2009年08月30日

モドリッチがボウヤーのタックルで骨折/イングランド戦出場は絶望

クロアチア代表のキープレイヤーであるMFルカ・モドリッチが、29日のプレミアリーグ「トットナム・ホットスパーvs.バーミンガム」で、リー・ボウヤーに後ろから蹴られて負傷。右足の腓骨を骨折し、全治2~3ヶ月と診断されました。この試合後に控えていたワールドカップ予選のベラルーシ戦(9月5日)、そしてイングランド戦(9月9日)の出場は絶望どころか、10月のカザフスタン戦やプレーオフの出場もほぼ絶望となりました。

nogomet-108556.jpg負傷は後半開始の直後に起きました。動画を見て頂いた方が早いと思いますが、なにせ相手があのボウヤーですから確信犯でしょう。
トットナムも彼自身も調子が良かっただけに、本当に最悪なタイミングです。バーミンガムといえば、昨年はエドゥアルドも負傷させたチーム。否応が無しに今回のモドリッチの怪我も感情的にならざるをえません。怪我はサッカーに付き物なのは承知の上ですが、こうもイングランド人ばかりがやってくれると本当に「ふざけんな」です。

この試合はクロアチアの民放(RTL)でも生放送されており、モドリッチの病状は第一報が届くまで心配されていました。レントゲン写真がクロアチア代表ドクターのバフタレヴィッチ氏に届き、彼から絶望的な情報を聞いたスラヴェン・ビリッチ監督は
「ショックは大きい。ルカは世界最高の選手の一人だけに、もし彼のような選手が欠けるとなれば、我々以上のサッカー大国であってもダメージだろう。違う骨まで損傷しなかったことで、2~3ヶ月はすればピッチに戻れることは良かった。ルカが怪我をしてしまったとはいえ、ワールドカップ出場という目標は変わらないのだが」
とコメントしています。

また、クロアチアのスポーツ紙Sportske Novostiは試合翌日の一面に「ショック」「苦しみの上のスラヴェン・ビリッチ」との見出しで、モドリッチの骨折が報じられています。ピッチから運ばれた直後の電話インタビューでは
nogomet-108645.jpg
「とても痛いし、まったく楽観はしていない。問題がないことを心から願っているけど、しかし…。向こうの選手が僕の右足に入ってきて、直ぐにまずいと感じたよ」
と答えており、その後、骨折だと知るや
「まるで僕にとっては全世界が崩壊したかのようだ。全てが上手くいっていたのに、今では右足腓骨の骨折で少なくとも6週間はピッチから引き離されてしまう。このタイミングで起きてしまったことは本当に本当に悲しいよ。僕の調子は最高だったし、チーム(トットナム)も最高の状態だ。そして鍵となる代表の試合が続くというのに。
僕がどんな気分かなんて表現することは不可能だよ。怪我した箇所は痛いけど、ピッチからこれほど離れることを知るのと比べれば怪我なんてまだ小さな問題だ。クラブ、そして代表のチームメイトには頑張って欲しい。今までのように本物のチームであることを願っている」
と、まるで泣きそうな声で答えていたそうです。
またVecernji list紙のインタビューでは
「エドゥアルドがバーミンガム相手に怪我をしたことは頭にも浮かばなかった。しかし、浮かんだところで何ができるというのかね」
とも述べています。


GKスティペ・プレティコサもスパルタク・モスクワでの練習中に脚を滑らせて膝の十字靭帯を断裂。復帰まで短くて3ヶ月、長くて6ヶ月と診断されています。外国人枠もあってスパルタクで出場機会に恵まれないプレティコサでしたが、実はトットナム・ホットスパーへのレンタル移籍に合意していた状況でした。もちろん、レンタル移籍の話は破談となり、不幸に次ぐ不幸と言えます。
ビリッチ監督は、第3GKとしてインテル・ザプレシッチの正GKマテイ・デラチュを召集。8月20日に17歳になったばかりですが、昨季はスポーツ紙のリリーグ出場の平均評価点がGK中でトップになるなど将来性が期待されます。U-21にも呼ばれてないので、いわゆる飛び級のサプライズ召集となりました。

またジェノアに所属のMFイヴァン・ユリッチは、28日のヨーロッパ・リーグ予備戦の対オーデンセ戦で、ジェンバ・ジェンバと衝突して脳震盪を起こして退場。更に鼻の骨を折っていますが、代表合宿には遅れて参加し、防護マスクをつけてプレーする予定です。

ちなみに今回の代表メンバーでは、ハイドゥクに移籍したばかりのMFアナス・シャルビーニが召集されました。しかしながら、モドリッチの穴を埋めるほどの期待はできないでしょう。代えが利かない選手だけに、これからのワールドカップ予選の大詰めを前にクロアチアは大きなハンデを負ったことになります。


posted by 長束恭行 |07:21 | サッカーニュース | コメント(7) |
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2009年08月28日

5節終わって勝点2~泥沼のハイドゥク・スプリト

「なぜ今季のクロアチア・リーグは12クラブから16クラブに拡大されたのか?」
「なぜならハイドゥク・スプリトが一部に残るためだ」

そんな冗談がささやかれているのが、今のハイドゥク・スプリト。ディナモ・ザグレブと対抗できる唯一のチームながら、5節を終えての勝点はわずか2。ライバルのディナモとは既に勝点11も引き離され、順位も16チーム中14位。ちなみに来季のリーグ体制は正式に決まっておらず、12チームどころか10チームまで縮小する案が出ているため、冗談抜きでこの調子では一部に残れません。

