2011年07月25日

日本とリトアニアが初めてサッカーで対戦/外交関係20周年記念親善試合

私の住むリトアニアは、1990年に旧ソ連から独立回復宣言をし、翌年に国家として国際承認を得た国です。1944年に旧ソ連に組み込まれる以前は独立国であり、日本もカウナスに領事館を置いていました。その領事館に勤める外交官の杉原千畝がナチスから逃れるユダヤ人に「命のビザ」を発給したエピソードは、書籍化やドラマ化されたことですっかり有名な話となりました(今やリトアニアに対して一般の日本人が抱くイメージはそれのみ、と言っても過言はないでしょう)。日本がリトアニア独立を承認したのは1991年9月6日。今年が両国の外交関係が復活して20周年ということで、リトアニアでは幾つか日本に関連したイベントが行われています。


nogomet-254642.jpgそんな中、民間レベルでサッカーにまつわるイベントが7月23日に首都ヴィリニュスで行われました。ヴィリニュス在住歴6年で、国内リーグでもサッカーをプレーする佐藤浩一さん(写真・ブログ「ヴィリニュスの風」)の企画立案によって、日本とリトアニアで「外交関係20周年記念サッカー親善試合」が開催。この両国がサッカーで対戦するのはプロアマ問わず初めてになるそうです。


我らが日本チームは、佐藤さんが欧州各地の邦人サッカーチームに呼びかけることで8人の有志が集まりました。はるばるリトアニアまで足を運んでくれたのは、「アストロボーイズ(パリ)」の鈴田さんと橋詰さん、「ミラノ・ソルレバンテ」の内山さんと田口さん、「FCレーパーバーン(ハンブルグ)」の安部さん、大田さん、野澤さん、山内さん(アイウエオ順)。邦人の多い国ではサッカー愛好者が募ったクラブ活動が盛んだそうで、来週にもフランクフルトで邦人15クラブが集まるフルコート大会が行われるとか。応援で加わった一人のリトアニア人を含めた選手達がサムライブルーのユニフォームに袖を通しました。日本チームの背番号は20周年にちなんで「20」で統一です。


    試合前に整列する日本チームの面々
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nogomet-254638.jpgリトアニアの代表ユニフォームを身にまとった対戦相手は、佐藤さんと親交のある同国のジャーナリストが集まったチーム。中には代表マッチやチャンピオンズリーグのコメンテーターを務めるケスミナス氏など著名な方も加わりました。ルールはハーフコートを使った8人制で40分×2。リトアニア側の代表を務めるヴェンチェヴィチュウス氏から日本選手一人一人プレゼントが配られ、友好的なムードで始まった試合は、時間の経過と共に熱の帯びるドラマチックな展開となりました。 即席チームだった日本に対して、リトアニアは普段から一緒にサッカーをたしなむ仲間達。その差が顕著に出てしまった前半、日本はリトアニアに序盤から圧倒されてしまいます。一点、また一点と失点を続け、前半が終わらぬ間に「0-4」。終了間際に一矢報いたものの、後半に三点差を返すのは厳しいかと思われました。 nogomet-254639.jpgしかし、声を掛け合いながらプレーやポジションに修整を重ね、その成果が現れたのは後半でした。ギャラリーの応援の下、持久力に勝る日本が盛り返して点差を縮めていくと、残り10分でGKからフィールドプレイヤーに転じた橋詰選手が鋭いシュートで同点。その3分後には最年少の野澤選手が一人かわしてシュートを叩き込んで「5-4」。まさに全員で成し遂げた80分間の大逆転劇でした。 「なでしこジャパンから学んだ精神力で勝利を勝ち取りました!」 と勝因を口にする内山選手。試合が終われば敵味方なく、リトアニア・チーム差し入れの地元ビールを手に、両チームの選手達がピッチ上で健闘を讃え合いました。 このフレンドリーマッチを実現するあたり、佐藤さんの尽力は計り知れないものでした。リトアニア生活の総決算として、相手チームのアレンジやユニフォームの手配、大会の告知などあらゆることを一人で行ってきました。最も大変だったのが日本チームの選手を集めること。この国に住む邦人は50人余りしかいないため、国外から求めるしかありません。参加者の皆さんは「日本・リトアニア友好の架橋」となるべく実費負担で参加したわけですが、温かいもてなしと劇的な試合もあっても忘れがたい夏の想い出になったようです。夕食会後の別れ際、佐藤さんは参加者の皆さんにこうメッセージを送りました。 「また5年後。今度は25周年記念の親善試合でお会いしましょう」      試合後に笑顔で記念写真に収まる両チーム
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posted by 長束恭行 |20:30 | バルト・サッカー | コメント(0) |
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2011年07月23日

