2008年09月11日

誠の救世主

2003年 首位打者
2005年 打点王

今岡なくして、この両年の阪神優勝はなかった。

そして2008年、阪神は今岡なくして優勝を迎えようとしている。
もう大丈夫やんな

どっこい、間に合った!
今岡なくして今岡とともに優勝へ。
大丈夫大丈夫

浮き沈みの激しいプロ野球人生である。

吉田監督時代に阪神へ入団。
2年目に3割にあと少しの打率をマーク。

ところが野村監督を迎え、
「何を考えてるかわからん」と評され、ゼブラ(しまうま)呼ばわりされる。
数字も思うように上がらない。
2軍落ちも経験させられ、トレードのウワサも・・・。

ところがところが星野監督を迎え、
今岡は別人へと変貌をとげる。
1985年の真弓明信氏を彷彿とさせる核弾頭として、
チーム18年ぶりの歓喜の立役者となる。

2005年には岡田監督のもと、再びの歓喜。
不動の5番打者として146か147打点をマーク。
ちゃんと数字調べろよ・・・

ところがところがとk(略)、
2006年以降はケガと打撃不振により蚊帳の外へ。
今年もチームの快進撃とは裏腹に、
5月の下旬には1軍から姿を消したのだ。

「大減俸、もしくは戦力外?」
こんな記事もひっそりと踊っていた・・・。


そんななか、今日のドラマティックな復活劇。
久々に野球の試合見て汗をかいた。

鳴尾浜の灼熱の日差しで真っ黒に日焼けした姿に
胸をうたれた阪神ファンは少なくないはずだ。
真っ黒だから「しまうま」とは呼ばせないわよ
努力は決して裏切らないのだ。

とはいえ、プロの世界は甘くはない。
今日の活躍だけで↑の記事のような評価は覆らない。
さぁ明日もガンバレ今岡。

♪まーことのきゅーせーしゅー♪

posted by わたくし |22:21 | あぁ阪神 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2008年09月06日

「国交断絶だ」にぼやく

新日本石油に所属する田沢投手に対し、
ボストン・レッドソックスが獲得への興味を示しているとのこと。

日本のアマチュア選手が日本のドラフトを経ずに
メジャーリーガーとなることには賛否両論あるだろうが、
わたくしは「賛」かな。どちらかといえば。

アマチュア選手の国外流出を防ぐために、
「支配下登録選手枠を撤廃し、選手を出来るだけ抱え込む」
なんて意見もあるようだが、これには納得がいかない。

「選手枠を減らし、球団数を増やす、
あるいはマイナーリーグを創設する。」
わたくしはむしろこんな考え。


これはわたくしにはとても扱えない難しい問題。
「正解」が存在するようにも思えない。
それよりもむしろ・・・。

巨人・滝鼻オーナーの発言に呆れるばかり。


1.「そんなこと(ボストンが田沢獲得)したら国交断絶だ」

12球団あるうちの1球団のオーナーにすぎない彼が、
いつからこの国の外交交渉の実権を握っているのか?
この国の野球は我々(読売)のもの、という傲慢じゃないの。


2.「紳士協定(互いのドラフトを侵害しない)なんて破るためにある、
  なんて言ってくるだろうが、そしたら日本人メジャーリーガーは
  みんな引き揚げだ。」

毎年々々、日本の移籍市場を荒らすだけ荒らし、
他球団の戦力構成を混乱に陥れているチームのトップが、
「紳士協定」を語るなんて、ちゃんちゃらおかしいのでは。

さらに、きちんとしたルールに基づいてメジャーリーガーとなり、
個人の自由の基に「労働」している彼らを日本へ強制送還させるなど、
そんな強権をなぜあなたが発動できるのか?


