2009年01月30日
28日、クロアチア代表監督スラヴェン・ビリッチによって、2月11日のルーマニアとの親善試合(於:ブカレスト)に向けた代表メンバー22名が選ばれました。
注目は怪我から復帰したばかりのアーセナルのFWエドゥアルド・ダ・シルヴァ。まだプレミア出場はないものの、リザーブゲームではハットトリックを決めたりと経過も順調のようです。またニコ・コヴァチの後釜として33歳で代表デビューが期待されるジェノア所属のMFイヴァン・ユリッチ、トラブゾンシュポールでレギュラーとして活躍中のDFフルヴォイエ・チャレ(写真)も新顔になりました。ちなみにチャレはディナモ時代、ビリッチが代表監督就任直ぐの代表メンバーに選出されたものの怪我でフイにしたことがあります。薄い左SBのポジションをプラニッチと争うことになるでしょう。
ちなみにGKヴェドラン・ルニェとMFイェルコ・レコは怪我のため見送り。クラニチャールも怪我中ですが、親善試合までには完治が見込まれ、メンバーに名を連ねています。
またスポルティング・ヒホン所属のFWマテ・ビリッチも、このほどアシスタントのプロシネチュキが視察するなど初召集が噂されましたが見送られています。
メンバーは以下になります。
GK:
スティペ・プレティコサ (スパルタク・モスクワ/ロシア)
ダニイェル・スバシッチ (ハイドゥク・スプリト)
DF:
ヴェドラン・チョルルカ (トットナム・ホットスパー/イングランド)
ヨシップ・シムニッチ (ヘルタ・ベルリン/ドイツ)
ロベルト・コヴァチ (ボルシア・ドルムトント/ドイツ)
フルヴェイエ・ヴェイッチ (ハイドゥク・スプリト)
イヴィツァ・クリジャナッツ (ゼニト・サンクトペテルブルク/ロシア)
ダニイェル・プラニッチ (ヘーレンフェーン/オランダ)
フルヴォイエ・チャレ (トラブゾンシュポール/トルコ)
MF:
ダリヨ・スルナ (シャフタール・ドネツク/ウクライナ)
ニコ・クラニチャール (ポーツマス/イングランド)
ルカ・モドリッチ (トットナム・ホットスパー/イングランド)
イヴァン・ラキティッチ (シャルケ04/ドイツ)
オグニェン・ヴコイェヴィッチ(ディナモ・キエフ/ウクライナ)
ニコラ・ポクリヴァチュ (モナコ/フランス)
イヴァン・ユリッチ (ジェノア/イタリア)
イヴォ・イリチェヴィッチ (グロイター・フュルト/ドイツ[2部])
FW:
エドゥアルド・ダ・シルヴァ (アーセナル/イングランド)
ムラデン・ペトリッチ (ハンブルガーSV/ドイツ)
イヴィツァ・オリッチ (ハンブルガーSV/ドイツ)
ニコラ・カリニッチ (ハイドゥク・スプリト/クロアチア)
マリオ・マンジュキッチ (ディナモ・ザグレブ/クロアチア)
28日、UEFAカップの対ウディネーゼ戦でディナモ・ザグレブのサポーターのBBBが暴動したのを受け、UEFAの最終処分が決まりました。当初は15万ユーロの高額な罰金が伝えられましたが、最終的には罰金5万ユーロに欧州カップのホーム無観客試合1試合に低減。スパルタク・モスクワ戦とトットナム・ホットスパー戦の罰金5万ユーロに加えて、BBBのせいでディナモは計10万ユーロの支払いをするはめになりました。しかし、この先4年間にまた暴動が起きればホーム無観客試合は更に1試合増えることになり、ほぼ100%無観客試合は増えることになりそうです。またアウェーも2試合に渡って、サポーターのチケット割当てがゼロとなります。
既にハイドゥク・スプリトがトルコのアンタルヤ合宿に入り、27日に最初の練習試合として上海申花と対戦しました。幾つもチャンスを作りながら均衡状態が続いたゲームでしたが、86分に新加入のDFヴェイッチが決勝ゴールを決めて1-0で勝利しています。
