2010年07月23日
クロアチア代表FWエドゥアルド、アーセナルからシャフタール・ドネツクに移籍
クロアチア代表FWエドゥアルド・ダ・シルヴァ(27)が、アーセナルからシャフタール・ドネツクに移籍し、21日に4年契約にサインしました。移籍金は600万ユーロとされ、年俸はアーセナルの時よりも高額な300万ユーロとされています(共に推定)。エドゥアルドは16歳の時にリオデジャネイロからクロアチアに連れられ、ディナモ・ザグレブのユースに入団。レンタルなどを経てディナモのレギュラーで定着すると、2006/2007シーズンには34ゴールのリーグ新記録を打ち立てると同時にクロアチア代表でもエースFWに成長。チャンピオンズ・リーグ予備戦の直接対決でエドゥアルドに目を付けたアーセナルが2007年7月に移籍金1500万ユーロで獲得したのです。 アーセナルでは一年目からチームにフィットし、22試合12得点の活躍をしていたにもかかわらず、2008年2月のバーミンガム戦で卑劣なタックルのために左足首を開放骨折。一年に及ぶリハビリを経て復帰を果たしたものの、シュート感覚が戻るどころか故障を次々と併発し、ヴェンゲル監督も彼の起用を控えるようになってしまいました。 今季のアーセナルはボルドーからモロッコ代表FWマルワン・シャマクを獲得したこともあり、エドゥアルドの出場機会は更に厳しくなることに。リヨンやバレンシアなど移籍先が噂される中、クロアチア代表DF/MFダリヨ・スルナの推薦の下でシャフタール・ドネツクがオファー。話はトントン拍子に進み、水曜日の契約まで至りました。
シャフタールへの移籍に関して「都落ち」と思われる方もいるかもしれませんが、クロアチアではエドゥアルドにとってこれほど理想的な移籍先は他にないと考えられています。親友でもあるスルナの存在、ブラジル人で固められる攻撃陣、最新鋭のスタジアムに充実した練習場、最高水準の医療スタッフ…。私自身、2008年にドネツクの街を訪れたことがありますが、街中の至るところにシャフタールのロゴや選手のポスターが飾られ、いかにクラブが市民にとって大きな存在かを知りました。 (写真は、ビルに掲げられるスルナの巨大ポスター)
まるで彼の父親のように振る舞うクロアチア代表監督のスラヴェン・ビリッチは 「エドゥアルドは最高の選択をしたと思う。プレミア・リーグからウクライナに移籍するのはおかしいと考える人には全く同意できない。むしろ、私は反対の考えだ。クロアチア代表で彼が最高のプレーをしていた頃はいつだったか思い出してくれ。ディナモ・ザグレブ、つまりクロアチア・リーグでプレーしていた時だ! ウクライナ・リーグ内における力関係は、クロアチア・リーグのそれと多かれ少なかれ似通っている。つまり、ディナモ・キエフとシャフタールの二強がリーグを支配し、エドゥアルドはその一つで再びプレーすることになる。彼のようなフォワードにとっては素晴らしい条件だよ。ただし、勘違いしていけないのは、ウクライナ・リーグは二強が支配しているとはいえ、どの試合も最大限の力を出すことが要求されるという点だ。 彼は既に怪我から治り、試合に出る準備はできているものの、欠けているのは自分の可能性を披露する舞台だけ。シャフタールの非常に攻撃的なチームだし、レベルの高いリーグでアピールもできる。 今のシャフタールは欧州のサッカー界では誰も対戦したくないほどの実力を持ったクラブだ。設備は素晴らしいし、監督も優れている。スルナやブラジル人の存在で適応には問題はないはず。現時点ではまさに理想的な移籍先だ。 それら全てを考慮すれば、エドゥアルドの選択は賢いのではないだろうか」 と賛辞を送っています。 クロアチア国内から"俺たちが知っているエドゥアルドに戻してくれ!"と希望を投げかけられているシャフタールのルチェスク監督は、エドゥアルド獲得に関してこう述べています。 「昨年の彼は多くの試合にプレーしなかったが、ゴールの職人であり、本物の爆撃機だ。そして彼はブラジル人なんだよ!(※ルチェスクは生粋のブラジル人好き) もちろん我々がリスクを冒したのは分かっている。