトラップ、サイドと中盤の攻守での対応を見る限り、かなりイングランドを研究し、この試合に照準を合わせてきたのだろう。その成果が今回の勝ち点1に結びついた。身体能力でも引けを取らない選手を最終ラインと中盤に置くことで、放り込まれるボールを跳ね返すことが可能であったし、玉際での1対1の競り合いも負けなかった。ジェラードの3分の先制点は集中力の欠如と、マーク受け渡しがきちんとできていなかったために起きた失点。
78分頃からイングランドに押し込まれ続けたが、そこで集中力を切らさずに跳ね返し、勝ち点1を持ち帰ったのは、次節の試合をより楽に進めることができる。また何よりも、優勝候補のイングランドを相手にここまでできたことは、選手一人ひとり、またチームの自信につながったのではないか。
あと、イングランドの失点の場面。やはりシュートは少し強引でも打つものだ、というのを改めて強く感じた。キーパーがボールを弾いたら、前に詰めているFWはそれを押し込めるし、何より今日の試合のようにキーパーがファンブルする可能性もある。それに加え、1対1での気持ち、姿勢も言及させてほしい。米国のサイドの選手は、名前負けせずに果敢に1対1を挑んでいた。勇気を持ってどれだけプレーできるか。日本代表も今日のアメリカの戦い方は参考にできるだろう。
最後にイングランド。ルーニーは決して悲観する結果ではない。けが人を出すことなく、最低限の仕事ができた。もちろん勝ち点3を取れれば御の字だったが、アルジェリア、スロベニアという対戦相手を考えると決して悪くはない。静かで、無事な船出だった。
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2010年06月13日
大会2日目 短信②
アルゼンチン 1-0 ナイジェリア
3-0,4-0もありえたこの試合。カウンターの精度をもっと高めなければいけない、メッシとイグアインはトップ・コンディションに持っていかなければいけない・・など、アルゼンチン・ファンの方は文句の一つも出るだろうが、まずは優勝へ向け、難しい初戦を躓くことなく勝ち点3と共に発進したことを評価してもいいだろう。試合開始直後、少し緊張のせいかボールが足につかないナイジェリアに対し前線からプレッシャーをかけ、一気に点を取りに行ったその獰猛さ、そしてそこで確りと先制点をもぎ取ったのは、さすがだった。
改めてテベスのゲームコントロール力と屈強な肉体、そして才能に胡坐をかくことなくフォア・ザ・チームに徹する動きには脱帽した。どうしてもメッシに目がいきがちだが、メッシがある程度自由に動けるのはテベスがいるからだといっても良いだろう。
そして、マラドーナ。グレーのスーツで決めた「神の子」は試合中立ちっぱなしでチームに指示を出し、鼓舞を続けた。ハーフタイムの笛が鳴り、選手がロッカールームに戻る途中、マラドーナがベロンに何か語りかけ、ディ・マリアの肩を抱いて、笑顔で労をねぎらった姿は、監督というよりもキャプテンのそれだった。マラドーナは、アルゼンチンの永遠のキャプテンであり続けるのだろう。
正直ナイジェリアは何度かチャンスを作ったものの、力不足は否めなかった。94年アメリカ大会で旋風を起こした「スーパーイーグル」(ナイジェリア代表の愛称)は、16年後ただのイーグルになって南アフリカを後にするのだろうか。
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2010年06月12日
大会2日目 短信①
韓国2-0ギリシャ。
韓国、完勝。両者ともアルゼンチンとナイジェリアとの対戦を控えて勝ち点3をもぎ取りたい初戦。韓国は前半7分に先制点を、52分にもパク・チソンが相手DFのパスミスをペナルティエリア手前で奪い取り、そのまま力強いドリブルからゴールを奪い、追加点。韓国は終始落ち着いて、自分たちのペースでゲームを進めることができた。MOM(マン・オブ・ザ・マッチ)にはチャ・ドゥリを推したい。4-4-2の右サイドバックに座り、縦横無尽にピッチを走り攻守の基点となる。中盤もしっかりと支配し、相手FW、MFに仕事を全くさせなかった。グループリーグ突破へ、これ以上ないスタートが切れた。