また後半には怪我で前半を棒に振っていた元クロアチア代表MFジョヴァンニ・ロッソ(写真)がデビュー。「(36歳ながら)18歳であるかのように感じたよ。人生最大の願望の一つが満たされたんだ」と、ユース時代をハイドゥクで過ごしながらトップデビューできなかったロッソは喜びを示しています。アンテ・ミシェ監督もロッソの出来には満足しており、中盤の充実度は嬉しい悩みとなっています。
ちなみにハイドゥクは来月3日にサンフレッチェ広島と対戦。ディナモ(7日)もスラヴェン・ベルーポもサンフレッチェと対戦する予定です。
posted by 長束恭行 |00:42 |
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2009年01月30日
元クロアチア代表MFマルコ・バビッチ(28・写真)が、レアル・ベティスとの2011年までの契約を解除し、ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンと今季末までの契約を結びました。
ベティスでの一年半はわずか12試合の出場に終わり、チャパロ監督との確執もあって戦力外へと押しやられ、クロアチア代表のステータスも失ってしまったバビッチですが、バイヤー・レバークーゼンで2000年から2007年までプレーし、慣れたドイツの地でリスタートを切ることになりました。
「サッカーへの喜びと楽しさを再び見つけたい。この両方を僕はベティスで失ってしまったんだ。ヘルタとの契約は今季いっぱい、つまり17試合だ。けれどもプレッシャーは感じていない。夏にはお互いが解決を見つけるのは間違いないはずだ。
ドイツでは長く過ごした後だけに、ここを第二の故郷と考えているよ。まるで自宅に戻ってきた感じだ。チームはブンデス3位に位置しているし、期待は分かっている。少なくともこの順位をキープできるよう全力を出すよ」
とバビッチは述べています。
素行不良で戦力外となったディナモ・ザグレブDFディノ・ドゥルピッチ(27)ですが、ブンデスリーガのカールスルーエに今季いっぱいレンタル移籍されることになりました。背番号は11。契約には買取オプションもついています。
昨年はクロアチア代表にも名を連ねた彼ですが、手を挙げたクラブはカールスルーエのみ。主将のDFフランツが踵の手術で今季絶望という台所事情もあるのですが、90年代にカールスルーエでキャプテンを務めたスラヴェン・ビリッチ代表監督の助言が獲得に繋がったそうです。ドイツのビルト紙は早速、ドゥルピッチの妻であるニヴェスに注目し、「彼女は最も熱いブンデスリーガの補強となるだろう!」と破天荒な二人の私生活などに触れているようです。
ドゥルピッチ放出で薄くなったDF陣のテコ入れのため、ディナモ幹部のマミッチ兄弟はクロアチア代表DFロベルト・コヴァチ(34・写真)の移籍を進めています。既にマミッチとコヴァチと両者では合意に達したものの、ボルシア・ドルトムントが難色を示しています。
事の始まりはドルトムントでコヴァチの出場機会が激減し、それに対して不満が爆発。現役引退まで示唆するまでに陥ったわけですが、2007年に一度は振られた関係にあるディナモがここぞのタイミングで近寄りました。しかし、若手重視の選手起用をしていたドルトムントのクロップ監督は「大事な選手だから易々と手放さない」とのたまい、クラブ間の交渉は膠着状態に入っています。コヴァチは
「クラブの態度には驚いた。移籍に赤信号を出すなんて信じてなかったからね。僕を手放すのは当たり前だと思っていた。ここではベンチに座るだけで、起用が少ない上に高い給料を払っているんだから。でも僕はオプティミストだ。最後はクラブが青信号を出し、ディナモでのプレー願望が満たされることを信じている」
とコメントしています。ちなみにコヴァチのドルトムントの契約は今季いっぱい。もしディナモに移籍が決まれば、2010年夏まで契約を結ぶ予定です。