2年前の酷い怪我のせいで彼は苦しんできたからね。しかし、シャフタールはリスクを抱えたところでも大きなプラスを得ることになるだろう」 ウクライナ一の大富豪であり、シャフタールのオーナーであるリナート・アフメット氏は、エドゥアルドがディナモ・ザグレブでプレーしていた頃から欲していましたが、今回の獲得に際しては 「エドゥアルドよ、君は偉大な選手だ。シャフタールでそれを証明してくれ」 とエールを送っています。 エドゥアルドは3年間お世話になったアーセナルの関係者にこのようなメッセージを残しています。「この数日間は僕にとって非常にエモーショナルな毎日だった。シャフタールでの新たな挑戦に興奮すると同時に、3年間過ごしたアーセナルを離れるのは悲しいね。 アーセナルは特別なクラブであり、チームに携わる人々の存在が欠けることになるだろう。僕をサポートしてくれた全員に感謝したいよ。イングランドに渡った時は英語も知らなかったし、誰も知り合いはいなかった。しかし、直ぐに僕を素晴らしく受け入れてくれ、家族のように扱ってくれた。まるで自分の家にいるような気分になったんだ。 同じく、アーセナルのサポーターに御礼を言いたい。君たちは僕にとってファンタスティックな存在だった。僕の名前を歌ってくれたことは、決して忘れはしない。今はクラブを去るけど、アーセナルは常に僕の心にありつづけるよ」 金曜日にシャフタールの本拠地ドンバス・アレーナで入団会見が行われ、それからスタンドにエドゥアルドを一目見ようと駆けつけるサポーターにお披露目される予定です。

エドゥアルドは16歳の時にリオデジャネイロからクロアチアに連れられ、ディナモ・ザグレブのユースに入団。レンタルなどを経てディナモのレギュラーで定着すると、2006/2007シーズンには34ゴールのリーグ新記録を打ち立てると同時にクロアチア代表でもエースFWに成長。チャンピオンズ・リーグ予備戦の直接対決でエドゥアルドに目を付けたアーセナルが2007年7月に移籍金1500万ユーロで獲得したのです。
アーセナルでは一年目からチームにフィットし、22試合12得点の活躍をしていたにもかかわらず、2008年2月のバーミンガム戦で卑劣なタックルのために左足首を開放骨折。一年に及ぶリハビリを経て復帰を果たしたものの、シュート感覚が戻るどころか故障を次々と併発し、ヴェンゲル監督も彼の起用を控えるようになってしまいました。
今季のアーセナルはボルドーからモロッコ代表FWマルワン・シャマクを獲得したこともあり、エドゥアルドの出場機会は更に厳しくなることに。リヨンやバレンシアなど移籍先が噂される中、クロアチア代表DF/MFダリヨ・スルナの推薦の下でシャフタール・ドネツクがオファー。話はトントン拍子に進み、水曜日の契約まで至りました。
シャフタールへの移籍に関して「都落ち」と思われる方もいるかもしれませんが、クロアチアではエドゥアルドにとってこれほど理想的な移籍先は他にないと考えられています。親友でもあるスルナの存在、ブラジル人で固められる攻撃陣、最新鋭のスタジアムに充実した練習場、最高水準の医療スタッフ…。私自身、2008年にドネツクの街を訪れたことがありますが、街中の至るところにシャフタールのロゴや選手のポスターが飾られ、いかにクラブが市民にとって大きな存在かを知りました。
(写真は、ビルに掲げられるスルナの巨大ポスター)
「この数日間は僕にとって非常にエモーショナルな毎日だった。シャフタールでの新たな挑戦に興奮すると同時に、3年間過ごしたアーセナルを離れるのは悲しいね。
アーセナルは特別なクラブであり、チームに携わる人々の存在が欠けることになるだろう。僕をサポートしてくれた全員に感謝したいよ。イングランドに渡った時は英語も知らなかったし、誰も知り合いはいなかった。しかし、直ぐに僕を素晴らしく受け入れてくれ、家族のように扱ってくれた。まるで自分の家にいるような気分になったんだ。
