2010年06月08日

クロアチア紙におけるオシムのインタビュー/南アフリカ・ワールドカップを語る

ワールドカップ開幕まで残りわずか。出場を逃したクロアチアの紙面でも特集が組まれるようになりましたが、やはりこの人に訊け、とばかり、昨年創刊したスポーツ紙「SPORT PLUS」の6月1日号でイヴィツァ・オシムのインタビューが見開きで掲載されました。

日本でもオシムはあらゆるメディアで露出しており、私も幾つかインタビューをこなしてきたものの、どうしても質問は日本代表に偏らざるえない分、今回のワールドカップの概論的なインタビューは多くはありません。またオシムが日本のメディア向けに語るのと、旧ユーゴのメディア向けに語るのとでは、トーンも少しばかり変わってきます。

また、オシムのインタビューが表に出るまでには、通訳、もしくは記者が介在するためにニュアンスが変わってしまうのは至極当然の話。今回はクロアチアの記者がオシムに話を聞き、記者がクロアチア語で文字起こしたものを私が日本語訳した、つまり二つのフィルターが掛かったものだと捉えて下さい。それでは以下がインタビューです。


-南アフリカ・ワールドカップにおける優勝の本命はどこでしょうか?
「私には何となく今回は"復讐者"によるワールドカップになるような気がする。過去の大会で成し遂げられなかったものを取り戻そうとリベンジを探し求める国々、失ったものを埋め合わせたいという国々がどれだけあるというのか。
ドイツは自国開催の前大会で準決勝止まりだった。イングランドは44年振りの王座に登り詰めるためにカペッロを招聘した。スペインは欧州制覇したが、今は世界制覇も企んでいる。ワールドカップが行われるや、常にブラジルは本命だ。アルゼンチンは素晴らしいチームを抱えており、全てに対して準備は出来ている。ポルトガルもサッカー大国のグループに入る扉を探しているし、オランダがどれだけタレントを輸出しているか言うまでもない。
ほら、最初のボール(質問)に"ボレー"しただけで、私は貴方にこれほどの意見を挙げ連ねた。これまでにはなかったんじゃないかな。7月11日、ヨハネスブルクで優勝を祝えそうな国が10ヶ国も存在するなんてことは。」

nogomet-165655.jpg-そんな偉大なチームの"森"の中から貴方がどこか選ぶとしたら、ニュアンス的に突き出た国を挙げるとしたらどこでしょうか?
「スペインかな。そう語ることには私の主観性も入っているよ。あれほどの美しいサッカーをやっている。多くの洒落っ気や気質(かたぎ)、エレガンスがあり、観る者を楽しませるサッカーだ。我々、旧ユーゴの流儀を思い出させるような…。
しかし、スペインは我々に無かった正確性を備えている。つまり、正確性そのものはサッカーの目的でないが、結果を残す上でその正確性が彼らの美学になっている。以前から既にチームの根本は構築されており、ユーロ2008でその実力を示してくれた。今、アフリカでそれを繰り替えさない理由がないというのかね!
"首尾よく"といった表現があるように、彼らには弱点が一つも見つからない。だから私は"フリア"(激情という意味のスペイン代表の愛称)に賭けるんだよ」

-もしアルゼンチンにもっと優れた監督がいたならば、アルゼンチンがどのチームよりも先んずると多くの専門家が言っています。選手としてのマラドーナは誰もが評価していますが、輝かしい監督であることは今まで証明してませんよね?
「まあ、それは嫉妬に過ぎないと思うよ。かつてメキシコで彼がやったアレのせいでね。あのハンドでのゴールは彼に多くの敵を作ってしまった。今でもそれが理由で多くの人が彼を嫌っている。FIFAが一度でも解決すれば良かったものの、四半世紀が経過しても未だにアレを引きずっているように思えるのさ。
マラドーナ自身に欠点はあるが、彼に対する追及が余りに長く続くことは正しくないと私は考えているよ。ディエゴはサッカー界の偉人であり、代表監督という新たな役割に相応しい人物だ。そして、"ガウチョ"の代表に世界クラスの選手が足りないなんてことは本当にない…」