ベジクタシュに所属する元クロアチア代表DFアンテ・シェーリッチ(30)がハイドゥク・スプリトの移籍に合意した、と報じられています。
左SBもしくは左MFを専門とするシェーリッチは、3ヶ月半前にベジクタシュの指揮を任されたデニズリ監督の下でポジションを失い、4年ぶりの優勝が期待されるハイドゥクへの復帰を熱望していました。ミシェ監督を始め、全首脳陣が水曜日のトルコカップ(アンタルヤシュポールvs.ベジクタシュ)を視察。シェーリッチはベンチに座ったままで出場機会はなかったものの、3年半の契約条件に合意したそうです。あとはベジクタシュとハイドゥク間の交渉が残されています。
私のHPのコンテンツでも特別に紹介しているFWドマゴイ・アブラモヴィッチ(27)が、ギリシャ一部のスラシブコスと今年6月までの契約を結びました。新たな背番号は21となります。
昨季は途中からフィンランド一部のインテル・トゥルクに加入し、12試合7得点の活躍で同チーム初のリーグ優勝をもたらしました。一ヶ月ほど前に電話で彼と話した際には、インテルから契約更新の話はあったものの好条件のクラブを探しており、特定の代理人を持たない状況でギリシャのクラブからオファーがあるとは聞いていました。クラブは16チーム中15位と降格圏内に入っており、一部残留の課題に彼も挑戦することになります。
posted by 長束恭行 |00:29 |
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2009年01月22日
簡単にですが、お知らせを。
海外サッカー週刊誌「footballista」(フットボリスタ)の最新号の特集「08-09欧州マイナーリーグ中間&最終報告」でクロアチア・リーグとスロベニア・リーグの記事、マイナーリーグのスターとしてハイドゥク・スプリトのニコラ・カリニッチの記事、そして巻末コラムで昨年夏にバルト三国を訪れた際にゼネラルマネージャーのインタビュー取材を元にバルティック・リーグの記事を写真付きで書いています。
宜しければご覧になって下さい。
posted by 長束恭行 |01:30 |
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2009年01月20日
ディナモ・ザグレブ所属で、クロアチア代表にもしばしば名前を連ねてきたDFディノ・ドゥルピッチ(27・写真)が素行不良から13日、マミッチ副会長に戦力外通告をされました。
交通ルールを違反した際に警官を罵倒して連行されたり、税金未払いが明らかになったり、ハイドゥク・サポーターに尻を出したことでベジグタシュ移籍がフイになったり…と、彼の素行の悪さは何度もマスコミを賑わせてきました(ちなみに妻でグラビア女優のニベス・セルシウスも暴露本を書いてベストセラー)。戦力外通告の理由として当初「ドレッシングルームでルームメイトを罵倒した」と報道され、誰もがいまいち納得できないでいたのですが、日刊紙のユタルニ・リストが、新たな真相をこうぶちまけました。
ドゥルピッチは高利貸しから多額の借金をしており、マミッチ副会長はその返済分として35万ユーロを渡したものの、ドゥルピッチはそのままザグレブのホテル・シェラトンにあるカジノで使ってしまったとのこと。ちなみに高利貸しの一人は、貸した20万ユーロの返済を巡って自分の仲人を殺してしまったマフィアということで、今回のドゥルピッチの背信行為にはマミッチ副会長も我慢し切れませんでした。
16日に両者がテーブルにつき、今後について話し合いをしました。チームに戻ることは一切認めず、あくまで国外への移籍に絞り、市場価格よりも手ごろな移籍金で売却することに決定。まだ正式なオファーは一つもないものの、ディナモは彼と契約が4年半も残っていることから、マミッチ副会長も率先して売却先を探すそうです。ちなみに移籍金は100万ユーロ辺りと報じられています。
