2006年09月16日

ダメ虎トホホ伝説 part I

セ・リーグはシーズンオフに入った(涙)

てなわけでオフ企画スタート
1987年から2002年までの16年もの間
1992年を除きすべてBクラス
そのうち最下位が10回という
超氷河期時代を経験した阪神
その頃のトホホなエピソードの数々を
振り返ろうという企画であります
今日はトレード・FA篇

この頃の阪神はグラウンドの中だけでなく
選手の移籍に関しても
他球団から格好の餌食にされていた
これから伸びるであろう選手を放出し
ピークを過ぎたおっさんを獲得するのが得意だった
80年代は長崎・柏原・田尾・金森らを次々に獲得
印象に残っているのは長崎の日本シリーズ満塁HRぐらいだ

90年代に入ってもわけわからんトレードを連発
ダイエーとの大型トレードでは
阪神から放出された池田がストッパーとして
大野久は盗塁王になるなどリードオフマンとして活躍
一方阪神に来たのは誰だったかしら?
4,5人ぐらい来たはずだが誰も思い出せない
なお池田氏は85年日本一時のエースにもかかわらず
引退後は阪神OBである過去を封印し
福岡にベッタリの生活を送っている(なぜ?)

次に野田⇔松永の1対1のトレード
野田はオリックスで最多勝を獲得
さらに1試合19奪三振の日本記録を樹立
松永はシーズン途中にケガで離脱
そしてその年のオフに
「甲子園は幼稚園の砂場」との名言を残し
FA宣言してダイエーへと去っていった

中日との2対2のトレードでは
関川が高打率をマークしMVP級の活躍
久慈は当時ショートを守っていた福留の
貴重なバックアップとして活躍
片や阪神に加わったのは矢野・大豊
矢野に関しては唯一といっていい成功例だ
大豊もそれなりには頑張った
だが最下位が確定した後の9月に
狂ったようにヒットを量産して
連続試合安打の球団記録を更新したといわれてもね

近鉄とは3対3の交換
そして北川は近鉄の優勝がかかった試合で
代打逆転満塁サヨナラHR!
球界の歴史に名を残すプレーヤーになった
阪神に加入したのは・・・(略)

他にも高橋慶・平塚・佐々木・広沢(自由契約)などが
阪神でステキな余生を楽しんでおられた

そして阪神がFA制度で獲得したのは
衰えはしたものの阪神では不動の4番石嶺
一試合たりとも投げずに契約金を持ち去った山沖
阪神に来なければ間違いなく200勝できた星野伸
これまたトホホな補強だ

そんな我が愛しのタイガースだったのだが
今では阪神の余剰戦力を他球団が
ヨダレをたらして欲しがるという状況
当時のことを思うとアンビリーバボーだ


posted by 管理人 |21:10 | ダメ虎トホホ伝説 | コメント(2) | トラックバック(0)
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Re:ダメ虎トホホ伝説 part I

イヤー、おっしゃるとおり、私も良く?おぼえています。過去には、江夏も田淵も出てからがんばってましたね。ところで、どうして金本が阪神にFAで来たのか?金本は、阪神のどこに魅力があったのか?金本は、たとえ一人でも阪神を変えられると思っていたのはどういう理由なのか?不思議だと思いませんか?

posted by 仰せのとおり | 2006-09-17 11:04

Re:ダメ虎トホホ伝説 part I

仰せのとおりさんありがとうございます
おそらく金本はひとりで阪神を変えられるとは
思ってなかったのではないでしょうか
成績そのものは低迷していましたが
野村・星野両監督の下で少しずつチームが
変わっていっていたのを感じていたでしょう
とくに意識面での変化は大きかったと思います
フロントの意識・選手の意識です
今の強い阪神があるのも
金本の力はもちろんのこと
こうしたチームの内側からの変化のおかげです

まぁ入団の理由はそれだけではなく
巨人の非公式オファーを2秒で断り
他の球団からの誘いもなかったからというのも
あるかもしれませんが

posted by 管理人 | 2006-09-18 03:18

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