同じく、アーセナルのサポーターに御礼を言いたい。君たちは僕にとってファンタスティックな存在だった。僕の名前を歌ってくれたことは、決して忘れはしない。今はクラブを去るけど、アーセナルは常に僕の心にありつづけるよ」
金曜日にシャフタールの本拠地ドンバス・アレーナで入団会見が行われ、それからスタンドにエドゥアルドを一目見ようと駆けつけるサポーターにお披露目される予定です。
昨日、チャンピオンズ・リーグ予備戦2回戦の第2レグ「ルカ・コペールvs.ディナモ・ザグレブ」が行われたのですが、ディナモは0-3の完敗。初戦のホームで5-1と勝利していたことで、かろうじて3回戦進出を決めたものの、GKブティナの好セーブが無ければ「0-4」で敗退、という最悪なシナリオも起こりうる試合でした。
中盤でプレスがかからず、ディフェンスラインの動きもチグハグ。シヴォニッチ、ドドー、スレピチュカのFW陣に存在感はなく、MFサミールが攻撃で一人空回りするのみ。
ザイェッツ監督は3回戦の相手が決まる「ディナモ・ティラナvs.シャリフ・ティラスポル」を現地視察したため、采配をアシスタントに任せたのも士気に影響したですが(ザイェッツ監督のこの行動に関しても批判あり)、攻守に渡ってここまでバラバラなディナモは久しぶりに見ました。
このチーム状況は、
「Jリーグとクロアチア・リーグはどちらが上か?」-この質問に私は、"やっているサッカーが違う"とよく答えます。攻守の切り替えが速いJリーグに対し、クロアチア・リーグはもったりとしたサッカーをします。とりわけディナモが相対するチームは、ライバルのハイドゥクも含めてガチガチに守ってくるため、ディナモはボールを回しながら相手の隙を探さねばなりません。ザイェッツ監督になってから更に速いパス回しが要求されるようになりましたが、その精度はまだまだ未熟。それでも国内で勝利できるのは、個人能力の差によるものです。MFサミール、MFモラレス、MFバデリ(写真)はボールテクニックに優れ、ミドルレンジからのシュートも持っています。
逆に欧州カップで格上に挑むと中盤を制圧され、何とか守備で持ちこたえるものの、後半に集中が切れて負けるケースがしばしば。攻撃に転じても相手スペースを有効に使えません。国内外で戦いが異なるのがディナモのジレンマで、「国内リーグでは70分で試合が決まるが、欧州カップは70分から試合が始まる」は言いえて妙です。
つまり、佐藤選手は普段の国内リーグの試合だと、スペースのないペナルティエリアで190cm前後の屈強なDF陣と相対することになります。相手の裏を取る動きは有効でしょうが、そこにパスが出てくるかは限りません。サンフレッチェのような連動性はなく、インスピレーションに頼るMFが多いため、相互理解には時間が掛かるはず。その一方で欧州カップでは、目の前にスペースがあってもインターナショナルクラスのDFが待ち構えることになります。
国内リーグは現有戦力でも制覇できるので、外国からの補強選手に問われるのは欧州カップで貢献することです。昨季は元ギリシャ代表FWディミトリオス・パパドプロース(28・現セルタ)を連れてきたものの、結果を残せないまま半年でお払い箱となりました。佐藤選手は予想以上に少ない時間で、予想以上の要求に応えていかねばなりません。
【環境】…●
ディナモはここ数年、選手の売却で莫大を資金を得ており、スポンサー難とはいえ経営は比較的安定しています。佐藤選手ならば年俸50~60万ユーロは提示されるのではないでしょうか。サンフレッチェへの移籍金も200万ユーロは提示できるはずです。
ただし、欧州カップや国内リーグで無様な結果が出ると名物副会長ズドラヴコ・マミッチの一声で「年俸削減」が命じられることがあります。現に元アルゼンチン代表レアンドロ・クフレは昨季途中にその条件を呑み、60万ユーロ→30万ユーロに年俸が下げられました。日本の常識では考えられないことでしょうけどね(苦笑)
チーム内の雰囲気は悪くないものの、「ベテラン組」「外国人組」「ユース出身組」で派閥があると聞きます。リーダーと呼べる存在がいないのも原因の一つでしょう。1999年に三浦知良選手が所属していた頃はプロシネチュキやユリッチ、ラディッチといった親分肌の選手がいました。とりわけスペイン語を話す