-ワールドカップが行われるや、常にブラジルは本命だと言いましたが、エクストラなスター選手が揃っているという事実以上のものがブラジルにはありますか?
「ブラジルが頂点に位置するのは当然のこと。しかしながら、チームの幅という点で私はブラジルに対して慎重な考えだ。もし100人もの一流選手を抱えることができたとして、"11人のロナウジーニョ"がプレーしたならば、どんな結末になるか想像してくれないか? 何かしらのバランス、タスクの分配が必要なのだよ。全員が"アーティスト"であることは無理だ。
その点で、カルロス・ドゥンガ監督は勝負を決める役割だ。これほどの個人能力をもった選手たちから、チームとしての"化学反応"を起こせるかどうか? カカーとそのチームメイトはライオンのように闘えるかどうか? 相手の足元へスライディングし、身体を投げ打つことができるかどうか?
もしそれに成功したならば、モウリーニョが必要あらばエトーにサイドバックをやらせたのと同じことができるのならば、ブラジルの優勝の目は大きくなるだろう」

-イングランドは他国でのワールドカップ開催であろうとも王者になれることを望み、ウェンブリーにおける成功の再現を永遠に待っていますが。
「常にイングランドのモザイクに欠けてきたピースに、カペッロが本当になる必要があるだろうね。彼は何もないところから奇跡を起こす人物だ。そんな"錬金術"をローマやユベントス、レアルで成功させてきた。自らのプラグマティズムやインテリジェンスを持ってして、彼は全てを凌駕してきたんだ。だから今の彼にとっては難しいことではないだろう。大きな苦しみをしなくとも良い結果は残せるだろうね。とりわけ手元に最高級のプロフェッショナリストたちがいるのだから。
しかし、こう考えてくれ。全てのイングランド人が一つになっても、カペッロはそれ以上のプロフェッナリストだとね! 非現実的のように思えるだろうが、それが本当だ…」

-本命とされる全ての国を挙げてきましたが、私達は前世界王者のイタリアを忘れていました。サラエボではアウトサイダーのことを"誰も考慮にしてくれない奴ら"と言ったりしますが…
「イタリア人は常に頂点の近くにいる。目立たないところで忍び寄っているんだ。そしてここ一番のタイミングで飛び掛ってくる。ミスを犯す必要は決してない。"アッズーリ"を消去する必要はね。思うに、誰もイタリアのことを口にしない方が、イタリア人にとっては嬉しいだろうね。その時こそ彼らは一番危険なのだから。リッピは世界王者だし、経験豊かで狡猾なキツネだ。ドイツ大会で既にやったように、どうチームを整えるかは分かっているだろう。
まるでイタリアはこのような大会のために作られたチームだ。骨の髄までその全てが燃え尽きた時、彼らの崇高さがいわゆる結果へと繋がる。それは彼らにとってサッカースタイルだけじゃない。むしろ彼らの人生もだ。勝負に敗れたならば、生きることすら困難になる。失敗した後にはピアッツァ(広場)に外出することも許されない。敗北は彼らにとって悲劇だ。だからこそ彼らは戦い、自分を守り切ろうとする」

-あなたがアフリカの代表チームを特別に言及しなかったことは興味深いのですが。
「もうアフリカは"サプライズ"と呼ばれる要素を使い果たしたと考えている。誰も彼らに触れなかったとしても、事実、既に偉大な業績を残したわけだからね。私の記憶が正しければ、最後に成功したのは2002年の日韓ワールドカップにおけるセネガルだ。今じゃ、どのアフリカの選手も2~3試合で実力を発揮すれば、直ぐにヨーロッパに移籍してくる。"輸出"させる選手の数以上の選手を作り出すは不可能だ。誰もがアフリカのチームをよく知っているし、彼らをどう対処するかも準備できている。
しかし、もしどこがサプライズになれるか、どこがもう一歩踏み出せるかと聞かれたならば、それは開催国の南アフリカだ。彼らを過小評価するのは誤りだよ。彼らの可能性に限界があるなんて口にしたくないね。昨年のコンフェデーレション・カップの時の南アフリカを私は気に入っているよ」

