2009年03月31日

W杯予選で躍進するボスニア・ヘルツェゴビナ代表

先週末、プライベートでボスニア・ヘルツェゴビナ(以下、ボスニア)の首都サラエボへと訪れました。3月28日には各地でワールドカップ予選が開催。旧ユーゴ圏内ではポドゴリツァで「モンテネグロvs.イタリア」、マリボルで「スロベニアvs.チェコ」の好カードがあったのですが、あわよくば訪問地ボスニアでも日程が重なれば、と思ったものの、「ベルギーvs.ボスニア」はアウェーのヘンクで開催。それでも短い滞在ながら、ボスニアにおけるサッカーの高揚感を味わってきました。長文となりますが、これを機に隣国ボスニアのサッカー事情のレポートを綴ってみました。

nogomet-79531.jpg2年ぶり8度目の訪問となるサラエボ。ザグレブからはバスで9時間近くの長旅です。バスターミナルに到着すると、サポーター向けのベルギー遠征のツアー広告が張り出されていました。噂では聞いてましたが、ミロスラフ・"チーロ"・ブラジェヴィッチがボスニア代表監督になって以来、国民の注目度は尋常ではありません。
それこそ、2006年にブラズ・スリシュコヴィッチ監督が解任された際にはボスニア・サッカー協会への抗議から13人が代表拒否。後任のフアド・ムズロヴィッチ監督(元セレッソ監督)の時に彼らはプレーすることなく、多くのサポーターも応援をボイコットする始末。2008年1月にはメホ・コドロが監督に就任し、選手やサポーターたちの信頼を集めたものの、協会が勝手にアレンジしたイラン遠征をコドロは拒否したために昨年5月、あっさり解任。協会への抗議から今度は19人が代表拒否し、ボスニア・サッカー協会には連日のようにサポーターが抗議に押し掛けました。

nogomet-79568.jpgそんな「火中の栗を拾った」のがブラジェヴィッチでした。彼はボスニア中心部のトラヴニク出身とはいえ、ガチガチのクロアチア愛国主義者。前クロアチア大統領フラニョ・トゥジマンとべったりの関係にあった彼は政治力を活かしてクロアチア代表監督となり、国威発揚をしながらチームをワールドカップ・フランス大会3位に導きました。その一方で、ボスニアはムスリム人、セルビア人、クロアチア人の三民族が共存する国で、その複雑な民族構成と民族主義運動が1990年代前半の激しい戦争に繋がった国。そのため彼の監督就任への反発は大きく、ムスリム人のヴァヒド・ハリホジッチ(現コートジボアール代表監督)も"この国のサッカー界における大きな恥"と吐き捨てたとも言われています(その一方で"必要ならば、チーロを助ける"との発言もしています)。
しかし、今のボスニアを救うのはイヴィツァ・オシム、もしくは「劇薬」のブラジェヴィッチしか存在していなかったのでしょう。ブラジェヴィッチにはタブーなどなく、ストレートかつ過激な発言で誰に対しても"口撃"する一方で、メディアの威力を充分に理解し、その巧みな話術で嫌われながらも同時に愛されるという不思議なキャラクター。そして戦術家としては二流ですが、モチベーターとして超一流。年齢を重ねると共に少しアクは抜けつつあるとはいえ、70歳を越えようとも強烈なキャラクターに陰りは見えません。
「私は迷信的な人間だ。それだけに、1998年のワールドカップで3位になったクロアチア代表と似たアクロバットを成し遂げるものだと信じている」
と、ボスニアのワールドカップ出場に向けての自信を選手と国民に植え付けようとしたのでした。

nogomet-79533.jpgそこからチーロの冒険が始まります。タレントには事欠かないボスニア。とりわけ攻撃陣は欧州でもトップクラスでしょう。アーセナルをはじめ、ビッグクラブの垂涎の的となるFWエディン・ジェコ(ヴォルフスブルク)、怪我まではブンデスで18試合19得点と荒稼ぎしたFWヴェダド・イビシェヴィッチ(ホッフェンハイム)、イビシェヴィッチの配給役となる左サイドのスペシャリスト、セヤド・サリホヴィッチ(ホッフェンハイム)、セルビア・モンテネグロU-21代表からボスニア代表に転じた司令塔ズヴェズダン・ミシモヴイッチ(ヴォルフスブルグ)、スウェーデン育ちの長身FWズラタン・ムスリモヴィッチ(PAOK)、ハイドゥク・スプリト躍進の原動力となるMFセニヤド・イブリチッチ…。
問題はディフェンス陣ですが、それをカバーするほどの攻撃力が魅力です。現時点でセルビアのディフェンス、クロアチアの中盤、ボスニアのアタッカーを組み合わせたら凄いチームができるでしょうが、旧ユーゴ諸国の外だけで繰り返されるテーマは今回外しておきましょう。