これがチームの抱えるネックの一つです。ザグレブ市が100億円相当の改修費を掛けながら、杜撰な工事のためにスタジアム環境は劣悪。ディナモはザグレブ市民のアイデンティティながら、屋根もなく、トイレも満足にない廃墟のようなスタジアムを訪れるのを嫌がり、平均観客は3500人ほどに留まっています。欧州カップやハイドゥク戦となれば1~2万人ほどの観客が来るものの、普段は閑古鳥が鳴くスタジアムでどうモチベーション付けをするのか選手としても難しいところです。ユース上がり、もしくはクロアチア人ならばディナモのトップチームでプレーすることだけで喜びと誇りを感じますが、果たしてディナモと縁もゆかりもない選手が…と考えると、外国人選手には厳しい場所です。
またサポーターの「バッド・ブルー・ボーイズ」(写真)は欧州でも生粋のフーリガングループです。クラブへの忠誠心は強いものの、選手に対する敬意はありません。Jリーグのように選手の横断幕は一つもなく、毎試合のようにBBBが大きく掲げるのが
「フロントと選手は通り過ぎる存在で、残るのはディナモと俺たちだけだ」
と書かれた横断幕。サポーターから過保護扱いされるJリーグから来るとカルチャーショックを受けるでしょう。ただし、クラブのために常にファイトを見せる選手は外国人だろうと愛されるのも事実です。
【移籍のステップとして】…評価×
海外移籍を決意するには、ディナモは一つの踏み台として考えるのは当然の話です。欧州カップの戦いを通して知名度は上がりますし、リーグ戦でも国外からのスカウトは頻繁に訪れます。「ディナモ・ザグレブ」は移籍市場で一つのブランドとなっており、ここ数年の売却益だけ見れば、アヤックスやポルトと並んで最高水準。しかしながら、過去の移籍を見ると国外のスカウトが注目し、お金を払って獲得したのはクロアチア人だけなのも事実です。(※エドゥアルドはブラジル人ですが、ディナモ・ユース出身)
「スパルタ・プラハvs.スラヴィア・プラハ」のダービーマッチを観戦したスプリト出身の4人の留学生が、プラハ一有名なビアホール「ウ・フレク」でビールを飲みながら、「我らの手で地元スプリトにサッカークラブを作ろう」とのアイデアが生まれました。1911年2月13日、オスマン・トルコの戦った義賊名にちなんで名づけられたサッカークラブ「ハイドゥク・スプリト」が正式登録。あらゆる時代を経て("ユーゴ建国の父チトーが愛したクラブ"とも言われます)、いよいよ来年にクラブ創立100周年を迎えます。
ナンバーや縁には金色をほどこした特別ユニフォームを制作し、来年2月にスラヴィア・プラハ、来年夏にはバルセロナを親善試合に召集するなど、クラブは100周年に特別な熱の入れようです。クラブの今季の命題の一つが、6年ぶりのリーグ優勝。もちろん倒すべき相手は、5連覇中のディナモ・ザグレブとなります。
(写真は、プラハの"ウ・フレク"を訪れた際に店内で発見した、ハイドゥク発祥地を記念するプレート)
しかしながら、クラブを取り巻く状況は芳しくありません。財政難を克服する最後の手段として、借金を株式化したのが2008年。地元の富豪が次々と株を買占めたことで、負債を解消し、一時は潤沢な資金を得ました。しかしながら、複数の大口株主が経営や補強に口出しするようになり、高額な給与に見合わないベテランを次々と獲得したと思えば、株主のコネでプロ契約した若手も続出。かつては欧州屈指の評価を得ていたユーススクールも落ちぶれ、手塩に掛けたユース選手が横取りされたり、親や親戚によるコーチ収賄や暴力事件までも発生しています。
今年2月にイタリア人監督エドアルド・レーヤがラツィオを指揮するために退団し、急遽チームを率いることになったのはスプリト出身のスタンコ・ポクレポヴィッチ(写真)。特殊な地元のメンタリティをよく理解している彼は、持ち駒をフルに活かしながら実利と結果を重んじるサッカーを展開。シーズン前半の低迷ぶりをチームは払拭し、目標とされていたカップ戦優勝と2位を実現したのでした。