アンテ・ミシェ監督がわずか2節で辞任し、後任のイヴィツァ・カリニッチは初陣となったヨーロッパ・リーグ予備戦2回戦で格下のジリーナ(スロバキア)に決勝ゴールを決められるや、心臓病で倒れて病院送り。その後にペロシュ会長以下、フロントが一掃されたことは、8日のレポート「シーズン早々、暴風吹き荒れるハイドゥク・スプリト」で書きました。
それからシュヴァグシャ会長が就任し、起爆剤としてシャルビーニ兄弟を獲得したことは、16日のレポート「シャルビーニ兄弟、茶番劇の末のハイドゥク移籍」で書いています。今日はその続きと参りましょう。

nogomet-108242.jpgアシスタントコーチのヨシュコ・シュパニッチが率いた第3節・対スラヴェン・ベルーポ戦は1-2で逆転負け。ホームの第4節・対インテル・ザプレシッチ戦は辛うじて2-2で引き分けます。新たな監督を探す新フロントは、「国内にハイドゥクを率いられる監督はいない」としてイタリア人監督のアルベルト・ザッケローニと接触。ACミランでスクデットを獲得した彼でが、年俸面で折り合わず、フロントが新たに白羽の矢を立てた人物が、監督この道30年の同じくイタリア人、エドアルド・レヤ(63・写真は提携先のSportnetより)でした。
「昇格請負人」とも言うべきキャリアを築き、最近ではナポリをセリエC1からセリエAまで昇格させた指導者です。昨年夏、ハイドゥクはレヤ監督率いるナポリをホームに迎えて親善試合をやっていること、また彼はスロベニアとの国境近くのゴリツァ出身で、スラブ語(スロベニア語)も多少はいけることもアドバンテージとなりました。
「既に30年間監督をやっているが、ハイドゥクを率いることは私にとっては新たな経験だし、新たな挑戦ともなる。昨年にハイドゥクとやった際には、熱狂的なサポーターと素晴らしいムードがあったことを記憶しているよ」
就任前にそう語ったレヤですが、「火中の栗を拾った」のは間違いありませんでした。

その昔はローマ帝国、中世以降はベネチア帝国が長く支配したスプリトは、方言にイタリア語ルーツの言葉が混じるほどイタリア文化が混じったところです。しかし、監督と選手間の言葉の壁を解消するためにアシスタントコーチとして、元クロアチア代表DFイゴール・トゥドールを招聘。ユベントスでも活躍した彼ですが、昨年に現役を引退したのちコーチの道へ進み、ハイドゥクのユースを率いていました。シュパニッチもアシスタントとして残ることで、まだチーム戦力の状況把握に疎いレヤをサポートしたわけですか、初陣となった15日のリエカ戦は不思議なスタメンが形勢されていました。

これまでの4バックをかなぐり捨て、レヤ監督が新たに選択したのは、J.ブリャト-ヴェイッチ-マロチャからなる3バックでした。いずれもスピードがあるディフェンダーではありません。その前にはMFが4枚。右MFには本来FWのはずのオレムシュ、左MFにはシェーリッチ。またアンドリッチが怪我のため、スココとボランチを組んだのはルビル。ここ最近は右SBでプレーすることの多かったルビルには機動力を期待した模様です。また攻撃陣は左ウィングにシャルビーニ弟、右ウィングにイブリチッチ。そしてワントップにシャルビーニ兄が並びました。

また、230万ユーロかけて獲得したシャルビーニ兄弟はこの日がハイドゥク・デビュー。それがいきなり古巣のリエカ、それも会場はアウェーのカントリーダ・スタディオン。リエカのサポーター「アルマダ」が最も嫌う対象は、同じアドリア海に面するクラブのハイドゥクであり、ハイドゥクのサポーター「トルツィダ」であります。兄アフマドは試合前日、宿舎のホテル前で背後からアルマダの一人に殴られてしまう事件が発生してしまいました。

試合前から殺伐した雰囲気で迎える「アドリア・ダービー」で、シャルビーニ兄弟の安否を憂う一人の人物がいました。リエカ、ディナモ、ハイドゥクのいずれの監督も経験しているリエカ出身のネナド・グラチャン(写真)です。
nogomet-108243.jpg彼は現役時代、ユーゴ代表にも召集されるほどのファンタジスタでした。24歳だった1986年、リエカからハイドゥクに移籍。最初の古巣との対決となった、カントリーダ・スタディオンでの試合で悲劇が襲います。先制点を叩き込んだグラチャンでしたが、客席のサポーターの鬱憤は溜まり、前半31分、そのサポーターに乗せられたかのようにムラデン・ムラデノヴィッチ(のちにガンバ大阪在籍)がグラチャンに目掛けてタックル。その荒々しさから「ランボー」との異名を取るムラデノヴィッチだけに、非情なまでのタックルはグラチャンの脚を折るのに充分でした。その後は一年半もピッチを離れ、当時の医療技術では怪我の前まで戻れることなく、期待されたほどの選手キャリアを過ごせないまま10年後引退しました。当時を振り返りつつ、今のシャルビーニ兄弟が置かれた状況に対してグラチャンはこう嘆きました。
「試合は移籍実現から10日余りしか経ってなく、反感は余りにも大きい。アルマダにとってシャルビーニ兄弟は愛すべき選手達だっただけにデリケートな問題だ。彼らを売却した移籍金でリエカは選手たちに給料が払えるようになったとはいえ、この試合が来るタイミングは余りにも早すぎる」