フォトレポート/初の三回戦進出を賭けて~CL予選「エクラナスvs.バレッタ」

前回のレポートではヨーロッパ・リーグ予選を扱いましたが、今回はチャンピオンズ・リーグ予選を取り上げましょう。チャンピオンズ・リーグといえば「メガクラブの華やかな祭典」というイメージが強いですが、本来はその名の通り、ヨーロッパの優勝クラブが覇権を争う大会です。放映権高騰で莫大な収益が動くが余り、メガクラブらの圧力で上位リーグの2位も参加できるようなったのが14年前。その後は「チャンピオンズ」の名前に反して3位や4位のクラブまでもが出場し、準決勝に同じ国の3クラブが進出することすら稀でなくなりました。中小国の票を得てUEFA会長に就任したミシェル・プラティニの甲斐もあり、2年前より予選ラウンドがリーグランク下位の優勝クラブと、リーグランク上位の優勝しなかったクラブに分かれたことで不公平感は幾分と解消されました。それでも本選進出はまだまだ狭き門。リヒテンシュタインを除くUEFA加盟国52ヶ国の王者のうち、リーグランク14位以下の39ヶ国のクラブが、わずか5つの座を賭けて戦っています。

nogomet-254009.jpgクロアチア在住時からチャンピオンズ・リーグ予選ラウンドを取材し、その重みと困難さを感じてきました。リトアニアに移って初の取材となるカードは、予選二回戦第2レグの「エクラナス・パネヴェジース(エクラナス)vs.バレッタ(マルタ)」。クロアチアと違い、どちらも国も未だかつて本選経験がありません。
このブログでも二度登場しているエクラナスは、目下国内リーグ三連覇中のリトアニアの強豪。リトアニアのリーグランクは32位でバルト三国で最上位に位置します。しかし、エクラナスはここ二年、二回戦から出場すると同時にバクー(アゼルバイジャン)、HJKヘルシンキ(フィンランド)に敗れてきました。過去に戻り、他の欧州カップを含めたとしても二回戦が最高の成績。このステージが彼らにとって最大の壁となっています。

nogomet-254012.jpg一方、マルタのリーグランクは加盟国では下から二番目の52位。リーグ優勝20回を誇るマルタの古豪バレッタは、昨季一試合も負けることなく3年ぶりのリーグ優勝を達成しました。ちなみに一シーズン前にはヨハン・クライフの息子ジョルディがこのバレッタで現役最後のシーズンを送っています。
サンマリノ、マルタ、アンドラ、ルクセンブルクの王者同士がぶつかるチャンピオンズ・リーグ予選一回戦は、運良く格下のサンマリノ王者トレ・フィオリを引き当てました。初戦を敵地で戦ったバレッタは、パスサッカーと個人能力で相手を蹴散らして3-0で勝利すると、ホームの第二戦はPK献上でリードされながらも2-1で逆転勝ち。12年ぶりに二回戦へ駒を進めたのです。

エクラナスとバレッタが対決するのは初。一期一会になるかもしれないカードが実現することが、予選ラウンドの醍醐味の一つでもあります。バレッタのホーム出迎えた初戦は、前半立て続けにゴールを決めたエクラナスが3-0でリードするも、その後はバレッタが追い詰めて2-3で終了(試合動画)。「圧倒的」とまでいかないまでも、優位に立ったエクラナスが果たしてバレッタをどう料理するか。前置きが長くなりましたが、今回もフォトレポートで試合の様子をお伝えします。(試合の開催日は7月19日)


