2008年04月05日
4月3日、ザダールに所属するMF/FWフルヴォイエ・チュスティッチ(写真)が、試合中の事故により亡くなりました。享年24歳。クロアチア一部リーグでは初の死亡事故であり、サッカー関係者全員が打ちひしがれています。
3月29日、ザダールの本拠地スタノヴィ・スタディオンで行われたチバリア・ヴィンコヴチ戦の開始4分に悲劇は起きました。ザダールのゴールキックが左へと向かい、タッチライン際にボールを追ったMFチュスティッチに対して、チバリアのDFトミスラフ・ユリッチがショルダータックル。飛ばされたチュスティッチはコンクリートのフェンスに後頭部から激突し、痙攣状態を起こしたまま救急車に運ばれ、集中治療室に入りました。頭蓋骨骨折と脳挫傷、脳出血を起こしており、手術が施されたのちは一時安定していたものの、4月2日になって容態が悪化。翌日午前11時51分に息を引き取りました。
1937年に建造されたスタノヴィ・スタディオンの構造的問題は以前より指摘されており、ピッチが通常より狭い上、西側のタッチラインから3m87cm離れたところにコンクリートのフェンスが存在しています。クロアチア・サッカー協会のライセンス委員会もこのスタジアムに不適格を出していたものの(直接の理由はコンクリートのフェンスでないにしろ)、期間限定で使用を認めていました。
選手たちは危険を承知の上でプレーしていたのですが、ザダール戦がデビューマッチとなるユース出身のユリッチ(今月8日に18歳)に対してチバリア監督のルシッチは
「このスタジアムはデビュー戦としては最良の選択ではないが、もしお前が本物の選手ならば最初の試合がどこだろうが重要ではない。物怖じするな。ユースの時同様に自由にプレーしろ」
とユリッチに発破をかけていたことが、激しいタックルへと繋がったのかもしれません。これからキャリアを築くユリッチにとっても気の毒な事故となりました。
チームメイトならびにチーム関係者は涙を溜めながら事故のあった場所に花と蝋燭を捧げ、チュスティッチの冥福を祈りました。地元ザダール出身であり、朗らかで好青年のチュスティッチを慕う人は多く、
「彼はサッカーのために生きた、育ちの良い教養ある若者だった。それを貴方たちに上手く表現できないことが本当に悲しい。サッカーでこんなことは起きてはならないんだ。リスクや危険性を背負う職業はあるとはいえ、サッカーでは……」
と彼を指導したことのあるコーチのムルシッチは言葉を失いました。土曜日に予定されていた第27節は全て中止。またクロアチア五輪委員会を通して、週末のあらゆるスポーツ競技を中止することになっています。
チュスティッチは1983年10月21日に生まれ、18歳の時に地元ザダールでプロデビュー。デビュー戦が皮肉にも同じチバリア戦で、かつ残り4分からの交替出場でした。2002/03シーズンからザダールでポジションをつかみ、2005/06シーズンからはザグレブに移籍して2シーズンを過ごしました。今季の開幕前は一ヶ月だけメヂュムリエに在籍したのち、ザダールに復帰。左MFのレギュラーとして20試合に出場し、2部から昇格してきたチームを牽引しました。クロアチアでの通算成績は96試合6得点。ビリッチ監督の下ではU-21代表にも選ばれており、10試合に出場しています。
ザグレブに在籍していた時代を覚えていますが、スピードを生かし、ゴール前へと飛び出してくる優秀な選手でありました。クロアチア・リーグを長年追ってきましたが、今回の事故には本当にショックを受けています。改めて彼の冥福をお祈りします。
posted by 長束恭行 |01:10 |
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