チームの中核がすっぽりと抜けたリエカですが、モチベーションは十分にありました。それもホームのカントリーダではリーグ13連勝と絶好調です。ハイドゥクは攻撃に比重を掛けたいのは分かるとはいえ、バランスの悪さが目立ち、リエカのカウンターにあっさりとさらされます。ルビルもスココも攻めに上がるため、ボールを奪われた途端にハイドゥク陣内には広大なスペースが生まれます。ましては3バックはいずれも足の遅いときた。まるで自殺行為かのようなプレーが繰り返されました。
まずは13分、MFシュトロクの縦パスがFWマトコに通ると、ゴールに向かって一直線にドリブル。背後から追いかけてきたDFヴェイッチをペナルティエリアでかわしたところで、GKスバシッチがマトコに両足で飛び込み、倒れたところで主審はPKの笛。そのPKをMFフェルナンデスが決めてリエカが先制します。
そして34分、マトコが右からペナルティエリアに突破するところをブリャトが倒してしまって再びPKの判定。これもまたフェルナンデスに決められ、スコアは2-0。その7分後にもカウンターからチャンスを作られ、マトコに決定力さえあれば3-0と広げられるところでした。

nogomet-108244.jpg後半頭からオレムシュに代えてMFツェルナトを投入。2年ぶりに復帰した元ルーマニア代表の彼ですが、不真面目さもあってフィジカル調整が遅れているのにもかかわらず、敢えて中盤の底でプレーさせたのには唖然としました。前線と中盤、中盤と最終ラインが寸断されながらハイドゥクはもがき苦しみ、チャンスを作れど頼みのアフマド・シャルビーニ(写真)がブレーキ。2点ビハインドのままレヤ監督は手を打つことなく、85分になってようやく二人の若い攻撃的MF、トマソフとティチノヴィッチを投入するも余りに遅し。
シャルビーニ兄弟は幸運なことに脚を折られることはありませんでしたが、ボールを持つたびにアルマダからブーイングを浴びせられ、タッチラインに近づくや殴りかからんほどのアルマダの憎悪感を味あわされました。
レヤ監督もまた状況を一転させられるような魔術師ではなく、早くも敗北という洗礼を浴びる結果となってしまいました。(試合の動画はこちら)

就任前から「選手の見極めには一ヶ月半が必要だ」と言うレヤ監督。これから次第に選手やリーグの事情を知ることで、少しずつチーム作りを進めていくでしょう。しかし、そんな辛抱強さがトルツィダやスプリト市民にあるとは決して思えません。
「チームの食事は全員一緒に食べ始め、全員一緒に終わる」
「スポーツ選手たるもの炭酸飲料は飲まない」
「食事中は携帯のスイッチを切る」
イタリア軍であるかのように意識改革からレヤ監督は進めていますが、「まあ、ゆっくりと"適当"にやろうぜ」というクロアチア(スプリト)気質を持つ選手達から反発が無ければ、と心配になってしまいます。

次の相手はロコモティーバ。ディナモ・ユースの選手をぞろぞろと揃えた、いわゆる「ディナモB」で、ただいま勝点6の11位。初昇格ながら、現時点ではハイドゥクより格上の相手です。ちなみに最下位は5戦全敗のザグレブ。自虐ネタが大好きなクロアチア人(旧ユーゴ人全般)からはこんな冗談があるそうです。

「なぜザグレブはいまだに勝点がないのか?」
「なぜならハイドゥクとまだ試合をやっていないからだ」


posted by 長束恭行 |01:29 | サッカーニュース | コメント(3) |
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2009年08月22日

ディナモ、ハーツを4-0で一蹴/ヨーロッパ・リーグ予備戦4回戦

敵地マクシミール・スタディオンでの完敗のあと、ハーツのジョナソン・スチュワートはこう漏らしました。
「ディナモはセルティックやレンジャースと同じランクにあり、もしスコットランド・リーグにいたら間違いなくリーグ優勝を争うだろう。もしやタイトルも制覇するかもしれない」

nogomet-107152.jpgレッドブル・ザルツブルクを相手にしたチャンピオンズ・リーグ予備戦3回戦を消極的な戦いで漏らしたディナモ。ヨーロッパ・リーグ予備戦4回戦へ周り、スコットランドのハート・オブ・ミドロシアン(通称:ハーツ)を相手に迎えました。一昨年はアヤックス・アムステルダム、昨年はスパルタ・プラハといった格上を倒して、前身の大会であるUEFAカップのリーグラウンドに進んだディナモですが、同等もしくは少し格下と思われるクラブを相手にした途端に苦戦する傾向にあります。ハーツはそんなランクのクラブと言えましょう。初戦はホームのマクシミール。この夏は所用もあってディナモの欧州挑戦の取材になかなか行けませんでしたが、今回は撮影取材をしてきました。
(写真はGKトミスラフ・ブティナ)

