2007年07月23日
事実は一つ。勝ったということ。
前々回の日本代表戦(対ベトナム)から、私の観戦スタイルは少々変わりました。今までは、ただ漫然とテレビを見つつ、柿の種を食べつつ、ぶつぶつと文句を言いつつ――といった、一般のサッカーファンのスタイルとさして相違ないものだったでしょう。 ターニングポイントは何といってもブログの設立。 せっかく代表戦があったのだから、それを記事にしない手はないということで書いたのが先日の記事でした(反省点の多々ある記事ではありますが)。 プロのライターとの比較!『シロウトの見たベトナム戦』*前編 プロのライターとの比較!『シロウトの見たベトナム戦』*後編 観戦スタイルとしての変化は、柿の種とビールにPCのキーボードが加わった点です。ピッチ上で起きた現象のなかで、私の目に入ってきたものをメモしておくという点。 単なる受動的ないちサッカーファンだったのが、情報の送り手としての意識をいっちょまえにも持ったと言う点。 これもオシムの言うところのポリバレントだ、なんて全然関係ないことを思いつつ……先日のオーストラリア戦もキーボードを前に観戦を始めたのでした。 さて、いま改めてその文章を見てみると、試合開始からずっと書き連ねてきた文章のなかで、二つの得点シーンの文章がいちばん素っ気ない。 で、その理由は明白です。オーストラリアの得点シーンでは、非常に悔しかったからで、もう一方の日本の得点シーンでは、非常に嬉しかったから。どちらのシーンでも私は、得点によって生まれた衝撃が原因で、我を忘れていました。 後半24分。ビドゥカを下げたことでセットプレーの脅威は少なくなったのかな、なんて考えていたら、その裏をつくかのような低く速いボールがコーナーから飛んできて、今まで抑えていた日本ディフェンス陣を落胆させるに十分なゴールがオーストラリアに生まれます。 がっかりしましたね。何しろ、レポートに記されている文は、たったの一行。「コーナーから決められる」だけですもの。 その10分前のことですが、後半15分にオーストラリアはビドゥカ→キューウェルという交代をしています。 この部分の文章は「一見疑問符のつく交代かもしれないが、パワープレーよりも前線での活性化を図ったのだろう。実際、ビドゥカは中澤によって無力化されていた(それでも一瞬のスキをついて点を決められるかもしれない、という怖さはあったが)。そんなビドゥカを代えることによって、“日本を知っている”アーノルド監督は、選手たちにメッセージを示したのかもしれない」となっています。 結果からみれば、この交代は成功だったのかもしれません。何しろ、一点が決まったのだから。 決まった直後の私は、かなり落胆していました。この本気のオーストラリアに残り20分間守り続けられたら、日本はゴールまでの道筋をこじ開けることは厳しいのではないか、と。 直後の後半27分、わずか3分後のことでした。日本が同点ゴールを決めてしまうわけです。 がっかりしていたこともあってこのときの私は、これは記事を書く者として失格なのですが、あまり画面を集中してみていたとは言いがたい状況でした。だから、ゴールシーン直前の日本代表の動きはあまり把握していません。 単に、「あ、入った!」という感じでした。 この時の私の喜びようといったら、それはもう常軌を逸していると表現しましょうか。 必然的にメモも、先ほどよりはマシですけれども、かなり素っ気ない上に間違っている。まるでゴールが決まったとは思えない文章で、「中村からの長いパスを高原が個人技で切り返し、同点」ですもの。中村俊輔からのパスを受けたのは巻ですし、巻のボールをDFがクリアミスしたところを高原にボールが渡り、そこから生まれた得点ですからね。 私の浮かれっぷりはともかくとして、失点直後から落胆していた私とは対照的に、選手たちは強い意思をもって同点へのイメージを描いていたというわけです。 ゴールを決めた高原選手のコメントを見ても、落ち着いた上で「やってやろう」という意志があったことが見てとれます。 「(ゴールシーンについて)オーストラリアのビデオを見たときに、簡単にキックフェイントに引っかかっていた。