2008年01月22日

ノーコンテストにする意味は?

 大晦日に行われた三崎和雄vs秋山成勲の試合がノーコンテストになったそうですね。しかし、この判定は審判に処分を科さない程度の微妙な判定だったそうです。それをノーコンテストにする意味はあるのでしょうか。


 私はそこまで格闘技に詳しいわけではないので、反則に該当するかはここでは書きません。反則とされたからには反則なのでしょう。


 ただ、試合の裁定は審判に委ねられるべきではないでしょうか。野球でもサッカーでも、審判の判断は絶対であり、最終のものです。試合後にノーコンテストになることなど、ハンドボールの中東の笛問題でもない限り、ありえません。


 審判の裁定が間違っていたのなら、審判を処分したり、教育を徹底すれば良い話です。クレームを受けてノーコンテストにするようでは、大会の運営に支障をきたすのではないでしょうか。


 今回の試合が行われた大会は1度限りのものでしたが、この試合のことだけ考えればいいというものでもないでしょう。K-1の選手も参加しており、K-1の試合と混同されてもおかしくないと思うからです。


 そもそも、K-1は以前から大会運営のあり方や、ルールの曖昧さが指摘されることが多いような気がします。格闘技は興行であって、スポーツとは少し違うのかもしれません。しかし、近年では格闘技にも競技性が求められているのではないでしょうか。このような主催者のさじ加減による試合結果の変更は、よほどのことが無い限り行われるべきではないと思います。

posted by noraneko |21:29 | その他 | コメント(40) | トラックバック(1)
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2008年01月22日

野球革命的ヨタ話

 最初に言っておきますが、完全なるヨタ話です。なんで、軽い気持ちでお読みください。


 卓球の四元選手が奇抜なユニフォームで話題になってましたね。テーマはジャンヌダルク・卓球革命だったそうです。卓球の地味なイメージを覆すために、これからも話題を提供して欲しいですね。


 翻って野球では、新庄選手の襟を認めなかったり、ユニフォームの個性化には積極的ではありません。本当にそれでいいのでしょうか、今や猫も杓子も個性、個性の時代。野球がナウなヤングにバカウケなスポーツになるためには、もっとはじけていいと思います。


 ユニフォームの着こなしはある程度自由にするとか、有名デザイナーにデザインを依頼するとか、機能美よりも様式美を追求しましょう。ただ、これだけでは限界があると思います。着こなしが崩れすぎるのは、好きではないですし。


 そこでこの記事の目玉、野球革命というべき提言をします。ズバリ、「NO・ヘルメット!」


 最近の野球選手は、ノムさんの小言もなんのその、高校時代に失った軽い青春や髪の毛を取り返すごとくオッサレーになってます。イカス男は女性ファンへのファンサービスとして活かすべきでしょう。しかし、ヘルメットは選手の顔を隠してしまいますし、髪型による雰囲気イケメンも台無しになってしまいます。


 もちろん今のままでは取るのはムリです。ボールをやわらかくして・・ダメか。せいぜいナイトゲームで帽子を取るぐらいかなあと思いました。


 ところがどっこい、素晴らしいアイデアを思いつきました。ヘルメット型カツラ。コレです。


 ヘルメットとしての機能は維持しつつ、髪型を乗っけることでさりげないオシャレを演出できます。選手はもちろん、髪の薄くなったおじさんファンでも、球場に来るときはヘルメットカツラで華麗にきめることが可能です。


 どうでしょう、これが実現すれば真の野球革命ではないですか。将来、これをかぶってプレイする選手の姿が目に浮かびます。


 以上、くだらない妄想でした。最後までお読みになってくれた方、ありがとうございました。

posted by noraneko |20:54 | 野球(ヨタ話) | コメント(7) | トラックバック(0)
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2008年01月22日

