2009年07月28日
世界のサッカー応援スタイル
しばし、更新が途絶えて申し訳ありません。現在、所用もあって日本に帰国中で、クロアチアではシーズン開幕しているとはいえ、取材ができずにおります(代わりといってなんですが、大宮vsFC東京を観戦し、生マトは見てきましたが…)。近々、ザグレブに戻りますが、この夏はなかなか所用でスタジアムに足を運べない分、情報提供が余りできないことをご了承下さい。お知らせですが、株式会社KANZENがこのほど出版した「世界のサッカー応援スタイル」(サッカー批評編)の、クロアチアとディナモ・ザグレブの部分を執筆しました。宜しければご覧になってください。
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お知らせですが、株式会社KANZENがこのほど出版した
2007年1月にバイヤー・レバークーゼンから移籍し、ディナモでのブレイクを期待されたタディッチでしたが、2年半で国内リーグ61試合18得点を記録しながらもレギュラーを獲得するまでに至らず、今回の合宿でユルチッチ監督に移籍を直訴していました。サインを結んだタディッチは
「ここに来られて嬉しいよ。ディナモの退団は問題なく進められた。3年連続で二冠を達成したことは良い想い出だね」
とディナモ時代を振り返りました。タディッチを手放すことになったマミッチ副会長は、獲得当時のことを想い出し、彼がチームを去る時には涙したとのこと。
「ヨシップはこの数ヶ月、精神的にも落ち込んでいた。今回の合宿でもモチベーションがなく、監督にチームを去りたいと言ってきたんだ。彼が成長するには、我々が彼を手放さなければないという兆候だった。この移籍にまつわる仕事は私のスタイルではなく、胃が痛むよ。タディッチはまだ21歳だ。グルノーブルのバジダレヴィッチ監督は世界的な才能を得たのは間違いない」
とマミッチ副会長は語っています。ちなみにこの移籍に関してはバジダレヴィッチ監督の主導によるものではなく、祖母井会長をはじめフロント主導のもの。バジダレヴィッチ監督は
「日本人が10回ほどタディッチを見て、最後に獲得することを決めたんだ。クラブの方針は若い選手、それも可能ならば出来る限りやすい選手を連れて来ることで、それは今季の我々の唯一の目標が一部残留であることも意味している」
とボスニア紙のインタビューで語りつつ、
「正直、ここの仕事に疲れてしまった。しかし、グルノーブルを去るほどの良いオファーがなかったんだ」
と本音をこぼしています。
左サイドバックのポジションを探していたディナモ・ザグレブは、クロアチアU-21代表歴のあるデニス・グラヴィナ(23)をレンタルで獲得しました。一年後に買取オプションがついての移籍です。
グラヴィナはディナモ・ユースで育ったものの、プロ契約を結ぶことなく2004年1月にディナモ・キエフに移籍。2006年にドニプロペトロウシク、2007年にヴォルスクラ・ポルタヴァとウクライナのクラブをレンタルで渡り歩き、2008年にはヴォルスクラが所有権を買い取っていました。ディナモはフルゴヴィッチを戦力外にしたため、左サイドバック専門はアルゼンチン人のイバネスしかおらず、そのイバネスも怪我したことから急いで選手を探していました。かつてウクライナ・リーグの最優秀若手選手に選ばれ、MFとしても計算できるグラヴィナの獲得は、これまで外国人選手に走りがちなディナモにとって貴重な戦力となりそうです。
ウクライナからクロアチアまで24時間掛け、自ら車を運転して戻るというグラヴィナは
「今、振り返ってみればディナモ・キエフの移籍は意味がなかった。けれども過去について話すつももりはないよ。ディナモ・ザグレブはいつでも僕のクラブだった。本物の選手だということをプレーをもって証明することで、来年夏にはパスを買い取ってくれることを信じているんだ」
と今回の移籍に関して述べています。
そのディナモ・ザグレブ、5日に合宿地のオーストリアでステアウア・ブカレストとの練習試合を行ったのですが、今年もまたサポーターのバッド・ブルー・ボーイズが騒動を引き起こしました。
前半からピッチに発炎筒や金属物を投げ入れたり、コーナーフラッグを奪って逃げたりを好き放題やっていましたが、85分にピッチにサポーターがどんどんと侵入してきた時点で主審は笛を吹き、0-1のスコアで中断を決めました。オーストリアでディナモはもう一試合、親善試合を予定していたものの、開催を諦めての早めの帰国が決定となりました。国外の親善試合で騒動を引き起こし、オーストリア合宿の予定を狂わされたのはこれで3年連続。クラブもこれにはお手上げで、クロアチアに近いオーストリアでの合宿は来年から取りやめ、コストが掛かっても遠隔地で行うことにするそうです。