ポクレポヴィッチ監督は72歳の高齢ということで、フロントも当初は続投をためらったのですが、代わりを務められる指導者は見当たらず、2010/11シーズンもポクレポヴィッチが続投することになりました。
しかしながら、フロントはポクレポヴィッチに"美しいサッカー"も要求する一方で、選手を次々と整理。60人という異常な数の契約選手を40人ほどまで減らし、高額選手は放出か給与削減を呑ませることで財政を緊縮させました。以下が今季の主な選手の出入りです。
(加入)
MFマリオ・ブルクリャチャ(25) 【←カリアリ、レンタルから帰還】
GKボジダール・ラドシェヴィッチ(21) 【←ジェリェズニチャール、レンタルから帰還】
(放出)
MFヨシップ・スココ(34) 【→メルボルン・ハート、移籍金0】
DFアンソニー・シェリーッチ(31) 【→カラブクシュポール、移籍金0】
DFイヴォ・スモイエ(31) 【→オシエク、移籍金0】
MFフロリン・ツェルナト(30) 【→カラブクシュポール、移籍金0】
DFゴラン・ルビル(29) 【→アステラス・トリポリス、移籍金0】
GKヴィエコスラフ・トミッチ(26) 【→カラブクシュポール、移籍金0】
DFムラデン・ペライッチ(26) 【→オシエク、移籍金0】
FWイヴァン・ロディッチ(24) 【→リエカ、移籍金0】
MFダリオ・イェルテツ(24) 【→アル・フィサリ、移籍金0】
DFボリス・パンジャ(23) 【→メケレン、移籍金35万ユーロ】
FWマルコ・リヴァヤ(16) 【→インテル?】
フロントが課す命題とは裏腹に、ご覧の通りに戦力は流出しっ放し。更にクラブの最年少記録を次々と塗り替えたU-19代表MFマリオ・ティチノヴィッチ(18)に対しては、代理人の要求する65%の試合出場の条件を呑めないとして二軍行きを通告。ポクレポヴィッチ監督の手元で計算できる戦力は決して多くありません。
そんな中、昨季はことごとく勝負を決めるゴールを決めてきたFW/MFセニヤド・イブリチッチ(24・写真)は、ルビン・カザンからの好オファーが届いたものの残留を決意。レギュラー取りに意欲を燃やすユース出身の若手に競争を促すことで、ひとまず各ポジションに2人ずつの選手を揃えました。
問題を挙げるとしたら、点取り屋というべきストライカーがいないこと。昨季17ゴールのイブリチッチは1.5列目、もしくは2列目から飛び出してくるアタッカーです。また昨季、鳴り物入りで加入したFWアフマド・シャルビーニ(26)は期待に応えられず、もったりとした動きから干され気味。一緒に加入した弟のMFアナス・シャルビーニ(23)も不本意な一年を過ごしましたが、彼が最大の力を発見できる左MFに固定されたことで調子を上げています。左から内に切れ込んで打つ得意のミドルが決まるようになれば、イブリチッチとの二枚看板は誰に対しても脅威になりえるでしょう。
あとはスココが去った後のボランチの一角、ルビルが去った後の右サイドバックも固定されていないのも問題です。レーヤ前監督がイタリア仕込みで整備した守備力には定評があつただけに、これらのポジションにも若手の台頭を待つしかありません。
ハイドゥクは15日、本拠地ポリュウド・スタディオンにハンブルガーSVを招待し、3-3の好試合を演じました。前半はMFイブリチッチ、MFシャルビーニ弟、MFオレムシュ(21)、FWチョップ(20)による鋭いカウンターが次々と決まり、ハンブルガーの選手、とりわけFWペトリッチはその若い攻撃力を絶賛。クロアチア代表の左SBのポジションに名乗りを挙げたストゥリニッチも、フィジカルとスピードを活かした攻撃参加を幾度となく見せました。攻撃陣は昨季と変わらぬ分、連携面で更なる深みを期待できましょう。
(ダイジェスト動画は
そんな中、17日に「クロアチア・スーパーカップ」が4年ぶりに開催。リーグ王者のディナモとカップ戦王者のハイドゥクが直接対決しました。私もそれなりの期待をしてマクシミール・スタディオンに足を運んだのですが、リーグ戦やカップ戦とは異なる「レビュー」的な試合に終わってしまいました。