大学野球に光を

 今日は割とヒマなので、ホントはヒマじゃいけないんですけど、とにかくヒマということになっているので記事を大量にアップしています。ブログ祭りです。シャー、おにゃー。昨日から数えて5(6)つですから我ながらヒマですね。しばらく戦闘不能になりそうですケド。一覧にありすぎてウザイかもしれませんが許してちょんまげです。


 では、本題に入ります。最近ハンカチ王子こと斎藤佑樹投手の登場により、大学野球がアツいですね。しかしまだ、沸騰するほどのモノではなく弱火ぐらいだと思います。


 昔は大学野球といえば、プロ野球以上の人気を誇っていたらしいのですが、今では高校野球の後塵を拝す状態です。これを何とか復活できないもんですかね。


 大学野球の人気がイマイチなのは、スターの不在が大きいでしょう。マー君も中田も佐藤も、甲子園で有名になった選手は大学に行かずプロに入っちゃいますからね。でも、これをとめるのはムリでしょう。


 しかし、高校野球のスター選手だって中学で注目を集めたわけではないのですから、大学野球でできないことは無いでしょう。レベルだって高いわけですし。


 その手段として、甲子園規模の大会を開けないでしょうか。今の全日本大学野球選手権や明治神宮大会を超えて、日本全国の注目を集めるような大会を開けば、甲子園の熱気に近いものが得られるのではないでしょうか。


 現実問題、東都リーグや東京六大学等、東京に強いチームが集まっているため、地域対抗戦にはしにくいですし、リーグ戦があるのにこれらの大学中心で一発勝負の大会を作っても緊張感が保たれるのか、とか問題は山積みでしょうが何かいい方法はありませんかね。今ある大会をどうにかして大きくするしかないでしょうか。


 大学野球が注目を集めれば、それだけスター選手が増えます。甲子園のようなスターシステムを大学野球でも実現できれば、メジャーに出て行くスター選手の補完をよりスムーズにできるでしょう。大学野球の復活で、プロ野球の活性化してほしいものです。そのために、大學野球に、もっと光を。

posted by noraneko |12:46 | 野球(普通) | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年01月22日

ビッグクラブの必要性

 最近、浦和がビッグクラブ化の道を進んでいるようですね。このことに関して批判もあるようですが、基本的には肯定的に受け止められている気がします。私もビッグクラブ化は必要だと感じているので、この流れは歓迎すべきと思うのですが、ではなぜビッグクラブ化は必要なのか自分の考えを少し整理したいと思います。


 浦和のビッグクラブ化を語るとき、比較対象として用いられるのは欧州のビッグクラブではなく「巨人」である場合がしばしば見られます。競技としての性質や、リーグの形態の異なるチームを比較対象にするべきではないかもしれませんが、海外の事情も国内と異なる部分が多いでしょうし、国内で他に比較しやすいクラブも無いので問題ないでしょう。私が海外のビッグクラブより、巨人の方が知識が多いということもある為、ここでは巨人あるいはプロ野球との比較で考えたいと思います。


 まず、浦和のビッグクラブ化が歓迎される要因として、「目的」が挙げられます。巨人が日本一(あるいは小規模なアジア一)が目標であるのに対し、浦和の目標はアジア一、最終的には世界一です。この目標を達成するには、大規模な補強によるビッグクラブ化が必要不可欠であることが、批判の多い巨人との大きな違いでしょう。日本一が世界一に比べて矮小な目標かは、競技ごとの選手の心情等に委ねられるべきとは思いますが、一般的には後者の方が応援する気がおきると思います。


 そして、私が最も大きな理由と考えるのは「地上波放送」の必要性です。地上波放送されれば、積極的に見る人しか見ない競技から、消極的に見ることもできる競技になります。それは、ファンや将来サッカー選手を目指す子供の増加につながるでしょう。日本にサッカー文化を根付かせることにも重要な役割を果たすと思います。