そしてギリシャ。コンディショニングの失敗か?前線の選手は身体を絞れていないのが見て明らか。選手は走っても遅く、距離も走れず。全体的にパスのスピードも遅かった。堅守速攻のチームにとって、選手が走らず、遅攻しかできないのは致命的。特にサイドは目を覆いたくなるほどの不出来。開いているスペースに走らない、もしくは走れないから、出し手はボールを出す選択肢がほとんど無かった。怖くもなんともないサイドパスを繰り返して出すのみ。後半途中までシュートゼロ。3人の交代枠を使い切った75分あたりから徐々に盛り返すも、迫力不足。グループリーグ突破はかなり難しくなった。
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2010年06月09日
年老いた私は、ただ「誇り」とだけ言います。誇りとは何なのか、という問いにはうまく答えられませんが、「誇り」は大切なものだと私は強く感じます。そして「誇り」とは各々が各々の生から死までの過程で手に入れるしかないものだ、と思います。ですから、もしかしたら現実はその子の首をへし折るかもしれませんが、私はその子を止めようとはしません。世界がその子の背骨を打ち砕くかもしれませんが、私はその子のことをとどめようとはしません。私は間違っているのでしょうか?
(近藤篤 著 「サッカーという名の神様」 生活人新書刊より抜粋)
チリ大地震が発生してからおよそ36時間後の2月28日夜、僕はチリのサンチアゴに着いた。初めての南米。サンチアゴは、先日までいたペルーの首都リマよりもヨーロッパ的で、重厚な建物が整然と並ぶ。アメリカのどんな都市にも似ていなく、また以前訪れたドイツのハンブルグやベルリンを思い出し、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。地震の影響で建物や教会がところどころ破損していて、街の公園や広場には断続的に起こる余震に怯えテントで寝泊りをする人の姿がいた。
空けて次の日、震源地により近いチリ南西部に向かった。途中、サンチアゴで見た地震の足跡が徐々にひどくなっていくのが分かった。高速道路のコンクリートは大きく裂け、穴がボコっと空いていて、遠くに見える橋のいくつかは完全に崩れ落ちている。CGやテレビの震災報道でしか見ることの出来ない光景が眼前で見せ付けられ、言葉をしばらく失った。
今回のチリ大地震では、地震自体の被害ももちろんそうだが、それよりも津波によって甚大な被害がもたらされたという。海岸沿いの街、ディチャトやトメ、ペンコでは、多くの家屋が津波で押しつぶされていて、海水が土や砂と混ざって泥となり、通りを厚く覆っていた。高台では緊急のテント村が作られ、そこは着の身着のまま、持てるだけ家財道具を持ってきた多くの人と物で埋め尽くされていた。話を聞くと被害は地震と津波だけではなく、避難して空になった家に泥棒が、時には隣町からやってきて、貴重品を持ち出し、その後放火をして家を半・全焼させられた人たちも多くいたそうだ。
見聞きした一般市民の生活状況は、過酷だった。電気ガス、水のライフラインは切断されたままで、国と自治体の配給は遅れに遅れた。スーパーは略奪にあい、通路や駐車場には逃げる際に落としたであろう商品が散乱していた。街では強盗が徐々に横行しはじめ、市民は自警団を結成し、通りにはバリケードを作って焚き火をたき、寝ずに自分たちの身を自分たちで守り続けた。僕も1、2度単発的に銃声を聞いた。