予選の初戦となる欧州王者スペインとのアウェーマッチは「0-1」と善戦。エストニアをホームで「7-0」と一蹴すると、トルコのアウェーマッチはジェコのゴールでリードしながら後半に「1-2」で逆転負け。しかし、4日後のホームのアルメニア戦は「4-1」。そして今回、2位争いの鍵となるベルギー戦を迎えました。
試合前日の朝にサラエボでテレビを点けると、選手達が朝食を採るホテルのレストランから生中継のレポート。ひっきりなしに報道陣が訪れることに選手も困惑してましたが、それだけ国民の関心が高い事実とも言えましょう。アルコールが苦手なブラジェヴィッチ監督は試合前にこんなことを言い出します。
「人生を通してもコップ一杯分しかアルコールは飲んでいないんだけど、もしベルギーに勝ったならば、ロシア人のように飲んでやろう!」

nogomet-79534.jpgサラエボの国立劇場前にパブリックビュー用の大画面が出る、ということで試合日の夜に訪れると居合わせたのは若者が300人ほど。その顔つきから、彼らの多くはムスリム人でしょう。大画面にブラジェヴィッチ監督が映ると、一部から「チーロ! チーロ!」の声が上がります。FWイビシェヴィッチ、MFサリホヴィッチ、MFラヒミッチ、GKハサギッチらを怪我で欠くボスニア代表は5-3-1-1の守備的布陣を敷いて来ました。余りに消極的かと思いきや、ブラジェヴィッチ監督には作戦がありました。
「選手たちには見かけ上の支配をベルギーに許すよう命じた。我々のカウンターのスペースをより広げるためにね」
すると7分、狙い通りの先制点が生まれます。左サイドでミシモヴィッチの縦パスをもらったジェコが内へとドリブルで切り裂き、折り返しにDFベルベロヴィッチがシュート。これはブロックされますが、こぼれ球をミシモヴィッチがペナルティエリア内左のジェコに再び繋ぐと、狙いすましてゴール右上にシュートを一閃。このゴールに大画面の観客たちは大騒ぎとなりました。
夜遊びに向かう若者が次々と大画面の前に立ち止まり、次第に観客も増えていきます。ベルギーも15分、FWソンクがボレーシュートを放つも、クロスバーに嫌われました。サイドからのクロスボールで崩そうにも、ブラジェヴィッチ監督がNKザグレブの監督時代に起用としたDFナダレヴィッチ、同じく元ザグレブで主将のDFスパヒッチ、ハイドゥクの武闘派DFパンジャら守備陣がヘディングでクリアしていきます。

nogomet-79535.jpg私は前半終了でパブリックビューを離れ、後半はホテルの自室のテレビで試合を見届けました。守り続けてきたボスニアですが、後半59分にスパヒッチが怪我でピッチを離れます。そして61分、ジェコの決定的なシュートがGKスタイネンに止められると、その4分後に右サイドを崩され、オフサイド気味でしたがFWデンベレに同点ゴールを押し込まれてしまいました。
「2-0になるはすが、1-1…。これがサッカーというものだ…」
バルカンならではの、ダミ声で熱狂的な実況アナウンサーがそうこぼします。そして、ボスニアのサポーターが次々と発炎筒を投げ込んで試合が中断。ベルギー周辺国にはボスニア移民が多く、この試合には本国以上に移民のサポーターが訪れていました。その数は1万人近く。クロアチア移民にも言えるのですが、愛国心が有り余るがため、このような機会になるとついつい暴走してしまうのです。
すると、ブラジェヴィッチ監督が主催者からマイクを受け取り、サポーターにこう叫びます。
「お願いだから止めてくれ! お願いだから止めてくれ!」
何とか試合中止を逃れ、再開の運びとなったのですが、旧ユーゴの国民性を考えれば、このままズルズルと負け試合にいくはずでした。しかし、この中断を使ってボスニア代表の面々は冷静になり、連帯感を高めたのでした。
75分、ミシモヴィッチの左FKからニアにいたMFヤヒッチが巧みなトラップからシュートを叩き込んで2-1と勝ち越すと、81分には15ヶ月間も怪我で戦列を離れていたMFバイラモヴィッチがジェコのお膳立てからループシュートを決めて3-1。更に86分にはミシモヴィッチのグラウンダーのシュートがネットを揺らして4-1。この10分間のボスニアの勢いは本物でした。サポーターからコールを受けたブラジェヴィッチ監督が試合中というのにゴール裏に近づき、ついついピッチに足を踏み入れてスタッフに注意される微笑ましい光景もありました。
89分にPKで一点返されたものの、4-2の完勝。ボスニアはトルコを抜いて2位に上がり、ワールドカップを射程圏内へと入れたのです。
(試合の動画はこちらで見られます)