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マルタを代表する国際的アタッカー、マイケル・ミフスド(30)。 欧州では最弱の部類に入るマルタですが、最も知名度あるスター選手がこのミフスド。スリエマ・ワンダラーズでゴールを量産した10代の時にはマンチェスター・ユナイテッドからも引き合いがあったという彼は、カイザースラウテルンやリールストロム等を経て、2007年に加入したコヴェントリーで活躍。2010年に帰国するやバレッタに入団し、一時チームを離れたものの7月5日に4年の再契約を結びました。UEFA.comのインタビューではこのように語っています。 「再びバレッタと契約できてうれしい。トレ・フィオリとの第2戦がすべてうまくいけば、リトアニア王者エクラナスとの予選2回戦にメンバーとして参加できる。バレッタがこの大会でマルタ初の予選1、2回戦突破を果たして歴史に名を残せるよう、全力を尽くすよ」 小柄なミフスドの持ち味はシュートレンジの広さとスピード。マルタ代表でもエースストライカーとして83試合26得点を決めています。ちなみにマルタ代表の一員として昨年にクロアチアに来た際は、マルタで購入した26年振りの公式戦勝利記念DVD(ユーロ予選・対ハンガリー戦)に私もサインを頂きました。
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エクラナスにやってきたMFウメー(右)とエクラナスを去るSBマトヴィッチ(中央)。 エクラナスは5月末にナイジェリア人のウチェナ・カリストゥス・ウメー(19)を獲得。故郷のクワラ・フットボール・アカデミーで4年間鍛えられた彼は攻撃的MFとFWをこなすアタッカーで、エクラナスが最初のヨーロッパ挑戦のクラブ。最初は二軍スタートだったものの、一ヶ月後のカウナス戦でトップデビュー。FW起用されたバレッタ戦では15分にアフリカ人ならではの身のこなしで先制点を挙げました。この日は4-2-3-1の右MFとして出場。周囲を省みない自己完結のプレーが多く、戦術的未熟さは目立つものの、トリッキーなプレーで何度も観客を湧かせました。 ドゥシャン・マトヴィッチ(28)はエクラナスに2008年1月に入団し、三連覇に貢献したセルビア人SBです。献身的なディフェンスと果敢な攻め上がりが特徴で、今年のカップ戦ファイナルでは延長で決勝ゴールを決めました。リトアニアに住む数少ないユーゴ系選手として私も親しい間柄になったわけですが、この試合が別れになるとは後になって知らされるのでした。
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遠路はるばるやってきたバレッタ・サポーター。 マルタからリトアニアに訪れるアウェーサポーターはゼロかと思いきや、70人以上も駆けつけました。太鼓とシンバルを持参した騒がしい応援団です。試合前に私を見つけるや「チャイナ!」と冷やかされたので「日本人だ!」とやり返すと、スイッチが入ったように私に向けて応援を始めてくれました(笑)
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エクラナスのサポーター「ピルモイ・アルマダ」。 4月のレポートでも取り上げたエクラナスのサポーターは、リトアニア語で「第一艦隊」という意味。バレッタに対して「IT'S YOUR LAST FIGHT」という温かいメッセージの横断幕と共に、エクラナス・カラーの帆装軍艦がマルタ騎士に大砲を飛ばすイラストのビッグフラッグを準備しました。彼らはコーナーの一角を占め、メインスタンドとバックスタンドは一般客で埋まります。8割の入りにもかかわらず、観客は3200人ほど。それでも、おなじみの大会アンセムが流れると、盛大な拍手が湧きました。
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開始早々のゴールで喜ぶエクラナスの選手達。 前半4分、リトアニアでは指折りのプレスキッカー、MFラダヴィチュスが左サイドから鋭いFKを放つと、主将のDFデドゥラが相手選手二人の背後からどんぴしゃのヘディングシュート。トータルスコアが4-2まで広がります。バレッタが勝利するには3得点が必要となれば、既に勝負は決まったもの。10分にはMFアンジェルコヴィッチの右FKからマトヴィッチがヘディングシュートするも惜しくも左ポストの外へ。平均身長で上回るエクラナスはこうしてセットプレーを上手く活用してきました。
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中盤のバランサー、マルコ・アンジェルコヴィッチ(26)。 マトヴィッチと同じくパルチザン・ベオグラードのユースを経たセルビア人プレイヤーがこのアンジェルコヴィッチ。昨季はセルビア一部インヂヤでプレーした彼はシーズン前のテストで合格して入団。正確なロングパスを通すレフティで、左ボランチの位置でゲームを組み立てます。パスサッカーを志向するバレッタの攻撃も遮断しました。
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マルタ・リーグ得点王もエクラナス守備陣に止められる。 昨季はマルサシュロックで17得点を決めてマルタ・リーグ得点王になったナイジェリア人FWアルフレッド・エフィオング(26・写真左)。今季からバレッタに移籍し、セカンドトップのミフスドと組む形でワントップに入りました。フィジカルとパワーに満ちたストライカーで、23分に左サイドのドリブルから一人でペナルティエリアに持ち込むも最後は躊躇してボールを奪われる場面も。67分に交代。
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肩を組み合って応援するエクラナス・サポーター。 90分間ひっきりなしに応援するサポーターもまた体力勝負。日差しが強く、開始前から上着を脱ぐ若者もいる中、上着を着たまま汗だくの男性(中央)もおりました。ここのサポーターは女性も多いのが特徴です。
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意気消沈のバレッタ・サポーター。 バレッタ・サポーターが賑やかだったのは最初だけ。失点した途端にダレ気味になり、後半になるとこの始末。ムラっ気のある地中海民族ならでは。試合後になると選手達に大きな声でユニフォームをねだってました。
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シュート数は上回るも、エクラナスのゴールは揺らせず。 サポーターは勝利を諦める一方で、バレッタの選手は貪欲に得点を奪いに行きました。プレーの精度は決して低くなく、アグレッシブな守備でボールを奪うとスペースを活用しながらパスを繋ぎ、チャンスへと持ち込みます。85分には左クロスからファーポストのミフスドがシュートするもポスト右のネットに。ロスタイム94分にはFWバルボサがミドルシュートを試みますが、GKズバスに止められました。バレッタはポテンシャルあるチームだけに、悔やまれるのは早すぎる失点でした。シュート数は17本で、エクラナスの10本を大きく上回っています。
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愛息と共に写真に収まるマトヴィッチ。 1-0で勝利し、初の三回戦進出を決めたエクラナス。二人の愛息と共にピッチを歩くマトヴィッチに近づき、写真を撮った後に挨拶に伺いました。 『おめでとうございます。でも次の三回戦でパルチザンと当たらず残念でしたね』 抽選会では1/5の確率で古巣対決になるはずが、対戦相手は隣国ベラルーシのBATEボリソフに。すると、マトヴィッチから予想外の話が返ってきたのです。 『いや、実はこれが僕にとってエクラナス最後の試合なんだ。イスラエル一部のハポエル・イロニ・キリヤット・シュモナ(昨季5位)に移籍が決まった。今後も連絡を取り合おう』 リトアニア・リーグからイスラエル・リーグへの移籍は間違いなくステップアップ。エクラナスのフロントもこれまでの貢献度から快く彼を送り出したそうです。 『イスラエルでの成功を祈っています』 いきなりの話で少し戸惑いつつも、願いをしっかりと彼に伝えました。
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スタジアム外ではエクラナスのサポーターが一騒ぎ。 「ピルモイ・アルマダ」は外に出るや、発煙筒や花火を炊いて応援歌を歌い始めました。昔からのサポーターのおじさんは表情を変えず、遠めから見守っている様子。この後、警察が登場してサポーターを咎めることに。まあ、彼らはフーリガンとは程遠いサポーターなのでこれぐらいは無礼講といったところでしょう。 エクラナスは初めてチャンピオンズ・リーグ予選二回戦を突破し、三回戦へと駒を進めました。対戦相手は新興著しいベラルーシの雄、BATEボリソフ。目下リーグ五連覇中で、2008/09シーズンはチャンピオンズ・リーグ本選に進出。2009/10シーズンにはヨーロッパ・リーグ本選、2010/2011シーズンにはヨーロッパ・リーグ決勝トーナメントまで進出した強豪です。たとえエクラナスが三回戦に敗れたとしても、ヨーロッパ・リーグのプレーオフへ回ります。マトヴィッチという大事なパーツが欠けたとはいえ、エクラナスの冒険はまだまだ続きます。


posted by 長束恭行 |03:41 | バルト・サッカー | コメント(0) |
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2011年07月16日