クロアチアのクラブで唯一、欧州戦線に残るディナモでは国内で向かうところ敵無し。第1節・対イストラ「7-1」、第2節・対メヂムリエ「4-0」、第3節・対クロアチア・セスヴェッテ「5-2」、第4節・対オシエク「5-0」といずれも圧勝。この4シーズンは開幕4連勝を果たしているものの、総得点21はその中でも最高の数字です。ライバルのハイドゥクが勝点2に留まっていることを考えれば、シーズン5連覇は間違いなし。となると、ディナモのモチベーション維持は欧州カップに懸かっているのです。
ここを勝ち抜いてリーグラウンドに進出すれば、少なくとも6試合は保証されます。しかし負けてしまえば、残る戦いは国内タイトルのみ。この6試合がどれだけの重みがあるかは、実力クラブが並ぶ他国からは想像できないでしょう。少なくとも年内いっぱいは、ザグレブのみならずクロアチアの威信とプライドを賭けた真剣勝負を目にし、その戦いに一喜一憂できるのですから。

ハーツに関しては、昨年にリトアニア取材した際に書いたレポート「リトアニア~ビリニュスの新興クラブとロマノフ王朝」で触れています。ロシア系リトアニア人の富豪ヴラジミール・ロマノフが2005年に買収して以来、好き放題に介入しているクラブ。スコットランドの二強、グラスゴー・セルティックとグラスゴー・レンジャースの陰にいつも隠れているものの、過去にリーグ優勝を4度経験。近年の成功としては2006年の国内カップ制覇が挙げられます。昨季は首位レンジャースに勝点27、2位セルティックに勝点23を引き離されながら3位でフィニッシュし、ヨーロッパリーグの出場権を得てきました。
ディナモのユルチッチ監督は、月曜に行われた対ダンディー・ユナイテッド戦を現地視察。彼自身、このラウンドを落としてまうとクビそのものが危うくなります。レッドブル戦の過ちを再び犯さぬよう、スカウティングを入念に行いました。スタメンは日曜日のオシエク戦と同じ以下のメンバーになりました。

GKブティナ-(右から)DFエトー、ビシュチャン、バルバリッチ、カルロス-MFサミール、ヴルドリャク、バデリ、モラレス-FWパパドプロス、マンジュキッチ

序盤からゲームを完全支配したディナモは、開始5分、サミールの右クロスからマンジュキッチがファーポストの更に外側からヘディングシュートを叩き込んで早くも先制します。
ユルチッチが選手たちに強いた戦術は、ショートパスを多用してゲームをコントロールすることでした。そして攻撃の仕掛けとなれば、左右中央へダイナミックに展開するのです。また複数プレイヤーでしっかりと守備ブロックを形勢し、ボールを奪うやパス交換で前線へ。あるいはマンジュキッチ、パパドプロスが前線からチェイスしてミスを誘い込みます。この日とりわけ輝いたのはチリ代表MFモラレス。スペースを見つけるやドリブルで突進し、鋭いパスを送り込むだけでなく、時にはミドルシュートやFKで相手ゴールを脅かします。レッドブル戦のレポートで「一方向しか動けずに守備が下手」と表現しましたが、このゲームでは運動量が豊富で、守備においてもボールカットを何度も見せただけに前言撤回しなくてはなりません。

nogomet-107153.jpg同じくレッドブル戦のレポートで批判してしまった元ギリシャ代表FWパパドプロス(写真)ですが、確かにシュートは下手。けれどもスピードと闘争心は光るものがあります。ラストパスでお膳立てしたボールは相手ゴールに入れられないものの、ポジショニングの良さが光るいわゆる「ごっつぁん系」のストライカーのようです。36分、エトーの怪我で途中交代で入った左SBトメチャクが大きくクロスを上げると、マンジュキッチがヘディングで落とし、こぼれてきたところをサミールが強烈なシュート。相手GKケロが右側に弾いたところをパパドプロスはしっかりと詰めて、チームマインドを安定化する貴重な追加点を奪います。前半はハーツが一本もシュートを打てないほど、ディナモはゲームを支配しました。

後半もディナモがシュートを次々と浴びせます。56分、ヴルドリャクがペナルティエリアの左からGKの手が届かないようカーブをかけたシュートを決めると、60分にはモラレスの右CKからビシュチャンがヘディングシュートを叩き込んで4-0。次のアウェーマッチを含めても安全圏に入りました。つまり、リーグラウンドの突破をほぼ手中にしたのです。
nogomet-107154.jpgディナモは90分間で25本のシュートを放ち、枠内が実に15本。なのに4点というのは確かに不満と言える数字です。またハーツというクラブが相手だったから、という声も飛んでくるはず。それでも憑き物が取れたような高揚感が90分間スタジアムを包みました。22,000人の観客はそのパフォーマンスに痺れたのです。
タッチライン際に相手がボールを持つや、ディナモの選手は果敢にスライディングしてクリアを試みます。プレーそのものが効果的であろうとなかろうと、FWのマンジュキッチも当然のようにスライティングします。ディナモのために身体を張って戦う、そんなプレーに対してマクシミールの観客は惜しみない拍手を送るのです。サンフレッチェ広島のミキッチはそんなディナモイズムをしっかりと受け継いだ選手と言えましょう。
この試合でサポーターの心を鷲掴みにしたのはモラレス(写真)でした。サミールより不器用だけれども、ピッチでは戦う姿勢を存分に見せました。76分に交代が告げられるとスタンディングオベーションとなり、「ペドロ」(モラレスのファーストネーム)のコールが繰り返されました。Jリーグでは常に選手名のコールが起きますが、クロアチアでは選手名がこのようにコールされるのは実に稀なことです。