nogomet-79536.jpg試合後、ホテルの窓を開けると花火の音が聞こえ、勝利の歓喜で湧く若者たちが車のクラクションを鳴り響かせます。一時間は続いたでしょうか。それほど価値がある勝利であり、サラエボ市民を狂気させるような劇的なゲームでした。歓喜する若者にはこんなコールも上がったそうです。
「チーロが飲みまくるぜ! チーロが飲みまくるぜ!」
ちなみにブラジェヴィッチ監督はアルコールを口にすることなく、4月1日に控えたホーム(ゼニツァ)でのベルギー戦に集中するようたしなめました。次のベルギー戦に勝利すれば、同日のトルコvs.スペイン戦の結果次第で3位トルコとの勝点差が4まで開きます。そして残すはスペインとトルコのホームゲーム、弱小エストニアとアルメニアのアウェーゲーム。日程にも恵まれているのです。また、これまでの予選で挙げたゴールは「16」で、ドイツと並んでトップ。この攻撃力をもってすればワールドカップ出場も夢ではありません。
しかし、グループリーグ2位となったところで待っているのはプレーオフで、ここでクロアチアと戦う可能性も無きにもあらず。ブラジェヴィッチ監督は教え子ビリッチとの対決は避けたいようで、
「どんな対戦相手でもいいが、クロアチアだけは勘弁だ。ボスニアに選手が完璧に揃ったら、どんな相手だろうが潰せるだろう、とビリッチも褒めてくれているがね。でも、ボスニアとクロアチアが一緒にワールドカップに行く方がいいんだよ」
と語りました。そして、クロアチアで職を失ったことへの皮肉も忘れませんでした。
「お前達は私をクロアチアから追い出したけど、私がどんな監督か見てくれたかね」

nogomet-79537.jpg試合翌日、バスで再び9時間近くかけてサラエボからザグレブに戻ったわけですが、バスで流れたムスリム人のラジオ局の話題は前日のベルギー戦一色でした。そしてサポーターソング「Hajmo Bosno i Herzegovino!」(行け、ボスニア・ヘルツェゴビナ!)が何度も繰り返されたお陰で、今でもその歌が耳について離れません。
しかし、バスが北に行くにつれ、セルビア人のエンティティに入るとキリル文字の看板が増え、ラジオからは「Hajmo Bosno i Herzegovino!」は耳にすることはありませんでした。セルビア人のラジオ局に変わり、スポーツのトップニュースはセルビア本国のテニス選手、アナ・イヴァノヴィッチの試合結果で、ベルギー戦にはまったく触れず。ちなみに地元のセルビア人共和国テレビが放映したのは「ルーマニアvs.セルビア」戦だったそうで、まだまだ民族によって温度差はあるのが確かです。しかし、ベルギー戦が代表デビューとなったセルビア人GKネマニャ・スピッチの故郷ガツコは、セルビア人が半数を超えるヘルツェゴビナの町ですが、町全体がボスニア代表を応援していたと聞きます。

ボスニア代表監督になる前、ブラジェヴィッチは旧知のジャーナリストにこう尋ねたそうです。

「息子たちよ(これは彼の口癖)、誰もが結び付けられなかったものを私が結びつけることは可能なのかね?」

強気な発言をしながらも、実は心配していたブラジェヴィッチ本人ですが、彼の人生の集大成として、サッカーの域を超えた祖国ボスニアのサクセスストーリーを築き上げていくのでは、と期待せずにいられません。


posted by 長束恭行 |19:02 | サッカーコラム | コメント(0) |
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2009年03月26日

クロアチア代表/怪我と病気でFW陣が壊滅状態、ヴルチーナが初召集

4月1日にアンドラ戦を控えるクロアチア代表ですが、怪我や病気で欠場する選手が次々と現れています。

特に深刻なのがFW陣で、ムラデン・ペトリッチが既に右足ふくらはぎの筋肉断裂で全治一ヶ月のほか、イヴィツァ・オリッチが先週のUEFAカップのガラタサライ戦後に窒息症状を伴う病気を患い、ハンブルグで安静を続けるため合宿不参加が決定。またマリオ・マンジュキッチが右足首の負傷のため合宿に参加できず、イヴァン・クラスニッチは胃の調子が悪く、頻繁に吐き気をもよおしているそうです。
またDF/MFのダニエル・プラニッチは右足甲の怪我が思わしくなく、オランダに戻ることが決まっています。またMFルカ・モドリッチも右足ふくらはぎの筋肉を痛めたために軽めのメニューをこなし、DFヴェドラン・チョルルカは左足親指にできた肉刺(まめ)が気になっているようです。