行った先々の街ですれ違った人達は、希望も少しは口にしていたけど、誰もが疲れ果てていた。天災で、そして人の手によってもたらされた、余りにもつらい現実。疲れと他人に対する疑心暗鬼、そして再び襲われるかもしれない地震にどう立ち向かって言ったら良いのか、そして理不尽に置かれた状況をいつまで我慢しなければいけないのか、分からないともがき苦しむ日々。
希望、というものを抱きたくても抱けない中、被災地ではチリの国旗を持ち、代表のユニフォームを着ている人を多く見かけた。「かっこいいね」と言葉をかけると、みんな親指を立てて本当に満面の笑みを、見知らぬ人間の僕にくれた。あんな素敵な笑顔は、今までほとんど見たことが無かった。国、自治体、他人。それらをも信じられなくなる状況の中で、家族と国への誇り、そしてチリ代表への愛情がほんの少しでも彼らを支え、癒していたんだろうな、と思う。
「自分のために全力でプレーすることがチームの利益になる」というプロ・アスリートの言葉を良く聞く。それは正論だと思う。ただ、国でも愛する人でも良いけれど、他人のことを思ってプレーすることが自分のため、自分の幸せになる時、人は限界を少し超えて、驚くほど頑張れるんじゃないかな、と僕は信じている。それが想像を超える、奇跡を起こせる力になるんじゃないかな、とも思う。
ワールドカップがあと2日で開幕する。ビエルサ監督率いるチリ代表は今大会、サッカーの勝ち負け・内容以上に大切なものを懸けて戦う。人間として、サッカー選手として、チリ国民として。彼らはみんなの希望と愛情を背負い、自分自身への誇り胸に一試合一試合戦う。彼らがどこまで勝ち進むのか分からない。けれども観ている人間の内側を強く揺り動かすプレーをするのは間違いない。
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2010年05月18日
試合終了を告げる笛が吹かれると、逆転を信じてやまなかったサポーターで膨れ上がったカンプ・ノウは騒然となった。雄たけびを上げ、ピッチの上で大の字になり喜ぶインテルの選手たち。顔を芝に突っ伏す、バルサの選手たち。
チームがバルセロナのテーマ曲を大音量でスタジアムに流すその直前、物凄いブーイングがインテルカラーの背広とネクタイを身に付けた敵将に浴びせられた。彼がベンチを飛び出し、人差し指を立て、右腕を天高く突き上げ、自軍のサポーターがいる一角に全速力で駆け寄ったからだった。
国際映像はジョゼ・モウリーニョが仁王立ちでサポーターに向けて「一番」の意味をこめた人差し指を作り、両腕を上げながらピッチで仁王立ちする様子を映し出した。監督を中心に出来る、歓喜の輪。バルサのテーマ曲は流れ続けた。
モウリーニョの目は大きく開かれ、手繰り寄せた勝利が未だに信じられないようだったが、一方でその表情は自分を信じ続け、今後歴史に残り常に人々によって語り継がれるような、大きな一つの仕事を成し遂げた男の表情だった。
ご存知の通り、バルセロナのカンプ・ノウで行われたチャンピオンズ・リーグの準決勝セカンドレグは、FCバルセロナが1-0で制したものの、2試合合計のスコアでインテル・ミラノがバルセロナを3-2で上回り、38年ぶりのCL決勝に進出した。
「美しいから勝つ」のか、「勝つから美しい」のか。モウリーニョがカンプ・ノウで見せたフットボールを、僕は美しいとは全く思わない。ただ同時にアンチ・フットボールと切り捨て、批判する気にも全くならない。昨シーズン、フットボールは「美しくなくては勝てない」と価値観を根底から覆したバルサのフットボールと、それに魅了された人々に対して突きつけた回答であり、その回答は恐ろしいほど完璧でもあった。
鋭いカウンターでバルサをズタズタにし、3得点で逆転勝利を初戦とは全く違った、自陣にこもりっきりで守りきった90プラス4分。被ファール後に、そしてゴール・キック時に見せた、インテルの選手がひたすら時間をかけてボールをセットする様を、「時間稼ぎ」と揶揄・非難する声もあるだろう。