高い気温と湿度、合宿後の疲れなどもあって両チームもコンディションは優れず、ミスが目立つ試合に。それでも前半はハイドゥクが幾度とカウンターを発動させ、ディナモ守備陣を混乱に追い込みました。昨季のハイドゥクはディナモに分が良く、2勝2分の負けなし。強い相手には辛抱して守り、相手のミスを待つ戦い方は今季も変わりありません。
しかしながら77分、GKスバシッチがFWドドーと交錯して手を傷めて倒れこんだのにもかかわらず、コーナーからプレーは再開され、隙を突いた形でビシュチャンがヘディングシュート。そんな疑惑のゴールを守り切り、ディナモが4度目となるスーパーカップを手にしました。
(ダイジェスト動画は
過去5シーズンのポイント累積で決まる現在、クロアチアはUEFA加盟国53ヶ国中27位。この停滞ぶりの一番の要因となったのがハイドゥクです。15年前にはチャンピオンズ・リーグ準々決勝に進んだ名門も、今では欧州カップで泣かず飛ばずの存在。昨季はヨーロッパリーグ予備戦3回戦から登場したものの、スロバキアのジリナ相手に即敗退し、ここ10年を振り返れば欧州カップで8勝12分12敗と揮いません。
今季もハイドゥクはヨーロッパリーグ予備戦3回戦から出場。相手はルーマニアの名門ディナモ・ブカレストです。かつての栄光を欧州でも取り戻せるかどうか。15年前にチャンピオンズ・リーグ準々決勝進出した際には、同じ街のステアウア・ブカレストをグループリーグで倒したこともあり、縁起は悪くありません。
憎き名前でもある"ディナモ"を下し、続くプレーオフを乗り越えて"ディナモ・ザグレブ"と一緒にリーグラウンドに進もうならば、クロアチアのサッカークラブ復権の時代が再び訪れるかもしれません。
スラボンスキ・ブロド出身のマンジュキッチは幼少時代を父の出稼ぎ先であるドイツで過ごし、当地のユースでキャリアをスタート。10歳でクロアチアに戻ると、地元クラブのマルソニアを経て2005年に一部のザグレブへ。そこで頭角を現し、2007年夏、エドゥアルドをアーセナルに売却したばかりのディナモが150万ユーロの移籍金で獲得しました。
強靭なフィジカルと負けず嫌いな性格で直ぐにレギュラーを獲得すると、その年にはUEFAカップでアヤックスを倒す延長戦の2ゴールを決め、2008/09シーズンは16得点でリーグ得点王。クロアチア代表にも常時選ばれるようになり、多くのクラブが彼に関心を集めるようになりました。
しかしながら、高慢な態度のせいでチーム内で孤立するようになり、昨年夏の合宿中には移籍願望が強いばかりに練習を真剣に行わない態度をフロントは問題視。しかし、欧州カップでマンジュキッチは必要不可欠な戦力ということで、法外な年俸(一説には100万ユーロ)を払うことで
火曜日のチャンピオンズ・リーグ予備戦2回戦のルカ・コペール戦で、マンジュキッチは怪我をおしながら2ゴール・1アシストの活躍を見せたわけですが、既にその2日前には両クラブが移籍に合意していた模様です。ゴールを決めた時のマンジュキッチは、サポーターにお別れするかのように派手なアクションでサポーターに挨拶しましたし、試合後のミックスゾーンでも
「今はどこもクラブに行くつもりはない。しかし、いつも誰かが見ているんだよ」
と移籍を匂わすコメントを残していました。木曜日の午前練習でユニフォームに着替えることなくチームメイトに挨拶した、という情報で移籍決定が明らかに。ディナモのフロントも移籍に関する書類を作成し、昼にはメディカル・チェックのためマンジュキッチはドイツ入り。そこで問題がなければ正式契約となります。スティーブ・マクラーレン新監督とも挨拶した、という彼は
「直ぐに試合に出られるか、と監督は聞いてきたよ。キャンプをこなしただけに"もちろん。今か今かと待ってます"と僕は答えたさ。しかし、まずはメディカルチェックに通り、契約にサインせねばならない」