nogomet-78479.jpgFWで本調子なのはニコラ・カリニッチのみ、ということで追加召集としてカリニッチとクロアチア・リーグで得点王争いをしているスラヴェン・ベルーポのFWボヤン・ヴルチーナ(写真)に声が掛かりました。
スラヴェン・ビリッチ監督がU-21代表監督を務めていた際、ヴルチーナもU-21代表メンバーの一人ということですんなり馴染めそうな感じです。ベルーポから初の代表選手となったヴルチーナは
「怪我人が続出していると聞いて、もしや呼ばれるのではと期待してんだ。僕の希望が実現したね。監督が召集してくれたことは嬉しいし、誇りに感じている。長い年月をかけて努力したことがゆっくりながらも報われたんだ。代表召集は僕にとって人生最大の名誉だよ」
とコメントしています。
ちなみにアルゼンチン生まれの移民4世で代表入りの話があったアヤックス所属のFWダリオ・ツヴィタニッチは、クロアチアのパスポートを取得したものの、FIFAが彼のクロアチア代表でプレーを未だに認可しておらず、現時点でクロアチア代表入りは望み薄な感じです。

とりあえず、今回の対戦相手がアンドラ戦で助かったというところでしょう。


posted by 長束恭行 |23:02 | サッカーニュース | コメント(0) |
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2009年03月24日

クロアチア・リーグ第23節/ディナモ、オシエク相手に痛い引き分け

22日、クロアチア・リーグ第23節が行われました。今節は3巡目の総当りのスタートで、残るは11節となりました。勝点で並ぶハイドゥク・スプリトとディナモ・ザグレブの直接対決は最終節となる第33節。二強十弱のクロアチア・リーグで、ハイドゥクとディナモの二強は十弱の中に隠れる地雷をいかに踏まずして勝ち続けるかでリーグ優勝の行方が左右します。


nogomet-77927.jpgディナモ・ザグレブは、8位オシエクを本拠地マクシミールに迎えました。ユルチッチ監督が初めてディナモを指揮した第21節でも対戦した相手ですが、わずか2週間で再び顔を合わせたことになります。
ディナモは先日の新聞インタビューで倒れたFWシヴォニッチ(写真)が思いのほか早くに回復し、先発で出場。一週間前のシベニク戦と同じベストメンバーを組んできました。
一方のオシエクはクロアチアでも古豪の一つですが、ディナモとの分は非常に悪く、過去の対戦成績は3勝12分38敗(旧ユーゴ時代除く)。おまけにアシスト王のMFクネジェヴィッチ、キャプテンのMFバビッチら主力を数人欠いた状態でディナモに挑みました。観客は5500人。私もこのカードの撮影取材をしてきました。

nogomet-77929.jpgシベニク戦とは違ってパスが一向に繋がらないディナモ。とりわけゴール前ではアイデア不足のために遅攻に陥ってしまい、スピードが持ち味のマンジュキッチとシヴォニッチのツートップも分厚いオシエクDFに締め付けられてしまいます。また、あっさりと高い位置でボールを奪われては弱点の左サイドを中心にオシエクのカウンターの逆襲に遭います。ディナモの左サイドは守備に難のあるMFサミールとDFイバネスがおり、攻めあぐねればあぐねるほど、その裏がぽっかりと空くのでした。
オシエクの最大のチャンスは29分、ディナモの左サイドのスペースに走り込んだFWプリモラッツに大きくパスが出て、プリモラッツはDFを背にワントラップを入れてからシュート。ボールは左ポストに嫌われましたが、これが決まっていればオシエクは試合をモノにしたのかもしれません。
ディナモも36分、シヴォニッチが崩れながらも右に走り込んだMFエトー(写真)にボールを送るものの、エトーのシュートはクロスバーを越えてしまいます。