ただ、そこには自分のチーム力を、相手よりも劣っていると冷静かつ正確に認識する力があり、それを踏まえた上で勝つための準備を周到に行う行動力があり、相手のほんの少しの弱点も見逃さない洞察力があった。もちろん机上の論理をしっかりと選手に叩き込み、ピッチに描くモウリーニョのカリスマ性と指導力も決して忘れてはならない。
記録か、記憶か。ロマンか、現実か。世のどのレベルの監督もその間でバランス取りに身悶える中、モウリーニョは徹底したリアリズムと、チャレンジング・スピリッツで迷わず「勝利」に舵を取る。それは余りにも真っ直ぐで、ある意味小気味良く、そしてその勝利に対する執念には、常に畏怖すら感じられる。
モウリーニョの歩んできたフットボール人生。彼の経歴を紐解くと、「3流の選手」と選手としての自分に見切りを付け、指導者としての道を歩んだ、自分と向き合い続けた日々であり、どんな時も力を証明しようと周りと戦った年月であり、自らの手で結果と違いを生み出し続け、一歩でも上に上がろうと天を睨み続けて来た一秒一秒だったように思う。
翻ってバルサはこの敗戦をどう受け止めているのだろう。より「美しく強い」フットボールを目指しつづけるのか、それともよりリアリズムを取り入れ、勝ちにより価値を見出すのか。勝負事である。勝ちたい、出来ればすべて勝ちたい。そう思うのがその世界に生きているすべての人間の思いだろう。
どう勝つのか。そして、どう負けるのか。バルサのフットボール・アイデンティティーそのものを、今回モウリーニョが再び問いかけたような気がしている。
posted by nysports |06:17 |
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2010年04月28日
バイエルン・ミュンヘンのトルコ人MFアルティントップが、4人並んだリヨンDFラインの裏のスペースにボールを通したその瞬間、この日ハットトリックを決めるイビツァ・オリッチが、爆発的なダッシュでそのスペースに抜け出し、キーパーの動きを見ながら左足を振りぬいた。
2-0。アウェーゴールも加味した2戦合計のスコアは、バイエルン5。リヨン0。
それは試合開始から66分。優勝候補のレアル・マドリーと同国リーグのライバル、ヴォルドーを退け「シンデレラ・ストーリー」とも喩えられたリヨンの挑戦が終わりを告げた瞬間でもあった。
試合開始から、バイエルンが主導権を握る。FWオリッチがサイドに開き気味に動くことで2列目からMFのアリエル・ロッベンが、アルティントップが、バスティアン・シュバインシュタイガーが、その強靭なフィジカルとスピード、そして巧みなボールコントロールで開いたスペースを有効に使う。試合開始2分にはいきなりチャンスが。オリッチがボールを持つ相手DF、クリスにプレッシャーをかけ、ボールを奪うと即座にセンタリング。バイエルンのFW、ミューラーが走りこみ、フリーでシュートを放つものの、ボールはゴール右に逸れる。
リヨンは4-2-3-1の布陣で中盤を厚くし、ビルドアップを図るものの、なかなかうまくいかない。9番リサンドロを中心にリズムを作ろうとし、センタリングまで持っていくものの、中々決定機を作るまでには至らない。逆に初戦をホームで1-0で勝ち抜いたバイエルンが、余裕を持って落ち着いてボールを回す。
とにかく両チームとも早い時間帯に1点がほしかった。リヨンは先制ゴールを上げることで得失点差を無くし、その後じっくりと、焦るバイエルンを攻略したかった。逆にバイエルンは先に1点を挙げることで、アウェーゴールを加味した合計スコアを3-0にし、試合をより有利に進めたかった。
10分ほど続いたこう着状態が終わったのは26分。左サイドでスローインを得たバイエルンはミュラー、ロッベンと細かくボールをつなぎ、再びミュラーへ。先制ゴールを決める絶好のチャンスを逃したミュラーは、相手ディフェンダーのプレスを背にして何とかボールをキープし、オリッチへ託す。それまでチャンピオンズ・リーグで4得点を決めていたクロアチアの機関車は、迫ってくる相手DFをオフ・ボール時の動き出しで交わし、体を反転させてシュートする。