フォトレポート/二転三転したEL予選「タウラスvs.ADOデンハーグ」

UEFAカップが「UEFAヨーロッパリーグ」と名称を変えてから今年で3年目。ポルトが制した2010/2011シーズンの決勝戦からわずか32日後の6月20日、新たなシーズンが始まりました。ヨーロッパリーグはチャンピオンズリーグの陰に隠れ、大国のクラブは敬遠しがちな大会ですが、中堅クラブや小国クラブにとっては国際舞台における大きな挑戦であり、参加することは一種のステータスとなっています。欧州53ヶ国・地域のサッカー連盟から参加するクラブは、チャンピオンズリーグ敗退組も加えれば「194」。優勝までは長き道のりです。

私が住むリトアニアから参加するクラブは3つ。予選二回戦から出場する昨季2位のスドゥヴァ・マリヤンポーレと4位のタウラス・タウラゲ(※3位のジャルギリス・ヴィリニュスは再建から3年が経ってないため出場権剥奪)。そして予選一回戦から出場するカップ戦準優勝のバンガ・ガルグジュダイです。リトアニアからチャンピオンズリーグやヨーロッパリーグの本選に進んだクラブは未だかつてなし。弱小リーグのクラブは予選で草刈場になるわけですが、それでも欧州でどこまでやれるか腕試しの機会となります。今回取材したのは予選二回戦第一レグの「タウラスvs.ADOデンハーグ」。オランダの古豪にリトアニアの地方クラブがどう挑んだのか。なかなか日本ではクローズアップされないラウンドだけに、今回もフォトレポートで分かり易くいきましょう。