プロ契約を拒んでチーム退団が決まったDFバルバリッチに続き、今度はレギュラーDFの放出とあって、ディナモ守備陣はかなり手薄になっています。
ディナモからサンフレッチェ広島に移籍したMF/DFミハエル・ミキッチが当初の報道より早く18日に来日しました。出発前日のインタビューで
「Jリーグは3月7日に始まり、1月22日から練習が始まる。最初の7日間は日本で、それからアンタルヤへ出発するんだ」
と語り、同じくディナモがアンタルヤでキャンプを張ることに触れると
「それだけではないよ。広島とディナモはアンタルヤで練習試合することに合意しているんだ! まあ会おう」
と、トルコで二度目の対戦があることを明らかにしました。ちなみに最初の対戦となった昨年は2月9日、結果は4-1でディナモが勝利でした。ミキッチも途中から出場しています。ディナモは1月29日から2月10日までアンタルヤでキャンプを張る予定です。
ベテランDF獲得が念願だったハイドゥク・スプリトが、トムスクとの移籍が切れたDFフルヴォイエ・ヴェイッチ(31・写真)と3年半契約を結びました。年俸は30万ユーロとされています。クロアチア現代表で、元ハイドゥクの選手ということもあり、逆転優勝を狙うハイドゥクにとって追い風といえましょう。
最初のトレーニングを終えたヴェイッチは
「クラブの素晴らしい雰囲気を味わったよ。そんな雰囲気もあって、ハイドゥクは今季優勝できると思っているんだ。スプリトへの帰還は僕の希望であり、家族の希望だった。年齢としてのピークを迎え、ハイドゥクに多くの力を与えることができると思うよ」
とコメントしています。その一方で今季は怪我に泣いた元代表DFボリス・ジヴコヴィッチは、契約が切れる今季いっぱいで退団となりそうです。
またハイドゥクはこの冬、スラビア・プラハからDFアンテ・アラチッチ(28)を獲得しており、クロアチア国籍とはいえ、室内選手権で彼のプレーをすっかり気に入ったボスニア・ヘルツェゴビナ代表のブラジェヴィッチ監督が次の親善試合で召集をかけるそうです(親のルーツがボスニア・ヘルツェゴビナの模様)。
ハイドゥク・スプリトとディナモ・ザグレブの両チームの状況は明暗分かれているわけですが、2月22日のリーグ再開ではいきなりスプリトのポリュウド・スタディオンで直接対決します。
その前哨戦というべき、クロアチア一部リーグ12チームによる第3回室内選手権が1月6日から11日までザダールで行われ、ハイドゥクは10戦全勝で二年連続の優勝を果たしました。
ハイドゥクはディナモとは二次リーグで4-3と下すと、準決勝で再びハイドゥクがディナモと対戦して5-2の完勝。決勝も地元ザダールに4-2と快勝し、ハイドゥク強しを見せました。ミシェ監督が率いて以来、ハイドゥクの勝利街道は留まることを知りません。ちなみに3位はディナモ、4位はザグレブでした。
開催地はザグレブを離れ、ダルマチア地方での初めての開催とあって、お膝元のハイドゥク・サポーターのトルツィダが多数駆けつけ、ディナモ・サポーターのBBBとの衝突も発生。体育館で発炎筒が飛び交う異常事態が発生しました。またスビロコス審判が試合中に痙攣を起こして倒れてしまう、というショッキングな場面もありました(ちなみにウィンターブレイク前、スビロゴス主審の判定に怒ったマミッチ副会長に"呪うぞ"とか"お前のクビを取ってやる"と恫喝していただけに言っていただけに、本当に呪いかと思いましたが…)。またディナモの選手も客席から唾をかけられ、ライターをぶつけられ、と散々で、ハイドゥクとの敗北後は観客の罵倒にやり返したマンジュキッチとフルゴヴィッチが係員に引っ張られるシーンもありました。