後半に入っても流れを変えられないディナモ。52分には左に流れたオシエクのMFヴィダコヴィッチがフェイント一発でDFビシュチャンをかわし、内側へとドリブル。ノーマークで打てるチャンスがありながらもシュートを吹かしてしまいました。
nogomet-77928.jpgユルチッチ監督が動いたのは57分。水曜日のカップ戦で良い働きを見せたMFモラレスを右MFに投入すると、モラレスはサミールの左クロスに反応して前へと飛び出してボレーシュート。しかし、GKスケンデルが好反応で防ぎます。直後にはMFカレーロがミドルシュートを放ちましたが、こちらもクロスバーの上を越えていきます。
その後もディナモがゲームを支配しながらもオシエクのディフェンスを打ち破れず、審判からもロスタイム5分という大サービスも生かせないまま、スコアレスドローで終えてしまいました。前節、チバリア・ヴィンコヴチがハイドゥク・スプリトをドローに持ち込んだ時にも優勝したかのごとく大騒ぎでしたが、この日のオシエクの選手も同じようにピッチ中央で輪を作って飛び跳ね、ザグレブへと駆けつけた200人のサポーターの前で何度もガッツポーズを見せていました(写真/中央がFWプリモラッツ)。
監督就任して4戦目で勝利をこぼしたユルチッチ監督は
「直ぐにドレッシングルームで選手に言った。"頭を上げろ。時間はあるのだから。リーグはまだまだ長く、やりたいことは全てやれるチャンスはあるんだ"と。
試合後の一番の印象は勝点3を失ったことだ。全ての試合に勝たねばならないのが問題。その問題は様々な形で選手のもとに現れてくる。まずはこのプレッシャーに適応するのが重要なのだ」
と語っています。ディナモの次節はアウェーのチバリア・ヴィンコヴチ。前節はハイドゥクが勝点2を落とした場所だけに、あっさりと勝てる相手ではないことでしょう。


今節唯一のナイターは首位ハイドゥクと7位ザグレブのスプリト対決。ハイドゥクは前節のチバリア戦で終了間際に同点ゴールを食らい、連勝記録が9でストップ。これまでの高揚感が嘘であるかのように今のチームは不安感に襲われており、20日にはペロシュ会長が記者会見で審判批判を展開。それがこの試合で効果が出たようです。
nogomet-77933.jpg実際のところ、ミシェ監督が就任してからの魅力的なムービングサッカーは今年に入ってから鳴りを潜めてました。昨年の終わりは中盤の連携力を活かし、またサイドバッグが加わることによって分厚い攻撃を見せていたハイドゥクですが、最近はリスクを冒すのを恐れ、前へと出てくる選手が少なくなり、カリニッチ頼みのサッカーに戻りつつあります。これではがっちりと守備ブロックを築くザグレブをそうそう崩せません。ザグレブは老獪なFWヴグリネツを中心に少ないタッチで攻め込むものの、カリニッチのようなフィニッシャーがおらず、0-0の均衡が続きます。
ハイドゥクは40分、45分と立て続けにMFトマソフ(写真)がシュートチャンスを無駄にしてしまい、ここ最近は立て続けで決定機をフイにしている彼に対してブーイングが集まります。しかしながら、前半終了間際、疑惑をもたれる判定が出ます。
トマスから右クロスが上がり、ペナルティエリアでFWイブリチッチとDFイヴァンコヴィッチが同時に競り合うと、イブリチッチは押された形で前に倒れ込みました。これにバティニッチ主審はPKの判定。今季はゴールの半分をPKで決めているFWカリニッチがあっさりとゴールを揺らし、ハイドゥクが苦しみながら先制点を奪いました。

nogomet-77934.jpgミシェ監督は後半頭からトマソフを下げ、今季当初はセンセーショナルな活躍をした17歳MFティチノヴィッチ(写真)を左MFとして投入。新たにクロアチア代表に選出された右MFのガブリッチと共にサイドを活性化させます。追加点は54分、ガブリッチの右クロスにMFアンドリッチがヘディングでドンピシャリとシュートを決め、2-0とリードを広げます。
その後のハイドゥクはボールを支配しながら非効率なサッカーを繰り返しますが、ザグレブも2点差を追いつく力もなく、ハイドゥクがディナモを再び勝点で引き離す勝利を収めました。
ミシェ監督は試合後、
「結果だけには満足しているが、プレーには決して満足していない。とりわけ前半は我々のいつもと違う散々なプレーもあって、ザグレブが走力や構成で完全に支配していた」
とチームの出来にケチをつけていました。
そのハイドゥクの次節の相手はアウェーでのオシエク。オシエクもチバリア・ヴィンコヴチもクロアチア東部のスラヴォニア地方にありますが、二強にとっては鬼門になるかもしれません。

チバリア・ヴィンコヴチは3位スラヴェン・ベルーポ相手に、またして終了間際のゴールで追いつく同点劇を成し遂げました。また前節、ディナモに0-3と大敗したシベニクはFWゼッツのハットトリックもあって4-0と大勝しています。