ディナモが欧州カップで年をまたいで戦った最後のシーズンは1969/1970年(カップ・ウィナーズ・カップ準決勝)。つまり、今年は40年振りの年越しを賭けての戦いです。リーグ優勝よりも悲願とされる「年越し」ですが、ここ数年は寸前のところで失敗してしまってます。終了間際のつまらない失点で、似たようなランクのチームに勝利をものにできませんでした。しかし、この日の戦いを見れば、組み合せ次第によっては年越しも現実味が出てきました。ディナモは唯一の弱点だった左SBの補強として、ローマやモナコでプレーした元アルゼンチン代表レアンドロ・クフレ(31)の獲得に成功。前日に入団記者会見を行ったクフレもVIP席で試合観戦後、こう語っています。
「僕の新たなチームのプレーぶりには本当に興奮した。4対0になったところでも前へ前へと向かっていくスタイルにはとりわけね。とりわけ強いクラブにやってきたことが分かったよ」

nogomet-107155.jpgそんな中、サポーターの間には「実はピッチそのものが呪われていたのでは?」なんて噂が広まっています。そのピッチですが、8月9日・10日に世界的なロックバンド「U2」のコンサートがマクシミール・スタディオンで行われたため破損が激しく、58年ぶりに全面張替えとなりました。サンチャゴ・ベルナベウと同じ芝をドイツの企業から4000万円近く掛けて調達。まだ芝が完全に定着してないとはいえ、この日が「新ピッチ」初披露だったわけです。

しかし、たとえ呪いが解けたところでも悩みはあります。コンサートの巨大セットを設置したせいで、ピッチ下の古いコンクリート製の排水施設が壊れてしまっており、一度でも長雨にやられればピッチは酷い状況になってしまうそうです。とりわけ秋が深まるにつれ、ザグレブは雨が多くなります。今度は「ピッチのせいで…」と、サポーターの言い訳に繋がらなければ良いですけどね。

p.s.
試合のダイジェスト動画はこちらで見られます。この日は世界陸上の女子走り高跳びでブランカ・ブラシッチが大会二連覇を達成。試合中にスタジアムでも結果が告げられ、大歓声が起きました。


posted by 長束恭行 |02:04 | サッカーニュース | コメント(0) |
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2009年08月19日

エドゥアルドありきのクロアチア/W杯予選「ベラルーシvs.クロアチア」レポート

報告が遅れましたが、12日に行われたワールドカップ予選「ベラルーシvs.クロアチア」のレポートを。

nogomet-106462.jpg6月のウクライナとのホームで引き分けに終わり、土俵際に立たされたクロアチア。今後の日程を考えれば、全勝する勢いがない限りは2位確保は難しく、国内世論は冷ややかとなっていました。そんな中で迎えたのがベラルーシのアウェーマッチ。好材料はFWエドゥアルド・ダ・シルヴァ(写真)が公式戦では1年10ヶ月ぶりに復帰することです。ワールドカップ・ドイツ大会の代表メンバーに最終落選して落ち込んでいたエドゥアルドを、就任当初からチームの核として信じて起用してきたスラヴェン・ビリッチ監督ですから、彼の復帰を手放しで喜びました。
「エドゥアルドが再び一緒になって喜んでいるよ。ユーロ2008のように彼がいなくても素晴らしい試合をやれることは分かっている。しかしながら、やっぱりエドゥアルドがいる方がもっと強いんだよ。彼はチームプレーにおけるイロハの"イ"だ。コンビネーションに大きく貢献する上に素晴らしいフィニッシャーなのだから」

復帰はエドゥアルドだけではありません。この一年は頻繁に怪我に悩まされ、予選出場は4月のアンドラ戦のみのMFニコ・クラニチャール。イヴァン・ラキティッチが左MFとして満足なパフォーマンスを見せていない以上、攻撃に変化を加えられるクラニチャールの復帰も喜ばしいものです。
ウクライナ戦を前にしたインタビューが波紋を呼んだMFイヴァン・ユリッチがベンチに追いやられ、オグニェン・ヴコイェヴィッチが先発起用。GKスティペ・プレティコサがスパルタク・モスクワで出場機会を得てないため、ヴェドラン・ルニェがクロアチア・ゴールを守りました。スタメンは以下のよう(4-4-2)。
GKルニェ-(右から)DFチョルルカ、クリジャナッツ、シムニッチ、プラニッチ-MFスルナ、ヴコイェヴィッチ、モドリッチ、クラニチャール-FWエドゥアルド