3.「WBCだって協力しているっていうのに・・・。」

今すぐこう訂正していただきたい。
「1次リーグの日本ラウンドの興行権を握り、
 懐を潤わせていただくっていうのに・・・。」

納得いかんのなら興行権を放棄したらええやん。

たしかにWBCについてはMLBに対し物申したい点は多いけどね。


誤解しないで下さい。
わたくしが阪神ファンであり、巨人に3.5差に迫られているから
憤慨しているわけではありません。決して。決して。
↑こんなん書いたら余計に怪しいな

posted by わたくし |14:30 | プロ野球 | コメント(12) | トラックバック(0)
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2008年08月24日

星野ジャパンと結果論

いやー1年半ぶり
緊張するなぁ

以前このブログにお越しいただいたみなさんお元気かしら
あかんあかん
金鳥の甘利に手が古えて変換ミス連発・・・(嘘)


なわけで星野ジャパン
あぁ星野ジャパン・・・

一夜明け
報道等はあまりチェックしていないが
わたくし愛読の某スポーツ紙においても
非難のニュアンスを含んだ記事を目にした

日本のオリンピック報道においては
メダル有力候補選手(or団体)がメダルを逃したケースにおいても
「よくがんばった」的な報道をされるのが通例だが
やはり野球においてはそうもいかないようだ


「人情裏目」
こんな見出しが踊っていた
それが星野監督の選手起用を指しているのはいうまでもない

投手起用というのはホントに難しい
1点リードで9回ウラ
「ピッチャー古溝」 by中村監督
なんていう明快な(?)ケースを除いては
事前に「正解」など存在しない
結局すべては結果をもとに非難と称賛に二分される

とくに岩瀬のような絶対的な力量の持ち主の場合
抑えたら・・・「さすが岩瀬よく投げた」 ←投手への称賛
打たれたら・・・「なぜ岩瀬を起用した」 ←監督への非難
うーん
監督ってタイヘンだぁねぇ

だーがしかし
「調子のいい選手を起用する」
これ短期決戦の鉄則
前回のWBCにおいて
当時から絶対的なセットアッパーだった藤川だったが
アメリカ戦でサヨナラヒットを打たれた後は登板機会を失った
王監督は調子のよかった薮田-大塚の方程式を選択
そして歓喜の結末を・・・

あかんあかん
やっぱりこれは結果論?


「準決勝はダルビッシュ」
大会前から公言していた星野監督
結果はご存知の通り
準決勝には杉内を先発起用した

その起用は「正解」だったと思う
「調子のいい・・・」という上記の鉄則からして明白

だーがしかし
だがしかし
「準決勝はダルビッシュ」
なんて大会前に公言する必要がどこにあったのか?

「開幕投手は湯舟」
中村監督がレギュラーシーズンの開幕投手を公言するのとは
まったくもって意味合いが違うのだ
何が起きるかわからない短期決戦において
理想や型にこだわっているヒマはどこにもないはずだ

ただでさえ自尊心にあふれたダルビッシュ
前言を撤回された彼の心中は察するに余りある
ぜひとも気持ちを入れ替えて頑張ってほしい

結局
ダルビッシュは見切った
岩瀬は信頼し続けた
その結果・・・

あかんあかん
やっぱりこれも結果論?


そして
観戦していていちばん感じたこと

昨年のアジア予選や前回のWBCを見ていて感じた
「熱い何か」がまったく伝わってこなかった
ただなーんとなくプレイしているように見えて仕方がなかった
超一流のモチベーターである星野監督のチームとは思えなかった

あかんあかん
やっぱりこれも?


結果を見てあーだこーだいうのはホントに簡単である
じゃあどうすれば?

うん
目の前にある「結果」を受け入れよう
もう「結果論」は終わりにしよう

そして
気持ちを入れ替えて来年のWBCに期待しよう


オリンピックから野球が除外されてしまうのだ
WBCには権威ある大会へとぜひとも成長してもらいたい
とはいえ
アメリカ本意の対戦組み合わせや
理不尽な審判団の構成など
大会の運営がMLBの独壇場である現状では
そんなことは望むべくもないのだが

そういや
WBCの監督は一体だぁれ?

わたくしは当初・・・
金メダル獲得→星野代表監督勇退→2年後ヨミウリの監督に就任
銀or銅メダル→星野代表監督続投→WBCにてリベンジ
なーんて展開を予想していたが

メダルなしよ→?????
こんな展開は想像すらしていなかった(涙)


なかんだで
アディオス北京オリンピック

わたくしは今日の男子バスケットボール決勝
とっても感動しちゃった
試合内容はもちろんのこと
星野ジャパンを見ていて感じることのできなかった
「熱い何か」がビンビン伝わってきてとても興奮した
世界最高峰の戦いはこうでなくっちゃね
バスケネタを書こうかと悩んだぐらいだ

