2007年04月30日
「全然出ます」。
上京してまだ日の浅い林一茂外野手は、関西弁がまだ直らない。苦笑しながら応える姿は、親しみやすさを感じさせ、取材なれしている感もあった。高校時代は京都外大西で05年夏に甲子園でベンチメンバーとして準優勝を経験。だが、けれんみもなく林は甲子園について「雰囲気が楽しかったです」と緊張もなかったという。
駒大野球部とのつながりは同校の上羽功晃監督監督が駒大出身であることから始まった。左翼のレギュラーになった昨年の選抜では、駒大・小椋監督にプレーを見てもらった。最終的に「監督がここ(駒大)を押してくれて」入部を決意する。
寮生活の第一印象は「厳しい」。「厳しいっていうイメージしかないです」と少々戸惑いもちらつかせた。「西下(一昨年の京都外大西・主将)さんからも話は聞いていたので」。駒大の野球部から西下は1年で準硬式へ転部。林は寮の厳しさをある程度予想していたが、どうやら想像以上だったようだ。しかし、立ち止まって入られない。尊敬する選手には「新庄選手。あとは、ベタですけど、イチロー選手」と希代の名外野手をあげた。「野球に対する考え方とかが凄い参考になる」。イチローと新庄の共通点は、タイプこそ異にするものの「チームリーダー」。林にも駒大ハンカチ世代をまとめる力が宿るに違いない。現在野球部には同姓で「裕也」という大きな存在がいるが、神宮のスコアボードに「林一」と点る日は、近い未来にあることだろう。
posted by 齊藤太一 |00:27 |
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2007年04月03日
「うっら」
ボールを放す瞬間、小柄な左腕加茂は気持ちを球に注入する。くりくりした目で普段はおとなしそうな雰囲気。だが、カーブ、スライダー、スクリューにノビのある最速137キロの速球は高い将来性を感じさせた。
小学3年からスポーツ少年団に入って本格的に野球に打ち込み始めた。静岡・掛川西ではエースとして、昨年の夏にベスト4まで勝ち進む。聖地が見えかけた。準決勝では県大会で優勝し、甲子園でも「ほほえみの貴公子」として注目を浴びた大野擁する静岡商と対戦。加茂は9回を1失点完投。ほぼ満点の投球なはずだが、打線の援護なく敗戦。結局、全国の野球ファンにその実力を披露することはなかった。
「高いレベルの中で野球やって上(プロ)目指したいなあって」駒大に入学した。この春リーグ戦でも出番がありそうな加茂。憧れの選手は石川(ヤクルト)と工藤(横浜)。青学大出の石川も170センチに満たない体でツバメのエースとして君臨している。170センチ62キロの体が跳ね、気炎を上げるとき、駒大のエースは加茂勇作かもしれない。
posted by 齊藤太一 |19:32 |
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2007年04月03日
取材なれしていない感じで、頬の反ったクールな顔立ち。昨年のドラフト候補で、玄人筋の評価が高かった上村新は、もしかしたら斎藤佑樹とバッテリーを組んでいたかもしれない。名門・広陵で遠投110メートル、巧みなキャッチングを引っさげて早大のセレクションを受けた。しかし、「WASEDA」のユニフォームを着ることはなかった。今治西・宇高、岐阜城北・尾藤など甲子園組は入部を果たす。この現実。「やっぱりショックで・・・これからどうしようかと思った」。
そんな折、中井哲之監督に駒大を薦められた。かつては現中日の新井良太が広陵―駒大という道を歩んだ。上村は「KOMAZAWA」を着た。早くも、オープン戦では4試合に出場して正捕手の山田を脅かす存在になってきた。「正直あまり自信ないです(苦笑)」という打撃でも本塁打を放って、衝撃を与えた「落ちたってことで早稲田を見返してやろうと、そういう気持ちです。僕は守備でで生きていくしかないと思うんで。大学で1番の捕手といわれるようになる」。神宮で、同級生の甲子園ボーイに否が応でも刻ませるつもりだ。「上村新」その名を。
posted by 齊藤太一 |19:28 |
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