一方のベラルーシですが、ショートパスを中心にコンパクトなサッカーが信条の好チーム。MFアレキサンドル・フレブに注目が行きがちなものの、昨季はBATEボリソフがチャンピオンズリーグ本戦に出場し、今年のU-21欧州選手権にも本戦出場するなど結果を残しつつあります。勝ち続ければ2位確保も充分に可能性があるとはいえ、移籍が一転二転したフレブがコンディション不良なのが悩みの種です。スタメンは以下のよう(4-1-3-2)。
GKジェフノフ-DFオメリアンチュク、ヴェルホフツォフ、ソスノフスキ、ユレヴィッチ-MFクルチイ-カラチェフ、フレブ、カシェフスキ-FWクツーゾフ、コルニレンコ

悲観的な憶測も漂っていた中、クロアチア代表は成熟した試合運びを見せます。試合前の雨でピッチが重い中、技術だけでなく戦術でもベラルーシを上回ったのです。相手を早く取り囲んでショートパスを封じると、素早い攻撃へと転換。その中でキープレイヤーとなったのはエドゥアルドでした。
彼に一度ボールを預ければ失われることは早々ないことから、チームメイトは相手陣内へ一斉に駆け上がります。もしくはモドリッチやクラニチャールと速いパス交換をしながら前線へ。エドゥアルドこそ、寸断しがちなクロアチア攻撃の「リンク」役を務められる唯一のFWなのです。

待望の先制点は22分、クラニチャールの左CKを中央でオリッチがズドンとヘディングシュートを突き刺します(動画)。新天地バイエルンでも存在感を示しつつあるオリッチですが、この日もピッチを縦横無尽に走り回りました。しかし、決定力の低さは相変わらずで、27分にプラニッチの左クロスを合わせたものの、ボールは左ポストに嫌われます。34分にはポストとなったエドゥアルドが絶妙のボールタッチでオリッチにスルーパスを送り、オリッチはGKと一対一となるもシュートは右ポストの外へ。
となれば、決定力あるエドゥアルドに追加点を頼みたいところですが、41分、ペナルティエリアで反転しながらのシュートはDFにブロックされてしまいます。クロアチア優勢ながら前半を終わって最小リードの1-0。またクリジャナッツが右膝を痛め、後半出場が不可能となります。

そんな中、ビリッチ監督はラキティッチを右MFに送り込み、スルナはシャフタール同様に右SB、そしてチョルルカが右センターバックのポジションに入ります。この布陣がもしや現在のクロアチアで最高かもしれません。というのは、スルナは右SBの方がプレーエリアが広くなる分、右MFの時のような窮屈さがなくなり、存在感がより際立つのが一つ。またチョルルカは老獪なディフェンス能力を持ち、時にはボールカットからドリブルで攻撃参加に転じれる強みがあるからです。
そして今のビリッチには取っておきのジョーカー、マリオ・マンジュキッチがいます。膠着状態に入りつつあった66分、クラニチャールに代わってマンジュキッチを投入。彼が持つアグレッシブさとモビリティの高さを利用し、攻撃に拍車を掛けさせたのです。そして69分、貴重な追加点が生まれます。

左サイドでボールを持ったMFモドリッチが、MFマンジュキッチとの壁パスを利用して加速。パスをもらったFWオリッチがエンドライン近くまで切り込み、中央への折り返しはブレたもののFWエドゥアルドがフォローし、ボールホルダーはマンジュキッチにスイッチ。マンジュキッチはDF陣をしっかり引き付けてから、右のフリースペースのDFスルナへとパス。そしてスルナはGKの目の前を過ぎる低くて鋭いクロスボールを送る…。

ゴールまでの流れを文章にしましたが、特筆すべきはクロスボールが入った時点でベラルーシDF陣とGKの間に3人の選手、エドゥアルド、モドリッチ、オリッチが詰めていたことでした。得点を決めたのは、一番手前にポジショニングを取ったエドゥアルド。得意の左足でちょこんと相手ゴールに流し込みます。(動画)
誰からも愛されるエドゥアルドは復帰初ゴールの祝福を受け、最後の最後にビリッチ監督と抱き合いました。あれほどの怪我で苦しんだエドゥアルドだけにビリッチ監督は「まだ行けるか?」と耳打ちして尋ねたのですが、血相を変えて「行ける!」とピッチへ戻ります。まさにエースの自覚。2004~2006年の代表がプルショ中心のチームだったように、今の代表はエドゥアルド中心のチームと言えましょう。それでもマイクを向ければ、「自分は一人の一般的な代表選手だ」と控えめに語るエドゥアルドですが。

しかし、ゲームはここで終わらず、81分にベラルーシも意地を見せます。カラチェフの右からのロングボールを途中交代のコヴェルがペナルティエリアで胸トラップ。競ったスルナが倒れたこともあり、ボールをもらったヴェルホフツォフがゴール右へと叩き込んで2-1とリードを縮めます。
同点に追いつこうとすがるベラルーシを奈落の底へと突き落としたのは、わずか2分後でした。ペナルティエリア手前でDF陣を背にしたエドゥアルドがヒールキックで右スペースにボールを送ると、ラキティッチがもらってクロス。オリッチがタイミング良く飛び込みボレーシュートを決め、3-1。このゴールで全てが決まりました。(動画)
90分を通して苦しい場面もあったとはいえ、文句無しの勝利と言えましょう。その勝利の裏には、守りに徹することなくクリーンなサッカーをしたベラルーシが相手だったこと、また主審を務めたドイツのFelix Brychがプレー感覚を持つ類稀な優れた審判だったことも挙げられます。