 しかし現在、Jリーグの地上波放送は非常に少ないです。理由は単純で、視聴率が低いからでしょう。現在巨人の地上波放送が削減されていることを考えると、地上波ゴールデンで放送されるには最低10%程度の視聴率が必要だと思いますが、Jリーグの視聴率は5%前後が多く、時間帯を考えても少し足りないです。また、日本の地上波放送は受信料ではなくスポンサー料で運営していますから、CMが重要となります。しかし、サッカーは野球、格闘技、フィギュアスケート、ゴルフ等の日本でよく放送されている競技と違い、CMを15分おきに流すというようなことができません。試合前とハーフタイムにまとめて流すのはスポンサーとしては歓迎できないでしょう。それを考えるとさらに大きな注目を集める必要があると思います。


 サッカーというコンテンツで視聴率が取れるのは日本代表戦や、クラブワールドカップ、ワールドカップで証明されていますが、なぜかJリーグの試合となると視聴率が大きく落ちてしまっています。これは、日本のサッカーファンが「日本代表ファン」「欧州サッカーファン」「Jリーグファン」に分かれているからだと考えています。より詳しく言うと、「サッカーに興味のある人≒日本代表ファン」の枠の中に「Jリーグファン」の集合がある形になっているのではないでしょうか。


 よって、Jリーグの視聴率を上げるには「サッカーに興味のある人」の枠に「Jリーグファン」の枠を、さらには「浦和ファン」の枠を近づければいいと思います。


 そのためにはJリーグの理念である地域密着から脱却するべきと考えます。例えば浦和のホームタウンであるさいたま市の市民全員が浦和サポーターになったとしても約120万人で関東地区の総人口の3%に過ぎません。地域密着の限界はここにあると思います。実際、プロ野球でも地域密着を理念とする球団を中心に観客動員数は増えていますが、視聴率低迷に歯止めはかかっていません。


 当然、地域密着を完全に捨てるべきとは思っていません。ただ、地域密着により熱狂的なサポーターを獲得しつつも、日本全国にライトな浦和ファンを増やす努力はすべきだと思います。地域密着の根を張りつつ枝を伸ばそうという感じですね。そのためには浦和が、Jリーグ=浦和レッズと言えるほどのビッグクラブになるのが近道でしょう。一昔前の巨人と似たような構図です。


 プロ野球では巨人の一極支配の弊害が出てきています。しかしそれは巨人がプロ野球全体のことを考えず、支配していたためでしょう。プロ野球ではトップの組織が弱くそれができる環境でしたが、Jリーグではそのようなことはおきないと思います。地域密着も浸透していますから、他チームのサポーターへの影響も少ないでしょう。


 圧倒的に強いビッグクラブになれば、当然浦和の存在感は大きくなり、ニュース等で取り上げられることも多くなります。また、Jでは外国人枠がありますから、補強の人材は日本代表の選手が多くなると思います。日本代表選手が増えれば、日本代表ファンをある程度引き込むことができますし、代表選手が集まれば連携を高めやすくなるでしょう。さらには、代表選手の普段のプレイを見る機会が増え、代表に関する議論もしやすくなります。現状ではまだ日本のサッカーの中心は日本代表ですから、日本代表の強化はサッカー全体に良い影響を及ぼすのではないでしょうか。


 ここでは浦和を例にしましたが、鹿島やガンバでもかまいません。もちろん浦和と鹿島とガンバでもいいでしょう。要はどこかのクラブがJの一クラブから、日本を代表するクラブとなることで、サッカーに興味のある人の注目を集中させるべきだと考えます。サポーターではないファンの存在により目を向けることで、ある種の空気を作り出し、地上波放送につなげ、さらにファンを増やす。こうしたサッカーという競技を知らせる動きが、サッカー文化が無いといわれる日本人にサッカーを根ざす近道なのではないでしょうか。

posted by noraneko |11:18 | サッカー | コメント(17) | トラックバック(0)
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