-貴方は1990年のイタリア大会で、"最後のユーゴスラビア代表"を導きました。分裂後の国々ではセルビアとスロベニアの二ヶ国が本大会に出場し、クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナが出場の寸前まで行きましたが。
「ワールドカップにバルカンの国が出てくることは個人的に嬉しいね。つまり、バルカンでも良いサッカーが行われているということだよ。既に言ったように、アフリカと南米は既に"掘り尽くされた資源"だ。しかし、この我々の地域はもしやこの先、豊かなヨーロッパ・サッカーにおけるメイン市場になるのではと私は予想しているのさ。選手育成やタレント輩出はこの先も続くだろうし、そのプロセスは近い将来に上昇傾向に向かうと考えているんだよ。
クロアチアとボスニア・ヘルツェゴビナが寸前のところでワールドカップ出場に成功しなかったのは残念だ。しかし、こぼれてしまったミルクを今、嘆いたところでも仕方はない。きっとクロアチアは痛みをより感じているだろう。失ったものが何たるかを知っているし、これまで大きな大会に何度も出場してきたからね。ワールドカップに行けなかったことが、彼らにどれだけの苦しみをもたらすのか。ボスニアはようやくその苦しみを感じたところだ。残念だ。残念だよ。それぞれが南アフリカで見せつける実力があっただろうからね。しかし、今は訪れるものに対して目を向けなくてはならない。まだ始まってない"ばかり"のユーロ2012だ」

-代表チーム、そしてチームの精神について多くを語ってくれましたが、やっぱりワールドカップは偉大なスタープレイヤーが記憶に残るものです。どの選手よりも上に位置するカテゴリーの選手として貴方は誰の名前を挙げますか? 一般的に挙がるのは、メッシ、ロナウド、カカー、ルーニー…
「彼ら全員が同じ階級だとは思っていない。誰よりも一つ頭が抜けているのはメッシだ。なぜなら、彼は最も完成された選手であり、エリート集団でも突き出た存在だからね。チームプレーの中でも素晴らしい個人能力を持った選手であることは、バルセロナでも証明してきた。アルゼンチンでも可能だろう。彼は全てを持っている。スピード、ドリブル、そして彼は一対一のマッチアップにおけるマイストーレ(職人)だ。パス、アシスト、ゴールの決め方も知っている。言ってしまえば、地獄のような選手だよ…。メッシがワールドカップのMVPになることを期待している。それが当然の選択じゃないかな」


posted by 長束恭行 |00:36 | サッカーニュース | コメント(1) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年06月02日

ロベルト・コヴァチ、現役引退

長きに渡ってクロアチア代表のディフェンスの屋台骨となり、数々の名門を渡り歩いたロベルト・コヴァチ(36)が、昨日、現役引退を発表しました。

nogomet-164707.jpg親友であり、仲人関係にあるディナモ・ザグレブのスポーツディレクター、ゾラン・マミッチに引退を申し入れたコヴァチはこのようにメディアに引退の理由を述べています。
「もう充分だよ。自分の将来のサッカー人生、そしてサッカーのない人生をどうするか。そんな決定をどうやってもたらすべきかと以前より考えていた。疲れもあるし、年齢も理由の一つ。またモチベーションもさほど大きくない。これでは国内や欧州の舞台でディナモを助けることはできないと判断したんだ。これらが引退を決定する理由となったのさ」

ディナモ側はコヴァチに考えを変えるよう説得したものの、コヴァチの引退に対する意思は強く、彼の決定を受け入れることにしました。コヴァチは引退、今後のプラン、そして最後のクラブとなったディナモに関してこう述べています。
「現役を退くことは残念さ。サッカーは私の人生だし、6歳から36歳まで続けてきた。15年間のプロ人生を過ごしてきただけに、間違いなくサッカーは人生に欠ける存在となるだろう。引退という事実を自分の中に受け入れ、新たな人生のリズムを掴むためにはある程度の時間が必要なるかもしれない。
トレーニング、遠征、試合といったサッカー選手の義務から離れて、まずは少し休みたいね。今後どうするかといったプランや決定はその間に下すことになるだろう。現時点ではサッカー界に残るか、他の仕事をするかは分からない。しかし、残りの人生をぼーっと過ごすことは間違いなくないし、不可能だろうね。
ディナモはクロアチアで最大のクラブであり、タイトルが最も多いクラブだ。このような偉大なクラブのメンバーであれたことは、私にとって大きな名誉であり誇りであった。欧州カップで結果を残せなかったのは残念だ。とりわけチャンピオンズ・リーグ予備戦の時期に私は怪我してしまい、チームを助けることができなかったのは残念だよ。でも、このクラブでプレーできたことは嬉しかった。多くの人と知り合えたし、友人も得ることができた。どれだけの愛情がクラブに捧げられているか知ることができたのだよ」