「とうとう全てが解決したことは嬉しいよ。楽なことではなかった。長い間、あれやこれやと考え、最後には残留が一番だと決めたんだ。ディナモで何か大きなことを成し遂げたい。チャンピオンズリーグの本戦に進むか、少なくともヨーロッパリーグで業績を残すように。僕の残留でサポーターが喜ぶならば本当に嬉しい。チームに僕が必要だって自分でも意識しているからね。最大限のモチベーションを持っているだけに、僕の最高のプレーを貴方達は見られるうと宣言できるよ」
と記者会見にはコメント。これには横のマミッチ副会長も喜び、マンジュキッチの頬にキスをしました。「これは歴史的な日だ」とマミッチ副会長はぶちまけたのち
「我々が誇りに思うもの。それはディナモ、そしてマンジュキッチだ。不景気の時代、これほどのお金を拒否できるのは、よほどのキャラクターを持ち、ディナモを頂点の結果をもたらす者だけだ。移籍金1200万ユーロを目の前に出され、我々のように"それは欲しくない"と言える人物を見てみたいものだ。マンジュキッチは今の3~4倍の年俸を移籍先でもらえるのに拒否をしたんだよ。大金のためにプレーする選手は誰もがオファーが来るや去っていった。マンジュキッチ以外の全ての選手がね。これは歴史的な事柄なんだ。素晴らしいよ、マンジュキッチ! バリケードに立ち向かい、ボールを奪って、クラブのために戦うマンジュキッチを貴方達は見ることになるだろう。我々にとって彼はクリスティアーノ・ロナウドであり、カカなんだ」
といつもの大言壮語となりました。もちろんマンジュキッチは現在のディナモで最高の選手ですが、エドゥアルドやモドリッチと違って品行方正なタイプでもないことから、今回の残留劇には案外と冷ややかな視線もあるのが事実です。
ちなみにマミッチ副会長は1500万ユーロに移籍金を吊り上げたため、事実、現時点で正式なオファーは届いてませんが、ヴェルダー・ブレーメンが熱心に交渉を続けていたり、ジェコが移籍した時の最初の希望候補としてマンジュキッチを考えていたヴォルフスブルク、ハリルホジッチが監督になった場合のポーツマスが可能性ある移籍先でした。他にもハンブルガーSV、シュトゥットガルト、シャルケ、マンチェスター・シティ、トットナム・ホットスパー、エバートン、アヤックスなどが関心を持っていました。もしディナモが早々とチャンピオンズ・リーグ予備戦に敗退したならば、今季中に移籍話が再燃する可能性もあります。
ハイドゥク・スプリトが元ルーマニア代表MFフローリン・チェルナト(29・写真)を獲得。3年契約を結びました。チェルナトは2007/08シーズン、ディナモ・キエフからのレンタルでハイドゥクで一シーズンをプレー。司令塔として充分な活躍を見せ、本人もハイドゥクを気に入っていたものの、シーズン終了後は買取オプションに必要な200万ドルの予算がないため、そのままディナモ・キエフに帰還してしまいました。チェルナトはこの夏にディナモ・キエフとの契約が切れ、一時はギリシャ一部のラリッサ入団が濃厚とされましたが、一転してハイドゥクへの入団が決まったことになります。年俸は一昨シーズンの40万ユーロより若干安い35万ユーロと言われています。チェルナトは
「戻って来られて嬉しいよ。昨夜、(交渉でスタジアムに訪れた)僕を迎えてくれたサポーターもいただけにね。僕が加わることで更にチームが強くなるよう願っているよ」
またマテ・ペロシュ会長は
「これは信じてくれているトルツィダ(ハイドゥク・サポーター)へのプレゼントだ」
と述べています。
ハイドゥクの残る補強は弱点であるFWに向けられており、ヴァルテクスのFWマティヤ・シュムレカール(20)、シベニクのイヴァン・ロディッチ(23)、トルコのゲンチレルビルリジ所属のオーストラリア代表FWブルース・ジテ(22)などが最終候補に挙がっています。また昨季のユース・リーグで33得点を決めて最優秀選手となったヴァルテクスのFWマリオ・サチェール(18)の入団が決まっています。
クロアチア代表DFヨシップ・シムニッチ(31)がヘルタ・ベルリンからホッフェンハイムに移籍することになり、3年契約を結びました。移籍金は750万ユーロとされています。ファーブル監督との対立から移籍が秒読みとされていたシムニッチですが、700万ユーロと設定された移籍金が払えるクラブが現れないと思われてました。本人もヘルタ残留を覚悟していたところ、ホッフェンハイムがオファーを出してきたことになります。シムニッチは
「ベルリンで10年プレーした僕は、ここで過ごした時間をいつでも喜んで振り返ることだろう。ホッフェンハイムは若くて大きな野心を持った現代的なクラブだ。大きなポテンシャルを持った若者たちを自分の経験をもって助けることができるのは嬉しいよ」
とコメントしています。