みなさんの心に残ったシーンは何かしら

posted by わたくし |20:57 | プロ野球 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2007年02月12日

ダメ虎トホホ伝説 part VIII

いつ終わるの? ドラフト篇(敬称略)


1993年 安達智次郎

う~ん
ひさびさの再開なのに
いきなりほとんど記憶がない投手やな・・・

たしか入団当初は
「豪腕左腕」だの「江夏2世」だの
チヤホヤされてたはずだ
まぁ安達にかぎらずいつものこと・・・

案の定一度もスポットライトを浴びぬまま
現役生活を断念し打撃投手として再契約

ところが!
そんな安達に救世主現る
再生工場長の名をほしいままにしていた超大物カントクだ
「もっぺんやってみぃ」

やってみたけどダメでしたトホホ・・・


1994年 藪恵壹(恵市)

本名は恵一
入団時に姓名判断を受け恵市にしたそうだ
藪にかわってわたくしからその姓名判断士に一言
「金返せ」

ルーキーイヤーに9勝
その後3年連続2ケタ勝利をマーク
負け数もいつも2ケタだけどね・・・
暗黒の90年代を支えた功労者だ

あの再生工場長をして
「うちの理想のローテーションはな・・・
 藪・雨・雨・雨・雨 藪・雨・雨・雨・雨や」といわしめた

清原との確執も有名だ
内角球を一切避けずに死球を稼ぐ清原に対し
「避けないヤツが悪い」と言い放ったアンタはエライよ

ある年のオフ
関西では知らない人はいない? 
超有名番組「トラトラタイガース」に電話出演
そこで酒に酔ったヤクザ司会者の恐喝により
背番号を4に変更させられたしたのであった

現在はメキシカン・リーグ(?)で活躍中
アナタの功績はダメ虎ファン永遠の宝物です・・・(ウソ)


1995年 山村宏樹

99年 退団 いきなりかよ
以前にも某巨漢投手のところで触れたが
その巨漢投手にイジメを受け自律神経失調症に陥ったのが
退団の原因だといわれているが果たして

ところが近鉄移籍後は別人のような活躍
2001年近鉄優勝にも貢献したのだ


ダメ虎を去った選手が活躍するのはいつものこと
ダメ虎のスカウトさんたち
アナタたちの目は節穴ではなかったのですよ・・・
そんなに自分を責めないで・・・ 余計なお世話

ひさびさなのでつかれました
次回へつづく・・・

posted by わたくし |13:03 | ダメ虎トホホ伝説 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2007年02月06日

どうしよ・・・

継続するか
閉鎖するか
思案中・・・

posted by わたくし |21:10 | その他 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2007年01月14日

あけましておめでとうございます。

しばらく放置してしまいましたが
近いうちに少しずつ再開しようかなと・・・

posted by わたくし |18:07 | その他 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2006年12月02日

ダメ虎トホホ伝説 part VII

ドラフト篇のつづきいってみよう(敬称略)


1989年 中込伸

まずは球団職員として囲い込んでおいてから
ドラフトで指名されたという阪神では珍しいケース

あの92年の確変イヤーに9勝をマークして
その後の活躍が期待されたのだが
度重なるヒジの故障により何度もメスを入れる
思うように勝ち星を伸ばしていくことはできず
積み重なるのは体重だけというトホホな現役生活
100勝には程遠いが100kgには到達することができた

体重の増加とともにガキ大将ぶりを発揮し始める
ここからはあくまでもウワサの域を出ない話だが
中谷めがけてケータイを投げつけ失明寸前に追い込んだり
イジメを受けた山村が自律神経失調症に陥ったりと
何かとダーティーなイメージが定着するハメになってしまう

結局2001年のオフに自由契約
その後は台湾球界にて現役を続行
現在は沖縄のクラブチームで監督を務めているようだ


1990年 葛西稔

「高校時代はあの大魔神の控え投手」
試合中に話題に困ったアナウンサーが
その度にこのフレーズを連呼していた
野茂英雄のハズレ1位指名として入団
同期入団のライバルたちがルーキーイヤーに大活躍
おかげで名前をもじった「クズニシ」という
なんともトホホなニックネームを頂戴するハメに