この一年のコヴァチは背中の痛みが長く引き、クルノスラフ・ユルチッチ前監督からは「大事な試合だけに起用する」という優遇措置を受けました。しかし、コヴァチが後半のチーム不調の矛先をユルチッチに向けるなど両者の確執が噂されており、先月、コヴァチの残留をクラブが決めた翌日にユルチッチが監督を辞任してしまいます(5月19日)。
後任監督に兄のニコが就任するという話が挙がり、もし実現したならば弟の現役続行は当然の成り行き。しかし、後任監督に選ばれたのはヴェリミール・ザイェッツでした。ザイェッツ監督は"コヴァチには昨季以上に試合に出ることを期待している"と述べ、彼を特別扱いはしないことを言った矢先の引退発表。また昨今の不況で年俸(60万ユーロ)も半分近くは削られる可能性が高かったことから、コヴァチも無理して現役を続ける意義を失ったのかもしれません。


ロベルト・コヴァチのキャリアをさらっと振り返りましょう。
nogomet-164715.jpgクロアチア移民二世としてベルリンで生まれた彼は、1991年にブンデス三部のヘルタ・ゼフレンドルフでプロデビュー。1995年にブンデス一部のニュルンベルクに移ると、その翌年にはバイヤー・レバークーゼンに移籍。三度の準優勝を飾ったチームで頭角をメキメキと現します。
2001年には800万ユーロの移籍金でバイエルン・ミュンヘンへ。2度のリーグ優勝と2度のカップ戦優勝、そしてトヨタカップの優勝を経験。2005年にユベントスに移籍し、セリエA優勝を経験するもカルチョポリ事件でセリエBに降格。昇格に貢献したのち、2007年にボルシア・ドルトムントへ。衰えが見えてきたところで2009年1月にディナモに加入。初めてのクロアチアのクラブでのプレーとなり、若手に対して多くの刺激を与えてきました。
クロアチア代表に関しては、1999年4月のイタリアとの親善試合でデビュー。2009年10月のカザフスタン戦で代表を引退するまで84試合に出場。これはダリオ・シミッチの100試合に次ぐ二番目の出場数になります。大きな大会だと2002年・2006年のワールドカップ、2004年・2008年のユーロに出場。2008年に兄ニコが代表引退した後はキャプテンも任されました。


ロベルト・コヴァチには昨年、移民をテーマにインタビューをしたことがあります。彼の両親の出身はクロアチアではなく、ボスニア・ヘルツェゴビナ西部のリヴノ。クロアチア人が多数派であり、とりわけクロアチア愛国主義の強い地域であるものの、1960~70年代に仕事やより良い生活を求めて多くの住民がドイツをはじめとする西側の資本主義国に流れました。祖国を離れた両親から彼らは子供の時から愛国主義を植え付けられただけに、彼がクロアチアに抱く愛情は特別なものがありました。インタビューではこんな風に語っています。
「ドイツはあらゆる面で紛れもなく立派な国だ。事実、ドイツは今の自分にあるもの全てを与えてくれた。例えば、サッカーを始めたのもドイツだし、学校教育を受けたのもドイツだ。しかし、クロアチア人にはクロアチアならではの精神が宿っているのだよ。ドイツ人に独自の精神が宿るようにね。僕は決してドイツ精神を感じたことなどない。居心地は良い国だけど、自宅にいるような気分にはなれなかったんだ。ザグレブに住むのとは少しワケが違うんだよ。確かにドイツで生まれ育ったことで、彼らのメンタリティは得たのかもしれない。しかし、僕の魂の中にはクロアチアがあるんだ」
ディナモは今後ともコヴァチに門戸を開き、ベルリン生まれのクロアチア移民である彼もザグレブに住み続けるとのこと。ドイツ仕込みのプロフェッショナリズムやディシプリンをクロアチア代表やディナモに持ち込んでくれた彼にクロアチア国民は改めて感謝しています。


posted by 長束恭行 |16:36 | サッカーニュース | コメント(0) |
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加