元クロアチア代表MFイヴァン・レコ(30)が、ベルギーのクラブ・ブルージュから同国のゲルミナル・ビールショットへと移籍しました。契約は3年半です。ブルージュでは2005年の加入以来、主力としてプレーしていたものの、最近はマタイセン監督の構想から漏れてきたことを感じて移籍を決めたそうです。ブルージュでは99試合に出場。23得点を決めています。
ニコ・コヴァチの代表引退を受けて、後釜としてジェノアのイヴァン・ユリッチ(33)をビリッチ代表監督がトリノ戦を視察(結果は3-0でジェノアが勝利)。そのプレーぶりにいたく感銘を受けたビリッチが2月のルーマニアとの親善試合の召集を決定し、本人にも伝えました。
「8月に34歳を迎えるというのに、まるで20歳の若者のように走っていた。私がシステムのどこに彼を起用するかは本人に説明したよ。今までのキャプテンの穴を埋め、我々の好みに合うプレーをしているものだと確信しているよ」
とビリッチ監督はコメントしています。
posted by 長束恭行 |08:56 |
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2009年01月16日
1月4日に離日した前日本代表監督イヴィツァ・オシムが、クロアチアの日刊紙ユタルニ・リスト紙のジャーナリストの重鎮トミスラフ・ジダクのインタビューをグラーツの自宅に受け入れ、1月15日の紙面に「ディナモは間違った選手を買っている」のタイトルでインタビュー記事が掲載されました。1990年ワールドカップの時はスポルツケ・ノボスティ紙の代表担当だったジダクと、ユーゴ代表監督だったオシムとのテーマは全般に渡っています。そこまで目新しさはありませんが、全記事を訳してみました。
オシムの苗字の前にはよく接頭語として「最大の」という言葉が置かれる。ジェリェズニチャール最大の監督、1990年のユーゴスラビア代表監督、最も栄光たる日々となったシュトゥルム・グラーツ、日本代表監督。そして彼をベンチに"縫いつける"と、かつて呼ばれた"シュワーボ"とか"シュトラウス"と愛称ではなく、"あの世界の…"と既になったものだ。死の寸前から復活し、今はグラーツで生活している。もっぱらテレビの数々のチャンネルを回しながら、並外れた情報収集をしているのだ。
「"あの"ドゥルピッチを追い出したのは何だったんだ?(※近頃、規律違反でディナモのDFドゥルピッチがチーム追放されたばかり)」
-マクシミールの話題を完全に知っていた上で、彼は私を門で迎えた。
いつものように彼の言葉はゆっくりと流れる。どんなことについてもよく考え、重みを計ろうとする。日常で神経質になる必要がない今だろうが、サッカーの監督の時だろうが、それは簡単なことではない。
「日本から"三本足"で帰るなんて望んではいなかったさ。杖は空港に置いてきたよ! けれども、ストレスはまだ私の中にある。サッカーの深みに一度でもはまったら、そこから自由にはなれないんだよ。ほら、マンチェスター・ユナイテッドとガンバ大阪の試合を見ながら、どれだけクリスティアーノ・ロナウドが私をいらいらさせ、試合から帰ろうとさせたことか」
-あなたはユーゴスラビアと日本の代表監督、ジェリェズニチャール、パルチザン、パナシナイコス、シュトゥルムの監督を務めた。どこが最も良かったか?
「故郷さ、ジェーリョ(ジェリェズニチャール)だよ。故郷ではどこだろうが重荷はないし、プレッシャーは自分に対してだけ掛かるものだ! しかし、故郷も他と一緒だと思っていたら、直ぐに駄目になってしまうものだけどね」
-シュトゥルムの100周年記念日にあなたはクラブ史上最高の監督の称号を受けたが。
「まあ、私はシュトゥルムに"100年間"ともいうべき8年間もいたからね。私の下では何においても8という数字がつきまとうんだ。8歳で選手になり、フランスに8年間、(ユーゴスラビア・サッカー)協会に8年間、シュトゥルムに8年間、日本に7年半だ」
-どの試合は忘れることがない?