全試合の結果はこちら。
試合のところをクリックすると、クロアチア国営放送のダイジェストが見られます。

Dinamo Zagreb - Osijek 0:0

Hajduk Split - Zagreb 2:0
1:0 45' Kalinic (PK)
2:0 54' Andric

Rijeka - Croatia 3:2
1:0  2' An.Sharbini
1:1 46' Polozani
2:1 51' Budicin
3:1 56' Ceric
3:2 74' Vojnovic

Varteks Varazdin - Zadar 0:0

Slaven Belupo - Cibalia Vinkovci 1:1
1:0 30' Maras
1:1 90' Culjak

Sibenik - Inter Zapresic 4:0
1:0  2' Zec
2:0 12' Rodic
3:0 26' Zec
4:0 29' Zec

【順位】
1位…ハイドゥク・スプリト (勝点51)
2位…ディナモ・ザグレブ (49)
3位…スラヴェン・ベルーポ (36)
4位…シベニク (35)
5位…リエカ (35)
6位…ヴァルテクス・ヴァラジディン (31)
7位…オシエク (29)
8位…ザグレブ (28)
9位…チバリア・ヴィンコヴチ (27)
10位…インテル・ザプレシッチ (21)
11位…クロアチア・セスヴェッテ (20)
12位…ザダール (20)

【ゴール】
14ゴール…カリニッチ(ハイドゥク)
13ゴール…ヴルチーナ(ベルーポ)、ゼッツ(シベニク)
9ゴール…ヴグリネツ(ザグレブ)、シヴォニッチ(ディナモ)、マンジュキッチ(ディナモ)
8ゴール…ムヤノヴィッチ(ヴァルテクス)、シャルビーニ弟(リエカ)
7ゴール…モラレス(ディナモ)、ムムレク(ヴァルテクス)、イブリチッチ(ハイドゥク)、ロディッチ(シベニク)



nogomet-77936.jpgお知らせですが、25日発売のサッカー週刊誌「footballista」の移民特集の中で、私が書いたクロアチア代表DFロベルト・コヴァチにインタビュー記事が掲載されます。ドイツ生まれの移民二世として、祖国クロアチアへの想いを切々と語ってくれた内容になっています。兄のニコ・コヴァチにはインタビューしたことがあるのですが、弟は初めて。緊張したものの、思っていた以上にフレンドリーな人物でした。
その他に同号では移民選手に関するクロアチア事情、巻末コラムでエドゥアルド復帰についても書いています。宜しければご覧になって下さい。


posted by 長束恭行 |00:50 | サッカーニュース | コメント(0) |
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2009年03月21日

ボスニア紙アバスのイヴィツァ・オシムのインタビュー

20日付けのボスニア・ヘルツェゴビナの日刊紙アバスに、前日本代表監督のイヴィツァ・オシムのインタビュー記事が掲載されていました。
コメントを中心に翻訳してみましたので、ここで紹介しましょう。


「戦いはいつもあった。そして今も戦いがある。私は毎日、新たな日のために戦っているんだ」
-自宅のあるグラーツでリハビリをしているイヴィツァ・オシムはそう語った。

「小道をランニングし、自転車にも乗っている。すると非常に疲れるんだ。しかし、私はより良い気分になるし、自分は生きていると感じるのさ。(倒れた)11月は自分のもう一つの誕生日として祝っているよ。あの時に全てが終わったが、再び全てが始まったんだ。
(妻の)アシマと(息子の)アマルはあの時、私に仕返しすることができたんだけどね。しかし幸運なことに、救急車を呼んでしまったのさ」
-辛い時でさえ、ボスニア・ヘルツェゴビナ史上最高の監督はユーモアを失わなかった。

nogomet-77240.jpg試合の興奮がもたらす危険性を医者が注意するのは許されなかったのだろう。いや、許されなかった。そうすると、彼自身を失わせることになってしまう。
「(試合は)見てるよ。全て見ている。ビッグクラブはどこも同じプレーをしているな。サッカーに余りにもお金が絡んでしまい、誰もリスクを負おうとしない。どのチームも同じ戦術だ。
強いセンターバックが2人、強いサイドバックが2人、強いボランチが2人、図体の大きなFWが2人、直接FKか20mのミドルシュートで点が決められる1人。試合はもっぱら退屈なものになってしまう。なぜならチーム同士が簡単に中和し合ってしまうからだ。唯一、バルセロナだけが違うものを持っている」
-オシムは言う。