バイエルン、先制。リヨンは残る64分で最低で3点取らなくてはいけなくなった。
しかし、ここでバイエルンが守備への意識を強めすぎると、ホームのサポーターの大声援を背に失うものが無くなったリヨンに攻めに攻められ、同点そして逆転される、ということにもなりかねない。2001年以来のCL決勝進出へ向け、バイエルンはリスクマネジメントを考えての戦術が求められた。
カウンターからの攻めは、どこか単発で、崩しきれない。リヨンの攻めを端的に言うと、こんな感じだろう。残念ながら怖さが全く感じられなかった。実際にバイエルンゴールを脅かしたのは試合を通じても数えるほどしかなく、右サイドからのセンタリングをバストスがダイレクトで右足ボレーし、ゴール右にそれたそのシュートが、この日最大の得点チャンスだった。
一方バイエルンは、後半から右サイドバックのラームをどんどん上がらせてゆく。まずは守備ありき。しかしこのドイツ代表のサイドバックは守備と攻撃を常に、しかも瞬時に天秤にかけ、攻撃に針が触れた瞬間、一気に敵陣へ走りこんでゆく。そこにバイエルンの監督、ルイス・ファン・ハールが早くスコアを2-0にし、リヨンの息の根を止めにかかっている意図がはっきりと見えた。
59分にオリッチに対するファールでイエローカードを取られたクリスが、審判に対する侮辱行為でレッドカードをもらい退場になってからは、リヨンはついに焦り始め、プレーに余裕が目に見えてなくなった。時にカウンターを仕掛けるものの、多くの時間、ボールはリヨン陣内で回され続ける。そして、66分には2点目を失い、76分に3点目を失った。終了のホイッスルを待ちきれずにお祭りを始める赤い一角を除き、スタジアムはシンと静まり返った。
そんなスタジアムがこの日一番の万雷の拍手で包まれたのは78分。交代でリサンドロがベンチに下がる時だった。
ここまで連れて来てくれて、本当にありがとう。お前なしでは、マドリーを破れなかったよ。来年、また一緒にここに来ような。そんな拍手だった。その後、ゴール裏のリヨンサポーターはフィールドに立っている選手たちを、本当に大きなチャントで励まし続けた。一体。チームが、人が、街がひとつになる。予算では劣り、戦力でも劣ると言われつづけたリヨンがジャイアント・キリングを続けてこれた理由のひとつを、垣間見ることが出来た。
それにしても、今年のバイエルンは手ごわい。戦略家のファン・ハールの下、才能溢れる選手が自分の役割をしっかりと認識し、バイエルンの伝統を胸に、汗をかくことを全く厭わずに伸び伸びとピッチを駆け回る。インテルやバルサの陰に隠れがちだが、マドリーのサンチャゴ・ベルナベウで優勝トロフィーを掲げているのは、ドイツの赤いチームの可能性も十二分にある。
posted by nysports |12:28 |
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2010年04月21日
バルセロナ・サポーターに言わせると、アイスランドの火山噴火の影響と主審のせいで訪れた、呪われた敗戦だろうか。翻ってインテル・サポーターに言わせると、後世に残るぐらいの快心の、完璧な勝利だろうか。もしくはポルトガル人監督、モウリーニョのプロデュースによる、イタリアサッカーの復権だろうか。
チャンピオンズリーグ準決勝第1レグ、インテル・ミランはホーム、サンシーロで昨年王者のバルセロナを鋭いカウンターから決めた2ゴールを含める、3-1で撃破。決勝進出へこれ以上のないスタートを切った。対してバルセロナはアウェーゴールを一つ奪ったのが唯一の収穫で、それ以外は全く得るものがない、悪夢のような90分を過ごした。