「いつも悪い結末を迎えた試合を覚えるものだ! 私が唯一残念なのは、(UEFAカップで)レアルとの決勝に行けなかったあのジェーリョでの試合だよ(※1985年準決勝第2戦・対ビデオトン)。あのチームは何か成し遂げる状況にあった。とても速く、機敏性もあり、才能のあるチームだった」
-最高の試合はチャンピオンズリーグでのシュトゥルムの時?
「ディナモ戦だと私が言うなんて思っているのならば、それは間違いだ!(1999年、1-0でシュトゥルムが勝利) コツィヤンが君たちを"殺した"わけだが、私は彼に今でもこう言うよ。"お前がゴールを決めたのではない。相手がお前にゴールを決めさせたのだ!"と。ザグレブでの記者会見で、"我々は誰かを騙すことだろう"と私が言ったことを覚えているよ。我々がディナモを騙すことになったわけだけどね」
-どの監督をとりわけ評価をしているか?
「この監督を評価している、あの監督は評価しないと言うのは醜いことだ。なぜならどの監督も何かしらの野心に燃えているわけだからね。ある者は本物のクラブに来る幸運があったし、ある者は野心に満ち溢れた会長や街、政治を持つ幸運があった。会長とサポーターが何を欲し、何を望んでいるか、選手が何をできるかを知らねばならない。政治も非常に重要だ。貴賓席に現れることが好きな人々が一度にこれほど集まるのは驚きだよ。話を監督に戻すと、"何かを作り出す"監督はいるということだ」
-例えば?
「現在、監督はおおよそがマネージャーだ。彼らはどんなプレーをすべきかというアイデアがあり、選手を選んでいる。ヴェンゲルは優れた鼻を持っているが、ボロ・プリモラッツ(アシスタントコーチ)も持っている。ほら、サミール・ナスリをマルセイユから連れてきて、直ぐにマンチェスター・ユナイテッド相手に二得点決めたじゃないか。それを"フィットした"と君たちは言うだろうが、なぜフィットしたのかね? ボロ・プリモラッツは優れたアドバイザーで、ヴェンゲルをプリモラッツ抜きでは考えられないだろう。彼はヴェンゲルの右手であり、背中に吹く風なのだ…」
-指導したきた中でどの選手が最も優れていた?
「誰も侮辱したくはないな」
-例えば、プロシネチュキは最高のクロアチア選手では?
「それは誰かに確認したらどうだ。チーロ(ブラジェヴィッチ)、もしくは自分に…」
オシムは続けた。
「プロシネチュキは様々なシチュエーションで見てきた。ズヴェズダでは他のどこよりも優れたプレーをしていたよ。客観的に見て彼は能力以上に走っていたからね。観客やジャーナリストが見えないものが見える選手を私は熱愛しているよ。最後になって、彼らが天才的だと知ることになる。あるボールを送り出す時のジェラードのようにね。"ピクシー"ストイコヴィッチはよく走ることができた。しかし、天才はサヴィチェヴィッチだった。とはいえ、最も私が評価しているのはズラトコ・ヴヨヴィッチさ! 誰もが彼を攻撃したけど、彼は常にチームの中にいた。彼が更なる批判や戦いに耐えられたどうかは分からないが、国家がそれを耐えられなかっただろう。彼と話し合う必要はなく、何が必要かは彼自身が分かっていた。ボシュニャク人から選ぶのならばサフェト・スシッチか…」
-現在、あなたを興奮させてくれるチームは?