今日も切り返しにたくさん引っかっていた。ここぞというところで、ああいうプレーができてよかった。失点した後にまだ時間があったし、まずは同点に追いつくことを考えた。早く追いつけたからこそ勝てたと思う。流れが悪くなるところを持ちこたえられた。」 また、中村俊輔選手もまさにプロフェッショナルな意志をもって失点直後の試合運びを考えていたことをうかがわせます。 「あの(失点直後の)時間帯は勝負のパスをどんどん入れないといけない。そうしないと、守備を固めてカウンターという、相手のペースになってしまう」 同点、そして逆転――とまではいかなかったにせよ、延長を戦い、その後に控えた心理戦でもあるPK戦に勝利した日本。 オシム監督が表現しようとしている日本のサッカーはまだまだ発展途上でしょう。気候条件、相手の守備、10人対11人などの要素を考慮にいれてなお、120分で勝ちきれなかったという点で不満を抱く見方も当然ありますが、それについてはオシム監督の会見での言葉を引用しましょう。 ――オーストラリアの選手が1人退場し、日本にアドバンテージがあったのに、なぜ120分で勝てなかったのか? オシム監督「なぜなら、私たちのサッカーが完成の域に達していないからだ。(中略)サッカーは足でやるスポーツなので、よりボール扱いが難しい。それほど正確なパスを出せるなら、もっと楽に勝てるのだが。(中略)それよりも、われわれの内容がよかったことを、もっと見てほしい。いつも心掛けているサイド攻撃は機能していた。オーストラリアに優秀なGKと優秀な4~5人のDFがいたことは、われわれの責任ではない。それに疲れもある」 続けてオシム監督はこのように述べています。 「1人退場で少なくなるのも、サッカーにはつきものの事件であるから、われわれの側に責任があったわけではない。それに少ない方のチームが、モチベーションを強めて、しっかりしたプレーをすることもある。むしろそれが普通だ。人数が1人少ない方が勝つことだって、世界中のサッカーではよくあることだ。(中略)それにオーストラリアにはキューウェルが途中から入ってきたし、1対1で勝負する選手もいた。個人的には、日本がこの試合でしたこと以上に何ができたか、ということを教えてほしい。退場者が出る前も、出た後も、日本の方がいいプレーをしていたことは事実だと思う。ひょっとすると、別の見方ができるのかもしれないが」 これらのコメントは、オシム監督でなくむしろ記者の側から出こなければならないものなのでは、と思いました。 「お前らは本来この部分を見るべきじゃないのか」とオシムは言っているような気もします。直後にオシム監督は会見で ――守備が非常によかったが、中澤と阿部が非常によい仕事をしたのでは? 「専門のジャーナリストがそうおっしゃるのなら、信用するしかない。ありがとう」 などと答えていますしね。 オシム監督のコメントは、結局は会見上での言葉でしかありません。 実際に起こっている現象はピッチの上のものですし、そのためのキーワードがあるとすれば、それは会見でなく練習にあるわけです。その様子を詳しく見ていくことが、次のサウジアラビア戦を展望する上での最も重要な要素になることは間違いありません。 ただし、私たちが見て分かることは当然、サウジ側にとっても見て分かることでしょう。だから本当の意味でのチームの姿は見えないし、見せちゃいけないのだとも思います。 なので今はただ、チームの中での成熟度をどんどんと上げていってほしいですね。 この大会の順位がどうなるかはまだ分かりませんが、それが出てから色々な部分を見ていけばいいんじゃないかな、と思っています。 さて、次はサウジアラビア戦。オーストラリアより勝てる確率が高いだろうと私は思うのですが、オシム監督の選手に向けて言った言葉を引用して記事を終わります。 「昨日はもっといいプレーができたはず。もう一度気を引き締めて臨もう。まだ大会は終わっていないんだ!」 オシム監督、説教連発!選手名指しで課題指摘(スポーツ報知)
posted by nori |21:44 |
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