選手達にはかなりのプレッシャーが掛かっていたようで、試合後のドレッシングルームはこれまでにないほどの喜びようだったようです。勝利以外の結果ならば辞任もささやかれていたビリッチ監督ですが、この勝利は格別でした。
「グッドゲームだった。リズムはしっかりしていたし、決定機も次々と作れたしね。審判も素晴らしかった。モチベーションを持った強い相手から勝点3を奪うのに充分値した戦いだったと思う。試合を通して高いレベルでプレーしたよ。前半が非常に良かったと言うのならば、後半はこの世代が見せた最高レベルのあったと言えよう」
nogomet-106463.jpgと語り、エドゥアルドの貢献度に関しては
「イブラヒモヴィッチやエトーが布陣にいるのと同じで、彼のお陰で5人の攻撃陣が組織立って相手陣内へと入っていける。彼は異なる次元をもたらしてくれ、我々は本当に実力あるチームとなれる。彼がいることで、どのチームメイトも20%アップの力が発揮できるんだよ」
と、エドゥアルドあっての最強コンセプトを述べています。

また、この日のマン・オブ・ザ・マッチとなったオリッチ(写真左)のコメントも興味深いです。
「ヴェンゲルが"エドゥアルドは怪我以前よりも良くなっている"と言っていたけど、ベラルーシ戦で納得するまではヴェンゲルの言葉を信じていなかった。しかし、実際に一緒にやってきて、それは本当だったと結論づけたよ。本当に彼は更なる次元をチームに与える。職人のようにボールをキープし、そして一人でゴールを決めてくる。全てを知り尽くし、全てが可能、あらゆる点が最高級だ。我々は彼が必要だし、彼もまた我々が必要だ」

これで2位争いからベラルーシがほぼ脱落。次の試合は9月5日、ザグレブで再びベラルーシと戦います。プレッシャーがなくなって吹っ切れる分、ベラルーシは怖い相手となるでしょう。それを乗り越えた後には、9日のウェンブリー決戦「イングランドvs.クロアチア」を迎えます。
単純な国民性ですから既にクロアチア国内ではイングランド戦に向けて燃え上がりつつあり、チケット争奪戦も始まったようです。しかし、ビリッチ監督以下、選手達はまずはベラルーシに照準を当てています。まるでトーナメントのようなワールドカップへの道ですが、エドゥアルドが戻り「クロアチアはまだ死んでいない」ことを示せた今回のベラルーシ戦でした。


posted by 長束恭行 |00:43 | サッカーニュース | コメント(2) |
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2009年08月16日

シャルビーニ兄弟、茶番劇の末のハイドゥク移籍

世界に兄弟選手が一緒のクラブでプレーするケースはあれど、一緒に移籍するのは珍しいことでしょう。13日、リエカのFWアフマド・シャルビーニ(25)、MFアナス・シャルビーニ(22)が一緒にハイドゥク・スプリトへと移籍しました。移籍金は総額230万ユーロ(+税金50万ユーロ)。背番号9をつける兄アフマドは年俸30万ユーロ、背番号99をつける弟アナスは年俸40万ユーロの契約を結びました。

一転二転としたこの移籍劇で中心となったのは、二人の父親ジャマルであります。シリア生まれのパレスチナ人のジャマルは、アラブとも関係の深かったチトー統治のユーゴスラビア時代にクロアチアに訪れ、クロアチア人女性と結婚した人物。金に意地汚いことで知られ、やたら口出しが多い輩です。

nogomet-105903.jpg二人の所属クラブであるリエカは不況によるスポンサー不足で酷い財政難に陥っており、ここ数ヶ月は選手に給料を払えない状況になっていました。そのため、アナス(写真)を国外のクラブに高く売却する方針でしたが、レッドブル・ザルツブルクとの交渉が最後の最後で破談。アナスにはオランダやドイツのクラブも関心を抱いていたものの、リエカは決して交渉能力の高いクラブでないため、何一つまとまらずにいました。シャルビーニ兄弟に対して7万ユーロの給与未払いを抱えており、父親ジャマルはそれが不満でありました。

そこで挙がったのが、アナスのディナモ・ザグレブへの移籍。何度もアナスに関心を示してきたディナモですが、今回は移籍金220万ユーロをリエカに提示。喉から手が出るほど経営資金が欲しいリエカは直ぐに合意しましたが、水を差したのはジャマルでした。
「あの病んだ父親ジャマルがみみっちいために移籍が台無しになった。奴は自分への金を要求してきたんだ。自分の子供を売ろうとするあの病人を信じることなどできない。奴には緊急治療が必要だ。ジャマルは私の家を訪れ、全てに合意して交渉は終わりだと思ったら、"どこに私の金はあるのだ"と聞いてきた。それで全て破談となった。2年間に渡ってアナスはディナモに来たがっていたというのに…。あんな癌はクラブに必要ない」
とマミッチ副会長はいつもの調子で怒りをぶつけたのに対し、「自分の息子に対する利益を守ったんだ」と語るジャマル。この二人の対立には伏線がありました。以前、シャルビーニ兄弟はマミッチが所有する代理人会社に登録していたものの、移籍金をごっそり持っていくマミッチに反発したジャマルが代理人を変えたことが一つ。また3年前に兄アフマドのディナモ移籍に合意したものの、翌日の入団記者会見にはジャマルの介入もあって姿を現さなかったこともありました。その時もジャマルが移籍に口出しをしたのです。ジャマルは彼らがディナモの支配下になるのではなく、マミッチの支配下になるのが嫌でした(※移籍金や給与の一部がマミッチに渡るのを拒んだとも)。