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久しぶりの国外遠征を楽しむADOサポーター。 エールディビジの古豪ADOは1905年創立。リーグ戦とカップ戦の優勝はそれぞれ二度経験しているものの、欧州カップの舞台に登場するのは1986/87シーズンのカップ・ウィナーズ・カップ以来、実に25年ぶり。アヤックスを敵視するADOサポーターはオランダ指折りの熱狂さで知られ、この日は1000人近いサポーターがカウナスの「S.ダリウス&S.ギラナス・スタジアム」にやってきました。試合前はもちろんビール片手にこうして盛り上がってました。
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整列するタウラスの選手達。 タウラスにとっては去年に続くヨーロッパリーグの挑戦。昨季は一回戦はラネリー(ウェールズ)を延長戦の末に下したものの、二回戦でアポエル(キプロス)に1-6と大敗。今季は再び二回戦で格上と当たります。チームの主軸は背番号10を背負うMFレジーリオ・セードルフ(22歳・写真中央)。ミランのMFクラレンス・セードルフの従弟です。今季の国内リーグでは12クラブ中9位と低迷しており、2ヶ月半前に観戦した時と同じスタメンは3人だけでした。
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南スタンドを占めるADOサポーターにはレギアも加勢。 ADOとレギア・ワルシャワのサポーターは友好関係にあり、隣国ポーランドとリトアニア国内に住むポーランド人も応援に駆けつけました。右手に黄色のシャツを着たADO、左手に白色のシャツを着たレギアのサポーター。異なる国のサポーターがそれぞれの応援歌を一緒に歌う光景はなかなか見られるものではありません。先日、ワルシャワのレギアのファンショップを訪れた際にも両クラブの友好関係にちなむマフラーが売られていました。レギアのサポーターもまた熱狂的なことで知られ、4年前のインタートトカップでレギアとヴェトラ(リトアニア)が対戦した際は2500人のサポーターが大立ち回りを演じることに。今回は特別警官隊によって厳戒体制が敷かれました。
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こじんまりしたタウラスのサポーター。 派手に騒ぐADO&レギアのサポーターに対し、タウラスのサポーターは小規模ながらも声を張り上げていました。タウラスが本拠地を構えるタウラゲは、カウナスまで車で1時間半ほどの街。ホームスタジアムがUEFA基準にないため、こうして彼らも遠征することになります。メインスタンドにはタウラス・ユースの子供達が可愛らしく応援に加わっていました。
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右からクロスを上げるFWウェズレイ・フェルフーク(24)。 ADOのフォーメーションはオランダならではの4-3-3。綺麗なパス回しでボールを運び、右に展開すればフェルフークが鋭いクロスを送ります。このオフにアヤックスやPSV、トゥエンテやユトレヒトが関心を示したフィジカル系ウィンガーに序盤のタウラスも手こずりました。しかし、シーズン前で身体がまだ重く、タックルであっさり転ぶ場面も目立ちました。
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DFデライクのヘディングシュートを止めるGKオレクサンドル・ボリセンコ(24)。 この日大当たりだったのがタウラスのGKボリセンコ。ウクライナ出身の彼は一昨年にタウラスに入団。セットプレーからのクロスだけでなく、近距離のシュートを次々と弾き返しました。タウラスはカウンター狙いの守備的な4-4-1-1。前半途中からパスサッカー封じ込めの要領を得ると少しずつチャンスを作り始めました。
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先制はタウラス。FWゴラン・イェルコヴィッチ(24)がPKを自ら決める。 スコアレスで折り返した後半55分、ロングボールに走り込んだワントップのイェルコヴィッチが、ペナルティエリアでSBルクシクに倒されてPKをゲット。これを本人が左に蹴り込んでタウラスが先制に成功します。フランス・リヨン生まれのセルビア移民である彼は、昨年からジャルギリスに所属していたものの膝の半月板を損傷。満足な活躍ができないまま4月に戦力外となり、今月タウラスに加入したばかりでした。スロバキア代表のルクシクはこのプレーでレッドカード。ADOは数的不利にも立たされます。
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ADOの同点弾はFWレックス・イメルス(25)。 ピッチをワイドに使い、前線を流動的にすることで攻勢を仕掛けるADO。68分にはFWフィチェントを下げ、右にMFトールンストラ、左にフェルフークを置きます。71分、そのフェルフークが左サイドを抜けると、中央へ走り込むFWイメルスにパス。昨季は攻撃的MF、今回はCFを務めるイメルスはチャンスを難なく決めて同点に追いつきます。この日は猫の目のように変わる天気だったのですが、このゴール前後の1分間だけ晴れ間の中で局地豪雨が降りました。
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わずか2分後、あのセードルフが20mの距離から勝越し弾。 試合展開も天気同様に目まぐるしく変わります。ADOのゴールから2分後、セードルフが右サイドで右足を一閃。放たれたミドルシュートはゴール左上ぎりぎりの位置に吸い込まれ、再び勝ち越しに成功。ADOサポーターは彼にモンキーチャントで侮辱していたのですが、同国人を見返すことになりました。
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今度はADOにPK。イメルスが難なく決める。 81分、左からのロングパスをフェルフークがトラップしようとしたところ、DFズバヴィチュスが彼の脚をはたいてしまいPK。これをイメルスが決めて再びADOが同点に追いつきます。
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運命のロスタイム。最後のワンプレーでタウラス、力尽きる。 第四審判が提示したロスタイムは4分。既に時計は94分を回り、ADOのGKが前に蹴り出したボールをMFアラウスキスがセンターライン付近でトラップミス。ボールを拾ったDFクムがドリブルで運ぶと、ワンツーで引き付けたDF3人の裏へ。倒れ込みながら左から折り返すと、必死にクリアしようと脚を伸ばしたDFグネドユス(右)がオウンゴール。派手に喜ぶADOの選手とは対照的に、タウラスの選手はショックのあまり一様にピッチに倒れこみました。
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殊勲者のはずだったタウラスGKボリセンコ。
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選手に向かって万歳をするADOサポーター。
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帰るサポーターを見張る特別警官隊。 試合後から15分間はアウェーサポーターに待機が命じられたはずが、そそくさと退去。試合中は何度も爆竹を投げ込み、また酔った勢いで暴行騒ぎを起こしたせいで、オランダ人13人、ポーランド人51人がリトアニア警察に連行・拘留されました。 nogomet-252527.jpg過激なサポーターやフーリガンはすっかりクロアチアで慣れましたが、おとなしいサポーターばかりのリトアニア国内でADOのような熱いサポーターを見るのは新鮮でした。アウェーゴールのアドバンテージと実力差を考えれば、ハーグの京セラ・スタディオンで行われる第二戦もADOが優勢のまま三回戦進出を決めるでしょう。続く三回戦の相手はキプロスのオモニア。昨年にオモニアの試合を取材しましたが、サポーターのいかれっぷりは欧州でもトップクラス。両サポーターの邂逅がどうなるか、他人事ながら今から気になるところです。 チャンピオンズリーグがマンネリ化した今、ヨーロッパリーグの楽しみ、とりわけ予選の楽しみは「一期一会」かもしれない対戦カードにあります。グローバリズムと共に欧州の価値観がますます均一化する中、サッカーだけはまだまだ新しい発見があって欲しいものです。しかし、リトアニアのクラブは欧州の舞台で勝てないですね…(苦笑)


posted by 長束恭行 |05:48 | バルト・サッカー | コメント(0) |
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2011年07月13日

ユーロ2012開催でインフラ整備が進むポーランド

ヨーロッパで「ユーロ」(欧州選手権)はワールドカップと並ぶほどの盛り上がりをみせ、グループリーグからハイレベルな戦いとなる一大サッカーイベントです。ポーランド・ウクライナ共催となった「ユーロ2012」の開幕まで一年を切り、現地では着々と準備が進められています。

ウクライナは2008年に訪れ、ユーロ開催の準備が遅れている状況をレポートしていますが(「ユーロ開催は大丈夫? ウクライナの現状」、今回はもう一つの開催国ポーランドを取り上げます。私が滞在するリトアニアはポーランドの隣国にあり、6月中旬に友人訪問がてら同国のサッカーどころを巡ってきました。インフラ整備が着々と進むポーランド事情を写真と共にお伝えします。