バルセロナは状態がこれ以上にないほど悪く、何も出来なかった。土曜日にエスパニョルとのバルセロナ・ダービーを終えての、中2日での試合。加えて一部報道によると、バルサはアイスランドの火山の影響により、14時間かけてようやくミラン入りしたそうで、選手のコンディションの悪さは画面を通じてすぐにわかった。何しろボールが縦に収まらず、普段見せる機械的まで正確なパスとトラップはずれにずれ、相手ディフェンスの網にかかり続けた。
メッシとイブラヒモビッチは試合から消え、シャビがパスコースが見つけられず苛立ち続けるシーンが数え切れないほどあった。逆を言えば、インテルがパスコースと相手のよさを消すことに腐心していたことがよく見て取れた。スペイン・リーグで得点王をひた走るアルゼンチン人にボールが渡ると、インテルの選手は全速力で2人、メッシへの対人守備に当たった。
メッシはメッシではなかった。コンディショニングに失敗したのは明白なのに加え、今シーズン試合という試合に出続けた疲れが出ているのかな、と思わせるほどその動きは緩慢で、普段では彼にとってはありえないような凡ミスも散見された。
DF陣は常に裏のスペースをつかれ、1・5列目~2列目から全速力で走ってくるインテル攻撃陣の背中を追っかけているようなシーンばかりだった。バルサの各選手は足に鉛をつけながら、歩いているかのような動きの鈍さに対し、インテルの選手は、飛び跳ねるようにピッチを縦横無尽に走り回った。それに加えて、ザネッティとルシオを中心としたディフェンスの鉄壁さと、最終ラインでボール奪取をした直後、スナイデル、エトー、ミリートが有機的に絡みながらのバルサディフェンスをズバッと射抜くカウンターは、とても見ごたえがあった。
バルサの先制ゴールを許すミスを犯したインテルDF、マイコンが前線まで出て行って決めた2点目と、エトーのセンタリングをスナイデルが頭で落とし、走りこんだミリートが決めた3点目は、インテルの、言い換えればイタリア・サッカーの魅力が十二分に詰まったシーンだった。
バルサの代名詞でもある、ポゼッションサッカーも、インテルの前には何も意味を成さなかった。この試合を通じてのボールポゼッション率はバルサ67%、インテル33%。ただ、この試合に関してはそのポゼッションは前向きなボール保持ではなく、「ボールを回す事しか」できず、「もたさせれて」いる、後ろ向きなボール保持でしかなかった。
ただ、バルサの肩を持つわけではないが、ポルトガルのベンケレンサ主審の判定に触れざるを得ない。試合を通じて、どう贔屓目に見てもインテル寄りの笛が吹かれたとしか思えない不可思議な判定が多かった。
象徴的だったのは後半40分ごろの、ペナルティーエリア内でスナイデルがダニエル・アウベスに仕掛けたタックルのシーン。明らかにアウベスに対する後ろからの、レイト・アタックであったのに、主審はブラジル人DFのシュミレーション(ダイビング)と判定。アウベスにイエローカードを提示した。PKだったとしたら3-2で試合が終わる可能性が高かっただけに、アウェー・ゴールを一点でも多く稼ぎたかったバルサにとっては鬱憤の溜まる判定であり、敗戦だった。
バルサのMFペドロとDFマックスウェルが少し溜飲を下げるプレーを見せたが、グァルディオラ監督が劣勢に立たされたにもかかわらず、62分にイブラヒモビッチを下げ、アビダルを投入しただけで、残る2枚の選手交代のカードを切っての状況打破が全く出来なかったのも、また議論されなくてはいけないだろう。
いずれにせよ、セカンド・レグでバルセロナはカンプ・ノウでインテルにアウエーゴールを与えず、かつ2点を取らない限り、決勝には進めない。火山と審判―外的要因があったことは否めないが、バルサは負けるして負けたに過ぎない。インテルはチームとしてバルサに勝っていた。内容でも、結果でも完敗だった。その事実が今、冷酷にバルサに突きつけられている。
チームとしての完璧なまでの完成度を見せる相手に、どこまでバルサはチャレンジできるか。ホームの大声援を受けての次の試合、言い訳は決して出来ない。