2年目には先発に定着
翌92年には開幕投手の座を射止めた
その後はリリーフに転向し活躍
「阪神のリリーフ=サイドスロー」の公式を完成させるのに貢献

そして現役生活のハイライトはやはり
「遠山‐葛西‐遠山‐葛西」のトホホな継投劇だ
ふたりはまさに一心同体
プロ野球チップスのおまけのプロ野球カードでも
2人1組にされてしまうなどホントにラブラブだった

引退後は投手コーチとして活躍
藤川球児のフォーム改造・大躍進の陰の立役者となった


1991年 湯舟敏郎

小池秀郎のハズレ1位指名として入団
ダメ虎はクジ運のなさもトホホなの
子連れルーキーとしてほんのチョットだけ話題になった

2年目の92年には左のエース格に成長
ノーヒット・ノーラン達成や2度の月間MVP獲得など
先発の柱として大車輪の活躍を見せた
だがシーズン終盤に故障した田村勤に代わり抑えを任されるが
大事なヤクルト戦で失敗するなど大誤算
これが優勝を逃した一因となってしまい
前半の活躍が霞んでしまうというトホホな湯舟さん

その後はダメ虎貧打線のあおりを喰い続ける
3年連続5勝止まりで2年連続リーグワーストの負け数を記録
「阪神にいなければもっと勝てたはずなのに・・・」という
きわめて数多い投手のうちのひとりとなってしまった

晩年はベースカバーに入った際に足を捻るなどトホホな現役生活
しかし2001年にトレードで近鉄入りして優勝を経験し
引退にささやかな花を添えることができた

その後は解説者として活躍
当初はMBSにいたはずなのに
いつのまにかABCに移ったのはなぜだろう ←関西ローカルネタ
焼肉店「牛若丸」の経営もしているそうだが
いまいちセンスのない店名はやはりよっさんに相談したのかな


1992年 萩原誠

高校時代は大阪桐蔭の4番として
全国の高校野球ファンにその名を轟かせていた
そんな彼がなんと阪神にやって来たではありませんか
ポジションはサードで背番号は31
「ミスタータイガース」の後継者として絶大なる期待を背負う

だがしかし・・・
やはり入る球団を間違えてしまったのか
その大いなる才能はプロではまったく発揮されず
挙句の果てによく知らない選手とのトレードで
近鉄へと旅立ってしまったとさ・・・


次回へつづく

posted by わたくし |22:42 | ダメ虎トホホ伝説 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2006年11月18日

天皇杯にぼやく

天皇杯は4回戦からJ1のチームが登場した
そこでJ1のチームvsJ2以下のチームの試合が数多く行われ
コンサドーレにアップセットをされたジェフ以外のJ1勢が
順当に5回戦へとコマを進めた

何気にトーナメント表を眺めながら1つ気づいたことがある
J1vsJ2以下の試合の会場を見てみると
秋田で行われたアルディージャのゲーム以外は
すべてJ1のチームのホーム(あるいは準ホーム)スタジアムだ
これってなぜ?

わたくし国内のサッカー事情にはあまり詳しくない
日本のサッカーのことを書くのも初めてだ
したがってその理由はわたくしにはよくわからないが
下部リーグのチームのホームスタジアムだと
キャパシティーに限界があり興行として成り立たないから?
それともJ1のチームが1つでも多く勝ち上がったほうが
やはり興行として成り立つから?

日本のサッカーを底辺から盛り上げようとするならば
逆に下部リーグのチームのホームで開催したほうが
J1以外のチームの地域密着にも貢献できそうな気がするのだが?
普段はお目にかかれないJ1のチームを
わが街で見ることのできる数少ないチャンスではないか
さらには番狂わせの可能性も少しは高まるだろうし
それによってトーナメントも盛り上がる気がするのだが?

とはいえ冷静になって考えてみると
4回戦にどのチームがコマを進めるかを
事前に予想・的中するのは事実上不可能だ
加えて3回戦終了から4回戦開始までの期間は約1ヶ月
やはり4回戦を下部リーグのチームのホームで
開催するのは難しいのかな・・・?