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ワルシャワの文化科学宮殿前にはユーロの幟(のぼり)が立てられる。 開幕戦が行われるのが、ポーランドの首都ワルシャワ。ユーロ開催に合わせて改修が進められる中央駅の東に、高さ237mの文化科学宮殿が高くそびえています。宮殿の正面にはこうして幟が飾られていました。ポーランドの開催地はワルシャワのほか、ポズナン、ヴロツワフ、グダニスク。それぞれのスタジアムが花に見立てられています。
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文化科学宮殿の西側面には巨大なプラカードが。 この宮殿はスターリンから贈られた共産主義時代の象徴としてワルシャワ市民に嫌われた存在ですが、どこからも目に入るランドマークでもあることから、ユーロのプラカードがこうして掲げられています。
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建設が進められるワルシャワの国立スタジアム。 ポーランド語では「Stadion Narodwy」。老朽化して一時は闇市場と化していた「10周年スタジアム」(7万人収容)を取り壊し、ユーロ開催権を獲得した翌2008年から新スタジアムの建設が進められています。収容は58,145人。開幕戦を含むグループリーグ3試合、準々決勝と準決勝の会場となります。
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国立スタジアムの建設は半年の遅れ。 キエフの国立スタジアムは建設遅れが批判されていますが、ここワルシャワの国立スタジアムも建設が遅れ気味。設計ミスや死亡事故も発生し、本来は今年6月のフランス戦が柿落としとなるはずが間に合いませんでした。9月のドイツ戦すらも間に合わず、いずれもグダニスクで代替開催。遅れに遅れた工期は今年11月に終了する予定です。
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改修が終わったレギア・ワルシャワの本拠地「ポーランド陸軍スタジアム」。 レギア・ワルシャワはリーグ優勝8度、カップ戦優勝14度を誇る同国随一の名門。1916年、軍人によって創設された歴史の名残はスタジアム名から読み取れます。長年に渡って論議を重ねられたのち、2008年にスタジアム再建がスタート。半完成状態でも使用されながら、今年5月に最終的な完成となりました。真新しいのにもかかわらず、レギア・サポーターのシールが至るところに張られています。収容は31,103人。
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スタジアムに隣接されたファンショップ。 レギア・ワルシャワの人気の高さはグッズが充実したファンショップに入れば分かります。ディナモ・ザグレブでは地味な存在だったクロアチア人MFイヴィツァ・ヴルドリャク(27)が主将を務め、今や人気選手の一人として写真やユニフォームが店内に掲げられていました。隣接のミュージアムは入場無料。ミュンヘン五輪の得点王カジミエシュ・デイナの特別展示があります。スタジアム向かいにはサポーターショップもあり、ディープなマフラーやシャツも購入可能。レギア・サポーターは非常に熱狂的で、2007年のインタートトカップのヴァトラ戦(リトアニア)で2500人のサポーターが大暴れ(動画)。UEFAからレギアは欧州カップ追放の処分を受けました。ポーランドはフーリガン問題が未だに根強く残っており、国家的問題となっています。
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世界遺産に指定されたワルシャワ旧市街。 第二次世界大戦で徹底的に破壊された旧市街は昔と全く同じように再現され、1980年にはユネスコ世界遺産にも指定されました。広場にはカフェが並び、ユーロ開催中はサポーターで賑わうはず。私は売店で缶ビールを買い、飲みながら旧市街を歩いていたところ、ビラ配りのお姉さんに「気をつけなさい! 警察に見つかったら罰金よ」と忠告されました。新法律では公共の場所でアルコール飲料を飲むことは許されないそうで、大会開催中は多くのサポーターが罰せられるかもしれません。
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ポロニア・ワルシャワの本拠地「スタディオン・ポローニー」。 旧市街を抜けて北に10分ほど歩けば、1911年創立の古豪ポロニア・ワルシャワの本拠地に到着します。「スタディオン・ポローニー」は収容7,230人と小さいものの、戦時を連想させる迫力のこもった壁画に圧倒されました。木陰でこっそり飲んだ缶ビールで私はホロ酔い状態。レギア・ファンショップの土産袋を隠すのを忘れてスタジアム周辺をうろついたところ、ポロニアのサポーターと思わしき若者が「お前、こんなものぶら下げてここを歩くな! ボコボコに殴られるぞ!」と怒られてしまいました。宿敵レギアを侮辱する落書きも至るところに。サポーターは人種差別を嫌っており、のちにポーランド代表に登り詰めたナイジェリア人FWエマヌエル・オリサデベが活躍したクラブでもあります。
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王者ヴィスラ・クラクフの本拠地「スタディオン・ミエイスキー」。 21世紀になってから7度のリーグ優勝を誇り、昨季もリーグを制したヴィスラ・クラクフの本拠地。残念ながらユーロ開催地から漏れ、予備地止まりになってしまいました。2004年が増築・改修が始まり、私が訪れた際にはほぼ完了。残るは正面スタンド周辺の整備が残されていました。収容33,268人。かつてのヴィスラの名選手にちなみ、スタディオン・ヘンリク・レイマンという名前もあります。
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これまた最新のクラコヴィアの本拠地「ピウスツキ元帥スタジアム」。 ヴィスラの本拠地から1kmもない距離にも2010年完成の最新スタジアムがあります。ここを本拠地とするのがクラコヴィア。ヴィスラと宿敵関係にある中、1999年に4万人収容の共同スタジアム建設の構想が挙がったものの、両サポーターの反発によって流れてしまいました。ポーランド共和国建国の父の名前がついた最新スタジアムの収容は15,500人。ヴィスラの陰に隠れがちなクラコヴィアのサポーターは、同じくレギアの陰にあるポロニア・ワルシャワのサポーターと友好関係にあり、クラブそのものも1860ミュンヘンと提携を結んでいます。 この数年間でポーランド全土において13ものスタジアムが新築・再建されたとのこと。ユーロ開催が手伝って急速にインフラが向上しており、クラブ間の競争も激化しています。昨季のヨーロッパ・リーグでマンチェスター・シティに勝利し、ユベントスを差し置いてグループ突破を果たしたレフ・ポズナンが今季の欧州カップの出場枠を取れなかった事実一つとっても、その激しさが分かるというものです。リーグの関心も高く、レギア・ワルシャワで平均観客が2万人。またウクライナやロシアのように一部の選手年俸が突出せず、レギアで最高50万ユーロと、チーム経営も地に足がついています。現在のポーランド・リーグはUEFAランクで24位に甘んじていますが、ユーロ開催を契機に今後最も発展していく東欧リーグだと私は見ています。 最後にもう一枚、ワルシャワでの写真を。ユーロ2012のロゴでデザインされた花壇です。これからますますポーランドもユーロ一色になっていくでしょう。
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posted by 長束恭行 |21:21 | サッカーコラム | コメント(1) |
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2011年07月08日