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2009年12月23日
2002年1月下旬、留学のためにフィラデルフィア国際空港に降り立った。自分を迎えてくれる人はもちろん誰もいなく、持っていた荷物がずん、と1キロ2キロ重くなった気がした。バッゲージ・クレームを出ると、窓の外には雪が積もっていた。生まれ育った街を思い出して何だかほっとしたと同時に、ホテルの予約一つすら上手く出来ない自分は、ものすごく小さい人間に思えた。
今では仕事のためにニューヨークに住んでいるけれども、3年間暮らしたフィラデルフィアはこれから生きていく上で大切なものを与えてくれた。今でも会うとバカ話をして笑える友人、今では妻となってくれた彼女との思い出、そして何か答えを出そうともがいていた日々。そんな沢山の思い出に包まれた第二の故郷に、いよいよメジャーリーグ・サッカー(以下MSL)16チーム目のプロサッカーチームが誕生した。
フィラデルフィア・ユニオン。そのチームの名前もぴんと来ないし、紺色が基調のユニフォームも正直、野暮ったい。エンブレムも垢抜けない。そもそも「フィラデルフィア」の名称なのに、実際は車で30分南西に行ったチェスター郡まで行かなければ行けない。チェスター郡にフィラデルフィアはない。あたりまえだ。
しかもサッカー専用スタジアムをホーム・スタジアムとして新たに建設すると大々的に謳ったものの、ホーム開幕戦まで間に合わない、とチームは早々に発表。バルサとマンチェスター・ユナイテッドがUSツアーで試合したアメフト会場で、結局大切なホーム開幕戦をやることになった。いわゆる拡張で誕生した、エキスパンション・チームなので、ほぼ1からのスタートである。北京五輪で米国代表を指揮した、ノワクが監督を務めるけど、戦力的にもやっぱり見劣りがし、連敗覚悟の厳しい船出だろう。
それでも。自分が大切だと思える街にサッカーチームが誕生したことは、何事にも代えることの出来ない素敵なことだ。
1993年にJリーグが誕生した時、僕は高校1年生だった。住んでいた街にはチームがなかったけど、サッカー部の長谷川君(彼は3年の時、僕の弱小高校を30数年ぶりに県大会のベスト8まで導いてくれた!!)が「小倉とリネカー、マジですげーから」、と天皇杯で見る日産の青いユニフォームが好きで何となく応援していた僕を口説き落とした。名古屋は開幕戦で鹿島に大敗し、リネカーはシーズンを通じて全く何も出来なかった。
小倉やカズ、リティーにディアス。北澤、武田、モネール、ビスコンティーにルンメニゲ。初めて見る、ワールドクラスの外国人選手に負けじと、自分たちの技と気持ちを負けじと見せる日本人選手の頑張りに、毎日興奮しっぱなしだった。けど、画面で見る駒場や国立、鹿島のサポーターの熱に触れるにつれ、蚊帳の外にいる自分がいた。寂しかったし、うらやましかった。その疎外感とちょっとしたコンプレックスは高校卒業後、進学のため移り住んだ千葉で、柏と市原に触れるまでの3年間続いた。
Jリーグが開幕した、93年。あの時、ホームタウンだった10都市に住んでいた人たち、特にサッカーが好きだったけど、その好きという気持ちを表現する所がずっと無く、それを与えられ、作り出した人たちは、どんな気持ちだったんだろう、と最近特に思う。きっと、とても幸せだったんだろうなぁ、と勝手ながら思う。
自分たちの住む街の名前が、順位表の一番上に見つけるときの、高揚感。負けてもなお、住む街の名前を連呼し、選手とチームを鼓舞するときの、一体感。そんな空気、雰囲気が、その後Jに加入したチーム、たとえJFLや地域リーグを持つ自治体に住んでいる人たちにも伝染し続けているのと同じものを、フィラデルフィアでの開幕戦で、しかもスタジアムのゴール裏で、感じてみたいと思っている。
posted by nysports |07:50 |
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