彼の息子アマルはエディン・ジェコが(ジェリェズニチャールの)ジュニアユースでプレーしていた時、ジェコのクオリティを見出した。イヴィツァはヴォルフスブルグのマイストーレを世界最高のFWの一人とさえ考えている。
「ジェコは将来における選手だ。彼やドログバのような選手だけが、将来のサッカーでプレーできるだろう。この先のシーズン、彼はブンデスリーガで最高の選手になるだろうし、現時点で既にバイエルンのルカ・トニ以上の力を出している。彼は全てを持っているんだ。プレーが分かっているし、ジャンプもできる。スピードは充分速いし、両足それぞれのシュートを身に付けている。フィジカル能力も理想的だ」
-オシムはジェコに対して賞賛の言葉ばかりを口にした。

サラエボに戻ることをシュワーボ(彼の愛称の一つ)は、初日から考えていた。しかし、家族のほぼ全員が反対している。なぜならオシムが故郷に戻ると、毎日のように多くの友人や知人が対話に訪れるからだ。
彼は誰に対しても「私はもう行かねばならない」と言わないだろう。彼が何時間もテーブルに座って、20人もの相手が次々と入れ替わることは目に見えている。しかし、最後にやってきた者はオシムのどの知恵も新鮮と感じることだろう。
「私はサラエボに戻るつもりだよ。戻るのは当然のことだ。まだ私が車を運転することを許可してくれないけど、秋には訪れたいものだね。誰かを重荷にさせたくはないが、試合は見たい。もしモスタルに行きたくなったらモスタルに行くさ。もちろん。その前にゴイコ(ヤブラニッツァにある有名な羊肉レストラン)で羊肉を食べに寄らないとな」
-イヴィツァ・オシムは語った。

彼はジェリェズニチャールの終身会長に就任するに値するのに、チームからは何かしらの役職を任せるような連絡を未だに受けていない。しかし、それについては考えていないようだ。
「ストレスになるものは何もやることはできないだろう。とはいえ、(世の中は)全てがストレスだがね。どこか子供や若者、学生を助けられるような場所で働きたいね。昔はジェリェズニチャールも学生リーグから選手を連れてきたものだった。あそこは特別に強いリーグだったんだ。学校、大学、街の路上。それらは素晴らしい(選手育成の)ベースであった」

オシムに対してボスニア・ヘルツェゴビナのサッカー界の悪い財政状況や条件を語ると、それらはハンディキャップではなく、昔はモチベーションであったと語り始めた。
「夢だ。大事なのは夢なのだよ。もし子供がジェコのようになりたいと夢見たならば、その夢は彼を支え、多くのヤル気を持つものだ。いかなるお金でも生み出せないヤル気をね。夢を抱く彼らは間違いなく成功を成し遂げるのだよ」
-そうオシムは語った。

オシムにとって最高のフットポーラーはスティーブン・ジェラード。監督では若いペッペ・グアルディオラを好んでいる。
「ジェラードは並外れている。リバプールがチャンピオンリーグ決勝でミランを倒した時、彼は一試合で5つのポジションをこなし、どのポジションは良いプレーをしていた。トーレスも非常に素晴らしい選手だ。クリスティアーノ・ロナウドは全てを持っているが、栄光を背負うことができないように見える。今シーズンは自分のためにプレーしており、完全にチームプレーから離れている。ボールを彼に与える必要があろうとも、ボールホルダーは(ロナウドを無視して)ドリブルをしてくれ。
若いグアルディオラはバルセロナにとって理想的な解決だ。彼らは他のチームとは異なるプレーをし、より美しいプレーをしている。彼は本物の選手だったが、まだまだヤリ手だったようだ。サッカーにとってグアルディオラが現れたことは素晴らしいね」
-とオシムは考えている。

歌手のハリド・ベシュリッチが交通事故に遭ったことはオシムをとりわけ揺るがせていた。伝説的な指導者は伝説的な歌手に激励を望んだ。
「ハリドは偉大な、特別愛すべき人間だ。自分と戦い、そして回復してくれるよう願っている。彼に宜しくと伝えてくれ。彼は戦うだろう。間違いなく」


3月上旬にインタビュー通訳の仕事でオシムと会う機会がありましたが、サッカー中毒ぶりは相変わらずでありました。心は夜のシュトゥルム・グラーツvs.オーストリア・ウィーン観戦に飛んでおりまして(苦笑) インタビューの場に教え子のマリオ・ハースがばったり現れ、楽しそうに話しているのが印象的でした。

(写真はシュトゥルム・グラーツのファンショップの壁写真)


posted by 長束恭行 |08:07 | サッカーニュース | コメント(1) |
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2009年03月20日