「アーセナルは速くて美しく、そして賢いプレーをしていた。ペナルティエリアで囲まれたら、ゴールを決めさせてくれるまでは外へ出られないものさ。バルセロナは落ちてしまったよ。必要のない選手を連れてきてしまった。アンリはバルセロナに必要なかった。嫉妬が生まれるなんて、賢い者なら誰もが分かったことだ。彼らは自分で足かせを作ってしまったよ」
-かつて選手としてディナモを訪れたのに、チームはあなたをサラエボに帰してしまった。マミッチ副会長は全力でマクシミールにあなたを呼んだが、あなたが受け入れなかった。なぜ?
「日本で何度かアルディレスと話をした。ビッグクラブにいた偉大な選手だ。ディナモでは非常に良かったと彼は言っていたものさ。三浦にも会った。まだクロアチア語での汚い言葉を知っていたよ」
-あなたが来なかったのは残念だ。もしかしたらヨーロッパ(・カップ)で春を迎えられたかもしれない。
「ヨーロッパでディナモのような好条件を持っているチームは少ない。もっと良くて然るべきだ。ディナモにとって選手を買うことは問題ではない。しかし、間違った選手を買っているのは明らかなことだ。もし頻繁に監督を追いやるのならば、選手が一夜で新たな中心人物に変わるなんて期待はできないものだ。最高だとか一番賢いなどと選手を賞賛せねばならないものだが、監督は時にはそれを真面目に理解しているんだよ。控え選手まで賞賛を受けるようならば、もっと良いんだけどね…」
-あなたはユーロを観戦していた。最も印象に残ったのは?
「サッカー面では全く新しいものはなかったよ! チャンピオンズリーグでプレーする選手が最も集まるのが代表のトレンドで、彼らが全てを指揮っている。戦術プランで特別新しいことがないならば、まず何よりしっかりとした規律と走力だ。現在のチームは相手に戦術を合わせている。負けないように。より速くて強いチームを陥れる罠に落ちてはいけないように。今のサッカー哲学の基本原理は、我々もやらないが、相手にもやらせないことだ! 誰もが勝点1に生き、一人の監督もリスクを犯すことに熱狂的ではない」
-現在のサッカーと、あなたのユーゴスラビアがヒットとなった90年代のサッカーには大きな差があるのか?
「サッカーは全て自らに反してやっているんだ! お金がますます絡み、多くの金が意味をなすことは、サッカーにとって自殺に近いということだ。人々が惑星で頭をやられようというのに(?)、サッカーでは何もないというのかね? お金を非常に掛けた素晴らしいチームが世界中にたくさん存在する。プレーしなくともやたらと高い選手もいれば、中にはクラブにとってもサッカーにとっても利用されない者もいる。ほら、インテルは二チームを構成できる。どっちが強いかは分からず、どちらだってイタリア王者になれるのさ」
-チーロとボスニアの間の現象を我々に説明して欲しい。(※現在、ボスニアは代表監督ブラジェヴィッチとサッカー協会の一部が対立中)
「ある者は後ろ向きに生き、ある時に誰が何を言ったかを覚えている。後で自分で自分を分析しようものなら恥だと思うだろう。なぜなら、あれはスローガン的なことだからだ。チーロも何かを言った時、結末がどうなるかなど考えていなった。しかし、誰がチーロをどれだけ評価しているかは関係なく、彼は非常に賢い人間だ。何を言おうとも、それがどれだけ人にとって痛いのかを分かっている。もしこの場所に彼が来たかったならば来ることは可能だっだろう。なぜなら"彼ら"(ボスニア)はチーロをいつでも受け入れられたからだ」
-予選で彼は何かを成し遂げられるのか?
「可能だ。なぜなら普通の人々が信じないようなことを彼は信じているからね。チーロが信じた時は、残る全員も信じるのさ! ディナモでも人々が信じていなかったことを彼は成し遂げた。代表でも選手たちを素晴らしいグループへと仕立てた。全てをコントロールし、異議を唱えるようなジャーナリストが横にいるのは楽ではないが、チーロはクロアチアでもそんな中で成功した。おそらくボスニアでも成功するだろう」
posted by 長束恭行 |02:35 |
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