クロアチア側から読む伊野波のハイドゥク入団会見

7月7日、ハイドゥク・スプリトがキャンプを張るオーストリアのバード・クレインキルヘイムの宿舎で、伊野波雅彦(25)の入団記者会見が行われました。手にした背番号は阪南大学時代から愛着があり、愛娘の誕生日にもちなむ「19」。新たなクラブや環境での挑戦を前向きに語り、その姿勢にクロアチアのメディアも賞賛しているわけですが、どうも日本での報じ方は異なるようです。

現地取材しているのは4名。クロアチア人記者2名と私の友人であるカメラマン、そしてもう一人は共同通信ローマ支社から来たと思われる日本人女性記者のようです。いかんせん、その共同通信が配信した『伊野波がクロアチア移籍で会見 「早く次のレベルに」』という記事は見出しからも読み取れるように、まるで腰掛発言となっています。そして共同通信のニュースをそのまま配信したメディア各社も「早く次のレベルに」。記事の文字数が限られてるとはいえ、文脈の中からその部分だけ誇張するのは何かしらの作為が感じられ、入団会見で伊野波が話した本意とも食い違ってきます。

逆にクロアチア側の報道を読むと、いずれもポジティブなコメントが見出しに使われています。実際のところ、後で紹介する記事の中見出しでようやくイタリアが出てくる程度です。

「伊野波:ポリュウド(本拠地)での最初の試合を楽しみにしている」(Dalmacija News)
「伊野波がスプリトに:ハイドゥクは6年間王者になってないんだって? ならば、それを変えてやろうじゃないか!」(Jutarnji-list)
「紹介された伊野波:6年間王者じゃない? それを変える時だ!」(Slobodna Dalmacija紙)
「ハイドゥクの伊野波:ヨーロッパからまだオファーはあった。しかし、クロアチアは美しいし、スプリトはとても素晴らしい」(Index.hr)
「伊野波:ハイドゥクが王者になる時だ」(Sportnet)

nogomet-250865.jpg会見は伊野波が日本語で話し、鹿島の元チームメイトで語学に堪能な笠井健太氏が英語に通訳。それをクロアチア人が書き取る、というものでした。つまり、現場にいた日本人記者は伊野波本人の言葉をそのまま聴き取ったにもかかわらず、取り上げた(切り取った)発言は「クロアチアでステップアップして、一年でも早く次のレベルにいくことが目標」だけで、それを日本に配信。逆に私が読んでいるクロアチアの記事は、日本語(伊野波)→英語(笠井)→クロアチア語(クロアチア人記者)を経て再び日本語にするため、あらゆるフィルターを介しているとはいえ、その記事の趣が大きく異なっています。伊野波が二枚舌を使ったり、通訳が機転を利かした可能性もあるでしょうが、やはりこれはどう考えても共同通信の記者の意図が働いたと私は見ています。これでは期待を胸に新たな挑戦に挑む伊野波が浮かばれません。

彼の名誉のためにも、現地に記者とカメラマンを派遣し、二面・三面の見開き記事で入団会見を報じたクロアチア最大のスポーツ紙「Sportske Novosti」を翻訳紹介したいと思います。前述した通り、3つのフィルターが掛かっていることを頭の隅に入れた上で読んでみて下さい。クロアチア側の報道が全てではありませんので。しかし、クロアチア側では伊野波の到来がどのように捉えられているかを知る機会にもなりますし、記者のちょっとした誤解や認識不足も一部ありますが、クロアチアが日本に抱くイメージも読み取れるはずです。


一面見出し
「僕がどこにいるかは解っている。ディナモをやっつけなければならないことも解っている」
本文見出し
「伊野波雅彦 最初のビエリ(白:ハイドゥクの愛称)のユニフォームを着た日本人」
「ハイドゥクは僕にイタリアの扉を開くだろう」
記者:ユーリツァ・ラディッチ (ハイドゥク担当)