やはりわたくしの憶測だけでは話がまとまらないようです
国内のサッカー事情にお詳しい皆様方
ぜひこんなわたくしにお知恵を拝借させてください

posted by わたくし |00:39 | ワールドサッカー | コメント(6) | トラックバック(0)
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2006年11月15日

ダメ虎トホホ伝説 part VI

今回からはドラフト篇がスタート
日本一に輝いた85年以降のドラフト1位選手にスポットをあてて
ダメ虎のトホホな歴史を振り返ることにしよう
なお年度表記はドラフト指名年度ではなく
あくまでも入団1年目の年度を表すことにする(敬称略)


1986年 遠山昭治(奨治)

あの清原和博のハズレ1位指名として入団
ルーキーイヤーに8勝をマークするも
翌年以降はケガにも泣かされ目立った活躍はできず
90年のオフにロッテへとトレードされる
ロッテから阪神へとやって来たのは高橋慶彦
まだ伸びそうな若手を放出して
ピークを過ぎたベテランを獲得するという
「ダメ虎トレード」の被害者となってしまう
ロッテでも投手としてはパッとしないまま打者へ転向
ファームで才能が開花したと思いきや1軍では通用せず
97年のオフにあえなく自由契約となる

その後古巣阪神の入団テストに野球人生を託す
もちろん野手として受験するも首脳陣の目には留まらず
ところが阪神在籍時代のコーチでもあった一枝修平の一言
「ついでやからブルペンで投げてみぃ」
温情もあったのか投手として合格
その頃の阪神のリリーフ陣は
当時の投手コーチの古沢の意向によりみんな横手投げ
てゆうか彼が横手投げ投手しか指導できないだけ
遠山もまた強制的にサイドスローへと転向

99年野村克也のもとで復活を遂げる
強制的にシュートをマスターさせられたのが功を奏し
リーグ有数の左キラーとして名を馳せることとなる
遠山の名を背負った宿命なのか
新聞の見出しはこぞって「遠山の金さん」になぞらえたものだった
気を良くした本人も左肩に桜のタトゥーを入れ・・・(嘘)
ところが名を馳せすぎるのも困りもの
右打者を迎えると強制的にファーストを守らされ
「遠山‐葛西‐遠山‐葛西」というノムさん必殺リレーが完成
他球団の失笑を誘う哀れな継投に一役買うハメになる

02年のオフに惜しまれながらも現役引退
記録には残らないが記憶には間違いなく残る投手だった
だが優勝の翌年に入団し優勝の前年に引退だなんて
なんともトホホな話ではないか


1987年 猪俣隆

主に先発として活躍したサウスポー
同期入団の阿波野秀幸・西崎幸弘らとともに
「トレンディーエース」という今になって考えると
何ともダサいニックネームを頂戴する
92年の確変イヤーを支えた投手のひとり
翌93年には2ケタ勝利をマークするが
その後は故障もあり97年オフに自由契約
98年から2シーズンだけ中日に在籍(成績等詳細不明)

現役引退後は日本を飛び出しアメリカへ
メジャー挑戦? いえいえ
アメリカにて寿司職人の修行を始めたのだ
寿司なら日本でも握れそうなものだが
よほどダメ虎の苦いトラウマを忘れ去りたかったようだ
周囲から「元阪神」として見られる環境では
新たなチャレンジの障害になってしまうから
思い切ってアメリカで一から新たな道を歩みたかったとのことだ


1988年 野田浩司

入団当初から先発として期待通りの活躍
90年に2ケタ勝利を挙げ翌年には開幕投手を務める
着々とエースへの道を歩んでいるように見えたが
92年のオフに「ダメ虎トレード」の犠牲者になる
代わりにやって来たのが松永浩美
ご存知のように1年でダイエーへ移籍 トホホ・・・

オリックス移籍1年目に最多勝のタイトルを獲得
後に1試合の最多奪三振記録も樹立するなど
華やかな野球人生を謳歌することとなり
ダメ虎ファンのフロントに対する憎悪をより激しくするのに貢献する

引退後は解説者として活躍
関西を拠点に活動しているにもかかわらず
担当する試合はもっぱらオリックスのゲーム
やはりダメ虎への怨念は拭い去れないままなのだろうか・・・


番外編 1982年 源五郎丸洋

パンチョ伊東がその個性的な名前を読み上げた瞬間
ドラフト会議の会場には一斉にどよめきが起こったそうだ
「誰だそれ?」
「阪神の隠し玉か?」
「それって本名か?」
聞くところによるとかなりの速球派で
将来を嘱望されていたとのことらしい