とコメントしています。英国メディアは今日になって"アストン・ヴィラが950万ユーロの移籍金を提示した"と報じてますが、時すでに遅し。彼はドイツ語が話せ、姉がドイツに住むことから、かねてよりブンデス挑戦を口にしていました。
今回のマンジュキッチ売却に関して、賛否両論の意見があります。
「マンジュキッチはサポーターにそこまで愛される存在ではなかったため、彼自身を売ることは構わない。しかし、ディナモのチャンピオンズ・リーグ本選、あるいはヨーロッパ・リーグ本選出場の野望はどうする?」
とはいえ、ここでマンジュキッチを売らず、また昨年のように腐らせてしまうのならば、今こそ彼を売る最後のタイミングだ、というのが私の意見です。平均2000人ほどの観客しか集まらず、レベルも決して高くない、その一方で世論やサポーターの風当たりが厳しいクロアチア国内で続けるよりも、サッカー選手としてのステータスが高いドイツで揉まれ、心身ともに磨かれた方が彼のキャリアにとっても良いでしょう。
移籍金の収入でしか経営を繋いでいけないディナモにとっても選手売却は優先すべき話。この不況下、不満や問題が堆積するクロアチア・リーグで育った選手であっても「900万ユーロで売却できる」という事実こそ重要視すべきであり、2002年から経営に関わるマミッチ副会長が選手売却で生み出した総額が「1億400万ユーロ」であるのは敬服に値します(その移籍金のほとんどが選手に折半することなく、全額がクラブへ)。
ただし、欧州カップで悲願の年越しを41年ぶりに実現させるため、マミッチ副会長は何かしらの手を打たねばなりません。昨年は元ギリシャ代表FWパパドプーロスが大失敗したため、穴埋めで安易に外国人を再び購入することはしないでしょう。イゴール・ブダンやイヴァン・クラスニッチといった実績あるクロアチア人を説得して引き連れてくるか、それともU-19代表のアンドレイ・クラマリッチをじっくりと育てるか。マンジュキッチを放出した今こそ、経営センスが問われるはずです。
昨季はリーグ五連覇を達成したディナモですが、観客の欲求に応えられるサッカーはできず、過激なサポーターの「バッド・ブルー・ボーイズ」(BBB)も警官相手に暴動を起こすなど散々なシーズンの締め括りでした。
対するコペールは初めてのチャンピオンズ・リーグ挑戦です。スロベニアの名門オリンピア・リュブリャナのトップチームでコーチを務め、ライバルのコペールを視察に来た坂田和也さん(
早い失点に揺らぐディナモ。直ぐにモラレスの右クロスからマンジュキッチ(写真中央)が身体を投げ打ったヘディングシュートを試みるもののGKハシッチの正面。その仕返しとばかり、コペールもマンチェタが右サイドから鋭いコースのミドルシュートを放ちましたが、GKブティナの好セーブで追加点を許しません。
最初の20分間はザイェッツが目指す「コンビネーション重視のパスサッカー」とは程遠く、そのお株はコペールのものでした。しかし、コペールが犯した過ちは、貴重なアウェーゴールを守りきるのではなく、自らのプレースタイルを貫き通してディナモと真っ向に挑み続けたことです。引かれる相手にディナモがやたらと弱いのは、昨季に実証されていたにもかかわらず。経験不足のせいか、それとも過信のせいかもしれませんが、その代償がマンジュキッチの能力をフルに活かしたディナモのカウンター攻撃でした。
30分、カーリッチ(写真左)が高い位置でボールを奪われると、速いパス交換からサミールがオフサイドトラップを破ったマンジュキッチにスルーパス。ポロヴァネツをドリブルでかわし、正面から放ったシュートはGKハシッチの足に当たったもののゴールへと吸い込まれます。
そして38分、チャゴが大きく縦に蹴り出すと、マンジュキッチが二人に挟まれながらヘディングで前へ。落下点にスレピチュカが走り込み、GKが飛び出したのを見計らってボールにワンタッチして交わし、最後は左足でシュート。鮮やかな逆転劇にBBBのいるゴール裏も湧きました。