「日本人は最も正確な国民で、遅刻なんてないんだぞ」-伝説ともいえる話を使って親は僕たちを脅かしたものだけど、そう怖い話でもない。それが日本から最初に連想されるイメージだった。列車が数秒遅れるだけで日本の社長はハラキリした、なんて話も聞かされたけど、それも現実的なことじゃない。しかし、伊野波雅彦(25)が鹿島からハイドゥクにやって来るまで我々は一週間以上も待たされた。更に加えるのならば、バード・クレインキルヘイムで行われた昨日の記者会見でも20分待たされた。待ちに待った上で日本人はやって来た。ところが、伊野波は少しの時間を失っていたわけでなく、しっかりと練習をしてきたのだ。彼に怠惰などない。
「トレーニングが延長したんだ。仕方ない」-クラブ広報はそう弁解し、伊野波は笑うだけだった。

ハイドゥクの100年の歴史において最初の日本人だ。彼は自分の背中にどれだけ大きな責任が圧し掛かっているかを知りながら、その事実を受け入れている。
「信頼に応えていくつもりだよ。ハイドゥクの歴史についてはたくさん読んだ。長い歴史であり、成功した歴史だ」

伊野波は日本代表選手として世界を周った。ドイツ、オランダ、イタリアは訪れたが、クロアチアはまだ。オーストリア合宿でハイドゥクに加入したが、まだスプリトもクロアチアも見ていない。
「友人達と話をして、スプリトについて情報を集めたよ。誰もが僕に人生にとって美しい場所だと言ってくれている」

鹿島と比べればスプリトなんて伊野波にとって一区画みたいなものだろう。今まで彼が住んでいた鹿島は東京の近郊で、その東京はクロアチア全土の4倍の人口を抱えている(※ちなみにスプリトの人口は約20万人)。今から伊野波は新たなミクロコスモスに適応しなければならない。どれだけハイドゥクについて知っている?
「過去の栄光ある選手としてボクシッチ、ラパイッチ、ヤルニを知っている。ラパイッチは中田がペルージャでプレーした時に見た。だから彼のことは覚えている」

この3年間キャリアを過ごした鹿島を離れ、なぜハイドゥクに来ることを決めたのか?
「長きに渡って僕はヨーロッパでプレーしたいと思っていた。キャリアで一つステップを踏み出したかったんだ。ハイドゥクは僕にヨーロッパの扉を開いてくれたよ。全て話合いを済ませた上で、オファーを受けることにした。ハイドゥクで目標を達成することを信じている」

目標とは? もっとレベルの高いヨーロッパのリーグでプレーし、自分を証明することか?
「いつの日かはイタリアに行きたい。しかし、第一の目標はハイドゥクで結果を残すことだ」

どのポジションが最も自分に向いている?
「左のストッパー(センターバック)だ。生まれつき右利きとはいえね。大学ではボランチでプレーしたし、日本代表では左ストッパーでプレーしている。鹿島では左右のサイドバックもやった」

貴方達の前に置かれている目標を意識はしているか? 新たなチームにはスプリトにリーグタイトルを奪還することが期待されているのだが。
「新たな監督が来て、チームに新たな選手が来たことは分かっている。チームの連携が取れるまでは少し時間が必要かもしれないが、リーグタイトルの奪還が今季における僕達の重要な目標だと言われているよ」

最大のライバル、ディナモ・ザグレブについてどれだけ情報を持っているか?
「三浦(知良)が在籍したことが唯一僕が知っていることだ。クロアチア王者ということも読んだ。僕達は彼らをやっつけなければならない。チャレンジするよ。だから僕はこうして集まった。優勝するために」

ディナモとの戦いが始まる前に、伊野波はメガ・スペクタルなバルセロナ戦でスプリト市民にお披露目されるだろう。ガラマッチ、ビッグマッチでプレーする一人になることに貴方は興奮しているか?
「このほどの大きな試合でプレーしたことがない。しかし、チームとして失うものは何もない戦いだ。どんなケースであれ、観客にとっては素晴らしいだろうね」

最後に我々の言葉で伊野波を笑わせようと試みた。"メッシーは来ないから、バルサ相手の仕事は楽になるんじゃない"。一瞬だけ笑ったが、プロフェッショナルに再び答えてくれた。
「常にバルセロナは強いよ。メッシーがいようといまいと」

伊野波は頭の先から足の踵まで日本人だ。プロフェッショナルであり、クラブのために自分がやれる全てを出してくれそうな選手だ。もしや時には巨匠の公演とまではいかないだろうが、最大限の力を発揮していれることは決して疑いはない。「2年+オプション1年」の3年契約を彼は結んだ。最後の年はハイドゥクが選択できる。伊野波はスプリトの人々に選択の権利を残した。だが、ビエリ(ハイドゥク)が彼と契約延長する理由は出てくるはず、とはっきり確信している。


以上です。伊野波はハイドゥクを単なる腰掛には考えておらず、新たな挑戦に立ち向かう意思が充分にあり、それにクロアチアの記者も快く思っていることは伝わってきます。近いうちにハイドゥクの公式サイトにインタビュー映像がアップされるでしょうから、本意は何か、そして彼の生の言葉が聴けるはずです。映像がアップされましたらツイッターで紹介させて頂きますね。


posted by 長束恭行 |23:50 | サッカーニュース | コメント(2) |
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