ところがルーキーイヤーのキャンプでいきなり大ケガ
結局一度も1軍のマウンドに登ることなく現役引退
その後はスポーツ店を経営するもすぐに閉店したらしい

この頃わたくしはまだ小学生だった
もちろん阪神ファンのわたくしではあったが
2軍の選手についての知識・情報は皆無なトラキチ少年だった
容姿・風貌については言うまでもなく微塵も覚えていないが
それでも源五郎丸の名だけは鮮明に記憶に残っている
入団時の期待度の大きさと個性的な名前のインパクト
それとは対照的なきわめて寂しいプロとしての実績
このギャップもまたダメ虎のトホホな歴史といってもいいのかも


監督篇同様に長期化が予想されております
次回につづく

posted by わたくし |23:02 | ダメ虎トホホ伝説 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2006年11月14日

「巨人が強くないと野球が盛り上がらない」にぼやく

プロ野球人気についていろんな意見が交わされている今日
そのなかの代表的な意見が「巨人が~」である
はぁ・・・
いつまでそんなこと言ってるのかなぁ
球界のご意見番として今なお影響力を保持している
星野仙一氏までもが常々こう仰っているのだが
それを耳にするたびに心底ガッカリさせられる

ホントに盛り上がる?
確かに凋落の一途をたどっているTVの視聴率は
回復を見せるのかもしれない
でも考えてみていただきたい
それは決して野球の盛り上がりなどではない
単にメディアが盛り上がるだけの話ではないか?

そもそも視聴率低迷にしても
それを野球人気低迷と結びつけるのはおかしい
だって全国中継されるのって巨人戦オンリーなわけだし
単に巨人ファンが愛すべきチームの体たらくに
愛想を尽かしたっていうだけの話では?
良識あるプロ野球ファンの方は
もう何年も前から民放の中継にはソッポを向いてるはず

話を戻そう
巨人が今後強さを回復したとしよう
するとメディアはここぞとばかりに巨人に偏向する
民放各局はまたしても巨人戦を奪い合う
そうしたメディアの盛り上がりが巨人の懐を潤わせる
一方他球団の経営はより一層巨人依存型になる
収入の格差はみるみるうちに大きくなる
チームのスター選手を繋ぎ止められなくなる
財布のヒモが緩くなった巨人が有力選手を買い漁る・・・

などなど
いくら今日の腐敗したメディアが盛り上がったところで
野球界には何一ついいことなんてありゃしない

ホントの意味でプロ野球が盛り上がるには
巨人が単なる12分の1になることが必要だし
メディアが良識ある報道をすることが必要なのだ
メディアは分け隔てなく12球団を取り扱い
とくに民放は12球団の試合を全国中継する
そうすることにより収入格差を無くす・・・
な~んて有り得ない話なのは承知の上なんだけどね
おそらくわたくしがこの世から去るまでに
12球団の試合が民放の地上波で全国中継なんて
実現しないだろうなぁ

要するに
巨人に頼らないプロ野球界
腐敗したメディアに頼らないプロ野球界というのが
理想なのは言うまでもないことなのだが
それが単なる理想論であって
実現性は紙のように薄いというのも
わたくし自身しっかりと認識している

じゃあどうすればいいのか?
もはやわたくしにはわからない
問題提起だけしておいて解答を示さないという
きわめて無責任なわたくしである
しかし言い訳をさせていただくと
巨人が球団経営の方針を抜本的に変えるなんて
まず有り得ないでしょ?
民放を中心とした腐敗したメディアが良識を取り戻すなんて
もっと有り得ないでしょ?
巨人とメディアの改革なくしてプロ野球界の成長なし
つまり成長は望むべくもない・・・

最後にひとつ補足させていただくと
ここで言う「プロ野球の盛り上がり」とは
あくまでも全国規模の盛り上がりという意味である
地域的には現状でもいろんなところで盛り上がっているし
観客動員を伸ばしている球団も少なくない
ただやはり日本一のメジャースポーツとして
国じゅうを巻き込んで盛り上がってほしい
という意味でのお話でございます

posted by わたくし |18:20 | プロ野球 | コメント(11) | トラックバック(0)
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