nogomet-105904.jpg「契約書に書くべき特定の事象が存在するのに、マミッチ(写真)はそれを好まなかった。だから父は"サインは無しだ"とマミッチに返したんだ。マミッチは"アナス一人で来てくれ"と提案してきたので、父は僕にどうするか尋ねたけど、そんな気はさらさら無かったのは当然だよ。今度はマミッチが直接僕に電話をし、一人で来るよう説得した。でも50億ユーロ出されたところでも、父抜きで僕は行くつもりはないよ」
父を信じるアナスはこう語り、ディナモへの未練は見せませんでした。マミッチ副会長はシャルビーニ獲得失敗の鬱憤を、元アルゼンチン代表DFレアンドロ・クフレ(31)とクロアチア代表MFニコラ・ポクリヴァチュの獲得へと向けますがどちらも失敗。とりわけクフレは6月に獲得を目指した時よりも条件が下がっていたわけですが、アルゼンチン・リーグの混乱が足を引っ張ったようです。

その一方、クラブの中心選手を売ろうとした経営陣に対して、リエカ・サポーター「アルマダ」は怒りをフランチシュコヴィッチ会長にぶつけ、その圧力に押されて辞任を表明します。
「私の選択は二つだった。クラブの破産か選手の売却。となると、誰もが選手の売却を選ぶのが当然だろう」
とフランチシュコヴィッチ会長はクラブの危機的状況を訴え、去ってしまいました。

ここぞのタイミングで現れたのが、ハイドゥク・スプリトでした。開幕3試合で勝点1、新監督カリニッチは心臓病で倒れ、ペロシュ会長が去るというカオス状態でしたが、新たにジェリコ・ケルム・スプリト市長に近い存在のヨシュコ・スヴァグシャ会長が就任します。ハイドゥクの伝説的選手であるイヴィツァ・シュリャクもチームアドバイザーに迎えて、シャルビーニ一家と交渉。シャルビーニ兄弟の代理人ウガルコヴィッチが「ウクライナvs.クロアチア」観戦で離れている隙での合意でした。ハイドゥクが交渉に入ったのを聞きつけたディナモのマミッチ副会長は横取り許さずと更にお金を積んだものの、二人セットで獲得することでジャマルを囲むことに成功したハイドゥクが勝利したのです。

nogomet-105902.jpg13日、それぞれハイドゥクのユニフォームを手にしたシャルビーニ兄弟はこう移籍の喜びを語りました。
「これだけのジャーナリストが集まったことに驚いている。最初の印象は"感激"としえ言えないね。こうして迎えられたことはハッピーだし、最終的にハイドゥクへ揃って移籍できたことはもっと嬉しいことだ。ハイドゥクのフロントには感謝しているし、とりわけ移籍の鍵となった会長には感謝しているよ。わずか5分で話はまとまったんだ。期待に応えられるよう頑張りたいし、応えられるものだと信じているよ」(兄アフマド…写真)
「本当に嬉しいよ。この会見場まで階段を下りた際には、体重が20kgも軽く感じたさ。移籍については色々と欠かれたけど、今はずっと楽になったので、サッカーだけに専念できるだろう。スプリトの人々は僕達をスターのように迎えてくれ、僕達を評価してくれていることを証明してくれたんだ。兄と僕はハイドゥクを助けられると思うし、まだシーズンは始まったばっかりだからね」(弟アナス)

この移籍劇に一人悪態をついているのはマミッチ副会長でした。
「私がハイドゥク移籍の邪魔をしたなんて、ぞっとする嘘だ。アナス・シャルビーニを私が買おうとすれば、あっさりと実現できる。しかし、ハイドゥクは私が捨てたモノを買ったんだよ。ガブリッチやカリニッチといった至宝を売却して得たお金の全てを無駄に費やしてしまった。自ら破産の道を早めてしまったんだよ。2年前から私はハイドゥクが破産すると言ってきているがね。会長以下、役立たずには5年連続して2位以下になることをおめでとうと言いたい。ずっと2位に留まる限り、私からの祝福は続くことだろう」

ニコ・クラニチャールのディナモからハイドゥクへの移籍劇は悲劇とも言えるドラマでありましたが、今回は茶番とも言えるコメディと言えましょう。それでも、ペナルティエリアで力強さと決定力を見せる兄アフマド、予測し辛いトリッキーなドリブルと正確なミドルシュートを備える弟アナスをセットで獲得したことは、ディナモを追撃するには充分な補強です。

しかしながら、この一週間のクロアチア・サッカー界を賑わせたのは、ベラルーシ代表に快勝したクロアチア代表でもなく、ゴールを決めたオリッチや見事な代表復活を遂げたエドゥアルドてもなく、ジャマル・シャルビーニに間違いないでしょう。


posted by 長束恭行 |01:11 | サッカーニュース | コメント(3) |
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