クロアチア・カップ準決勝第2戦/ディナモとハイドゥクが順当に決勝へ

18日、クロアチア・カップ準決勝第2戦が行われました。

初戦を2-0で勝利したディナモ・ザグレブ(以下、ディナモ)はNKザグレブ(以下、ザグレブ)とホームのマクシミール・スタディオンで対戦。いわゆる首都ダービーとなったカードですが、観客は1000人ほどと寂しいものでありました。冷たい風が吹く夕方だっただけに、少し凍えながらの撮影取材をしてきました。

nogomet-77019.jpgこの日の朝、ディナモ関係者を心配させる事件がありました。この冬にひっそりとディナモに加入しながら、ここ最近の目覚しい活躍でレギュラーを獲得しているFWイリヤ・シヴォニッチ(写真)ですが、試合日の朝にSportske Novosti紙の映像インタビューをFWマリオ・マンジュキッチと一緒に受けたところ、インタビュー中にいきなり倒れてしまいました(その時の模様)。直ぐに病院に運ばれ、精密検査を受けましたが、特に異常が見られず、その日のうちに退院となりました。本人は朝食を取っておらず、朝から気分は優れなかったようで、血糖値の低下とストレスが原因なのでは、とされています。1~2日ほどは静養して、再びトップチームでプレーする予定です。
ちなみにマリヤン・ヴラク前監督も辞任後にストレス等で倒れてしまい、一時入院してました。またヴラクとトミスラフ・ショコタは匿名で殺害予告を受けたとして警察が動いています。

さて試合に話を移しましょう。この日はシヴォニッチの相棒であるマンジュキッチが爆発しました。9分に右サイドのMFバデリからペナルティエリア左に走り込むマンジュキッチに大きく対角線のパスが通ると、マンジュキッチはトラップすることなく左足を振り抜いて先制点を決めます。
18分にはMFモラレスの左クロスが右サイドでフリーのマンジュキッチ(写真右)に届き、右足でボレーシュートを叩き込んで2-0。
nogomet-77020.jpgもう勝利の見込みのないザグレブでしたが、37分に決定的なチャンスを迎えます。まずはFWクルスタノヴィッチがバイタルエリアに走り込んで、右からの折り返しから強烈なシュートを放つもののディナモのGKブティナが好セーブ。弾いたところを二度に渡ってFWヴグリネツがシュートを放ちましたが、両方ともブティナが止めてしまい得点が奪えません。このブティナの3連続セーブはマンジュキッチのゴール以上にスタンドが沸きました。
その1分後、モラレスが左から大きく右サイドのマンジュキッチに展開すると、マンジュキッチはドリブルで持ち込み、右からのシュートはネットに吸い込まれてハットトリック達成。マンジュキッチがディナモに移籍する以前はザグレブでプレーしていたわけですが、現監督のパヴロヴィッチが昨年9月のインタビューで
「マンジュキッチのキャパシティを考えれば、今以上に良い選手になることができたし、もっと良い選手になる必要があった」
と発言したのをマンジュキッチは覚えていたらしく、
nogomet-77021.jpg「彼の発言は忘れていなかったし、いつも頭のどこかで引っ掛かっていた」
と、彼に仕返しするモチベーションがあったようです。
後半はすっかりペースを落としたディナモ。とりわけ、58分にマンジュキッチから「シュートを打たないFW」スレピチュカ(写真)に代わると得点の臭いすらしません。ハーフタイムに彼の練習ぶりを見てましたが、ボールをいじくり回すだけで一本もゴールに向かって蹴り込まないのを見ると、彼の「シュート打たない病」は重症なのかな、とさえ思います。この試合では一度だけ力無いシュートを放ったのみで、後はアシスト役に徹しようとばかりしてました。
87分にバデリのハンドが取られてザグレブにPKが渡ると、ヴグリネツがきっちりと決めて3-1。しかし、その1分後にモラレスが芸術的なミドルシュートを右から放ち、3点差を再び作ってからタイムアップを迎えました。
ディナモはトータルスコア6-1で順当に決勝へコマを進めています。


もう一つのカードは「チバリア・ヴィンコヴチvs.ハイドゥク・スプリト」。4日前の国内リーグとまったく同じカードで、その時にはチバリアがハイドゥクの連勝記録を9でストップさせたわけですが、既に第1戦でハイドゥクが4-1で勝利しているため、実質の消化試合となりました。
MFアンドリッチ、MFイブリチッチ、MFガブリッチ、DFパンジャらを温存したハイドゥクは、幾度とチャンスを作ったものの決められず、とはいえ、リーグ戦ほどのモチベーションはないために流すように試合を進め、結局はスコアレスドロー。こちらも順当にハイドゥクが勝ち進んでいます。

2試合のニュース動画はこちらで見られます。

両雄の対決となる決勝は5月13日と28日。ホーム&アウェーで行われます。


posted by 長束恭行 |00:34 | サッカーニュース | コメント(0) |
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