後半は精神的に解放されたディナモのペース。個人技とコンビネーションを融合させながら、相手ゴールを脅かし続けます。コペールも57分、カーリッチの左アーリークロスにブルルツが点で合わせるだけの場面でクロスバーの上へと吹かしてしまい、同点のチャンスを失ってしまいました。
59分にザイェッツ監督はモラレスに代えてシヴォニッチを投入。右・シヴォニッチ、左・マンジュキッチ、中央・スレピチュカの3トップにし、スピードあるシヴォニッチと右SBのエトーを運動量の落ちたカーリッチにぶつけます。1997~98年、ガンバ大阪にも在籍した元スロベニア代表カーリッチも今や36歳。その作戦が功を奏し、63分にカーリッチの足元からエトーがボールを奪うと中央へ折り返し。サミールのシュートはヒットしなかったものの、左のマンジュキッチが右足でシュートを流し込んで3-1とリードを広げます。
77分にはシヴォニッチが右からドリブルで中央へ切り込んでいき、中央フリーのサミールへラストパス。丁寧にグラウンダーのシュートをサミールが左下隅に決めて4-1。締めは80分、踵を使ったスレピチュカのスルーパスにエトーが反応し、カーリッチを背にしながらシュートを決めて5-1となりました。
待ち望んでいたサッカーはこれだと、BBBからは「ヴェリミール・ザイエッツ!」「ゼコ、ゼコ、ゼコ」(ザイエッツの愛称)のコールが飛び出し、ザイェッツも高く右手を挙げて彼らに応えました。課題はまだまだあるものの、一週間後のアウェーマッチを待たずして、3回戦進出は安全圏。ザイェッツ監督の初陣としては申し分ない結果となりました。
(試合のダイジェスト動画は
「辛くとも大勝利となったことに満足はしている。コペールは首尾一貫した好チームだしね。うちの選手達はサポーターを前にすると精神的な重圧が掛かるのは明らかな問題だ。この問題は勝利を重ねることによって克服さねばならない。しかし、選手達はキャラクターを見せてくれた。最初の15~20分はふらついたが、そこから盛り返してくれた。今までになかったキャラクターだよ。
また観客にも御礼を言いたい。観客数はまだ多くないかもしれないが、彼らの応援が我々をサポートし、逆転を可能にする要因となった。私に対するコールについては、現役時代の貢献度によるものだろう。監督としての仕事ぶりでコールを受けるためには、相手をもっと食っていかねばならないね」
また、ゴールを決めて喜んだが余りにユニフォームを脱いでイエローをもらったサミール、試合が決まった状況下で蟹ばさみタックルをかましてイエローをもらったマンジュキッチに対しては、「この先も続く欧州カップでの戦いを考慮しない行動は規律に欠けている」として苦言を呈しています。
この試合後、コペールの主将パヴリン(写真)が現役引退を表明しました。フライブルクやポルトでも活躍し、昨季からはコペールのスポーツ・ディレクターを兼任しながらのプレーでしたが、今年39歳を迎えることもあり、選手としては後進に道を譲るようです。クロアチアのメディアに対して
「再び君達は宝石のような存在の選手を抱えたね。マンジュキッチのことだよ。彼が私を年金生活者に追いやったのさ」
との言葉を残し、チームバスではなく、一人タクシーでスタジアムを去ったとのこと。
また怪我を抱えながらも存在感を見せつけたマンジュキッチは
「まだ何も終わっちゃ無いさ。今はどこもクラブに行くつもりはない。しかし、いつも誰かが見ているんだよ」
と国外クラブのスカウトを意識したコメントを残しています。ディナモのフロントは彼の売り時を何度も逃していますが、カップタイドのルールもなくなった今、獲得を真剣に考えるクラブも出てくるかもしれません。今のディナモは彼に依存する面が大きく、チームが欧州カップの舞台で勝ち抜けば勝ち抜くほど、再びクラブは「売るか、残留させるか」のジレンマに立たされるはずです。
ディナモの次の試合は17日、クロアチア・スーパーカップで宿敵ハイドゥク・スプリトとマクシミールで対戦します。このコペール戦が呼び水となり、昨年は1万人すら越えなかったダービーも大勢のサポーターが集まることでしょう。リーグの行く末を占うこちらの対戦も楽しみです。

